急ぎの用って なんなんだ?
新宿駅に着くと、ユウキは遅くなったので、高田馬場に住む友人のアパートへ泊まりに行くと言った。
まだ11時にもなっていなかったが、今から帰るとなると、ユウキの自宅のある千葉の佐倉駅に着くのは、下手すると真夜中を過ぎるので、アルバイトや飲み会のある日は、しばしば気心の知れた友人宅に泊まることにしていた。
もちろん、タケルの家に泊まりに行くこともある。
あまり使いモノにならない、マニアックなエロビデオなどを手土産にして。
「俺んちは都内に下宿させてもらえるほど余裕ないからな〜」
ユウキはアヒルに対して、何やらすっかり連帯感らしきものを感じたようで、爽やか好青年の肩書きは降ろし、中央公園から新宿駅までの間も、レナとの出会いや、自分自身の悩みなどについて一人で良くしゃべった。
そして駅構内に入り、山手線の外回りのホームの階段下で、別れ際に、
「アヒルちゃんの連絡先、聞いてもいい?」
とユウキに言われ、アヒルはちょっと考えた。
いつもなら、ユウキのようなイケメンに連絡先を教えて欲しい、なんて言われたら、ホイホイと電話番号とメールアドレスに、ブラのカップの大きさまで添えて教えたくなるところだが、このおしゃべりのせいで、また何かややこしい事に巻き込まれるのではないか?という不安がよぎり、一瞬、困り顔になった。
それを見てユウキはプッ!と噴き出すと、
「俺、女の子に連絡先聞いて、そんな顔されたの初めてかも。ショックだな〜」
と言った。
「え、いや、そういうワケじゃなくて、、、」
「わかった、じゃあ俺の連絡先教えるから、君が気が向いたら連絡してよ。携帯貸して、俺、入力するから」
「え、いいよ、それなら自分で入れるから、、、」
「俺のアドレス、長いんだ、赤外線できないし。それに入力、超早いから。ほら、もう電車来るし!」
もー、、、おせっかいだなぁ〜
と思いつつ、アヒルは自分の携帯を渡し、ユウキに連絡先の新規入力を任せた。
するとユウキは携帯を手にした途端、目にもとまらぬ速さで画面に親指を走らせ、それから一瞬、何か考えるような表情を見せたかと思うと、また同じように素早く指を操り、それからニヤッと笑って
「ハイ、完了」
と言ってアヒルに携帯を返した。
そして「いつでも連絡してね」と言い残すと、ホームへ続く階段を、長い脚で二段抜かしで駆け上がって行った。
確かに早い……
アヒルは茫然とユウキの後ろ姿を見送ると、ふーっ!とため息をつき、自分も内回りのホームへの階段を早足で上った。
上りきると、ちょうどユウキが乗ったであろう池袋方面行きの電車が発車し、入れ替わりのように、渋谷方面行きの電車が入ってきた。
扉が開くと、ホームは酔って顔を赤くしたサラリーマンや、これから終電後の新宿を楽しもうと出てきた、危ない空気を漂わせた若者などで束の間ごった返した。
その間を、小柄なアヒルはササッとすり抜け電車に乗り込み、なるべく女の人が多く立っている場所に移動して、銀色の手すりをしっかり掴んだ。
11時半前には着くかな……
そういえば、今日はみっちゃん、家にいるのかな……?お腹すいた。
母の光子にメールをしようと、カバンに手を突っ込んで携帯を取り出そうとした時、ちょうど着信を知らせるバイブレーションが指に伝わってきた。
ん?誰だろう……
急いで携帯を取り出し、その液晶画面を見て、アヒルは一瞬、自分の目を疑った。
『タケルチャンでーす♪』
「はあ!?!?!?」
思わず大きな声が出てしまい、周りにいた人が一斉にアヒルの方を見たので、慌てて口を手で押さえた。
「は、ぅぐっ、、、(な!なにコレ!?!?)」
その画面には、間違いなくそう表示され、アヒルの応答を催促している。
着信が途絶えるのを恐れ、アヒルは考えるよりも先に電車の中だと言うのに電話に出てしまった。
「タ、タケルチャン!?」
ひゃぁっ!!間違えた!!!!
「 …… 」
発信相手は、無言だった。
タケルチャン、といきなり呼ばれ、動揺しているようにも感じとれた。
そこでアヒルは急いで言い直した。
「タケルひゃんですか??」
発音が少し乱れたが、そんなこと気にする余裕は無い。
沈黙の後、携帯から重く呪うような声が聞こえてきた。
「オマエ……また性懲りも無く酔ってやがるのか……?」
「あわわわわ、すいません、、、タケルサン」
目の前に座っていた神経質そうなOLが、いかにも迷惑というように睨んできたので、アヒルは慌てて小声になった。
「で?……何の用だ」
「へっ!?」
「急ぎの用ってのは、何んだっ!?」
アヒルは頭がパニックになった。
自分で電話してきたくせに何の用だって、、ど、どういうこと!?!?
しかも、何であたし番号知らないのに!登録もしてないのに!!
『タケルチャンでーす♪』 って、ありえないんですけど!?!?
「な、なんのって、、、タケルさんが用……」
「ユウキから、オマエが急ぎの用があるらしいから今すぐ連絡しろってメール来た」
「ひえぇぇ!?うううウソです、ウソ、用なんてありません!!!」
「……てめぇら、、、人がリペア中の手ぇ止めて電話してみりゃぁ、、、ウソか!?」
「あああ、あります、用は!あるあるあるあった!!ってか今電車なんで、、、ぁ」
言い終わる前に通話は切れた。
アヒルは、銀の手すりと携帯を、ワナワナと握りしめた。
あいつ、、やられたああああぁぁぁぁーーーーーーーーーっl!!!
アヒルは、さっきユウキが、自分の連絡先を入力して携帯を返す時、意味深な笑みを浮かべたのを思い出した。
あの時、勝手にタケルの連絡先もふざけて入力し、一芝居打ったのだ。
もぉ〜あったまきた!!!
アタシがさっき、困り顔したコトへの仕返しか!?
ユウキという男に、アヒルは呆れ驚いた。
そして、今後の事を思うと、少しだけレナのコトが気の毒になった。
それはともかく、とにかくタケルに謝ろうと思い、アヒルは次の停車駅で慌てて降りた。
すると、降りると同時に、また携帯が着信を知らせて細かく唸る。
タケルかと思って急いで画面を見ると、それは意外にもホナミだった。
「ホナミン!!」
アヒルは思わず嬉しくて、電話に出るなり叫んだ。
「アッヒル〜!!元気かぁ〜!?」
例の、少しかすれた甲高い声が、アヒルの耳に懐かしいように響く。
「メールありがとね〜。返信しようと思ったんだけど電話のほうがいっかな〜と思ってさ」
「良かった、、、もうあたしのことなんて、忘れてるかと思いました」
「なぁに言ってんだよぉ!アタシ結構、遅レスだからさ、ごめんね!そんでもってさ、今、隣に、すっごく不機嫌な男がいるんだけど。ちょっと替わるね」
すると、しばらく間を置いて、地獄の底から這い上がるような低い声が、アヒルの鼓膜を震わせた。
「……タケルちゃんです」
ひゃあああああああああああ!!!!!




