パドルアウト
広い国道を渡り、防潮堤の切れ目にある急な石の階段を降りて海岸に出る。
砂浜の奥行きは狭く、その先は平らで滑らかな岩場になっていて、ベージュ色の岩肌に、透明の海水が押し寄せる。
タケルは胸を踊らせ、飛沫を上げて海の中へ駆け入った。
しかし途中、膝くらいの深さの場所で立ち止まり、アウトサイドで割れる波をじっと見つめた。
そして見つめながら、右手に持っていたサーフボードを左に持ち替え、 そのあいた右手で寄せてくる波を掬って左肩に掛けた。
そして何かブツブツつぶやきながら、 それを波が七回来るまで辛抱強く繰り返した。
一連の儀式のような事を終えると、ようやくボードに乗ってパドルを始めた。
するとインサイドの左端で、 子供が二人、小さなサーフボードを浮かべて遊んでいるのが見えた。
アウトのピークで波待ちしている、若手ローカルの双子の子供で、ケンタとリョウタという小学生だ。
「おうケンタ、リョウタ!久しぶり!!」
「あ……!!タケルだ、タケルだ!!」
タケルが声をかけると、波をくぐり抜ける『ドルフィンスルー』と、泡波の勢いで波に乗る『スープライド』の練習を繰り返していた兄弟は、 嬉々として同じ顔と同じ声で叫んだ。
「タケル、どしたの頭?!変なの、鬼みたい!!」
「ギャハハ!!ホントだ、頭、チリチリ!鬼みたい、鬼みたい!!」
「うるへー!おい、父ちゃんとこ行かないのか?」
「行けっこないじゃん、怒られるよ!! それよりタケルもここで遊ぼうよ!鬼ごっこしよ!!」
「遊ぼう、遊ぼう、鬼ごっこしよ!!」
はしゃぐ双子に向かって、タケルはニカッと白い歯を見せて笑う。
「おーけー!じゃ、オレが鬼だ。きっかり10数えたら捕まえに行くぞ! いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ……」
「鬼だー!逃げろー!!」
「逃げろー!キャハハハハ!!」
ケンタとリョウタが蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向にパドルして行ったので、 タケルは『しめた!』とばかりに二人を置いて、スイスイとインサイドを抜け、 次のミドル地点の波を越し、アウトサイドへ向かって行った。
あっ!タケル、まてー!!
オニが逃げた!まてー!
キャハハハハ!! マテー!
双子の声が後ろに遠のき、極上のリーフの波が近づいてくる。
ここまでくると、スープの厚みも相当なボリュームがある。
ノーズを沈め、押し寄せる白い泡の一群を確実に潜る。
トランクスの尻から入った水流が、キンちゃんの裏を撫でて爽快に抜けて行く。
夏の醍醐味である。
大回りして難なくアウトに出ると、タケルは波が最初に割れ始める一番良いポジションである『ピーク』からは大分離れた、『ショルダー』の左端で一息つき、そこでボードに跨った。
少し間をおいたところに、知らない中年の男がいたので、タケルは取りあえず「こんにちは」と笑顔で挨拶をした。
すると男はチラッとタケルの方を見ると、黙って軽くうなずいて見せ、 それからいかめしい顔で沖の方に目をやった。
きちんと夏用のウェットスーツを身につけていて、 腕に入ったウェットメーカーのロゴマークから、この辺りのローカルサーファーではないのは一目で分かった。
そのいかめしい男の横からピークの方に目を凝らすと、ケンタとリョウタのオヤジである、笹良という苗字の20代後半の男の姿が見えた。
この男は、かつてタケルをボコボコにした内の一人だった。
ササラは、すでにタケルの姿に気づいていて、 遠くからでも軽く右手を上げてきてくれたので、 タケルは少しホッとして、同じように右手を上げた。
ササラにつられ、ピークにいた他のローカルサーファー達がタケルの方を向いたので、 タケルは大きめに頭を動かし、彼らにも身振りで挨拶をした。
ピークで固まって波待ちしているのは、若手から中堅のローカルサーファーがほんの数人で、 あとはこの近辺をホームポイントとしているベテランやプロなどを入れて10名位だった。
その周りから後ろ、横にかけて、タケルのようなビジターサーファーがバラバラっと広く散らばっていたが、ほとんどがいかつい感じのおっさんで、 こんな場所にはもちろん、ビキニ姿の可愛いサーファーガールはいない。
確かに人は少なめだけど、果たしておこぼれは巡って来るのか?
後ろを振り返ると、真っ白なインサイドで、ケンタとリョウタがこっちに向かって大きく手を振り、何か叫んでいたので、 タケルもそれに合わせて両手を大きく振り返した。
このポイントで、質の良い波を見ながら子供の頃から練習できるなんて、羨ましい話だ。
陸橋と鉄橋の交差する独特の海岸風景。
おもちゃのように短い編成の電車が、小さな駅から走り去って行く。
ここに入るのは1年ぶりか……?懐かしい……
そんな感傷に浸りながら辺りを見回し、それから沖に視線を戻すと、 間もなく波がやってきた。




