あたし、自分で帰れますから
「ホナミさんは、大会に出たりするんですか?」
「ん?そう。年に何回か、プロになるための大会があるんだけど、今年はまずエントリーする金が厳しい!!」
そう言ってホナミは、手のひらをピラピラとお札が舞うように振ってみせ、笑った。
「エントリー?……アハ、なんだかすごいですね、カッコ良さそう」
アヒルは意味も良く分からないまま、ご機嫌取りのように言ってみた。それからふと思いつきで、タケルについて口にした。
「タケルさんも、プロ目指してたりなんかするんですかね?」
するとホナミは、涼しげな目を急に吊り上げ、独特のかすれ声で、
「タケルぅ?違う違う、あいつはそんな気、全然無いって!ただちょっと上手いだけの、チャラチャラしたショップ店員。サーフィンを、オンナ引っ掛けるダシに使ってるだけだよ!!」
と、厳しくタケルを批判した。
「え!そ、そうなんですか??」
金髪が逆立つような語気の強さに、自分がダメ出しされたように狼狽えるアヒルに、ホナミは続けた。
「あいつのライディング、今日、見た?」
「ライディングって、サーフィンしてるとこって意味ですか?」
「そう」
「いえ……」
「タケルは優しいから、混んでる日は苦手なのよ」
タケルの話になった途端、食ってかかるような口調になったホナミを、ハナコがやんわりフォローする。
「そう!ヘラヘラしてオンナの近くで波待ちして、良いセット入っても譲ってばっかりなんだもん。 アホヅラして『どうぞ〜!』みたいな。けどそんなんじゃ、いつまでたっても乗れないじゃないっすか。そのうち周りの男にも舐められるし。あんたやる気あんの??って思いません?? アタシ、たまにイラッとして、あいつがやっと取った波に、ワザと前乗りしてやったりするんっすよね」
「やだ、それはやめなさいよ」
「はーい、、、。すんません」
一気にまくしたて、最後は意地悪く笑ってみせたホナミだったが、ハナコに窘められると、すぐに舌をペロッと舌を出して謝った。
『前乗り』とは、サーフィンを楽しむにおいての、最悪のルール違反のことである。
「……なんかムカつくんっすよね。わざと本気出してない感じが見え見えで。人が減るぐらいサイズアップして来ると、 ヒョイヒョイ乗ってたりするくせに。…… なんつーか、もうちょっと気合い入れればもっと……。いや、別にどうでもいいっすけどね。アイツが乗らなきゃその分、アタシらが乗れてラッキー!ってだけの事ですから」
最後はフッと溜息をつくと、ホナミは黙った。
その気持ちを察してか、ハナコは諦めたような表情を浮かべて言った。
「そうねぇ……。昔はあんなんじゃなかったんだけど。 千葉の実家にいたころは、もっと海ではガツガツしてたみたいで、それでローカルと揉めたりする事もあったみたいよ」
「へえ〜!そうなんすか?それは知らなかった。アタシは『ブルーガーデン』でバイトするようになってからの、 女好きのお人好しの、腑抜けみたいなアイツしか知らないっすから」
ホナミはカウンターに肘をつき、残り少なくなったドンブリの中の具をスプーンで寄せ集めながら、ハナコの話を聞いていた。
「学生になってからかしら。そう、ブルーでバイトするようになってからね。揉めちゃまずいと思ったんじゃない?店にも、スクールのお客さんにも迷惑かかるから……。 大人になって、丸くなったって事かしらね?」
「ふーん。何だかもったいないっすね」
「ふふ。『もったいない』……ホナミンとしてはそうなのね?」
ハナコが、からかうようにホナミの言葉を繰り返すと、ホナミは慌ててそれを誤魔化そうとした。
「はぁ?いや、アタシっつーか、、、店長だってハナさんだって、ホントはそう思ってるっしょ?一応アイツ、れっきとしたブルーのライダーなんだし、店の『顔』なんだから、、、。もう、やだなぁ。『もったいない』訂正!『だらしない』っす!!」
そして迂闊にもライバルを褒めてしまった中学男子のように、ホナミは恥ずかしそうにおじやの残りを掻き込むと、空になったドンブリをつっけんどんにハナコに返した。
それから横でポカンと話を聞いているアヒルに気づくと、ニッ!と笑って話を違う方へ持って行った。
「ところでハナさん、アイツが女にだらしないのは、昔からだったんすか?」
それを聞いて、アヒルはドキッとした。
気になるタケルの、女の話題。
胸が勝手に騒ぎ始め、その答えを待つ姿勢が無意識にピンとなる。
そんなアヒルの様子に気づき、ハナコは胸の前でゆるく腕を組み、少し困ったような笑みを浮かべた。
細身の割に豊かな胸が、組んだ腕の間で、ふっくらと強調される。
「そうねぇ……。それも東京で一人暮らしするようになってからじゃないかしら。 まぁ、優しくて大抵の事は女の子の言いなりだから、みんなすぐ勘違いしちゃうのかもしれないけど……。よく今まであんなふうに生きてきて、刺されなかったわよね」
聞きながら、目を閉じて大げさに頷くホナミ。
「そうそう、店番してると女の子、入れ替わり立ち代り来てたし、ウザくて店長にチクったりもしたんだけどさ、大体からして、あの店長もお調子者だから、ビシッとあいつに言えなくて全然話にならないんすよ〜 。海で波を控えめにするなら、陸で女も控えめにして欲しいっす!」
ホナミがウンザリしたように言うのを聞いて、今度はハナコが、ちょっと意地悪そうに笑って言った。
「うふふっ。私ね、たまに無性にタケルをイジメたくなるの。 女を代表して、仕返ししたくなるっていうか……」
「ハナさんのイジメ、多分アタシの『前乗り』よりよっぽどタチ悪いっすよ。あなたこそ元祖ドSですから!!」
「あら。じゃあタケルは元祖ドMってことね」
そういうと、二人は意味ありげに笑った。
『あんなふうに生きてきて』 とは、どんなふうなのか?
アヒルはタケルの女癖と、この優しげなハナコのイジメが気になった。
そして、タケルがドMだという話は意外な気がしたが、優しいというのは確かだと思った。
そうでなかったら、アヒルはとっくに昨日、道玄坂の植え込みの傍に、 汚れに塗れたまま打ち捨てられていただろう。
心の中でどれだけ悪態をついたか知らないけれど、 とにかく気を失ったアヒルを見捨てずに、保護してここまで連れて来てくれたのだ。
ここまで連れて来て……
そこでふと、アヒルはある疑問に行き当たった。
「ところで、タケルさんはどこに行ったんでしょうか?」
「え?もう、海に行ったんじゃないかしら。さっきポリタン、持って出て行ったから」
ハナコがあっさり答える。
「え?そうなんですか!?」
確かにタケルはあの時 『おまえはそこに置いていく』 と言った。
んで、その後は…?
あたしはどうやってココから品川へと帰れば良いのだろう?!?!
アヒルは一瞬にして青くなった。
「タケルさん、、、ここにまた戻って来ますよね?」
それを聞いて、ハナコとホナミが、ハッと顔を見合わせる。
「さぁ、、、どうかしら……」
「あいつ、帰りの事、アンタになんか言ってかなかったの?」
「いえ、この後のことは何も……。ここに置いていくとは言われましたが、待ってろとか、迎えに来るとかは言われませんでした」
そして、一緒に帰るとも……
アヒルはみるみるうちに項垂れていった。
「アイツ、バカだから……カガミハマまで行っちゃったらアンタのことなんか忘れて、そのまま山道で帰っちゃうんじゃね?」
ハナコは、今度はホナミの毒舌を否定もせず、美しく整えられた眉と眉の間に、小さな縦ジワを一本寄せて、
「前もそんなことあったわね。連れてきた女の子をここで待たせたまま、仲間と違うポイント行って、それから飲みに行っちゃって泊まって帰って来なかったの」
と言って、小さくため息をついた。それからカウンターの下から自分の携帯電話を取り出して、
「電話して確認してみる?多分、もう出ないと思うけど……」
と言って、哀れむようにアヒルを見た。
「ホント、行き当たりばったりのいい加減なヤツめ!!」
ホナミがまたタケルを貶す。
それを聞いて、アヒルはゆっくり顔を上げた。
違う……いい加減なのはあたしだ……
タケルさんにちゃんと確かめれば良かったのに……
何か気後れして訊けなかった……
そしてアヒルは考えた。もし電話がタケルに繋がったとして、ハナコが、サーフィンを終えたらアヒルをちゃんと迎えに来いと言えば、『優しい』タケルは渋々でも、悪態をつきながらでもここに戻って来るだろう。
タケルは今、一刻も早く良い波に乗りたくて、どこかの海岸に向かっている。
昨日、合コンに来た時から、 タケルが今日の波をどれだけ楽しみにしていたかが思い出された。
ユウキやレナや、他の合コンメンバーが『海連れてってもらおう!』と勝手に盛り上がった時、 タケルが顔を真っ赤にして『ダメダメ!』と断る必死の姿。
本当に、誰にも邪魔されず、好きな場所で好きなだけ波に乗ろうと、今日はワクワクしていたに違いない。
その出鼻を、勝手に酔いつぶれて挫いたのは、アヒルだった。
これ以上、タケルさんの邪魔はしたくない。
誰にも迷惑、かけたくない……
「大丈夫です」
アヒルは心配そうな表情の、ホナミとハナコを交互に見た。
そしてもう一度、
「大丈夫です。あたし、自分で帰れますから!!」
と、自分でも驚くぐらいきっぱり言うと、 への字口の両端を上げてニッコリ笑った。
それはアヒルが今までに見せたことのない自主性と、屈託の無い笑顔だった。




