1話.飛鳥、アイドルになれ
暁の地平線に、大きな島がみえる。
(あれが、アイドルサガの会場か…)
イベント主催者の用意した船の甲板の上から、灯乃飛鳥はスマホの画面から目線を外し、新しい戦場を見据えている。
上質な絹を思わせる銀髪、太陽のような情熱を連想させる深紅の瞳、同年代と比べると慎ましやかだが女の子であることを示す柔らかな成長過程のボディ…
灯乃飛鳥は今年14歳になる勇者である。少し前まで異世界に行っていて、戻ってきた際何らかの理由で女の子にされてしまった。
アイドルサガ、それは近年増え過ぎたアイドルに出番を与えつつ、格付けを行う為の長期間のオーディションだ。詳しくは飛鳥もまだ知らない。
参加資格は3つ
1.アイドルとして最初の仕事を受けてから一年未満であること
2.夢を追いかけていること
3.ここでの結果を真摯に受け止めること
飛鳥がなぜこんなところにいるのかというと、少し前に遡らなければならない。
飛鳥は、どこにでもあるような小さい事務所を訪れていた。ここは異世界に行った人が戻ってきた際に問題無く過ごすためのボランティア組織が使っている事務所だ。飛鳥の前には30代半ば位のスーツ姿の男がいる。髪はきっちり整えてあり、三白眼気味で180センチを超える大男だ。道を歩いてるだけで通報された経験があり、笑顔が似合わないのが悩みだ。
「……で、僕はどうすれば元の体に戻れるの?」
「確実にこれだ… と言うのはないのですが、これが最も可能性のあるものです」
「何これ? 怪獣??」
男が懐から取り出した写真を飛鳥が受け取ると、そこには中型の怪獣が写されていた。
「世間では次元獣と名付けられた怪獣です。貴女が異世界から帰還した日から現れるようになりまして、これを調べるか或いは退治するかで貴女が元の姿に戻るのでは、と推測しています。過去にも何件か似たような事象が記録されています」
「なるほど、そういうことならやってみる価値はあるね。それで、その次元獣って言うのは何処に?」
「アイドルサガというイベントの、会場になっている人工島でのみ目撃されています。なので貴女に潜入調査してもらいたいと思います。無論、アイドルとして」
男の発言に、思わず飛鳥は立ち上がりながら詰め寄る
「なんで! 僕が! そんなこと!」
「貴女は知らないかもしれませんが、数年前からアイドル同士の戦いは一種の能力者バトルみたいなものになっているんです。それにまだチート補正残っている…と言ってましたね?」
「言ったけども!」
「残念ながら、私達には貴女のような戦うだけの能力もないですし、それにもう始まっているイベントに無理やり介入できるだけの組織力もありません。せいぜい現地にいる知り合いの伝手から補充要員として送り込むくらいです」
「むぅ……………わかったよ」
譲るところは譲る程度に、飛鳥はノーと言い切れない程度の日本人というわけだ。
(確か…船着場に迎えが来ていて、その人から色々聞けって言われてたな。どんな人なんだか……ま、どの程度の能力使えばいいかは動画で見たし、後はなるようになる…かな)