救える世界、救えなかった世界
クレイは星の記憶の中で、魔闘術の記憶は意地でも覚えた。
クレイ自身生身で戦えば拳王に勝てたかは分からない、拳王の強さは現代の騎士を軽くしのぐ強さを持っていた。
拳王に真の後継者は存在しない、何故なら自身がオークと言う魔物であり、弟子というものを取らなかったためだ。
このオークが実は転生者とかはなく、単純に特異体質である。彼は生まれた瞬間から知性を持っていた、そして人に興味を持っていたのだ、しかもその知性は歴史を作る側の人間ほどであった。
拳王が何故強くなったかというと、惚れた女の為が一番だろう、ルシュタールの美しき姫に恋をし、彼女を守る騎士になる為オークでありながら、人として生きる決意をした。その為彼の修行は常軌を逸脱する程で、彼に傷の無い日は無かったほどだ。
そんな中で生まれた魔闘術はこれまで適正属性が少なかったもの達にとって希望となった。拳王は正式な弟子こそ取らなかったが聞かれれば基本的な事は惜しげもなく教えていた、それも人の社会に潜り込みたかったからだ、しかし奥義と呼ばれるものは子供にすら教えなかった。
何故か、人を信用しきれなかった? 難解すぎて教えられなかった? と様々な事が考えられるが実際は妻との時間を取られたくなかったからである。ラブラブだったのだ。
よって現代の魔闘術は基礎的なものに毛の生えた程度の事しか伝わっていない、クレイがアルカラと戦った時に使われた自らを刃にする魔剣術、オークの特性を利用した魔食術、妻への愛を形にした魔演舞、最後に魔王を倒した魔獣術の四つを奥義にしていたが歴史の中に消えていった。
クレイはこの記憶を元に魔闘術とは何かを考えた、そして出した結論は自問自答である。日本でいう禅の考えに近いのか? 哲学に近いのか? 答えは出せないが、ただただ何かを問い答えを探し続ける事だと考える。
オークである拳王が出した答えは、自らの目的の為の力である魔剣術、自分のルーツであるオークと言う魔物とは何かを問うた魔食術、自らの最大の欲求である魔演舞、そして最後に自らの本質である魔獣術、しかし拳王は魔闘術の真髄に辿り着いたかというと否としか言えない。
魔闘術は自問自答ならば、拳王は自分が何者かを問うていないからである、そう魔闘術は完成していないのである。
しかし魔闘術の真髄にクレイは挑戦する、そして拳王より近づいたかも知れない、何故なら
「拳王の強さは愛だった」
「何を言って!」
シルジンの目の前からクレイが消える、そして気付くとすぐ横に現れる
「魔槍!」
「ぐぁー!」
シルジンの怪人としての皮膚はただの剣では傷一つ付かないが、それをあっさり貫くのが魔闘術の奥義の一つ魔槍である。
クレイは知識だけで魔剣術ならばほぼ出来るようになっていた、元々魔闘術を死ぬ程修行していたので下地が完璧だった為だ。
「何故だ、素手で私の体を貫くなんて!」
シルジンは信じられないものを見ていた、クレイとの圧倒的な力の差である、しかもクレイはまだ変身していないのだ。
「おい隙だらけやぞ」
背筋が凍るシルジン、息つく暇もなくクレイからの追撃を受ける
「ぐぉわ」
「あちゃー、こんなに実力差があったか」
ライネルはそれを見ながら想定内なのか、動揺すらしない
「馬鹿な、何故だ、何故手も足も出ない、俺は最強の力を得たはずなのに」
シルジンは叫ぶ、禁断の果実に手を出しても全く手が届かない、そんな現実にどうしていいかわからなかった。
「あーあ、もういいや、そこの君もういいよ、君では1000年努力してもそこの男には勝てないんだから」
「ライネル様何を?」
「喰らえ魔核よ」
ライネルがそう言うと魔核がシルジンの魔力を吸い尽くす、ライネルにとってシルジンは魔核を強くする為の餌でしかなかった。
「ぐわわーーわ!」
シルジンは全てを吸い尽くされる、そんな時
「まあそんな事やと思ったわ」
シルジンの全てが吸い尽くされる前に魔核を奪い取り出す
「あーあ魔核取ったらそいつ死んじゃうよ」
ライネルはニタニタしながらクレイに忠告する
「アホか、俺らがこうなる事を想定して無いと思ったのか」
「なに?」
シルジンは気を失ってるが息をしている、どうやら生きてはいるようだった。
「うん? なんで生きてる?」
ライネルは首をかしげる
「ポン子おるんやろシルジンをイーグルに連れてけ」
「分かったご主人」
いつの間にかいたポン子に指示を出す、ポン子はシルジンをイーグルに連れていく、そこで治療するようだった。
「おや可愛い子だね、どうやら人間では無いようだけど」
ライネルはポン子を見てすぐに、人類種では無い事を見抜く
「そないな事はどうでもええねん、オリバーどうやらお前の思い通りにはならなかったみたいなが、手加減せんぞ」
クレイはライネルを倒そうと構えるが、ライネルは一切動かず
「とりあえずそれを返してね」
「ちっ」
油断してなかったとは言えないが、それでも普通の奴に遅れをとるほどクレイは鈍くは無い、クレイは後ろからの不意打ちに躱すことは出来たが魔核を奪われてしまう。
「誰や?」
クレイが睨みつけるとそこには、ウサギの獣人がいたのだった。
「よくやった、ピリス」
「はいライネル様」
ピリスと呼ばれた女の獣人は、およそ意思があるとは思えない瞳に、無駄の無い絞られた肉体、大きな白いウサギの耳、たわわに実った胸、背中には人が扱えるとは思えない程の巨大な剣を担いでる。
「では食べなさい」
「はい」
ピリスは魔核を一飲みする、するとピリスの魔力が歪にだが急激に上がる、その魔力はクレイが知る中で四幹部を上回るものだった。
「オリバーよ、俺にその子を紹介してくれないのか?」
クレイは軽い感じで喋りかける
「おや、これはすまないね、この子はピリス、見ての通りウサギの獣人で、私のこっちの世界での妹となっている」
「私はピリス、ライネル様の妹です」
「へぇー、つまりお前の国のお姫様って奴か?」
「そうだね、あの女にそっくりでね、ああこっちでの母親なんだけどね、親二人は殺したんだけど流石に妹を殺すのもためらってね、改造して強力な兵士にする事にしたんだよ」
ライネルはピリスを撫でる、それは妹を想う兄の様だったが、目に感情はなかった。
「お前のやりそうな事やの、やりそうな事すぎて、胸糞悪いわ」
「くくく、この子は強いよ、この子は普通と違う力があってね、その力を上手く使って生み出した戦士だよ、ブライザー頑張って倒してね、ふふふ」
「確かに、普通では無さそうやな」
ピリスの持つ膨大な魔力を感じ、警戒するクレイ、ピリスが一歩前に出て
「ライネル様、あの者を抹殺すればよろしいのですか?」
「そうだよピリス、いい子だ、では殺しなさい」
「かしこまりました」
ピリスはクレイの方を向き、構える
「ライネル様のご命令により、貴方を抹殺します」
ブライザーのいない大陸西部は地獄だった、ライネルを始めバルフもルミも、人をおもちゃの様にして遊んでいた、そして悪魔達に支配された西部の人間は東部の人間が憎かった、こんなに苦しんでるのに東部の人間はぬくぬく幸せに暮らしている事に、その憎しみが今回の東征をより強いものにしていた。
西部はブライザーが救えなかった世界である、そして救わなかった世界でもある、クレイは西部の現状を知らなかった、知らされなかった。
この日クレイは、苦悩する事になる、自らの認識の甘さに、救えるもの達を救わなかった自分に、そう今から戦うピリスはブライザーが救えなかった世界なのである。