再会の予感
「ふんっ。ずいぶん、元気そうじゃねぇか」
タケルは、ちっとも面白くなさそうに言った。
「あ、はぁ、おかげさまでその節は……ていうか、さっきの電話スイマセン、なんかユウキ君が、、、」
「もういい。だいたい想像つく。いつものアイツの独りよがりな冗談だろ」
う……さすが幼馴染み。見抜いてる、、、
「あの、タケルさん。あたしも確かに用があったんですけど、その前に、タケルさんのあたしへの急ぎの用ってのは何だったんですか?」
「オレの?オマエに??」
「あ、はい……昨日の夕方、前田レナちゃんが、タケルさんから電話がきて、あたしの連絡先を訊いてきたって言ってたから……」
あたし期待して待ってたんすケド??
しばらくの沈黙。そして、
「……忘れた」
う、、、これが例の、、、さすが幼馴染み。こっちも見抜いてる……
アヒルは、さっきユウキが言っていた、タケルの習性を思い出した。
しかし実際、その『忘れた』という言葉を本人の口から聞くと、取りつくしまもないような、想像以上のダメージを受けた。
「そ、、、そですか……い、一体なんだったんでしょうね、アハハ、、、ハァ……あっそうそう!あの、あたしの急用ってのは、靴なんですけど、車の中にありませんでしたかね、クツ。すっかり忘れてて、タケルさんのビーサン履いて帰ってきちゃったんですケド……」
「ああ、、、あの忌わしい紺色のだろ?ある。洗って干した」
「え!洗ったんですか、アレも?!いつ?なんで……??」
あのどさくさに、ブラジャーだけじゃなく、クツまで洗っていたのか!?
アヒルはちょっと驚いた。
「今朝。いけなかったか?穢れてそうだから清めようと思って……」
「えぇっ!?ケガレ??キヨメ!?!?、、、ていうか、、、そんなヨゴレてました??」
「いや、ヨゴレてはいなかったけど、ケガレが……や、気にするな、オレの気分の問題だ」
気にするなって、アンタ、、、もう言っちゃってからそんな……
ケガレてるって、ヨゴレてるよりショックなんですけど、、、どぉゆぅことよー!?!?
アヒルは、タケルの言葉に動揺した。
すると、横からホナミが口を挟む。
「こいつ、なんでも洗濯すんの好きみたいだからさ〜。海入ったあととか、なんかブツブツ言いながら一人でウェットとか海パンとか、楽しそうに水洗いしてんの。車とか洗車すんのも好きなんだよな?」
『オンナのオッパイとかもよくモミ洗いしてるんだよな?!』
と、遠くで誰か男の言うのが聞こえてきた。
タ、タケルさんて、潔癖性?!
ま、まさか、あたしのオッパイも、実は気絶してる間にモミ洗いされてたのか……?!?!
アヒルは狼狽えた。
そしてあの時、最初の海の無料駐車場で、タケルが腰に巻いた布一枚の姿で、機嫌良さそうにミントグリーンのバケツでトランクスなどを洗っていた事を思い出した。
「ふん。お清めしてやったんだ、疫病神め!てか、あっ!!……もぉぉぉーーー!!ごちゃごちゃしゃべるな、気が散る!!」
どうやら、ホナミの携帯がスピーカーフォンになっているようで、タケルの声もホナミの声も、その周りの人の声やざわめきも、かなりハッキリとアヒルの耳に入って来る。
タケルは何か作業中でイラついているようなので、邪魔をしないようにと、アヒルはコソッと電話の向こうのホナミに話しかけた。
「ホ、ホナミンは……今どこにいるんですか?」
「アタシ?吉祥寺のショップのガレージ。夕方、行方駅出て、電車でこっちに戻ってきたんだ」
「そうだったんですか!」
ホナミが東京にいると聞いて、アヒルは急に陽が差したような明るい気持ちになった。
「サーフショップって、こんなに遅くまでやってるんですか?」
「ううん、ホントは10時までなんだけど、なんとなくお客とかとダラダラ話してて、タケルはボードの修理とか始めちゃったし、店長もビールとか飲み始めて、テキトーに。ね!」
おーす。
飲んじゃってまーす。
ホナミの『ね!』に合わせて、少し遠くから何人かの男の声が陽気に叫ぶのが聞こえてきた。
「こいつさぁ、昨日やろうと思って部屋に連れ込んだオンナに、サーフボード壊されたあげく、逃げられたんだって!んで、今それ直してんの。バカでしょ?」
ホナミの軽蔑したような言葉に、近くにいるらしい若い男が、大げさに驚く声が聞こえた。
ええ、マジすか!?それ、最低ですね!!
だろ〜?ひでぇオンナだろ?
ぶぁか!おめーが最低って言われてんだろ?!
ギャハハハハ!!!
や、おれはタケルちゃんの気持ちぁわかるなぁ〜
あ、わかってくれるの?
やりきれなくてボクはその場に茫然とたちつくしました、
もうアレはたってなかったけど。なんつってー!
ブハハハハハ!! そりゃ確かにヤリきれねぇや! ガハハハ!!!
スピーカーフォンから容赦なく聞こえてくるタケルのスケベな本性に、アヒルはワナワナと震えた。
ひえ〜〜〜!あたしが切ない思いでビーサンを眺めていた頃、タケルさんはオンナと……
くうぅぅ、、、あたしのクツなんかよりよっぽどケガレてるじゃんかぁぁぁ〜〜〜!!!!
「ねぇ、もしもし?アヒル?聞こえてる?もしもしぃ?」
はぁ…… 悲しいくらい聞こえてます、、、
アヒルが黙っていると、ホナミの甲高い怒声が響いた。
「あんたら、ちょっとうっせぇよ!!アタシ、話してんだからっ!!」
すると、辺りが水を打ったようにシーーーーーンと静まり返った。
その中で、誰かの弾くギターの音と小さな鼻歌だけが、BGMのようにかすかに聞こえた。
「ははは、みんなちょっと酔っぱらってんだよ。それよかさ、アヒル、明日って仕事??」
「あ、明日ですか?……はい、一応」
「そっかぁ。何時に終わるの?」
「9時です」
「んじゃさ、せっかくだから仕事終わってから、ちょっとメシでも食いに行く?」
「え!ホントに!?」
「うん。アタシ適当にこっちで時間つぶすからさ、あんたが仕事終わる頃に合わせるよ。……それとも、こっち来てみる?ブルーガーデン。タケルもいるし」
ホナミは深い意味があって『タケルもいるし』と、言ったわけではなかった。
けれどアヒルは、自分の気持ちを見透かされたようで、一瞬、返事に詰まった。
「ね、タケル、あんたも一緒にメシ行こうよ、アヒルと」
「んぁ?」
固唾をのんで、タケルの返事に耳を澄ますアヒル。
「オレも?」
どうか……
「ふーん、、、」
もう一度……
「来るんなら……」
会わせてください……
「行こっか?」
「だって。じゃあ決まり〜!!てことで、新宿出る前にメールしてね。ほんじゃ明日!」
そう言って、ホナミの電話は唐突に切れた。
よっっっしゃああああああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!
タケルにケガレと言われたことも、下ネタに呆れかえっていたことも忘れ、アヒルは途中下車した駅のホームで小躍りして喜んだ。
押し殺そうにも、どうにも込み上げてくる笑みを、上がってくる口角を、小さな手で必死に隠し、次にやって来た電車に乗り込んだ。
また会えるんだ、タケルさんに!ホナミンに!!
もう一度会えるんだ〜〜〜!!! 超うれしいぃっ!!!
車窓に映る自分の笑顔に微笑み返したいくらい、アヒルの心は舞い上がった。
するとその時、今度はメール着信のバイブレーションがカバンの中で短く唸る。
アヒルはまたカバンから携帯を取り出し、画面に表示された名前を見て目を丸くし、さらにこぼれそうな笑顔になった。
そして、急いでメールを読んだ。
そのメールは、件名も無い、短いものだった。
それを読み終え、一瞬、これは誰かに宛てて書いたものを、アヒルに間違えて送ったのではないかと思った。
本文には、相手の名前も、送信者の名前も入っていなかった。
胸がドキドキとし、顔が赤くなってきた。
アヒルは周りを見渡し、携帯を大きな胸に押し付けてメールを隠した。
今度はいつ来てくれるの?
早く会いたいわ
待ってるから フフフ…
その送り主は、間違いなくハナコのはずなのだけれども……