衝撃の事実
あたしが……タケルさんの背中で、おんぶされながらゲロを吐いた……?
思いもよらぬ衝撃の事実に、アヒルは凍りついた。
「オレは迷った。おまえをこのまま道路に捨てて行くかどうか。でも、どのみちオレもゲロまみれだったし、下手におまえを降ろせばソレが流れて、さらに悲惨なことになるだろう。だからそのまま神泉の駐車場まで、おまえをおぶって行ったんだ」
あの店から神泉の方までは、まだ五分ぐらいかかっただろう。商店街はきっと人通りも多かったに違いない。
タケルの告白は続いた。
「ようやく駐車場に着いて、おまえを車の横に降ろして……もちろん、被害が最小限になるように細心の注意を払ってな。幸い、オレのGパンはセーフだったけど、とりあえず汚れた背中をなんとかしたかったから、Tシャツを脱いで、海パンに履き替えてポリタンの水を浴びて、一応スッキリできた。……問題はおまえの処理だ」
タケルは一度重い口を開くと、忌々しい記憶を事細かに語り始めた。
「おまえは、あ〜だの、う〜だの言いながら、ぐったりしてどうにもならない。仕方ないから、とりあえず服着たまんま、頭から水ぶっかけてキレイに洗い流してやった。それから車の荷台にのっけて、お着替えポンチョを着せて、そん中でシャツとデニムを脱がせて……」
お着替えポンチョとは、どうやら今アヒルが着ている、ゆるゆるガバガバのタオル服の事らしい。
「ビチョビチョのブラジャーも外して……そこまでしなくても良かったのかもしれないけど、気が付いたら手が勝手に外してた。でもさすがに最後の一枚まで取ったらヤバいよなって、オレが後でおまえに犯罪者呼ばわりされそうだし、、、あんなとこ、おまわりに見つからなくって本当に良かった……」
そこまで一気に話すと、タケルは長く深く、三度目のため息をついた。
「それから、バケツにウェットシャンプー入れて、念入りに汚れた服を洗ってすすいで、洗ってすすいで……なんだかんだ、一時間くらいそこで時間食っちまって……その頃には、おまえはガーガーいびきをかいて、荷台で気持ち良さそうに眠ってた」
アヒルは黙って話を聞いていた。
「いくらゆすっても起きない。女の子から、おまえんちは旗の台の方って聞いてたから、サクッと送って、さっさとアクアラインで海に向かうつもりだったけど……計画はことごとく狂った。こんな事なら良い人ぶった演技なんかしないで、一人でさっさと帰れば良かったんだ……」
タケルは遠く水平線を見つめながら、お茶をまた一口飲んだ。
アヒルはタケルが再び話し始めるのを待った。
しかしそれ以上、話の続きは無かった。
なのでアヒルも海を見つめながら黙っていた。
照りつける太陽。
風の音と、波の音が重なって聞こえる。
それ以外の全ての音は、止まってしまったようだった。
長い沈黙の後、タケルがボソッとつぶやいた。
「たのむ……謝るか、お礼を言うかしてくれ。じゃないとオレが救われん……」
アヒルはハッと顔を上げた。
そしてようやく口を開いた。
「……ごめんなさい……ありがとうございました、、、」
どうにかこうにかそれだけ言うと、さっきよりさらに困り顔になって項垂れてしまった。
タケルはアヒルのその顔を見ると、またプッ!と笑った。そして4度めのため息をつくと、
「もういいよ。さ、行くべ!」
と言って、飲んでいたお茶をアヒルの方へ差し出した。
それから、腰に巻いた布一枚のまま、運転席の扉を開いてエンジンをかけた。