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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
11/42

あたし、自分で帰れますから



「ホナミさんは、大会に出たりするんですか?」

「ん?そう。年に何回か、プロになるための大会があるんだけど、今年はまずエントリーする金が厳しい!!」


 そう言ってホナミは、手のひらをピラピラとお札が舞うように振ってみせ、笑った。


「エントリー?……アハ、なんだかすごいですね、カッコ良さそう」


 アヒルは意味も良く分からないまま、ご機嫌取りのように言ってみた。それからふと思いつきで、タケルについて口にした。


「タケルさんも、プロ目指してたりなんかするんですかね?」


 するとホナミは、涼しげな目を急に吊り上げ、独特のかすれ声で、


「タケルぅ?違う違う、あいつはそんな気、全然無いって!ただちょっと上手いだけの、チャラチャラしたショップ店員。サーフィンを、オンナ引っ掛けるダシに使ってるだけだよ!!」


 と、厳しくタケルを批判した。


「え!そ、そうなんですか??」


 金髪が逆立つような語気の強さに、自分がダメ出しされたように狼狽うろたえるアヒルに、ホナミは続けた。


「あいつのライディング、今日、見た?」

「ライディングって、サーフィンしてるとこって意味ですか?」

「そう」

「いえ……」

「タケルは優しいから、混んでる日は苦手なのよ」


 タケルの話になった途端、食ってかかるような口調になったホナミを、ハナコがやんわりフォローする。


「そう!ヘラヘラしてオンナの近くで波待ちして、良いセット入ってもゆずってばっかりなんだもん。 アホヅラして『どうぞ〜!』みたいな。けどそんなんじゃ、いつまでたっても乗れないじゃないっすか。そのうち周りの男にも舐められるし。あんたやる気あんの??って思いません?? アタシ、たまにイラッとして、あいつがやっと取った波に、ワザと前乗りしてやったりするんっすよね」

「やだ、それはやめなさいよ」

「はーい、、、。すんません」


 一気にまくしたて、最後は意地悪く笑ってみせたホナミだったが、ハナコにたしなめられると、すぐに舌をペロッと舌を出して謝った。

 『前乗り』とは、サーフィンを楽しむにおいての、最悪のルール違反のことである。


「……なんかムカつくんっすよね。わざと本気出してない感じが見え見えで。人が減るぐらいサイズアップして来ると、 ヒョイヒョイ乗ってたりするくせに。…… なんつーか、もうちょっと気合い入れればもっと……。いや、別にどうでもいいっすけどね。アイツが乗らなきゃその分、アタシらが乗れてラッキー!ってだけの事ですから」

 

 最後はフッと溜息をつくと、ホナミは黙った。

 その気持ちを察してか、ハナコは諦めたような表情を浮かべて言った。


「そうねぇ……。昔はあんなんじゃなかったんだけど。 千葉の実家にいたころは、もっと海ではガツガツしてたみたいで、それでローカルと揉めたりする事もあったみたいよ」


「へえ〜!そうなんすか?それは知らなかった。アタシは『ブルーガーデン』でバイトするようになってからの、 女好きのお人好ひとよしの、腑抜ふぬけみたいなアイツしか知らないっすから」


 ホナミはカウンターに肘をつき、残り少なくなったドンブリの中の具をスプーンで寄せ集めながら、ハナコの話を聞いていた。


「学生になってからかしら。そう、ブルーでバイトするようになってからね。揉めちゃまずいと思ったんじゃない?店にも、スクールのお客さんにも迷惑かかるから……。 大人になって、丸くなったって事かしらね?」


「ふーん。何だかもったいないっすね」

「ふふ。『もったいない』……ホナミンとしてはそうなのね?」


 ハナコが、からかうようにホナミの言葉を繰り返すと、ホナミは慌ててそれを誤魔化そうとした。


「はぁ?いや、アタシっつーか、、、店長だってハナさんだって、ホントはそう思ってるっしょ?一応アイツ、れっきとしたブルーのライダーなんだし、店の『顔』なんだから、、、。もう、やだなぁ。『もったいない』訂正!『だらしない』っす!!」


 そして迂闊うかつにもライバルを褒めてしまった中学男子のように、ホナミは恥ずかしそうにおじやの残りを掻き込むと、空になったドンブリをつっけんどんにハナコに返した。

 それから横でポカンと話を聞いているアヒルに気づくと、ニッ!と笑って話を違う方へ持って行った。


「ところでハナさん、アイツが女にだらしないのは、昔からだったんすか?」

 

 それを聞いて、アヒルはドキッとした。

 気になるタケルの、女の話題。

 胸が勝手に騒ぎ始め、その答えを待つ姿勢が無意識にピンとなる。

 そんなアヒルの様子に気づき、ハナコは胸の前でゆるく腕を組み、少し困ったような笑みを浮かべた。

 細身の割に豊かな胸が、組んだ腕の間で、ふっくらと強調される。


「そうねぇ……。それも東京で一人暮らしするようになってからじゃないかしら。 まぁ、優しくて大抵の事は女の子の言いなりだから、みんなすぐ勘違いしちゃうのかもしれないけど……。よく今まであんなふうに生きてきて、刺されなかったわよね」


 聞きながら、目を閉じて大げさに頷くホナミ。


「そうそう、店番してると女の子、入れ替わり立ち代り来てたし、ウザくて店長にチクったりもしたんだけどさ、大体からして、あの店長もお調子者だから、ビシッとあいつに言えなくて全然話にならないんすよ〜 。海で波を控えめにするなら、おかで女も控えめにして欲しいっす!」


 ホナミがウンザリしたように言うのを聞いて、今度はハナコが、ちょっと意地悪そうに笑って言った。

 

「うふふっ。私ね、たまに無性にタケルをイジメたくなるの。 女を代表して、仕返ししたくなるっていうか……」

「ハナさんのイジメ、多分アタシの『前乗り』よりよっぽどタチ悪いっすよ。あなたこそ元祖ドSですから!!」

「あら。じゃあタケルは元祖ドMってことね」


 そういうと、二人は意味ありげに笑った。

『あんなふうに生きてきて』 とは、どんなふうなのか?

 アヒルはタケルの女癖と、この優しげなハナコのイジメが気になった。

 そして、タケルがドMだという話は意外な気がしたが、優しいというのは確かだと思った。

 そうでなかったら、アヒルはとっくに昨日、道玄坂の植え込みの傍に、 汚れにまみれたまま打ち捨てられていただろう。

 心の中でどれだけ悪態をついたか知らないけれど、 とにかく気を失ったアヒルを見捨てずに、保護してここまで連れて来てくれたのだ。


 ここまで連れて来て……


 そこでふと、アヒルはある疑問に行き当たった。


「ところで、タケルさんはどこに行ったんでしょうか?」

「え?もう、海に行ったんじゃないかしら。さっきポリタン、持って出て行ったから」


 ハナコがあっさり答える。


「え?そうなんですか!?」


 確かにタケルはあの時 『おまえはそこに置いていく』 と言った。


 んで、その後は…?

 あたしはどうやってココから品川へと帰れば良いのだろう?!?!


 アヒルは一瞬にして青くなった。


「タケルさん、、、ここにまた戻って来ますよね?」


 それを聞いて、ハナコとホナミが、ハッと顔を見合わせる。


「さぁ、、、どうかしら……」

「あいつ、帰りの事、アンタになんか言ってかなかったの?」

「いえ、この後のことは何も……。ここに置いていくとは言われましたが、待ってろとか、迎えに来るとかは言われませんでした」


 そして、一緒に帰るとも……


 アヒルはみるみるうちに項垂うなだれていった。


「アイツ、バカだから……カガミハマまで行っちゃったらアンタのことなんか忘れて、そのまま山道で帰っちゃうんじゃね?」


 ハナコは、今度はホナミの毒舌を否定もせず、美しく整えられた眉と眉の間に、小さな縦ジワを一本寄せて、


「前もそんなことあったわね。連れてきた女の子をここで待たせたまま、仲間と違うポイント行って、それから飲みに行っちゃって泊まって帰って来なかったの」


 と言って、小さくため息をついた。それからカウンターの下から自分の携帯電話を取り出して、


「電話して確認してみる?多分、もう出ないと思うけど……」


 と言って、哀れむようにアヒルを見た。


「ホント、行き当たりばったりのいい加減なヤツめ!!」


 ホナミがまたタケルをけなす。

 それを聞いて、アヒルはゆっくり顔を上げた。


 違う……いい加減なのはあたしだ……

 タケルさんにちゃんと確かめれば良かったのに……

 何か気後きおくれして訊けなかった……


 そしてアヒルは考えた。もし電話がタケルに繋がったとして、ハナコが、サーフィンを終えたらアヒルをちゃんと迎えに来いと言えば、『優しい』タケルは渋々でも、悪態をつきながらでもここに戻って来るだろう。

 タケルは今、一刻も早く良い波に乗りたくて、どこかの海岸に向かっている。

  昨日、合コンに来た時から、 タケルが今日の波をどれだけ楽しみにしていたかが思い出された。

 ユウキやレナや、他の合コンメンバーが『海連れてってもらおう!』と勝手に盛り上がった時、 タケルが顔を真っ赤にして『ダメダメ!』と断る必死の姿。

 本当に、誰にも邪魔されず、好きな場所で好きなだけ波に乗ろうと、今日はワクワクしていたに違いない。

 その出鼻を、勝手に酔いつぶれて挫いたのは、アヒルだった。


 これ以上、タケルさんの邪魔はしたくない。

 誰にも迷惑、かけたくない……


「大丈夫です」


 アヒルは心配そうな表情の、ホナミとハナコを交互に見た。

 そしてもう一度、


「大丈夫です。あたし、自分で帰れますから!!」


 と、自分でも驚くぐらいきっぱり言うと、 への字口の両端を上げてニッコリ笑った。


 それはアヒルが今までに見せたことのない自主性と、屈託の無い笑顔だった。









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