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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
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脱がされた服の理由を教えて




 海を目の前にした砂混じりの駐車場。

停車している車は少なく、黒いアスファルトは太陽の熱を朝から十分に吸収して、アヒルが踏みつけているタオル地の服を通しても、その熱さがじんわりと足裏に伝わってくる。


 アヒルはこちらに向かってくる二人の男を、しゃがんだまま脅えたようにジッと見た。間違いなく、一人は昨日の合コンで出会ったタケルだった。


 タケルの肩に軽くかかる無造作な縮れ毛は、海水に濡れてさらに強くカールし、しずくをポタポタ落としている。上半身には、タイトな黒いゴムのような素材で出来た、長袖のものを身につけていて、下は同じく黒地で、左腿に赤と黄とグリーンが縦に鮮やかに入った、ラスタカラーのサーフトランクスを履いている。右手に白いサーフボードを抱えて、うずくまるアヒルの方へ近づいて来るけれど、その顔に特別な表情は読みとれない。


 もう一人は坊主頭で、タケルより一回り大柄な男で、胸板は厚く、裸の上半身は真っ黒に日焼けしている。両腕には波の形をかたどったような黒の刺青タトゥーが入っていた。


 この男の持っているサーフボードは青く、タケルのとは違ってとても大きく長かった。タケルのように小脇に抱える、と言うよりは、腰に当てて担ぐ、と言った感じでいかにも重そうだった。まるでどこかの国の原住民のような雰囲気をかもし出してはいたけれど、腰履きのブルーのトランクスからチラリと覗く白い肌が、当たり前の日本人であることを証明していた。


 こちらは会ったこともない男だったが、屈託のない笑顔で「おはよう」とアヒルに声をかけてきた。

 けれどアヒルは、とても挨拶を返す余裕なんてなかった。


「気分はどうだ?」


 今度はタケルが訊ねる。

 しかしそれにも何も答えられず、ただしゃがみ込んだまま、モジモジと体を動かすことしか出来なかった。

 それはタケルが、昨日とは何か別人のような空気を漂わせていたせいだった。


 アヒルが黙ったままなので、タケルはちょっとイラッとした表情を見せ、うずくまるアヒルの横をスタスタ通り過ぎると、ワンボックスカーの下からおもむろに白いビーチサンダルを一足引っ張り出し、アヒルの方にポイと投げてよこした。そして忌々し気に言った。


「おい、オッパイが4つ見えてんぞ」


 それを聞いた坊主頭が「ヒャハハハハッ!!」と体を大きくゆすって笑い、その腹筋の振動で、腰に抱えたサーフボードから水滴が辺りに飛び散った。

 アヒルはハッとして自分の胸元に目をやった。すると着ていたタオル服の前裾まえすそを踏んでしゃがんでいたので、えりぐりが大きく前に下がって引っ張られ、抱え込んだ二つの丸いヒザ小僧と、それに押し上げられてプックリ盛り上がった胸の谷間が、丸見えになっていた。

 アヒルは慌てて立ち上がり、両手で胸元を隠すと、ちょっと躊躇ためらい、それからタケルが投げてよこした白いビーチサンダルをそそくさと履いた。そして勇気を出して訊いてみた。


「あの!……あのぉ……。あたし、、、昨日の事、全然覚えてないんですけど……」


 タケルは、無表情のままアヒルの顔をじっと見た。


「 ……覚えてないのか?……全然??」

「どうしてあたし服を……あの……着てないんでしょうか?」

「オレが脱がせたからだ」


 タケルは事も無げに言った。


「ぬ、脱がせたって!……そんな……!!」


 タケルが平然と自分が脱がせたと言ったのを聞いて、アヒルは自分の顔が一瞬で真っ赤になるのが分かった。坊主頭は、横でニヤニヤしながら二人の会話を聞いていた。


「そ、そんな、、、合意も無しに……ひどいっ!!」


 アヒルはタケルをなじったつもりだったが、タケルは軽く肩をすぼめただけで、何も言おうとしなかった。


「せめて、、、せめてひこと言ってくれればあたしだって……」


『ひとこと言ってくれればあたしだって』


 それを聞いて、タケルと坊主頭は一瞬目を丸くして顔を見合わせ、次の瞬間、坊主頭だけがボードを落とさんばかりに体をゆすって笑った。


「ヒャハハハハハッ!あんた最高、面白すぎ!!」


 アヒルは自分の言ったことの、何がそんなに坊主頭の笑いを誘ったのか全く分からず、タケルと坊主頭を交互に見た。アヒルは意図せず、例の困り顔になっていた。

 タケルはただ呆れたと言わんばかりに無言で首を横に振り、アヒルを無視して笑い転げる坊主頭と話しを始めた。


「ジミちゃん、これからどうすんの?」

「そうだな〜飯食って、昼寝して……それからどっかでもう1ラウンド入る。タケルは?」

「オレはハナさんとこ寄ってから、そのまま北上ほくじょうしちゃうかもしれないな……」


 困り果てたアヒルを放ったまま、二人の間で会話が進む。


「おぅ。じゃあまた会えたらな。……あんたもな!」


 坊主頭のジミちゃんと呼ばれた男は、アヒルに向かってニヤっと白い歯を見せると、自分の車の方へと去って行った。


 坊主頭を見送ると、タケルは「フーーーーーーッ」と長いため息をついた。

 そして自分のワンボックスカーの後ろに回り、小さなプラスティックの踏み台のような物を二つ出して、アスファルトの上に少し間隔をあけて並べると、その上にサーフボードをそっと置き、ポリタンクのキャップを開いて、上からていねいにボードに水をかけていった。それから着ていた黒いゴムの上着を、暑そうにミントグリーンのバケツの中に脱ぎ捨て、まだ半分以上水の入ったポリタンクを片手で軽々と持ち上げて、そのまま頭から水を被った。

 縮れた髪の毛、しっかりと筋肉のついた背中、上げた太い腕の腋の下から固く締まった下半身へと、冷たい水が勢い良く流れていく。

 アヒルはその後姿をじっと見た。


 トランクスの前に左手を突っ込んで隙間を作り、そこにも水をザブザブと流し込み、そのままぐるっと尻の方に水をかけ流す。少し下がったトランクスの左側の腰に、何かの記号のような小さな刺青タトゥーらしきものが見えた。


 たっぷり水を浴び終えると、タケルは目を閉じ、気持ち良さそうにびしょ濡れの縮れ毛を、ブルブルブルッ!と犬のように左右に振った。

 その冷たい飛沫しぶきがアヒルの顔まで飛んできて、アヒルも思わず目を閉じた。


 それからタケルは、荷室の布の山から使いこまれた生成りのバスタオルを取り出し、頭と体に残った水気をザッとぬぐった。そして焦げ茶色の大きなタイダイの布を一枚、引っ張り取り出すと、スカートのように腰にぐるりと巻き付けて、その中で器用にトランクスを脱ぎ、それもミントグリーンのバケツに投げ込んだ。

 今度はそのバケツの中に、ポリタンクに残った水をなみなみ注ぐと、腰に巻いた布一枚の姿のまま、膝を曲げてしゃがみ込み、ザブザブと脱いだ物を水洗いし始めた。その姿は、いつかTVで見た、東南アジアの河原で洗濯する人を思い出させた。


 よく日に焼けた、広い背中と太い二の腕。

 薄い布越しに、腰から尻の引き締まった筋肉が容易に想像できる。


『あたしは昨日、この人としたんだろうか……?』


 そんなアヒルのよこしまな想像が伝わってしまったのか、突然タケルが振り返った。


「……なんだ?」


「え?」


「何、見てんだ?」


 ……違う。やっぱり昨日のタケルさんのイメージと全然違う。

 昨日のタケルさんは、もっと人なつっこくて、優しそうな目をしていた。

 今、目の前にいるタケルさんは……なんだかちょっと怖い……


 アヒルは無意識のうちに、また例の『困り顔』になっていた。

 それを見てタケルが思わず プッ! と笑った。


「その顔、やめて」


 そしてまたバケツの方を向くと立ち上がり、中に入っていた水をザーッと辺りに流した。

 焼けたアスファルトがピチピチと音を立てる。

 その水は、ぐるっとアヒルの足元まで流れてきて、白いビーチサンダルを濡らした。

 指先に触れた冷たい水が、心地良い。


「別にレイプしたわけじゃないから安心しろ」


 タケルは後ろを向いたままボソッと言った。

 それを聞いて、アヒルはホッとしたような、ちょっと損したような複雑な気持ちになった。

 タケルは、洗った黒いゴムのタッパとトランクスを干そうと、荷室を覗きこんでハンガーを探したが、あいにく全部使用中だった。

 Tシャツくらいならもう乾いたかと思い、手で触って確かめてみたが、まだ縫い目は湿った状態だった。そして、ピンチングハンガーに掛ったピンクのブラジャーを指でつついて、


「全く、なんでブラジャーってのはこんなに分厚くできてんだ?ビキニならとっくに乾いてる頃だぜ」


 と、独り言なのかアヒルに言ったのか分からなかったが、ブツブツと文句を言っているので、アヒルは思いきって訊いてみた。


「あの、、、あたしの服……洗ったんですか?」


 それを聞いてタケルがくるりと振り向いた。


「なんで……あたしの……?」

「おまえ、本当に覚えてないの?」


 『おまえ』と言われて、アヒルはちょっとたじろいだ。


「あ、はい……すいません」


 タケルは大きく目を見開いて、アヒルの小さな目を覗き込んだ。


「全然?」

「はい……」

「オレの名前は?」

「あ、それは覚えてます……タケルさん」

「どこまで覚えてんの?」

「あ、えーっと……ちょっとそれがー、、、」

「じゃあ、どこから覚えてないの?」


 タケルの尋問が続く。


「あ、えーとぉ……それもちょっと、、、」


 タケルはチリチリ頭をくしゃくしゃ掻くと、また、フーーーーーーーーッ!と、大きくため息をついた。そして荷室からクーラーバッグをたぐり寄せ、お茶を取り出し一口飲むと、自白を決意した人のように、遠く海を見つめながらポツリポツリと語り始めた。

 

 遥か沖を、タンカーが行くのが見える。


「おまえは……べろべろに酔っぱらって……沖縄料理屋を出る時点でほとんど立てなくなってた。」


    ザザーーーーーーーーーーーーーーーッ


 心地よい風が髪をゆらす


「ユウキ達はこれからカラオケ行くって言って……女の子たちも行こう行こうって盛り上がってたけど……」


    ザザザーーーーーーーーーーッ


「オレはとにかく、明日は波、最高に良いって分かってたから、早く帰りたくて……」


 罪を悔やむ人のように、握りしめられたこぶし


    ミャオミャオミャオ……

 

 遠くでウミネコの声が聞こえる。


「おまえを車で送って行くって口実つけて……女の子たちは、帰らないでーー!ってオレを追っかけてきたけど……」


 力無く落ちていく広い肩……


「おまえをおんぶして、走って逃げて帰ったんだ……そしたら……」


 海を見つめる目が、苦しそうに細められる          

                       

    ミャオミャオミャオ…


「おまえは……おまえは、、、」


 アヒルは、苦しそうなタケルが、いったい何を告白するのか、息を飲んで見守った。



「オレの背中でゲロを吐きやがった」



 ザザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ…



                ミャオミャオミャオ…



         ザッザーーーーーーーーーーーー…       

                         ミャオミャオミャオ…



 ま……


 まじっすかぁああああああああああああああああああ!!!!?????








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