ロングアイランド・アイスティー
「ちょっと隣いいかしら?」
その声に視線を上げた。名も知らないブランデーを舐めては置き舐めては置いていたからか頭は若干下がり気味になっていた。その為、彼女の顔に目が行くのは少しばかり時間がかかった。
背丈は高くスラッとした感じの体型なのにも関わらず、ボリューム感を感じるのはきっとそのDを余裕で超えている胸のせいだろう。撫で肩だが凛々しさを感じるワイシャツに、ピンクを基調としたメイクは統一感を見れない。
「あ、どうぞ」
彼女は持っていたポーチを私とは反対側に置いてマスターに何か注文していた。今日は平日で、このバーの席は願えばどこにでも座れる状態にも関わらず彼女は私の隣に座った。
僕は60年代のジャズに耳を傾けながらまたブランデーを舐めた。
「今日は雨ですね」
そう切り出した彼女は更に続けた。
「明日も雨らしいです」
すると彼女の目の前にお酒が運ばれてきた。彼女はそれをストローでひとくち飲むとまた口を動かす。
「私、実は昨日仕事を辞めてきたんですよ」
今は3月。早くても1年くらいは働いたということになるだろうか。
私はなんとなくでもう5年になる。会社では後輩も出来た。なのに営業成績は社内で最下位。後輩にさえ大差をつけられるほど私の営業は酷く落ち込んでいた。2年目にして社内トップを誇っていた私にとっては5年目の悪夢だ。
「上司がとてもいやな人で、書類のコピーミスでネチネチ言ってくるんですよ。1部多いだけで」
マスターはブランデー用のグラスを綺麗に磨いている。彼女の独り言を聞きながら。
「酷いと思いませんか? それで赤字なのはお前のせいだって言うんですよ。お前がって私、事務仕事しかしてないんですけど!」
半分くらい残っていたブランデーを一気に飲み干す。特に意味はないが、氷と混ざったブランデーの味がここまで美味しいものだとは知らなかった。
マスターは飲み干したことに気づくと直ぐに同じものを出してくれた。
「サービスです」
「あ、どうも」
飲み終えたグラスを返し、新しいグラスを持ってくるりと回しカランと鳴らした。
「それで、どうするんだい?」
就職難と言われる現在、名の知れている会社は勿論、そうでない所でさえ就職は難しくなってきた。社会人1年生で辞めた子を簡単に雇ってくれるところなんてそうそう無いだろう?
「あ、仕事していて知り合った製鉄所にでも行こうかと思ってます」
その言葉を聞いて私は驚いた。そういった類の仕事は男性が体の一部を失いながら行うイメージがあったからだ。女性が勤めあげられるのかと考えると私は止めに入りたかった。
「私既に50社くらい受けてたんです。全部ダメだった。それこそ、中小企業でもいいと出しましたが、全然ダメ」
ブランデーを口に含む。それで初めてアルコール感を喉に受ける。むせそうになりながらそれでも彼女に言葉を返した。
「君の決めたことならそうしなさい」
「ありがとうございます。私、その言葉を聞きたかったんです」
当然親なら反対するだろう。私だってそうしようとした。だが、覚悟のうえに決めたことならそれでもいいのかもしれない。彼女の撫で肩がやけに凛々しく見えたのはそのせいかも知れない。
彼女が口にしたお酒は、私がよく好んで飲んでいたロングアイランドアイスティーだと気付いた時には、明日の天気予報が晴れだという事に気が付いた。
読んで頂いてありがとうございます。かなり短い話しでものたりないかもしれませんが、楽しんで頂ければ幸いです。




