きっと もっと 好きになる
ストリートダンサー達の音楽と、調子の外れたハーモニカ、滑走するスケートボードのウィールの音が、アヒルの頭の中で混ざり合う。
「えーと、、、それはつまり、こういうこと?」
アヒルは、一つ一つ確認するように、宙を指で差しながら言った。
「ユウキ君は、レナちゃんを好きだから、レナちゃんをタケルさんにとられたくなくてぇ、だから、このままタケルさんとあたしがやっちゃったってことにしとけば、レナちゃんは、タケルさんとあたしを嫌いになってぇ、レナちゃんは晴れてユウキ君のモノになる、と。そんであたしは、黙っていたお礼としてぇ、ユウキ君からタケルサンの役に立つ情報提供をいただいてぇ、あとは勝手に頑張れ、と。……そういうこと??」
ユウキは、アヒルの小学生のような解説に笑った。
「あの……あたしね、なんでレナちゃんにいろんなこと黙ってたのかっていうとそれはあの、、、どっちかって言うとレナちゃんに気を使ったわけでぇ、、、別に陥し入れようとかそういうんじゃなくてぇ、、、」
つっかえながらも自分の言い分を説明しようとするアヒルを、ユウキは止めた。
「まあまあ、女のコの友情ごっこの話はもういいよ。話を先に進めよう。どうする?そのままにしといてくれるの?それとも今からでも、もう一度弁解して友情を取り戻したい??」
ユウキは理系の学生らしく、話は効率よく建設的に進めたいタイプのようだ。
あたしとレナちゃんの間に、もともと友情なんてなかったわけだし……それに……
「あたしがもし、そういうコトにしてこのまま黙ってたとしても、レナちゃんがタケルさんに直接、問いただしたら簡単にバレちゃうコトじゃん……」
「いや、あの人多分、何も答えないよ」
ユウキはきっぱりと言った。
何も答えない? それどういう意味??
「それってタケルさんにも口止めお願いしたってコト?」
困り顔で訊くアヒルに、ユウキは笑って答えた。
「さすがにそんなことはしてないよ。でも、わかるんだ。あの人、女の子にそういう面倒くさいこと訊かれるのすっっごくキライだから。黙って首かしげるか、『忘れた』しか言わないと思う。仮に『寝てない』って答えたとして、『本当に?』とかしつこく念押されたりすると、もう面倒臭さがってすぐ黙り込むに決まってる。あとは女のコの判断に任せる、みたいな。そういう人なんだよ」
「へっ?、、、な、何それ!?そんなのって通用するもん?」
ユウキは首を左右に振って、口元を歪めてみせた。
「俺にはとても真似できないね」
「それで女の子、納得するの??」
「納得できないコは去るし、それでも関わってたいコは残るし。あの人、地元のコには手を出さないようにしてるけど、それでも俺の同級生とかと、何回かややこしいコトになっちゃって、そのたんびに女のコに、タケルさんと親しいんだから間に入ってよ、って頼まれて……そういうシーン、何回も見たよ」
アヒルは、半ば呆れてつぶやいた。
「なんていうか、、、意外……のような、なるほど、と言うか……」
そして、自分と二人きりでいた時のタケルと、シークレットガーデンで、ハナコやホナミがいた時のタケルとの違いを思い比べていた。
「あの人が黙りこんだら、もう誰もお手上げです。勝手にそういう訓練した人だから」
「訓練?何の??」
「……とまあ、こんな情報提供ができるけど?どう??」
ユウキはニヤリとした。
あ、乗せられた……。
「あたしは、、、そんな情報いらない。知りたいことは自分で確かめるもん」
おせっかいなんだから……
もうそんな話、しないでよ……なんだかどんどん……
アヒルが、しゃがみ込んだ自分の両の膝小僧をさすり、ふてくされたように言うと、ユウキは皮肉っぽい笑みを浮かべてアヒルを見た。
「へー。割と強気だね。一日一緒にいたから、もうタケルさんのことは、俺なんかに訊かなくても分かるってかな?」
「そ、そんなんじゃないけど……!そんなことより、、、ユウキ君みたいな人がそんな卑怯っていうか……先輩のタケルさんのこと、悪い人みたいに言う方が理解不能っていうか、、、」
アヒルも皮肉でささやかな反撃をした。
BMXに乗った痩せた少年が、広場の低い階段を一段一段、仔馬を操るように昇ったり降りたりしている。
「俺、あの人には勝てないし」
ユウキが、ポツリと言った。
「俺だって君にこんな事お願いするのはカッコ悪いし、できればしたくないと思うけど……でも、そうでもしないと、今さらレナちゃんの気持ち、ひっくり返す自信なかったし。……タケルさんに対する、コンプレックスのせいかな」
コンプレックス……?
この、ユウキ君が?タケルさんに対して??
なんで……
「まあ、あとは単純に……好きなコが食われちゃうかもしれないってのは……何としてでも食い止めたかったから」
ユウキは、手入れの行き届いた白いス二ーカーの先を見つめながら、
「卑怯なヤツって思われるのなんて、どうってことない」
と、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
アヒルはそれを聞いて、ハッとした。
そして初めて、ユウキの本心が理解できたような気がした。
ユウキとレナが、西新宿の高層ビルのB1とB2で、いつ、どのようにして知りあって、お互い淡い好意を持つようになったのかは知らないけれど、そんなふうにユウキに思われているレナが羨ましく思えた。
「騙すようなことしといて何言ってんだ、って思うかもしれないけど……俺、タケルさんのこと、本当に大好きだし、尊敬してるんだ……今も」
噴水広場の一点を見つめながら、不意にユウキは子供に戻ったような表情で話し始めた。
「俺とタケルさんは、親同士とか、地域でいろいろ繋がりがあって……物心ついた頃から、いつもタケルさんが近くにいて、お互い一人っ子だったから、本当に仲良くて兄弟みたいで……いつも一緒に、近所の奴らも混ざって群れて遊んでさ。小学生になってからはタケルさんのとこで一緒に弓道も習って……いつかタケルさんみたいに上手くなるんだ、って思いながら見てたんだ」
「弓道?」
「そう。弓ね、日本の。的を射るやつ」
そう言うと、ユウキはアヒルの横で、弓を引く一連の動作を見せた。
「タケルさんの弓道やってる時の姿って、本当にカッコいいんだ。弓につがえた矢をさ、こう、上に一度打ち起こして、それからキリキリキリッと、引き分けたときの真っすぐな目がさ……。あんな目で見られたら、多分女のコだったら誰でも胸に、グッとくると思う。サーフィンが『動』なら、弓道は『静』だよね。矢が放たれる瞬間さ、タケルさんの中で一つになったエネルギーの塊りみたいなのが、パンッ!と弾けるように見えるんだ。男でも惚れ惚れする。……ね、どう?アヒルちゃんも見てみたくなるでしょ?」
「う、うん」
まるで自分の事のように嬉しそうに説明するユウキに、アヒルは素直に同意した。
そしてタケルのそんな姿を想像してみる。
「9月の祭りの時は見られるよ?どう?そんな情報提供いらないの??」
からかうように、またユウキが笑ったので、今度はアヒルもつられて笑った。
「ユウキ君て良くしゃべる人だね。話の持って行きかたが上手いって言うか……」
「そ。俺はしゃべらないではいられない人。タケルさんとは真逆の男。はぁ〜。俺、あの人の前ではコンプレックスだらけなんだよなぁ〜」
ユウキが、大げさにため息をつきながら言ったので、アヒルはまた笑った。
そして今度は、アヒルが自分に言い聞かせるように呟いた。
「確かにね……知りたいコトたくさんある。知りたいコトだらけだょ。でもさ、知ったらなんかもう本当に、あたしなんか諦めるしか無いっつーか……手の届く人じゃないって、、、ただそれを思い知らされるだけみたいな気がして……」
ユウキは黙っていた。
「ねえ、ところでユウキ君は、なんでタケルさんのこと合コンに誘ったの?代役、もっと目立たない男子に頼めば、何の問題も無かったんじゃん。わざわざ勝てない人に声かけること無くない?」
「うーん、、、単に俺の計算ミスな気もするし、それとも、元々ああなるように決まってたような気もするし……」
ユウキは首を捻って、少し考えていた。
「代役はまあ、他にもいろいろ声かけてたんだけど……そんときなんだか、急にタケルさんのことが頭に浮かんで……久しぶりだったし、会いたくなったんだ。それにあの人、女好きだから喜んで引き受けてくれるかなと思ってさ!」
ユウキはそう言って、自分の計算ミスに同情を求めるように、アヒルに向かってわざとらしく哀れな表情を向けたので、それが可笑しくて笑った。
ユウキにとっては仇となったかもしれないけれど、そのミスが無ければ、アヒルとタケルの時間と空間が重なることは絶対に無かっただろう。そう思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
「それにしてもさ〜。本当にあんな簡単に、女子の興味をさらっていかれちゃうとは思わなかったよ。正直焦った。野川タケル、恐るべし!って、改めて思い知らされた感じ。……アヒルちゃんから見てさ、タケルさんの魅力って何?」
ユウキが、つまらなそうに訊く。
アヒルは黙ったまま、しばらく考えた。
「サーフィンしてるところが、カッコよかった?」
並べたらキリが無いような気もしたけれど、逆にコレです。と、手に載せてハッキリ見せられるような理由も無いような気がした。
「……よくわかんない。あたしサーフィンしてるところ、見てないし……。顔だったら、シュン君やユウキ君のほうが良いもんね、ハッキリ言って」
「だ〜ろぉ〜?俺もシュンも、さっきそんな話しして慰めあってたんだよ〜。それだけはせめて自信持って行こうぜーって!!」
ユウキがおどけて言った。
「あたしはやっぱり……目、なのかなぁ……」
アヒルはあの時を思い出しながら言った。
初めて会った時の、あのまっすぐなタケルの目を……
「やっぱ『目』ですか。射抜かれちゃった?バシッ!って」
アヒルは恥ずかしくなって口元だけで笑い、それから、ゆっくり立ち上がった。
「ユウキ君。あたしもう多分レナちゃんと話す機会って無いと思うから……口止めなんてしなくても、情報提供なんてしなくても心配ないから。そんなことしなくても、レナちゃんはユウキ君のコト、きっともっと好きになるよ」
アヒルが妙にキッパリと言ったので、ユウキは照れくさそうにした。
「そっか〜?自信ないな」
レナはユウキと付き合った方が幸せになれる。それは間違いない気がした。
どんなにレナがタケルの事を好きになったとしても、レナに限らず、誰がどんなに好きになったとしても、アヒルも含め……
ハナコという存在がある限り、タケルの心は、決して動かないだろう。
「イケメンなんだから自信持ってよ!」
「あ、それ励ましてくれてるの?ありがとう」
「レナちゃんは、ユウキ君の将来性まで買って期待してるみたいだし!……これはあたしからの、唯一の情報提供デス」
ユウキは、ニヤッと嬉しそうに笑った。
飲み会の時は、ほとんど目も合わせず、話もしなかったし、さっきまでも、お互い腹の探り合いのような緊迫した雰囲気だったけれど、今はようやく心を開けたような気がした。
「さて」
「うん」
「……もうちょっと待ってると、タクヤが来るかもしれないけど?」
アヒルは思い切り、広い額と眉間にシワを寄せて言った。
「帰ります!」
「はい、送ります」
そして笑いながらユウキも立ち上がり、帰りは二人並んで、夜の新宿中央公園を後にした。
どこかで、スケートボードのテールを踏み込む乾いた音が、高層ビルの間を突き抜けて、夜空に高く響いた。




