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究極リアリティ人間育成RPG  作者: サツキスケ
8/31

6

 珍しく遅刻しなかった時間帯に歩いているせいで通学路は多くの人でにぎわっていた。最寄り駅に向かいながら,カケルは朝ノイリに言われたことを思い出す。


『例えば、人間の行動を誰かが操っているとすればどうですか? 人間がするゲームように行動を示す選択肢があって、私たちがその行動を選んでいる、なんて考えが出来たりしませんか?』


 ノイリはまずカケルに尋ねてきた。アイリは相変わらずカケルを睨んでおり、いかがわしい動きをすればすぐに後ろ手に持ったナイフを突き立てる勢いだった。

 カケルはその時まったく身もだえ出来ない状況でかゆくなった下半身をどうすることも出来ずにノイリたちの話を聞いていた。

 その時は「ありえない」とこえたけれど、電車に揺られながら不思議とノイリの言葉が本当のように感じらえる。

 同じような服を身にまとい会社に出社する社畜の方々、学校に向かう学生諸君、それよりも小さな小学生たち、彼らはきっと自分の意志で学校や会社に向かっているのだろう。無論、周りからの圧力や責任感などから行動している人もいるだろうが、あくまで最終的に自己判断で行動しているという意味だ。

 カケル自身、自らの判断で動いているつもりだ。だから後悔するわけだし、その後悔も受け入れるしかない。

 だがその決定を他の誰かが行っているとしたら? 人間の上異種がいて、操っているとしたら?

 自分の人生を決めているのはすべてその上異種ではないか。

 人間が一番賢い生き物だと考えるのは、それこそ人間の傲慢ではないか。

 そう、考えられないだろうか。


『そして人間の性能。イケメン・美女から不細工までたくさんいます。顔が良ければ人生は勝ち組であると約束されているでしょう。おまけにスポーツと勉強までできれば怖いものはありません。でも、彼らの顔たちと特性は偶然だと思いますか?』


 一旦思考を中断して改札を出ると、珍しそうな顔をした谷田部がカケルに手を振ってきた。

「おっす」

 カケルも自然に手を振り返す。

 谷田部は隣を歩いていた同じ学校の女生徒――彼女はいないはずだからサッカー部関係だろう――とわざわざ分かれてカケルのほうに寄って来る。谷田部曰く、また放課後に会えるから良いそうだ。多くの男子がうらやましくなるほどのバラ色人生を送っている。

「ああ、なるほどね」

 カケルは小さく頷く。

「は? どうしたよ。俺の顔に何かついてるか?」

「うわベタ……自信がこびり付いてるよ」

「うはは。頑固なもんで」

 イケメンの典型例が目の前にいるではないか。

(人生いつでも楽しそうで悩みも無さそう。女にも金にも特に困って無さそう。男女関係で常に優位に立って……愛と勇気と女を両手いっぱいに抱えている最高のアンアンアンパンマン(嫌味半分)がっ!)

 だが彼らイケメン、美女がどのような法則で生まれてくるのかとノイリに聞いて、カケルは少し嬉しかった。

 つくづく自分は小さいと感じざるを得ないが、谷田部に少し追いついた気がしたからだ。


『課金ガチャ、というものがあるんですよ。もちろん偶然の確率で美形を引くこともありますけどね』


 なんでも金のかかる――それも、ゲームに費やすような金額ではないという――ガチャらしいが、顔の平均値が高い親から生まれるキャラを優先的に手に入れることが出来るという。なるほど、人間と同じではないかと思わず納得してしまい、その時はカケルも少し笑った。

「――ってカケル聞いてるか?」

「ん? あ、えっとなんだっけ」

 カケルが思い出している間にずっと話しかけていた谷田部は「やれやれ」と肩をすくめる。

「だからさ、夏休みに甲子園行こうぜって話。 俺めちゃくちゃ楽しみにしてんだよ」

 谷田部は興奮気味に話を再開した。谷田部が話すたびに周りからは黄色い声が飛び交うが谷田部は声を掛けられた全員に手を振って通学路を進んでいく。

 カケルも中学、高校と付き合ってきただけあって他の男子よりは「視線」に対する耐性はあるが、どうにもなれない様子を隠しきれていない。

「僕はいいけどあんまり野球知らないよ?」

「いいんだよ! お前といるのが一番落ち着くの。それにお前めっちゃ運いいだろ? うっかりホームランボール飛んでくるかもしれないじゃん」

「そうかな? 自分で言うのもなんだけど相当運悪いと思うけどなぁ」

 カケルが首を傾げると、谷田部はカケルの肩を掴んで「しょうがないなぁ」というため息をつく。

「俺が見る限り、悪いのは女運だけ。まっすぐ歩けばプリント落とした女子と出会えたりこけた美人先生と出会えたりするのにお前毎回その手前で曲がるんだもんな。しかもいつも最短距離から遠回り。俺毎回笑ってるぞ」

 楽しそうに肩を叩く谷田部の言っている内容で、カケルには思い当たることはいくつかあった。自分としてはあえて避けたつもりもないのだが、理由の分からない遠回りをして授業に遅刻してしまったことは何度かあり、そのたびカケルも失笑している。

 なぜ? と後から自問自答しても答えは全くでなかった。

 カケルは人通りの多い道の真ん中でしばらく立ち止まって指をピンと立てる。

「思い出した。結構僕ってわからないことしてるな」

「だろう? でも昨日の数学の時間といい、普段のカケルはめちゃくちゃ運がいいんだよ。おしいなぁほんと」

「ははっ、確かに」

 『運』や『行動』に関しても、ノイリは興味深いことを言っていた。


 いろいろカケルに説明した後、「これで最後の説明なんですけど……」と断りを入れてから少し不安そうにノイリは話し始めた。

『もっとも、基本はカケルちゃんの意志に任せます。でも、私が決めたいときには私が決めます。しかし今日はメガネがありません』

『メガネ? かけてるじゃん』

『これはそのメガネじゃありません。正しくは「all in one」の頭文字を取って「AIO」と呼ばれていますが、要するにコントローラー兼ディスプレイです。視覚ですべてを操作できるタイプでそれがないとカケルちゃんの操作ができません』

 つまり人間を操ることが出来るメガネを普段は持っているが今日は持っていない、という説明だった。だが、カケルにとってはむしろ自分の行動を操られてしまうかもしれないメガネなど不要なわけで、疑い半分にノイリの話に相槌をうった。

『だからカケルちゃんにお願いいます。できるだけイケメンのそばにいてください。ほら、友人に谷田部とかいう男いましたよね?』

『いるけど……どうして?』

『カケルちゃん一人だとフラグが立つからです』

『フラグって……死亡フラグ?』

『女の子との、です!』

『僕ここ最近まともに女の子としゃべってないんだけど』

 ノイリはやれやれとため息をつく。

『当たり前じゃないですか。カケルちゃんは私のカケルちゃんなんですよ? 他の女の匂いが付いたら困るじゃないですか』

『え、じゃあ僕って普通にしていれば女の子とも結構仲良くなったりできるの? 僕そろそろホモ扱いされるのも嫌なんだけど』

『ダメです! 私はカケルちゃんのことが好きなんです。本当はカケルちゃんにこんなスキルが付いていなくてもよかったのに』

 ノイリのまっすぐな好意は告白されたことのないカケルにもはっきり伝わるはずだった。もっと心に直接響いたはずだ。……その中二ワードのような言葉が無ければ。

 素直に喜べず「ん……んふふふ」と微妙な顔つきでその場を流す。

『えっと……僕らにスキルもついてるの? ちょっと気になるんだけど』

 カケルが話題を変えると、ノイリは困った表情でカケルをちらちらとみる。

『言う代わりにカケルちゃんは今日女の子から何を言われても断ってください。特にメガネを掛けている女の子。それが条件です。ただ話すだけでも危ないのに……』

『分かった分かった。で、僕のスキルって何? まさか秘めた力で世界を救う戦士だったり?』

 不安そうに話すノイリだったが、カケルの好奇心は収まることを知らなかった。

 ただの人間だと思っていたが実は何か特別な力を持っている、という妄想をしない男子はおらず、カケルもそのうちの一人だったからだ。

 わくわくしてカケルが身を乗り出す。ここがゲームの世界だというならそんなこともあり得るも知れないと一抹の期待を抱いていたカケルだったが、ノイリの答えは予想に反して大したことが無いものだった。

『『極運』。イケメンなんかよりもよっぽど低い確率で生まれます。文字通りとてつもなく運がよく、特に女性関係に関して扱いが難しいのが特徴ですが』

 ノイリが話し終わったきりがいいところで、カケルの母が一階からカケルを呼ぶ。

 時刻は六時四〇分で、全体的に一時間を少し過ぎたくらいだった。

『そういうことですから。絶対ですよ!』

『え、どこ行くの?』

『すぐに帰ってきますから』

 カケルはそういうことを聞きたいわけじゃなかったのだが、ノイリは「絶対に見ないでくださいね」と鶴のような一言を告げて押入れに引きこもる。荷物がどうのこうの言っていたが、カケルはそのあたりをよく聞いていなかった。

 ノイリが押入れに入った後、一人残ったアイリもカケルをきつく睨みつけてから何故か一度蹴りを入れて押入れに向かった。

『え、なんで暴力?』

『腰の動きが気持ち悪かったの。その理由を説明できるの? ノイリの前で』

『だって! それは生理現象で』

『気持ち悪い……』

 吐き捨てるようにカケルに罵詈雑言を投げた後、警戒しながら押入れを開けてそのまま後ろ向きに飛び込んだ。

 ノイリはその時すでにおらず、アイリも突然消え去ったため、カケルは首を傾げながら一階に降りた。

 

「お、カケル。前見てみろよ」

「ん? あ」

 珍しく遅刻しなかった成果は目に見えて現われた。

 谷田部は小走りし、とある女生徒の横に並ぶ。カケルも少し気まずかったが仲を戻せるチャンスかと思って一緒に声を掛けることにした。

「西野さん。おはよー」

「あ、おはよう谷田部君」

 谷田部のげんきな挨拶に対し、相変わらずの低いテンションと短い言葉で眠そうに挨拶を終える西野。

「お、おはよう西野」

「カケル……じゃああたし先に行くから……」

 西野は困った顔をして谷田部に断りを入れ先に道を行く。次第に人混みが多くなる通学路の中に消えた西野を二人が見失うのも早かった。

「西野さんって相変わらず眠そうだな。もしかして俺嫌われてるのかな? どう思うよカケル」

「いや、そんなことはないんじゃない? むしろ原因は僕っていうか……」

「あん? 俺ら中学校も一緒だったけど西野さんってあんな感じじゃなかった? 小学校の時は違ったのか?」

「どうだろう。小学校の頃はもっと仲よかったんだけどね」

 カケルが遠い目をして昔を思い出していると、谷田部も遠くの飛行機を見ながら呟く。

「幼馴染か。そういうのって漫画のようにはいかないもんだな」

「まぁね」

(やっぱり僕を見て逃げたんだよな? やっぱり関わらないほうがいいのかも)

 その後もなんてない雑談を谷田部としながらカケルは学校につくが、ずっと頭の隅で西野のことを考えていたためどこか上の空だった。

 結局、学校までに起こったイベントといえば西野にさらに嫌われるフラグだけ。

「やっぱりノイリの言ったことって嘘じゃん」

 クラスに付き、谷田部の後に続いて席に向かうカケル。皆の視線が珍しいものを見るようだったのは仕方がないとして、一人、明らかに他の女子とは違う目線をカケルに向ける生徒がいた。

(岡田さん? なんだろ、すごく見られているような……気のせいか?)

 カケルは教室の一番後ろの席に、分厚い本を机の端に置いた女生徒と目が合う。谷田部はその視線に気が付いておらず、気づいているのは教室内でカケル一人だけだった。

 岡田という生徒は手にレターケースのようなものをもち、必死にカケルの視線から逃れるように目を反らしては、再び視線を向ける。

(ああ、谷田部か)

 カケルは内心少し残念だったが、目の前を歩く谷田部に対する視線なら納得した。

(手紙……アドレスかな。内気な子だし、渡す機会伺っているのかな)

 カケルは谷田部を間近で見てきただけあって女子がどういう状態ならばその人物――谷田部限定――に好意を寄せているのかをある程度知る『目』を持っていた。

 岡田が内気であることを考慮に入れれば彼女の行動は告白の前兆だった。

 しかし谷田部本人が岡田の視線に気づかない。しかし余計なカケルとは目が合う。そのことに困り果てていたのだろう。

「どうしたよ?」

「あ、いやなんでも」

(僕の自意識過剰もどうにかしないとな)

 内心少し恥ずかしくなって頬を掻きながらカケルは再び歩調を早める。

 この手の恋愛ごとはカケルの得意分野ではない。

 岡田が気づいてもらえないからといってカケルが手伝えることなど無く、こういう時に余計な口出しをするのはむしろお世話だと経験からよく知っていた。

「てか、タカヒロと一緒に教室入ると比べられてるみたいでなんか嫌なんだけど」

「ンなこと言うなって! 俺はお前もイケてると思うけどな」

「あーそうですか。ありがとう」

 谷田部の言い方にとげが感じられないので許すしかないのだろう。カケルもあきらめたように返事する。

「あ、わり。俺トイレ行ってくるわ。カケルもどう?」

「僕はむしろ一緒に一限目の宿題をしたいんだが」

「まだやってないのか? ……いーぜ、俺の見せてやるよ。勝手に取っていいからな。かばん俺の机に置いといてくれ」

「おお! さすがタカヒロ。イケメン!」

「調子いい奴」

 手を振って谷田部が教室を後にすると、カケルも席に戻って宿題――の答え写し――の準備をする。

 谷田部のカバンから現国のノートを取り出し、答えだけをノートに書き写していく。谷田部はノートの字は少し汚いので、その点だけは勝っているかも、などと考えを巡らせていると、目の前で女子の制服のスカート揺れる。

「あの、左院君……」

 上から降ってきた聞きなれない声はカケルを呼び、もじもじと体を動かしている。誰だろうと顔を上げると、先ほど谷田部を見つめていた岡田だった。

「え……あ、岡田さん」

 声を聴くのは初めてだった。年初めの自己紹介すら蚊が泣いているような声量で、クラスの中に彼女の声を聞いたことが有るもののほうが少ない。大人しい性格の上にいつも本ばかり読んでいるので、カケルの中で岡田という人物は図書館に住まう美女くらいのイメージしかなかった。

「あ、あの……」

 髪の毛は首のあたりまでで切りそろえられ、内側に巻いてある。少し茶色がかっており、ゆるふわ、と呼ばれる部類に入る。丸縁のメガネと右目下の泣き黒子がよく目立つ。そんな彼女は髪の毛をくるくるさわりながら言いにくそうにカケルの前で狼狽える。

 顔たちも十分整っており、目立ちはしないが男子の間では西野に並んで人気もある。

「左院君が一番仲がいいから……その……」

「ああ、やっぱりタカヒロに渡したいものがあったのか」

 カケルの予想は的中したようで、岡田は顔の色を明るくする。

「う、うん! それで、でもいきなりアドレス聞くのもどうかなって思って……」

「うーん、いいと思うけどなぁ。あ、タカヒロが来たよ。僕から言ってあげようか?」

 すると岡田は背筋をこれでもかと伸ばし、ワタワタしながらカケルに先ほど持っていた手紙を押し付けてくる。

「ここ、これ谷田部君に渡してくれませんか? お願いします。後左院君は絶対に中身見ないでね!」

「見ないって」

 そんな他人の信用を裏切る行為をするはずがない。

 受け取った紙はよく見るとノートの柄に見せたレターケースらしい。

「シャイな奴だな。タカヒロは直で言ったほうがいいのに」

 自分が来ると同時に自分の席に去っていく岡田を見やって、谷田部はカケルに尋ねる。

「どったの?」

「なんでも。僕らしい仕事を引き受けただけの話」

「ほう。カケルはたまにわけのわからないことを言うな」

「うっさい。自覚してるわ。ほいこれ」

 カケルは手に持った手紙を谷田部に手渡す。

 図書カードサイズのレターケースをくるくる回して『岡田沙織』の名前を確認すると、谷田部はその場で手紙を開く。勿論周りには見えないように机の下に隠して。

 カケルが宿題写し作業に戻ったのを確認すると、谷田部は岡田に目を向ける。ドキドキした様子で本を読んでいる岡田の姿が目に移り、少し可笑しくて笑ってしまう。

「なんか面白いこと書いてあった?」

 勉強――もとい答えを写す作業をしながらカケルが尋ねる。

「いや、カケルはやっぱモテるって」

「はぁ? 今朝も西野に嫌われたばっかだろうが」

「じゃあ西野さん以外と付き合っちゃえよ。絶対うまくいくから。好きな人いないのか?」

 答えを写していたカケルの手が止まる。

 夜中にいきなり押入れから現われて自分のことを好きだと言ってきた幼女のことが頭から離れない。

「お、いるのか?」

「んー。居ないよ。それより僕早く答え写さないと」

 谷田部の質問を無理やり切ってカケルは再び答えを映し始める。

 誰も気づくことはないが西野はそんなカケルの背中をまたしても不安げに見つめていた。

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