夏の夢の一週間
「世の中にはな悪の栄えた試しは無いんや、覚えとき」
「くっ私達、ビーグル商会に手を出して無事に帰れると思うな、我らには」
「ゼクセン都市同盟、盟主【ゼクセン=バッハ=ゼクセン】がついてるか?」
「!」
「何故それを?」
「あほか、既にそいつは盟主ちゃうぞ」
「何?」
「欲かかんと真面目にしといたら、良かったのにな、今やエルフの子供の奴隷売買がバレて、ゼクセン都市同盟は上から下まで大騒ぎやわ」
「き、貴様、何者だ?」
「俺か? 俺はな」
とある夏の日世界に激震が走る、ゼクセン都市同盟の盟主をずっと務めてきた一族の追放、そして元盟主の逮捕である。それはルシュタールも無関係で無かった、勝手に住み着いていたとは言えルシュタールの住人には違いないエルフの子供が奴隷として売買されていたのだ、このままゼクセン都市同盟の対応が納得出来なければ戦争状態に陥るのは間違いなかった。
各国がゼクセン都市同盟の新たな盟主の表明に耳を傾けていた。そして
一つ、ルシュタールに住むエルフに対し、十億ルクスの賠償金を保証する
一つ、即時に攫われた子供の返還
一つ、ルシュタール王への説明をし、必要であれば即座に会談を受ける準備は出来ていること
一つ、エルフ族への心からのお詫びと、ルシュタール国に対するお詫びの表明
一つ、この表明に対し、ゼクセン都市同盟全ての都市代表が命に代えても実行する事の約束
一つ、最後に邪神と戦うためなら協力を惜しまないこと
この表明を、受けて各国の反応はまちまちであった。ただ各国共通の認識はゼクセン都市同盟は狂ったのかと言う思いだった。
まず奴隷売買の賠償にしては高すぎる賠償金、そしてルシュタール王への謝罪である、しかも、それを都市同盟全ての代表が支持する事への驚きは少し昔を知ってるものからしたら異常なことだった。ルシュタールとゼクセン都市同盟はなかなか仲が悪い、そしてそれ以上に都市同士の仲は悪い、なので意見が一致するなんてありえないことだった。
そして最後の邪神である、ルシュタールは邪神の存在を知っているので、ゼクセンが邪神側でなくてホッとしていたが、他の国は邪神の存在すら知らないから戸惑うのも当たり前といえば当たり前であった。
このニュースが世界を駆け巡り、この世界で確立しつつある職業、新聞記者がゼクセン都市同盟に来ていた、謎の追求は彼らにとっての使命である。
とある記者が熱心な取材で見えてきたのは都市同盟の各都市の代表が、とある人物に徹底的に懲らしめられたという事だった。そして恐らくだが都市同盟は既にその者の傘下に入っているのでは? と言う疑念だった。
記者が取材すると、皆が口を揃えて「偉大なる盟主の意思である」と言うのだ、記者は初め新しく盟主になったルドルフ氏の事かと思ったが、取材を進めてるうちに盟主とは今回のゼクセン盟主の交代劇の裏で暗躍した者の事である事が分かった。
そして最後の驚きはルシュタール王国とゼクセン都市同盟の同盟の締結であった。
これはわずか一週間の出来事であり、後に夏の夢の一週間と呼ばれる事になる。
しかしまだまだ終わらない、最後の最後で凄まじい爆弾を投下する、ゼクセン都市同盟が誇る機甲市兵団のトップである、兵団長の上に新たなる職を作る、その名もボスである、発表された時記者達も各国大使も、皆ハテナマークだったがボスと呼ばれる人物がクレイという名である事、そしてカイエン公爵の息子である事を知ると皆が思った、そうゼクセンはルシュタールに負けたのだと。
しかし実を言うと一番驚いたのは、ルシュタールの大使であった、大使はこんな事聞いてないとすぐに本国に連絡、しかし本国からも何の事か分からないと返答、大使は仕方なくゼクセン都市同盟に説明を要求、しかしその返答は「これは、名誉職です。我がゼクセンでのボスの地位を保証する者です」と、言われるだけである。そして本国では
「ええいカイエン、何がどうなってるんだ!」
「それが私にもサッパリでして」
カイエン公爵は王の前で小さくなりながら、自分自身何が何やらパニック状態である。
「まあゼクセンとの条約は、かなりこちらの有利な形でまとまったが他国は我が国がゼクセンと一戦交えたと思っとるぞ」
「はい」
「お前の息子はどうしたんだ?」
「それが、ただいま旅に出ると言って連絡が取れないのです」
「なんだと、いったいどうなってるんだ!」
そう、みんな大変混乱していたがとうの元凶は
「エルフの子供を取り返してきたで」
「おおありがとうございます、ありがとうございます」
エルフの里は子供達が帰ってきてみんな喜びにあふれていた、その光景を見てクレイは良かった良かったと何度も頷くのであった。
「私達は貴方にどんなに感謝の念を送っても足りません、本当に、本当にありがとうございます」
「まあええねん、そもそも人族が悪いんやし、奴隷にされてた子もこれからが大変やからな」
「はい確かに」
暗い顔のエルフの男
「あの少し相談をさせて貰ってもよろしいですか?」
「なんや?」
「実は」
エルフの男が言うには最近の森の開発の所為で生活するための森が無くなり、さらに住む場所すら危ういのだ、しかし自分達が流れ者だという事も理解しており、この地を寄越せと領主にいう事も出来ない、これからどうすれば良いのかという事だった。
「まあこの地にこだわりないなら、うちに来るか?」
「えっ、いいんですか?」
「かまわんよ、俺の秘密基地なんやがまだまだ、空き家がぎょうさんあるからな、この位の人数なら平気やわ」
「お、おー、なんて事だ、貴方は正に神の使いだ」
そう言ってエルフ達はクレイに感謝の言葉を贈るのだった
「じゃあ、行くで付いて来いや」
「はい」
こうしてエルフ達はウッルドに到着する、この後エルフ達はクレイの指導の下、忍者部隊としてWSSの情報収集、工作、潜入など様々な場面で活躍する事になる、しかし今は
「やっと帰ってきたか、このバカ息子が!」
「ひぁー父上」
「こっちに来なさい」
「あー」
「あれが隼人の今の父親か」
こうして、カイエン公爵に王宮に連行されるクレイとそれを見守るシラスだった。