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H君と夏の空

さて、これは厳密に言えば白米が経験した話ではない。小学校に入る前からの付き合いである友人の話であり、彼が経験したことだ。

 本来であれば心の中にとどめておくべきことであろうが、ちょっとできそうにない。こんなに切ない

話が実話であってもいいのか、と憤りたくなるようなことだからだ。

 事実は小説より奇なり、とはよく聞く言葉だが、これは奇どころではない。悲報であり、悲劇なのだ。


 友人の名は、仮にH君としておこう。彼と僕は幼いころからの友人同士で、共に大の野球好きだった。毎日お気に入りの野球選手の真似をして、白球を投げたり打ったりしていた。

 中学の頃、彼とは別のクラスになった。と言っても全部で2クラスしかないような田舎の中学だったので、隣の教室にH君はいた。

 思春期に入り、彼の悩みは頬にできたそばかすだった。

他人から見れば大したことないものではあったが、本人からしてみれば大問題である。彼は毎日グーグルに『そばかす 憎い』と入れて検索し、どうにかして消す方法を探していたが、なかなかうまく見つからない。

 困った彼は、それを祖母に相談したらしい。すると聡明な彼のおばあさまは、「これを使え小僧」とばかりに一つの軟膏を差し出したという。

 まさに救世主。おばあちゃんの知恵袋の恩恵にあずかろうと、彼はそれを頬に塗って就寝した。

 するとどうだろう、翌日登校してきた彼の頬には、以前よりも増えたそばかすの姿が。 

 軟膏が合わなかったのか、逆効果だったのだ。

 

 さて、軽く説明しただけだが、彼はこういった運命に愛されているタイプの人間だ。ここまでの話は前哨戦で、まだまだ本題ではない。


 高校に入り、白米と彼はまたもや同じ学び舎に通うことになった。中学のころとは違い、クラスの数も増えて彼とは離れてしまったが、部活見学の時間は一緒に回った。


「卓球部に入りたい」という彼のために、体育館に向かった。すると、先輩方はずらりと並んだ卓球台に向かい、ハーフパンツ姿で汗を流しており、なかなか活発そうな様子だった。

 いいじゃん、と思ったのもつかの間、H君はうかない表情。どうしたのかと聞いてみたら、「自分はスネ毛が濃いのでこの部活には入れない」と、どうでもいい懺悔が。ハーフパンツが仇となったのだ。


 さて、こんな彼ではあるが、外見はなかなかの男前であった。狸の化身のような白米とは違い、キリリと濃い目が印象的である。

 

 ある日、クラス委員長である白米が委員長会議に出席していた日のことである。二時間にも及ぶ会議の末、最後に「特にないです」とだけ白米が発言して会議はお開きとなった。と言うのも、白米は直前まで議題がなんであるのかすっかり失念していて、普通に部活へ向かうべく青いジャージに着替えてスパイクをもっていたのだ。一人だけ制服ではない白米を見て、各クラスの委員長たちは冷たい視線を投げてよこした。

 会議が終わって教室を出ると、同学年のFさんという女子が待っていた。彼女は猫のよう雰囲気がある可愛らしい女子生徒で、隣のクラスのひとだ。

 よもや、この白米にも春が? と期待したのもつかの間、彼女は「H君の連絡先を教えてほしい」と言ってきた。白米に中継役をしてくれと言っているのだ。つまり愛のキューピットである。

 そこは紳士の白米、心の中でH君に無数の槍や日本刀を突き刺していようとも、女性の頼みには快く応じた。余談だが、これで話がこじれた際には、優しくFさんをフォローしてムフフな展開を……と期待したことは秘密だ。

 かくして、FさんとH君のやりとり(主にメール)は始まった。彼から「どんなメールをしたらいいか」という相談が来ると、「友人としての白米のすばらしさを伝えろ」と答えたり、白米は自分にできることを精いっぱいまっとうした。

 しかし、現実は過酷なものである。

 なかなか進展しない二人の仲に、Fさんが愛想をつかしてしまったのだ。H君は極度のびびりで、「女子からメールが来るなんて、何かの罠だ」と思っていて積極的になれなかったらしい。まぁ、白米が冗談で「Fさんからのメールは、実は彼女の母親が書いているのだ」と言ったのも少しは影響したのかもしれない。

 意外な展開を見せたH君の浮いた話は、実にあっけなく終わった。Fさんは野球部の爽やか――くそったれ――イケメンと恋仲になり、毎日廊下で腕を組んで睦言を交わすようになった。


 それから数日後、夏休みに入った。白米はサッカー部、H君は柔道部で糞暑いなか汗を流し、夜になると公園に集まって「男だらけのうまい棒祭り」を開催していた。これは飲み物ナシでうまい棒を食い漁るという非常に危険な催しごとで、白米たちは窒息というリスクを背負って事に望んでいた。

 うまい棒祭りにはもう一人の参加者がいて、彼はT君といった(寺生まれではない)。

 ある日、H君がなかなかこないので白米とT君の二人でうまい棒を食い漁ったり、好きな乳周りの話に興じていると、遠くから自転車の音が聞こえた。

 白米の地元はとんでもない田舎で、日付が変わるくらいの時間になると町中の街灯が消える。真っ暗になるのだ。そんな中、わざわざ出かけるのは我らの阿呆大臣、H君だろうと察しがついた。

 しかし、彼が到着すると後ろにも人影が。ラブドールかな? と思っていると、なんとその人影は自転車を降り、こちらにあいさつをした。


「実は彼女ができたんだ。うえっへっへっ」


 そう言って小汚く笑うH君を見て、白米もT君もぶち殺したくなった。しかしそこは淑女の手前、なんとか己の胸中に思いをとどめ、なれそめなんかを聞いたりした。


 話によると、H君が部活の遠征で隣の市に言った際、彼女のほうから話しかけてきたという。それから二人の仲は急激に接近し、今では恋仲にあるという。


 今すぐウルトラマンが飛来し、H君だけを踏みつぶしてくれればいいのに、と思った。

 白米とT君がいるというのに、恋人同士の二人は常に手をつないでいた。彼女はFさんとはまた違ったタイプの美少女(名前を失念)で、笑うと可愛らしいえくぼができた。純潔可憐を具現化したような彼女には、もっと良い人がいるだろうと思ったのだが、恋は盲目ともいう。何を言っても無駄だろうと、白米もT君も口を閉ざした。


 それからというもの、H君と顔を合わせると彼女の話をされた。どんな話をしただの、どんなメールが来ただの、制服姿がたまらないだの。

 こいつ絶命しないかな、と思ったが、白米は辛抱強くそれを聞いていた。

 夏休みも終わりに差し迫ったある日、H君が「彼女をディズニーランドに誘う」と息巻いていた。勝手にしろ、と答えて、白米は自宅に帰り遊戯王の再放送を観た。


 夏休みが明けるまで、H君とは会わなかった。どんなのろけ話が聞かされるのかと警戒していたが、彼から連絡がなかったのだ。

 真っ黒に日焼けした同級生たちにまざり、白米が教室に入ると、後ろから呼び止められた。振り返るとH君が立っていて、少し話がしたいと言う。

 なぜか男同士で屋上へ向かい、なんの話だと問う。しかし話しにくいのか、彼はなかなか口を開かない。仕方がないので明るい話題を持ち出そうと、彼女とのディズニーランドはどうだったんだと聞くと、H君はおもむろに口を開いた。


「ディズニーランドは彼氏と行くから、って断られた」


 と、H君は原稿を読み上げるように言った。

 更に、


「彼女が寝てる間にケータイをみたら、僕の名前が『店』の欄に登録されてた」

「それとは別に、『彼氏』の欄に8人登録されてた」


 とも言った。

 はて。

 可愛らしいえくぼをつくって微笑む彼女は、いったい何だったのか。具体的な名称がココ(のどぼとけあたり)まで出かかっていたのだが、なんとか堪えた。


 その日はよく晴れていて、青森の空はどこまでも青く澄んでいた。風も心地よく、じっとりと肌に滲む汗も、どこか親密であるような気がしていた。

 屋上で佇んでいると、遠くから木々が揺れる涼し気な音が聞こえた。








 





 とまぁ、こんな具合である。そんなH君も今や結婚して一児の父、立派な介護士として社会に貢献してる。

 一方白米は、セブンイレブンの700円クジが当たらないので落ち込んでいる。

 なんぞこれ。



 


  

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