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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
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愉悦の一時 後編

「一人で納得しているところを悪いんだが、結局この剣は何なんだ? 今の言葉からうっすら理解は出来たんだが……」


眉根を寄せて考え込んでいるミカエルに、俺は平静を装って説明してやる。


「そいつァな、ルーレシア世界が直々に創造した、神造宝具ならぬ界造宝具なんだよ。創り手がルーレシア世界の意思だったから単一世界全知全能じゃ知覚が届かなかったワケだ。

材質は時空連続結晶体。冗談抜きに一つの世界を丸ごと素材にして創造された剣だ、格付けは無論対界宝具クラスの宝具になる」


存在格がルーレシア世界と多少なりとも関わっている以上、まともに食らえば俺でも重傷を負う。慢心の鎧も斬り裂かれるだろうな。


全く、俺が〝王格位〟として覚醒してからはパワーバランスなんて概念は本当に通用しないな。これ程力関係が宛にならない世界は珍しい。


それはともかく――


「で? そんな物まで持ち出して、お前は何を望む? 闘争を望むのならばこちらとしては大歓迎だと言っておこう」


「別に私は貴方との戦いを所望してはいない。生憎、私は他の者達とは違ってそこまで戦狂いしているワケではなくてね。ただ、貴方の本気を見てみたいと思っただけさ」


「俺の本気、だと?」


それなら〝羅刹王〟との戦いで見ていたはずだが?と、そのような意図を籠めて訝しげに反復すると、ミカエルは首を横に振った。


「この言い方では少し語弊があったな。訂正しよう。私はマスターの使い魔として、マスターの夫である貴方の本気をこの身を以て知りたいのだ。

心天神域で最も高い戦闘能力を有していたあの女帝ルディアを相手に、手加減しながらも圧倒してみせるその力……見ているだけで心胆寒からしめるモノを感じた。

では、貴方が本気で、尚且つその力の矛先が己ならばどうなのか、とな。私はそう考えて貴方を此処に呼び寄せた」


そう言い切ったミカエルの碧眼に一点の曇りも無い。一人の戦士として俺の本気の力を味わってみたいという願望も少なからずあるのだろうが、その根本にはカレンに対する忠義の心がある。


「過ぎた力は災いを呼ぶとは言うが、貴方はその限りではない。どちらかと言えば、力ではなく貴方自身が災厄なのだから。マスター達を守護するその力、如何程のモノか私に奮ってみせてくれ」


「オーライ。構えろミカエル。今の俺は凄まじく機嫌がいい……そして、俺をここまで上機嫌にさせたのは他ならぬお前だ。――褒美だ、望み通り我が始原宝具の輝きを見せてやる」


言うなり、俺は内なる世界の最深奥より一振りの長刀を顕現させようとする。それと同時に転移魔法を行使。ミカエル共々、九鬼王との戦いの場となった遥か彼方の宙域へと転移した。


「此処は……」


「流石にあの場で我が始原宝具を開封するワケにはいかねェだろ? 此処なら、思う存分真名を解放出来る」


……ほら、早速ルーレシア世界の意思がこの宙域で生じたエネルギーを外世界に放逐する準備を整えた。この俺が必死こいて外世界への道を斬り開こうとしていたってのに、意図も容易く外世界への途を……ルーレシア世界の存在格は理解できん。


内なる世界より顕現させた、極めて純度の高い黒水晶をそのまま削り出して造ったような黒刀の剣先をすっとミカエルに向ける。


超絶大な力の波動が宙域一帯を満たしていく。そして、この宙域一帯の時空間・次元の壁を極度に希薄なものとしたルーレシア世界の意思により、満たされた先から超絶大な力の波動が外世界へと放逐されていく。


「分かっていた……分かっていたはずだというのに、なんという力の波動だッ……震えが止まらないっ」


震える身体を押さえつけ、しかしその顔に満面の笑みを浮かべて。ばっとミカエルが双刃剣を構えた。


途端、神々しい純白の光が爆発した。ミカエルの背に二対四枚の白翼が展開され、宙域を染め上げる俺の力に対抗する光が顕れる。


「――行くぞ」


「ああ」


ミカエルが力を解放したのを見届けて、俺は彼女に向けていた黒刀の剣先を右方向へと逸らす。――次の瞬間、爆発的なスタートを切ってミカエルへと駆け出した。


力強い踏み込みで一気に光速の数千垓倍の速度域まで加速した俺は、瞬く間も無くミカエルの眼前に現れ、袈裟懸けの一撃を放ちながらその真名を謳う。


「『始界崩御す終焉のジ・エンド・オブ・ゼフィリス』ッ!」


真名解放により全てを斬り裂く無敵の刃と化した俺の黒刀がぶち当たったのは、ミカエルの持つ双刃剣の刃だった。ミカエルは俺の加速自体にはついてこれていなかったが、戦士としての勘が囁くままに双刃剣を振るっていたのだ。


戦士本人の存在格としては、当然の如く俺の方に利がある。であれば鍔迫り合いも俺が圧倒して普通なのだが――ミカエルの振るう双刃剣がそうはさせない。


この土壇場で双刃剣がミカエルを主として認識したのだ。そして、ミカエルが主となったこの双刃剣はルーレシア世界の意思により生み出された界造宝具。存在格的には現時点の『始界崩御す終焉の王』を上回る存在格だ。


それ故に、俺の振るう刃はミカエルが振るった双刃剣に受け止められたのだ。俺の速度に反応してみせたミカエルも見事だが――それ以上に、この双刃剣は凄まじい。


「だが、勝つのはこの俺だっ」


絶対勝利を志す意思の力に応えるように『始界崩御す終焉の王』の輝きが増す。そして、一時的にミカエルの双刃剣に存在格の階梯が並んだ。その瞬間を見逃す俺ではない。


一気に押し込まれた俺の刃が双刃剣に打ち勝ち、ミカエルの手から双刃剣が弾かれた。妨げるモノが無くなった凶刃はミカエルの左肩へと振り下ろされ、その肉体を斬り砕いた――。





「これが貴方の本気か。とんでもないな、その気になれば外世界空間ですら消滅するのではないか?」


「可能か不可能かで言えば可能さ。但し、今の俺では破壊できる領域はそう広くねェだろォがな」


――遥かなる宙域より心天神域に帰還した俺は、たった今甦ったところのミカエルが述べた感想に対し少々沈んだ声音で返した。


とは言うものの、非常に分かりにくい声音だったはずだ。しかし、心天神域の住人らしく心に聡いミカエルはそれに気付き、首を傾げて問い返してくる。


「どうした。何か気掛かりな事でも?」


「いやなに……情けなくて仕方ねェだけだ。ルーレシア世界そのものというワケでもない、たかが繋がりがあるだけの宝具を破壊できなかった事がな。

ルーレシア世界と同格の存在格だったのならまだ納得できる。この世界はこの俺ですら格上と認めざるを得ない存在格だからなァ……だからと言って負けはしねェが。

やはり俺もまだまだだ。強く、もっと強く! 全世界全次元全時空、あらゆる存在領域のどんな存在よりも強く、無敵の覇道神話を」


胸の辺りまで持ち上げた拳を力強くぐっと握り締める。ミカエルはそれをじっと見つめ、やがて静かに視線を北西の空に向けた。


「私の目的は済んだ。そろそろ自分の神殿に戻る事にする。最後は理天神域だろうが――戦闘は私で最後だ。闘争の卦は期待しない方が良いぞ」


「あー……」


ミカエルのその一言で、先の闘争の余韻が冷水でも浴びせかけられたように一気に冷めた。戦闘は私で最後、闘争の卦は期待しない方がいいというのは、つまりそういう事なのだろう。


心天神域の入り口とも言える広大な祭壇の床を蹴って、白翼を羽撃かせて北西の空に――そちらに己の治める領地があるのだろう――飛び去っていくミカエルを見送り、俺は軽く手刀を振るって最後の目的地――理天神域への途を開いた。





「……あの」


「…………」


理天神域へと降り立った俺を迎えたのは、見るからに気弱そうな下位の概念神だった。


空色の瞳に青い髪を肩の辺りで切り揃えている女顔の少年の姿をしている。なに、何故女顔の少年だと断定できるのかって? なんとなく分かるんだよ、『あ、こいつ男だ』ってな。


それはともかく――、と俺は焦点を目の前の概念神から外し、遠くを見るような目つきをする。どいつもこいつも自分の神殿に引きこもりやがって……テメーらは地球系列世界の引きこもりニートか。


「あの、すいません! 理天神域の領主様達が貴方の下に降りたいと仰って――」


「それでまだ未熟な概念神のガキひとり使いに寄越したと。――巫山戯てンじゃねェぞ糞が。……ああ、別にお前に対してキレてるワケじゃねェから安心しな」


苛立ちのままに、翡翠の長槍の石突きでドゴッと心天神域にもあったような広大な祭壇の床を砕きながら吐き捨てる俺だったが、眼前の少年概念神が酷く怯えた様子で俺を見つめている事に気付き、怒りの矛先が向いていない事を教えてやった。


「そ、そうですか。それで、その……返答の方は」


ほっとしたように一息吐いた少年概念神は、上目遣いにこちらの様子を窺いながら返答を訊いてきた。


「白旗振るなら受けてやるさ。降伏したけりゃ勝手にしてろ。どうせ、他の神域での俺の戦いぶりを知って敵わねェとか思って降伏したンだろ?

で、俺を畏れてお前みてェな幼い概念神の卵を送り込んでくるようなヤツらと戦っても愉しくねェンだよ。尤も、理天神域の住人が全員が全員腰抜けとは言わねェけどな。

――名は? お前の名と概念神としての属性を訊こう」


「名前ですか。僕はアルシアって言います。神格の属性は〝秩序〟です。今はコスモス様の神殿で働かせて頂いてます」


「アルシアか。俺の所にアルシアを送り出したヤツってのは誰なんだ?」


「コスモス様ですけど……どうかしたんですか?」


勘が良いらしく、何か嫌な予感がしたのだろう。アルシアが不安そうに訊いてくる。


俺は軽く首を回してゴキゴキと音を鳴らしながら答える。


「あん? ナメた真似してくれやがったヤツを血祭りに挙げにいくんだよ」


「ええっ、それってつまり――」


状況を理解したアルシアが慌て始めたが、俺はそれを無視して集中しコスモス某の居場所を探る。コスモスも俺が自身の居場所を探る事を予想してか、気配を消して地に潜っているようだが――この俺の前では無駄な努力だったな。


此処から遥か西方――理天神域の中央部から少し北上した辺りにコスモスの存在格が滞在しているのを知覚する。地形は森林、居場所はその深部といったところか。


俺の知覚によると、今コスモスが滞在している森林にはエルフや精霊・妖精といった種族が住む森にありがちな認識阻害系の作用が働いているようだ。これは魔法的なものではなく、この森林に自生する植物が物理・非物理的に感覚を阻害する気体を光合成の際に放っているからだ。


魔法薬に精通した薬師でもある俺としては、非常に興味深い特色を持つ森林なのだが――今はコスモスを血祭りに挙げるのが先だ。


「どうか、どうかコスモス様には危害を及ぼさないと――」


「ええい、邪魔だ小僧。そんな心配しなくとも大丈夫だ、コスモスが消滅するような事ァしねェよ。カラティアとの約束もあるしなァ」


「そうですか……良かったぁ……」


「――ただ、ちょっとだけ【暴君の拷問場】に放り込むだけさ。そう、殺しァしねェ。だから何も心配する必要は無ェ。【トラベラー】」


「えっ」


続いて俺の口から語られた言葉にふんわりとした笑顔を凍りつかせたアルシアをその場に残し、俺は転移でコスモスが潜伏する森林へと姿を消した。





理天神域のとある森林の奥地にて。


理天神域の住人達からは『惑いの森』とも呼ばれているこの森林で、俺は空色の髪と瞳が特徴的な美女の前に木々の隙間を縫うように移動してふらりと姿を現した。


空色の髪と瞳の美女――〝秩序〟の概念神コスモスは、大木の根元に幹に背を預ける形で脚を崩して座り込んでいた。


軽く瞑目して大木の根元に座すその姿は、正に『女神の休息』と言うに相応しい程の清廉な雰囲気を漂わせていた。もしこの場に絵師が居れば、例え命と引き換えであったとしても一瞬の躊躇いも無く筆を奮う事を決意するだろう。


ざり、と俺が大地を踏み締める音がする。時折、この森林に棲む動物の鳴き声と、風に揺れて木々の葉が擦れる音がする以外は静寂で満たされた空間では、その音は大きく聞こえた。


「――この森は心地好い地です。草木や動物達が奏でる生命の法則、食物連鎖……あらゆる生命の在り方が法則通りに正しく存在している。

確かな〝秩序〟が築かれた、正しい世界の在り方。大いなる可能性の〝王〟よ、貴方もそうは思いませんか」


俺が静かに見据えていると、コスモスはゆっくりと開眼して空色の双眸を俺に向けた。背中の半ばよりも上の辺りまで伸ばされた空色の髪がさらりと揺れる。


「確かに心地好いなァ。動物達が示す強き者が弱き者を食らう弱肉強食、植物達が表す成長・衰退・新生という生命の循環。〝自然界〟という概念を構築する上で最も重要な要素となる〝食物連鎖〟の在り方。

それが正しく在るこの森は、俺としても嫌いじゃねェ。むしろ好ましく思っているとも」


翡翠の長槍を近くの木に立て掛け、自身もその木にもたれ掛かる。腕を組んでコスモスの方を見やった。


「どうやら、〝秩序〟という概念自体には嫌悪や侮蔑を感じているワケではないようですね。では、貴方やその仲間達はともかく、一般的な方々については何故〝秩序〟を乱すような急激な覚醒を止めなかったのですか?」


「決まっている。それこそが俺が臣下に求める在り方であり、可能性の探究に繋がるからだ。俺は可能性の探索者にして探究者……無限すら超えて成長を続ける真に〝人間〟たる〝王〟。

そんな俺が、臣下達の成長を巻き戻し停滞させるワケねェだろ?」


俺は自分の在り方と臣下に求める在り方を延べ、コスモスへの返答とした。


「そうですか。貴方の考えは理解できました。……もう一つ訊いてもよろしいですか?」


「構わねェ。言ってみろ」


コスモスは一礼してから続ける。


「――貴方は、ルーレシア世界に〝秩序〟を齎してくれますか?」


「……それがお前の真の目的か」


俺は大きく息を吐いた。


こいつの姿を見るまで、俺はコスモスがただ単に命惜しさに下位の概念神見習いを使いに寄越したのかと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。


確かに、命惜しさという理由もあるだろう。だがしかし、こうして相対していて命惜しさという理由の裏には何かあると感じてすぐには襲い掛からないでいたら、こういう事だったのか。


「礼を失していたのは俺の方だったようだなァ。俺ァてっきり、お前が命惜しさだけであのガキを俺のもとへ寄越したンじゃねェかと邪推していた。

真に〝人間〟たる〝王〟としてあるまじき振る舞いだった。まあ許すがいい」


コスモスは微笑する。


「随分と尊大な謝罪ですね。まあ、それも貴方らしさなんでしょう――さて、先程の問いについてですが。返答の方は如何に」


先程の問い――俺がこの世界に〝秩序〟を齎すかどうか、か。


「さァな。俺はただ、己の覇道を往くだけだ。〝秩序〟がどうのなんて知った事じゃねェ」


コスモスの表情が曇る。先の展開を予測してか、ゆっくりと立ち上がった。その体内では魔力が練り上げられている。


俺が目を細めてコスモスの反応をじっくりと愉しんでいると、コスモスも何か様子が変だと感じたらしい。そのまま数秒程こちらを見つめて、俺の意図を悟ったのだろう。ため息を吐いて座り直した。


「お戯れは止して、もし続きがあるなら早くお聞かせください。私としては心臓に悪いんですから」


「いやなに、なかなか面白い反応をするからつい、な。――俺は己の覇道を往くだけと言ったな? その途上にはこの世界を無限なる宇宙の果てまで征服し尽くす予定もある。

この俺が世界の〝王〟となった以上、臣下達には可能性の探索と探究をしてもらうつもりだが――先の大戦で俺の臣下となった者達の様子を見るに、望む望まぬに関わらず新たな〝秩序〟は築かれるだろォさ。

これが俺の返答だ。満足したか」


己のこれからの動向を語る。今は目先の戦い――『闇の覇者』との大戦争の方が重要だが、大戦争が終結次第世界征服に着手する予定があるのは紛れもない事実だ。ルーレシア世界という、逸脱に逸脱を重ねても尚異端で異質なこの世界が俺は欲しいのだ。


可能性の探索者にして探究者である俺にしてみれば、ルーレシア世界は是が非でも手中に収めたいモノだ。ルーレシア世界内で生まれたあらゆる存在は、他のどんな世界よりも存在格が高く、それに比例するように可能性の深度も目を見張るものがある。


ルーレシア世界を手に入れた暁には、ルーレシア世界自体を俺の移動宝具化できないか試してみるつもりだ。その際には、間接的にではなく物理的にもルーレシア世界の意思と対面しなければならないだろうが。


考えを変えない限りはいつか訪れるその時に思いを馳せていると、コスモスはふっと微笑した。密かに高めていた魔力を霧散させ、全身の筋肉の緊張を解いて無防備な状態になると、両膝を地について頭を垂れた。


無言でコスモスの後頭部に視線をやると、コスモスは透き通った声音で言う。


「貴方に〝秩序〟を築くという考えがあって安心しました。これで私も思い残す事はありません――如何なる罰則も受けましょう」


「罰則ねェ……」


俺は顎に手を当てて考える。ぶっちゃけ、【暴君の拷問場】を展開する気は失せていた。コスモスにはコスモスなりの戦いがあったみたいだしな。単なる役割的な話を省いても、〝秩序〟が乱れればコスモスの力も削がれるからっつう要素もある。とはいえ、此処で何もせず引き下がるというのは少々格好が付かんな……。


「……ああ、アレがいいな」


考えを巡らせている内に、ふとある事を思い付いた俺は、頭を垂れたまま待っていたコスモスに歩み寄り、膝を曲げて頭の上に片手を置いた。


「――これはとある世界のとある国の話だ。〝秩序〟を司るお前にはいい経験になると思うぜ」


言って、情報をコスモスの脳に流し込む。急激に加算された情報にコスモスは少し声を洩らす。全ての情報をコスモスの脳に刻み終えた俺は、体勢を戻してコスモスに背を向ける。


「これは――」


「じゃあな。次は使いなんて寄越さずお前自身が足を運ぶ事だ。分かったらさっさと自分の神殿に戻っとけ。あのガキ――アルシアが騒ぐぞ」


何か言いかけたコスモスの言葉を遮り、言いたい事だけ言って俺は未練無く歩み去る。


コスモスの物言いたげな視線を背に、俺は理天神域を後に――


「あっ、そうだ。本当に命惜しさだけで引きこもってた腰抜け共は【暴君の拷問場】に掛けていくか」


――後にせず、理天神域のそこかしこを回って気に入らないヤツを片っ端から【暴君の拷問場】に叩き込んでから理天神域を後にする事にした。


チラリと〝視〟えた未来によると、後にこの日は『暴君の惨劇』と語り継がれる事になるそうだ。


俺が襲撃した神殿の空に、見せしめのように展開された【暴君の拷問場】の中から聞こえてくるこの世のモノとは思えない悲鳴を余所に、俺は悠々と次元の壁を斬り裂き現世へと帰還するのであった。





ルーレシア世界 〜ティーン魔法学園・学園長室〜


王都システィーナより北東に上がった位置にあるティーン魔法学園。その学園長室では、三人の男女が顔を付き合わせていた。


教職員でもあり〝覇者〟後継者でもあるその三人とは、無論ロイとクレアとリンスの三人である。三人とも、テーブルに置かれた五枚の紙に視線を落としており、難しい顔をしている。


「これでカリキュラムは完成ですが……どうでしょう」


「物の見事に一年の授業が訓練で埋まってるな。一年で受講可能な普通の授業は数学と国語と現代社会に魔法学と魔法薬学、それに希望者のみの魔法工学だけになったか。

何つうか、壮観だな。シュールすぎる」


「でも、訓練で力の制御を学ばせないと後々面倒な事になるよ? ちょっとした事で騒動になりかねないし……」


「私もそう考えてカリキュラムを組んだのですが……小等部と中等部でどこまで力の制御を学んでくれているかによっては変更が必要ですね」


「だな。その辺りは追々連携していけばいいか」


書類に目を通していたロイはそう呟き、決定を仰ぐようにクレアを見やった。リンスも視線をクレアに向ける。それに対して、クレアは大きく頷いた。


「取り敢えず今はこれで良いでしょう。現時点ではこれが最良のはずです。学園施設の改装が済み次第、学生達に再開の通達をします」


互いに頷き合う三人。と、その時、学園長室の扉がノックされる音がした。気配を読んで扉の前に居る者の正体を理解したクレアは、入ってくるように促す。


「こんばんは。ちょっと話があるんだけど、今いいかしら」


果たして、扉を開けて室内に入ってきたのはシリアだった。長い白髪を揺らし、コツコツと靴音を鳴らして室内を進み、リンスの隣に腰を下ろす。


ソファーの座り心地を確かめるようにシリアが身動ぎしていると、クレアが首を傾げて問い掛けた。


「それで、話とは?」


「それなんだけどね。一つ提案があるのよ」


「提案?」


シリアの言葉を復唱して疑問の声を洩らすクレア。シリアはテーブルの上に置かれた書類に視線を向けた後、クレアの薄赤の瞳を見つめた。


「今回の大陸規模の力関係の崩壊を機に、学園とギルドで連携する気はない? その方が色々と捗ると思うんだけど」


「ギルドと連携ですか? 悪くない提案ですが、他の学園との連携の予定は?」


「別に。向こうから連携の契約を持ち掛けられたら応じるつもりよ。それまでは様子見も兼ねて此処とだけ連携の契約を結ばせて貰うわ」


シリアは辺りを見回すと、棚の方に視線を固定した後クレアを見やる。聡いクレアはすぐにその意図を察し、立ち上がろうとするシリアを手で制して自分が棚の方に向かうと、棚の中からティーポットとカップを四つ取り出して、他の三人に問う。


「紅茶を淹れますが、何か希望はありますか?」


「アールグレイで頼む」


「あ、私はアッサムで」


「ダージリン。無ければ私が創るわ」


それぞれの希望を聞き届けたクレアは苦笑する。


「ちゃんと全部揃えてありますよ。来賓が来た時の為に用意してありましたから。それにしても、見事に好みが分かれましたね……聞いておいて良かったです」


言いつつ、クレアは棚から希望があった茶葉を取り出して一つずつ丁寧に淹れていく。やがて、テーブルの上に四つのティーカップが並んだところでクレアもソファーに腰を下ろした。


「そういえば、ギルドの方こそどんな情勢になってんだ? 今回の大戦でこの大陸に棲んでた魔獣まであいつの臣下になっちまっただろ?」


相当厄介な事になってるんじゃないか、とシリアに流し目をくれながら紅茶を啜るロイ。


「それがそうでもないのよ。あの大戦以降、人と魔獣の間ではいつの間にか法が敷かれてるみたいでね。魔獣は普段通り人や家畜を襲うけど、討伐の為に戦士が差し向けられたりした場合は戦闘の勝敗で何を獲得し、また何を失うのか決めるそうよ」


「うん……? 私にはちょっと解り難いかな。ごめんシリア、例を挙げてみてくれる?」


シリアの言葉を吟味して首を傾げたリンスは、カチャリとティーカップをソーサーに置いてシリアに例え話を求めた。


シリアも悪い顔をせず口を開く。


「そうね……例えば、今ギルド員が魔獣と対峙していたと仮定する。あの大戦以降、どんな低級の魔獣も人語を解するようになっているから、会話が成立するのはおかしくない。

そこで、戦う前に会話があったとする。お互い事情は把握できているだろうしね、その会話で戦闘の勝敗によって何を獲得するのか――勝者の権利が何になるかを決めるのよ。

この前幾つか報告にあった件を引き合いに出せば、ギルド員側が勝利した場合はその場から立ち退くだとか毛皮や肉などの素材を戴いて、魔獣側が勝利した場合には殆どの魔獣が金銭を要求してきたらしいわ。

例を挙げるとこんな感じになるのだけど……これでどう?」


「ん、今度は理解できたよ。いやあ、何も知らない人が聞いたら間違いなく混乱するだろうね!」


明るく笑い飛ばすリンス。実に軽い言い様だが、何も知らないヤツが聞いたら混乱するどころの話ではなかったりする。ギルド員側も魔獣側も不老不死の力を得ているからこその話だ。


ギルド員側はまだ良いのだ。負けたとしても金銭を渡す程度で済むのだから。本当に問題なのは魔獣側で、立ち退きはまだ分かるが負けたら肉体の一部を受け渡すというトンデモな内容である。


「でも、魔獣側はそれでいいのかな」


人と魔獣、両者の間に不和が発生する事に考えが及んだリンスは眉根を寄せて呟く。しかし、その懸念はあっさりと無になる事となった。


「それについては大丈夫みたいよ。むしろ、自然の中で生きてきた魔獣側からしてみれば、肉体の一部を受け渡す事くらいは負ければ当然の事と受け止めているみたいでね。

それに、いざとなれば痛覚を遮断できるから……その辺りについては心配ないわ」


「そう? じゃあ何も言う事は無いかな。ありがとシリア、わざわざ教えてくれて」


気にするな、とシリアは手をヒラヒラさせた。その流れのままにその手を紅茶へと伸ばし、半分程まで飲む。


沈黙が室内を満たす。時折、カチャカチャとティーカップとソーサーが音を立てる程度だ。昼間は学生が学園の敷地内に居る為に遠くから声や物音が聞こえてくるものだが、現在の時刻は二十二時を過ぎている。昼間は学園に居た学生達も各自寮や自宅に帰っているので、遠方からの音も無く本当にシンと静まり返っている。


その沈黙を破ったのはロイだった。


「しかし、意外と変わらないモンなんだな。今回の大戦でこの大陸の住人のステータスは桁外れに高くなっちまったが……生活は至って普通のままだ。正直、ちょっと安心したぜ。

もし生活まで変わってたら――ぜってーどっかで困る事になるだろうしな」


紅茶の水面に映る自身の姿を眺めながら、ロイは感慨深げに呟いた。あの大戦以後、密かに危惧していたルーレシア大陸の住人の生活の大きな乱れは杞憂に終わっていた。ルーレシア大陸の住人は今日もそれぞれの社会の役割を果たしている。何処かで物流が途切れたり作業が滞ったりなど、そういったトラブルは一切見られなかった。


むしろ、一般人の力の水準が馬鹿げて高まった事により、仕事の効率は恐ろしい程に上昇した。今まで十八時くらいまで働いていた者達は、今では最悪でも十五時には仕事を終えているくらいだ。


あらゆる物事の水準が高くなっている。今までとは段違いに。


「その点、幸いだったのは私達のような極一部の存在しか全知全能までは至っていなかった事ですね。そうでなければ、今の社会は崩壊していたでしょう」


そう言いつつも、クレアはテーブルの上に広げられていたカリキュラムが記された書類を整頓し、学園長専用のデスクの引き出しに仕舞い込むと、新たに数枚程の書類を取り出してソファーに戻ってきた。


持ってきた書類をクリップで留め、シリアの前に置く。


「これが契約書になります。まずはシリアの方から契約内容を整えてきてください。その契約内容に応じて、後はこちらで方々に手回ししますから」


「そう。分かったわ、明日には仕上げてくるから。明日は空いてる?」


「明日なら大丈夫です。元々休日でしたからね、念話を戴ければいつでもいいですよ」


クレアに了承の意を返したシリアは、カップの中に残っていた紅茶を全て飲み干すと、テーブルの上からクリップで纏められた書類を取って立ち上がった。


「御馳走様。お先に失礼させて貰うわ」


「では、また明日」


それを最後に、シリアは静かに退室していった。基本的に醒めた性格をしているシリアらしい、颯爽と来たりて颯爽と去るという未練の無い去りっぷりだった。


冷たいとも取れるシリアの態度に、しかし三人は顔を見合わせて苦笑した。ああ見えてシリアもロイとクレアとリンスを友として捉えている事を知っているから。〝覇者〟後継者の中で最も苛烈なのはレオンだが、最も思慮深く仲間の事を考えているのは他ならぬ彼女だ。


シリアはその性格故、あまり友人が多い方ではない。だからこそ、醒めた性格だと知っても友として在ってくれる存在を大切にする。三人はそれをよく理解していた。


「変わらないな、シリアは。学生だった時からずっと」


「貴方も変わっていませんよ、ロイ。シリアと貴方だけじゃない、リンスも私も、あの時とは立場は違えど在り方までは変わっていませんから」


クレアが微笑して言うと、リンスは染々と述べる。


「うん、変わらないね……だけど、随分と遠くまで来たとは思う」


「「「…………」」」


リンスのその一言に、学園長室に再び静寂が訪れる。黙したまま、懐古しているのだ。かつての自分達を。全ての始まりとなった、戦風吹き荒ぶ血色に輝く青春時代を。


ロイは腕を組んで瞑目し。クレアは伏し目がちに視線を下向け。リンスはうっすらと笑みを浮かべて。己の歩んできた歴史を、今此処に振り返った。


あの頃は、まだ〝覇者〟後継者は四人しか出揃っていなかった。


一人目はシリア。今この場に居る三人より三つ程歳上な彼女は、当然の如く新たに入学した三人と入れ換わりになるようにして中等部を卒業していき、それを最後に三人とは縁が薄くなっていた。その時はそう深く知り合っていたワケではなく、三人がまだ小等部の低学年の時に多少面倒を見て貰った程度だった。


その時点では、まだ極普通の大人びた少女でしかなかった。しかし、三人が進学してこの学園で再会したその時には、シリアは既に『氷の覇者』後継者だった。そして、再会したその時にシリアは見抜いたのだ。この三人こそ己の同胞であると。


シリアとの再会こそ激動の時代の幕開けだった。シリアから事情の説明を受けた三人は、半信半疑ながらも己の精神世界へと旅立ち、精神世界に潜伏していた〝覇者〟と交戦。死闘の果てに、瀕死の重傷を負いながらも後継者の契約を勝ち取る。


その後、四人の力が安定してきたのを機にギルド本部の本部長室を襲撃。当時のギルドマスターを暗殺し、ギルド本部の上層部に根回しを済ませてシリアがギルドマスターの座に就任した。


それからというもの、ティーン魔法学園で学生として学園生活を送りつつも、ギルドでは正体を隠して魔族関連の任務を果たす二重生活が続いた。いつ〝闇主側〟が仕掛けてくるかも分からず、一月間何の音沙汰も無かった時もあれば、毎日のように戦いに明け暮れる時もあった。学園を卒業してそんな二重生活から解放されれば、その四年後にはクレアの提案によって今度は教師と〝覇者〟後継者の面で構成された二重生活が新たに始まる。


とはいえ、学生と〝覇者〟後継者で二重生活をこなすよりは遥かにマシだった。普通、逆なのではないかと思うかもしれないが、〝覇者〟関連の事情に精通したクレアが学園長の座に就いている為に教師の方が何かと身軽で、いざという時に動きやすかった。


それから少しして、リンスはふとした切っ掛けで微量に漏れた精神波からカイルが『炎の覇者』後継者である事を知覚し、直ぐ様シリアに報告。カイル本人に自身やロイ達の正体を明かし、カイルを精神世界へと導いた。


それから間も無く、他校――キルシア魔法学園へと来訪していたクレアが、当時キルシア魔法学園の学生だったカレンからカイルよりも更に極僅かに放たれていた〝覇者〟の精神波を知覚。カレンが『光の覇者』後継者だと判明した。


それに続くようにして、現代に甦った七人の〝覇者〟の中で最強にして最凶の戦士である『風の覇者』が覚醒。目撃者であるレイラを通して、その吉報と言うべきか凶報と言うべきか判断に困る情報を掴んだロイとクレアとリンスの働きにより、最後の〝覇者〟後継者――レオンが、現代に再臨した戦乱に参戦した。


それを機に『光の覇者』後継者であるカレンもノーレと契約を交わして戦列に加わり。時には一人で、また時には協力し合って数多の闘争を経た果てに、〝闇主側〟の本格的な進軍開始により先の大戦が勃発。


押し寄せる魔獣と魔族の混成軍、序列持ちの魔族の戦士達の出現――そして、レオンの王威覚醒。極めつけは、レオンの王威覚醒の力の余波を受けて開花した無限の可能性と、レオンとの間に本人達の意思に関係無くいつの間にか結ばれ成立していた臣君の絆。


……こうして思い返してみれば、「遠くまで来た」というレベルの話ではない。そう思った三人は苦笑を交わし合う。


「でもまあ、悪くはないんじゃないか? 只人とは違って俺達には不老不死ってのに禁忌が無えしな」


「そうですね。私もこれはこれで悪くはないと思ってます。正直に言うと、不老不死には以前から興味がありましたから……」


「およ? 意外だねぇ、シリアならともかくクレアが不老不死に興味を示すなんて。まあ、私も不老不死になった事に後悔はしてないけどねー。

それでそれで? 何で興味があったの? クレアの事だから、それ相応の理由があったんじゃない?」


悪くない、と感想を述べるロイに同意するクレア。リンスはクレアが何故不老不死に興味があったのか疑問に思い問いを投げ掛けた。


すると、返ってきたのは気恥ずかしそうな笑み。白い頬をほんのりと朱に染めたクレアは、


「それは、その……浅ましい事ですけど、好きなひとには綺麗な姿だけを見ていて貰いたいでしょう。それに――「寿命だから仕方ない」とか「別れがあるからこその人生」だとか、どれだけ自分に言い訳をしようとも、一度惹かれ合って結ばれたからにはやっぱり別れるのは嫌じゃないですか」


それが死別なら尚更――と、クレアは続けた。


「そ、そうだね……」


軽い気持ちで口にした問いに対して予想以上に重い答えが返ってきて、リンスは笑みを引き攣らせた。これは、以後軽い気持ちでクレアにこういう質問をしないように気を付けなければ――そう自戒するリンスだが、歴史は何故か繰り返すのである。


「……それにしても、お熱いねぇクレア! ロイもこんなに想われて悪い気はしないんじゃない?」


何となく重い雰囲気の漂う場を打ち破るように、リンスは敢えて明るい声音でロイとクレアを囃し立てる。しかし、この場合それは悪手だった。


「あ、ああ……何だかな、こう……胸が熱くなってくるな。隣に居てくれるだけでも胸に温かいモノを感じるんだが、こうして面と向かって言ってくれると、その熱が温かさを増して全身に広がっていくような、そんな感じがするんだ」


「えっ」


「私もです。ロイがその、私が隣に居てくれるだけでも胸に温かいモノを感じるように、私もロイと一緒に居ると胸が温かくなりますから。

特に、昨日の夜のように肌を重ねている時など……全身を包み込んでくれるような温かさが……」


「いや……ちょっ」


「クレアこそ包容力があるというか……肌を重ねている時も、昂りとは別に心が安らぐというか……」


「ロイ……」


「クレア……」


熱い視線を絡め合う二人。


「…………」


この瞬間、リンスは己の失策を悟った。


今までのロイとクレアならば、顔を赤くして慌てていただろうが――結ばれたのを機に色々と吹っ切れていたらしい。冗談だろうが心からの言葉だろうが、二人にとっては純粋に胸を熱くさせるものだったようだ。


瞬く間に学園長室に展開される二人の世界。熱い、煮え滾るマグマの如く熱い。リンスの目には、二人から目が痛くなる程の桃色のオーラが放出されているようにすら見えた。


固有結界『桃色の愛欲楽園ピンク・ラブ・エデン』。最近、とみに知覚できるようになった忌々しい領域である。


例えば……リンスが拠点としている屋敷へと帰ってきた時の事だ。自室の整理をしていた時、たまたま図書保管庫から持ってきたままだった本を見つけて、図書保管庫に戻しに行くと――。


『――へぇ。この世界には七つの大陸があるんですね。魔界は大陸の分化が起こらずに惑星が発展してきたので、大陸は一つしかないんですよ』


『そうなのか? そういや、いつかにレオンがそんな話をしていたな。となると、一つの種族が治める領地とかも相当広いんだろうな……』


『はい。全世界全次元全時空規模で見てみても、一つの種族が治める領地としてはかなり広大な方です』


『ふーむ。それを聞くと、遥か太古の時代に魔界全土を支配したっつうリリスさんって凄いよな。昔は現代いまよりも戦闘能力の水準が高かったんだろ?』


『それはもう恐ろしい程に。魔界の学者によると、現代の魔族と古代の魔族では、古代の魔族の方が現代の魔族の二三倍は強大だったそうですから。

まあ、ウチの隊長とかの一部の上位魔族やヴィンセントさんのような序列持ちの方々はその限りではありませんが……古代の魔族の中には、魔法はおろか魔力すら使わずに純粋な身体能力のみで、指先一つで大陸の一部を崩壊させたり、一度魔法を放てば天地の狭間を破壊し尽くしたりした方もいらっしゃったそうですよ。

その戦士の名前は確か、あ、あ……えーっと、そう……〝アディシァルアルル=スティア=リ=ジルティナ〟と言いましたか。噂によると、未だご存命だとか』


『そりゃおっかねえ。こないだの大戦よりも前の俺だったら殺されるんじゃないか?』


『……どうでしょう。それは分かりませんが――〝アディシァルアルル=スティア=リ=ジルティナ〟……そういえば、つい最近何処かでこの名前を見たような……』


『言われてみれば、俺も――ああ、そうだ! つい先刻見たばっかじゃん。ほら、レオンの屋敷で――』


『だとすると、あのアデルと名乗っていた方は……なるほど、つまりそういう事ですか』


『そういう事だろ。ったく、レオンのヤツが羨ましいぜ。あんな強くて綺麗な美女にまで好かれてるなんてな』


『おや、私では不満でしたか?』


『そんなワケない! ただちょっと男としては羨ましいなーと思っただけで、俺にはルナが一番だ』


『ふふっ。そうですか、それは嬉しいですね。……今夜も楽しみにしていますよ?』


『あ、ああ。ままま任せとけって、今度はちゃんと――』


アハハハハハ、ウフフフフフ。


…………。


――このように。最近、本ッ当にとみに知覚できるようになってしまっているのだ。独り身の者に問答無用で即死級の精神ダメージを与える、あの伝説の固有結界が。


それが正に今、この場に展開されている。正直、色恋の対象が居ない寂しいお一人様であるリンスにはモノ凄まじく居難い空間である。目の前でイチャつく二人の姿を見ていると、胸の内に寒風と空虚が広がっていくようで――。


「――水天よ、今こそ水理頂点たる我が力に応えよ! 願わくば、涯てなる瀑布の水圧をも超える力を此処へ。来たりて圧せよ、【フルリティ・アムテ・シュテリオン】!!」


「「!?」」


――この夜、ティーン魔法学園の学園長室を爆心地に、クレアの結界で防護されていたはずの校舎が謎の水流により倒壊したという。





システィール王城 最上階・執務室


「王よ、今後の関税についての書類は完成しておりますかな?」


「ちょっと待て、関税については帝国や商業国家スティラとの間に締結されている条約の書類も確認がいるだろう。王よ、まずはそちらから――」


「む、待たれよ。その前に以前送られてきた各領主達からの納税の書類の方を――」


「ええい、退け貴様ら! 王よ、そんな事よりも軍事の予算書の方が――」


「黙れ脳筋めが! 王よ、変更の余地があるとされた法律に関する書類を先に……ッ!」


「そぉぉの前に、新たに交易したいと申し出てきたグラーヴィア王国との貿易の書類が先だろうが! 王よ、こちらこそ先に……!」


「ズゥイ゛ェアアアアアアアアアッ、取り敢えず落ち着け貴様ら! 俺は一人しか居ないんだよ、それを考えてくれ!」


同時刻、システィール王国の王城の最上階に位置する執務室では。


システィール王国を治める若き王、ケイトが書類の処理に追われていた。


此度の大戦により、大小様々な問題が噴出したからだ。比較的小さな案件についてはセナリアに請け負って貰っているが、それでも仕事量はあまり変化していなかったりする。


此度の大戦で可能性の開花さえ起きていなければ、とケイトは呻く。関税がどうだのについては別に迷うような事でもないのだが、軍事に回す予算と法律については少々ワケが違う。


まず軍事。あの大戦以来、ルーレシア大陸全土でパワーバランスが崩壊してしまった為、軍事に回す予算を減らすべきか現状を維持すべきかの採決で、ハーディとイリアの間で論争が続いている。それも、両者の言い分が財政と軍事の分野の宰相の立場に相応しく十分に理に叶っているだけに、ケイトとしても判断に困る。今この執務室にある軍事関係の書類は、殆どがそれについての内容だ。ちなみに、提出者はハーディとイリアだ。無論、イリアが現状維持派の意見で、ハーディが予算削減派の意見である。……仮にも国王に提出する書類で文の喧嘩をされても、どう反応すればいいのか対応に困るんだがなと、ケイトは思う。


次に法律。これについては軍事以上に書類処理が滞っている。元より法律とはそう簡単に改変したりするものではなく、改変が決定したとしてもそれはそれで忙しくなるのだが――それを踏まえた上でも、今回はワケが違う。

改変が必要とされている法律は幾つかあるのだが、その中でもとある系列の法律にマーナとケイトは頭を悩ませていた。


その法律とは、傷害や殺人といった国を構成する法律の中でも最も重要な法と言っても過言ではない、傷害罪や殺人罪といった主に暴力関係の法律。


あの大戦以降、その辺りの境界が非常に曖昧な状況が続いていた。即ち、日常と暴力の境界線である。レオンの臣下となった事で、不老不死になってしまったルーレシア大陸の住人達の中で、今正に暴力を忌避する精神が失われつつある。


早い話が、『殺しちゃってもいいよな? どうせ死なないんだし』『このくらいの私闘は許されるよな。どうせ死なないんだし』『法律なんて怖くねぇし。どうせ死なないんだし』状態である。今はまだ、これまでの平和な日常生活の記憶と感覚が暴力に対する抑止力となっているが、このままでは一年もしない内にシスティール王国は、いやルーレシア大陸は暴力の蔓延る大陸へと変貌する。


国を治める者として、可能な限りそれは避けたい。もしそうなってしまったとしても、悪手ではあるが対処法はある。大陸に蔓延る暴力を更に超えた暴力を以て制するという方法だ。しかし、生憎ケイトには『恐怖政治テロス』を敷いて喜ぶ趣向は無い。


故に、何が何でもシスティール王国が、延いてはルーレシア大陸が暴力に染まるなどという事があってはならない。何とかせねば、とマーナと二人して思考を巡らす毎日である。


関税など、比較的早く作業が進む関連の書類から、他国から送られてきた条約の書類を確認しながら手早く片付けていく。一応ケイトも全次元全知全能まで到達しているので、全知全能能力を使用しても問題ないところは全知全能能力でさっさと片付けてしまう。ケイトは、どこぞの愉悦主義王者達とは違うのだ。全知全能能力を使える時には使う。まあ、それもあくまで今のように作業が馬鹿げて多い時のみで、普通程度の書類処理などの場合はケイトも基本的には使用しない。


「今日こそは、今日こそは睡眠を摂ってみせるッ。絶対にだ……」


呟きながら、額に汗を浮かべてペンを持つ手を高速で駆動させる事二時間。漸く、ケイトは地獄(書類処理)からの帰還を果たす事となった。


「ど、どうだ……見たか、俺の力を……ッ」


執務室の扉を開け、ケイトはフラフラと廊下に出る。肉体的な疲労は皆無だが、精神的な疲労は確実に蓄積していた。こういう時、精神的な疲労も無ければいいんだがな――ケイトはそう切に思った。


既に武官や文官達は全員就寝の為に別棟の自室に戻っており、ケイトが最後だ。「国王が働いているのに先に寝にいくとは何事だ」などとブツブツやりながらも、執務室の魔法錠を確りと締めたのを確認してから廊下を歩き出す。


廊下に射し込む月明かりに、ふと視線を窓の方へ――窓と言っても、ガラスも窓枠も無いので、窓と言うよりは只の長方形の穴である。しかし、王城全域に展開されている結界の恩恵で雨が振り込んだり侵入者が入ってくる心配はない――向けると、王都の北区の夜景が視界に飛び込んできた。


現在の時刻は零時を少し過ぎたところ。こんな深夜になっても、王都からは生活の光は失われてはおらず、流石に昼間程ではないが夜勤の者や友人と夜遊びを楽しむ者達で人通りもそこそこある。これは何処の国の王都にも見られる光景で、何ら不思議な事ではない。むしろ、王都はこうでなくてはならないとさえ言う者の方が遥かに多い。夜こそが稼ぎ時だと張り切っている商売人も少なくないのだ。


「…………」


自室へと急ぐ足を止めたケイトは、吸い寄せられるようにして窓際へと横向きにもたれ掛かった。窓際の縁に右腕を乗せ、だらりとリラックスした体勢になる。


眼下に広がる夜景を眺め、ぽつりと独りごちた。


「やっぱ、王都ってのはこうでないとな」


変わってしまったルーレシア大陸の住人達に適応する法律を考えねば、この光景はまず間違いなく失われる。そしてその為には、法律を遵守すべき法として機能させる為の抑止力――軍事力が必要不可欠だ。ただ法を定めるだけでは、民はそれに応えはしない。


「……やるしか、ねえかなぁ」


――この案件について、ケイトは既に一つの答えを出していた。この案ならば、ある程度は法律を遵守すべき法として機能させる事が出来るとケイトは確信している。だが、この案を採用する場合――イリアかマーナのどちらかに手を汚して貰わなければならない。


それだけではなく――


「話の流れ次第では、レオンと敵対せねばなるまい」


彼の〝王〟の可能性に対する執着には寒気を覚えるものがある。その執着を断絶する事が出来るのは、レオンが己と対を成す〝王妃〟として認めている七人の美女のみ。それを踏まえた上で、己の脳が叩き出した草案を吟味してみると――どうしようもなく争いの卦を禁じ得ない。


下手をすると、更に悪い方向にルーレシア大陸が変貌してしまうかもしれない。レオンならやりかねない……アレは危険な男なのだから。


――覚悟を決めておく必要があるな。自らの内で前向きに結論付けたケイトは、吐息を吐きながら瞳を閉じ。


「――どうした? 浮かねェ面なんかして」


「――ッ!?」


背後からの疑問の声。気配すら感じさせずに背中を盗られた事を理解した瞬間、ケイトは己の魔武器である剣を召喚。抜剣しながら左回転し、背後の敵に剣を叩きつけていた。


光速の数万倍の速度で振るわれた、刀身から金色の粒子を煌めかせる黄金の刃は、振り抜かれる事なく途中でピタリと止められる。さっと視線を走らせてみれば、白魚のようなたおやかな指が黄金の剣の剣腹を上下から添えるようにして掴んでいた。


片手白刃取り。押しても引いてもびくともしない。深窓の令嬢が如きたおやかな繊手にその達人の技を成された事に驚くよりも早く、戦士としての反射に従い肉体が動いていた。


片手白刃取りを成された黄金の剣の柄から左手を離し、軸足となっていた右脚をぐっと伸ばして、右の拳を侵入者に向かって打ち込んだ。が、侵入者は空いていた左手をケイトの拳の軌道上に動かし、これも容易く防いでみせた。


只人がそれを成そうとしたのならば、間違いなく存在格ごと殴り砕かれていただろう。戦闘系の可能性に目覚めた強者であったとしても、身を以て防ごうものなら半身を消し飛ばす程の威力があった。そんな拳打を侵入者は内外共に傷一つ負う事なく防ぎ切ってみせた。先程の片手白刃取りといい、尋常ではない筋力と耐久力である。


しかしケイトもこれだけで終わったりはしない。打ち込んだ右の拳を引こうとしたが、侵入者の身体はがっちりと拳を掴んだまま深く根付いた大木の如く微動だにしない。逆にそれを利用したケイトは、拳を引く動作で己の肉体をぐんっと前方向に加速させ、左の拳を侵入者の鳩尾を下から斜め上へと抉るような軌道で打つ。


それに対して、侵入者はとんでもない柔剛一体の身体捌きを見せてくれた。なんと、ケイトのアッパー気味の一撃がその身に纏う黒衣越しに腹部に触れるのと全く同時に、両足に踏ん張りを利かせて自発的に仰け反り始めたのだ。そのままケイトの拳の力も完全に利用し尽くし、拳の進行速度と同等の速度で仰け反っていき――終には侵入者の身体は手の支えの無いブリッジに近い体勢にまでなる。


未だに侵入者はケイトの右の拳を解放していなかった為、侵入者の回避動作に連動してケイトの体勢が前傾する。そして、ケイトが侵入者を上から覗き込む形になった。


視界に映ったのは、カラスの濡れ羽のような漆黒の艶やかな長髪に、鮮血よりも尚鮮やかな鮮烈なる真紅の瞳。


筆舌し難い程の女性の美貌をうっすらと不敵な笑みに染め上げるその男を、ケイトはよく知っていた。


「レオン……!」


「少し興じるかァ、ケイト」


耳朶を打つ愉しそうな声。直後、レオンの細脚が物凄い勢いで跳ね上がりケイトの股間に襲い掛かった。


堪らずケイトは身を捻ってレオンの蹴り脚を避ける。ケイトも戦士だ、金的を狙われた事に対しては別にとやかく言うつもりは無い。弱点攻撃は戦闘の基本、その者が真に戦場を知る戦士であらば誰もが一度は通る道であり、それからも必要、もしくは隙あらば行動に移して普通の事なのだから。


ただ、そうと理解していても、実際にやられる側になってみれば――


「男の金的は狙うなよ、男だったらその痛みの程が分かるだろ!?」


「だからこそ、だ。それに、その言い方だと相手が女なら蹴られても良いと聞こえるぞっ」


反射的に悪態を吐いたケイトに、最早聞き慣れた中性的な声が返してくる。途端、視界が回った。腹部に伝わってくる感触から、レオンがもう片方の足で床を力強く蹴りつけ、その脚を自分の腹部に引っ掛けあの無理な体勢から横回転したのだと遅れ馳せながら理解した。


轟音と共に前面から床に叩きつけられ、衝撃が全身を突き抜ける。本来ならば床を崩壊させて下の階へと墜落するはずだったが、レオンの超絶の技巧がそうはさせずケイトの肉体に力を集中させていた。単一世界と同等の強度を持つケイトの肉体が悲鳴を上げ、堅牢な骨にビシッと罅割れが生じたのをケイトは爆発的な苦痛と共に自覚する。


だが、ケイトは震える左手に鞭打ち、レオンが脚を引く前に素早く黒いズボンに包まれた脹ら脛をギリッと力強く掴んでいた。同時に、ケイトは叩きつけられた時の俯せの体勢から膝立ちの体勢になり、眉根を寄せたレオンの腰に右腕を回し、全身全霊を込めて両腕を前方向へと引き絞った。


バキッという小気味の良い音が廊下に響き渡り、レオンは呻き声を洩らす。ケイトがレオンの脚の骨を折ったのだ。どうやら、今の彼は存在格の階梯を格落ちさせた状態だったらしい。そうでなければ、ケイトはレオンの脚の骨を折るなどという事は出来なかった。


思わずニヤリとするケイトだったが、反撃はそこまでだった。へし折れた左脚を骨ではなく筋肉を支えにして無理矢理動かしたレオンは、ケイトの腹部にへし折れた左脚を絡めて勢いよく上半身をケイトの前へ滑り込ませたのだ。


ケイトとレオンをポールと踊り子で考えれば、踊り子がポールに肢体を絡めるような体勢に近い。が、勿論二人の間にそんな甘ったるい雰囲気はなく、文字通り目と鼻の先でレオンの美貌が邪悪に笑んでいるのを見て、ケイトは笑みを引き攣らせた。


――やってくれたな。レオンの唇が素早くそう動いたかと思うと、再び視界が回った。レオンがケイトの胴体を左脚で抱えたまま、後方宙返りをしたのだ。半回転程したところでケイトの胴体から左脚が外され、右脇を舐めるように伝った爪先がケイトの鳩尾に移動する。それにより、先の展開が予想出来てしまったケイトは必死に身体を動かそうとしたが、先程叩きつけられた時のダメージが存外大きかったらしく打点をズラす事すら儘ならない。せめて防御だけでもと、ケイトは鳩尾付近の肉体強度を重点的に高める。


直後、先程を越える衝撃がケイトを襲った。鳩尾にレオンの爪先が深々と食い込み、がふっと口元に鮮血を散らせたケイトは歯を食い縛って苦痛を堪えながらも体勢を立て直そうとして――首筋に添えられたレオンの手刀に気付く。


「……ここまでか」


「ああ。だが、なかなか良い動きだったぞ。まさか脚の骨をへし折られるとは思ってなかった……さてはお前、俺が脚を掛けた時点で始めから一撃貰うつもりで覚悟を決めてたンじゃねェか?」


ケイトから離れ、既に再生済みの左脚を抱えて廊下の壁に背を預けて座り込んだレオンが言う。ケイトは治癒魔法の魔力を全身に行き渡らせながらそれに答えた。


「まあ、な……避ける事ができたら良かったんだが、どうにも間に合いそうになかったから仕方なく。いってて、こりゃまた派手にやってくれたなぁ」


ケイトは大きくため息を吐き、治癒が終わったのを見計らって一息に立ち上がった。王族専用の礼服に付いた汚れを手で軽く払って落とす。


「……で、何でお前が此処に居るんだ? コールからはお前が神界征服に乗り出したって聞いたんだが」


コールとはケイトと使い魔の契約を結んでいる光属性の属性神の事だ。あの時はまだ昼時だったか、コールから念話で神界に侵攻してきた者が居ると聞いて誰何の念を返してみれば、その侵略者というのがレオンだったりして、「あいつはまた何をやってんだ」と脱力したものである。


それ以降、何の音沙汰も無かったので神界がどうなったのかは不明だが、今この場にレオンが居るという事は……つまり、そういう事なのだろう。


「神界なら既に手中に収めたさ。その後帰還場所を王都に定めて戻って来たら、お前が浮かねェ面してンのが見えてなァ。それが妙に気になったもんで、直接こっちまで来た次第だ」


果たして、レオンは軽い声音でケイトの予想を肯定してくれた。なんて事なさそうな物言いだが、それはレオンの感性がおかしいからである。ケイトは神界に住む者達の実力を熟知していた。少なくとも、こんな簡単に肯定するようなレベルの話ではないはずだ。


「お前は……いや、もういい。何を言っても無駄か」


「はっはっは。何か言ってこの俺を止められるヤツなんて、今のところ我が妃たるあの八人しか居ねェよ」


「何気に多いような気が……ん? 八人……?」


――いつの間にか二人増えてる。どうやらまた手を出したらしい。節操が無さすぎる。いつか殺されるんじゃないだろうか。


そんな事を考えていると、レオンが不思議そうに首を傾げた。


「しかし、一体何に悩んでンだ。サイスからは統治についてはこれまで通り自治するっつう形で解決したって聞いてるぜ?」


「……ああ、統治の形式についてはな。問題なのは政だよ」


「政……なるほど、話が読めてきたぞ」


ケイトの言葉に、レオンは漸く得心がいったのか一つ頷く。次いでケイトの顔をじっと見つめてきた。


その真紅の瞳からは、先程までの戦士としての暗い喜悦は既に失せていた。今はただ、意思の強そうな透き通った光を宿すのみだ。全てを見透かされているような気が――いや、実際に見透かしているのだろうレオンの真紅の瞳に、ケイトは落ち着きを乱されて少し身動ぎした。そこでやっとレオンが口を開く。


「お前の好きにするといい」


「――――」


何を、とはケイトは訊かなかった。


代わりに、目を細めてレオンを見つめ返す。


「……いいのか? 俺が成そうとしている事は、間違いなくお前の覇道と衝突するぞ?」


「構わねェ。それがお前の在り方であり、決断だと言うのなら逆に応援してやるよ。その上でお前の往く道と俺の覇道がぶつかるってンなら、それはそれで愉しみなンだよ俺は。

この俺に対してお前が何処まで食い付いてくるか……想像しただけで血が滾ってくるわァッ!」


唇の端にニヤッと不敵な笑みを刻み、痩身から世界空間に歪みを齎す程の力の波動が溢れ出す。もし存在格を本来の階梯に戻していたら、世界空間ごと王城が消し飛んでいたかもしれない。


その事実にヒヤヒヤしつつも、ケイトも可能な限り不敵な笑みを浮かべてみせた。皮肉げに言ってやる。


「食い付いてくるかってぇと、自分が負ける可能性は考えてないんだな」


「ハッ。当たり前だ、如何な大敵であろうとこの俺が敗北を喫する事は非ず。俺と対等足り得るのは現時点ではファランと『闇の覇者』の二人のみ。

お前も確かに強いが、対等じゃねェ。この際だから断言してやる、俺は絶対的にお前を下に見ていると。それが嫌なら強くなれ」


「……言うじゃないか、十六かそこらのガキが」


流石にこれには頭に来たケイトは、純粋な怒りを露にレオンを睨んだ。しかしレオンは何処吹く風といった様子で立ち上がり、壁に空いている長方形の穴にひょいと飛び乗った。


「まあそういう事だ。お前が確かな意思を以て往く王道なら、俺ァ応援してるぜ。だから、迷ってンならまず先に進んでみな。それから少しずつ足場を固めていけばいい。

――邪魔したな。こいつァ詫びだ」


蒼銀のオーラを纏った左手をこちらに向けて何らかの力をケイトに働かせた後、レオンは重力を感じさせない軽やかな挙動で長方形の穴から飛び降りていった。この高さから飛び降りてもレオンには何の問題も無い事はケイトも把握しているが、それでも何となく壁の枠から身を乗り出して下方を見てみれば、レオンは着地の際の衝撃を両脚のバネを利かせて完全に吸収し尽くし、羽毛のように柔らかく降り立ったところだった。


王城の最上階である此処から地面までは三百メートル程距離があり、そんな所から飛び降りれば肉体強度に問題が無くとも着地点辺りの石畳にクレーターを作りそうなものだが、レオンはその限りではないようだ。


相変わらず、妙な所で技巧を凝らす――。そう思いつつ壁の枠から身体を離したケイトは、ふと精神的な気だるさが消えている事に気付いた。肉体も先程までと比べると好調になっているような気が……。


「詫びってのはこれの事か」


気の所為ではなく本当に心身共に好調になっている事を理解したケイトは、ふっと微笑した。


視線を壁の枠から見える夜空に移し、心中で呟く。


――これは、睡眠を摂る必要はなくなってしまったな。


今日こそは睡眠を摂るつもりだったが、こうなってしまえばもう睡眠を摂る意味は無い。ならば、余裕のある内に書類処理を進めてしまうべきだ。


全く、良い意味で思わぬ伏兵が居たものだ――ケイトは来た道を引き返すと、再び執務室に入室するのであった。





ルーレシア世界 覇者の屋敷


ロレスの森の深部に鎮座する自分の屋敷に帰ってきた俺は、夜警をしていた魔族の戦士達の視線を感じながら屋敷の門を潜り、両開きの扉を開けてエントランスに入った。


「帰ったか、主よ」


頭上から投げ掛けられた言葉についっと視線を上向けると、エントランス三階の手摺に身を乗り出すようにして肘をついてこちらを見下ろす金髪碧眼の美女の姿があった。


「ノヴァか。ただいま、帰るのが遅くなっちまったようで悪ィな。その様子だとずっと待っててくれたんだろ?」


「気にする必要は無いぞ。私が好きで待っていたのだからな」


言って、ノヴァは三階の手摺に片手を置いて軽く跳躍し、長い金髪を揺らしてひらりと俺の眼前に降り立った。


いつも通りの、肌の露出の無い色気皆無の白いローブ姿だ。だが、プロポーション抜群のノヴァが着ると、色気皆無の白いローブであろうともくっきりと浮き出た女性らしいボディラインが不思議と男の情欲を掻き立てる。


「神界征服は終わったようだな。どうであった、神界の戦士達は」


「少なくとも、八天神域と種天神域に於いて俺との戦争に参戦してた連中はどいつもこいつも粒揃いだ。なかなかの可能性の持ち主達だったな。

心天神域ではルディアとミカエルの二人としか戦ってねェから何とも言い難いが、やっぱりルディアもミカエルも最高峰の戦士だったよ。

理天神域は――一部を除いて屑ばかりだったなァ。腹が立ったんで【暴君の拷問場】に掛けてきた」


俺が神界での戦いを思い出しながら語ると、ノヴァは額に手を当てて盛大にため息を吐いた。


「心天神域の戦士達が何故戦わなかったのかは理解できる……しかし、理天神域の戦士達は――ふぅ。確かに私は創始の空間より出でて直接指導したワケではないが、遥か太古の神代にて超至高神として全神域を統べていた者としては、かつての版図が堕落しているのは情けない限りだ」


満面の渋面で美貌を曇らせるノヴァ。肩を落として、本当に落胆している。どうやら理天神域の戦士達も昔は勇猛だったらしい。昔を知る者としては、確かに現状は見ていられない程に酷いものだろう。


まあ、昔は神族も人間みたいに同族同士で戦争したり何なりしていたようだしな。魔界で言う乱世期のようなリリスとアデルが戦場を駆けていた時代と同様の世界情勢だったらしく、その時と比べて平和な時代と言ってもいい現代で、神族の戦士としての在り方や戦闘能力の水準が低下するのは当然の事かもしれない。


まあ、その辺りについては今後に期待させて貰うとしよう。幸い、可能性が丸潰れになっているヤツはあまり居なかったしな。今からでも成長の余地はまだまだある。


いっそ定期的に俺が戦争を仕掛けてやろうかなどと悪知恵を働かせていると、ノヴァに動きがあった。


「主の事だ、下らない理由で戦いから逃げ出した者には鉄槌を下して来たのだろう? それならまあ……今回の事を教訓に成長してくれれば良いとしよう。

それはそうとして主よ、一つ提案があるのだが」


「提案?」


一体どんな提案かと俺が興味を示すと、


「どうだ主、ここは一つ私と戦ってみないか? 神界の戦士達だけでは不完全燃焼だったであろう。私ならそれを解消してやれるぞ」


「ノヴァとか? いやまあ確かに、ノヴァが相手なら相手に取って不足は無ェンだけどさ――」


思わぬ申し出に俺が戸惑っていると、そんな俺の様子を見ていたノヴァが禁断の言葉を紡いだ。


「ふん? 何だやめてしまうのか主。戦いから逃げるのか? 理天神域の戦士達のように。まあ仕方ないか、主はこれまで一度も私に勝てた試しが無いのだからな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

可能性を開花させた今ならどうかと考えておったのだが、この調子では結果は不変……ッ」


そのままの調子で続けようとしていたノヴァの言葉が不自然に途切れる。俺の放つ猛々しい――いや、禍々しい力の波動を感じたからだろう。


「ほぉ……よりにもよってその台詞をノヴァが、恐らく最も俺と共に戦場を駆けていたお前が俺に吐くのかァァァァァ……――気でも違えたかァ?」


「くははははははははっ。至って正気だとも、主よッ! 無論私も、主が敗北を怖れて私との戦いを避けようとしているなどとは露程にも思っておらん。

むしろ逆だろうな、主は。――己が敗北する可能性がある相手程、嬉々として戦いを挑む馬鹿者こそが主だ。ならば何故挑発的な言葉を口にしたのか……主なら理解してくれるだろう?」


先程とは打って変わって、今度は嫌味の無い純粋な笑顔をノヴァは見せた。それを見た俺の内から急速に怒りが消えていき、その代わりに喜悦と言ってもいい感情が湧き上がってくる。


「なるほど、要らねェ遠慮は捨てて全力で戦えと。――いいだろう」


存在格の階梯を本来の階梯に戻し、口角を吊り上げてノヴァを見据える。今、ノヴァも格落ちさせていた存在格の階梯を元に戻した。俺は蒼銀のオーラを、ノヴァは黄金のオーラを総身から立ち上らせる。


俺とノヴァは物も言わずに屋敷の庭へと出て、石畳を蹴りつけて光速の数千京倍の速度域へと加速。瞬時に大気圏を突破して宇宙空間へと飛翔した。


覚醒前でも惑星上では戦場としては狭かったのだ。覚醒した今の俺達の戦闘能力を鑑みるに、惑星上ではもう思うがままに力を奮えない。ルーレシア世界が更なる進化を遂げるその時までは。


ドンッと宇宙空間を蹴りつけると、その衝撃波で遠方の星々が脆い岩の如く砕け散っていく。最早見慣れた光景だ。しかし、本当に中心点となっているあの惑星だけは不自然に強度が高いな。俺とノヴァが飛翔の為に蹴りつけても破砕しないとは……いや、正確には特別強度が高いのは中心点となっている惑星だけじゃない。あの惑星が在る銀河全域の強度が異常に高い。まるであの惑星が在る宙域こそがルーレシア世界で最も危険な領域であると、ルーレシア世界側が認識してルーレシア世界の意思が働き、意図的に強度を高めているかのような。


まあ、「ような」ではなく実際にそうなんだろうが。


現在の惑星の自転の状況から、今回は九鬼王との闘争の場となった宙域とは別の外宇宙を目指す事となる。星間距離は瞬く間に縮まり、刹那の間に無数の星々を通り過ぎていく。それから更に少し経過してそろそろ目的の宙域に到達するかに思えた頃、俺とノヴァから見て右側面の方向から太陽よりも一回り程大きい彗星がこちらに迫っている事に気付いた。


このままだと直撃を受ける軌道だな。どうやら太古の昔に特殊な力場と化した何処か遠くの宙域で生じた彗星らしく、たかが彗星でありながら単一世界全知全能クラスのエネルギー総量を有している。それでも別に直撃しても俺とノヴァなら問題ないんだが、邪魔だし破壊しとくか。そう考えた俺が行動に移すよりも早く、ノヴァが動いていた。


鬱陶しそうに巨大彗星の方を見やったノヴァが視線のみで巨大彗星を無に還したのだ。魔眼だとかそんな能力は一切使用せず、本当にただ一瞥しただけだ。


ノヴァの力量を考えれば、特に不思議な事ではない。むしろあのくらいできて当然といった感じだが――ノヴァが巨大彗星に視線を向けたあの瞬間、俺は言い知れない違和感を感じていた。


「今のは……?」


九鬼王との戦闘中に知覚したノヴァの力の波動とは比べ物にならない。あの時の数京倍……下手をするとそれ以上の力の波動を感じた。


もしやと思いノヴァに知覚を向けようとした俺だったが、その時には既に目的の宙域へと到達していた。


「到着だ。此処まで離れれば私達が力を奮っても問題あるまい」


移動をやめて通常の速度域に戻ったノヴァがこちらを振り返った。それを見て俺も通常の速度域に戻り、その場に静止してノヴァと対峙した。


この一帯の宙域は先程の巨大彗星の発生点となった力場とはまた違った特殊な力場らしく、そこらじゅうにブラックホールや無形のエネルギーの塊が点在している。辺りを満たす存在概念に虚無の色が濃い事から、何億年かしたら新たなる銀河がこの宙域に生まれるのかもしれない。


尤も、それも俺とノヴァの戦いによって無駄になる可能性が高い。何せ、俺達クラスの戦士になると宇宙空間ごと踏み砕いたり消し飛ばしたりする事が多いからな。俺とノヴァがその辺りの事まで考えて戦えば話は別だが、生憎と俺もノヴァもそこまで気に掛けるつもりは無い。


俺とノヴァが発する闘気が宙域一帯を制圧し尽くし、ルーレシア世界の意思によりある種の異界が構築される。


「さて……ではゆくぞ、主よ。全身全霊を以て心の赴くままに戦おうぞ!」


その言葉を最後に。対面の宇宙空間に滞在するノヴァが両手に光剣を生じさせ――宇宙空間を蹴り砕き突貫してきた。


それと同時に俺は確信する。迫り来るノヴァの速度域は光速の数垓倍――本気になった俺と同等の速度域。そもそも単一世界全知全能以上にまで至れば無限速まで加速する事も可能だが、それをしないのはその速度が現時点では扱い切れない、適していない速度だからだ。最悪、死に至る可能性も少なくない。それが戦闘中なら尚更だ。


故に、無理に無限速に至るような事はしない。却って弱体化する事になるからだ。肉体を駆動させる際の感覚のズレ、思考速度と速度域の食い違い、時系列の認識ミス、技巧の乱れなど――デメリットを挙げ始めればキリがない。


それを踏まえた上で今のノヴァを見るとどうか。肉体的にも精神的にも知覚的にも、全く以て乱れは見られなかった。九鬼王との決戦の時には臣下達共々俺が加護を施していた為、光速の数垓倍の速度域にも適性があったが、今の俺はノヴァに戦闘系の加護は施していない。つまり、以前までのノヴァが最良の状態で戦おうとするのなら光速の数千京倍の速度域に在るのがベストのはずなのだ。


しかしノヴァは光速の数垓倍の速度域に突入し、尚且つその速度域に適性を得ている。ここまで解ればもう答えに困る事は無い。


「そうか……ノヴァも外世界全知全能に至っていたのかっ。俺と同等の領域にまで己を高めていたかッ!」


「そんなところだ。こうしている今も果て無き高みへと至っているのは何も主だけではない……私達も成長しているのだ。気を付けよ、今の私は彼の九鬼王よりも遥かに強いぞっ」


ノヴァは俺を間合いに捉えるなり、下段からXを描くようにして光剣を振るってきた。その剣速は光速の十数垓倍にまで至っており、威力も安定性も九鬼王に勝るとも劣らない。ただし、巧さに関してはノヴァの方が九鬼王よりも数段上のようで、確かにノヴァは九鬼王を超える戦士となっていた。


地を這うような姿勢になってノヴァの斬撃を躱した俺は、体勢を立て直すと同時にノヴァの心臓目掛けて右手をしならせるようにして抜き手を放つ。ノヴァが後退してそれを躱している隙に、俺は黒刀を開封しながら大きく飛び退いた。後退しつつ振るわれていた光剣が宇宙空間に金色の軌跡を残し、宇宙空間をバラバラに斬り刻む。


ノヴァの斬撃を避け切ったのを見計らって、今度は俺の方から踏み込んだ。ノヴァの眼前まで迫ると、右脚の筋肉を総動員して震脚による急制動を掛け、それにより生じた力を余す事なく利用し尽くし袈裟懸けの一撃を放った。


超絶大な力の籠ったその一撃に対し、ノヴァは眉一つ動かさず自らも光剣を持ち上げて防御した。クロスするように構えられた金色の光の刃に黒水晶のような刃が衝突し、俺とノヴァの間で互いに反発し合う力場を形成する。


音の振動を伝える空気が無いはずの宇宙空間に、理を越えて爆発音ともスパーク音とも言えない筆舌し難い轟音が響き渡る中、俺とノヴァの視線が絡み合う。


そして、相手の見事な戦闘能力の冴えに両者共に口角を吊り上げたのが真に闘争開始の狼煙となった。


互いに実力の程を知らしめる為の開幕の攻防が終わり、闘争心と愉悦と勝利への渇望がせめぎ合う攻防へと移行した俺とノヴァは、鍔迫り合った流れをそのままに激しく斬り結ぶ。


右方向に刃を弾かれた勢いを殺さず右回転しながら下段から両手で握った黒刀を右斜め上へと振るうと、ノヴァは身体を捻ってそれを避け、左の光剣で上段から降り下ろされようとしていた俺の黒刀を牽制しつつ、踏み込みと同時に残った右の光剣を横薙ぎにした。


俺は一旦黒刀に力を籠めるのをやめて手の中で黒刀をくるりと半回転させて逆手で持ち、胴を薙ごうとしていた光剣を受け止めた。が、少々間に合わずに腹部を浅く斬られる。


九鬼王は戦闘中に俺が成長していった事により、最終的には同格ではなくなっていた。だからこそ慢心の鎧で十分に攻撃を防げたが、真に同格の戦士であるノヴァ相手に慢心の鎧では攻撃を防げなかったのだ。


だが、俺もただで斬られはしない。


「王権顕現、冠するその名は『吸血鬼の王』! 我が血滴よ、害意を蝕めッ!」


「むっ」


ノヴァの右の光剣が放つ力で蒸発して消えようとしていた俺の血が、蒸発する事なく金色の中に溶けて消える。途端、ノヴァの右の光剣がノイズのようにブレ、不安定になる。


「これは――」


いくら魔力を集中しても剣としての形を留めておく事ができず、遂には俺の黒刀を受け止められる強度すら失われてノヴァが舌打ちする。早々に右の光剣の修復を諦めて俺の右側面を駆け抜けようとするが、それを見逃す俺ではない。


腰から膝へ、膝から爪先へと連動させるようにして筋繊維を伸縮させ右脚を駆動させた俺は、隣を通り抜けようとしていたノヴァの鳩尾に膝蹴りを叩き込む。光剣を消した事で空いていた右腕を鳩尾との間に滑り込ませたノヴァだったが、威力を殺し切れずに呻き声を洩らす。


「おのれっ」


「――あ痛ッ!?」


右脚に伝わった手応えから右腕の骨を粉砕した事を確信した俺だったが、会心の笑みを浮かべる前に苦痛に顔を歪める事となる。


さっと右脚を見やれば、折れた右腕に三十センチ程の金色の光の短剣を生じさせたノヴァが、刃を俺の太ももに突き刺していた。


どうやら、自ら光剣の魔力の出力を下げて小型化させる事で、俺の血の妨害効果を受けている状態でも俺の至高の肉体に届き得る光剣を顕現させていたらしい。俺の王権を受ければ、普通は出力と規模を小さくした程度ではこの身に届く光剣など顕現できようはずもないのだが、流石は我が妃。そんな道理など始めから無かったかの如く超越してくる。


俺は右手の五指を大きく開いてノヴァの顔面を鷲掴みにすると、右脚が太ももの辺りから千切れるのに構わずノヴァを引き剥がして、遥か遠方に見える巨大な氷塊に向けて投げ飛ばした。


筋繊維の一本一本を意識して練り上げられた筋力の籠った投擲は、ノヴァの身体をを光速の十数垓倍の速度で打ち出し、総身を氷塊に衝突させる。


中惑星規模の超密度の氷塊がノヴァが叩きつけられた衝撃で粉微塵に破砕され、尚も止まらずにノヴァの姿が微小な氷の粒が漂う宙域の向こう側に消える。俺は、そこから更に追撃する為に黒刀を鞘に納め、右脚が完全に再生したのと同時に黒刀の柄に置いていた右手を動す。


左脚にぐっと力を籠め、抜刀しながら前方へと進行する力を生じさせ、ダンッと前に出した右脚で宇宙空間を踏み砕きながら右腕をしならせ渾身の居合いを放つ。脚から腰へ、腰から胸へ、胸から肩へ、肩から腕へと連動させるようにして、生じた力を完璧に利用し尽くして放たれた居合いは禍々しい蒼銀の斬撃の衝撃波と化し、微小な氷の粒が漂う宙域の向こう側へと消えたノヴァへと向かう。


しかし、蒼銀の斬撃の衝撃波が微小な氷の粒で青白く染まった宙域に突入しようとしたところで、氷の粒で構成された青白いベールを突き破って金色の光の長槍が飛来する。前進するにしたがって規模を拡大していく黄金の長槍は、同様に規模を拡大して飛んでいった蒼銀の斬撃の衝撃波と真っ正面からぶつかり合った。


瞬間、世界が眩い閃光に満たされる。同時に、超絶大なエネルギーの衝突が巻き起こした爆発の波が総身を叩く。これは慢心の鎧で耐え凌げるモノではないと感じた俺は、王力による障壁を展開した。


球体上に展開された蒼銀の力場が、ビッグバンすら矮小なモノに思える程の規模と力を持つ爆発の余波を受け止め、激しく明滅を繰り返す。


やがて、閃光が治まり視界が戻ると、そこに拡がっていたはずの宇宙空間が消滅していた。この、浮遊感にも似た地に足がついてない――宇宙に地も何もあったものではないが――何処か外れたような感覚から、自分が今宇宙空間が消滅した後の虚無領域に在るのだと理解した。


しかし、それも長くは続かない。世界空間の欠損を察知したルーレシア世界の意思により、瞬く間に宇宙空間が再生されたからだ。


それとほぼ時を同じくして、煌めくは黄金の長槍。金色の光の粒子を彗星の如く尾を引かせて、宇宙の暗黒を切り裂きながら俺目掛けて光速の数十垓倍の速度で飛来する。


俺はそれを黒刀を振るい穂先から石突きまで真っ二つに斬り捨てた。黄金の長槍が飛来した方向を見やれば、二メートルはあろう巨大な黄金の弓に黄金の長槍を矢として番えながら、艶やかな金髪を靡かせて宇宙を駆けるノヴァの姿があった。


傷一つ負っていないどころか、白いローブには塵一つ付いてない。やはりあの程度は何の痛痒にも感じていないらしい。まあ、それは俺にしても当て嵌まる事だが。


既に俺の血による妨害効果も働いていないようだ。普通、俺の王権がそんな簡単に無効化できるはずがないのだが、ノヴァはそれが当然であるかのように普通に無効化している。顕現した王権は違えど、あのフリードですら俺の王権の前に敗れたというのに。


次々と飛来してくる黄金の長槍を斬り捨て、受け流し、躱しながら間合いを詰めようとしたが、俺が間合いを詰めれば詰める程ノヴァは間合いを開かせる。どうもまともに近接戦闘をする気は無いらしい。俺が無理に間合いを詰めて近接戦闘に持ち込んでもすぐに間合いを取られてしまいそうだ。


元よりノヴァと俺では、近接戦闘という分野に於いては俺の方に分がある。その分魔法を用いた遠距離戦になれば俺よりもノヴァの方が一枚上手だ。近接戦闘に拘り過ぎれば、遠距離から一方的に撃ち込まれたまま戦況が膠着するかもしれない。


それは俺の望むところではない。何より、やられっぱなしっつうのは性に合わねェ……!


避け切れない軌道のものにだけ黒刀を振るいつつ体内で王力を練り上げ、高まり切ったそれを解き放つ。


「【レストア・エアリアル】!」


蒼銀の魔風が収束し、圧縮され恐ろしい密度の光線と化してノヴァへと向かう。〝風の覇者〟時代から行使していた単純ながら汎用性の高い魔法である。


その分、任務に同行する事の多かったノヴァも見慣れている魔法らしく、金色の光の粒子を円盤状にして蒼銀の光線を軽く受け流してみせた。俺としてもこれくらい相手がノヴァならどうにかされるだろうとは思っていた。


機を見て幾筋もの蒼銀の光線を放ちながら、俺はとある魔法の詠唱を開始する。無詠唱でもいけるが、詠唱した方が正確性や術式の深度が深まるのは変わらない。


「蒼煌なる銀風


天地を巻く蒼銀の螺旋


常世を覆う理の守護


最果てを隠す神の秘


その内に眠りし光芒


醒ます覇者の言の葉を


深深なる心想の湖にて


永久の音柄を持たせ


螺旋より零れ唱えん


静閑なる空を揺さり


轟轟と荒み


虚無へと還す」


以前、システィール北方の港町でエキドナとコトを構えた事があった。その戦いの後、更にエキドナが残していった魔獣達と交戦状態に陥った時に行使した世界規模殲滅魔法の一つだ。


尤も、あの頃はまだ惑星一つ覆うので精一杯で、実際には惑星規模殲滅魔法止まりだったが、今の俺なら、蒼銀の力に無限などという既存の概念を超越して拡がりを持たせ、無限を超えた宇宙を内包した本当の意味での『世界』に対して攻撃を放てる。


「【烈風渦巻く幽世ケイオス・ヴィア・コキュートス】!」


それを、規模を宙域を幾つか覆い尽くす程度に縮小させて発動させる。


直後、超越宙域と化した戦場より遥か上方の宙域が蒼銀の暴風に塗り潰される。あたかも蒼銀に光り輝く巨大な銀河が顕れたかのような光景だ。


円盤状に拡がった渦巻く蒼銀の暴風が、無数の蒼銀の風の刃を光速の数十垓倍の速度で豪雨のように降り注がせる。それは、俺とノヴァが戦場と定めた超越宙域まで下降してきた先から次元も位相も時空間も何もかも斬り裂く巨大な蒼銀の竜巻と化し、あるものはノヴァに牙を剥き、またあるものは俺を守護する防衛網となる。


「くぅうおおおおおおおおおおおおおおおっ、このようなものぉッ」


ノヴァは黄金の光弓を消してその代わりとばかりに直径五メートル程の刃の輪を二つ顕現させた。巨大なチャクラムとでも言えば良いのだろうか、金色の光の粒子を散らすその二つ刃の円の中心に己の身体が入るようクロスさせ、避けられるものは自分の健脚で避け、避けられないと判断したものは全方位をカバーするように回転する金色の光の刃の輪で防御する。


それだけではない。ノヴァは自分の攻勢が緩んだ隙に間合いを詰めようとした俺の動きを初動の時点で察知し、世界規模殲滅魔法を放った俺に対抗するように自らも世界規模殲滅魔法の詠唱を開始していた。


「――古の聖約の下


汝はす、崩世の刻を


世界は顕す、創世の開闢


満たせ、黄金の聖杯を


満たせ、闇天に浮かぶ琅扞の輝蘿めき以てして


集いし輝蘿めきはくわし雫と成し


天に連なる金色の軌跡を齎す」


聞き覚えのある、歌のような詠唱。俺が【烈風渦巻く幽世】を行使したあの戦いの時に目にした、ノヴァが行使する真の魔法。


「【流星ミーティア】」


ノヴァが魔法を発動させると同時に、此処より遥か上方の宙域に展開されていた蒼銀の暴風の渦に変化が生じる。宙域一帯を埋め尽くしていた俺の力が半減したのだ。蒼銀の暴風の渦が規模を狭めて、代わりに先程まで蒼銀の暴風の渦が支配していた宙域をチカチカと不規則に点滅を繰り返す空間が蒼銀の暴風の渦と対を成すように支配する。


明滅する空間から出ずるのは、一つ一つが惑星規模の直径を持つ黄金の流星。超絶大なエネルギーを内包したそれが無数に顕れ、俺へと降り注ぐ。


「ちっ、我が魔風よ!」


即座に蒼銀の暴風の渦に命じて宙域の支配権を取り戻そうとするも、ノヴァの支配力は尋常ではなく、支配力が拮抗する。


俺の上方には蒼銀の暴風の渦が、ノヴァの上方には不規則に点滅を繰り返す空間が。それぞれ宙域の半分を支配し合い、敵対者を討滅せんと蒼銀と黄金が交差する。


暫くの間、拮抗状態のまま戦況は停滞していたが――時間の経過と共に、極僅かだが金色の流星が飛来する事の方が多くなる。これは、ノヴァが【烈風渦巻く幽世】の防衛網を突破してきている事に他ならない。


俺も強くなったが、やはりノヴァも強い。今の俺と魔法戦で互角以上に渡り合うとは……!


確かにノヴァは外世界全知全能能力を保有し、存在格も俺と同等まで至っているが、だからといって戦闘能力も同等なのではという認識は間違いだ。九鬼王との戦いの時に、我が臣下達が俺の加護を受けて速度域は同等まで引き上げられていたのにも関わらず、実際には移動速度に大きな個人差が出ていたように、例え同格だろうが戦闘能力まで同等とは限らない。


全知全能能力、存在格云々以前に、ノヴァの魔法戦闘能力が俺すら超える程のものであるという圧倒的事実。


「――だが、負けはしない」


例え相手が己が妃と認めた女であろうとも――いや、己が妃と認めた女だからこそ、絶対に敗北だけはしない。


「俺にはその義務がある――!」


そもそも、対等な立場と言いながら一夫多妻を受け入れて貰っているのだ。俺も妃達も力こそを重んじる戦士、異論は無いと言えるだけの戦闘能力を魅せれずして何が〝王〟か!


俺は、【烈風渦巻く幽世】に注ぐ力を魔力から王力へと昇華させる。途端、宙域の支配力の半分をノヴァに奪われていた蒼銀の暴風の渦が勢いを取り戻し、支配力を奪い返さんと点滅を繰り返す空間を侵食していく。


「ぬっ、遂に本腰を入れてきたか……!」


じわじわと宙域支配力が奪い返されていくのを知覚したノヴァが苦々しげに呟く。


「しかし、私とてこのままでは終わらぬぞ。今こそ可能性を開花させる時だっ」


「――!?」


圧されたノヴァが採った行動に、俺は目を見開いてノヴァを見つめた。なんと、ノヴァは【流星】に傾けていた魔力を断ったのだ。その上でカットした魔力を障壁に費やすが、上方の宙域の支配権の奪い合いはノヴァが魔力をカットした事により【流星】の宙域支配力が弱まり、一気に【烈風渦巻く幽世】側へと形勢が傾く。


金色の流星による防衛網を失ったノヴァに、王力により顕現した無数の蒼銀の風の刃が殺到した。ノヴァは必死に金色の刃の輪と多重展開された障壁で防御しているが、次第に捌き切れなくなり、やがて金色の刃の輪と障壁を突破した蒼銀の風の刃がノヴァに命中し、それを皮切りにノヴァの防御は完全に突破され蒼銀の暴風の中に掻き消えた。


ノヴァの肉体が消滅したのを確かな手応えから知覚した俺は、しかし魔法を解く事なくそのまま蒼銀の暴風の渦を維持し続ける。今のは間違いなく肉体を消滅させた――存在格にも戦闘不能になる程のダメージは通っている。問われればそう断言できるが、俺にはノヴァがこれで終わるとは思えなかった。


ノヴァが蒼銀の暴風に呑み込まれた宙域を睥睨する事数分――果たして、俺は己の戦士としての直感が正しかった事を理解する。


感じる。蒼銀の暴風の中心点にノヴァがまだ健在である事を。そして、更に――。


「――こいつァ……王力かァ!? 確かに我が妃ともなればいずれ〝王格位〟へと至る事は分かっていたが、まさか此処で可能性を開花させるとは」


考えられる要素は、戦闘相手が〝王格位〟である俺であった事と、俺の王力による攻撃をその身に受けた事だ。同格とは言えど、〝王格位〟と〝神格位〟では存在格の階梯が違い過ぎる。それに加えて、魔力と王力では〝力〟として話にならない程の差がある。


それがノヴァの生物としての危機感を高め、そこに王力によって顕現した攻撃を受けて生存本能が全開になり可能性の開花を促したのだ。


ゴウッと蒼銀の暴風が打ち払われ、宙域を満たしていた蒼銀の中にぽっかりと宇宙空間の黒が穴を成す。唯一蒼銀の暴風の支配から逃れたそこに金色の光の粒子が集束し、やがて人の形を成した。


「――今のは効いたぞ。やってくれたな、主」


美麗な白皙の裸身を晒して悠然とこちらを見据えるのは、肉体を再構成して復活したノヴァ。彼女が胸から膝へと撫でるように手を動かせば、見慣れた紫色のインナーが上下共に修復され、その上から露出の無いいつもの白いローブを纏う。


こうして、肉体・服装共に立ち位置に復帰したノヴァだったが、傷ついた存在格までは快復し切れていない事を俺は見抜いていた。何よりも大切な半身である妃の事だ、この俺に見抜けないはずがない。


「〝王格位〟として目覚めたようだな。まずは見事だと言わせてくれ。ここまで早く覚醒するとは思ってなかったからなァ、正直度胆を抜かれたぜ。

ノヴァ、やはりお前こそが俺の陣営のナンバーツーだ。それぞれ隔絶した戦闘能力を有する我が妃達の中でも、お前は確実に飛び抜けた戦闘能力の持ち主だと断言できる。

しかし、少々無理が過ぎたと見える……そこまで存在格が傷ついているとなると戦闘続行は困難だと思うが、どうする?」


暗に「まだるのか」と問うと、ノヴァはふんと鼻で笑って言う。


「確かに好ましくない状態だが、動けない程ではないな。ここまで戦ったのだ、主には最後まで戦って貰うぞ。それに、新たな力を試してみたくもある」


ノヴァの総身から金色のオーラが立ち上る。燃え盛る炎のように揺らめく金色の輝きから感じられる力は、先程までの魔力によるものではなく王力によるものとなっていた。


王力を試すには同格の〝王〟を相手に、か。ノヴァのそんな意図を分かっていた俺は、鷹揚に頷く。


「オーライ。ノヴァがそう言うなら俺も気にしねェ。それにいい機会だしなァ、この戦闘でノヴァには〝王格位〟特有の戦闘技法ってのを伝授してやる」


「ほう、やはりただ単に力を解放するだけでは駄目らしいな。しかし、〝王格位〟特有の戦闘技法とやらには興味があるが、果たして主に伝授している余裕があるかな?」


「ッハハハハハハハハハ! そう言うノヴァこそ、まだそんな憎まれ口を叩く余裕があったか。胆力に優れ過ぎているのも考え物よなァ!」


互いに唇の端に好戦的な笑みを刻んだところで、会話は終了し戦闘が再開される。


宙域の片隅に残留していた点滅を繰り返す空間がノヴァの王力が注ぎ込まれた事で勢力を取り戻し、蒼銀の暴風の渦を押し返し始めた。それに伴い、鳴りを潜めていた金色の流星が再び降り注ぎ、俺の防御網を突破し始める。〝力〟の存在格の優劣による利が無くなり、上方の宙域での支配力の奪い合いは膠着状態へと戻った。


それはつまり、同等の条件で殺り合えば魔法戦ではノヴァに軍配が上がるという事だ。無論それが理由で負けはしないが、既存の概念は勿論、それすら超えて新たに俺が構築した概念をも踏破して超越してくるノヴァに良い意味で苦笑いしてしまう。近接戦闘と魔法戦闘、どちらが得手かと問われれば俺は近接戦闘と答えるが、得手じゃなかろうが普通は俺を相手に優勢になれるワケがない。


しかも、存在格にダメージが及んでいる状態でそれを成してきたのだ。ノヴァの意思力の強さには畏れ入る。


俺は、蒼銀の暴風の渦に働き掛けてノヴァに向けていた蒼銀の風の刃の大半を防御に回すと、残った全ての蒼銀の風の刃でノヴァへと到る道筋を作りながら宇宙空間を疾走する。


それでも尚防衛網を抜けてくる金色の流星を一太刀の下に斬り払い、光速の数垓倍の速度域に在る世界で一時間が経過した頃。俺は遂に間合いを見極めて後退を続けていたノヴァに追いついた。


「捕まえたぞ」


「ちっ」


舌打ちしたノヴァは金色の光剣を両手に顕現させ、後退をやめこちらに向けて踏み込んできた。下段に下げていた右の光剣が光速の数垓倍の速度域に在っても神速閃電の速さで閃き、俺が放った突きを上方へと弾く。


それを意にも介さず、俺は突きを放ち弾かれた勢いを殺さずに左回転。右脚を支点に左脚を旋回させて回し蹴りを打ち込む。


ノヴァは蹴り脚を無理に避けようとはせず、逆に防御と同時に斬り落としてやると言わんばかりに左の光剣を蹴り脚の軌道上に持ってきた。流石の俺も、慢心の鎧が通用しないノヴァが相手では、何の防護もしていない素の肉体のまま光剣に命中すれば左脚を斬り落とされてしまう。それを分かっていたからこそ、俺はある目的の為に回し蹴りへと攻撃を繋げたのだ。


さぁ、ノヴァ。よォく見ておけ、これが〝王格位〟の力の使い方だ。


ノヴァの光剣に左脚が衝突する寸前、俺は王力ではなく王気を解放。左脚に王気を纏わせた。


「むっ」


ノヴァも王力とはまた違った異質な気配を感じたのだろう。光剣を蹴り脚の軌道上に来るように調節しながらも、唇を引き結んで蹴り脚に集中した。


直後、蹴り脚がノヴァの光剣に命中する。端から見れば、俺が光剣の刃に脹ら脛を叩きつけ自ら左脚を切断しようとしているようにしか見えない。が、外観とは裏腹に、俺の左脚は切断される事なく光剣ごとノヴァを蹴り飛ばしていた。


「何かあるとは思っていたが、やはり……! しかし今のは――」


蹴り飛ばされるのを予め予想していたらしく、ノヴァは上手く衝撃を受け流してそこまで遠くに弾き飛ばされず体勢が崩れる事もなかった。


「さァて、次はこいつだっ」


続いて、俺は傷を負うのを覚悟して今度は王気ではなく王力を右腕に纏わせて、回し蹴りの蹴り脚だった左脚を叩きつけるようにして降り下ろし宇宙空間に震脚を打ち込み、全身のバネを利かせた右ストレートへと攻撃を繋げる。


わざわざ王気から王力に切り換えた事に訝しげな表情をするノヴァ。それでも、肉体は俺を迎撃せんと動き俺の右腕へと王力を以て顕現した光剣を振るう。


そして、黒衣越しに右腕に光剣が接触し――意図も容易く俺の右腕を焼き斬った。切断面からブシャッと鮮血が噴出し、切断された右腕が宇宙空間を舞う。


「クソッ、慣れてるっつってもやっぱ痛ェモンは痛ェ!」


右腕からガンガン脳に伝わってくる痛みに表情を歪める俺。それに対して、ノヴァは得心がいったように一つ頷いていた。


「今度は光剣が通ったか。なるほど、主の伝えたい事は理解できたぞ。つまり、こういう事なのだろう?」


言うや否や、ノヴァは無意識に肉体に施していた王力による身体能力の強化を解除し、王気による身体能力の強化へと切り換えてみせる。


そんなノヴァに、俺は斬り落とされた右腕を再生しながらも満足げに頷き返した。


「その通りだ。身体能力を強化する時は、王力ではなく王気を纏う方が正しい。只の魔力と気だった時はどちらで強化してもそう大差は無かったかもしれねェが、〝王格位〟ともなると強化の相性によって補正にかなり開きが出る。

ちなみに、精神を強化したい時には王力を纏うので正解だ。肉体の強化は王気、精神の強化は王力。この方が強化の効率が良く、掛かる補正も高ェ」


「ふむ……、王力と王気を併せて強化した場合にはどうなるのだ?」


「ああ、〝王格位〟の場合王力と王気を併せても特に意味は無ェと思うぞ。魔力と気を併せて精神と肉体の間に明確なパイプを繋いだりだとか、そういった要素は無ェってワケでもねェが……俺達の場合は内なる世界を解き放つ術があるしあんまり意味は無ェな」


そもそも、王力と王気ってのは余計な要素を意図して省いてある万能型の〝力〟だしなァ――と、俺は続けた。


ノヴァは「確かにそうだな」と呟いていたが、唐突に端正な顔に苦痛の色を過らせる。先程の暴挙の所為で存在格に負ったダメージによる肉体・精神・魂魄への悪影響が酷くなってきたのだ。


ノヴァは肩を竦める。


「お喋りはここまでのようだな。私も少し辛くなってきた……戦いの続きをしよう。【流星】よっ」


ノヴァはこれ以上の問答は無用とばかりに、待機させていた金色の流星を俺が居る座標へと飛来させる。


瞬時に光速の数垓倍の速度域へと加速した俺は、過去方向へと跳躍して金色の光の塊から逃れた。俺の近くに居たノヴァ自身も金色の光に呑み込まれる事となったが、己の放った魔法で傷を負うようなノヴァではない。もとより敵性体のみに害を及ぼすように金色の流星の術式を編んでいたようで、何事も無かったかの如く金色の流星の中から姿を現す。


「創造――【天地創造】」


俺と同等の速度で円を描くように宇宙空間を駆けるノヴァの麗しい唇が、創造の言霊を紡ぐ。直後、宙域一帯を埋め尽くす程の黄金の天地が創造され、俺が武の極致たる一歩で間合いを詰めるよりも早くノヴァは己が創造した金色の大地に降り立ち、右手を大地についた。


「創造――【天睨剣境】」


言下に、下方の宙域に拡がる金色の大地から無数の金色の長剣が生えてきた。太陽の直径の十倍はあろう長大さを誇る巨剣が天を睥睨するようにして乱立し、近くに生えてきた金色の巨剣群は、ノヴァの精密な魔法操作により、剣術に長けた巨人が振るっているように錯覚させる程の正確さで俺目掛けて振るわれる。


俺はそれを前進しながら悉く躱していく。既に顕現して目視できる巨剣はともかく、俺を串刺しにせんと新たに顕現して槍のように突き出されてくる巨剣は厄介だ。


攻撃を回避している最中など、とにかく嫌なタイミングで顕現して襲い掛かってくる。俺が舌打ちして金色の巨剣群を回避している時にも、ノヴァは最適な間合いを計って絶妙な後退を見せている。


このままではいつまで経ってもノヴァに追いつけやしない。そう判断した俺は、内なる世界より防御に特化した宝具を無数に顕現させ、金色の巨剣の軌道を妨げ、限定するように展開した。九鬼王との戦いの時にも採った手だ。だが、前進のみに集中したいのであればまだ足りない。


「王権顕現、冠するその名は『月姫』! 顕れよ、『天道至る銀月の隔絶衣ルナティクス・サーシア』!!』


王権に対する肉体の最適化により女性体へと姿を変じて、月光をそっくりそのまま糸にして織られたような銀月色の羽衣を顕現。燐光を纏うそれを俺は素早く身に纏うと、回避をやめて前進のみに専念し始める。


進行方向に乱立する金色の巨剣の内、どれを防御特化の宝具群で妨害しどれを黒刀で受けどれを『天道至る銀月の隔絶衣』の無敵性で耐え凌ぐかを見極めながら、金色の大地を眼下に黄金の殺意が閃く宇宙空間を疾走する。


「この程度では容易く突破してくるかっ。ならばこれはどうだ!?」


ノヴァの左手にパリパリッと雷光が纏われ、その左手をノヴァは金色の天空に掲げて唱える。


「【天令万雷】ッ」


ノヴァの左手に纏われていた雷光が金色の天空に向けて放たれ、ノヴァによって創造された天空に緩やかに流動していた金色の雲は内部で稲光が輝く荘厳なる雷雲と化した。そこへ、ノヴァの力ある言霊が続いた。


「――降り注げ〝王〟の雷!」


ノヴァが叱声を張り上げた直後、天に号令するかのような轟音と共に、疾走する俺を目標として光速の数十垓倍の速度で雷が落ちてくる。無限に枝分かれする落雷全てに対応するのは悪手だと判断した俺は、『天道至る銀月の隔絶衣』の性能に王力で補正を掛けた。


それが済むと、迷わず防御を『天道至る銀月の隔絶衣』に任せて強引に突破を図る。


金色の巨剣は防御特化の宝具群に、落雷は『天道至る銀月の隔絶衣』に。それぞれ防御を任せた俺は最短の距離でノヴァを追撃する。先程は追いつくのに一時間は掛かったが、今度はその半分程の時間でノヴァを間合いに捉えた。


追いつかれた事を知覚したノヴァが反転し、両手に金色の光剣を顕現させて迎撃の構えを取る。そこへ俺は黒刀を振りかざして突貫した。


力強い締めの踏み込みと共に放った横殴りの斬撃をノヴァは一旦未来方向へと跳んで躱すと、過去方向へと回帰する事で踏み込みながら二振りの光剣を振るう。


片方の光剣を振り切った時、もう片方の光剣を振るいつつも既に振り切っていた方の光剣に弧を描かせ、最良のタイミングで外から内へと集束するような型を持ちながらも変幻自在な軌道を持つノヴァ独自の剣術に対して、俺は虚の剣として刺突、実の剣として薙ぐような斬撃を基本として臨機応変に対応していく――ノヴァの剣術の流れに乗るような刀術で対抗する。


ノヴァの振るう剣術は、敵にとっては攻め難く、尚且つ攻撃するタイミングを誤れば容易く武具を絡め取られる虞のある柔剛一体にして攻防一体の、完成度が極めて高い剣術だ。


完成度の高い戦闘技巧に有りがちの、完成度が高過ぎるが故の欠点や穴などは一切有らず、ともすれば戦闘技法としての完成度と安定性のみならば俺やファランですら超えているかもしれない。


だが、爆発力と自在性に於いては俺の方が上だと証明せんと、俺は下段から上段へと振るわれたノヴァの右の光剣を上から押さえ込む形で黒刀を振るった。黒刀が右の光剣に集中した隙を衝いて左の光剣が俺の右脇腹に迫るが、右の光剣のみに強く対応すればこうなるのは俺も分かり切っていた。


故に、問題はない。むしろ、ここらが俺の刀術の魅せ所だ。


右脇腹に迫り来る光剣の軌道を確認した俺は、手首を駆動させながら両手で握っていた黒刀の持ち方を左手は柄の鍔寄りの部分を逆手に持つように、右手は柄の下半分を逆手に持つように変え、あくまでもその場から一歩も動かずにぐんっと少しだけ上半身を反らした。


仰け反って避けるつもりだと思ったのか、ノヴァが左の光剣の軌道を下方修正しているのを尻目に、右の光剣と鍔迫り合っていた黒刀の角度を変えて刃を滑らせた。その時になって、俺の狙いに気付いたノヴァの顔が引き攣る。


すぐさま身を引こうとしたノヴァだったが、俺の方が速かった。ノヴァが身を引くよりも速く、俺は右の光剣を黒刀の刃に巻き込みながら左に半回転し、右の光剣とノヴァの間に割って入ったのだ。


次いで、ノヴァの左腕を掴んで腹部へと迫っていた左の光剣を止める。最後に右の光剣を右腕のみで出せる全力を以て大きく弾き、ノヴァが右の光剣を振り下ろす前に右手で逆手に持っていた黒刀の鋒をノヴァの喉元に突き付けた。


「――俺の勝ちでいいかァ?」


「……ここまでされては敗北を認めざるを得まい。全く、毎度の事ながら面妖な戦闘技巧を魅せてくれる……普通、こんな体勢にはならぬだろうに」


苦笑いして述べるノヴァ。こうして、〝王〟と〝王妃〟による戦いは幕を閉じた。





「……よし。どうだ、存在格に違和感とか無ェか?」


「ふむ……異常は無いな、肉体・精神・魂魄共に正常だ。世話を掛けたな、主よ。もし独力で快復しておれば少なくない時が必要になっていただろう」


戦闘終了後、俺が創造した星の山岳地帯の山頂にて。


俺は傷ついたノヴァの存在格を自身の存在格と同調させ、傷を癒していた。存在格の損傷は肉体・精神・魂魄とは違い魔法や気で治るようなものではない為、早々に快復させたければ正常な存在格を重ねて再生を促進させるしかないのだ。


今滞在しているこの星は、俺が創造する際に「自ら光を発する星」――つまり恒星になるように想念を籠めた為に、地表全体が月光でも受けているようにうっすらと青白く発光している。普通、こういった土で構成された星は自ら光を発したりはしないのだが、その辺りは全知全能能力でどうにかなってしまうものなのだ。


大地が放つ光を受けて、ノヴァの総身は淡い燐光に包まれている。微風に揺れる艶やかな金髪の一本一本が光条のように煌めく。そっと息を吐き、軽く瞑目している様は途方もなく美しく、儚げに見えた。


目を細めて見惚れていると、視線を感じたのかノヴァは横目でこちらを見ると、ふと何かを思い出したかのような表情をした。


「――そういえば、ここ最近は一対一で肌を重ねる機会が無かったな」


ノヴァのその一言が何を意図しているのかは言うまでもない。これまでにも数え切れない程肌を重ねてきているというのに、飽きもせず心拍数を跳ね上げる我が心臓に呆れながら、俺は至って平静に返す。


「言われてみればそうだなァ。思えば、一対一で肌を重ねたのなんて一月くらい前が最後になるんじゃねェか?」


「ああ。……先程の戦闘の所為か、この格好では少し暑くなってきたな。少しばかり脱ぐとしよう」


白いローブの襟を摘まんで、わざとらしく片手でうなじの辺りを扇ぐノヴァ。ゆらりと立ち上がり、肌の露出が無く色気を感じられない――尤も、それは白いローブだけを見たらの話で、プロポーション抜群の美女であるノヴァが着用していれば浮き出た体のラインが却って色気を感じさせていたりする――白いローブの裾を摘まんで、裾の長いワンピースを脱ぐ要領でぐいっと上に捲り上げた。


それにより、白いローブの下に隠されていた白皙の美肌が露になる。俺は視界に飛び込んできた光景を見てぐびりと唾を飲み込んだ。


先程の暑くなってきたという発言は強ち嘘でもなかったらしく、ノヴァの肢体はうっすらと汗に塗れていた。オリエンタルな雰囲気を漂わす通常の物よりも生地の厚い紫色のインナーも、汗の溜まり易い尻の谷間の部分などには汗の染みができている。


気付けば、俺はまだローブを脱ぎかけのノヴァに後ろから飛び掛かっていた。


ノヴァの尻に腰をぴったりと押し付け腰を振り、興奮して息を荒げている俺の首に、腰を捻って背後の俺を見上げたノヴァの右腕が掛かる。


「くくく……今回はいつもより激しいな、主。戦闘欲と性欲が連動しているような人種である主にとっては、戦闘後に色気を感じさせるような真似は強烈な毒になると見える。

次回からは戦闘してから交わるようにしてみるか? ふふふふふふっ」


ノヴァの妖しげな笑い声が新造の星の天地の狭間に響き渡った。





ルーレシア世界 〜荒れ地の星・ラコウ〜


レオンとノヴァが新造の星で交わっている頃、ルーレシア世界の中心点たる惑星から遠く離れた宙域に存在する銀河系にて。


「あと少し……あと少しだ」


中心点たる惑星が在る太陽系で言えば火星に当たる、しかし文明が存在する惑星のとある街。酒場も兼ねている為に見るからにアウトドアな雰囲気に包まれた――実際にアウトドアな場である――パブで、このような粗野な場には似合わない赤を基調とした貴族服に身を包んだ男が居た。


色白の端正な顔立ちをした二十代前半と見られる美青年である。尤も、「外見は」という言葉が付くが。


その男の名は〝レイ=ヴァールスレイ=ギルムント〟。魔族の中でも魔人族と称される戦闘種族の〝先代王〟だった存在だ。魔族の特徴の一つである長命故、外見通りの年齢ではなく、既に五千年の長きに渡り生を紡いできている。


かつての大戦争の折、種族と立場からして本来属するべき〝闇主側〟の敵に回った戦士だ。あくまでも第三者――単独での戦闘しかしていなかったが、結果論を言えばどちらかと断ずるとすれば〝覇主側〟に属していたと言ってもいい。


現代に於いては明確に〝覇主側〟に属する事となっているレイは、此度の大戦争に参戦していた少年魔人との邂逅を切っ掛けに、かつての大戦争で命を落としていたと思っていた己が妻たる女の真実を知り、甦らせる為に放浪の旅をしている真っ最中だ。


今は、休息を摂る為にこの惑星へと降り立ち近くにあった街のパブに席を取った所である。悠然とカウンター席の右最奥に座ったレイは、己の内なる力の総量を推し量り、独白と共に胸の高さまで持ち上げた左手を何かを掴むように握り締めた。


「お客さん――何にする?」


そんなレイのもとに、他の客の注文を訊いていたバーテンダーが注文を訊きに回ってきた。レイは顔を上げてしげしげと酒瓶が陳列された棚を見やる。


「あの緑色のヤツは何だァ? 俺が居た惑星では見た覚えが無ェな」


その内、赤い液体――恐らくワインの類いだと思われる酒瓶の隣にあった緑色の液体が入った酒瓶に目を付け、バーテンダーにあれは何か問い掛ける。


バーテンダーはレイの「俺が居た惑星」という言葉に驚きもせずに答える。


「あれはティズ=パラミアと言う果実酒だ。ここらじゃまだ普通に飲まれてるが、この街から北上するにつれてティズの栽培状況によっては置いている店は限られてくるな。

もし北上する予定があるんだったらオススメしておく。あれにするかい?」


「あァ、頼む」


一も二もなく頷く。この惑星へは休息を摂る為に降り立っただけであって、わざわざ北上する予定などないのだが――それを言う必要は何処にも無い。


バーテンダーがティズ=パラミアなる酒をグラスに注いでいるのを尻目に、レイは腰のベルトに提げてあるボトルの口の部分を撫でる。出発間際、レオンから受け取ったものだ。


このボトルには、今のレイですら創造不可能なレベルの最高級の神酒を無尽蔵に創造する力がある。これがあれば、此処で酒を頼む必要は無かったのだろうが、レイとしてはたまには他の酒を楽しみたい。あとは単純に他の惑星の酒に興味があったからだ。


「待たせたな」


バーテンダーの銀色のメタリックな手が、澄んだ緑色の液体が入ったグラスをカウンターの上を滑らせてレイの前に置いた。


そう、銀色のメタリックな手が、だ。手だけではなく、表情に乏しい顔も鋭角に開いた胸元から覗く胸筋もメタリックな銀色。肌の色にも人種が違えば様々あるが、それを踏まえた上でも通常の人間の手ではない事は明白だ。


バーテンダーだけではなく、このパブに居る者全てがメタリックな銀色の肌をしている。通常の人間の肌色をしているのはレイただ一人だ。


無論、レイはこのパブで物凄く浮いた存在となっていた。が、誰もレイに何か言ったりはしない。彼らにとって異星人というのは珍しくはあるが居ないワケじゃない、という認識なのだ。それでも、レイが旅人のような一般的な服装をしていれば酒の肴に話し掛けてくるくらいはあったかもしれないが、レイの服装は途方も無い金を掛けている事が一目瞭然な材質の貴族服。どこぞの惑星の物好きな王侯貴族がふらりとこのパブに立ち寄っているようにしか見えない。


レイに注文を訊いていたバーテンダーも、内心では冷や汗を流しながら絶叫していたりする。それを表に出さないのは、場数を踏んだバーテンダーとしての矜持故か。


……ちなみに、レイが着用している貴族服はとある一定のラインを超えた力を持つ存在が〝視〟れば自ら自害するレベルの逸品である。レイ本人はただ気に入っているから着ているだけとしか思っていないそれは、防御性能に於いては違う事なく『対界宝具』である。途方も無く金を掛けているどころの話ではない。


出されたグラスに口を付け、ティズ=パラミアとやらを舌の上で転がす。そんなレイを密かな緊張を抱いた表情で見守っていたバーテンダーは、口に含んでいた酒を飲み下したレイが述べた感想を聞いてほっとする。


「悪くねェ。飛びきり良い酒ってワケじゃねェが、度数が高い割りには喉越しと後味の良さについちゃあこれよりもワンランク上の酒よりも良いかもなァ。

……この酒、ティズ=パラミアとか言ったか。こいつをボトル一本貰いてェんだが、いくらだ?」


「四十ワナムだ。お客さん、この惑星の通貨は持っているかい? 持ってなきゃあこれを使うが」


バーテンダーは一旦会計の方まで行って、会計のカウンターの下から秤のような物を持ってくると、レイの前にゴトッと置いた。生憎、魔界やルーレシア大陸は通貨が一種類に統一されている為、こういった物を見るのは初めてだが……今までの話の流れからして、この秤が何を計る物なのかは察しが付く。


レイは懐から赤革の洒落た長財布を取り出し、使い物にならない札は無視して硬貨を漁り始めた。が、最近硬貨を使う事が多かった為に硬貨の数が少なく、今飲んでいるグラス一杯分は大丈夫でもボトル一本買えるだけの硬貨は無い。


眉間に皺を寄せたレイは、仕方なく全知全能能力を発揮。全知でこの惑星の現在地一帯で使用されている硬貨が何かを検索し、全能で検索結果として導かれた硬貨を小銭入れの中に創造する。


「こいつで良いよなァ?」


小銭入れから摘まみ上げた直径二センチ程の小さな銀色の硬貨を四枚、バーテンダーに手渡す。バーテンダーは「何だ、この惑星の金を持っていたのか。ならこいつは要らないな」と言うと、レイが渡した硬貨を腰に付けていた皮袋の中に仕舞い、代わりに澄んだ緑色の液体に満たされた酒瓶を差し出した。


「はいよ。確かに渡したぜ」


レイは鷹揚に頷くと、酒瓶を受け取ってゆらりとカウンター席から立ち上がった。グラスの中に残っていた酒を飲み干し、ちょっと考えてからカウンターに先程と同じ硬貨を一枚投げる。その意図を察したバーテンダーは苦笑すると硬貨をレイに返そうとしたが、レイはそれを手で制す。


「釣りは要らねェ。取っとけよ」


ボトル一本の値段から鑑みて、十ワナムは超えないだろうと見越しての言葉だった。その見立てに間違いは無かったらしく、バーテンダーは二倍近く貰う事になるだのなんだのぼやいていたが、未練無くパブを去ろうとしているレイの背中を見ると、ため息を吐きながらも「毎度」と声を投げ掛けるのだった。





パブを後にしたレイは、黙々と歩き続けて街を出るとすぐに街道を外れて人気の無い場所に移動した。


そして、街から凡そ二キロ程離れた頃だろうか。レイは肩を竦めて後ろを振り返る。


「で? てめえらは何時まで俺の後ろでコソコソしているつもりだ? いい加減ウゼェわ」


傲然と顎を反らし首を傾けてメンチを切るレイ。と、荒野の風景から滲み出るようにして五人の迷彩姿の男達が現れた。


「光学迷彩を搭載したボディアーマーを着込んだ我らに気付くとは……何者だ貴様」


「光学迷彩ィ? カハハッ、光学迷彩じゃ姿は消せても気配は消せねェだろうが! そのくらいなら気配も姿も隠匿できる姿隠しの魔法を使った方が遥かにマシじゃねェか、馬鹿かてめえらは」


レイの言葉は正鵠を射ている。対象を尾行したり暗殺したりする事を本職とする工作員であらば、姿隠しの魔法の修得は必須条件だ。事実、ルーレシア大陸に存在する国々の暗部を担う者達は例外無く姿隠しの魔法を修得している。


これについては一般常識と言っても過言ではない程の大した事のない事実のはずだが、男達の反応は奇妙なものだった。


「マホウ……? ああ、魔法と言ったのか? そんな非科学的なものあるワケが無い。狂人の言葉遊びに付き合うつもりは無いのでな、大人しく投降するのであらば命だけは助けてやる」


「あ?」


レイは一瞬何を言われたのか理解できずに疑問の声を洩らしたが、すぐに現状を察して一つ頷く。


「ああ……この銀河では〝魔法〟ってモンが普及せず衰退して断絶しちまってたのか。その代わりに科学が普及したと。やれやれだぜ、魔法と科学双方が併さって初めて見えてくるモノもあるってのによォ。

この銀河は可能性の芽が潰れてやがるワケだ。エアリアルがこれを知ったらぶちギレるだろうなァ、カハハハハハハハハッ!!」


脳裏に、カラスの濡れ羽のような色艶の長髪を振り乱して般若の如き憤怒の表情で真紅の瞳をギラギラ光らせている絶世美君の姿が過り、レイは哄笑する。


このような場に似合わぬ貴族服に意味不明な言葉の数々。しかし、それでいて言葉の端々からは時間稼ぎの為の虚言や思考回路の崩壊から来る狂言といった感じはせず、確固たる思考を以て本心から述べ立てている事を、五人の男達は工作員としての経験から察知していた。


「……もはや問答無用だ。捕縛する!」


本格的にレイが狂人に見えてきたのだろう。隊長格の男が強制捕縛を決断すると、他の四人の男達はそれ以上は物も言わずにレイを取り囲んだ。その手には強靭さを伺わせるワイヤーの束ががある。


「放て!」


未だに哄笑しているレイ目掛けて、四人の男達の手からワイヤーが放たれる。訓練された手腕が投げたワイヤーは見事にレイの四肢を束縛し、それを確認した男達がワイヤーの根本に設置されているボタンを押すと、ワイヤーに発生した強力な磁力がギリギリとレイの四肢を圧迫した。


「……あん?」


たった今気付いたように、レイは己の四肢に巻き付くワイヤーを不思議そうに見下ろした。隊長格の男の嘲笑がレイに向けられる。


「ふん……我らに囲まれても落ち着いていられるのはこれ(ワイヤー)を躱せる手立てがあるからかと思っていたが、その様子だとどうやら杞憂だったようだ。

やれやれ、経験を積み過ぎているとつい警戒し過ぎてしまっていかんなぁ。無駄に精神的疲労を感じてしまった。そう思わないか、なぁ、お前達」


隊長格の男に追従するように嘲笑が湧き起こる。……が、レイはいつも仲間達と怒鳴り合っているように怒ったりはせず、逆に呆れたような冷めた目で工作員達を眺めていた。


それが勘に障ったのか、隊長格の男が何かを言おうとしたのを遮り、レイは口を開いた。


「――哀れだなァ。何も知らねェってのは」


「はあ?」


何を言っているんだこいつは、とでも言いたげに工作員の男達は顔を見合わせ――。


「じゃあな。何も知らぬまま死んどけよ」


「――ぇ、あ」


それが工作員の男達の最期となった。





「……結局、何がしたかったんだこいつらは?」


ワイヤーを引き千切って駆け抜けながら斬り捨てた事により、後方に置き去りにされたバラバラ死体を一瞥し、レイは首を傾げる。工作員の男達は、レイがどこぞの惑星の王族だろうと予想して、宇宙進出が進んだ今でも高価な宇宙船を保有しているであろうレイを襲ったのだが、今となってはもう考えても意味が無い。


そもそも、宇宙船を保有しているだろうという前提からして盛大に間違っているので、先程のやり取りは実際には只の茶番だったワケだが。


「まあいい。さァて、次は何処の銀河系に向かおうか……いっそこのままこの銀河系を滅ぼして吸収しちまうか? いや、此処は酒が予想以上に美味かったからやめとくか」


――差し当たり、此処から南の宙域に在る銀河系にでも戦争を仕掛けるか。


「いいねェ。こうして戦争を仕掛けて渡り歩いてると、まだ〝魔人の王〟だったあの頃を思い出すぜ」


レイの口角が残虐に吊り上がる。ラコウから遥か南の宙域に在る銀河系の命運が尽きた瞬間だった。





ルーレシア世界 〜ロレスの森最深部・覇者の屋敷〜


「御挨拶します。お帰りなさいませ、レオン様、及びノヴァ様」


転移魔法で新造の星より俺の部屋まで帰還した俺とノヴァに、後ろから聞き覚えのある落ち着いた女性の美声が投げ掛けられた。


ちょっと驚いた俺とノヴァが揃って振り返ると、深々と一礼する紫髪紅眼の美女の姿があった。


「っと、コアか。帰還して早々、いきなり声を掛けられたから少し驚いたぜ」


「出迎え御苦労。私も嬉しく思う……が、別に私にまで敬語で接する必要は無いぞ? 何せ同じ妃の立場にあるのだからな。いつも言っているし、まあ聞かないんだろうが……一度くらいは聞いてみたいものだな、コアが敬語無しで喋るところを」


「御答えします。レオン様に於かれましては、私の行動により不快感を与えてしまい申し訳ありませんでした。何なりと罰をお与え下さい、如何なる罰も受ける所存です。

ノヴァ様に於かれましては、その御言葉には心より感謝致しますが、この稚拙な言葉遣いについては御容赦ください。命に背くのは大変心苦しく思いますが、それだけは――」


「ぬっ、分かった。分かったからそれ以上畏まるでない」


眉根を寄せ、本当に申し訳なさそうに言葉を紡ぐコアをノヴァは慌てて宥める。このままでは妙な所で泥沼化する未来を察したからだ。


いつの間にか、跪いて額が床につきそうな程低頭していたコアを見て、流石に俺も口を出した。


「楽にしろ。お前は俺の従属神である以前に妃なんだ、俺が対等だと認めたなァ。従属神という存在概念からして対等っつうのも変な話だが――まあ、とにかく楽にしてくれ。

俺としても、対等だと認めている相手にそこまで畏まられると何とも言えねェ気持ちになってくる」


「……承りました」


コアは困ったような表情をしていたが、俺の言葉という事で素直に立ち上がった。……直立不動のお堅い体勢は崩さなかったが。


疲れねェのかな、なんて思いつつもコアの場合はこれが最低限の及第点なのだろうと見切りを付け、俺は別の事を訊く。


「それで、何で俺の部屋なんかに居るんだ? シケた場所だしなァ、面白ェモンも無ェだろうに」


「申し上げます。レオン様とノヴァ様の気配が急速にこの惑星から離れていくのを知覚し、それからずっと知覚を御二方に向けていましたが、つい先程になって転移でこちらに御帰還なさる事を知り出迎えに参上した次第です」


俺とノヴァがこの惑星を離れてからずっと知覚してたのか。なるほど、それで転移魔法が発動する予兆を感じて俺の部屋に入ったのか。


鍵は掛けてなかったしなァ、それに〝王妃〟の位に在るコア達には俺の部屋も自由に使えと言ってある。


一人で納得していると、コアの視線がつつっとノヴァの方へと向けられた。


「提案します。ノヴァ様、御召し物の方は私にお任せください。御二方がシャワーを浴びておられる内に新品同様にしてみせます」


「ああ、そうであったな」


言われて、ノヴァはインナー姿の自分の肢体を見下ろした。


先に転移で屋敷に帰ってきていたのでまだ浄化の魔法を掛けておらず、幾度も俺の欲望を浴びせられかけた紫色のインナーは上下共に濃厚な汚れが付着していた。


コアとノヴァのやり取りに釣られて自然と俺の視線が淫らに汚れたノヴァの肢体へと向き、俺は即座に瞼を閉じて視界をシャットアウトする。


文字通り果ての無い性欲と、その性欲を満たす事が可能な体力と精力を持つ俺には刺激が強すぎたからだ。もう少しでまたノヴァに襲い掛かっているところだった。


「しかし衣服の洗浄までコアに任せるのはな……、それにこのくらいなら浄化でどうにかできるであろう」


「御安心ください。私もただ尽くしているワケでは御座いません。欲望から来る下心があっての提案です」


「む、そうか。ならいいとしよう。尽くされてばかりでは同格の者として顔が立たぬからな」


ノヴァはスポーツブラジャーにも似た胸部を覆うインナーを脱いだ後、身を屈めて下のインナーをズリ下ろす。


全裸になったノヴァは、脱いだインナーを差し出されたコアの手に受け渡した。


素手の掌の上に直接べチャリとである。……今更だが、籠とか用意しなくて良かったのか? いくら存在格的に清浄だからといって、それ(ノヴァのインナー)はちょっとな……。


俺は無言でシャワールームへと足早に直行していた。


これ以上は目の毒すぎる。せっかく苦労して情交に区切りを着けたというのに、これではまた情交を始めてしまいそうだったから。


それでもまだ未練がましく後方に居るノヴァとコアに襲い掛かろうとする己を、自発的に女性体へと変ずる事で自制する。男性体と女性体では、どちらかと言うと女性体の方が性欲は強いのだが、已むを得まい。


男性体のままだと、抑えるのが余計に面倒になるからなァ――そう考えている時にも、女性体と化しても尚昂りの治まらない身体が反応しているのを感じた。


「やれやれ……これじゃあ童貞と然して変わらねェな。相変わらず相手がカレン達だと心に余裕が持てねェ。変な所で初心になっちまう」


他の女が相手なら全然気にならねェのにな。果たしてこれが良い事なのやら悪い事なのやら。


「――むっ……ちょっと待てコア。何をするつもりだ? 私のインナーをどうするつもりだ!?」


「申し上げます。先程述べたように、これは私にも下心あっての申し出で、ノヴァ様も認めてくださいました。なのでその言葉通りにしているだけですが……何か不都合でもあったでしょうか」


「くっ……ぬぅ、しかし……まさか、コアもレーゼやリリスと同様の変態的な性癖の持ち主だったのか!? 迂闊だった――や、やめんか! 私のインナーの臭いを嗅」


俺はあれこれ考えるのをやめて即効で黒衣を脱ぎ捨てシャワールームに入った。レーゼとリリスの下りから「嗅」から先のセリフが容易く想像できてしまったからだ。


本当……俺が〝王妃〟と認めた七人って、揃いも揃って性癖がちょっと個性的過ぎる気がしてならない。いや、それでも一番変態なのは俺なんだろうけどな。まともなのはディアナだけ――。


『私も……相手がレオなら、ちょっといいかも』


…………。





――シャワーを浴び終えた俺は、漸く昂りが治まったのを見計らって男性体へと戻り、レーゼを伴って久しぶりに学園へと訪れていた。


シャワーを浴びている時に、ロイからの念話で授業のカリキュラムの組み直しが完了したとの旨を伝えられ、その時に「お前もちょっと来てくれ」と言われていたからだ。


まだ学園の授業自体は再開されていない為、疎らに学生達を見掛ける中学園長室に向かう。やたらと規模の大きい学園なので、数十分程して漸く学園長室に到着する。


ノックをしようと右の拳を持ち上げたところで、部屋の中から「入ってきてくれ」と声があったのでノックをせずに学園長室の扉を開けると、部屋の奥まった位置にある学園長専用のデスクにクレア、手前の方にあるソファーにロイが座っていた。


俺がロイの正面にあるソファーにどかっと腰を下ろすと、隣の空いたスペースにちょこんとレーゼが腰掛ける。と、横からするするとレーゼの繊手が伸びてきて、髪留めで一つに括っている俺の黒髪を自分の方に流して持っていった。同席している間の手慰みにでもするつもりらしい。


レーゼのような幼さの残る美貌の少女には似つかわしくない……いや、黒いゴスロリ服とメリハリの利いたプロポーション、眠たげな茫洋とした青い瞳が何処か妖艶さを漂わせる魔性の美に相応の艶かしい手つきで、俺の黒髪をほっそりとした指で弄んでいるレーゼの傍ら、俺の方から話を切り出した。


「で、何で俺が此処に呼ばれたんだ? まだこの学園に用事があるとしたら、あとはもう荷物を持ち出して寮を引き払うだけだと思ってたんだが」


「単刀直入に言うぞ。レオン――お前さん、飛び級してこの学園を卒業するつもりはないか?」


いきなりと言えばいきなりなロイの言葉に、俺は眉をひそめた。


「そいつァまた、唐突な提案だな。っつうかよォ、それ以前の問題としてこの学園に飛び級なんてシステムあったか? 確かそういうのは、この学園では原則として否定されてたンじゃねェの?」


「レオンお前、何気に生徒手帳とか真面目に読む派なんだな。すげー意外だわ。それはさておき、何で今更になってこんな話を持ち出したかと言うとだな――クレア」


然り気無く失礼な事を言われたのに眉間に皺を寄せる俺。文句を言うよりも早く、ロイの後を引き取ったクレアが口を開いた。


「そうですね。今回レオン君に来ていただいたのは、主にこの学園の歴史の深度を深める事と、後の世に神話として語り継がれるであろうレオン君の歩んだ道を嘘偽りなく残す事が目的です」


「学園の歴史の深度に後の世に語り継がれる俺という人物像……オーケー、把握した。真の狙いが何なのかもなァ。しかしだ、此処でその案に乗ったとして俺に利益ってあるのか?

ああ、念の為言っとくがこれは別に純粋な疑問として訊いてるだけで、気に入らねェとかそういう意味は無ェからな? むしろ、その案を受ける事自体は構わねェ。

受ける分には何の障害も無ェしな。受けさせてくれるってンなら遠慮はしねェ」


クレアの真の狙いは、俺という神話クラスの偉人がこの学園の卒業生であるという要素を用いたティーン魔法学園の名声を高める事と、〝王〟たる俺でも一般的な生活をしていたという記録――後世を生きる者達へのある種の戒めとする事だ。


九鬼王との大戦の影響を受けて、ルーレシア大陸の住人は例外なく強大な力を手にした。ルーレシア大陸のみに限定されているが、世界概念にも影響は及んでいる為、これから産まれてくる生命も世界概念が落ち着くまでのピークを過ぎるまでは、成長すれば大人達と同等の力を得るだろう。


それ故の、俺という前例だ。〝王〟たる俺ですら学園に通うなどの一般的な生活をしていた面もあったのだ、一般的な生活をする事は妙な事では無いと印象付ける、決定的な要素とこれはなり得る。


それはともかく、提案自体には何の不満も無い旨を伝えると、クレアは満足げに頷いて述べる。


「学歴があると女性にモテますよ。ちなみにカレンさん達は既にこの案を受けて卒業済みであり、未だに卒業していないのはレオン君だけです」


「え、なに? 初耳なんだが。もしかして特に深い付き合いがある同年代の中で俺だけ取り残されてる系?」


答えを求めてロイに視線を向けると、それが当然であるかのような自然な態度で首肯した。


俺は頬をぽりぽりと掻く。ここまで聞かされりゃ答えはもう決まってるようなものだ。


「分かった。その提案を受けよう。具体的にはどうすればいい?」


ソファーの背凭れに背を預け、足を組んで身体を伸ばしたリラックスした体勢で問う。


クレアは「その言葉を待っていました」と微笑むと、デスクの引き出しから十センチ以上はあろう分厚い紙の束を取り出し、デスクを迂回して俺の方に来てそれを手渡してきた。受け取った紙束に視線を落とせば、それが全て様々な教科の問題が記載されたプリントだという事が分かる。


「第三学年より分岐する全学科の科目含めて、卒業までに単位を取る必要がある計二百科目の要点を問題として纏められたプリントです。

レオン君にはこれを完答して提出して貰います。当然の如く全知全能能力の行使は認めません。参考書の使用も同様です。更に、一問でもミスがあった場合にも、飛び級での卒業は認められません。

本当の意味で〝完答〟していただきます。只人では到底無理でしょうが……可能ですよね、レオン君になら」


「ハッ、ンなモン余裕に決まってンだろォが」


言われるまでもない。今の俺なら、例え知識に無い事だろうが無限を超えて分岐する予測という思考の過程を結果に、分析され尽くした解答を導き出す事が可能だ。


全知全能能力に頼らずとも、真に戦士であるのならばこのくらいは出来て当然。知勇双全で無くして真の戦士は名乗れない。


言い方は悪いが。知が十全で無い者の可能性など程度が知れている。真の強さを求めるのなら、馬鹿のままではいけないのだ。必ず何処かで知識が必要になってくる。


「これを使え」


「おう、サンキュー」


ロイが投げ渡してきたペンを右手でキャッチすると、俺は瞬時に光速の数兆倍の速度域へと加速。ペンとプリントに光速の数兆倍の速度に耐えられるよう防護を施し、頭脳をフルに活用しながら問題を解いていく。光速の数垓倍の速度域まで加速しなかったのは、ロイとクレアの最適な速度域に合わせているからだ。


始めの方は数学、化学、力学など理数系の科目が埋め尽くし、中盤には魔法学、術式論理学、事象学などの魔法系の科目が入り、終盤には歴史や語学、統計学といった科目が揃っていた。どの科目も、プリントの始めの方にある問題は大した事ないものだが、終わりに近付くに連れて問題が難解になっていく。


中には、明らかに学生のレベルを超えた問題もある。というか、普通の学生には無理だろう、エネルギーを恒常的かつ万能的に質量に変換する術式論理を答えよなんてのは。虚数魔法にも近い領域の分野だろ、これ。ざっと見積もって数万もの術式を重複・代入・変換・再構築させる必要があるぞ。


思わずじとっとした目でこのプリントを作成したであろうロイとクレアを見やると、ロイは無反応、クレアはふっと笑いかけてきた。どうやらこの問題を出題したのはクレアらしい。地属性を得手としているが故に、術式論理の構築には〝覇者〟後継者の中で最も五月蝿かっただけの事はある。


とはいえ、これもやらなければ卒業出来ない。まずは公式と言ってもいい基盤となる術式を構築し、次に無数に分割した思考を以て一つ一つ丁寧に数万もの術式を構築し、完成した先から基盤となる術式に組み込んでいく。


そして、編み上げられた術式を脳内で魔法陣へと変換し、脳裏に浮かんだ魔法陣を紋様一つ違わずそっくりそのままプリントに描いていく。


そんな難解に過ぎる問題が含まれたプリントを解き進める事暫く。光速の数兆倍の速度域より通常の時系列へと回帰した俺はペンを置いて、テーブルに前屈みになっていた体勢を伸ばしリラックスした体勢になる。


「終わった……どっちでもいいから採点を頼む」


「じゃあ俺が採点してやる。ほら、ちょっと貸してみな」


テーブルの上を滑らせてプリントの束をロイの方に押しやると、ロイは転移魔法で喚び寄せた模範解答だろうプリントの束を見ながら俺の解答用紙に視線を走らせていく。


ロイの動体視力を知らぬ者が見れば、パラパラと次から次へと適当にプリントを捲っているようにしか見えない。無論そんなはずはなく、隅々まで俺の解答を見ているのだが。


まあ、この俺に限ってこの程度の問題でミスは無ェだろォがな――そう思い唇の端に不敵な笑みを刻んだ時だった。ん? という顔になったロイの口から信じられない言葉が飛び出る。


「……ここミスってね?」


「は?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。ここミスってね? ここミスってねだと!?


「馬鹿なッ。俺の解答に間違いは無ェはずだっ」


ソファーを蹴飛ばして立ち上がった俺は、ずかずかとテーブルを迂回して対面のソファーに座っていたロイの背後に立つと、身を乗り出して解答用紙を後ろから覗き込んだ。


ロイが採点していた問題は……魔法薬学か。不正解ではないかと疑われている問題は――パストチルムの調合についてか。


パストチルムというのは、一般的に増魔剤を調合する時に原液とされるものであると知られている液体の事だ。まあ学生ならば存在だけなら知識として知っていてもおかしくない。


そして、パストチルムとは魔力を蓄えた成分を多分に含んだウルという薬草を、まだ明確に属性を付与していない砂利程度の魔石をフラスコの底に沈めて、十数分程度加熱した後、摂取すれば心臓に悪なり好なり影響を及ぼすギール草という薬草と、摂取すれば僅かではあるが肉体を全体的に活性化させるセンジュという蔦のような植物の蔓を細かく刻んだものを加えて、更に二十分程加熱して完成する薬液だ。


自分の書いた調合レシピを確認したが、こうして見る限り問題という問題は見当たらない。これの何処が間違ってるってんだ。


「おい、間違いなんて無ェじゃねェか」


「ギール草まではいいんだ。だけどセンジュの蔓って何ぞ?」


「センジュはセンジュだろ」


「は?」


「え?」


俺とロイは顔を見合わせた。互いの見解は食い違っているが、何かこう……根本的な意見は一致している気がする。見解が食い違っているのに意見は一致しているとは何事だと思うかもしれないが、少なくとも俺はそう感じた。


どうやらロイも何か思う所があったらしい。パチパチと目をしばたたかせた後、もしやという顔で口を開く。


「……なぁレオン。お前って確か、魔法薬を一般的に知られている調合レシピ以外で調合したりする事もあるっつってたよな?」


その時には、俺もロイと同じであろう考えに至っていた。惚ける事なく頷く。


「まあな。一般に普及してる調合レシピよりも効率の良い調合レシピがあるし、より高い効果を得られる調合レシピも存在する。また安定性の高い調合レシピもあるワケだ。

センジュってのは木などの大型の植物に寄生する蔦の一種で、その蔓を液体中で加熱して出来た薬液は増魔剤を服用する際、ギール草による心臓の強化を助長するだけじゃねェ。

肉体を全体的に活性化する効能もある。増魔剤ってのは元々無かった魔力を心臓を酷使して無理矢理引き出す魔法薬だからなァ、魔力総量で間違いなく社会の最底辺を彷徨っていた俺としては、この調合レシピはむしろ当然だ」


増魔剤は副作用があり、それが肉体に掛かる過大な負荷だ。只人程度に魔力があれば話は別だが、常人の約二十分の一程度しか魔力の無かった俺には、一般に普及している増魔剤では負荷が大き過ぎた。普段無かったものがいきなり大量に湧き出るんだ、許容容量が小さければそれはそうなる。


だからこその、センジュの蔓。俺の解答は間違っていなかったし、ロイの解答も間違っていなかった。つまり、互いに解答は間違っておらず、ただ互いの中にある知識が食い違っていただけ。これが違和感の正体だ。


「その問題の正不はどうなる?」


「まあ……、良いとするか。一般に普及してる増魔剤の調合レシピは知ってたんだし。むしろ工夫点をくれてやりたいくらいだ」


言って、ロイは残りの解答も採点していく。途中、何度か質問があったものの、結果的には全問正解。無事にティーン魔法学園を卒業する事となった。





学園長室を後にして、学生寮に向かっている途中の事だった。


曇り空の下、離れにある学生寮までの舗装された道を歩いていると、前方の道の左側に繁っている草木の中から群青が飛び降りてきた。レーゼ共々、既にその気配は察知していたので俺は驚く事なく声を掛ける。


「ゾラ、だったか? こんな所で何をしている」


「!」


声に反応した群青色の長いポニーテールが特徴的な女子学生――〝ゾラ=エステル〟は着地体勢からばっと勢い良く立ち上がった。持ち上がった顔には声を掛けられるまで気配に気付けなかった事に対する驚愕の色があり、左手で鞘を掴んで固定した蒼い刀の柄に右手を添えていた。


暫時、戦闘態勢を解かずに俺とレーゼを眺めていたゾラだったが、俺とレーゼに本当に戦意が無いのを見て取ったようで静かに構えを解く。そして、落ち着いた様子で腰の辺りから四角い何かを取り出し、十センチ程のペンのようなもので何かを書き込み始めた。


ペンの動きを止めたゾラは四角い何かに嵌め込まれた魔石に魔力を込めると、四角い何かを持つ左手を掌を上にして差し出してきた。途端、四角い何かの上にホログラフィーのように映像が投影される。


そこにはこう記されていた。


『武闘会以来ですね。〝風の覇者〟さん』


達筆な、綺麗な字である。そういえばこいつは戦闘中しかまともに喋らないんだったな、と思い出しつつ、俺はお得意の不敵な笑みを浮かべて返した。


「そうだな。しかし、二つ名の方で呼んだのは嫌味のつもりかァ? 不満のようなものを感じるが」


『戦闘を悦楽と捉える貴方なら私の心中も察せるでしょう。それとも、私の思い違いですか?』


「案ずるな、お前の心中なら理解してるさ。遊ばれたと思ってるんだろ?」


武闘会の折、まだ正体を明かしていなかったので当然だが、俺はSSSランクの〝風の覇者〟としては戦わず、あくまで学生としての実力で戦っていた。つまり、手加減していたという事だ。


それがゾラの心中を穏やかではなくしているらしい。ポニーテールにしている群青色の長髪が湿っている事と飛び降りてきた方向、黒のタンクトップとスパッツという服装から察するに、つい先程までは気を鎮める為に訓練場に籠って鍛練していたのだろう。訓練場のシャワールームを使用して汗を流した後、学生寮に帰ろうと近道してこの道に出てきた所を、苛立ちの原因であるこの俺と遭遇したワケだ。


眉間に皺を寄せて不機嫌そうにこちらを睨むゾラに対して、俺は肩を竦めた。


「それこそ案ずるなよ。確かに〝風の覇者〟としては戦ってなかったが、あの時俺は学生としては全力に近い戦闘能力を発揮していたのだからなァ。

むしろ誇るがいい。かつて、魔法には何の希望も見出だせず、この世のどんな存在よりも己の肉体と戦闘技巧だけを頼りに鍛えていたこの俺に全力に程近い戦闘能力を発揮させたんだ」


俺とは違い魔力を常人以上に保有し、魔法学に於いても優秀なお前が、体術と剣術のみに集中していた俺に魔力の運用ナシの試合で、なァ。俺はそう続けた。


俺は魔力の運用ナシの戦闘能力を高める事に十の力を向けていた。ゾラは魔力の運用の有無に拘らずどちらのケースでも対応出来るよう均等に戦闘能力を高めていた。この鍛練方針の集中具合の差はかなり大きい。例えるとすれば、単独戦闘シングルコンバットに特化した戦士に集団戦闘マルチコンバットに特化した戦士が単独で戦いを挑んでいるようなものだ。普通はゾラのように食らい付いてこれたりはしない。


それでもゾラは不満の残る表情をしていたが、取り敢えず納得したのか不承不承といった風に頷く。四角い何か――【マジックビジョン】の魔法が永久化されている小型のボードにペンを素早く走らせた。


『まあ、その辺りについては貴方にも事情があった事ですし、仕方ありません。私が貴方の立場だったら恐らく同じ事をしていたでしょう。

ただ、これは参考までに訊きますが……もし仮に貴方が本気を出していたとしたら、私は何処まで食らい付けていましたか?』


「食らい付く? ンなモン無理だ無理。当時の俺が本気を出せば亜光速の速度域での戦闘になるぜ。これに対応するには最低でも肉体・精神共に超音速の速度域に在り、尚且つ先見の技法を極限まで極めている必要がある。

あの時のお前にそれが出来たかァ? 出来なけりゃ、俺はただ歩いただけでお前を消滅させていただろうさ。音速を超えるレベルでの移動行為はそれだけで攻撃になり得るからなァ」


以前の自身の戦闘能力とゾラの戦闘能力を思い出して、容赦の無い事実を述べるとゾラは沈黙した。いや、元から一言も喋ってないのだが。


当時の状況からあらゆる戦闘パターンを想定しているのだろう。思案顔をしていたゾラだったが、やがて力無く項垂れた。


『……貴方の言う通りですね。魔力の運用が禁止されたあの戦闘では、貴方がただ移動しただけでも私は敗北を喫していたでしょう。

いえ、例え魔力の運用が認められていたとしても、亜光速などという化外の速度から来る衝撃波に耐えられるはずがありませんか……』


「ああ。お前程の戦士なら全力で防護を施せば音速まではどうにか耐え切っていただろうが、音速を超えた速度は無理だ。特に俺達〝覇者〟後継者クラスの戦士になると移動によって生じる衝撃波が物理法則を超えて増大していくからなァ。

別にゾラが弱いワケじゃねェ。むしろ、この俺が驚く程度には強者だったさ。ただ、相手が悪かっただけだ」


俺がそう締め括ると、ゾラはため息を吐いた。武人気質のこいつの事だ、自身の情けなさを恥じているのだろう。


蒼い瞳が俺を見据えて――ふとその視線が俺を超えてその後ろへと向かう。外れた視線の先には、未だに俺の黒髪を弄んでいるレーゼの姿があった。


ゾラの蒼い瞳がキラキラと輝く。恐らく無意識の内に動いたであろうペンを持つ手が、さらさらとこう書き出した。


『可愛い。欲しい』


「あァン?」


【マジックビジョン】に書き出されたその言葉を目にした瞬間、俺は先程までの余裕のある戦士としての顔から不良染みた顔になり、さりげなくレーゼを後ろに隠した。ゾラの不満そうな視線が俺を刺したが、俺も負けじと睨み返す。


「レーゼは俺の女だ。指一本でも触れてみろ、血祭りに挙げて――」


「……別に普通に触られるくらいならいい」


「ぬゥッ!?」


思わぬ所から、まさかのゾラを援護する言葉が出てきた。思わず後ろを振り返ると、飽きもせず俺の黒髪を指に巻き付けたりして弄んでぼーっとしているレーゼの姿が。


愕然とする俺の横を素通りしたゾラは、ボードをスパッツのゴムに挟んでレーゼの肩に左手を置き、右手で艶やかな銀髪を撫でる。


それにより、一列に並んでゾラがレーゼの銀髪を撫でて、レーゼが俺の黒髪を弄んでいるという光景が出来上がった。何これ、新手の毛繕い?


「……! …………! ………………!」


「ん……」


謎の状況になって数分程経過した時、突然フラフラとレーゼが歩き出した。どうやら撫でさせてやるのはここまでという事らしい。名残惜しげに手を伸ばしたゾラは、しかし構わず歩き去っていくレーゼの背中を見て手を下ろした。メチャクチャ残念そうな顔をしている。


「……レーゼが認めたんだ、まあいいとするか。取り敢えず俺達はもう行くぜ。元から学生寮に残してあった荷物を回収する為に来たんだからな」


俺の言い様を聞いていたゾラは少し首を傾け、ボードを取り出してペンを執る。


『やはり、自主退学するつもりですか?』


「んー、元々はそのつもりだったんだけどなァ。ちょっとした提案があって、とある条件と引き換えに卒業資格を貰えるっつう話で、ついさっきその条件を満たして飛び級で卒業してきたトコなんだ」


クイッと学園長室がある方向を親指で示し、既に卒業済みである事を告げる。ゾラは少し目を見開いて驚いた後、腕を組んで何事か私案し始めた。


不思議そうな表情でペンを走らせる。


『……この学園に、飛び級なんて制度があったんですか?』


「いや、無ェ。少なくとも前例は無ェな。飛び級なんて制度が適用されたのは俺達が初めてだ。……ん? 何だその顔は。ああ、「俺達」っつうトコに引っ掛かったのか。

まだ言ってなかったが俺の他にも、ディアス、ユイ、レイラ、カレン、カイルの五人も俺と同じ条件で卒業済みらしいんだ。俺がそのトリを飾ったみたいでなァ」


なるほど、と言いたげにコクコクと首を動かしたゾラは、心なし気が乗ったように物は試しといった様子で訊いてきた。


『そうですか。して、その条件というのは一体どのようなものなのですか?』


今度は俺が首を傾げる番だった。


「ンなモン聞いてどうすんだ?」


返答の筆は早かった。


『私もその制度で卒業出来れば有り難い、そう考えたので』


「何でだァ? あんたって確か四年だったよな。なら後一年じゃねェか。俺達がクリアした条件からして、後の一年とじゃ釣り合わねェぞ?」


『その条件とは?』


「学園で受講する全ての科目の集大成と言ってもいい問題集を全問正解でクリアしろってのだ。一問でもミスったらその時点でアウト。

ちなみに問題数は軽く二千はあるぜ」


『』


ゾラのペンが止まった。虚空に投影された映像に向けていた視線をゾラへと移動させてみれば、口を大きくOの形に開けたまま固まっているゾラの姿が。


「何だ、その反応は。その口に俺の逸物をぶち込めばいいのかァ?」


『――興味はありますが今は結構です』


「なにっ、興味はあるのか!? そこントコ詳しく答え――がっ」


物凄くナチュラルに物凄い事を聞いた俺が興奮気味にゾラに詰め寄ろうとしたその時、壮絶な衝撃が鳩尾を中心に俺の全身を駆け抜けた。


瞬時に光速の数垓倍の速度域に加速した世界の中、俺は自身の腹部にめり込んだ拳を見下ろした。見覚えのある、黒いゴスロリ服の袖に包まれた細い右腕。その先端が、俺の強靭な腹筋を貫いていた。


視界に映る右腕の向こう側、ふわりと花のように開いた黒いゴスロリ服のスカートから伸びた、黒いニーソックスを穿いたほっそりとした脚が見た目からは想像も出来ない力強い踏み込みを見せていた。


全知全能能力を行使して硬質化されているのだろう。武の極致たるその踏み込みを受けても消し飛ばなかったアスファルトから伝わる力が、ほっそりとした脚から腰、胴体から豊かな胸部、肩から右腕へと伝わっていき、拳までいって遂に爆発した。


瞬間、目まぐるしく視界が回転した。鳩尾にアッパー気味に入った拳打を受けて光速の十数垓倍の速度で空高く打ち上げられた俺は、刹那の間に大気圏を突破して宇宙空間までぶっ飛び、中心点たる惑星が在る太陽系からすら弾かれて違う太陽系に突入すると、その太陽系の太陽に減速しないまま突っ込んだ。


直後、形容し難い超絶大なエネルギーの衝突を受けた太陽が大爆発を起こした。太陽系全域が吹き飛ぶ灼熱の中、俺は今頃になってゴボッと大量の血を吐き出す。


効いた。今のは効いた。太陽の爆発ではない。こんなモノは俺の前では全てが無駄だ。効いたのは、俺を此処までぶっ飛ばした拳打の方だ。


常時展開されている慢心の鎧が何の役にも立たなかった。威力も速度も軽減する事なく突破され、俺の肉体に届いたあの一撃。無数の世界の強度を足しても尚足りぬ程の強度を有する俺の心臓を見事なまでに打ち砕いていた。


灼熱に染まる宇宙の中、俺は肉体の再生に意識を集中して刹那の間に快復を果たすと、宇宙空間を蹴った。その衝撃で膨張を続けていた大爆発がそれを遥かに上回る超絶大な力を受けて宇宙空間諸とも消滅するのを背景バックに、俺は光速の数垓倍の速度で中心点たる惑星が在る太陽系まで宇宙空間を走破。


中心点たる惑星の大気圏一歩手前で通常の速度域に回帰し、後は流れに身を任せて大気圏突入を開始する。大気摩擦により俺の総身を炎が覆うが、俺の肉体は勿論〝風の覇者〟時代から愛用しているバトルドレスでもある黒衣も燃え尽きる事はない。フリードの鱗を始めとする究極の素材を用いてランスが製作したこの黒衣は、俺の存在格に吸収された事も相まって俺の肉体と同等の強度を有しているからな。


とはいえ、地表に着地した時にこの炎は邪魔になるだろう。ゴーゴーやらボーボーやら耳障りな事だし消しておくか。


適当に魔力を解放して纏わり付く炎を掻き消し、ついでに物理法則も超越して大気摩擦が起こらないようにしておく。それが済んだ頃には、元々とんでもない速度域から通常の時系列に回帰していたという事もあって、雲の層を突き破りティーン魔法学園を地上に仰ぎ見ていた。


仰ぎ見ていたというのも、今の俺は頭から真っ逆さまに墜落しているところである。妙に聞こえるが、表現法的には間違ってはいない。


みるみる地上が迫ってきて、頃合いを見て俺は背を反らしながら両足で力強く大気を蹴り飛ばして脚を下に向け、着地の体勢を整える。それから間も無く、着地の時が来た。


ここでは俺が絶技を魅せる番だった。両脚を弛く曲げて筋繊維の一本一本を意識して下半身全体を衝撃を吸収し尽くすサスペンションのような役割にし、更に左腕にも同様の肉体操作で衝撃緩和の効果を齎した。


それから少しして、上昇気流に乗っていた俺も学園のアスファルトに足から激突した。そんな事になれば、普通着地の衝撃でアスファルトに小型のクレーターが形成される事は確定している事象だが、着地するのが俺となればその限りではない。


両脚から伝わってきた力を完全かつ完璧に吸収し尽くし、更に左手をアスファルトにつく事によって、既に成された完全と完璧をより完成された完全と完璧に引き上げる。


その結果、アスファルトには砕けるどころか僅かな罅一つとして残さず、スタッと俺は無駄に綺麗かつ華麗に着地。すっと立ち上がると、呆然としているゾラは放っといて自身を異なる太陽系までぶっ飛ばした黒いゴスロリ姿の銀髪の美少女――レーゼに声を掛けた。


「今のは効いたぜ。俺の慢心の鎧も肉体強度もまるで役に立たなかった……流石だ、レーゼ」


「……別に他の女の人に手を出すのはいい。認めたのは私達だから……でも、目の届く所で私達以外の女の人を口説かれると……嫌な気持ちになるからやめて」


俺が雲の層を貫通してぶっ飛んでいった所為でぽっかりと円形に穴が空いた曇天に向かって、たおやかな五指を握り込んで作った拳を突き上げた残心の構えをゆっくりと解きながら、レーゼはそう言った。


その声音には隠しようもない嫉妬の色が含まれていた。先に歩いていったレーゼが、妙な方向に逸れた俺とゾラの会話に嫌な予感を感じて振り返ったところに、俺がゾラに詰め寄ろうとしていた光景が映っていたという事だ。そりゃ殴られても仕方ない。


「俺が悪かった。すまねェな」


「分かればいいの……早く行こ。お腹が空いてきた」


「オーライ。っつうワケで、ゾラ。何かあったら俺の屋敷に来な。世間では結構騒がれてたんだ、場所は知ってるだろ?」


レーゼが魅せた絶技と、ぶっ飛ばされた俺が平然としている事に未だ呆然としているゾラにそう伝えると、俺とレーゼは並んで歩き学生寮へと向かった。





学生寮の302号室。鍵を空けて部屋の中に入ると何処か埃っぽかった。一ヶ月程前までは平日は頻繁に使用していたこの部屋も、一ヶ月間使用していなかったともなると床の片隅やソファーの下など、所々に埃が積もっているのが軽く見渡すだけで視界に入る。


「ちょっと埃が目立つなァ……やっぱり掃除しといた方が良いか?」


通常、卒業生は学生寮の掃除まではしない。後に掃除係の作業員が来て掃除していってくれるからだ。卒業生がする事と言えば、自分の荷物を片付けて部屋を入居した当初の空きがある状態にする事だけである。


しかし、どのみち荷物を片付ける時には嫌でもある程度は掃除する事になるだろう。魔法薬が保存してある棚とか、絶対埃が目立つだろうし。まあ、それは片付けの時に考えればいいか。


自分の中でそう結論付けると、俺はまず魔法薬が置いてある隣室に向かった。中に入ると、埃っぽさよりも先に薬草の匂いが鼻腔を刺激する。


思ったよりも埃が積もらなかったのかと思い魔法薬が陳列されている棚の方を見た俺は、我が目を疑う。


下半分は横に五列、縦に六列となっている戸棚に、上半分は本が置けるような棚になっている構造の普通の棚の、左側面に――何かこう、ジェル状の謎の物体が蠢いていた。


大きさは大体三十センチ程だろうか。半透明の中に緑色のインクを垂らしたような色合いのそいつは、ぷるぷると震えながらうぞうぞと棚の左側面を這い上がっていたところだった。


え、何アレ。あんなのこの部屋に保管しておいたっけ?


魔法薬の瓶が溶けてるとか魔法薬が異質な薬液に変わってるだとか、または保管している間に勝手に調合反応が出てしまうとかだったらまだ分かる。魔法薬ってのは稀にそういった異常な反応を起こすモノもあるからな。絶対に無いとは言い切れない。ちなみに、俺的にはこの現象は魔法薬の材料となる植物や動物、鉱物などが育った過程に問題があると見ている。もしくは育った環境だな。


だがしかし、保管部屋に入ったら謎の物体が蠢いているという謎な未来は想定していなかった。いや、物体と言うよりは生命体なのか、アレは? 微小な生体反応を感じる……この生体反応は、微生物? 微生物の生体反応が無数に併合しているのか……?


ルーレシア世界にも一応スライムと呼ばれる魔獣は居る。今俺が目の当たりにしている謎の生命体と同じような姿形だ。しかし、スライムはこの謎の生命体のように無数の微小な生体反応が併合したような生体反応は発さない。スライムってのは紛れもなく単一の生命体なのだからな。


それに比べてこいつはどうだ。少なくとも単一の生命体ではない、個であると同時に他でもあるこの生物。総体たる生命体。かつて〝死霊の谷〟で相手取った無数の手と眼球を持つ強敵・百目百手を思い出す。


暫時、俺はそのままその謎の生命体を観察していた。それにより分かった事がある。


――こいつ、多分だが明確な意思は持ってねェな。


というか、まともな知性があるかも疑わしい。外敵かもしれない俺が近くにいるのに、まるで反応しやがらない。試しに僅かながら、しかしそれでいてあらゆる生命体を震え上がらせる力を放ってみても、一向に反応する素振りが無い。ただひたすらにうぞうぞと蠢くのみで、今は棚の上に到達してぷるぷると震えている。


「ホントに何なんだ、こいつ……」


「レオン、どうかしたの……?」


俺がぼそっと呟きを洩らした時、保管部屋の扉が少しだけ開いてその隙間からひょこっとレーゼが顔を覗かせた。俺が意識して放った力の波動を感じて様子を見に来たのだろう。


今のレーゼの位置からでは、この謎の生命体は見えない。三百六十度は愚か、三千世界すら超越して外世界を見透す〝眼〟は普段は閉ざしている状態だからな。俺はレーゼに手招きして側まで呼び寄せると、件の謎の生命体を指差して問うた。


「こいつを見てくれ、どう思う?」


「……変なゼリー? 違う、生体反応がたくさん在る……これは、生き物……?」


じっと謎の生命体を見つめたレーゼも、すぐにこれが微小な生体反応が併合して生まれた生命体である事を理解した。暫く謎の生命体を観察していたかと思うと、不思議そうに小首を傾げている。次に、レーゼはフラフラと謎の生命体が這っている棚の隣の棚まで歩いていく。


「レーゼ?」


いきなりどうしたんだ? そう訊こうとした俺は、レーゼが一番隅の棚から取り出した物を見て喉元まで出かかっていた言葉を飲み込む。


「これ……」


レーゼが取り出した物。それは俺が完成した魔法薬を保存する為に愛用しているクリスタルカットの鋭角な魔法瓶だった。


少しばかり値段は張るが、幅広い種類の魔法薬の保存に適した万能的な魔法瓶の口の部分に、直径一センチ程の穴が空いていた。


レーゼはその魔法瓶を片手に、すっと細い指を謎の生命体の方に向けた。


「何でかは分からないけど……生命体化して出てきちゃったみたい……」


「……は?」


生命体化して出てきちゃったみたい、生命体化して出てきちゃったみたい、生命体化して出てきちゃったみたい――……、俺の中でそのフレーズがエコーする。……いや、いやいやいや、何がどォなって俺が集めた素材から作った魔法薬が生命体化するよ!?


それ以前に――。


「ちょっと待て、俺はそんな可能性が存在する調合をした覚えは無ェぞ!? 確かに魔法薬が生命体と化す現象が起こる可能性は在る。

だが、俺が保管していた素材からして、俺が意図して調合しない限りはそんな事が起こるはずが――」


起こるはずが無ェ、と言い切ろうとした俺は、ある事を思い出し途中で言葉を切り口を閉ざした。


「…………」


――あれ? ちょっと待てよ。そもそも、何故レーゼはすぐにあの魔法瓶に入っていた魔法薬が生命体化したと考えた? 全知全能能力は行使していなかったし、そんな都合良くあの魔法瓶に入っていた魔法薬が原因だなんて思うか、普通? ……っつうか、あの戸棚にはまだ魔法薬は入れてなかった気がする。


と、なるとだ。


「…………」


謎の生命体とレーゼの持つ魔法瓶の間で視線を彷徨わせ――やがて、俺はしんねりとした視線をレーゼに向けた。


「……別に怒ったりはしねェから教えてくれ。ありゃあレーゼが作ったのか?」


「うん……夏休みの時、レオンがヤラインの森に魔法薬の素材を採りに連れてってくれたでしょ? その時に採取したアディンの花を使って色々混ぜてたら……何か変なのが出来ちゃって……取り敢えずそこの戸棚に仕舞っておいたの」


あんなのになるなんて思わなかった、と続けるレーゼ。


アディンの花。用途によっては良薬にも毒薬にもなる万能的な魔法薬の材料だ。学園が夏期休暇の時にヤラインの森のエルフの里を訪れた事があったが、そもそもヤラインの森に来たのは魔法薬の材料を採りに来たからであって、エルフの里に訪れる為ではなかった。


その採取した材料というのに含まれるのが今話に出てきたアディンの花だ。秘匿されている特定の魔法陣が刻まれた転移地点から転移する事によって訪れる事が出来る、ヤラインの森の隠されし精霊の泉の湖畔にのみ自生する赤い花弁が特徴的な花。


幾らか採取して保管していたそれをレーゼは調合に使ったらしい。まあ、それについては本当に怒ったりはしていない。此処に在る材料をどう使おうがレーゼの自由だからな。ただ、一つ言わせてもらう事があるとすれば――。


「これ、何をどう調合して出来たモノだ? ちょっとレシピを教えてくれ」


「んん……」


レーゼの青い瞳が泳いだ。その反応だけで返答としては十分だった。先程「色々混ぜてたら」というセリフを聞いた時点でその可能性は考慮していたから。


まあ、全知全能能力を行使すれば全て解決する事なんだけどな。


「しゃァねェな、ちょっとだけだ」


基本的に全知全能能力に頼り切りになる事を嫌う俺だったが、この時ばかりは素直に全知全能能力を行使した。アディンの花やテフテスの根を始めとする、謎の生命体の元になったであろう素材の名称が数百程思考に浮上する。どうやらレーゼは、俺が使わずに持て余していた材料を片っ端からぶち込んだらしい。


分かる分かる……、と俺は内心レーゼの行動に共感していた。こうもたくさん材料があると、一度はやってみたくなるよな、こういう事。俺も独自のレシピを作る為にかつては通った道である。俺が怒らないのにはそういった理由もあった。


じっくりと解析を続けていた俺は、レーゼが調合した魔法薬がどの時期に生命体化したのかを知覚して――ため息を吐いた。分からなかったのではなく、これは納得のため息である。


レーゼが調合した魔法薬が生命体化したのは――俺が王威覚醒したあの時だったのだ。


つまり、こいつも俺の臣下というワケだ。俺の王威覚醒の余波を受けて薬液に含まれていた微生物が超進化を引き起こし、今に至る。それが真実だった。


そして、部屋に入った時に感じた埃っぽさが無さすぎる違和感の原因もこいつだ。この謎の生命体は部屋中を這いずり回り埃などの塵を食べていたらしい。通りで異様に部屋が綺麗なワケだ。


この際、部屋を掃除するついでに幾らか薬草までもしゃもしゃやってくれやがった事は措いておくとして。こいつはどうしようか。


うぞうぞと移動を再開した謎の生命体の処遇について考えていると、何の気なしにレーゼがひょいと謎の生命体を両手で掴んで持ち上げた。


「……これ、飼っていい?」


「ん? 別に構わねェが」


そんなんが欲しいのか? と俺がレーゼの両手でぷるぷると震えている謎の生命体を見下ろすと、レーゼはコクリと頷いた。


「可愛いげがあるから……」


言われてみれば確かに、可愛いげがあるような無いような……、微妙な感じだな。


しかし、飼うのはいいとして何処で飼うんだと訊こうとすると、それを先読みしたレーゼが口を開く。


「お城の庭に放っておくの」


「そうか。まあ、好きにしな。それを作ったのは俺じゃねェし、俺としても害が無い分扱いに困るしなァ。一応、管理は確りしておけよ?」


そう言い含めると、俺は部屋の奥まった位置にある棚の前に歩いていく。まずはあの棚から片付ける事にしたのだ。





片付けを開始してから二時間が経過した頃。


「こんなモンか」


荷物を纏め、転移魔法で屋敷の倉庫まで送り付けた俺は、すっからかんになった部屋を眺めて大きく息を吐き出した。


あれだけあった私物はすっかり無くなり、ただでさえ広い部屋が更に広くなったように感じる。所々にソファーや棚など元々置いてあった家具が残っているのみだ。こうして、入居した当初の状態に戻った部屋を見ていると感慨が湧いてくる。


それはレーゼも同じなのだろう。窓枠に両手を置き、窓から外の景色を眺めているレーゼは、何処と無く思い出に浸っているような印象を見る者に与える、懐古的な雰囲気を漂わせていた。


と、不意にその雰囲気に妖艶さが増し、茫洋とした立ち姿が顎を上げ傲然と前を見据える傲慢な立ち姿へと変貌する。表層意識の支配権がリリスへと移ったようだ。


大人しげな雰囲気から一転、傲慢なる〝女王〟と化したリリスはくるりと反転して軽く跳躍。ふわりと重力を感じさせない動作で宙に浮いた身体は、音も無く窓枠に腰を降ろす事によって着地する。


窓枠に腰掛け、ゆっくりと脚を組んだリリスは、室内を一瞥した後悠然と俺に視線を固定した。


「短かったわね」


「そうか? 俺としては、この学園に入ってからの激動の生活は十分に長かったような気がするけどなァ」


「そう。じゃあ、長かったわね」


「そうか? 俺としては、この学園に入ってからの激動の生活は濃厚だったが、濃厚故に短かったような気がするけどなァ」


「そう。じゃあ、短くも長い生活だったわね」


ああ言えばこう言うような矛盾した俺の返答に、しかしリリスはそれが普通だと言わんばかりにこれまた矛盾した答えを返してくる。俺としても、自分の言った事に間違いがあるとは思っていなかった。


確かにこの学園に入ってからの激動の生活は、長かったようにも思える。


というのも、俺の力不足故にディアナが命を落として以来、色が抜け落ちて荒み切っていた一日一日が色を取り戻して輝いていたからだ。


激情に任せて孤児院を飛び出しただ日々を無為に過ごしていたあの時間は、俺にとっては早く感じた。視線を巡らせた拍子にその辺の店の中の壁に掛けられていたカレンダーを見て、初めて五年もの年月が経過していた事に気付いた過去が在ったくらいだ。


それ故に、ただ惰性に日々を過ごすのではなく、一日一日に成すべき事があった学園に入ってからの生活は、実際には半年程しかなかったのにも関わらず体感的には長く感じていた。


それと同時に、どうしようもなく短いと感じたのも確かだ。これは俗に言う『愉しい時ほど時間の流れが早く感じる』というありふれたあの現象だろう。


この矛盾した体感は、言葉では如何とも表し難い。何しろ感覚的な事だ、人によって感じ方が違う限りは言語で表してもその根本までは伝わらない。


だが、共にその日々を送っていた者なら、無理して言葉にせずとも共感し合えるものだ。


「私も、その感覚は理解出来るわ。魔界でも貴方程色褪せた日々は送っていなかったにしろ、刺激の無い日々だったから。貴方に喚び出されてからは……退屈しなかった」


リリスはうっすらと微笑を浮かべると、今までこの部屋で過ごしてきた日々を名残惜しむように天井を見上げ――やがて、重心を前に移動させて窓枠からトンッと床に降りた。


そのまま俺の横を通り過ぎると、部屋の扉の前で振り返って声を掛けてきた。


「此処ですべき事はもう無い。さっさと行くわよ、私はお腹が空いてるの」


「――そうだな。さしあたっては、スティラの王都辺りを彷徨ってみるとするかァ? 修復作業に奔走していた臣下から聞いた話だと、美味い料理を出す宿屋が新しく出来たらしいぜ――」


これから行く先を話しつつ、半年程の時を過ごした部屋を後にする俺とリリス。戦後の一時は様々な愉悦に彩られ、世界は時を刻み続ける。

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