嘘つき
息を弾ませて店に入り、店長と早番のパートのオバサンに挨拶する。
「あらアヒルちゃん、早いわね、今日は!」
「あ、はい、すいません、いつもギリギリで……」
カウンターに入ると、レナが接客していた。
レナはアヒルの姿を見つけると、そのまま表情も変えずに、客の注文を復唱してトレーを出し、アイスコーヒーの用意をしている。
まだ3時まで時間が20分くらいはあったので、勤務交代するタイミングで、少し話せたらいいなと思ったが、レナは並んでいたお客さんがいなくなった後も、ボーっとカウンターに突っ立っていて、アヒルの方は見向きもしない。
その様子を見て、アヒルは嫌な予感に胸がドギマギしてきた。
「レナちゃん、おはよう」
「おはようございます」
堅苦しい挨拶を返すレナ。
店内にはガラス張りの特等席に2人と、奥の暗いテーブル席に3人の客がいるだけで、もうすでにいつものヒマな空気が漂っていた。
今ならここでも話しできるかな……
アヒルは恐る恐るレナに話し掛けた。
「レナちゃん、こないだはゴメンネ。あたし……」
「あれからどうしたの?」
するとレナは待っていたかのように、鋭く小声で訊いてきた。
その目は、カウンターに重ねて置かれた白いコーヒー皿の上を見つめている。
「あれから……」
アヒルは迷った。明らかにレナの様子は不機嫌だ。
「……あたし結局、途中の事、何も覚えてなくて……気づいたら昨日家で寝てた、みたいな。レナちゃんこそ、タケルさんに何か聞いてる?あたし、何かやらかさなかったか心配で……」
アヒルはズルいとは思ったが、まずは探りを入れることにした。
するとレナは、しばらく黙っていたが、自分の親指の爪をいじくりながら、小声で話し始めた。
「タケルさんがあんたを連れて帰ったあと、私達みんなでカラオケ行ってたんだけど、途中でタケルさんから、あんたが寝ちゃって全然家が分からないから、住所とか知らないかって電話が来て……でも私もユリエも、あんたんち行ったこと無いし、住所なんていちいち知らないし……だから『分からない』って言ったら、『じゃあ何とかする』って言ってそれっきりで……」
「う、うん……それで?」
アヒルは他人事のようにレナに相槌を打つ。
「それから次の日もどうなったか心配だったから、あんたとタケルさんにまた連絡したんだけど、どっちからも全然返事来ないし……」
アヒルは黙って、その続きを待った。
「そしたら、タケルさんからやっと3時過ぎくらいに電話があって、アヒルの連絡先、大至急教えてくれって……。何かと思ったんだけど、急いでたみたいだから、その時は理由まで訊けなくて……。それだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
アヒルは心底ホッとした。
タケルは余計なことはレナに話していない。
一晩一緒にいて、海に行ったコトはバレてない。
「家で寝てたって事は、送ってもらえたんだね、ちゃんと」
「……う、うん、そうみたいだね。覚えてないけど、きっと無意識に住所言ったのかな」
アヒルはヌードベージュの唇で、ニコッと笑う。
レナはようやくアヒルの方を向くと、その笑顔をしばらくじっと見つめた。
そして目を細めて言った。
「 嘘つき 」