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アカツキ  作者: カルマ
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不思議な少年

「ああ…私の愛しい子……お前だけは…お前だけは誰も傷つけず…生きておくれ…こんな母親で…ごめんよ…」


それは、記憶の片隅に微かに残る、母の息吹。


--------------------------------------------------------------------------------

「やーい、小太郎!小さい太郎ー!弱虫ー!」

「…う、るさい!」

「何もできないくせにー!」

「…」

「文句がありゃこっち来てみろーい!」


 ここは卯ヶ沢(うがさわ)村。なんてことはない、田んぼが多くある普通の村だ。

 僕は原田小太郎。自分の名前は好きじゃない。体が小さいから、名前と書けて馬鹿にされるんだ。今日もまた、ひょいよいと木登りする同い年の奴らに、馬鹿にされた。この村じゃ、僕と同い年で、僕より体が小さいやつはいない。もう十になるのに、まるで六歳ぐらいの背丈だ。馬鹿にするみんなのことは、別に嫌いじゃない。口が悪いだけで、僕よりずっと働けるし、本当はいい奴らなんだ。

 僕が一番嫌いなのは、何もできない、この僕だ。僕には…何もできない。父さんもカヤも、僕のせいで…。


「へー、ここの奴らは元気がいいな。お前は木に登らないのか?」

「え?」


 そんな時、彼は現れた。旅人にしては幼い。十五もいってないだろうか。僕だってそんなにいいものは着ていないけれど、そんな僕より、ずっとヨレヨレの服。髪もぼさぼさで伸ばしっぱなし。これじゃ女と変わらない。

 でも、瞳が、その瞳が、僕を惹きつける。まっすぐで、キラキラと深みのある、そんな瞳。何故だか僕はこの時、彼が僕の人生、この先の未来に、深く深く関わってくることを予感したんだ。


「おい?」

覗き込まれた。遠慮のない人だな。

「あ、え?」

「登らないのか?」

「僕には…無理だよ」

「そうか?」

「え?」

「俺には、お前はできないんじゃなくて、やってないだけのように見えるけど?」

「なっ…」

さすがにむっとした。僕のことなんて何も知らないくせに。

「いいから来てみろよ!もう夕暮れ時だ。きっと綺麗だぞ」

「え……はっ!?」

腕を引っ張られる。無茶苦茶だ。初対面なのに。僕がけがしたら母さんが。あいつらもすぐそばにいるのに。失敗したら…。

「おーいお前、よそ者かー??」

「ああ、ちょっとな、俺も登っていいか?」

「いいけど、そんな動きずらそうな服で登れるのか?」

「問題ない問題ない」

「あと、小太郎を登らせたいんなら、無理だと思うぞー、やめとけー」

ほら、あいつらだって言ってる。確かに、この人ボロボロだけど袴みたいなの履いてるし、木になんて。

「やってみなきゃわからんだろ?」

「えっ…ちょっ」


ガサガサガサガサガサガサ


「ほら、登れた!」

「えっ…あれ?……あれ?」


キラキラキラキラ。山々の間に沈んでいく夕日が大きくて、こんあに高い所から見るのは初めてで、涙が出そうになった。それは怖さからか、感動からか、でも泣いたら絶対あいつらにまた馬鹿にされる。僕は必死に抑えた。引っ張る力が強いから、ついていくのに必死で、自分が登れていることに気付かなかった。さっきこの人が言っていたことが、本当になってしまった。


「綺麗だろ?」

「う、ん……」

「俺の言った通り、できただろ?」

「……うん」

「……ククッ」

「わ、笑うなよぉっ!」

笑われた。恥ずかしい。必死に言ってるけど顔が赤くほてっていくのがわかる。畜生…。

「わりいわりい。いや、素直でよろしい!」

「……あんた、名前は?」

「ん?名前?名前かあ…」

「……?」

僕みたいに名前に何か悩みであるのだろうか。彼は少し寂しそうな眼をして、またすぐそれを誤魔化すようにわざとらしく悩んだふりをして、顔を上げた。

「ああいや、んー…じゃあアカツキって呼んでくれ!」

「アカツキ?まあいいけど、夕刻に出会ったからなんだか違和感があるな」

「まあいいだろ、お前は?…あー、コタロー?だっけ?」

「そう、小太郎。小さい太郎。馬鹿にされるから好きじゃないんだ。」

「いい名だよ」

「え?」

「最初から強いものには、最初から上に立つ者には、どう頑張っても、弱く小さい者の気持ちを理解してあげることはできないものだ。それは誰が悪いということもなく、ただどうしようもないことで、努力をしようにも、俺たちは猿の気持ちはわからないだろ?想像できても、綻びはある。しかし、弱く小さい者たちは、努力によって、強くなれるんだ。…うまく言えないな。馬鹿にしているわけではないんだよ。気を悪くしてしまったらすまん。」

「……おう」


 彼の言ったことは、僕にはまだよくわからなかった。しかし自分の名前を、良い方向にとらえてくれる人などいなかった。そしてまた、僕は彼のその強い瞳に惹きつけられた。

 周りの奴らは木登りに夢中。ほかの連中は晩御飯の準備に追われていて、僕たちに興味を示すものなどいなかった。二人だけだった。そこにいたのは。

 キラキラ光る夕日だけが、僕たちを見ていた。

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