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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
3/42

大人しくいい子にしてろよ

 

 タケルの小さな空色のワンボックスカーは、アヒルを乗せると、駐車場を後にして、畑と民家の点在する田舎の国道を北東へと向かって行った。

 

 苦しそうなエンジン音を立てて走る古い軽自動車。

 窓は全開で、強い風がゴーゴーと車内に流れ込んでくる。

 そして質の悪いカーステレオから、インド民謡のような奇妙な音楽が大音量で流れていて、チャンチャランラチャンチャランラチャンチャランラチャンチャランラという単調なリズムに合わせて、ボーカルの甲高い女の声が、二日酔いのアヒルの頭を呪いのようにめつける。

 

 アヒルは助手席ではなく、なぜか相変わらず荷室に座らされていた。

 そこには、天井に2本のサーフボードと、さっきの洗濯物が所狭しとぶら下がり、それらが窓から吹き込む風やカーブのたびに、前後左右に大きく揺れて、アヒルの顔を打つ。容赦なく打つ。

 背中を丸め、誰も座っていない助手席の肩にしっかり掴まっているだけでもかなり辛い。

 お互い一言も話さない。

 話そうにも、風とインド女がうるさ過ぎるし、話題もない。


 そうして走っているうちに、陽にさらされた古い民家が姿を消し、畑もめったに見えなくなった。

 そして国道はいつの間にか防風林に挟まれて、ひたすら真っ直ぐ伸びていた。

 

 空色のワンボックスカーは、その騒音と風のせいで、かなりのスピードで走っているように感じられた。

 けれど実際にはのんびりしたもので、度々大型トラックや乗用車に追い越された。

 しかしタケルは、そんなこと少しも気にしていないようだった。

 深い緑の防風林には、松に混ざって時々ヤシやソテツ、シュロの木が生えていた。

 それから白やピンクの夾竹桃きょうちくとうの花や、ハイビスカスに似たオレンジ色の凌霄花のうぜんかずら立葵たちあおいなどが色鮮やかに咲いていて、アヒルはまるで日本ではない、どこか南の島に来たような気がしてワクワクしてきた。

 確かタケルは、アクアラインを通って、と言っていたから、ここが千葉県なのだというのは、ぼんやりと分かっていた。

 けれどアヒルの知っている千葉県というのは、ディズニーランドや、ららぽーと、IKEAなど、人工的な商業施設に限られていた。

 なのでこんな和製ジャングルのような場所が千葉にあるということに驚き、この頃には頭痛も忘れて、飛ぶように流れて行く景色にすっかり見入っていた。

 

 そして長いジャングル道の先にようやく一つの信号が見えてきて、それを右に曲がってしばらく行くと、突然視界が青く開けた。

 そしてさっきより更に広い広い大きな海が、空と共にアヒルの目に飛び込んできた。

 さえぎる物のない海岸線が、国道の右側のずっと先まで続いていて、潮の匂いが空気をいっぱいに満たし、そして海には波が、


 波が……


「わぁーーーーーーーーーーーーーっ!」


 アヒルは思わず歓声を上げた。

 

 さっきいた駐車場では、砂浜から波打ち際がとても遠かったのと、自分の置かれている状況を把握はあくするのが精いっぱいで、波のことを気にとめる余裕なんて全然なかった。

 けれど今、改めて見るこの海岸の波は、これまでアヒルが海水浴に行ったりした経験の中で、一番大きいように思えた。

 そしてさらに驚いたのは、その大きな波間に、たくさんのサーファーがいたことだった。

 アヒルは思わず車の窓から顔を突き出し、鮮やかな青の景色に見入った。

 サイドミラーに、まるで飼い犬がそうするように、窓からちょこんと顔を出したアヒルが映る。

 タケルはそれを横目で見て プッ!と笑った。

 それから急に真面目な顔つきになって、海岸に押し寄せる波に視線を移した。

 そしてハザードランプを点けてスピードを緩めると、少し先の路肩に停車して、急いで車から降りながら、


「大人しくいい子にしてろよ」


と、アヒルの方は見もせずにそう言い残し、そのまま扉をバシャッとリモコンでロックして、海に向かって駆けて行ってしまった。


「あ、ちょ、タケルさん、、、!!」

 

 アヒルは慌ててタケルを呼び止めようとしたが、タケルは振り向きもせず、素早く国道を渡りきると、低い防潮堤に飛び乗った。そして目の上に両手をかざして、ジッと波を観察し始めた。

 上半身裸で、サーフトランクスを脱ぐときに腰に巻いた、焦げ茶色の長いタイ染めの腰布一枚に、履きつぶしたオリーブグリーンのスニーカー。半乾きの縮れた髪が、風に膨らむ。

 都内だったら考えられない格好だけど、この海の景色と日焼けしたタケルの雰囲気には妙にマッチしていて、アヒルはその後ろ姿にしばらく見惚れていた。


 アヒルも外に出たいと思った。

 タケルの横で、海を見たいと思った。

 けれどわざわざ鍵までかけて、車内に閉じ込められてしまった。


「いい子にしてろよって、なんなのよぉ……」


 アヒルは一人つぶやくと、口をへの字に曲げながら、空色のワンボックスカーの窓枠に頬杖をついた。

 

 そしてタケルの見つめる方向を、遠くから眺めていた。


 




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