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究極リアリティ人間育成RPG  作者: サツキスケ
7/31

5

「――ぇ、……きて……い」

 暗闇の中、水滴が水面に落ちたような波紋が一か所で発生していた。

 カケルが脳内で描いたイメージだが、なんとなくそこにはカケルを襲った『何か』がいるような気がしていた。

 そして波紋が大きくなっていくにつれ、声もより鮮明に聞こえ始める。そこでカケルもようやく、自分の意識がはっきりしてきたことを実感する。

 聞こえてくるのは二人の幼女の声で、どうやら話し合いをしているようだった。

「カケルにもう姿見せるの? もっと楽しまないの?」

 自分の意見ははっきり言ってしまうタイプの快活な声がはっきり聞き取れた。波紋のイメージとしては高い波が少ない周期で波打っている感じだ。

「嫌ですお姉ちゃん。もう限界です。お姉ちゃんはもう十分楽しみましたよね?」

 対して、大きな波にぶつかる波紋もあった。

 彼女の声は低い波が多くの細かい周期で広がっていく感じで、それぞれ波をお互いに打ち消しあうことはなく交互に発生を続ける。

「そうだけど……まだ早くないかしら?」

「ならお姉ちゃんだけ隠れていて下さい」

「……はぁ。しょうがないわね。ノイリの好きにしなさい」

 諦めたように最後に大きく波打った後、静まりかえった水面に最後に波が小さく起こって黒色の世界にうっすら白い場所が現われる。

(ノイリ……誰だそれ)

 カケルがおもい瞼をゆっくり開けると目に優しい光が窓から明かりが入ってきた。鳥の声は気温を感じさせるように少なく、カケルは身震いする。どうやら時間的には早朝で、寒さで起きたらしい、ということは理解したようだ。

 だが、カケルの顔を覗き込むように笑っている幼女の存在を今一つ理解していないようで、カケルはぼうっとしながら顔を上に向ける。

 嗅いだことのないが嫌いではない匂いと敵対心のない圧迫感は決してカケルの顔を歪めさせるものではなかった。寧ろ少しリラックスした表情すら見せている。

「あ、起きた」

 明るく弾んだ声がカケルの顔の前で跳ねる。幼女は黒いニーハイソックスに包まれた細い足をパタパタと動かして、とても気分がよさそうだ。

 次第に視界も確保されたカケルが目を擦ると、ようやく『何か』が人間であることに気付いた。

(あ、これ顔か。でもなんで顔が?)

 カケルが思考の整理にしばしの時間を要している間、幼女は悶えるように「ん~」とうめき声をあげていた。そして待ちきれなくなったのだろう。いきなりその幼女は息を荒げながらカケルに迫り。

 むにゅっ。

 柔らかい二つの双丘をカケルの顔面に押し当てるようにしてカケルに抱き付いた。

「んがっ」

「あん、カケルちゃん、そんなに暴れないでください」

 幼女は興奮気味になまめかしい声を上げるがカケルの顔は青ざめていた。

 顔を微妙にずらし息は確保できるようになったが、目の部分には女性の胸が押し当てられており、顔は腕で、腰は足でそれぞれ絡められている。暴れるなという方が無理な相談だった。

 なぜ幼女がいきなりカケルに抱き付いているのかを自問するより先に幼女を離そうとするが、どういうわけか幼女の腕力はカケルよりはるかに強かった。

「何のつもりだ。離れろ」

「いーやっ。あぁ、本当に幸せ。一週間ずっと押入れから見守るだけなんて死にそうでした。ずっとこうしたかったんです。でもお姉ちゃんが最初は様子見だって」

 予想外のカミングアウトにカケルは冷汗を流す。

 一週間毎日布団を仕舞うために押入れは開けていたし、もちろん幼女が居れば気が付かない訳がなかった。仮に彼女の話が本当だったとして、カケルのあられもない姿を……一人になったらしてしまうような恥ずかしい行為も見られているという可能性がある。

 幼女の前でいかがわしい行為を見せつける高校生の事案がここで発生しそうだった。

「お前、誰だ。どうして僕の部屋に」

「やっぱり気づいてなかったんですね。カケルちゃんが寝た後、いつも一緒に寝ていたんですよ? あれだけ密着していたんですから少しくらい起きてくださいよ。あ、でもカケルちゃんの手は私のいろいろな部分を撫でまわしたり揉みしだいたり」

「ウェイウェイウェイ! ウェイ! ストップ!」

 カケルの体は一瞬身震いした。そんなことを許されているのはアニメの世界だけで、現実世界で行えばもれなくタイーホである。

(いや、最近はBPOが……やっぱり漫画か……ん?)

 カケルは忘れているようだったが、離れたところにいるもう一人の幼女が腕を組んで立っていた。

 せわしく人差し指を動かしていら立ちを見せながら、カケルに抱き付いている幼女の背後から罵倒を浴びせる。

「ねぇカケル、あんたあたしの妹と抱き合って息を荒げるとかどういう了見なの? ふざけてるの? 殺されたいの? まだノイリは小学生なのに……まじキモイ」

「え、ええっ?」

 見えない位置からの暴言はカケルに事態の深刻さを認識させた。

 少女ではなく幼女。そういわれてカケルも自分の姿を想像するが、成り行きはともかく十分な犯罪者だろう。

 息が荒いのは幼女と抱き合っているからではなく純粋に逃げようとしただけだが、そんなことは警察の知ったところではない。彼らは現行犯であれば容赦なく逮捕する。

(何が正義の代弁者だ。僕の言い訳も聞けよ。冤罪だぞ!)

 カケルの脳内ではすでに自分の手首に手錠がかけられており、必死に暴れているところだった。

 実際に家の隣をパトカーの警報が通り過ぎ去り、カケルの言い訳もいよいよ力を増す。

「僕はロリコンじゃない。ふざけてるのは僕の家に勝手に入ったお前らだろうが」

「はぁ? ご主人様に向かってなんて口聞くの?」

「なんだと?」

 カケルの声は上ずる。

「……てか早く離れたら? マジ引く」

 幼女の声は大いに引きつっていた。とても冗談の口調ではない。体勢は幼女と抱き合っているのだからカケルも納得するしかない。 

 引き離すことは相変わらず叶わなかったが、とりあえず起き上ってみようとすると意外にもすんなり上体を起こすことが出来る。カケル自身も驚いているようで、幼女は力の割に体重はかなり軽かった。

 後は神経の集中した人間の秘所に手を伸ばし、巧みな指さばきで数回撫でる。――あ、脇だから。

「ひゃんっ」

 トシン、という軽い音とともにカケルの膝に落ちた一人の幼女は、両脇を守りながら足だけ絡めた状態のため頭を床にぶつけそうになり。

「あぶなっ」

 間一髪でカケルに受け止められて長い銀髪だけが床にこぼれる。

 その幼女を眼前に見た時、カケルは思わず息をのんだ。

「……ほっ。ありがとうカケルちゃん」

 少し興奮したのか、目の前の銀髪幼女は頬を朱に染めて律儀にお礼をする。

「あ、ああ。いいからちょっと離れて」

「……ご、ごめんなさい。つい興奮してしまって」

 素直にカケルから離れて正座した幼女を、カケルはもう一度見る。

 うっかり素直な感想が口からこぼれた。

「かわいい」

 容姿の特徴を一度に言い表せば「銀髪ポニテゴスロリメガネ幼女」である。

 明らかに日本人の顔たちではない幼女だった。しかし日本語はとても流暢に話す。

 碧眼を持っている時点で日本人というカテゴリーから外れることは明白だ。髪の毛は銀髪で腰のあたりまで伸ばしているが後ろで一本に留められている。ポニーテールがここまで似合う女性も日本では少ない。顔たちは穏やかな聖女のようで眉尻は下がっており、肌も髪質も人形のよう。普段カケルが日常的に見かける幼女――おっと、カケルが毎日幼女ばかり見ているというわけではないぞ。同世代にも興味ある一般男子だ――と比べても明らかな比較ができてしまうほどだ。

 服装は黒を基調としたゴスロリ衣装。短めのスカートと黒のニーハイから作られる絶対領域をここまで魅力的に作り出せるスタイルの持ち主ともなれば、外国人の有名モデルか何かと勘ぐるのが普通だろう。

 最後に一番の破壊的なあざとさを持たせる白い縁のメガネ。最近はオシャレでメガネをカケル人も多いらしいが彼女の場合はイメージを変える物ではなく単純に男の萌え心を二倍以上に魅了するアイテムとなっている。彼女の肌の白さがメガネの縁を見えにくくしているが、うっすら見えるレンズの輪郭がカケルの心をぐっと締め付けた。

(美少女が家に突然現れる? 何のフラグだ? 僕は明日死ぬのか?)

 カケルが放心状態で固まっていると、目の前の幼女はカケルの顔を覗き込んでにっこり笑う。

「おはようございますカケルちゃん。確か好きな人にはおはようのハグをするのが日本サーバーでの常識なんですよね?」

「……え、なに?」

 急に酔いがさめた気がしてカケルは素で問いかける。

 「日本サーバー」の意味、カケルちゃんと親しく読んでくれる理由。うらやまけしからん新しい日本の常識の概念。言いたいことは山のようにあったがとりあえず一言。

「おまっ……誰だよ!」

「え、突っ込みが普通。面白く無いわぁ」

 あきれるような声を降らせるのはカケルの目の前に正座している幼女とまったく同じ姿の幼女。しかし仁王立ちの上に腕組みをし、眉が吊り上がっているせいか随分と態度が高圧的だ。

 そしてもっとも異なるのは髪の毛の結び方。彼女は後頭部に二つに分けて髪を括っている。つまりツインテールであり、これまた世界の広さを思い知らせるほどよく似合っている。

 だが、双子であろう二人の容姿はやはり似ており、高圧的な幼女も絶世と表現できるほどの美しさがあった。メガネを手で押さえるしぐさは『仕事場の気の強い上司』を彷彿させ、男にMっ気が有れば大きな需要が有りそうだ。

「いつも思ってるけど、顔たちも普通、運動能力良くない、身長普通、勉強はできない。唯一ほめるところといえば下半身のアレのサイズが少し大きいくらい。ほんと、こんな奴のどこが好きなのかねノイリは」

 カケルが固まって何も言い返せないところに好き勝手なことを言いまくるツインテ幼女。普通とダメで作られたサンドイッチで罵倒してくることに悲しくも感心してしまうカケルだが、後半におかしな情報が聞こえて体がピクリと跳ねる。

(成績や運動神経は最悪学校や何やらを調べられれば分かるかもしれない。いや調べられても怖いけど。見た目も僕自身普通かそれ以下だと自負している。でも一つ、知っていてはおかしいことを言ってた。ありえないことだ)

 カケルは疑心暗鬼にツインテールの幼女を睨む。

「おいそこの生意気なお前」

「はぁ? あたし、アイリって名前あるんだけど?」

 相変わらずの高圧的な態度のせいで少し気圧され気味になるも、カケルは心を強く持って胸を張る。

「じゃあアイリ、お前、なんで知ってる」

 カケルは自分で恥ずかしくなって言葉をごまかして質問した。自分の下半身事情を知りもしない幼女に把握されているなど恥以外の何物でもない。

「知ってるって、何を?」

「ぜ、全部だよ。さっき言ったこと全部!」

 目線を反らそうとするカケルの態度を見てアイリは鼻を鳴らして少し口角を上げる。

「……ああ、全部ね。見ていたからよ。顔は今見ているとして、運動神経は体育の時間、身長は身体測定の時、勉強は毎度のテストで。それぞれ、ね」

「むむむ……そのことの関してももちろん納得はいかないが、とにかく全部について話せ」

「全部って何? あたし全部言ったんだけど?」

「お、お前わざとやってるだろ! 言ってない項目あるだろう」

 むしろそこだけを知りたいんだといわんばかりに、カケルは今度こそ顔を真っ赤にしながら、しかし目線は相変わらず反らして訴える。

 まだか早く答えろよ、と言いたげに彼女を見た時、カケルは見てしまった。アイリは湧き上がる興奮を抑えるように体を抱き、全身をゾクゾクさせてしまっている。

「口で言ってくれないと……分からないわ」

「こいつ……っ」

 恐怖といら立ちが半々で混ざった状態だが、いやいや、とカケルは一旦冷静になってみる。

(そうだ。不法侵入、個人情報の漏えい、生意気な態度、エトセ……言いたいことは山のようになるがこいつらは女でしかも子供だ。ガキだ。ガキに対して僕みたいな好青年がイライラしても仕方がない。論理的にいこう)

 落ち着くために長く息を吐いて、まじめな口調になってアイリを見る。

「いいか? お前らは罪を犯している。これは住居不法侵入罪だ。警察に突き出さない代わりに僕の秘密を知っている理由を吐くだけで帰らせてやると言っているのだ。これは譲歩だぞ?」

 カケルは最後の手段を使った。警察という国家権力はいつでも市民の味方。犯罪者を許さない正義の代弁者。いくら外国人で幼女と言っても警察という組織くらいは知っているだろう。

 突き出すのは簡単だがその前に自分の……サイズなどを知られている理由を明らかにしなければならない。

「へぇ。私たちを……警察に」

 興奮を少し落ち着かせて、アイリは楽しそうに納得する。まるで警察など怖くないとでもいうかのように。

「あ、ああ。お前らでも警察くらい知っているだろう。捕まったら親が困るぞ。それでもいいのか?」

「親……警察……ね。ふふふ」

 カケルの精一杯の脅しに屈することなく、アイリはくるりと背を向けて本棚の横にしゃがむ。

(まっ……さか)

 この時点で冷汗が止まらない。小指が不自然に痙攣する。

 なぜその場所へ向かったのか、なんとなく予想がついてしまったのが恐ろしい。

 所定の位置への迷いのなさ、首の角度、何かを引きずる音からして間違いなくアイリが持っているものは『オンロリ』。おそらくアイリは最初からカケルが幼女ものエロゲを持っていることを知っていたのだ。

 やけにでかい水色のパッケージを両手で抱えたアイリは、本棚の横で指をパチンと鳴らす。

「え?」

 突然アイリがカケルの視界から姿を消した。

 カケルがあたりを見回していると、唐突に背後で足音が聞こえる。

「これなーんだ」

 まごうこと無きアイリの声。

 カケルが脊髄反射の勢いで振り返ると、視界をすべて覆う「R18」の文字。水色のパッケージ。

「あ、ああ……」

 カケルの顔が絶望に染まる。隣を見ると優しそうにほほ笑む銀髪ポニテ幼女、正面には幼女もののエロゲを手に持って嗜虐的に笑う銀髪ツインテ幼女。

「どっちが状況的に有利か、考えられないほど馬鹿じゃないわよね?」

 汗が一滴床に落ちて、カーペットに吸い込まれた。

「……はい」

 完全に言い負かされた一六歳はがっくりとうなだれる。その様子を見てアイリはツインテを揺らす。

「お前……本当に小学生か?」

「見た目はね。頭脳は人間のそれでは無いけれど」

 すごいコナン君ということしか分からない説明だったがカケルはとりあえずそれで納得しておくことにした。

「で、お前らの目的は――」

「アイリ。で、そっちは妹のノイリ」

「……アイリたちの目的は何だ?」

 無理やり呼称を改めさせるあたり、やはり先ほどカケルの言うことを素直に聞いた幼女――ノイリというらしい――とはまるで性格が異なっている。

「そうね……何から話そうかしら」

 床に『オンロリ』を置くと、顎に手を当て、アイリは近くにあったデスクに座る。

 カケルは「机の上に乗るな」と注意しようと思ったのだろうが、伸ばした手をすぐに引っ込める。そのタイミングではないと判断した。

 机の上に王女のごとく座ったアイリはおもむろに足を組んでカケルの眼前に突き出す。

 長くすらりと伸びた足に張り付くニーハイソックスは男心を非常にくすぐるがそれ以上に、この支配されている感じがカケルの興奮を抑えていた。

 アニメとかを見ているときのコメント欄にある「我々の業界ではご褒美です」の業界人は精神構造が違う。危機的状況ながらカケルはしみじみそう感じた。

「足をなめなさい」

「……何言ってんの?」

 これにはカケルも素で返す。

 古来より足を舐めるのは完全な服従を意味し、現在でもほんの一部のマニアックな変態たちが好んで行うくらいでほぼ絶滅した行為だといっていい。

 それを年上に強要してくるとは最近の小学生はどのような教育を受けているのか。

「ほら、どうしたの? 今の状況ですでにカケルは逆らえない。その上さらに情報を求められたあたしにはそれなりの対価を要求することが出来ると思わない?」

 なぜかもっともらしい理論をぶつけてくる。状況判断はアイリのほうが格段に上手だった。

「で、でも」

「……いいから舐めなさい。ニーハイを口で脱がして、足の指まできれいに。幼女もののエロゲを持ってるカケルなら造作もないでしょ? しかもこんな美幼女の足を舐められるのだから」

 カケルにも選択肢がないことは分かっていた。だが、アイリたちがこの部屋にいること自体にカケルは何も関与していない。実際部屋にいるわけだから現行犯だが、それでもそこが潔く足を舐めることを素直に聞かないでいられる最後の砦になっていた。

 カケルの悩む姿を楽しそうに眺めながらアイリはカケルの顔を足先でなぞる。

 今がアイリにとって最高に満ちた時間だった。

 恥ずかしそうに顔を遠ざけるカケルを眺めて「……ほら、どうしたの?」と催促を繰り返す。

「うっ、待てよ。僕の部屋にいたのはお前らで、僕はお前らになにも」

「それが? じゃああたしが今大声をあげてもいいのかしら?」

 カケルはもうあきらめかけていた。この状況を改善する策を思いつかない。

 こんなところで人生を終わらせるわけにはいかない。保身のためには自分のプライドを捨てるしかないと、カケルは足に手を伸ばす。

「……こ、これを脱がせばいいんだな?」

「ええ。ただし、口で脱がせるのよ?」

「アイリは恥ずかしくないのか?」

「大丈夫よ。たかが人間だし」

 相変わらず人間を小ばかにしている態度を変えないアイリは組んでいた足を解く。口を使って靴下を脱がせるための配慮なのだろう。

「……わ、分かった」

 ヒラヒラのスカートの中身が確実に視界に入るが、できるだけそれを視界に入れないように片目を閉じてニーハイの付け根まで顔を近づける。

 絵面的にカケルが幼女のスカートに顔を突っ込んでいる状態なので、この状況も親に見られると冷たい檻の中での生活を強要されることになる。

 前歯を軽くニーハイに当て、唇に力を入れて顔ごと動かす。

 カケルの心拍はすでに痛いほど高まっている。トップアスリートも顔負けの血の巡りだ。

 アイリから感じられるのは得体がしれない初めての香りだが悪い匂いではなく、しかし無理やり脳内に入り込んできて思考を滅茶苦茶にするような麻薬のようにカケルを頭ごとおかしくする。

 何とか靴下を脱がしきると、産毛の一本も生えていない人形のような足が現われる。

 この時点でカケルは体力を消費しきっていたが、アイリは続けざまにカケルの顔を足先で突く。

(まだするのか? 恥ずかしさで死にそうだ)

「ほら、どうしたのカケ――」


「お姉ちゃん?」


 空気が凍った。

 アイリはすぐにその声の発生源に気が付いていたようで顔をこわばらせていたが、カケルにはその声がおとなしいと思っていたノイリの発したものだと気づくまでに数秒かかった。

 カケルの隣で正座して笑顔のままだが、にこやかに無言の威圧感をもっている。

「……少しやりすぎじゃないですか?」

「……でもノイリ、これは」

 ノイリに忠告されたアイリは態度を一変させて言い訳を始め、足を引っ込める。

「私は『思い出させるきっかけ』を作ろうと言ったんですよ?」

 カケルはぎこちない動きでノイリに視線を下ろす。

 先ほどずっと笑顔を絶やさなかったノイリがどんな表情をしているのかが気になったのだ。

「あれ?」

「ん? どうしたましたかカケルちゃん?」

 首を傾げていたカケルにノイリがにっこりとほほ笑む。

 先ほどの怒気は気のせいだったのか、カケルと視線が合うときにはノイリの表情は出会った時の優しいものに戻っていた。

「いや、なんでも。ありがとう。助けてくれて」

「いいえ。お姉ちゃん時々やりすぎるときがあるから注意しないといけないんです。カケルちゃん以外ならいいって言ってるんですけど」

(ならきっとその子は自殺するね)

 自分以外の人間の冥福を祈っていると、ノイリは「それでカケルちゃん」と話を続けてくる。

「今の状況、どこかで出会ったことありませんか?」

「僕が?」

 足を舐めさせるような状況になったら死ぬまで忘れないだろうし、まして相手が美人ともなればなおさらだ。

 これだけはカケルに自信があった。こんな状況になった覚えなどあるわけが無い。

「覚えてない感じですね。じゃあ……えっと『左院タカヒロ』のことは覚えていますか?」

 不意を突いて飛び出してきた人物名はカケルの冷静さを無くすには十分すぎる威力を持っていた。

「ちょっ。お前なぜそれをっ」

 苗字は左院だけど名前は谷田部。これなーんだ? 正解は……『オンロリ』の主人公の名前でした!

(ちょっと待ってよー。もし見つかってしまった時の最終手段として用いるつもりだった『友達から借りた』作戦。その最後の切り札の信ぴょう性を高めるために敢えて使わせてもらった谷田部の名前。しかし谷田部に許可どころかゲームの存在を話したことすらなくゲームをもっていることは僕しか知らないはず。どーしてその中身までばれているんだ! ……いや待て、ゲームだと? そういえばこのゲーム、主人公が幼女の足を舐めるシーンがあった。……え、まさか?)

 驚きを隠しきれないカケルがノイリの目を見ると、ノイリはにっこり笑う。

「思い出してくれました? 私がこのゲームを買うように仕向けたんですよ。ヒロインは私たちと似たような境遇だったので」

 まただ。『仕向けた』と言われてもやはりカケルにとってこれは初対面。言っている意味はやはり分からないが、何故か彼女たちの知識や言葉が嘘に感じられなくなってくる。

「じゃあさ、ノイリ……さん、一つ質問してもいいかな?」

「もう、私もカケルちゃんのことならなんでも知ってるんですよ? カケルちゃんにもこれから私のことをすべて知ってもらおうと思ってます。そんな堅苦しい呼び方じゃなくてノイリと呼び捨てにして下さい」

「はい……じゃあノイリ」

「はい」

 ノイリは声の調子を上げて快活に答える。その笑顔があまりに素直で、カケルはドギマギしながら質問を続けた。

「ノイリたちについて聞きたいことは山ほどあるけどとりあえず、どうして君らが僕の部屋にいるのかだけ教えてくれ」

 出身信条性別身分門地よりも大事なことだ。なぜ他人の家に見ず知らずの女双子が上がり込んでいるのか。この状況を見られると犯罪者扱いされるのはカケルであるが、カケルに幼女の双子を部屋に連れ込んだ記憶がない以上確認の必要な作業だ。

「そんなの、カケルちゃんが私のものだからに決まっています。会いたくなったから会いに来たのです」

 幼女のほうはあっけらかんとした態度で首をかしげる。

 カケルの顔のニヤケ具合から、おそらく内心では嬉しかったのだろう。だが、「そ、そう?」と納得してしまいそうになって間一髪で我に返る。

「えっと、外国の人……だよね? あ、由香里の知り合いとか?」

 カケルの姉の由香里は、大学の国際教養科に所属している。こういう外国人が友達にいたとしても不思議では無かった。もしくは母か父の知り合い。それくらいしか考えられない。しかし……

「違います。大学生には見えないですよね? それに、外国人でもないです。何ならこの地球生まれでもないです」

 なぞなぞだろうか。ここまで日本語の理解に苦しむのは珍しい。この地球、あの地球、どの地球?

 地球という惑星を一つしか知らないカケルにとって、ノイリの発言は混乱しか招かない。しかも冗談ではないことが目を見て分かるので茶化したりもできない。

「つまり宇宙人ってことか?」

「ええ。そういうことになりますね」

 ふむ、と一応彼女の言葉を信じて話を進める。

「さっきから気になってなんだけど、こっちの世界とかサーバーとかってどういう意味?」

「人間が使う言葉とほぼ同じ意味ですけど……あれ?」

 ノイリは言葉に齟齬が発生している理由を考えあぐねているようで、顔を姉のアイリに向けると、カケルを指さした後にバカにした表情で自分の頭を差した指をくるくる回している。

(なんかむかつくな)

「あっ」

 ノイリもアイリの動きで分かったらしく、自分の指をアイリと同じようにくるくる回す。だが、ノイリの表情は別段馬鹿にしたものではない。

「ごめんなさいカケルちゃん。すっかり『新人類』と話している感覚でいました。じゃあ教えておかないといけませんね。人間が、私たちのおもちゃである理由を」

 カケルにとっては馬鹿にされたジェスチャーだったが実は「人間に分からないと思うよ」という優しいジェルチャーだったらしい。顔のつくり方次第で他人の印象は大きく変わるということを学べただけでも良しとしようと、カケルは強引に納得した。

「おもちゃ?」

 カケルは怪訝そうな顔で首を傾げる。

「ええ。カケルちゃんだけに教えます。まぁ誰かに言っても信じないと思いますけど」

 そういうなりノイリは立ち上がり、胡坐をかいているカケルの膝の上にちょこんと腰を下ろし、体重をかけて嬉しそうにごろごろし始める。

「説明は一時間くらいで終わりますから」

「え、まさかこの状態?」

「ノイリ……カケルに何かされたらすぐに言うのよ?」

 三者三様異なる考えではあったが、それでもお互いをけん制するものが無かったせいでノイリの説明は始まってしまう。

「こんな状況見られたらヤバイんだけど」

「実は私たちは……」

 ノイリはカケルの心配を無視して説明を始め、アイリはカケルの布団に腰を下ろして舐めるようにカケルを観察した。

 カケルがチラリと目覚まし時計を見ると時刻は五時三〇分。

 ただただ家族が部屋に侵入してこないことを祈るばかりだった。


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