モブ役の分際(脇役の分際・二次創作)
て「なんか情熱が抑えきれないから、二巻発売記念に<脇役の分際>の二次創作書かせて! 非公式で良いから! キャラの名前使わないから!」
猫「えっ」
猫「フェザー文庫編集部さんから許可取ってきたから、思う存分やっていいからね。キャラの名前も使っていいからね」
て「えっ」
<モブ役の分際> 著:みかみてれん/原作監修:猫田蘭
突然ですけれど。
皆さまは『モブ・キャラクター』という言葉を知っていますか?
またの名を“群衆キャラ”。
漫画やアニメ、小説で登場する、名前も見せ場もないキャラたちのことです。
学園のアイドルの周りで、彼ら彼女らを囃し立てるだけの存在だったり。
あるいはなにか事件に巻き込まれて名前すら出ずに死んでしまったり。
スポーツ観戦の舞台でわぁぁぁっと騒いでいる人たちだったり。
『主役力』が極めて低い、人の人生における路傍の石。
そういう方々を『モブ』っていうんです。
特徴のない顔、特徴のない髪型、特徴のないお喋り……
とにかくもう、ひとつも特徴がない背景キャラ。
つまり、その、認めたくないことではありますが。
――わたし、香川芽衣子のこと、なんです。
わたしは昔から自分が主役になれないことは、ちゃんと知っていました。
すべてを諦められたら楽になるはずだけど、やっぱり悔しいんです。
八人兄弟の四女として生まれたわたしは、
生まれた頃からなるべく目立たないように、目立たないように、兄や姉、妹たちのケンカに巻き込まれないよう生きてきました。
ひっそりと息を潜めて、自分だけ押し入れでチョコパイ食べたりして。
多分、そういう積み重ねが、今のわたしを作ったんだと思います。
わたしはモブ。モブ川モブ子です。
こんなわたしにも、夢があります。
ささやかな、だけれど、わたしだけの夢。
ああ、せめて……
せめて、わたし……
……一回でいいから、主役になってみたいんです。
高校3年生にあがって、「いよいよこのままじゃヤバい」という自覚が芽生えてきたのは、夏休みが明けてからのことでした。
なにもなかったんです。
文化祭で、それっぽいイベントがなにもなくて。
隣のクラスで催されていたお化け屋敷にひとりで入って、お化け役の誰にも気づかれずに一周したときに、思ったんです。
あ、わたしこれもうだめだな、って。
学生時代なんて、誰にとっても一番主役力が高まる時期じゃないですか。
親に可愛がられて、女子高生だからってみんなからチヤホヤされて。
四女のわたしは優秀な兄と手のかかる姉、可愛い妹と優秀な弟に囲まれています。
この時点でもう、おうちでのこれ以上の主役力の上昇は見込めません。
下手したら、父も母もわたしがいることに気づいていない可能性があります。
なんかいっつもいるなあの子、玲奈ちゃんか、美春の友達かな、帰らないのかな、ぐらいに思われているかもしれません。
もしかしたらわたしを私立高校に入学させる学費を捻出したことで、わたしという存在を使い果たしたのかもしれません。
なんというつらたんなことでしょうか。
主役力というのは人の目を惹く“華”のようなものだとわたしは思います。
それさえあれば、主役にはなれるんです。
あの、隣のクラスできらきらと輝くお姫様、盛沢久実さんみたいに。
光山生徒会長や、剣道部の竜胆さんを引き連れて……とまでは言いませんが。
せめて、彼らの眼中に入れるようになりたいんです。
わたしは一念発起しました。
高校生活の思い出を作るんです。
彼氏とまではいかないけれど。
せめて友達ぐらい……
というわけで、わたしは目立とうとしました。
10月には体育祭があります。
今まで青春らしい青春を送ったことがなかったわたしにとって、最後のチャンスとでもいうべき行事です。
むくむくむくと青春の血潮が鎌首をもたげてきたわたしは、体育祭の実行委員に立候補することに決めました。
きっとこの気力が未来のわたしをハッピーにするんです。
さあいざ、がんばれわたし、勇気を出して。
「誰か体育祭委員にー」という声に、わたしは勢い良く手を挙げました。
「はいっ、はいはい!」
餌にかぶりつくわんこのような勢いで立候補しますけれど。
委員長の男の子は、スルーです。つまり全無視。
なんてこったい。
でも別にこれ、いじめられているわけじゃないんです。
多分、誰かの『物語』において、
体育祭委員は要職なんだと思います。
だから、世界の意志がわたしの目的を阻むのです。
主役力の欠如は、ときとしてわたしの存在をひじょ~~~に希薄にしてしまうんです。
そうなんです。
友達もできないし、彼氏もできないその理由。
わたしは……人の物語に介入することができないのです。
案の定、わたしは何の種目に出ることもできず、
全員参加の背景キャラとして紛れ込むのが精一杯でした。
「楽しみだよねー」
隣の席の子が微笑んでくれます。
彼女は今だけわたしが見えているようです。
モブはにぎやかしであり、配役です。
きっと、クラスがガヤガヤし出したこの雰囲気が、モブを必要としたのでしょう。
「頑張ろうね、愛媛さん」
けれどそれ、名前間違っていますからね。
結局わたしは、おうちが近いからという理由で、借り物競走に出ることになりました。
この学校の借り物競走はそれなりに規模が大きく、盛り上がるのでちょっと意外だったんですけれど……
たぶん今回は、なんの波乱も起きずに、誰の物語にも絡まない行事なんだと思います。
つらたん。
◆◆
隣のクラスには、とても華のある人たちが揃っています。
学校の二大イケメン、光山生徒会長に、竜胆さん。
それにそのふたりから狙われていると噂の美少女、盛沢久実さん。
学園のビックスリーが勢ぞろいです。
さらに層の厚いイケメン陣。福島さん、中山さん、葉月さん。
女性陣も負けていません。
綺麗さランキング上位の、貫井さん、氷見さん、根岸さんはもちろんとしても。
巽さん、それに篠崎さんなんていう奇特な方々もいらっしゃいます。
すごいです、主役のバーゲンセールです。
主役同士は引かれ合う引力でもあるんでしょうか。
そのあおりを食らってか、わたしのクラスには脇役・モブが詰め込まれています。
その中でもモブ中のモブ。卒業旅行の写真は単独では一枚も写っていないくせに、群衆に紛れた写真は500枚ぐらいある存在が、このわたしです。
そんなことを考えていたのは、体育祭を翌週に控えた授業中。
ゆううつでぼけーっとしていると、先生に注意されてしまいました。
きっと、生徒を叱る教師、というワンシーンが必要だったんでしょう。
「まったく、ちゃんと聞いておけよ、長野」
「はい」
うなずいて、座ります。
……長野って、わたしの名前を呼んだつもりだったんでしょうか。
◆◆
体育祭は実行委員長の宣言とともに始まりました。
さすがに周りでは受験を控えている方々だらけなので、そんなに無茶はしないようです。
目をぎらぎらさせているのは、外部受験に向けて日頃のストレスがたたっている方々と、そして今なお主役力上昇のチャンスを狙うわたしです。
たとえばぶっちぎりで一位を取ったり。
あるいは、借り物競走のお題でなにかとっても面白いものを引いたときに、誰かの物語に登場するチャンスが生まれるかもしれません。
そうやって、地道にまずは脇役へと成り上がってゆくのです。
さあ、始まります、借り物競走。
隣のクラスは、借り物競走のクイーン、手越さん。
そしてなんと、ビッグスリーの紅一点、盛沢久実さんまで参加しているようです。
ひどい、こんな状況で目立てるわけがありません。
……誰かの主役力とか借りれないものでしょうか。
こう見えてもわたし、運動能力はそこそこです。
ていうかまあ、中の中なんですけどね。
基本的にはこの競技、クラスの中でも足があんまり早くない人たちが集まっているので、こんなわたしでもチャンスがあると思ったんですけど……
なのに62人のうち、真ん中らへんに位置取っています。
ていうかたぶんこれ、ぴったり31位なんだと思います。
なぜ……
きっと世界の意志がわたしを阻んでいるのです。おのれ意志め。
というわけで、クジを拾い、アナウンス係りさんに渡しにいきます。
でも、内容次第ではチャンスが……?
「高等部3年生、鳥取さんのお題は……マヨネーズのチューブです!」
おっと……
そうきましたか。
しかも鳥取、ちょっと場所が近くなりました。
当然わたしの家族は応援に来てくれていません。たぶんわたしがこの学校に通っていることすら忘れているのかもしれません。モブですし。
となると、クラスメイトの誰かが持ってきたお弁当に、マヨネーズがついている可能性が……
ワンチャン、賭けてみます。
きびすを返すわたし。
同じクラスの子たちに片っ端から聞いてみます。
「あの、誰かマヨネーズ、マヨネーズ持ってきてませんか!」
あっ、誰もわたしのほう見てないです。
これだめなパターンのやつです。
アナウンサーさんが叫びます。
「最近噂の高等部3年生盛沢さんのお題は……キャベツ一玉だぁぁ!」
どっ、と周りの子たちがわきました。
さすがの主役……
わたしはいったんおうちに帰ってマヨネーズを取ってくると、会場に戻ってそれを渡そうとしたんですけど。
「え、なに?」
って素で聞き返されちゃいました。
ああ、忘れ去られています……
「なんでもないです……」
わたしはマヨネーズを持ったまま、とぼとぼと肩を落として帰ります。
どうせわたしがゴールしようがしまいが、大勢には影響がないんですそうなんです。
それがモブとして生まれたモブキャラの宿命なんですから……
……でも、結構つらたんです。
肩を落としたまま、わたしは教室へと向かっていました。
サボりになっちゃいますけど、まあ別に。
誰もわたしのことなんて気にしてませんから。
こういうときだけは、ちょっと便利ではあるんですけど……はぁ。
なんでこんなにうまくいかないんでしょう。
モブキャラの分際で、立場をわきまえないのが悪いのでしょうか。
でも少しくらい、夢を見ることはだめなんでしょうか。
……はぁ。
「はぁ」
と、思わず口から漏れたのかと思って。
わたしは顔をあげました。
あらあら、まあまあ。
そこにいたのは、盛沢さんでした。
ふんわりとした長い髪の、とても綺麗な人です。
いつもなんだか物憂げな、まるで深窓の令嬢のような方です。
それなのにキャベツ一玉なんていうハプニングまで引き寄せてしまいます。
これが主役です。絶対的な主役力です。
運命を司る女帝。フォーチュン・エンプレスです。
一体わたしと盛沢さん、なにが違うんでしょう。
盛沢さんの体を乗っ取ったら、わたしも主役になれるんでしょうか。
せめて一部分でもいいので。声とか、胸とか。
どうか一口。
と、恨みがましく見つめていると。
彼女がわたしに気づいたみたいなんです。
「あの、なにか?」
「?」
わたしは思わず振り返ります。
でもそこには誰にもいなくて。
「……もしかして、わたしに話しかけてます?」
「え、うん」
「わたしのことが見えているんですか?」
「確か……1年の時、同じクラスだったよね?」
「……まさか」
わたしはちょっぴりドキッとしました。
うそです、そんな生やさしいものじゃありません。
心臓がバクバク言っています。
いやでも、期待しちゃうとだめです。
期待は人生の毒です。
だからわたしは、盛沢さんに背を向けて。
正直失礼だったかもしれないけれど。
そのままなにも言わずに立ち去ろうとして。
「あ、マヨネーズ!」
「……え」
彼女はわたしの手に持ったそれを指して、ちょっぴり微笑みました。
「香川さんだったんだ、マヨネーズ」
わたしの名前を。
呼んでくれて。
びっくり。
高校三年間で、初めてでした。
それをしかも、盛沢さんが。
すごい。盛沢さん、すごい。
キャベツを抱えた盛沢さんと、マヨネーズを持ったわたし。
うれしくて、うれしくて。
思わず、聞きました。
「……使います? キャベツに。生で」
「……やめとく」
ぶるっとキャベツが震えたような……そんな気がしました。
人は誰もが自分の物語の主役です。
『主役力』なんて、誰でも本当は持っているんです。
そんなのは、モブのわたしが適当につけただけの名前です。
わたし自身への言い訳に過ぎません。
でもだから、誰も、誰ひとりとしてわたしの名前を正しく呼べた人はいませんでした。
誰も、誰ひとり。
なのに。
この人は、呼んでくれました。
すごい。
すごいすごい。
盛沢さんすごい。
どうしてでしょう。
こんなに主役っぽいのに。
もしかしたら、わたしと同じ宿命を背負っているのかもしれません。
こんなに主役のピースは揃っているのに。
なんて残念な人なんでしょう!
いったいどういう生命体なのか。
不思議で仕方ありません。
でもたぶんそこには、彼女しか知らない、彼女だけに適応されるなんらかのルールが発生していて、だからこそ彼女にはモブキャラのわたしのことが見えていたんだと思います。
香川芽衣子の物語は、ここまでです。
11月も、12月も、1月も、2月も、3月もわたしはずっと盛沢さんを観察していました。
時折、視線に気づいてはなんだかおびえた顔でこっちを振り返って、ひきつった笑顔で手を振ってくれる盛沢さん。
美人で、小さくて可愛くて、頭も良くてしっかりしているのに。
なんだか時々すごく人生に疲れたような顔をしている彼女の、不思議な物語。
わたしからはすごく遠いのに、わたしと同じく主役ではない人。
わたしの代わりに誰か、見守ってあげてほしいな、なんて思います。
◆◆
結局、大学に進学せずに就職したわたしは、
その後、彼女のその後を風の便りで聞きました。
相変わらず、高校時代の仲間たちと一緒になって、
騒がしく、楽しくやっているらしいです。
なんだかマンションの管理人さんになったとか。
大学生活を満喫しているとか。
結局、光山生徒会長を選んだのに、竜胆さんのこともキープしているのだとか。
わたしはこっそりと友達から情報をもらっては、にまにましています。
軽くストーカーですねこれ。へへへ。
あの頃のことがなんだか懐かしくて、いいな、って思いながらも。
わたしはきょうもお茶くみに電話の応対、事務仕事に追われる毎日です。
あの人は今ごろ、誰かの主役になれたんでしょうか。
わたしが憧れた、主役みたいだけど、主役じゃない不思議な人。
今ならわかります。
たぶんあの人は“脇役”だったのかな、なんて。
とっても豪華で立派な配役の、物語には欠かせない脇役。
でもそれって、すごく素敵な人だと思うんです。
あの人がいないと、物語は成り立たないんですから。
モブとは違って代わりが利かないんです。
もしかしたらスピンオフなんて可能性もありますし。
わたしは営業から帰ってきた背広の男性に「おつかれさまです」と頭を下げます。
すると、彼はこそこそとこちらに寄ってきて、笑いかけてきました。
「なあ、きょう仕事終わったら、メシでも食って帰ろうぜ」
「いいですね」
「……まあ、その、大事な話もあるしな」
赤く照れた顔。
八つも年上の彼だけれど、嫌いじゃないです。
それからニッと笑って、力こぶを作るポーズ。
「あとひと頑張り、な」
「はい」
「徳島さんの好きな店、押さえておくから」
「楽しみにしています」
わたしも微笑み返します。
盛沢さんみたいに、綺麗な笑顔はできませんけどね。
結局、わたしの名前を呼んでくれたのは盛沢さんだけでしたけど。
でも、香川と徳島。
同じ四国です。ほら、近い近い。
もう主役になりたい、なんて夢は捨てましたけど。
わたしはここでこうして、誰かの物語を支える“名脇役”になれたらな、なんて思います。
あの、盛沢久実さんみたいに、なんて。
彼のほうをじっと見つめながら、思います。
……早く脇役になりたいなあ。
というわけで、<脇役の分際>二巻発売おめでとうございます。
<つらたん>とか書いてて最近ちょっとドン引きされている気がしないでもないんですが。こんなわたしに誰がしたんでしょうか。
脇役の分際 猫田蘭
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