てるてるぼうずのサービスけん
星屑による星屑のような童話。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
それは、ある夏のはじめごろの日のことでした。
赤いやねのかわいらしい家のまどから、空をしきりと見あげる、少女がひとり。
少女の名前は、ハルミといいました。
その年の春に、一年生になったばかりの、小さな女の子。うすピンク色のワンピースが、よくにあっています。
空は、どこもかしこも、どんより雲でした。いつ雨がふりはじめても、おかしくありません。
ハルミは、むくむくもぞもぞとふくらんでいく雲をなんどもなんどもながめては、ためいきばかりついていました。
「あしたのえんそくは、ちょっと、むりかなあ。はじめてのえんそくなのにね……」
ハルミのそばにやってきたお母さんが、そうささやきました。それを聞いたハルミが、かたをがっくりおとして、うつむきます。
こんどはそんなハルミを見たお母さんが、ハルミには聞こえないくらいの、小さな小さなためいきをつきました。
「じゃあ、ハルミ……てるてるぼうずさん、作ってみる?」
☆
お母さんが、箱から出した一まいのティッシュを、くるくるとまるめます。それをハルミが、べつのティッシュでくるみました。
それから、お母さんがおなかのぶぶんをわゴムでとじ、ハルミが黒いマジックで、目と、はなと、口をかきこみました。
これで、てるてるぼうずのできあがり。
耳までとどきそうな口で、ゆかいそうにわらう、てるてるぼうずさん。
お母さんとハルミは、かおを見あわせ、くすくすとわらいだしました。てるてるぼうずのえがおに、つられてしまったのです。
「うん、かわいくできたね」
お母さんは、てるてるぼうずにひもをつけて、ハルミのへやのまどに、ぶらさげました。
(どうかあしたは、はれますように!)
ハルミは、手を合わせるようにして、てるてるぼうずさんに、そうおねがいしました。
☆
その夜のことでした。
ぐっすりとねていたハルミが、ふと目をさましました。だれかに名前をよばれたような、そんな気がしたからです。
ねむい目をこすりながら、目をこじあけたハルミ。すると、くらいへやの中に、白くて小さなものが、ぼうっと、うかんでいるではりませんか。
「なんなの、これ?」
「えっ、わからないの? てるてるぼうずだよ。きみとお母さんが作った、てるてるぼうずさ!」
白くて小さいものが、おこって、こたえました。
(てるてるぼうずが、来てくれた?)
ハルミが、ベッドからとびおきます。そして、ちょこんとベッドの上に、すわりなおしました。
「きみ……あした、はれにしてほしいとねがったでしょ? こまるんだよなあ、やたらめったら、おねがいされては」
てるてるぼうずの口が、きゅうに「へ」の字にまがりました。
ハルミは、ぽかん、と口をあけたまま、目を、ぱちくりさせました。
「さいきんは、そんなおねがいをする子がおおくてね……。ぼくら、てるてるぼうずはそりゃあもう、おおいそがしの、てんてこまいなのさ。
それでね、この前の『世界てるてるぼうずかいぎ』で、これからは、あらかじめサービスけんをくばっておいて、そのかずだけ、ねがいをかなえるってことにきまったんだよ」
そのてるてるぼうずは、まるでそう話すことがきまりごとであるかのように、びゅんびゅんとまくしたてました。
ハルミには、そのいみがよくわかりませんでした。ですが、とりあえずねがいはきいてくれそうなので、だまっていました。
と、そのときハルミの前にあらわれた、三まいの紙切れ。それは、きらきら光りながら、頭の上の方からひらひらとおちてきました。
ハルミが、その三まいの紙を、いそいで手につかみます。
ふちが黄色くぬられた小さな紙には、それぞれ、てるてるぼうずの絵が二つ、なかよくならんでいました。
『てるてるサービスけん。天気のことなら、おまかせください。ただし、一人につき、三まいまで』
サービスけんには、ハルミにもよめる字で、そうかいてありました。
「じゃあ、さっそく一まいつかう?」
てるてるぼうずがそうきくと、ハルミはこくりと、うなづきました。
「へへっ、まいどありい。あしたの天気はまちがいなく、はれだよ。それから――」
そのとき、ハルミの手の中のサービスけんが一まい、けむりのように、きえてなくなりました。
「ぼくの名前は、テル。これからは、そうよんでおくれ。じゃあね!」
てるてるぼうずは、ハルミのことばも聞かずに、ふいと、きえてしまいました。
(なんか、かわいくない……)
きゅうにねむたくなってきた、ハルミ。ばたん、とそのままよこにたおれて、すぐに、すやすやとねてしまいました。
☆
朝になりました。
ベッドからとび出したハルミは、へやのカーテンを、ざあっ、といきおいよくあけました。
(雨は?)
ハルミの目の前に広がっているのは、どこまでもつづく青空。雨など、これっぽっちも、ふっていなかったのです!
「ハルミ、はれてるよ!」
カーテンの音をきいてやってきた、お母さんが、声をはずませて、いいました。
「あたりまえでしょ? だってわたしが、てるてるぼうずさんに、おねがいしたんだもの!」
ハルミが、むねをはって、いいました。
そして、のこり二まいのサービスけんを、自分のつくえのひきだしに、こっそり、しまったのでした。
「いってきまーす」
朝ごはんもそこそこに、ハルミは、学校へと出かけていきました。その、はりきりようといったら!
テルにあいさつをするのも、わすれてしまったほどです。
テルは、口を「へ」の字に曲げたまま、まどのところに、ぶら下がっていました。
☆
夏がすぎ、秋になりました。
少しとおくなった空が、どこまでも青く、つづいていました。
けれども、なぜかハルミの心の中は、そんな秋の空のように、すみわたってはいませんでした。朝からずっと、まどの外をながめては、ためいきばかり、ついていたのです。
まどには、あのてるてるぼうずが夏からずっと、ぶら下がったまま。口を「へ」の字に曲げたまま、ハルミを黒い点だけの目で、見おろしています。
「どうしたの? ためいきばかりついて……。あしたは、たのしみにまってたうんどうかいなんでしょう?」
いつの間にか、へやに来ていたお母さんが、しんぱいそうにいいました。
「うん、まあ、そうなんだけど……」
あいまいに、ハルミがへんじします。
(テル、どうかおねがい……きょうの夜、あのサービスけんをつかいたいの! 話をきいてよ)
ハルミがじっと、テルを見つめます。
口が「へ」の字のままのてるてるぼうずが、ほんのちょっとだけ、ゆれたような気がしました。
☆
夜になりました。
ハルミは目をつぶったまま、電気のきえたへやのなかで、ずっとねたふりをしていました。右手のにぎりこぶしの中には、てるてるサービスけんが、一まい。
しばらくすると、ハルミは、自分の名前がよばれているような気がしました。目をあけると、そこにはいつか見た、ぼおっとうかぶてるてるぼうずのすがたが。
――テルでした。
「きょうは、なんのよう? あしたは、ぼくがなんにもしなくたって、はれだよ! それに、この前は、おれいのひとこともなかったしなあ……」
テルが、ぶつぶつと、いいました。
「この前は、ごめんなさい……でも、おねがい! あした、雨にして!」
ハルミが、合わせた手をむねの前にならべて、いいました。
「なんだって? ぼくはてるてるぼうずだよ。雨にしてほしいなんて、はじめていわれたよ!」
テルは、あきれたように、まゆげと口を、ますます曲げてみせました。
「だって……あしたのきょうそう、ぜったいにビリなんだもん。うんどうかいなんて、なくなっちゃえばいいんだわ!」
……そうなのです。
さいきん学校では、うんどうかいのれんしゅうばかり。ハルミは、きょうそうで、いつもビリなのでした。
今にもなきだしそうな目をしたハルミを見たテルは、あわてていいました。
「わ、わかったよ。なんとかするよ。でも、よくかんがえてごらん。あしたが雨だったら、かなしむ人は、いないの?」
ハルミが、目をつぶって、かんがえます。
なかよしのアユミちゃん、イナホちゃん――みんな、あしたのうんどうかいをたのしみにしていた気がします……
ハルミは、きゅうにむねのあたりが、くるしくなりました。
「じゃあ、いいんだね? サービスけんをつかったら、もう、かえられないよ」
ハルミは、サービスけんを、ぎゅっ、とにぎりしめました。そして、けっしんしたように、いいました。
「やっぱり、いい。わたし、あしたのうんどうかい、がんばってみる」
「それは、よかった! てるてるぼうずが、天気を雨にするなんて、きいたことないもの!」
テルは、口を、「へ」の字から「し」の字にかえると、音もなくきえていきました。
☆
つぎの日の、夕がた。
くびから、三とうしょうのメダルをぶら下げて、スーパーボールのようにはずみながら家へとかえる、一人の少女がいました。
ハルミです。
「やっぱり、はれでよかった。はじめて、ビリじゃなかったんだよ!」
へやにもどったハルミは、もちあげるようにして、テルにメダルを見せました。
まどからぶらさがったてるてるぼうずは、だまったままです。けれど、その口は「へ」の字ではなく、「し」の字でした。
(よく、がんばったね)
ハルミは、どこからかそんな声が聞こえてきたような気がしました。
夜になり、きのうの分までぐっすりとねむる、ハルミ。
つくえのひきだしには、くしゃくしゃのサービスけんが一まいと、しゃきっとしたサービスけんが、一まい。そして、金ぴかに光る三とうしょうのメダル……
たいせつにたいせつに、しまってありますよ。
おしまい