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『同級生のS君』

 田舎出身の方であればなんとなく経験はあると思うが、田舎というのは極端に人口が少なく、特に子供の数が少ない。数校あった小学校は統合され、子供同士のコミュニティは狭い範囲で行われる。都会であれば付き合う友達も選ぶことができて、趣味が合う者、合わない者で別れることも可能だろう。


 しかし田舎はそうではない。嫌でも毎日同じメンツと顔を合わせ、それは高校を卒業して地元を旅立つまで続くコミュニティなのだ。個人的な好き嫌いなどという感情が入り込む余地もないくらいに、半強制的に友達関係を強要される。


 青森から東京に出てきて、一番カルチャーショックだったのはこれだった。都会ではそれぞれがある程度独立したパーソナリティを保持していて、『自分は自分、他人は他人』という意識が田舎より強い。いや、考えてみればそれは独立した人間として当たり前の精神性なのだが、閉鎖的な田舎というのはこの当たり前を長い年月をかけて歪め、自分たちに最適化して運用してきたのだ。

 ともすれば、都会の独立性というのは『他人に冷たい』と、田舎者の目には映る。僕も高校を卒業して上京するとき、散々『東京は怖い所だから』と吹き込まれた。確かに東京でも様々な奇怪な体験をしたけれど、それは東京の人が悪いわけではない。内陸であるはずの八王子市で、夜中にベランダに突如出現したサワガニや、梅雨時の真夜中に僕のアパートを訪ねてきた赤い傘をさしたきれいなお姉さんなど、誰が悪いと特定できるような出来事ではない。(余談だが、きれいなお姉さんは「麦茶をください」と言ってきた。僕が彼女に麦茶を渡すと、彼女は鞄から新品の靴下を取り出して、「これを千円で買ってくれませんか?」と商談を持ち掛けてきた)



 だから、田舎で聞いていたほど東京は怖くないというのが、僕の東京に対する印象だ。確かに犯罪率は高いし、詐欺まがいの行為も日常的に起きているけれど、それでも自己防衛をしっかりしていればすべて防げる程度の事。



 さて、今日のお話は、こうして話してきた『都会と田舎の違い』といった内容とは全く無関係だ。タイトルのS君は小中学校の同級生で、男の子らしく昔から車が大好きだった。道路を車が走り抜けるとその車種と会社をすぐに挙げ、それはいつも合っていた。


 彼は陸上部で、細身の体にしなやかな筋肉を持っていた。陸上部を早めに引退して、僕が所属していた野球部へ助っ人として入部してくれるほど、優しい心の持ち主だ。S君は元陸上部ということもあり、誰よりも足が速かった。なので、ここ一番での代走として期待していたのだが、結局彼がボール拾いをしているうちに僕らは負けてしまい、S君は試合に出ることのない、幻の瞬足ランナーになってしまった。


 僕とS君が中学二年生になった春のことだ。その日は家庭科の授業があり、裁縫をすることになっていた。僕は今でこそ変な袋を自作するくらい縫い物は好きになったけれど、中学生当時は「裁縫なんておフネちゃんがすること」と決めていて、全く授業に身をいれていなかった。


 それはS君も同じで、「なんかかったりいよな」という雰囲気をぷんぷんに放っていた。そして家庭科の授業が始まる直前、彼は僕の席まで来てこういった。


「授業、抜け出そうぜ」


 まるでパーティーから抜け出す男女のようなシチュエーションだが、僕もS君もただのもっさい男だ。何のドキドキもないし、恋の予感ない。当時、クラスの女子は男子よりも権力があって、迂闊に話しかけることもできなかった。


 話がそれてしまった。


 とにかくS君の誘いに乗って授業を抜け出した僕らだが、チキンなので校舎から出たり屋上に行くことはできなかった。しかし校内を迂闊にうろうろしていると、先生に見つかって八つ裂きにされてしまう。そこで、僕とS君は空教室に忍び込み、窓から見えない死角に身を隠した。そこなら廊下からも外からも自分たちの姿は見えないし、「さぼってる」といおう背徳感も味わえる。これで僕も不良の仲間入りだ、これでようやく彼女ができる、これでようやく女子に話しかけても怒られない! と、僕は胸中で何とも救いがたい思考に占領されていた。


 しかし横を見ると、S君は僕よりももっと邪悪な顔をしている。時代劇の悪代官のように、映画のギャングのように、含みを持たせた笑い。そして彼は懐から何かを取りだそうとした。



 これは……噂に聞く煙草かっ? 本当に僕は不良になってしまうのだ。このまま悪い男として大成できれば、いつかは本上まなみと結婚できるかもしれない。そう思った。


 しかしS君が懐から取り出したのは意外なものだった。


 


 それは六枚切りの食パンだったのである。


「隠れて食おうぜ!」


 満面の笑みでそう語りかけてくるS君。きっと自宅の台所からくすねてきたのだろう、食パンの袋は既に開封されていて、もう二枚ほどがなかった。


 空き教室で男二人が寄り添い、プレーンの食パンを食べる。その絵は、どんな青春映画にも使えないだろうと思う。


 だって華もないし。

 

 意味不明だし。


「授業をさぼって食べる食パンは美味いな」


 というS君の言葉に、僕は思った。


 普段と変わらないよ、と。





 



 S君とはその後別々の高校に進学したので、それから交流は無くなってしまった。しかし地元に残った人から、彼は結婚して子供もいるという話を聞いて、なんともめでたい事だと思った。

 一緒に授業をさぼり、空き教室で真っ白な食パンを食べた仲間である彼が父親になり、奥さんとお子さんを養っている。


 僕は今、近所のサンドイッチ屋さんがタダで配っている食パンの耳をたまにもらい、食費を浮かせて小説を書いている。



 


 なんぞこれ。



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