2
その日、放課後部活がある谷田部と別れを告げたあと、カケルが帰宅のために駅のホームで電車を待っていると、一車両分離れたところに見慣れた顔を見つけた。
腰まで伸びたストレートの艶やかな黒髪。姿勢は正しく足も腕ももちろん腰もスラリと細い。そしてフレームの細い黒いメガネは彼女の寡黙なイメージとぴったりと一致し、『不思議な女』を作り出している。
あまりクラスの仲間と話すことも少ないしいつもぼうっとしているがそこにぐっとくる男子生徒の間で彼女のことを気に掛ける者は多い。
「西野……」
カケルは小さく呟いた。
西野はカケルと家がとても近く、一つ隣の団地に住んでいるので歩いて一〇分とかからない。幼稚園からの付き合いで、昔は何かと仲良く遊んでいたのだが、中学校に上がってから急にカケルに対して冷たくなった。
それでも毎日出会えばカケルのほうから挨拶に向かっていたのだが、カケルが近寄るたびに周りを気にするように目線を泳がせ、無視して先に行ってしまう。
理由もわからないし、カケルとしては一緒に帰りたいとも思っているのに拒否されるのだ。
カケルのほうから挨拶するのもしのばれるようになり、今はあまり話さない。こんな状態は三年間も続いている。
西野のことを時折車両越しに見ながら、カケルは腰を浅くして座って思いをはせる。
そういえば、カケルにはほとんど異性との交流がなかった。
いや、正確には機会は大量にあるのに進展しないのだ。
例えば席替えなんかをしても大抵女子が四方を囲み、男子は遠くに追いやられる。なのに、休憩時間は谷田部と話すため女子は皆そちらに流れる。交流のきっかけが得られたとしても用事があるとかで断って、後で、別に大した用事ではなかったのにと後悔することが多かった。
挙句ホモだバリアーマン(おそらく女性をバリアーしているからだろう)だと呼ばれ、今日ではカケル自身その罵倒を認めてしまいそうになる時もある。
「なんだよバリアーマンって……って」
カケルが一人ぶつぶつ文句を言っていると、自分の隣から何かいい匂いがする。
顔を向けると、女性が一人、カケルのほうに寄りかかっている。しかもかなり薄着をしており、谷間が微妙な位置で見えている。思わずカケルの鼻の下が伸びる。
視線を外したくはないが、あまり隣の女性の谷間ばかりを凝視しているのは不自然だろう。そんな邪な考えをもって車両内を見渡すと、案の定前の席のおじいさんと目があい、明らかに悔しそうに爪を噛んでいる。おじいさんの隣は体重八〇kgはあろうかというおばさん。おじいさんの座席面積を減らすには十分な体積の持ち主だった。
(……まぁ、たまにこうやって運がいいことあるけどな)
少し自慢げになっておじさんから目を離すと、隣の女性を起こさない優しさを見せながら――この優しさが彼女のためだけのものではないことは明白だが――カケルも少しの間、右腕の感触を堪能しながら眠りについた。
西野が時折メガネのフレーム越しに、カケルを不安げに見つめていたことを知る由もなく。