非常事態
「……ん?」
気が付くと、俺はベッドの上に寝かされていた。
俺は上半身を起こすと伸びをしながら考えた。
何してたんだっけな?
あー、確か任務で森の中に踏み込んで行って、でもってユイが分岐点を閉じようとして魔力が足りず、俺が増魔剤を飲んで………あっ、思い出した思い出した。
なるほど、その時増魔剤で強化した俺が分岐点を閉じて、その後増魔剤の副作用で気を失ない、町まで運ばれて来たと。
俺がそんな事を考えていると、部屋のドアが開いてディアスが入って来た。
ディアスは俺が起きているのを確認すると、軽く笑いながら、
「おっ、やっと起きたか。あれから一日経ってるんだぜ? ほら、朝食食いに行くぞ」
俺はそれを聞いてベッドから降りた。
俺が下に降りていくと昨日と同じように、既に朝食がテーブルに並べられていた。
すると俺が下に降りてきたのをみたユイとレイラが、
「おはようございます、レオン君」
「おはよう、レオン」
と声をかけてきたので、俺も適当に返した。
「ああ、おはよう」
俺はそう言いながら椅子について、息を吐いた。
そしてそれを確認したディアスが、
「よし、じゃあ食うか!」
と言ったのを合図に、
「「いただきます」」
と言って俺達は朝食を食べ始めた。
「そう言えば……レオン、お前が飲んだ増魔剤の副作用って気絶だけか?」
暫くして朝食を食べ終わったディアスが、食後のお茶を飲みながらそう聞いてきた。
「んー……増魔剤の副作用は気絶と一時的な脱力・及び激痛だよ」
と苦笑して言った。
何故俺が苦笑したかと言うと、聞かれた当初は増魔剤の副作用の事を話すつもりがなかったからだ。
何せディアス達の事だ。気絶と脱力はともかく、激痛の事は流石に黙っちゃいられないだろうから。
――さて、と。
俺は心の中で溜め息をつきながら苦笑を深めた。
つまり、余計な心配をかけたくないだけなのだが。
俺がそう考えていると、やっぱりディアス達が心配そうに聞いてきた……いや、ディアスとレイラは怒っていた。
「激痛だと? そんな副作用があるのにお前は何を飲んでんだよ……」
「そうよ。そんな体に負担を及ぼす副作用がある魔法薬は簡単に使うモノじゃないわよ?」
俺はそう言われて些かむっとなったので、俺もニヤッと笑いながら言い返した。
「でもよ、俺があの時増魔剤を飲んで魔力を放ってなかったら……アレが対象じゃ、流石にシャレになんねェだろ?」
俺がそう言うと、ディアスとレイラも渋い顔をして黙り込んだ。
「まあ、あんま無理すんなよ?」
暫く経ってディアスがそう言うと、
「ディアスの言う通りです。無理はしないで下さいね?」
「同意見ね。以後気を付けなさい」
ユイとレイラもそう言った。
そしていつもの雰囲気が戻ってきて、俺達が笑いながら話している時だった。
急にドアが開かれ、グリンさんが飛び込んできたのだ。
俺達が驚いてグリンさんを見ると、何かに焦っているようだった。
しかし俺達の驚いた顔も、グリンさんが大剣を担いでいるのを見てみるみる険しくなっていく。
「大変だ! 森の方から魔獣の群れが……! その群れの中には、高位の魔獣の存在も複数確認された!!」
「なにっ」
「なんだって!?」
「ええっ!?」
「そんなっ!?」
俺達が驚いて立ち上がると、グリンさんが必死に頼んできた。
「ま、待って下さい!どうか力を貸してくれませんか!? 戦えるのは私とあと数人程しかいないんです! 任務ではありませんが、どうか……!」
そう懇願されて、俺達は引き攣った顔を見合わせた。
本来、俺達の任務は分岐点を閉じる事であって、「魔獣を殲滅する」事は任務ではない。
つまり俺達はここでグリンさんの頼みを聞かずに帰ってもいい訳だが――。
「――くっ!」
俺達は迷った。
ここで困っているグリンさんの頼みを聞かずに帰ってもいいものか、迷ったのだ。
否――迷ってしまった。
そして俺は思った。
ちっ……完全に想定外だ。いつもの俺なら見捨てているところだが……。
そう思いながらふと視線を巡らすと、ディアス達が俺を見ていた。
俺がこの班の班長である限り、俺の決断次第であるからだ。
俺は苦渋の決断の末、遂に覚悟を決めた。
「分かりました……やれるだけやってみましょう」
俺がそう言うと、グリンさんは若干安堵したように、
「協力、感謝します」
そう言うなり、森の方に走って行った。
「なんか……勝手に決めちまって、悪いな」
もし立場が逆だったら、何勝手に決めてやがんだと激怒しているところだ。
「いや…多分俺でも同じ返事をしたと思うぞ?」
しかし、ディアスは首を振ってそう言い、
「むしろあそこでグリンさんの頼みを聞かなかったら、怒りましたよ?」
とユイが言い、
「私は別に構わないわよ?」
とレイラが言ってくれた。
「そうか。悪ィな……」
俺はそう言って剣を腰に帯びた。
すると他の三人も薙刀、双銃、サーベルを持ち外に出た。
俺は外に出た三人を見やり、励ますように、そして自らを叱咤するように
「よし。じゃあいっちょ行くかァ!」
と言うと、珍しくレイラまでもが、
「「おおっ!!」」
と言って天に拳を突き上げた。(レイラはちょっと顔を赤らめていたが)
そして士気を高めた俺達は森に向かって走って行った。
―――――――――――
「オイオイ……」
それが俺が森に着いた時の第一声だった。
森の前には魔獣の群れがいた。
そこまでは良かったが(いや、良くはねェけど)、魔獣の群れの中にでんっと、でかでかと存在を主張している魔獣を見て、恐怖を通り越して呆れ返ったのだ。
でかでかと存在を主張している魔獣。
それはフェンリルだった。
俺がフェンリルを見て、
(冗談じゃねェよ! なんで学生の任務にフェンリルが出てくんだよ! 流石にシャレになんねえよ! うおっ、今フェンリルが持っている例のアレ、太陽の光を受けてギラギラ光ったぞ! 怖……)※例のアレ=巨大な戦斧(普通よりもかなりでかい)
などと思っていると、ユイがひっと声を上げて後ずさった。
その声につられて俺達がユイの方を見ると、フェンリルではなくて、ある魔獣を見て顔を青くさせていた。
そこで俺達がなんとなくユイの視線を追って行ってその魔獣を見ると、まずレイラが頬をひきつらせ、ディアスが洗面器と友達になれそうな気分になり、俺は何かを悟ったような、それで持って渋い表情になった。
俺達が見た魔獣……それはゲチョグロのアンデッドだった。
これには流石に声が出た。
「おいおい、学生の任務だぞ? フェンリルに続き、アンデッドまで出てきやがったぞ……」
と、俺。(苦笑)
「うげっ、なんかアンデッドがいるんだけど。うわっ、なんか先頭にいるヤツは内臓はみ出てるし……キモッ」
と、ディアス。(引き攣った顔)
「いやぁ……私はアンデッド苦手……なのに……っ……ぐすっ」
と、ユイ。(泣き顔)
「ああ、不潔!」
と、レイラ。(思いっきり不快そうな顔)
しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。だからといってあの数を相手にするとなると――
俺はそう考えて魔獣と戦っているグリンさんと他数名に声をかけた。
「後は任せて下さい!」
俺がそう言うとグリンさん達は、
「すまないっ」
「頼んだぞ!」
と言って俺達の横を走って行った。
「よし! ディアス、ユイ、レイラ、三人は上級魔法で一気に決めてくれ。この際、魔力の温存とかは言っていられない」
「おう、任しとけ!」
「分かりました……ぐすっ」
「分かったわ」
三人はそう言うとすぐに詠唱を始めた。
「我求めるは地獄の火炎、炎の戦神イフリートよ、今我にその大いなる力の一端を貸し、ここに具現せよ……【インフェルノ】」
「我求めるは不可視の風、風の戦神シルフィードよ、今我にその大いなる力の一端を貸し、ここに具現せよ……【サイクロン】」
「我求めるは残酷な氷雪、氷の戦神レーシーよ、今我にその大いなる力を貸し、ここに具現せよ……【グレイシアルブロウ】」
三人がそう詠唱すると、ディアスからは荒々しい紅蓮の業火が、ユイからは巨大な竜巻が、レイラからは凍てつく吹雪が放たれ、魔獣達に襲い掛かった。
グオオォォーー!!
その魔法攻撃で、まず先陣にいた魔獣達が燃え上がってのたうちまわり、崩れた先陣の背後にいた魔獣達は竜巻に巻き込まれ、更にその後ろにいた魔獣達は吹雪によって凍りつき―――一気に三分の一程度が全滅した。最も、一年で上級魔法を放てるのは、ディアス達だからこそだが。
「このまま一気に片付ける! 援護を頼んだぞ!」
俺は魔獣達が崩れたのを見て、足に風の魔力を付与させて魔獣達に突貫する。……まあ、不完全なんだがな。
「斬り刻む……!」
俺はそう叫びながら剣を下段から上段に切り上げた。
「駄目だっ! 上段に振り上げたら隙が――」
しかし、ディアスのその叫びは途中で止まった。
「っらああああァァーー!!」
何故なら、俺が剣を振り切った直後に凄まじい剣撃の嵐が起こったからだ。
ギアアァァーー!
魔獣達が切り刻まれ、大地に倒れ伏していく。
しかし、その途端俺の頭の中で警鐘が割れがねのように鳴り響いた。
「レオン、よくやったな!」
「援護しますよ!」
「行くわよ!」
危険を予知した俺の背後からは、ディアス達が走り寄って来る。
(馬鹿、来るな、俺の背後に来るな――)
そこでディアス達も、俺の前方に立つ魔獣に気づいた。
グルルルル……。
固まってしまった俺の前に立つ魔獣――それは、俺の剣撃から戦斧を犠牲にして逃れていたフェンリルだった。
そしてフェンリルががぱっと口を開けて、タメに入った。
(これは高位の魔獣が放つと言う、吐息『ブレス』か――!!)
しかし、これならまだ俺はブレスの効果範囲から逃れられる。
フェンリルもそれなりに高位の魔獣だが、ブレスを放つまでのタメが長すぎるからだ。
だが、俺は固まってしまった。
何故なら今俺がここでブレスをかわせば、ディアス達が――初めて出来た友人が回避に間に合わず、ブレスの直撃を受ける事になる。恐らく、今からでは防御も間に合わないだろう。
「危ない、レオン(君)!」
しかし、ディアス達が叫んだ時にはもう遅かった。
「ぐぅ、ああああぁぁ……」
フェンリルのブレスは俺の腹にぶち当たり、体勢を崩した俺はぐらりと倒れかけた。
(ここまで、か――)
俺がそう思った時。
『はんっ、こんなカス共相手に諦めかけてんだ、テメェ?』
『覇者』が、目覚めた。