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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
36/42

夜の新宿中央公園





 その日、アヒルは何度もオーダーを聞き間違え、多分会計も1,000円くらい間違えた。

 全然仕事にならなくて、店長に何度も注意され、洗い場に引っ込められた。

 そこで今度は皿とコップを3個壊し、ケーキ用のフォークを2本、流し台の隙間に落とした。


 ヒゲが濃くて頭が薄い店長は、レナから7月いっぱいで仕事を辞めると言われ、それがさっきの勤務交代の時の雰囲気で、恐らくアヒルのせいだろうと判断したようで、八つ当たりのように冷たくしてきた。

 それでもようやく9時の閉店になったので、アヒルは店長と、夕方から来た大学生の男にさっさと「お疲れ様でした」と言うと、タイムカードを押して更衣室に戻った。


 ロッカーを開いて、扉の内側の小さな鏡を見る。

 そこに映った不機嫌のかたまりのような自分を見て、思わず大きなため息が出た。



 こんな顔で出されたコーヒーが、美味しいワケ無いよ……

 あの店がヒマなのって、ひょっとしてあたしのせい??



 アヒルはヘアゴムを解き、ピンを乱暴に外すと、両手でクシャクシャと髪をほぐし、頭を抱え込んだ。



 もう、いつも通りだよ


 いつものあたし


 何も変わらないよ、ハナコさん……


 笑えない……




 それからアヒルは、のろのろと黒のフレンチスリーブのカットソーと、カーキ色のクロップドパンツに着替えると、少しヒールのある、黒のエナメルのサンダルに履き替え、重い足取りでロッカールームを出た。

 非常階段を上る元気も無かったので、エレベーターで地下から一階へ昇り、すでにほとんど人気(ひとけ)の無いロビーを横切り出口に向かう。

 すると、ロビーの真ん中を通り過ぎた辺りで、



「アヒルちゃん!」



 と、後ろから声をかけられた。



 またかよ!



 アヒルはうんざりして、振り向きざまにキツく言い放った。



「もう、何なのよぅ!」



 するとそこにいたのは、ラフテー卓也ではなく、意外にも松野ユウキだった。



 はぁ?



 どっちにしても、アヒルは険しい表情になった。



「おっと、どうしたの?なんか怒ってる??」



 ユウキは、裾を折り返した細身のデニムパンツに、白の五分袖の清潔なシャツを身につけ、ハイカットのスニーカーを履いていた。

 シャツと同じように、清潔で洗いこまれたスニーカー。

 そして合コンの時と同じように、爽やかな笑顔を浮かべて、なれなれしく話しかけてきた。


「バイト終わった?タクヤからラストまでって聞いて、たぶん9時だろうと思ったからちょっと待ってたんだ。オレも9時上がりだったから」


「……何ですか?」


 アヒルは憂鬱そうにユウキの爽やかな、でも油断ならない笑顔を見返した。

 ユウキはタケルの地元の後輩だと言う。

 それなのに、タケルのことをレナにあんなふうに言うユウキのことは、信用できない気がした。


「ちょっとさ、俺、話したいことがあるんだけど、少し時間ある?」

「はぁ……」


 覇気のない曖昧な返事。


「下で飲まない?シュンが一杯おごってくれるよ」


「いえ……ちょっとお酒はしばらく…… 」 それにラフテー、まだいるでしょ?


「そう?じゃ、外で話そ」


 ユウキはそう言うと、口元だけで軽く笑い、重そうな四角いナイロン製の手提げカバンで、ビルの出口を指し示した。


 高層ビルの外に出ると、夜でもムッとするような熱気が体を包む。

 整備された歩道の植え込みの所々から、クビキリギスの暑苦しい鳴き声が聞こえてくる。

 もうすぐ本格的な夏がやってくる証拠だ。

 ユウキは、手提げカバンを肩にひっかけるようにして、少し猫背でゆっくりと歩いた。

 アヒルはその少し後ろを、他人のような距離を保ちながらついて行く。



 こんなところ、万が一レナちゃんに見られでもしたら、今度こそ半殺しの目にあうかもしれない……



 そう思うと、アヒルは気が気じゃなかった。

 ユウキはどうやら新宿中央公園に向かっているようだ。

 途中、羽アリのたかった自動販売機の前で立ち止まり、冷たいコーヒーを買い、


「アヒルちゃん、何飲む?」


 と訊いてきたが、アヒルは首を横に振った。

 無言のままユウキに従い、長い広い歩道橋を渡って中央公園の噴水広場に着く。

 広場には、夜だというのにたくさんの人達が集まっていた。

 スケートボードやBMXを自由に操り、奇声を発する男の子達。

 ストリートダンスの練習をする、派手な格好のやたらやかましい一群。

 そしてそれを暇そうに見物する女の子達。


 アヒルは、夜の中央公園なんてホームレスしかいないと思っていたので、こんなたくさんの、同じ年くらいの連中が集まっていることに驚いた。



    ガーーーーーーーーーッ …  カコンッ!!



                 痛ッテェーーーーー!!

                              ギャハハ!!



      ガーーーーーーーッ  カツッ! ガーーーーー、ガーーーー……



 スケーター達は、固い地面を臆すること無くスピードをつけて滑走し、自分達で作った障害物を軽々と飛び越え、時には派手に転がり、笑い声をあげていた。


「たまにね、バイト終わった後、タクヤと一緒にスケボしに来るんだ。オレは全然下手だけど、あいつはすごく上手いよ」

「……」

「今度、教えてもらう?あいつに。みんなでさ」


 アヒルは返事をしなかった。

 ユウキは噴水広場が見渡せる低い階段に座り込み、ヒラリと気持ちよく宙に舞うスケーターを見ながら、缶コーヒーのキャップをひねった。

 アヒルは、ユウキとはだいぶ間をあけてしゃがみ込み、同じように彼らを眺めた。



 昨日の海も、この公園も、なんだか不思議なカンジ……



 暗い公園と、眩しい海岸の景色が頭の中で重なり合い、その中で誰かの楽しげな笑い声が響いてくる。

 ぼんやりとその声に耳を澄ませながら、一人のスケーターが派手に転ぶのを見ていると、ユウキが訊ねた。


「タクヤには興味無い?」

「ありません」


アヒルが、びっくりするくらいきっぱりと即答したので、ユウキは思わず噴き出した。


「ブハッ!!ハハハハハハッ、、、俺、それ報告すんのやだなぁ〜」

「報告って……タクヤくんにソレ頼まれたの?」

「やぁ、頼まれたって言うか……あいつ君のこと、相当気にしてるみたいだから」



 おせっかいなヤツ。おしゃべりだし……



「あたしに話って、ソレですか?」



 ムスッとした表情でアヒルは訊いた。

 ユウキはコーヒーを一口飲み直すと、やはりスケーターの動きを目で追いながら答えた。



「アヒルちゃん、レナちゃんに…… 




      ガーーーーーッガーーーーーーーーーッ  



                  カツッ   Yeaaaaah……!!




 タケルさんとやったって言ったんだって?」




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