浅い眠り
午後の太陽が降り注ぐ、眩しい入り江。
壁にかかった古い振り子時計の短針が12時を指す頃には、駐車場の車の数も増え、『Secret Garden』のラウンジ内もデッキも、海から上がってきたカラフルな小さいビキニ姿や、風に軽やかに揺れる、薄い衣服を身にまとった女の子達でいっぱいになった。
店内には女性ヴォーカルの静かなJAZZがゆったりと流れている。
みな、あの『私有地』と書かれた札の下がったチェーンを外し、急な崖の坂道を下ってわざわざここへやって来たのかと思うと、アヒルは不思議な気がした。
ほとんどの客が女性だったけれど、しばらくして一人だけ、体格の良い40代位の男が、若い綺麗な女の子に手を引かれ、ラウンジに入って来た。
二人はカウンターの中のハナコと笑みを交わし、ソファー席に促され、そこへ仲良く並んで座ると、ホナミが素早くメニューを持って行った。
長い髪をクルクルと巻き上げたハナコは、美しい顔で黙々と手際良く料理を仕上げていく。
ホナミはゲイの少年のような親しみやすい笑顔で、客の女の子達の間を廻り、皿を運び、冷たい水を汲み足し、不都合はないか丁寧に訊いていく。
開店時間になる前に、ホナミはすでに服を着替えていて、今は黒い細身のパンツに白い襟付きのノースリーブシャツをパリッと着こなし、さっきまでダラリとした格好で、タケルの悪口を言っていた姿とは別人のようだった。
アヒルはオープンデッキのパラソルの下に設置された、リクライニングチェアーを目いっぱい倒し、タケルに借りたタオル服を着たまま足を伸ばして寝そべって、そんな情景を他人事のように眺めていた。
ランチタイムが終わったら、ホナミが最寄りの駅まで車で送るので、それまでここで待つようにとハナコに言われ、アヒルはカウンターの上に置いてあった海の写真集やサーフィン雑誌を数冊持って来て、パラソルとセットになったスチール製のサイドテーブルの上に積み重ね、それらをパラパラとめくりながら時間をつぶしていた。
ラウンジからは、オリーブオイルとニンニクの香り、バターの溶ける濃厚な香り、肉と香草の焼ける匂いなどが漂い、旧式の赤いコーヒーマシーンが、ゴボゴボと老人の咳き込むような音を立てているのが聞こえてくる。
フォークやナイフが皿に当たる、カチャカチャという軽い音
女の子達の小鳥のような話し声と、笑い声
穏やかに吹き込む風の音、波の音
シーリングファンのかすかな羽音
振り子時計のコチコチと時を刻む音
古い食器棚のきしむ音……
このどこか非現実的な空間は、それら聞こえるか聞こえないかの微かな音まで一つに取り込み、生き物のように呼吸をしているようだった。
ここはいったい、どういう場所なのだろう?
そしてそのうち、アヒル自身もその空間に取り込まれ、大きな生き物の細胞の一つになったような安心感に包まれて、ウトウトと浅い眠りの中に入っていった。