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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
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苦しまぎれ



 アヒルは息を飲んだ。


 そして小さな目をまん丸く見開き、レナの顔を見上げる。

 するとレナは、いきなりアヒルのムッチリした二の腕を掴むと、カウンターを放ったらかしにしてズカズカと歩きだした。

 そして洗い場を覗き込むと、


「すいません店長!前田、15分早引けします!畔蒜あびるは3時までに戻しますので!!」


 と怖い声で言い、あっけにとられる店長とパートのおばさんを残して足早に店の外へと向かった。

 レナはアヒルをグイグイ引っ張って、ガラスの植物園が見渡せるロビーまで行くと、キツく握っていた腕を突き放した。

 そして大きな目でキッ!とアヒルを睨んで言った。


「あんた、あれからタケルさんと夜じゅう一緒にいて、海、連れてってもらったんでしょ?」

「……そ、それ誰が……」

「ユウキ君から、今日メール来たんだから!全部バレてんだよ!!」


 叩きつけるような口調で言われ、アヒルは思わず身を竦めた。



 『夜じゅう一緒にいて、海に連れてってもらった』



 確かにその通りなのだ。

 そしてその部分だけ取り上げると、なんだかとても秘密めいた美談に聞こえるが、現実はかなりシビアで生々しいものだった。


「レナちゃん、それはかなり誤解だと……」

「誤解も何も、ユウキ君がタケルさん本人からそう聞いたって言うんだからそうなんでしょ?なのになんで見えすいたウソつくのよぉ!」

「タ、タケルさんがそう言ったの?それこそウソでしょ?!?!」


 アヒルはびっくりして、思わずレナに訊き返した。


「なんで、私がそんなウソ付かなきゃいけないのよぉ!!それともタケルさんと口裏合わせて、女子には海行ったことはナイショにしとこうって事にでもなってたわけぇ??ムカつく!!」


 そう言って、レナは軽蔑したように目を細めた。



 なんでタケルさんはそんなふうに言ったんだろ?

 それともユウキ君が何か伝え間違えているんだろか??

 肝心なことが全部抜けてんじゃん!?



 アヒルは大きく息を吸い込み、自分の記憶には無い部分を、タケルの証言通りにレナに説明しようと試みた。


「……レナちゃんごめん、最初からちゃんと言うね。でもちょっと、なんつーか色々とややこしくて……」


 そういう作業は、アヒルが最も苦手とすることの一つだったけれど、こうなってはどうにもしない訳にはいかない。


「あのね、あたし……駐車場に向かう途中で、、、おんぶされながら、、、タケルさんの背中の上に、、、吐いちゃったんだって」

「はぁ!?!?」


 さすがにレナもそれには驚き、大きく目を見開いた。


「それでその……タケルさんも私もゲロゲロになっちゃったから、、、駐車場で体を洗い流して服脱いでぇ……」

「はぁ?!?!駐車場で!?!?!?何それ、信じらんない!!」


 レナはロビーでくつろいでいた人達が、思わず顔を上げるような大声で叫んだ。

 長いまつ毛が食虫植物の触手のようにフルフルと震えるのを見て、アヒルは捕まる寸前の小バエになったような気持ちになった。


「いや、だから、あたしはよく覚えてないんだけど〜、、、その、別に駐車場で裸になったわけじゃなくてぇ……なんつーか、、、」

「もういい、やめて!!キモいから!!!」


 レナはアヒルの話をピシャリと遮った。

 しかしすぐに小声で厳しく追及した。


「……そんな、駐車場でどうやって体なんか洗い流せんのよ?服、脱いだら裸に決まってんじゃん、超、意味不明!!そんな話、誰が信じるかっつーの!!」


「うーん、、、ていうかいつも水、持ち歩いてるみたいでぇ、着替え用のタオル服みたいなのがあってぇ〜、、、なんつーか……ソレ着せてうまく脱がせてくれたみたいでぇ、、、」


 『脱がせてくれた』と聞いた途端、レナの顔色が明らかに変わった。


 それを見て、アヒルは慌てて口を閉じた。

 が、多分手遅れだった。


 ガラスの植物園の木々は、今日も初夏の太陽に向かって濃い緑色の葉を広げていた。

 けれど昨日、海の近くで見た和製ジャングルのような力強さは全く欠けていた。

 レナはその植物の緑に視線を移し、さっきとは打って変わり、不気味なほど静かな声で話し始めた。


「……ユウキ君言ってた。タケルさんは、すっごく女に手が早くて見境い無いから、あんたはきっと食われちゃっただろうって」



 ひえ〜〜っ!そんなことあるわけないし!あたしだよ?あたし。

 他の子ならともかく!!


 と、言おうと思ったが、口がもう語ることをやめていた。


「駐車場でそんなこと起りえないじゃん、フツ—に考えて。アホくさ。どうせそのまま円山まるやまのラブホでも行ったんでしょ」


 アヒルが何も言わないので、レナは小さくため息をついて続けた。


「あんたってさ、いつもそうだよね。そんな顔してさ……誘われるとすぐヒョコヒョコ男に付いてっちゃってさ……途中でいなくなっちゃうの。今回はフジイタクヤかと思ったら、なんでいつのまにかタケルさんなわけ?」



 やっぱ、そう思ってたんだ。

 ま、その通りだけど……



 引き立て役に本命を取られたと誤解して、レナのプライドは傷ついているようだ。

 でも、アヒルもちょっと傷ついた。

 もう慣れっこにはなっているけど、改めて


『そんな顔』


 とか言われると、苦笑するしかない。



 ヌードベージュのリップなんてクソ食らえ!

 ブスに塗るクスリもルージュも無い!!

 そんなこと、分かってるしぃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!



 レナもアヒルも、身勝手な『守り』に入ることにした。

 アヒルは無言を通す。

 否定も肯定もしないことで、ささやかな抵抗をしているつもりだ。


「……まあいいけど別に。もともと私、ユウキ君狙いだったワケだし。……タケルさんてさ、なんか高校も大学も一年ずつダブってるらしいよ、サーフィンやりすぎで。ありえなくない?いい年してまだ学生で、サーフィンばっかで女癖も頭も悪い男なんて、将来終わってるよね。関わらなくって良かったぁ〜って感じ。……あんたのおかげで目が覚めた。ありがとね」


 レナは一人しゃべり続ける。

 タケルをバカにすることで、かろうじて自分のプライドを守ったつもりだ。



 タケルさんの将来?そんなの別に今興味無いし〜



 年のことも、学校のことも、何もかも、レナの口からは、もう一切を聞きたくなかった。

 アヒルは自分が見て、感じたタケルのことを大事にしたかった。


「レナちゃん、いろいろとごめんね……でも、そろそろ行くね」


 ロビーの大きなデジタル時計は、あと数分でアヒルの出勤時間になることを示していた。


「アヒル。あたし7月いっぱいでここのバイト辞めるわ。あと何回顔合わせるか知らないけど、もう話しかけないでね」


 それだけ言うと、レナはくるりとアヒルに背を向けて、スタスタと非常階段の方へ歩いて行った。

 アヒルは黙ってその後ろ姿を見送り、それからもう一度時計を見た。



 やばい、、、遅刻ぢゃん……








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