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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
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愉悦の一時 前編

――俺が目を覚ましたのは、カレン達と行為を始めてから八日後の昼だった。


そう、文字通り七日七晩ぶっ通しで行為を続けていたのだ。前以て限度を定めていなかったら今でも行為を続けていた事だろう。


そんなワケで、軽く深呼吸してから身を起こしたのだが――。


「これは……いや、何も言うまい」


――どうやらちょっとヤリ過ぎたらしい。先に言っておけば、俺もカレン達にも問題は無い。いや、汗やら何やらで身体中が埋め尽くされてとんでもない事になってはいるが、俺達は病毒に対する絶対的な耐性を持っている事は勿論、それ以前に己より存在格の劣る存在からのあらゆる有害な干渉を遮断する。故に、衛生的には何の問題も無い。


更に付け加えると、俺やカレン達から分泌されるモノはどんな物でも存在格が高い為、実は物凄く清潔だったりする。ぶっちゃけ、光を司る光神レスティアが神造する神世の聖水が汚濁に思える程に清らかなモノだったりする。


軽重な所作でベッドから降りると、直ぐ様シャワールームに直行。全身を泡だらけにして溜まりたまった汚れを浄化の魔法も行使して洗い流し、それが済めば湯船には浸からずシャワールームから出て、棚に仕舞ってあったタオルを引っ張り出して身体を拭いた。


残った水気を温風の魔法で乾かすと、寝室でまだ眠っているカレン達を眺めてから部屋を出る。


――さて、特に睡眠時間を定めずに寝てたから、随分と起きるのが遅れちまったが……まあそれはいいか。取り敢えず食堂に向かうとしよう。


今の時刻は午前十一時。仕込みの時間には間に合わなかったが、昼食の調理には間に合いそうだ。


そう考えつつ階段を駆け足で降り、一階に降りてくるなり食堂へ直行。


「おー、やってるやってる。早く俺も……ん?」


食堂の扉を開き中に入った俺の視界に、ユリウスとサイスと話し込んでいる白い青年の姿が写る。


あいつは確か……。


食堂の東側の片隅にあるテーブルを陣取っていたた彼らは、こちらに気付くと各自自分なりに挨拶してきた。ユリウスは軽く片手を上げ、サイスは座したまま一礼。白い青年は快活な笑みを浮かべていた。


取り敢えず、厨房に入る前に彼らのもとに寄る事にした。


「〝ライト=ファング〟だな? 此処に居るっつう事は、サイスがお前を勧誘してお前はそれを承諾して俺の陣営に加わったと考えていいのか」


「いいも何も、丸っきりその通りですよ。あ、アルグラッハも一緒に来てますので、その辺りの事は踏まえておいてくれると有り難いです。

あと、昼食にはピザがいいですね。ピーマンは乗せないでください」


「テメーは……いや、いい。どのみち作るんだ、言っても意味は無ェか」


次いでに注文までしやがった。何てふてぶてしいヤツだと自分の事を棚に上げて考える俺。


しかし、これでディール以外の生存した序列持ちが俺の陣営に加わったワケか。


「忠誠心皆無なのな、お前らは。『闇の覇者』が忠誠心とか気にしねェタイプなのは理解しているつもりだが、こうも軽々しくポンポン裏切りが起きる光景を見ていると何とも言えない気分になってくるなァ」


何気無い呟きに心外そうな表情をしたのはライトだ。


「軽々しいだなんて、そんな事はありませんよ。ねぇ、サイスさん?」


「私には解りかねますな」


「酷いなぁ……あの激闘は何だったんですか。魔王様への忠誠を守ろうとしていたでしょう?」


いや、忠誠を守るだの何だのが戦いの目的だったって事を暴露している時点で、上っ面だけの忠誠と取られかねねェけどなァ。


サイスへの受け答えを見て俺はそう思った。


「――まあ、忠誠心がどうだとかは俺の陣営ではわりとどうでもいい。裏切りたきゃあ好きにすりゃいいし、それはそれで愉しい戦いになりそうだ。

じゃあな。空いてる部屋は好きに使え」


言い捨て、俺は足早に厨房に向かう。


確かエプロンは厨房の洗浄ロッカーに入れっぱなしだったよな、などと考えていた俺は、厨房に見慣れぬ人物が立っているのを目にして観察する。


フライパンの持ち手を握り、絶妙な力加減で腕を振るい炒飯を混ぜ、全体的にバランス良く火を通して炒めている。実に手慣れた所作だ。


まだ若い魔族なのか、そいつは緩くウェーブのかかった黒々とした髪を背中の半ばまで伸ばしており、頭には時折ピクピクと反応する三角の耳を持ち、腰の辺りからは黒い狐の尻尾が生えている。


真剣に炒飯を見つめているその瞳は暗い黄色。すらりとした百八十センチ程の高い背丈に、端正な顔の男だった。


こいつの名は〝アルグラッハ=バスク〟。闇主側に居た、ライトと同様の輪廻転生の賢者だ。尤も、ライトとは違ってまだ経験は浅いようだが。


しかし、なかなかの腕だな……こいつ、出来るッ!


洗浄ロッカーからお気に入りの黒いエプロンを取り出して身に付けながらも、アルグラッハの料理の手並みを見ていた俺。こいつはもしかしたら、前世で料理店で働いていた経験があるのかもしれない。


「よう。調子はどうだ」


「まあまあだな。っと、皿を取ってくれ。すぐそこにある平たいヤツを頼む」


後ろから声を掛けると、アルグラッハは気負いの無い気安い声音で応じた。何だ、結構馴染み易いヤツじゃねェか。もうちょっと慌てるモンだと思ってたんだが、良い意味で予想を上回ってくれたな。


アルグラッハの評価を若干上方へと修正して、俺は近くに置いてあった皿を手に取りアルグラッハに渡す。


「おお、ありがとさん」


皿が手に渡るなり、コンロの火を消して余熱で炒飯を転がしてから出来上がったそれをフライパンから皿に移し換えた。程良くパラパラの米粒は、俺の目から見てもいい出来映えだと思う。


「やるじゃないか。ここまで綺麗に水分を飛ばせるヤツはなかなか居ねェぜ?」


称賛の言葉を送ると、アルグラッハはくるりと笑顔でこちらを振り返った。


「そうか? このくらいならどうって事――どぉぉぉッ!?」


俺と目が合った瞬間、アルグラッハは耳と尻尾の毛を逆立たせてピーンと立ち上がらせ、後退しようとして腰をコンロにぶつけた。超音速の速度域で。


――テメッ、厨房とその器具がオリハルコン製じゃなかったらコンロが破損してたトコだろうが!


そんな罵声が喉元まで出かかったが、今は抑えておくとする。それよりも、だ。


「か、〝風の覇者〟……さん?」


「何だ貴様。相手が俺だと知っていて会話に応じてたンじゃねェのか? 俺的にはアレで良かったんだが」


壁に掛けられている厨房のオーダー欄に目をやりながら言う。今は……カレーまで消化されてるみたいだな。次のカツ丼にはもう取り掛かってるヤツが居るし、俺はその次のうどんに取り掛かるとしよう。


シャーッと水で手を洗った後、小麦粉と水を用意して塩が置いてある方へ行く。


「あのー、そういえば結局存命中の序列持ちはディール以外は全員この陣営に寝返ったって聞いたんスが、ナーデァって何処に居るんスか?

こっちに来てからあいつだけまだ見掛けた事が無いような……」


うどんの生地を練っていると、後ろからアルグラッハが話し掛けてきた。その内容に、俺は一瞬手の動きを止めて考えた。


「ナーデァ? ああ、あの小娘なら俺の性奴隷にしてやったぞ。そういや『七つの大罪』色欲顕現で構築した亜空間に放り込んだまま放置していたが……今頃どうなってンだろォな、あいつ」


「性奴隷って……そりゃちょっとやり過ぎじゃあ――」


「何処がだ? 敗者をどうしようが勝者の勝手だろう。完全実力主義の魔界ではよくある事だと思うが――ああ、読めたぞ? さては貴様、出身は暴力や悪行や身分制度といった要素からは程遠い世界だな?

どの系列の世界だ? そんな生温い世界と言えば、地球系列世界の中でも下位に属する世界か? もしくは箱庭系列世界か。大方その辺りの出なンだろ、お前」


ライトとアルグラッハが転生者である事は〝識〟っているが、何処の世界の出身かまでは〝識〟っていない。そして、既に幾度もの転生を経験して数多の世界を見てきているライトとは違い、アルグラッハは今回が初めての転生だ。故に、出身世界の常識を未だに引き摺っていてもおかしくない。


その事から、ある程度アルグラッハの出身世界に当たりを付けた俺は、試しに話に予想を織り混ぜてみた。


結果、その予想は的中する。


「……ああ。俺は元々地球系列世界の住人でね。剣だの魔法だのといった神秘や身分制度とか、ファンタジー世界では必須の要素とは無縁な生活をしていたんだ。

そんな俺が転生の秘術を知ったのは、会社から帰る途中に見つけた異界からの漂流物――転生の秘録のお陰だ。今思えば、俺が元々居た世界と比較的近い座標に在った世界から本当に偶然跳ばされてきた物だったんだろうな。

多分、あそこで俺が触れなきゃ因果律の修正力で勝手に元の世界に戻されてたと思う。でも俺は秘録を拾っていて、暇潰しに秘録に記されていた通りに魔法陣を描いちまった結果が今の俺だ。

転生した当初は驚いたぜ……普段は別に何ともない普通の生活をしている連中が、いざ争い事になると力で全てを決めるんだからな」


まあ、これでも今はそこそこ慣れてきた方なんだが、と憂鬱そうな顔で呟くアルグラッハ。


しかし、すぐに普段の調子を取り戻すと、


「あー、この件については措いておくとしてっスね。ナーデァのヤツを解放――」


「ならん。あの小娘はもう俺のモノだ。アレはアレで気に入ったンでなァ、解放するつもりは無ェよ。それとも何か、やけにあの小娘に固執しているようだが、惚れでもしていたのかァ?

ならば諦めるンだな、生憎と俺はナーデァを他のヤツに渡す気は無ェ」


鼻を鳴らしてきっぱりと言い切った。手の動きを再開して以降、高速で捏ね回していたうどんの生地を平らに引き伸ばしながら続ける。


「これは〝王〟の決定だ、覆したくば力を示せ。この俺を相手に出来るのならばなァッ!」


「……遠慮しときますよ。仲間だったから口を出しただけで、別に惚れていたワケじゃありませんから。ただ――」


アルグラッハは堅い表情で俺を見据えると、


「あんたの考えには賛同出来ない。あんたの陣営に降りはするが、俺は俺の考えで動かせて貰います」


俺に対する確かな反感を正面切って告げた。


その言葉を受けて調理の手を止め、アルグラッハの方に視線を向ける。


「――いいぞ。お前の往く道と俺の覇道がぶつかるのであれば、相手になってやる。お前はもう俺の臣下だからなァ、殺しやしねェから安心して全力で掛かってこい。

俺は逃げも隠れもせん。何時でも幾度でも挑むがいい。待っているぞ」


力ある言霊を吐き出すと、その力を感じたアルグラッハは震え上がった。が、それでも俺に対する反感を失ないはしなかった。


俺は威圧を解くと、アルグラッハの後方に目をやって囁く。


「ところで、天丼はお前が炒飯の次に担当する物じゃなかったか?」


「えっ……あ、やべっ!」


アルグラッハの後方にある複数あるキッチンの一つでは、気を利かせたアウレアが既に天ぷらを揚げ始めていた。


慌てて自分の持ち場に戻るアルグラッハの背中を見送った俺は、包丁で素早く小麦粉の生地を切り分けていく。汁の入った丼を用意して、水洗いを済ませた麺を投入した。そこにかまぼこや葱を入れたら完成だ。


「うどんは終わったぞ。オーダー欄に斜線引いといてくれ!」


「はい!」


「よし……さァて、次は――」


オーダー係の女性獣人に声を掛けてから、俺は次の料理に取り掛かるのであった。





「おう、お前らも起きてたのか。思ったよりも結構早かったな……此処座るぜ」


「自然に目覚めるようにしている時の私達でも、大抵の場合一度睡眠に入ってからの睡眠時間はほぼ決まっているようなものを、睡眠時間が超過する程激しく犯したのは主の方であろうに。

ああ、それとそこの椅子は先刻水が垂れて少し濡れてるから気を付けた方が良いぞ」


ノヴァの忠告通り、数ヶ所水滴が滴った跡があった。それを魔法で吹き飛ばすと、ノヴァの隣に腰掛けた。テーブルに自作の豚骨ラーメンを置く。


六人席の椅子は俺も含めて五つまで埋まっていた。俺の隣にノヴァ、そのまた隣にコア。俺から見て右斜めの椅子にカレン、その右隣にレイラといった配置だ。

箸を手に取り麺に絡ませつつ、俺はカレンの方を見やった。


「で、どうだったよ。初体験の感覚は」


「気持ちよかったけど、恐ろしく体力を消費したわね。私にはもう体力っていう概念自体無いようなものなのに。貴方もよく七日七晩も保ったよねぇ。

男って皆こうなのかしら……」


カレンはフォークでナポリタンをつつきながらぼやく。


何となく、カレンの持つフォークの鈍い銀色の輝きを見つめ、


「いや、普通は一晩で限界だ。男には体力だけじゃなく精力って要素もあるしなァ……まあ、俺は出した先から新しい精子が精巣で造られてくから、俺には関係無い要素だが」


その気になれば永遠に性交を継続する事が可能だ。もう絶倫ってレベルじゃない。


「まあ、良いじゃねェか。お前達を飽きさせる事は無ェぜ?」


「それはそうだけど――あっ、そういえばレーゼ達はどうするの? 今のレオンなら何時でも魔界に渡れるんでしょ? ルーレシア世界に帰還させなくてもいいの?」


レーゼ達か。確かに、今すぐ帰還させる事は出来る。だが――


「魔界がルーレシア世界と縦に繋がる系列の世界だったならともかく、魔界は魔界という完全に独立した一個の異世界だしなァ……」


俺が言う「縦に繋がる系列の世界」ってのは、『その異世界に於いての魔界と神界』という意味だ。分かり易く言うと――そうだな、AとBという世界が在ったとしよう。更に、その二つの世界には魔界と神界という世界が在ったと仮定する。


この時、A世界での魔界と神界と、B世界での魔界と神界とでは、名称が一致しているだけで全く別の異世界だった――このような関係を縦に繋がる系列の世界という。早い話が、ルーレシア世界で言えば神界・現世・冥界の関係だな。ちなみに、魔界は暗界・現世・冥界という構成だ。


この時点でもう理解出来たと思うが、俺達で言う『魔界』とは勇者と魔王の物語とかで良く見掛ける『その世界に於いての魔界』ではなく、『魔界』という名の個体として確立された別世界の事だ。本来、ルーレシア世界とは何の接点も無い世界である。


そんな魔界が、何故ルーレシア世界が在る外世界的存在領域に急接近しているのかは謎だが、俺にはもうある程度の見通しは付いていたりする。全知全能能力に頼る必要すら無い。


「魔界北部をそっくりそのままルーレシア世界に持ってくるのは、何かと面倒なんだよなァ」


「……ああ、そういう事」


俺のぼやきを聞いていたレイラがそっと声を洩らした。


グラスを手に取り、ワインに口を付けた後、ため息を吐くように言った。


「大方、魔界北部を模倣して創造した大陸を持ってくるワケじゃなく、本当に大陸ごと魔界から切り離して、ルーレシア世界に持ってこようとか考えてたんでしょう?」


「よく分かったなァ。正にその通りだ……俺が世界を創造して、その世界に俺の臣下となった吸血鬼達を移住させる事は容易だし、手っ取り早く済ませるならその方がいいんだろォが――」


思い浮かんだのは、月下の都で思い思いに酒を飲み、料理を食べていた吸血鬼達の愉しげな姿。それを高みから見下ろし、満足げに微笑むレーゼとリリスとアデルの横顔。


吸血鬼達は魔界北部の地にこれ以上無いくらい馴染んでいた。それに魔界北部は、アデルが安住の地と定め、リリスが生まれ育ち、やがて女王となって最初に統治した地であり、リリスと全く同一の存在であるレーゼの故郷でもある地だ。そんな場所を模倣して創造した偽物の世界では話にならない。


俺が言えば、吸血鬼達は魔界北部を捨てて俺が創造した世界に移ってくれるだろう。だがそれでは、アデルとリリスが歩んできた覇道とレーゼの故郷に対する想いを穢す事になるんじゃないか?


――少なくとも、俺が三人の立場だったら、己にとって良い所縁のある地を捨てろだなんて言われたら気に入らねェと思う。ならば俺は、当初の予定通りにコトを成し遂げるべきだろう。この程度の無理を押し通せずして何が〝王〟か!


「そうだ。この程度の事を可能にせずして何とする。――俄然やる気が出てきたぞ」


俺が決定を下すと同時に、確固たる意思力に呼応して境界操作能力の根源である鏡属性を司る王権の階梯が急上昇していく。それは留まる事なく続き、やがていとも容易く必要階梯を超えた。


――これならいける。今すぐにでも魔界北部を持ってこれるぞ!


そう確信した俺は、ルーレシア大陸で最も東に位置するこのシスティール王国周辺の海域に知覚を飛ばし、魔界北部が収まる程度の領域を三次元的に推定。それが終わると、遠隔魔法で推定した領域内のあらゆるモノを破壊し尽くした。


破壊した中には数々の島国が在ったが、有象無象が幾ら死のうがどうでもいいので、殺した対象の存在格を吸収し終えるや否や、俺は魔界に居る自身に意識を傾けた……。





「よし、転移地点の確保は出来た。あとは魔界北部を魔界から切り離すだけだ」


ルーレシア世界で、邪魔なモノを破壊して転移対象である魔界北部の地が収まる程度の領域を確保した俺は、リリスが座す玉座の隣に新たに設けられた玉座から立ち上がった。


「あら、その力……境界操作の系列の可能性を増大させたようだけど、魔界北部をルーレシア世界に跳ばすのはもう少し後になるんじゃなかったかしら?」


俺と同様、玉座に腰掛けていたリリスが立ち上がった俺を一瞥し、内在した力を見抜いてそう指摘してきた。まだ力を発していないというのに、もう気付いたか。流石だな。


「いやなに、意思力の高まりに呼応して更に可能性を開花させちまってなァ。鏡属性の王権の階梯が面白ェくらいに跳ね上がったんだわ。

っつうワケで予定変更だ。自然な流れでの力の上昇を待ってルーレシア世界に転移させようと思ってたが、やめだやめ。今すぐ転移するぞ」


「そう。なら、臣下達に伝えておくべきね。――我が臣下達よ、聴けッ! これより魔界北部の地を魔界より切除し、かの世界へと転移する!

者共、全次元時空間転移に備えよ! 大陸全土に散らばった間諜達は即刻魔界北部の領域内に帰投しろ!」


吸血鬼の始祖女王たるリリスの言は、力ある言霊となりて全ての吸血鬼の一族にして血族に属する存在へと届く。リリスがこの一声を下した直後、にわかに魔界北部の地の吸血鬼達の気が高揚し、魔界北部に帰投する吸血鬼達が相次ぐのを俺は感じていた。


それと同時に、強大な力を持つ何者かが魔界北部に知覚を飛ばしてきたのを感じた。俺ですら強大だと感じる力の持ち主であり、尚且つリリスが展開した固有結界で隔絶された魔界北部の地に知覚を届かせられる相手など、この魔界に於いて一人しか居ない。


「『闇の覇者』か。さて、手出ししてくるつもりなのかどうか……」


もし邪魔立てするようならば、是非も無い。一戦交える覚悟は出来ている。魔界北部の地をルーレシア世界に持ってくる事を考えていた時に、『闇の覇者』が動く可能性がある事は想定していた。


俺が『闇の覇者』の反応を窺う一方、魔界全土に散らばっていた吸血鬼の間諜達は全員帰還を果たしていた。念の為知覚を魔界全土に向けてみたが、魔界北部以外の地に吸血鬼は一人も居ない。魔王城がある魔界中央の地だけは、強力な結界が展開されていた所為で俺の知覚が阻まれ妨げられていたが、魔界中央の地に送り込まれた吸血鬼は居ない事は分かっているのでこれで帰還完了のはずだ。


しかし、一向に『闇の覇者』が動く気配は無い。もうこちらの準備は万端になっているというのにだ。ただ知覚を向けてくるのみで、その気配にも害意の類いは一切感じなかった。


「なるほど、やりたきゃ好きにしろってか。どうやら本当に〝視〟ているだけのようだなァ」


コツコツと、右足の爪先で最高級すら生温いレベルの品質の赤いカーペットが敷かれた玉座の間の床を踏み締めていた俺は、『闇の覇者』の動向に見切りを付けて計画を実行に移す。


「王権顕現、冠するその名は『鏡姫』! 我が王権を拝したならば乖離せよ。我が妃の統べる地を世界の軛から疾く解き放つがいい、魔界の意思よッ!」


魔界の意思が魔界北部の地を乖離せんとする俺に対抗して、魔界の中心点たるこの惑星の強度を跳ね上げた事が分かった。強度が上がった分、魔界北部の地を魔界から乖離させる事が困難になる。


――だが、それだけだ。


「その程度の力でッ! この俺を止める事は出来ねェなァァァァッ!!」


『鏡姫』の境界操作能力に注ぎ込む王力を一気に増大させた結果、ギリギリで保たれていた力の拮抗は崩壊し、魔界北部の地に激震が走り轟音が鳴り響く。


それこそ、世界崩壊のワンシーンが実現されたかのような揺れの中、堂々たる態度で腕を組み仁王立ちしていた俺は、一際大きい揺れと轟音を最後に魔界北部の地が魔界から完全に乖離した事を悟った。


「今だっ」


その瞬間、俺は外世界へと放り出される前にルーレシア世界の外壁を斬り裂き巨大な途を開き、大陸規模の時空突破を図る。


転移先の座標上の空間は確保したッ……後は全次元時空間転移を成功させるだけだ!


どのみち、外世界へ本格的に飛び出す途はルーレシア世界の意思により途中で強制遮断されるようになっているんだ。ここまでくれば、後は楽勝だ。


魔界から乖離した事により、魔界北部という存在概念が成り立たなくなり切り離した大陸そのものが消失しようとするのを王力を以て防ぎ、俺は傍らで玉座に座しているリリスに声を掛ける。


「さぁ、この地に新たな存在概念を授けてやるといい。此処はお前達の領地なんだからな、新たな存在概念を授けるのは俺の役目じゃねェだろ?」


『ええ。後は私達の役目……』


瞬き一つで精神を統一したレーゼとリリスは、ゆっくりと玉座から立ち上がって青と紅の双眸で虚空を睨むと、


『今を以てこの地を『紅き月王国ブラッディムーン』と命名する……我が領地よ、存在格の深淵にこの名を刻むがいい』


レーゼとリリスが元魔界北部の地に新たに『紅き月王国』という地名を定めた直後、元魔界北部の地――『紅き月王国』の地が俺の力に依存せず崩壊を止め、魔界から乖離した時程のものではないにしろ大きな揺れが襲う。


やがて揺れが収まると、玉座の間の扉が開き、豪奢な金の縦ロールを揺らしてアデルが玉座の間に入ってきた。


「成功じゃな。我らは無事大陸の一部ごとルーレシア世界に来られたようじゃ。転移地点も一分のズレも無くルーレシア世界の地形に定着しておる」


満足げに述べるアデルに、俺は唇の端に不敵な笑みを刻んだ。


「当然だ。俺は〝王〟だぜ? この程度の事、造作も無ェな――」





「転移完了だ。さて、これで三人と最良の形で合流出来たなァ。流石俺ッ!」


「自画自賛してるトコ悪いんだけど、早く臣下達に吸血鬼達の事を伝えたら? 要らぬ混乱を招く前にね」


「分かってるって。つっても、血気盛んな連中はもう紅き月王国に向かってるみてェだが」


先刻からシスティールを東に横断していく臣下が何人か居るから間違いない。大方、吸血鬼達の強者特有の力の波動を感じて血が滾った輩が、可能性を開花させた事で飛躍的に上昇した戦闘能力を試しにでも行っているのだろう。やれやれ、可能性を開花させて以来本当に変わったな、この大陸の住人は。少なくとも、以前のように平和ボケした輩は一人たりとも居なくなってるし。


ふと「もし何も知らねェヤツがこの大陸の住人を見たら、一体どんな反応をするンだろォな」という考えが脳裏を過ったが、緩く首を振って苦笑する。多分、常識やら何やらが色々と崩壊すると思うしな。


そもそも、かつてここまでパワーバランスが崩れた世界が在ったか? などと考えつつも、俺は残った麺をつるつると吸って完食し、さっと立ち上がった。

「ちょっと行ってくる。もう分身する必要も無くなったし、存在格の多重化を解くついでに、な」


言うなり、俺は今この場に居る方の自分の存在格を解いた。二つあった視点の内の一つが消え、紅き月王国の王城、その玉座の間に居る自分に視点が収束する。


「――よし。三人とも、ちょっとついて来てくれ。今紅き月王国に向かって来てるこちらの世界の臣下達に、三人の顔見せを済ませておきたい。

俺が王威覚醒したあの時、三人は魔界に居たからなァ。ルーレシア大陸の臣下達は、三人が俺の妃である事を知らねェンだ」


こっちに来てる連中に伝えれば、後は自然に三人の立場が広まるはずだ――俺はそう言い切った。事実、王権『起承転結』の結末の力で未来を予知してみたところ、俺の脳裏には何事も無く三人の立場が明らかになる未来が浮かんでいた。


『分かったわ。……精神は統一させたままの方が良いのかしら』


「そうだな。取り敢えず統一したままにしといてくれ。それについては顔見せの時に説明すりゃ――いや、脳に直接情報を叩き込んでやった方が早いか」


三人を連れ立って紅き月王国の最西端――千数百キロ程先にシスティールを臨む、大陸の西の果てに転移する。読んで字の如く『大陸の一部を乖離させて持ってきた』ので、大陸の最端部は切り立った崖のようになっていた。それを見下ろしたレーゼとリリスが呟く。


『大陸最端の開拓をした方が良さそうね……こんな有様じゃあ、貿易に適していない以前に見苦しいわ……』


「ううむ、自然に出来た地形であれば雰囲気もあり威厳があって良いのじゃが。これでは『闇の覇者』の事を華が無いと笑えなくなるのう」


コツンと、全次元時空間転移時の揺れで崖が削れて出来たものであろう小石を黒いハイヒールの爪先で海に蹴り落とすアデル。確かに、大陸最端の地は最端であるが故に魔界乖離時の衝撃をモロに受けていた事もあって、内陸部よりも被害が大きい。この辺りなど、大規模な森林が繁栄していたはずだが、海から十キロ圏内はほぼ荒れ地と化してしまっている。


ちなみに、リリスの固有結界は展開したまま持ってきたので、紅き月王国は昼時ではなく夜のままだ。


魔界に在った時と変わらず、天には月と星々――存在格を分化させて持ってきた為、実際に宇宙があり月と星々も本物である――が輝き夜の空を彩っている。


「存在軸多重宇宙とでも言うべきか? いや、元の存在格が魔界の存在概念で構築されていたから……異界概念変動宇宙? 何とも言えねェな」


『まだそんな無意味な事を考えていたのね……レオンって本当、無駄があるのか無いのか分からないわ』


「異な事を、無駄ならあるに決まってンじゃねェか。俺は人間だぜ? 真に人間たるこの俺が、無駄が無いワケが無ェ。無駄の無い人間ってのは生物学上の話でならともかく、存在概念的には人間として成り立っていない事は勿論、無駄が無ェから逆に可能性の幅が狭窄した挙げ句に伸び代も皆無なのは知ってるだろ?

無駄が無いっつう事は、裏を返せば何かを成し遂げた時に現状に満足して、それ以上は求めない――目的を果たしている以上、不必要である想定していた以上のモノを得る為の努力はしねェ。

それが『無駄が無い』って事だ。つまり向上心を失うって事に繋がるのだからなァ。――そんなのは違ェだろ? 人間ってのはそんなつまらねェ生命体じゃねェはずだ。

人とは、何かを成し遂げた時には果たされた現状よりも更により良いモノを望み、前へ前へと進んで往く存在概念の持ち主である種族だ。

現状でも十全であるというのに、更なる高みへと至ろうとするその渇望、探究心。人間以外の種族にとっては、さぞや無駄な事に見えるだろうなァ」


『なるほど、言われてみればそうね……。それに気付けないなんて、私もまだまだだわ……』


語り終えると、レーゼとリリスは納得したように一つ頷いた。不覚だった、と言わんばかりに腰に片手を添えて額にもう片方の手を当てている。


月光を受けて青白く発光するレーゼとリリスの銀髪を眺めていると、こちらに向かって来ていた気配が海の上で停止したのを感じた。


彼ら彼女らが一様に戸惑った表情をしている事から、どうやら向こうもこちらを目視したらしい事を悟った俺は、遠方に見える臣下達向かって手招きした。数は……大体四千くらいか? 暇なヤツらだな、と嘆息する。


なに、俺はどうなのかって? 俺はこうしている今も己の覇道を歩んでいる真っ最中だ。暇ではあるが暇じゃない、そんな微妙な立場だな。


やがて、海面を靴底で蹴りつけて海上を駆けてきた臣下達が崖下に勢揃いする。レーゼとリリスとアデルを見上げてざわついている臣下達を見下ろし、俺は声を張り上げた。


「――よく来たな我が臣下達よ。ちょうどいい、一言一句違う事なく他の者共に伝えよ。この地は隣に居る我が妃が治める国だ。名を紅き月王国――魔界最強の一族にして血族たる吸血鬼が住まう領域。

この地への無用な手出しはこの俺が禁ずるッ! この決定を心得たのであらば疾く去るがいい。上陸したくば、俺ではなく我が妃の許しを得よ」


言うべき事だけ言って、俺はすぐに引き下がった。もう俺の役目は終わったからな。あとはレーゼとリリスの采配でいい。


配下の吸血鬼を呼んで、アデルと相談しつつ入国の制度を伝えているレーゼとリリスの後ろ姿を一瞥した後、ふとある事を思い出し俺は転移で屋敷へと戻った。





転移魔法独自の浮遊感を経て、屋敷のエントランスに出現した俺は、サイスの気配を探ってサイスが自室に居る事を知ると、サイスの部屋へと向かう。


部屋の前まで来ると、右の拳を固めて扉をノックする。途端、すぐに扉が開かれ、見慣れた無愛想だが端正な顔が身長差の為か俺よりも少し高い位置に現れた。


サイスはさっとその場で跪き、俺を迎える。


「お呼びで御座いますか、レオン様」


「まあな。楽にしていいぞ、サイス。此度は先の件の褒美を取らせに来た。ユリウス達にはあの後褒美を取らせたというのに、お前には続いて動いて貰ったからな……」


その結果、ライトとアルグラッハがこちらの陣営に加わる決意をした。それらは全て、サイスの尽力の恩恵だ。


「さぁ、何を望む。力か? 財宝か? 名誉か? 領土か? 女か? 美酒美食か? 俺が異論なく可能な事なら、どんな願いも叶えてみせよう」


傲岸不遜に断言すると、サイスは迷わず口を開いた。決断が早いな、などと感心していると、意外な答えが返ってきた。


「では、女性を所望します。レオン様、その様な所にお立ちにならずどうぞ中へ」


「うん? ああ、そうだったな」


言われて、自分が扉の前で立ちっぱなしだった事を思い出す。顔を合わせてすぐに話を切り出した所為で、跪く前にさりげなくサイスが横に移動して中へ招き入れようとしていた事を失念していた。


部屋の中へと歩を進めつつ、


「褒美には女を望むか。分かった、どんな女が良いか言ってくれ。そうすりゃ希望通りに創ってやる。しかし、普段浮わついた話を聞かないお前が女を欲するとはなァ。

クハハッ、サイスも結構男やってンじゃん。安心したぜ」


ユリウスにはミスティが居るが、サイスには全く女の気配が無いからてっきり独身を貫くつもりかと思っていた。しかし、これでサイスにも春が訪れるワケだ。

実にめでたい、サイスがどういう反応を女にするか楽しみだ。そんな俺の考えは、他ならぬサイスによって打ち砕かれる事となる。


「私の欲する女性は現実に存在しています。故に、創造する必要は無いかと愚考する次第」


「そうか? なら、俺が持つ『愛と憎悪の大女神』の王権を顕現して縁結びの力を――」


そこまで言って、俺は違和感を覚えた。いや、違和感というかこれは――。


俺は知覚を自分の背後に向ける。サイスが居た。ああ、それだけならいいんだ。だがこれはちょっと、いやかなり……。


「……近すぎじゃね?」


「…………」


疑問を口にしても、サイスが離れる気配は無い。普段、俺の心情の機敏に長けているサイスだったら、遠回しに「ちょっと離れろ」と言っている事を理解しているはず。だというのに、一向にサイスは退かなかった。


堪らず俺は自分から離れようとしたが、それに追従するように前に進んだサイスに肩越しに後ろからするりと手を回された。結果、俺はサイスの両腕に収まる形となった。


ちなみに、現在の俺は紅き月王国に居た方の俺を主軸に分身を消した事もあって女性体のままである。


ここまで条件が揃っていていれば、流石に俺もどういう状況なのか察しが付いた。


「おい、サイス。悪ィ事は言わねェ、俺はやめておけ。余計な希望を持たねェよう断言してやる、お前のその想いは絶対に俺に届く事は無ェ。

俺は、肉体が女性体と化しても精神的主軸は男のまま不変不動なのは知ってるだろ? お前が余りに報われなさ過ぎる」


「――いくらレオン様の御言葉だとしても、レオン様の臣下だからこそその御言葉通りにする事は出来ませんな。レオン様は御自分で仰っていたではないですか。

『我が臣下ならば、己の欲を抑制する事なかれ』と」


「む」


確かに言ったな。今でもそう在れと思っている。だが、今回ばかりは相手が俺なだけに少々話が違う。


暫くの間判断に迷った俺は、ある王権の能力を思い出しサイスの部屋に結界を張った後、ため息混じりに告げる。

「――分かった。俺はお前の想いには応えてやれねェが、一時の快楽を与えてやる事は出来る。全力で身構えろサイス、俺の色香は男女問わず猛毒だぜ?」


「承知しました」


サイスの肉体と精神に防護が纏われるのを確認した俺は、王力を集中。高まった無形の力を言霊に乗せて解き放つ。


「王権顕現、『七つの大罪』色欲顕現! 狂い咲け邪淫の華よっ」


言下に、俺は普段抑えている存在格を魅了する〝王格位〟としての色香を放った。途端、室内の大気が奇妙な鳴動を始め、次の瞬間には空間が破砕されてしまう。俺がただ色香を放っただけでだ。


意味が分からないと思うから簡潔に言おう。俺の色香は肉体と精神を魅了する色気どころのものではなく、存在格を魅了する色気だ。故に、相手が生物だろうが無機物だろうが関係無く魅了する。そしてその色香は、対象となる存在格の階梯が俺よりも低い場合、俺が構築した〝色香〟という概念に呑まれ、生物であれば命を落とし、無機物や概念体はあらゆる存在領域から喪失するというトンデモな代物だ。


これで分かったと思うが、先程空間が独りでに破砕したのは俺の放つ色香の所為だ。これでも最低レベルまで階梯を落としているのだが、それでも十分な破壊力である。下位の世界ならば無数に創造破壊可能な程度には。ちなみに、階梯を下げずに普通に色香を放った場合は中位の世界ならば無数に、上位の世界ならば複数破壊出来る程度の力がある。


――早い話が、だ。俺の色香はモノ凄まじく危険だって事だ。特に、女性体だとその危険性が高くなる。汗を流している時に色香を放った場合には、耐久性に優れた最上位の世界ですら消し飛ぶ可能性がある。


それを、今の俺は〝王格位〟としての矛盾を呑む力で、起こり得る事象を存在格レベルでサイスに快楽を与える程度まで抑え込んでいる。それでもサイスに防護させたのは――。


「……ッ!? こっ、これはっ……うぐっ」


サイスらしくない、精細さを欠いた所作で俺から腕を放して後退る。そんなサイスの様子にコトが上手くいった事を理解した俺は、


「ナニがとは言わんが、ここは一旦恥を捨ててチャックを下ろして露出させといた方が身の為、下着とズボンの為だと思うぞ。……ちょっおまっ、おい! こっちに向けたまま出すなァッ!

このままだと俺にぶっかかる――サイス!? 聞こえてンのかァ!? おい……おい、おォォォいッ!!」


「れ、レオン様……申し訳ありません、身体の自由が利かず――……」


「――ッ、そうかっ。しまった、存在格レベルで快楽を与えるっつう事は、当然の如く雄としての本能の部分まで引き出して――」


「うっ」


「ぬゥあッ!? 【トラベラー】ッ!」


……………………。





「あ、危ないところだった……」


窮地から脱した俺は、王都の路地裏に転移していた。この辺りは……ランスの拠点がある近くだな。適当に転移したが、随分と懐かしい場所に来たもんだ。


かつて、〝風の覇者〟としての戦衣を作って貰う為に此処に訪れた時の俺と比較すると、やはり俺は変わったんだなと思う。少なくとも、あの頃はまだ歪んだ本性を隠してたしな。


この一角は〝裏〟の世界の一部だが、見た目は街なら所々にある普通の路地裏である。〝裏〟と言って思い浮かぶのは、ボロボロの家屋が並び立ち脛に傷がありそうなチンピラ達がウロウロしているような光景だが、ルーレシア大陸全土に於いて治安と生活水準が高い為に、ルーレシア大陸ではそういった如何にもな〝裏〟の方が却って珍しい。


しかし、その代わりと言っては何だがやる事がエグく、通りすがった見た目優しげな好青年が筋金入りの拷問師兼個人経営の売人で、偶々視界に入っていたというだけの人間に毒を盛って連れ去り、生きながらに解体しながら心臓などの利用価値のある器官を剥ぎ取り、俗に言う〝裏ルート〟のオークションで売り捌いたりと、危険度は如何にもな〝裏〟を遥かに越えていたりする。


かく言う俺も、暗黙のルールを守って違法調合の魔法薬を売っていたのにも関わらず目を付けられて、捕まえられて性奴隷(しかも奴隷証には性別:女と書かれていた)として売り飛ばされそうになったり、その場で陵辱されそうになったりと散々だった。


はっきり言って、良い思い出など全く無かった。いや、〝裏〟に良い思い出を求める方が間違ってるか――などと考えていた時、前方の曲がり角からよく見知った顔が出てきた。


「フリードか。こんな所で何をしている」


「いきなり話し掛けられたと思えば、主か。少し困った事になってな、ランス殿を頼っていたところだ」


曲がり角から姿を現したのはフリードだった。柔和な笑みを浮かべるフリードの全容を見た俺は、何事かと目を細める。フリードは蒼を基調とした要所要所に銀の装飾があしらわれている裾の長いマントを纏い、その下には幻想的な輝きを宿した蒼き鎧を着込み、額には竜の物を模したのであろう、銀色の輪の側面から後ろに流れる蒼い角が装飾された兜を嵌めた姿だったのだ。


言わずとも察しが付くと思うが、これは人化している時のフリードの完全武装した姿である。


現代に再臨した大戦争は一時の終結を迎え、今は比較的平和な時間が流れているというのにこれは一体どういう事だ? 今のフリードの風体は、まるでこれから死地にでも赴こうとしているようにしか見えない。


そんな俺の思考を察したのだろう。フリードは苦笑いして言う。


「今、神界では排斥戦争が起きていてな。その排斥される対象に我ら風竜の一族も含まれておる故、敵が攻め込んで来た際に先陣切って戦えるようランス殿に武具の強化を依頼していたのだ」


「排斥戦争だと? どういう――……いや、その排斥される対象とやらの主な種族を聞かせてくれ」


排斥戦争……もし俺の予想通りなら、それは――。


「我ら風竜の一族を始め、雷竜の一族、炎・水・風・氷の属性神の一族、炎狼の一族、妖精の一族、天使の一族といった者達だ。排斥を仕掛けて来たのは概念神共。

……排斥される対象となる種族を訊いてきたという事は、主もコトの全容を察してくれたか」


「まあな。ハッ、肝の小せェヤツらだな」


――やはりな。そういう事だったか。


フリードから話を聞いた俺は、自分の予想が間違っていなかった事を理解する。


今神界で起きている排斥戦争とやらは、此度の大戦争で一部の種族が力を持ち過ぎた事によって起きたものと見て間違いない。


例えばフリード。フリードは俺の臣下になった事で単一世界全知全能能力を保有する程の戦闘能力を得ているが、その点について考えていてふと疑問が浮かばないだろうか。力のバラつきが妙に激しくないか、と。


レイラなんかは、覚醒前は明らかにフリードよりも戦闘能力で劣っていたのにも関わらず、覚醒した途端いきなり同等の戦闘能力を得ていたりするだろう? フリードとレイラでは俺の陣営での立場が違うが、普通に考えて元の戦闘能力で劣るレイラがフリードと同等の戦闘能力を得るのはおかしいと思わないか?


ディアスとユイにしたってそうだ。単一世界全知全能には劣るにせよ、いきなり全次元全知全能の力を手にするには至らないはずだ。どうしてこうも俺に親かった者ばかりが俺の軍勢の中でも上位にランクインしているのか。


これについては、正に『どれだけ俺と深く関わっていたか』が関与している。俺と深く関わるという事は、俺の影響を深く受けるという事に他ならないからだ。


数値化して、一の影響を受けるか十の影響を受けるか。それが関係の深度で決まってるっつう事だな。ありふれた話だ。


これによって、契約者共々俺の臣下になった一部の神界棲使い魔達が飛び抜けた戦闘能力を得たワケだ。それが神界のパワーバランスを著しく崩した事が、排斥戦争の表面的な原因だろうな。


――つまり、諸悪の根源は俺って事だ。はっはっは、いや参ったねェ!


とはいえ、このままだと神格の階級上超至高神の位である破創神たるノヴァにも火の粉が降り掛かりかねんな。


「どれ、ここらで神界征服でもしちまおうか」


「ほう、神界征服か。確かに、主のような絶対者が神界を統一してしまえば万事解決するな。その場合、それぞれの種族の長が治めていた領地はどうなるのだ?」


俺は少し考えた後、思い付いた事を口にした。


「そうだ、一旦神界全域を一つの領地として俺が何らかの名を刻んで統治し、元来その領地を治めていた種族の長達に領地を封土として与えるっつうのはどうだ?」


「なるほど、主を統制者兼裁定者と見なした上での神界全域による封建制度か。悪くない。俺もそれで良いと思うぞ」


フリードからのゴーサインも出た。取り敢えずフリードを先に神界に帰還させた俺は、己が妃達に念話を飛ばす。


《七人とも、聴こえてるか? ちょっと話があるんだが》


心中で呼び掛けると、すぐに六つの思念から応答があった。


《どうしたの?》


《ふむ、何か用か?》


《……なに?》


《何かしら》


《申し上げます。何か御用でしょうか、レオン様》


《何じゃ、儂に何か用かのう》


聞き慣れた声音が胸中に響く。念話が繋がった事を確認した俺は、念話に応じたレーゼに問うた。


《レーゼか。リリスは深層意識に?》


《うん……近日建設予定の港の規模と配置の書類を作って、疲れたって言って……寝ちゃった》


《そうか。そりゃあ仕方ねェな。まあいいか、然して重要な事でもないし》


神界を征服する程度、今の俺には容易いしな。


《で、その話ってのも、今からちょっと神界を征服しに行ってくるってモンなんだが》


《神界征服? 随分と急な話だな、魔が差しでもしたのか?》


《それもあるが、今回ばかりはそれだけが理由じゃねェ。詳しくは神界に〝知〟を傾けてみてくれ》


ノヴァの疑問については、コトの次第を知らせる為に神界に知覚を向けるように念話で伝えた俺は、カレン達が単一世界内に於ける次元の壁を越えて神界に知覚を向けている間に、内なる世界で神界で振るう為の宝具を構築し始める。今までは常に黒刀で戦ってきたが、〝王〟となった今では常に黒刀を振るうつもりは無い。


我が始原宝具たるあの黒刀を執るは、俺が真に敵足り得ると認めた相応しい相手にのみ。それ以外の場で開封するような安っぽい宝具ではない。


さて、当面の敵対者は主に神族――それも、概念神の類いだったな。となればお誂え向きの宝具がある事を俺は覚えている。大抵の宝具の由来は九鬼王との戦いで獲得している。その中には、この宝具を構築する為の由来も勿論含まれていた。


「構築完了だ。来い、『夢想破砕す現世のクレステッド・シュルーカン』!」


右腕を横に地面と平行するように突き出した俺は、かつてファランが俺の『戦場制す光明の(エクスカリバー)』を突破する為に顕現させた、長さ三メートルはあろう長大な翡翠の槍の名を唱えた。


直後、俺の右手の掌に深緑の光の粒子が散り、一瞬にして一本の翡翠の槍を形成する。見た目と真名こそファランが所有する物と同様のものだが、由来と担い手の違いからその存在格は全く異なる新たなる宝具。


「よし、こんなモンか……」


手首のスナップでくるっと長槍を回転させ、トンッと肩に当てて止める。見計らったようなタイミングで念話が繋がった。


《事情は大体理解できた。私達も主と共に神界へ赴こう》


ノヴァのやる気に満ちた声が聴こえてくる。


《いや、それには及ばねェよ。それに、この戦争は俺が単独で戦ってこそ意味がある。分かるだろう?》


《考察します。レオン様の圧倒的な力を見せた上で勝利し神界を統一する事によって、レオン様という絶対の統制者が在る事を知らしめる為と認識しました》


《私もそう受け取ったかな》


《右に同じく》


《私も……》


《儂もじゃ》


《で、あろうな。私もそう考えたが……その辺り、どうなのだ主よ》


立て続けに思念が届く。ノヴァが問い掛けてきたのを機に、俺は念話を返した。


《その通りだ。今、神界で勃発してる排斥戦争ってのは、一部の者が力を持ち過ぎた所為でパワーバランスが崩れたっつうのが原因だろ?

まあ、実際にはもっとこう、自分の方が上じゃねェと気が済まねェだとか、ヤツらは概念神である自分達ですら超える力を手にいれて怖ェから、まだ力に慣れてねェ今の内にさっさと殺っちまおうだとか、そんな思惑があるンだろォがな。

だがそれなら、要はパワーバランスなんて一々気にしてても意味が無ェって事を連中に思い知らせてやりゃあいいワケだ。そこで俺の出番ってワケだなァ。

でだ、そんな感じで俺は神界を統一した後、封土という形でフリードのような元々の統治者達に領土を返還し、乱を治に還す。だからお前達はこっちで待っててくれ》


返ってくるのは了解の思念。それを受けて一息吐いた俺は、念話を切断した。眼前に佇んでいたフリードの顔を見上げる。


「――よし。行くぞ、神界へ」





ルーレシア世界 神界・至高神域


「そういう事情なら仕方ありません。いいでしょう、私は降伏します」


「そうか? 俺的には刃向かってくれても良かったんだが」


――神界には主に四つの階層が存在する。属性神達が住まう八天神域、高位魔獣などの種族が住まう種天神域、信仰神達が住まう心天神域、概念神達が住まう理天神域。この四つの神域が重複して神界は構成されているのだ。


但し、これらの神域とは異なる特殊な神域として、理覇神域、至高神域、創始神域といった天外神域が在ったりするのだが、それらの天外神域はほぼ完全な個として独立した領域である為、厳密には神界の一部ではなかったりする。言ってしまえば、ルーレシア世界という枠組みの中に新たに生じた異界のようなものだ。


そんな天外神域の一つに、俺は訪れていた。戦後、システィールの王城で揉めた至高神・カラティアが治める領域である。


俺がカラティアと相対しているこの間は、荘厳な雰囲気の漂う神殿の一室――大広間だ。というか、この神殿には今俺とカラティアが相対している大広間しか部屋は無い。規模が小さいのだ、カラティアの神殿は。かつて俺の精神世界に在ったファランの神殿と同規模といっても過言ではない。


全く、至高神らしからぬ神殿だ――そう考えている傍ら、いつかは俺も神殿か居城を拵えようかなどと思いを馳せていると、


「貴方に一つ頼みがあります」


「頼み?」


声を掛けられ思考に回していた意識をカラティアに戻した俺は、カラティアの言葉を反復した。


俺の目をじっと見つめて言う。


「可能であれば被害を最小限に留めて頂きたい。特に概念神の方々は、消滅してしまうと新たな概念神が現れるまでに時が入り用になる虞があります。

そうなると、新たな概念神が現れるまでの間は世界概念の閲覧・及び調整が不可能になってしまいますので。ただでさえ、貴方の台頭によってルーレシア世界の意思様がかつてない程に活性化なされ、世界概念を変更してしまっているのだから――分かりますね?」


カラティアは膝の上に添えていた手を、祭壇に備え付けられた飾り気の無い椅子の肘掛けに置いた。それだけで、存在としての深奥たる存在格から僅かに滲み出る力の波動の質が確かな威を宿したそれに変わり、その気迫を真っ正面から受け止めた俺は、王城のサロンで相対したあの時は見るべき所も無く一撃で消し飛んだが、改めてその存在格の圧を受けてみると確かに至高神の位に在るだけの事はある、とカラティアの評価を上方修正する。


「可能であれば被害を最小限に、か。そんなお前にまず先に断言しておいてやろう。可能か不可能かで言えば普通に可能だ。大した傷も後遺症も無く倒すだけに留める事も出来れば、殺した後に甦らせる事すら出来る。

――だが」


と、そこで一旦言葉を切った俺は、カラティアの琥珀色の瞳を覗き込んで続けた。


「俺がそこまでしてやる義理は無ェな。むしろ先の事を考えれば、ここらで概念神共に致命的な被害を与えて、次代の概念神共の観念に影響を与える為の礎にしてやった方がいいはずだ。

俺とて何も考えずに動いているワケじゃねェ。今回はそういう考えもあって神界征服に乗り出してンだ。それを踏まえた上でもう一度問おう。

考え直す気は無ェか?」


「ありません。次代の事を踏まえても、やはり概念神が長期に渡って欠けるのは避けたいところです」


「そうか。しかし、俺の臣下でもないお前の願いを無償で引き受けてやる事ァ出来ねェな。〝王〟たる俺に方針を変えろと言うのだ、それ相応の代価を支払え。

これは〝王〟の契約だ。代価さえ支払えば、約束を違える事は無いと知れ!」


正面に座すカラティアを見下ろし、傲然とした態度で言い放つ。今述べた言葉に偽りは無い。相応の代価さえ支払えば、俺はカラティアの考えに添った形で神界征服を成して見せよう。


確固たる意思の下に告げてやると、カラティアは一つ頷いた。トントンと椅子の肘掛けを指で軽く叩くと、何かしらの権能で増幅された音が神殿内に響き、扉が無い為に入り口から音が外に漏れて消えていく。


それと同時に、俺は神殿の入り口付近に身に覚えのある気配が到来したのを感じた。この気配は、いつぞやのカラティアの従属神か。


「お呼びですか、至高神様――……き、貴様はっ」


「ふん。あの時の小娘か」


俺の知覚を肯定するように神殿の入り口に姿を現したのは、以前至高神と揉めた時に俺に斬り掛かってきた騎士の装いをした女神だった。


こいつは俺を見るや否や即座に抜剣、腰を落として中段に構え、摺り足でジリジリとこちらににじり寄ってくる。


警戒心&敵愾心バリバリの騎士女神に、カラティアが気負った風も無く声を掛けた。


「ユユ、剣を納めなさい。この方に敵意はありません、今回は排斥戦争の乱を治に還す為に御足労してくださった来訪者です」


「しかし――」


「ユユ」


カラティアの窘める声に、騎士女神――ユユとやらは俺とカラティアの間で視線を彷徨わせた後、


「わ、分かりました……」


本当に俺に敵意が無いのを察して、剣を納めてがっくりと項垂れた。


数十秒程、ユユが気を取り直すのを待っていたカラティアは、ユユなりに俺の存在を認めた事を見て取って命令を下した。


「ユユ、貴女には人払いを頼みたいのです。私はこの方と大切な話があるので、そうですね……今から二時間程の間は神殿の敷地内に誰も入れてはなりません。

よいですか?」


「はぁ……しかしその、大切な話というのは――いえ、何でもありません」


恐らく大切な話とやらの内容を訊こうとしたユユは、カラティアのそこはかとない拒否の念を受けて聞き出す事を諦める。


ノロノロとした未練がましい足取りで神殿を後にするユユ。寂寥感を漂わせるその背中に、しかし全く気にする事なく――こいつもなかなかいい性格してやがる――カラティアはゆっくりと立ち上がった。


そのまま、ユユが神殿の敷地内から出て門の辺りに陣取るのを確認してから、カラティアは身に纏う白い衣の両肩にある金色の留め金に手を掛ける。


ほう、と頬を笑みの形に歪める俺の目の前で、カラティアは白い衣を脱ぎ捨てていく。


結果、露になったのは女神の色白の眩い裸身。ほっそりとしているが肉付きの良いその肢体は、体つきだけならカラティアと同じようなタイプの美女であるノヴァやコア、アデルには及ばないにせよ、俺としてもそれなりに見応えのあるものだった。


そんな光景を目の当たりにした俺は下劣な情欲を隠そうともせず、好色な色を宿した瞳でカラティアの裸身を舐めるようにして眺める。


「それがお前が支払う代価か、カラティア」


「ええ。聞けば、貴方はとても好色なお方だという噂でしたので。――その様子から察するに、どうやら噂に間違いはないようで」


カラティアは俺の雰囲気が既に性的に危険なものへと変化している事を女の勘で理解したのか、表情にこそ出さないものの、俺には緊張したカラティアの内心が手に取るようにして分かった。


俺が一歩間合いを詰めると、更に緊張の糸が強靭になるのが伝わってくる。やはりというべきか、カラティアには男女の経験が無いみたいだな。まあ、身近に居るのが従属神であるユユとまだ神格の低い女神達といった感じで、上手い具合に全員女だから仕方ないのか。


どれ、ここは一つ緊張を解してやろうか。そう考えた俺は、〝王格位〟としての存在格から発せられるある種のカリスマ性の中でも、女を惹き付ける波動を意識して放出、カラティアに浴びせかける。


途端、カラティアの目つきが陶然としたそれに変わる。そのまま俺にしなだれかかろうとして、ハッと正気に戻って俺から距離を置いた。


「……今のは魅了チャームの魔法ですか?」


「違ェよ。女を口説くのに魅了の魔法なんて使って溜まるか。今のは〝王〟として人を惹き付けるカリスマ性の中でも、女を惹き付ける為のカリスマ――この場合は色気といった方が正しいか――それを意識してお前にぶつけただけだ。

魅了の魔法など、思い違いも甚だしい。この俺が、魅了の魔法なんぞに頼らなければ女の一人も口説けねェ男だと思っていたのかァ?」


「いえ、どちらかと言うと考え無しに女性に言い寄りそうな感じです」


「……テメー、実はもう動揺から立ち直ってるだろ」


じろっとカラティアの整った顔を見やると、露骨に視線を反らしやがった。俺は大きくため息を吐く。


「やっぱいい性格してるぜ、お前。覚悟しろ、壊れるくらいメチャクチャにしてやる」


それを最後に、俺はその場でカラティアを組伏せた。





――開始からちょうど二時間が経過したところで、俺は失神しているカラティアから離れる。


ぐったりとしているカラティアを一瞥すると、さっさと立ち上がって自分の身体だけ浄化の魔法で清潔にする。カラティアはまあ放っておいて大丈夫だろう。目が覚めれば自分でどうにかするさ。


身嗜みを整えつつ歩き出した俺は、神殿の入り口から敷地へと出てそのまま門へと直行。門を通る際、落ち着きなく同じ場所をウロウロしていたユユに用件は済んだ事を伝えると、ユユは早速神殿へと向かっていった。


「さァて、これでもう此処には用は無ェな」


遠ざかっていくユユの背を見送った俺は、神殿に背を向け至高神域の正規の神門へと歩いていく。来る時は次元の壁を斬り裂いて強引に侵入を果たした上に、いきなりカラティアの神殿内部に出てきたからな。異なる神域へ立ち去る時くらい、大手を振って正規の神門を使ってやるのも悪くない――


『至高神様!? お、己ぇええあの男ぉぉぉぉ! 絶対にぃ殺してやるぅううううううう!』


――俺はその場で、無言で鋭く右腕を振るい次元の壁を斬り裂いた。





神界 〜八天神域〜


「どうした。もう終わりかァ!?」


属性神達が住まう八天神域。排斥戦争の影響で緊迫した雰囲気の漂うその神域に突如として襲来した俺は、瞬く間に八天神域を征服しつつあった。


火・雷・水・氷・土・風・光・闇の順に征服に着手した俺は今、八天神域の中でも聖域と見なされている『創始へと至る途』で、起源なる属性神達と最後の衝突を迎えようとしていた。


色が抜け落ちたような純白の古代神殿の最深部の広間で、俺は祭壇に祀られた破創神ノヴァの女神像を背にして八柱の起源なる属性神達と対峙している。


俺は無傷、起源なる属性神達は満身創痍だ。それなりに激戦だったからな。しかし、『創始へと至る途』と呼称されるこの古代神殿の内部には一切破損は見られなかった。起源なる属性神達は勿論、戦いを愉しむ為に存在格の階梯を下方修正している為に、俺でも古代神殿を傷付ける事は出来なかったのだ。


無論、通常の存在格ならば余裕で古代神殿を破壊する事は可能だし、本気を出せば下方修正した今の存在格でも古代神殿を破壊する事が可能だ。それをしないのは、この古代神殿がノヴァの所有物だからである。


起源なる属性神達だけは、限られた時期に限りノヴァに精神体として謁見しに創始神域へと来訪出来る事は話に聞いていたが、この古代神殿こそが創始神域へと至る途だったのだ。……尤も、この古代神殿は所謂『正規の道筋ルート』というヤツで、数千年程前に頭文字がFの名前の某〝覇者〟が不正に創始神域まで踏み込んでいたりするのだが。


何はともあれ、この古代神殿はノヴァの所有物だ。ノヴァの覚醒と同時に古代神殿の存在格も飛躍的に上昇しているので、存在格の階梯を下方修正している今、心置き無く力を奮えるというワケだ。


「――次で最後だ。全力で来るがいい、俺はそれを片手間に叩き潰してやる」


「……いいでしょう」


挑発の言葉に応じたのは、八柱の起源なる属性神の中でもまだ余力を残していた起源なる水の属性神・ウンディーネだ。起源なる属性神で構成された豪華過ぎるパーティーを統率しているのはウンディーネで、その理由というのも彼女こそが八柱の中で最も強い力を持つからだ。


何せリンスの使い魔なのだからな。この八柱の中で、ウンディーネは間接的に俺の臣下だったりするのだ。


ウンディーネ自身も間接的には俺の臣下に加わっている事を認めている。つまり、この戦いに於いて自らの主君である〝王〟を相手取っているという認識があるという事だ。俺自身、自分の臣下と殺り合ってるっつう自覚はある。俺と臣下達の間には臣君の絆とでも言うべき存在格の繋がりがあるからな、こうして戦ってると臣君で戦ってる事の妙な実感が湧いてくる。


「――だからといって手加減するつもりは無ェけどなァ!」


手元でくるりと翡翠の長槍を回転させた俺は、金属とはまた違った感触の柄を掴んで回転を止めると光速の数千倍の速度域へと加速し、古代神殿の床を蹴りウンディーネに向かって踏み込んだ。


「我らが〝王〟よ。この一撃、受けていただきます! 【八天神装・穿】!」


俺と同様、光速の数千倍の速度域に突入したウンディーネは、翡翠の長槍を持つ俺に対抗するように、他の七柱の起源なる属性神達から力を託され内部に七つの属性を宿した、透き通った水で構成された長槍を手元に顕現。片手に強く握り込んだそれを、俺が間合いに踏み込んだと同時に突きだしてきた。


俺は、ウンディーネの突き出した長槍を真っ正面から迎え撃つ軌道で長槍を構え、その真名を謳う。


「砕け散れッ! 『夢想破砕す現世の槍』!」


唱えられた真名に呼応し、翡翠の長槍が深緑の輝きを纏い、ウンディーネが突き出した【八天神装・穿】の半透明の穂先と深緑を纏った翡翠の穂先が衝突した。


反目し合う絶大な力が拒絶反応を起こし、二色のオーラとなって溢れ出す。その影響を受けた神界空間が崩壊し歪んでいくが、古代神殿にはやはり傷一つ付かない。流石ノヴァ、我が軍勢でナンバーツーの力を持つだけの事はある。


流石といえば、このウンディーネにしたってそうだ。存在格の階梯を同レベル帯まで低下させているとはいえ、この俺の宝具の真名解放に対抗できているのだから。


只人であれば、今のウンディーネと同等の力を得ていたとしても、衝突した瞬間に障子紙をナイフで突き破るような容易さで突破されていた事だろう。


リンスは、規模の大きい戦いの時にはカイルと行動を共にしていた所為か、戦いの場でウンディーネを呼び出す事があまり無かった――任務の報告書を仕上げる時に召喚して手伝わせていた(仕事の比率はリンス:ウンディーネで2:8という外道さ)事はよくあったが――為に、ウンディーネの戦闘能力については大雑把にしか把握していなかったが……どうやら総合力はフリードクラス、戦闘技法と技巧の面ではフリードよりも一枚上手らしい。


見事なものだ、と胸中で称賛の言葉を贈る。俺の『夢想破砕す現世の槍』は、宝具の能力階梯で言うと『対想宝具』と呼ばれる部類の宝具だ。対想宝具とは、想念を力の源にする対象――いい例を挙げれば『戦場制す光明の剣』――に特に効果的な宝具の事だ。場合によっては〝英傑殺し〟と呼ばれる事もある。


効果の大小はあれど、想念を力の源にするという概念が成り立つなら問答無用でその力を発揮するのが対想宝具。かつて、ファランが俺の『戦場制す光明の剣』を突破する為に、俺が所有する『夢想破砕す現世の槍』と同名同形の宝具を顕現させたのはそれが最も効果的な宝具だったからだ。『戦場制す光明の剣』は人々の斯く在れという想念の結晶とも言える宝具だ、対想宝具である『夢想破砕す現世の槍』とは圧倒的に相性が悪い。


ウンディーネが顕現させた長槍は宝具ではないが、神力に想像力で形を与えている魔法――つまり想念の結晶である事には変わり無い。それはつまり、俺の『夢想破砕す現世の槍』が効果を発揮する条件は整ってしまっているという事に他ならない。


最悪とも言える相性の『夢想破砕す現世の槍』を相手に、ウンディーネの長槍も善く戦っている。それだけ長槍の術式の構成が整っているのだろう。神力の密度も極めて高い。


だが、と俺は柄を握る手に力を籠めた。どれ程見事な戦ぶりをみせようと、この俺の『夢想破砕す現世の槍』は止められねェッ!


ぐっと翡翠の長槍を突き出す右腕に加える力を籠めると、これまでの拮抗が嘘のようにウンディーネの長槍が押されていく。ウンディーネの端正な顔に苦しいものが浮かび、半透明の長槍を執る両腕に宿らせる神気を増大させて、必死に『夢想破砕す現世の槍』を押し返そうとするが――。


「終いだッ!」


「あっ!」


バキャッ、と。


けたたましい異音を立てて半透明の長槍が砕け散り、その破片は神力で精製された水へと戻った。


当然、遮る物の無くなった翡翠の長槍の穂先は、驚愕に顔を歪ませているウンディーネの胸元へと吸い込まれるように突き出され、豊かな乳房の左の下乳を削る形で心臓を真っ直ぐに穿った。


心臓を貫かれた衝撃でウンディーネの全身が大きく揺さぶられ、緩く開かれた唇からゴボッと大量の血液が咳と共に吐き出される。


翡翠の長槍に貫かれたウンディーネの身体を持ち上げて宙吊りにした俺は、堂々たる態度で己の勝利を宣告する。


「俺の勝ちだ。その槍、終ぞ俺には届かなかったなァ」


「ガハッ……そう、ですね……せめて一矢報いる事が出来れば、そう考えていましたが……」


ウンディーネは苦痛に震える手で己の心臓を貫いた翡翠の長槍の柄を撫でる。たおやかな繊手に血の紅が伝った。


「――この戦を以て、八天神域は貴方を〝王〟として認めます。頂に立つ〝王〟に永遠の栄光を!」





八天神域での戦が終結し、その結果と勝利者である〝王〟たる俺の威容と威名が八天神域全体に知れ渡った頃。起源なる属性神達の集まりの場として知られる聖域の一つにて。


「随分と手酷く殺してくれましたね。お陰で甦って再生したはずの胸が未だにキリキリしているような気がします」


「そいつァ知らねェよ。傷は完全に再生させたンだ、あとはお前の気の持ちようの問題さ」


「分かっていますよ。分かっていましたけど……臣下や身内が相手でも容赦が無い時には容赦が無いんですね、やっぱり」


「臣下や身内だからこそ、だ。刻んだか?」


八天神域を征服し終えた俺は、つい三十分程前までは殺し合っていた起源なる属性神達と軽い酒宴を開いていた。


八天神域では、起源なる属性神達以外の属性神とはあまり戦わなかったからな……最終的にトップ同士の戦いになった所為か、予想以上の速さで八天神域の征服が進行した。種天神域で俺の動向を広めているフリードの方からまだ念話が来ていない。


オリハルコン製の杯に口を付け、ぐいっと傾けて残っていた透明な液体を飲み下す。そうして新しい酒へと手を伸ばしたところで、


「しかし、本当に戦闘能力の差が激しいじゃねえか。あんたの加護を受ければ誰でも可能性とやらに目覚めるってのか?」


疑問を口にしたのは火の起源なる属性神・イフリートだった。腰に爪が備わった籠手を帯び、赤い軽鎧の上に燃え盛る炎の紋様が装飾された赤い外套を纏っている。いずれも純度の高いオリハルコン製のもので、至高の域に在る武装と言えよう……俺が王威覚醒する前の時代までは。


「勘違いするな。俺が臣下達に加護を与えたのが可能性に目覚めた後だって事をフレイ辺りから聞いてねェのか? 俺の加護は確かに戦闘能力に補正を掛けるものだが、元になる戦闘能力は間違いなくそいつ個人のものだ。

今の臣下達は俺の覚醒の余波である力の波動を受けて可能性を開花させたが、それにしたって可能性に目覚めるかどうかは本人次第だぜ?

だから俺が力を与えたと考えてンならちぃっとばかしワケが違う。俺は切っ掛けをくれてやるだけだしなァ。っつうか、今までの俺の話を聞いて、俺が自分の力を大した関係も無いヤツらに分け与えるようなヤツだと思うか?」


酒瓶を傾けてドボドボと豪快に杯に酒を注ぎながら言う。


「……いや、無いな。無い無い、こんな強欲かつ傍若無人なヤツが」


「さりげなく喧嘩売ってンのか、テメーは」


ドンッと大きな音を立てて酒瓶を置いた。しかしイフリートはしんねりとした視線のままだ。見れば、起源なる属性神八柱全員揃ってイフリートと同じような目をしている。こいつら……と俺は頬を引き攣らせ、色々と面倒になって酒を呷る。


「……まあいい。それよりも、だ」


俺は、内に宿した超絶大な力の一端を解き放ち波動として八天神域全体に浸透させた。直後、感じるのは可能性を開花させた時特有の爆発的な力の高まり。俺の力の波動に触発された属性神達が、通常届く事のないものとして秘められていた力の枷を外した証だ。


ついでに、新たな臣君の絆が属性神達の方から一方的に結ばれていくのを感じる。おいおい、まだ俺は臣君の絆についてはアクションを掛けてねェぞ? ってか、鞍替え早ッ!


「お前ら、本当に長として慕われてたのか?」


「貴方のカリスマ性がおかしいんですよ。お世辞にも人を惹き付けるような性質とは言い難いというのに、気付けば何故か貴方の在り方に惹かれているというか……」


言いつつ、臣君の絆を結んでいるのは光の起源なる属性神・レスティア。カラティアとはまた違った白い衣を纏っている、艶の控えめな金髪の女神だ。今もまた、自然と臣君の絆を結んだ自分の行動に驚き、眉根を寄せて考え込んでいる。


「……ここまで影響を及ぼすとなると、我らが〝王〟のカリスマ性はある種の呪いとも言える。禁忌とされる魔法の多い闇の属性神を束ねる者としては、非常に興味深い」


俺の方を言葉通り興味深そうに見ているのは闇の起源なる属性神・サタン。俺よりも長い地まで届く黒髪に、ボロボロの黒衣を纏った長身が特徴的な美男子だ。


ちなみに、サタンは普通に男らしい面貌をしている。……ちっ!


サタンの顔を見やって「女顔になっちまえばいいのに」と考えていたその時、フリードから念話の魔力が飛ばされてきた。すぐに念話を繋いで応答する。


《どうした?》


《種天神域に於ける神界征服戦争の段取りが決まった。予想通りと言うべきか、種天神域に住む全ての種族が連合軍を形成して主との総力戦を所望している。

――無論、我が風竜の一族もな》


――総力戦か。まあ、これについては予想していた事だ。元より種天神域の住人は他神域の連中とは違って自然界の掟を重視する節がある、であれば征服してやるとか宣告すれば戦いになるのは当然の事とも言えよう。それも、話を聞いてみれば雷竜王セレスや妖精女王レミエルなどといった、見知った者達まで俺との戦いを望んでいるみたいじゃないか。


面白い、と俺は口角を吊り上げる。フリード達とは、一度本気で殺し合ってみたかったんだ。


《――いいだろう。その宣戦布告、受けて立とう》


《うむ。では此方も、愚かなる侵略者の征服戦争に受けて立つとしよう》


念話によって届けられるフリードの声に心胆寒からしめるものが含まれた。その度合いから、フリードが本気である事が犇犇と伝わってくる。


《そいつァ重畳……愉しみにしてるぜ》


それを皮切りに念話を切った俺は、膝の上に置いていた杯を手に取り先刻注いだ酒を一息に飲み干すと、ゆらりと立ち上がった。


「もう行かれるのですか?」


「ああ。ンじゃ、神界征服戦争が終結したらまた会おうや。じゃあな」


立ち上がった俺を見上げるウンディーネにそう返答し、俺は右腕を振るい次元の壁を斬り裂く。


さぁ、次なる戦場へ向かおうか――!





神界 〜種天神域〜


神界の四つの神域の内の一つ、高位魔獣などの中でも高次元生命体である種族が治める領域の一角に俺は降り立った。


俺が降り立ったのは、鬱蒼と繁った森林の一角だった。辺りを見回せば視界いっぱいに大小様々な木々が乱立し、その間には何かの蔓や茨が蔓延り地面には草花と、熱帯雨林のような様相だ。気配の残り香から察するに、恐らく妖精の一族が治めている領域だろう。


そう、気配は残り香だった。幼げな弱々しい気配は森林の深部の方に感じるが、ある程度の力を持つ妖精は一人たりともこの森林には居なかった。が、気配の残滓は残されている。それを残り香と表したのだ。


では、此処を発った妖精達は一体何処に行ったと言うのか。その答えは勿論――。


「ハッ、こいつァ凄ェ。マジな意味で種天神域の総力戦じゃねェか!」


此処から遥か西北西の方角。種天神域の中心部に広がっている広大な荒れ地――知覚した情報によると、この荒れ地は他種族と戦争になった時に戦場として選ばれる、謂わば決戦場のような領域らしい――に、種天神域に住まう全ての種族で構成された混成軍が布陣していた。


明確な陣形などありはしない。種族問わずそれぞれ思い思いの配置に付いている。一見するとただの纏まりの無い軍勢のように思えるが、今回の場合はこれが正しい。同等数の軍勢と衝突するのならそうはいかないだろうが、相手は俺一人だ。陣形など組んだところでまるで意味が無い。それどころか、陣形を組むという事は、一つの部隊に同系統の相手が固まる事を意味するので、対策が練り易くなりその分与し易くもなるワケで、陣形を組む事が却って下策にもなってしまったりする。


――それに、我が軍勢に属する者からしてみれば、陣形など物の役にも立たない。先読みされる云々以前に、真なる戦場で本当に役に立つのは量ではなく質、個人の武勇である事を善く理解しているからだ。


弱卒は幾ら集まったところで所詮弱卒でしかなく、真なる強者に届く事は無い。それは、今回の戦にしたって言える事だ。


彼方にはフリードを始めとする猛者達が居るが、それでも俺には勝てやしない。戦う前から勝敗は見えているのだ、この戦争は。


しかし、それでも尚フリード達は俺に向かってこようと言うのだ。その意気や良し、俺もそれに応えるまでだ。


フリード達が待ち構える決戦場の座標を確認した俺は、早速転移魔法でその地へと向かう。


転移が完了し、俺の視界に入ったのは多種族で構成された最低でも三十億は下らない程の大軍。単一世界全知全能であるフリードが何かしらの加護を与えているのか、一兵卒に至るまで光速の数千倍の速度域まで加速する事が可能なのは確かだ。


決戦の地を埋め尽くす強壮なる戦士達を眺め、壮観だななどと思っていると、何処からともなく声が響いてきた。


「――来たか、主よ。これが我ら種天神域の総戦力……八天神域ではどうだったかは知らぬが、種天神域を統べると言うのならば、我ら総てを打ち倒してみせて貰おうではないか。

それが出来ずして種天神域を統一する事が出来ると思ってくれるな」


響いたのはフリードの声。その淡々とした声音からは普段の温厚さは窺えず、三十億もの軍勢の深部から冷然とした視線で俺を射抜くように睨んでいるのが分かった。


それに対して、俺は嘲りを多々含んだ哄笑を以て応じた。


「ふははははははははは! 笑わせるなよフリードォッ! その口振り、貴様ら如きが〝王〟たるこの俺に太刀打ち出来るとでも思ったかァ!?

――いいだろう。俺は貴様らを真っ正面から一人残らず叩き潰し、蹂躙し尽くしてくれるわァッ!」


口上を上げるや否や、ビュンッと翡翠の長槍を振り捌き、地を蹴り光速の数千倍の速度域に突入して敵勢へと突貫した。


過去・現在・未来が入り乱れる時系列の狂った世界を一直線に駆け抜け敵陣の目の前に出現した俺は、右手に持つ翡翠の長槍を豪快に横薙ぎする。俺の加速に合わせて同等の速度域に加速していた敵先陣の面々は必死の形相で障壁を張り防御態勢を取るが、翡翠の穂先は止まらない。


展開された幾重もの障壁を易々と突破し、俺は翡翠の長槍を左方向へと振り抜いた。その刃の届く範囲に居た炎狼・雷狼・地竜が咆哮を上げる間も無く消し飛び、衝撃波が周囲に居た戦士達を吹き飛ばす。


次いで、現在自分が横薙ぎの一撃を放っている位置へと攻撃が迫っている事を知覚した俺は、左へと翡翠の長槍を薙いだ勢いを殺さず、肉体を左方向へと移動させながら前進し、次の標的へと向かう。直後、つい先刻まで俺が居た場所に魔法やブレスが炸裂し、派手な見た目に反して狭い範囲の大地を轟音と共に穿った。


――極限まで有効範囲を狭めて魔力を集中させ、威力を高めているのか。


存在格ごと消失した大地を全方位を見通す〝眼〟を以てして視界に収めた俺はそう当たりを付ける。ありふれた手法だが、敵である俺が自陣に斬り込んでいる現状では最も効果的な攻撃方法だ。元より、生半可な攻撃では存在格を格落ちさせている今の俺にも傷を負わせる事は出来ない。加えて、味方に攻撃の被害が及ばないようにしなければならないのだからな。


迫り来る様々な攻撃を薙ぎ払い、受け流し、躱しつつある程度敵先陣に食い込んだ俺は、そこで一旦前進する足を止めてどっしりと構える。それは通常、単騎で大軍に突撃する場合には絶対にしてはならない行動の一つだ。


単騎の大軍に対する最大のメリットは機動力。如何に戦場を駆け巡り敵勢を撹乱するかが勝利の鍵となる。これには敵勢の攻撃の集中の度合いという要素も含まれ、敵勢の戦闘能力次第では同士討ちをさせる事も可能だが、今の俺の場合、敵勢である種天神域の戦士達一人一人が卓越した戦闘能力を持つ事と、敵軍に妖精女王レミエルが居るという要素も相まって同士討ちを狙う事は出来ない。


種天神域の戦士達一人一人の戦闘能力が高い事は当然として、何故妖精女王レミエルが敵軍に居ると同士討ちを狙えないのか。それは彼女の持つとある権能が起因する。


妖精女王レミエルはその名の通り妖精の一族の女王である。妖精とは精霊と同じく自然と共存共栄の関係にあり、自然が滅べば妖精の力も弱まり、逆に自然が繁栄すればする程力が上昇するのは周知の事実だ。


この関係の深さは妖精女王であるレミエルも変わりはしないが、レミエルの場合通常の妖精とは格が違い、あくまで妖精は妖精という一つの種族で、自然から力を吸収しているだけで自然その物ではないのに対し、レミエルは妖精の一族で唯一自然と一体化する事が可能な権能がある。


〝融和〟を顕すその権能を、レミエルは可能性の開花と共に更なるステージへと引き上げている。それにより、新たに体得した権能に『融和識別』の権能がある事を俺は〝識〟っていた。


『融和識別』――それは、使い方次第では敵と味方を識別した上で味方の攻撃を味方の存在格と融和させ、同士討ちを防ぐ権能になる。


早い話が、地球系列世界のゲームとか言う仮想の世界に織り込まれている設定によくある、味方識別による味方からのダメージ無効化が可能になるのだ。


これらの要素が揃っているが故に、本来ならば俺は停滞する事はおろか移動を止める事もしてはならないのだ。


だが、それは俺が只人であったのならの話だ。


肩幅よりも少し広めに足を開いてその場に立ち止まった俺は、それを待っていたと言わんばかりに降り注いだ攻撃を見やり、目を細めた。


左足を若干後方に下げて腰を低く落とし、右手のみで保持していた翡翠の長槍を両手で握り、頭上に掲げたそれを手首のスナップを効かせて風車のように回転させた。


光速の数万倍の速度で回転する翡翠の長槍は頭上から迫っていた魔法やブレスを纏めて掻き消し、更に俺が翡翠の長槍の角度を調節した事によって、地を這うような位置から俺を狙った攻撃も高低差問わず打ち払われ、爪や牙、武具など物理的に俺を攻めた戦士達は、鋭く閃いた翡翠の刃を受けて逆に命を落とす。


攻防一体の戦闘技法を見せる俺を警戒した戦士達がさっと俺から距離を取り、遠隔攻撃のみで俺を狙うようになった。それでも俺はその場に留まり、翡翠の長槍一本で攻勢を凌ぐ。


他の宝具、それこそ強力な防御宝具でも顕現させて敵の攻勢を防ぎ、反撃するのは容易いが――俺は、神界征服戦争は終始この槍一本で勝ち抜くつもりで『夢想破砕す現世の槍』を顕現させたのだ。そんな手は採らず、この身一つ槍一本で勝利して見せる。


高まった意思力に呼応するように、存在格を格落ちさせたまま引き上げていないというのに戦闘能力が上昇し、槍捌きも鋭くなる。


と、高位の雷竜が吐いた青き雷光のブレスが俺の身に迫りつつあった。俺はそれを一瞥すると、翡翠の長槍の回転を止め、雷光のブレスに向けて柔らかく突きを繰り出した。


今までの、攻撃を掻き消し弾くような槍の振るい方ではなく、重さを感じない軽重な突き。雷光のブレスの軌道と威力を〝視〟て感じた俺は、翡翠の長槍を握る手に雷光のブレスが僅かに接触した瞬間、雷光のブレスに穂先を突き入れる形で雷光のブレスの進行速度に合わせるようにして翡翠の長槍を引き下げ――。


「でェやァァァッ!」


――雷光のブレスを投げ返した(・・・・・)。


今の一瞬で何があったのか。それは、翡翠の長槍で雷光のブレスを絡め取り、更に雷光のブレスの存在格を自身の存在格で侵食して、レミエルの『融和識別』を打ち消していたのだ。


これにより、雷光のブレスは雷竜の放った攻撃ではなく投げ返した俺の攻撃と判定される。レミエルが持つ権能『融和識別』の中でも、〝攻撃〟に於ける敵味方に二分する判定基準が『攻撃の発生点』である事を、幾度も攻撃されている内に〝識〟ったからこその芸当だ。


しかも、自身の存在格で侵食する際に俺は力技には頼らず、槍術の技巧の冴えのみでやってのけた。存在格を格落ちさせている今の状態で、だ。


敵陣の深部で、己の権能を易々と打ち破られて大きく口をOの形に開けたまま固まっている緑髪の女性が居るのが〝視〟えたが、どうでもいい。


「王権顕現、冠するその名は『復讐の女神』! 自身の攻撃をその身に受けて砕け散れェッ!」


翡翠の長槍から投げ返される形で放たれた雷光のブレスは、放った本人(本竜?)である雷竜へと描いた軌道を辿るようにして飛んでいき、ブレスを放った顎を開いたまま唖然としていた雷竜が雷光に呑まれ、爆発した。


その余波は凄まじく、辺り一対に居た種天神域の戦士達の中でも障壁の展開が遅れた者達が根こそぎ消し飛んだ。


「馬鹿なっ、あのブレスにここまでの威力は……」


障壁の展開が間に合った戦士達の内の一人が呻くように口走った。


そう、本来ならばあのブレスにそこまでの威力は無かった。況してやブレスは集中型、ブレスをそのまま投げ返しただけならば爆発するようなものではない。逆に言えば、そのまま投げ返したワケじゃなければ有り得る事というワケだ。


王権『復讐の女神』。その力は復讐者に加護を与えるのみならず、受けたダメージを増幅して相手に弾き返す事も出来る。俺がやったのは正にそれで、雷光のブレスを元々の威力の二億倍にまで引き上げた上で雷竜へと投げ返していた。


その結果、ここまでの被害が出ただけの事。敵勢が怯んでいる内に駆け出した俺は、縦横無尽に翡翠の長槍を振り回し鎧袖一触に敵を薙ぎ倒しながら、敵陣の深部目指して疾走する。


勝利条件は敵軍の全滅。敵の頭を潰す事ではない。故に、俺の放つ斬撃は敵を殲滅しながら進む為に自然と縦に長く、横に長く射程が長くなり、敵陣からしてみれば斬撃の壁が迫ってきているように見える事だろう。


広範囲に、障壁すら突破して疾く一撃必殺の威力を。超絶の技巧を以てそれを実現した俺は、敵の攻撃を『復讐の女神』の王権で自らの力としながら敵陣を突き進む。


しかし、遂に敵陣の深部と言える領域まで到達したところで俺の快進撃は止められる事になる。


――ギィンッ!


「ちっ」


「うおっ」


展開された障壁をバターのように斬り裂き、ここまで数多の敵を屠ってきた翡翠の刃が遂に止められた。前進をやめてそちらの方を見やれば、黄金の軽装を身に纏った金髪金眼の美青年が斬撃の衝撃波を弾いた体勢で顔をしかめていた。


「重ッ……これで格落ちさせてるとかマジか!?」


そうぼやく美青年の両腕はきらびやかな黄金の竜鱗で鎧われた竜の腕となっており、それが胸の前でクロスされている事から、そのようにして斬撃の衝撃波から身を守ったのだろうと推測する。


雷竜の物と思わしき竜鱗に、俺が放った斬撃の衝撃波を障壁も展開せずに肉体能力だけで弾く竜族の戦士。そんな条件を満たしているのは、俺の知る限り一人しか居ない。


「雷竜王セレスかっ」


「ああ。まずは俺と殺り合って貰うぜッ!」


言下に、金髪金眼の美青年――セレスが竜の両腕を拳の形に固めて俺に襲い掛かってきた。


全身に雷を纏い疾走するセレスは一瞬にして光速の数兆倍の速度域まで加速し、十数キロは開いていた間合いを瞬時に零へと変えた。俺も即座に光速の数兆倍の速度域に加速し、右手の翡翠の長槍を右方向へ振るい衝撃波で敵を斬り飛ばしながら、セレスの拳打に対抗するように、翡翠の長槍を振るった事により生じた力を余す事なく利用した左ストレートをセレスの拳の軌道に合わせるように打ち込んだ。


ガゴッと鈍い音が俺とセレスの拳から鳴り、絶大な力のぶつかり合いが生んだ衝撃波を全身に浴びつつ俺は舌打ちを一つ。脇を締めて翡翠の長槍を構え、セレスの心臓目掛けて突きを入れる。


止められる自身があったのか、リーチの差から躱すのが間に合わない事を悟ったセレスは、胸部を竜鱗で鎧い突きを受けようとした。


が、胸当てに翡翠の長槍の穂先が触れたところで防げるような威力ではない事を理解したらしく頬を引き攣らせた。あわやこのまま翡翠の長槍に貫かれるかに思われたその時、横槍が入る。


「――【餓狼咆哮】ッ!」


「ぬっ」


左側面からの殺意に反応した俺は、翡翠の長槍を握る右手を逆手に変え、未だセレスの心臓へと前進している翡翠の長槍を支点に柄の部分を片足から飛び越える――確か、陸上競技の跳躍様式の呼び名では『はさみ跳び』と言ったか――ようにして跨ぎ、翡翠の長槍より右側へと着地する。


直後、先程まで俺が居た翡翠の長槍の左側から、宇宙開闢レベルの無限大熱量のエネルギーが狼の首を成して、その牙を以て俺を噛み砕かんばかりの勢いで飛来した。


無論、回避動作は既に終えている為、俺は翡翠の長槍を逆手に持つ右手に障壁を纏わせるように展開する事で難を逃れるが、セレスの心臓目掛けて突き進んでいた翡翠の長槍は横合いからの一撃を受けた反動で本来の軌道から大きく逸れ、セレスの左の脇腹を抉り肋骨を二、三本破砕して外れた。


俺は、突きを外した事により後方へと生じた力を利用してそのまま身体をしならせて後方へと身を投げ出し、ブリッジのような体勢になると空いている左手を大地について、両足を跳ね上げた。


今までの壮絶な戦いの傷跡を刻まれた大地の中、最も動作の妨げにならない平地を選んで俺は何度もバック転を繰り返し、瞬く間に数キロの距離を移動した。


「今度はイグニルか……!」


そう独白を洩らし俺が見据える先には、負傷した脇腹を押さえて苦痛に呻くセレスと、赤い長髪を熱気に揺らめかせこちらの動向を探る見覚えのある美青年の姿がある。


ルーレシア大陸に〝鍛鉄〟、〝至高の作り手〟と名高き生産者であり、ルーレシア世界でもトップクラスの戦士であるランス。その契約者、炎狼王イグニルが参戦した瞬間だった。





――あれから数時間が経過した。種天神域の強壮なる戦士達は大地を染める鮮血と肉片の大海に沈み、生存しているのは種族を治める長の中でも特に強い力を有していた者だけとなっていた。


雷竜王セレス。炎狼王イグニル。妖精女王レミエル。毒炎竜ヴリドラ。そして、風竜王フリード。種天神域側の生存者はこの五名だ。


五人とも全身に大小様々な傷を負っており、中でも率先して襲い掛かってきたセレスとイグニルは酷い状態だ。セレスは左上半身をズタズタに斬り裂かれ、傷口からボロボロになった肋骨や潰れた内臓などが覗いている。イグニルは、狼型の魔獣特有の機動力を奪う為に俺が脚に狙いを定めていた為、右足は太股の半ばから、左足は脛の辺りから両脚合わせて左斜め上に線を描くように切断され、横一文字に斬り裂かれた腹部からは内臓をはみ出させている。


傷の具合は勿論、出血の度合いからして生きているのが不思議な程の傷だった。特に、俺が負わせる傷は存在格まで届くダメージになる為、可能性に目覚めた戦士ですら再生するのは手間だ。通常の肉体・精神に与えるダメージと存在格に与えるダメージでは、同等の傷であったとしてもダメージは存在格に与えるダメージの方が大きく上回る。それを踏まえて今の二人の状態を見れば、存在格について知識がある者だったら誰でもそう評するであろう。


しかし、それでも二人は生きていて、かつ戦意を失ってはいなかった。むしろ、これ程の重傷を負わされた事に激怒して殺意の籠った目で俺を睨んでいる。殺気も凄まじく、可能性に目覚めていなかったかつての俺クラスの力を有していても、殺気に内包された〝死〟の概念に蝕まれ本当に殺気だけで殺されかねないレベルだ。


最も、仮にかつての俺が可能性に目覚めた二人の殺気を受けて死にそうになったとしても、すぐにこちらも覚醒して勝利していただろうがな。


「――見事、と言わせて貰おうか。〝王〟たるこの俺を相手によくぞここまで戦い抜いた」


対する俺は、全くの無傷。いや、正しくは無傷というワケではなく、存在格を格落ちさせている為に肉体の強度も落ちている事から、防護の域を越えた攻撃の余波などを受けて多少傷を負いはしたが、俺の場合は存在格を格落ちさせても存在格の強度が半端じゃない事もあり存在格までは損傷が届かず、肉体のみが傷付く程度。


ただ単に肉体に損傷を受けただけでは、傷を負った瞬間には再生は完了しているのだ。故に、俺は無傷で此処に立っている。ちなみに、戦衣も自動修復の魔法が掛かった逸品なので、当然のように新品同然のままだ。


「生き残っているのは私達だけか……存在格をこちらと同等まで格落ちさせているというのに、よもや本当に全滅させてしまうとは。

我らが〝王〟の戦闘能力は一体どうなっているのだ?」


戦闘中、衝撃波で消滅してしまった光の羽が生えていた背中の一部を頻りに気にしつつ、レミエルが呟く。光の羽はエネルギーの塊のような物なので、痛みは無いようだが……どうも光の羽が無いと落ち着かないらしいな。


「存在格を格落ちさせて肉体能力も落ちて、呪いの耐性も病毒の耐性も低下してるはずだろ!? なんで俺の呪毒が効かないんだよ、耐性高過ぎだろ!」


俺の耐性にケチを付けているのはヴリドラ。ヴリドラ自身、呪毒抜きの戦闘能力も神界トップクラスにランクインしてはいるが、ヴリドラが体得しているのは基本的に呪毒を利用した戦闘技法ばかりなので、あらゆる耐性がズバ抜けて高い俺が相手では本来の戦闘能力を発揮出来ていなかった。


生き残った五人の中でもワンランク上の力を持つフリード以外の三人と戦えば、勝利するのはヴリドラだろう。それ程、ヴリドラが本領を発揮すれば強い。


「お前は、ザ――……アレだな、相手が悪かったな」


「おい、今「ザコ」って言い掛けなかったか!? いや、続けようとした唇の動きからして、ザコって言い掛けたよな!? くそっ、俺だって呪毒さえ通常通りに使えれば――」


「ああ、「ザコ」じゃねェな。戦闘能力自体は大したものだったしなァ、この場合「足手まとい」の間違いだったぜ」


「ぐっ……」


「さて……」


ヴリドラが沈黙したのを機に、俺はフリード達を等分に眺める。剣呑な空気を察知したフリード達が身構えた。


「そろそろこの戦を終結させようじゃねェか。俺の力の程は種天神域全域に伝わっただろうしなァ。っつうワケでお前ら、今から格落ちした状態とはいえ本気で戦うから――気を付けろよ?」


言い終えると同時に。


ドンッと、物理的な圧力が辺り一帯を襲った。天地は震え、大気は鳴動し、神界空間にはびしっと蜘蛛の巣のように亀裂が走る。その中心点に立つのは、現状での戦闘能力を本気で解放した俺。


災厄の爆心地と化したこの場で、俺は翡翠の長槍の穂先を下段に下げたまま右足を一歩踏み出す。


――次の瞬間、俺はセレスの眼前に「出現」していた。


「――!」


彼我の距離は十数キロ開いていた。それでも普通に会話出来ていたのは俺達がそれだけの聴覚を持ち合わせていたからで、戦闘中でもあったからだ。俺達のように光速を超越した速度域で戦闘を行う戦士にとっては、高が十数キロの距離など無いに等しい。間合いを詰めるのも時間は要らない。


それでも尚、今の俺の「一歩」が生んだ衝撃は凄まじかったようだ。セレスは大きく目を見開き、形振り構わず思念波を撒き散らした。


《気を付けろ、こいつは想像以上に速――》


肉体速度よりも思考速度の方が速く、尚且つもう回避が間に合わない事を悟ったセレスの最期の抵抗だった。構わず俺は翡翠の長槍を突き出しセレスの頭部を突き穿ったが――。


セレスの抵抗はそれだけではなかった。なんとあの状況下で俺の慢心の鎧を突破し、俺の右腕に雷撃でダメージを残して逝ったのだ。


存在格を格落ちさせている為に慢心の王権も比例するように格落ちしていたとはいえ、万全の状態だった先の戦闘の時なら、浅くとも傷を負わせる事は五人の戦闘能力を鑑みて可能と言えるが……まさか死に体から慢心の鎧を突破されるとはっ。


「堪らないな……」


雷撃によるダメージに右腕の筋肉を震わせつつも、俺の動きが鈍った光速の数兆倍の速度域に在っても一瞬の間を狙って奇襲を掛けてきたイグニルに反応する。


『グルゥアアアアッ!』


「ふんっ」


痙攣する右腕の筋肉を鞭打ち、電流が回っていたのが右腕のみだった事を幸いに空いていた左手を伸ばして翡翠の長槍の柄を両手で握って、体長数千キロはあろう巨大な紅の大狼と化したイグニルの牙を体勢を低くして顎の下を潜って躱し、身体を起こす挙動と同時に翡翠の長槍でイグニルの頭部を下顎から脳天へと貫いた。


翡翠の長槍自体は下顎に半ばまで埋まっただけだが、その衝撃波は確かにイグニルの脳を破壊した。再生力も不死性も通じない俺の一撃によって。


イグニルの巨体がぶるりと震え、翡翠の長槍に加わる荷重が増える。俺が翡翠の長槍をイグニルの頭部から引き抜くと、ドウッとイグニルの巨体が倒れ血の海に沈んだ。


「イグニル! こなくそっ」


イグニルの後方で、イグニルとは時間差を置いて、過去方向と未来方向の俺が居るであろう座標に範囲を指定した攻撃しようとしていたヴリドラの表情が歪む。イグニルが命を落とした時点で、連携戦に於いての小回りの意味の無さを理解したらしく、ヴリドラは爆発的な光を放ち巨大な紫竜へと姿を変えた。


但し、通常の紫竜の美しい姿では無く、全身に深紅の罅割れのような紋様が刻まれた禍々しい美しさを感じる竜身だった。毒炎竜という唯一個体の種族であるヴリドラのみが持つ威容だ。


『ジュアアアアアアアアッ!』


大きく開かれたヴリドラの顎から、赤紫色の炎が迸った。それを高く跳躍して躱した俺は、マゼンタの煌めきの奔流と禍々しくも美しい毒炎竜の背を眼下に、地上一万メートルの高みでくるっと半回転し大地に向かって逆さまになった。


半回転した勢いのままに、そこに天井でもあるかの如く両の足で大気を蹴りつけ、脇を締めて両手で翡翠の長槍を胸に抱き締めるように構えた俺は、ヴリドラの脳天目掛けて急降下した。


天降る翡翠の流星と化した俺は、未だにブレスを吐き続けているヴリドラの脳天に着弾する。寸前でヴリドラが俺の気配に気付き、『馬鹿なっ、存在格はまだあそこに――』と叫んだが、それは途中でぷっつりと途切れる事となる。


ヴリドラの頭部の内部を頭蓋や肉、脳漿を穿ちながら一直線に墜落した俺は、視界が開けた瞬間に腹筋と遠心力を駆使して両足を下に向け、何事も無かったかのように大地に降り立った。そして、足が地につくや否や直ぐ様右方向に横っ飛び。俺が着地した辺り一帯を、ヴリドラの巨大な姿がズゥンと埋め尽くした。


一息吐いて視線を残る二人の方に向けると、前に出ようとしたフリードをレミエルが止めているところだった。


「待ってくれ。ここは私がいこうと思う」


「……そうか」


迷いは一瞬だった。フリードは前進をやめ、代わりにレミエルが前に進み出る。


通常の妖精とは違い、光の羽がある事以外は人とそう変わらない背丈ではあるが、その身長はレーゼとリリスと同じようなものの為、相対すると自然と見下ろす形になる。


「次はレミエルか。別に二人纏めて掛かって来てくれてもよかったが?」


「分かりきった事を訊くんだな。私が居ては、フリード殿は本気を出せない事を理解しているだろうに」


「っははははは、違ェ無ェ」


確かに、レミエルはフリードが本気を出せば邪魔になる。レミエル自身の戦闘能力がフリードと同等でなければ、な。


納得したように一つ頷く俺を、レミエルは険しい表情のまま見据えている。俺の呼吸を読み、隙を探しているのだろう。尤も、隙などありはしないだろうが――


「ん」


「おおっ」


――突然、レミエルがその身に纏っていた若草色のドレスの胸元に指を掛け、ホンの少しだけ胸元をはだけさせた。露になった目映い色白の胸元に自然と視線が吸い寄せられた俺に、光速の数兆倍の速度域に在っても刹那の間、臨戦態勢は解いていない為隙とまではいかないが、視覚が一点に限定される。


それを見逃さず、背から光の羽を構成するエネルギーを噴射して、光速の十数兆倍の速度域まで加速したレミエルが突貫してきた。〝融和〟の条件を満たし、今の俺には存在しないはずの盲点に入り込んで巧みに間合いを詰めてくる。


ここにきてまさかの色仕掛けに気を取られていた俺だったが、それで殺られる程腑抜けてはいない。駆け込んできたレミエルの燐光に輝く貫手を反射的に片足を下げて半身になって躱す。胸元を掠めた貫手の衝撃波が対角線上の空間を削り取るのを尻目に、俺は貫手により伸びきったレミエルの右腕を左手で掴んで引き寄せつつしゃがみ、片腕のみでの投げの体勢に移行した。


俺の頭上を通り越す形で投げられたレミエルの肢体が生々しい音を立てて大地に叩きつけられ、クレーターを形成する。


衝撃でレミエルの手足が浮き上がり、端正な顔を苦痛に歪めてがはっと大量の血を吐く。それでもすぐに起き上がろうとするレミエルの鳩尾に膝蹴りを叩き込んでクレーターの底に縫い止めた俺は、トドメとばかりに呻き声を洩らしているレミエルの額に翡翠の長槍を突き下ろした。


その瞬間、レミエルの目がかっと見開かれる。


「融和せよ、我が生命――!」


「なにっ」


翡翠の長槍がレミエルの頭部を穿ち、脳漿混じりの血泉が吹き上がったところで突如としてレミエルの肉体が解かれる。


背に生やしていた光の羽と同じ金色の淡い光の粒子は、翡翠の長槍を伝って俺の右腕にまとわりついてこようとする。それが己の身に危険を齎すものであると直感的に理解した俺は、意識して慢心の鎧の強度を高めた。


直後、とんでもない手応えが右腕を伝った。それこそ鋼でも打ったのではないかと錯覚する程の重い手応え。翡翠の長槍を握る右腕ごと身体を弾かれそうになった俺は、歯を食い縛って全身の筋繊維を収縮させた上で、左の拳で裏拳を放ち空間を破砕しその反力で前方向への力を生じさせ、弾き飛ばされる事なくその場に留まった。


翡翠の長槍を握る感触に違和感を感じてさっと視線を移して、目を疑った。翡翠の長槍の穂先から柄の半ばを少し過ぎた辺りまで亀裂が走っていた。なんと、レミエルの最期の足掻きは俺の『夢想破砕す現世の槍』に損傷を与えていたのだ。


寸前で慢心の鎧の強度を高めていたので、俺自身には何のダメージも入ってはいないが……まさか俺の宝具に傷を付けるとは!


「ははははははっ。やってくれたじゃねェか! 自身の生体情報と俺の宝具をリンクさせるとは……こういう番狂わせが起きるから戦いはやめられねェンだ……!」


レミエルが最期の足掻きとして採った手法とは、自身の生体情報を俺と融和させ、そっくりそのまま反映する事だ。つまり、『レミエルが死亡した』という生体情報を俺にも反映し、『レオンが死亡した』――俺にも死の概念の定着化をしようとしたのだ。


直前でレミエルの意図に勘づいたからこそ、俺自身は防御出来たが――それでも『夢想破砕す現世の槍』だけは防御出来なかったみたいだな。


それは、俺が自身の身の安全を優先して慢心の鎧を自身にしか鎧わせていなかった結果だが、『夢想破砕す現世の槍』自体の強度も不滅不朽と謳っても過言ではないレベルのものだった。


それを超越して損傷を与えるなど……ああ、愉悦愉悦愉悦ゥッ! 無論、屈辱感も無いと言えば嘘になるが、愉快痛快な感情の方がそれを上回っている。


一度、『夢想破砕す現世の槍』の顕在化を解いた俺は、再度『夢想破砕す現世の槍』を己の内なる世界より顕現させる。


穂先から柄にかけて長々と走っていた亀裂は消えて無くなり、新品同然の輝きを放つ翡翠の長槍を左右に振り捌いて状態を確めた俺は、ゆっくりと立ち上がって後ろを振り返る。


「……レミエル殿も敗れたか。残るは俺一人だけという事だな」


「ああ。――場所を変えるぜ。此処じゃお前の真の姿を解放するには狭すぎるだろう?」


「それもそうだな。では……」


提案すると、フリードは静かに頷いた。


両者共に場所を変えるという意見が一致したところで、俺とフリードが視線を向けたのは空。いや、正確にはその向こう側に広がる宇宙空間だ。


俺とフリードはほぼ同時に脚をたわめ、力強く地を蹴り跳躍した。瞬時に成層圏を突破し宇宙空間に躍り出た俺は、ふと神界の中心点である惑星を見下ろした。現世と比べると随分と規模の小さい惑星だ。地球系列世界の地球よりも二回り程大きい程度の規模しかない。


戦っている最中にも、地平線の見え具合と自分達の移動距離から違和感を感じてはいたが、現世の中心点たる惑星と比べると遥かに小規模だったんだな。やっぱり神界ってのが概念の確立化によって後々生じた異なる領域で、複数の神域から成る多元的な構成をしている所為だろうか。


そんな事を考えつつ、フリードと共に太陽系を脱して光速の数兆倍の速度域で数時間程経過した頃だろうか。


外宇宙空間を疾駆している途中で、何か薄い膜のような物を通り抜けた抵抗を感じた。途端、見える世界が変貌する。


「……あん?」


「今のは……」


二人して珍妙なモノでも見たかのような表情をした俺とフリードは、宇宙空間を駆けながらも先程自分達が走り抜けた後方の宇宙空間を見やり、それぞれ驚いた。


「知らなかったなァ。神界ってのはルーレシア世界内に於ける次元の壁の向こう側に在る領域だから、宇宙空間も虚無宙域まで在るものだと思ってたんだが……まさか虚無宙域が存在せず、本来虚無宙域となる領域から先は現世へと通じていたとはなァ。

そもそも、同一世界内に在る一般的に冥界だとか地獄だとか天国だとか、死後の世界とか言われる類いの領域は規模が限られていて、空は在っても宇宙空間なんて存在しないってのが存在の位階に限らず〝世界〟っつう概念の当たり前だってのに、そこにきて更に現世と通じているだと?

流石ルーレシア……忘れかけた頃に異常性を改めてくれる。もうアレだなァ、何でもアリなんじゃねェの? 事ここまでとなると、冥界が現世と物理的に通じていても驚かねェぞ、俺は」


「今まで気にも止めていなかったが、神界が現世と物理的な繋がりがあったとはっ。一つの世界内に無限にして無数の宇宙が在るのならば多元宇宙という解釈で理解できる。

しかしこれでは、ルーレシア世界内に神界という完全に個として独立している全くの別世界が在る事に他ならんぞ!? これではまるで――」


「――ルーレシア世界自体が一つの外世界領域のようなモンじゃねェか……そう考えたか、フリードも」


そこから先は、恐らく同様の推論に到ったであろう俺が引き取った。


無言でフリードと顔を見合わせた俺は、頭を振って思考の波紋を治める。この件については、後々考察すればいい。


「どの道、この件については実際に何度か次元を行き来して検証する必要があるしなァ……」


誰にともなく言い聞かせるように呟くと、俺は短い旅の終着点に思いを馳せた。





――ルーレシア世界の神秘に触れてから更に光速の数兆倍の速度域で三十分程移動して。


「ここまで来れば戦いの影響も及ばぬであろう。どうだ主、此処で一戦交えないか?」


「よいぞ。さぁ、竜身へと変じるがいい。この戦いに於いては変身中に攻撃するような事ァしねェから安心しろ」


肩に担いだ翡翠の長槍の柄に両腕を引っ掛けて手出しはしない事を約束すると、フリードは軽く瞑目した。


その直後、フリードの全身を蒼銀の暴風が覆い尽くし、蒼銀の光の繭が爆発的に規模を拡大していく。撒き散らされる蒼銀の暴風が付近に漂っていた岩や氷の塊を跡形もなく消滅させ、彼方に見えていた星々を破壊し尽くし、尚も拡大していく。


流石に九鬼王と同等の太陽規模まではいかずとも、大惑星規模の大きさまで蒼銀の風の塊が至った時、不意に蒼銀の暴風が拡大をやめた。


それはフリードの竜化の完了を意味する。俺が静観する先、蒼銀の暴風が内側から破られた。宇宙の法則を超越して、高音と低音の混じった風の音が滞在中の宙域に響き渡る。


蒼銀の暴風の殻を破って突き出たのは、凶悪な輝きを放つ鉤爪を備えた五指を緩く開いた、蒼き鱗に鎧われし竜の腕。続いて露になったのは、鋭利な棘が真っ直ぐに整然と隆起した長大な蒼き尾。最後に、勢いの衰えた蒼銀の暴風を内側から掻き消しながら蒼き竜身が姿を現す。


風竜にあるまじき蒼き鱗を内包した力に燦然と煌めかせ、大惑星規模のルーレシア世界最大級の巨竜が降臨した瞬間だった。


使い魔の契約当時から俺の王威覚醒までの竜身とは格が違うこの威容こそ、可能性に目覚めたフリードの真の姿。正に〝竜王〟と呼ぶに相応しい御姿だ。


その力は、単一世界全知全能の階梯でも最上位に位置する。もうあと一歩でも踏み出せれば、全世界全知全能の領域に至れるレベルだ。


大惑星規模の巨竜へと姿を変えたフリードが閉じていた目蓋を開くと、鱗の蒼よりも落ち着いた色合いの深海の如き青い双眸が俺を見据えていた。


今にも押し潰されてしまいそうな壮絶なプレッシャーが俺を襲うが、俺は泰然とした様子を崩さない。自画自賛させて貰うと、俺自身がはっきりと強い事もあるが――。


「なかなかの力だが、先の大戦で死合った彼の〝羅刹王〟はこんなものではなかったぞ?」


『言ってくれるではないか、主――いや、レオン。案じずとも、すぐに越えてみせようとも。とはいえ、今はこれで限界のようだがな』


我ながら不甲斐ない事だ、そう憮然とした風にゴオッと息を吐き出すフリード。ため息一つ吐いただけで宇宙空間が湾曲しているのは、俺達のような可能性に目覚めた者にとっては何ら珍しい事ではないので、ご愛嬌扱いで十分だ。


宇宙の法則を超越して真空のはずの宇宙空間で深呼吸した俺は、肩に担いでいた翡翠の長槍にだらんと引っ掛けていた手を外し、手元で一回転させてから小脇に挟む形で翡翠の長槍を下段に構えた。


「さて、お喋りはここまでだ。――行くぞフリードッ! 貴様の主に相応しい圧倒的戦闘能力の一端を見せてやるっ」


『一端と言わず全力を出させてみせよう、レオンッ!』


それぞれ短い口上の後、翡翠の流星と蒼銀の巨星が激突した。


存在格をフリードに合わせて調節し、神速の踏み込みを見せた俺は星間距離という言葉も生温い程の彼我の距離を一呼吸に詰め、翡翠の長槍をフリードの竜身の鳩尾を狙い斜め上方に向けて突き出した。


光速の数百兆倍の速度域で繰り出された刺突は、しかしフリードの竜身を穿つ事なく宇宙空間のみを穿ち壊す。


突きが繰り出された瞬間、フリードは二対の大翼を羽撃かせてその巨体からは想像出来ない敏捷さで後方の宙域へと逃れ、刺突を躱していたのだ。


フリードはそのまま身を丸めて後方へ回転し、それにより跳ね上がった長大な尾が真下から俺を襲う。


光速の数十兆倍の速度域に於いても刹那の間、俺は膝を緩く曲げてバネの役割をさせて衝撃を吸収し、フリードの尾を足場にして跳躍して遥か上方の宙域に移動しようか逡巡したが、巨体を支点に旋回するフリードの尾を〝視〟てその威力が格落ちしている状態では緩和しきれるものではないと悟ると、宇宙空間を蹴り左方向に跳躍してただ回避する手を採った。


果たして、その選択は正解だった。ギュアッという異音を伴って振り切られた長大な尾は、振るわれた軌道上に在った全てを斬り裂き、更には一直線上に在った何処かの太陽系の、前から後ろへと五つ連続して並んでいた中惑星を、縦に走った蒼銀の衝撃波で纏めて真っ二つにした。


もしもアレを受ける選択をしていたら、足の骨くらいは折れていたかも知れねェな――切断された中惑星を遠方に見て、やはり避けて正解だったと自分の判断の正しさを再認識する。


長大な尾の影響が無効化可能な域にまで落ち着いたのを見計らって過去方向へと跳躍し、初撃を放った位置に回帰した俺は、そこに残留していた衝撃波を左の拳で打ち消して、まだ常態に復帰していない為に逆さまになり此方に背を向ける体勢になっているフリードに、突きの連打を浴びせかけた。


フリードの背の鱗が光の中を滴る水滴のような煌めきを放って剥がれ落ち、露になった美しくも強固な鱗に鎧われていた肉を穂先が抉り、削岩機のようにフリードの肉体を穿っていく。太陽規模の巨躯を誇る九鬼王の時もそうだったが、俺の視点から見ると蒼い壁でも穿っているような気分になる。


九鬼王よりはマシとはいえ、フリードの体躯が大惑星規模と恐ろしく巨大であり、その上俺と同様既存の概念を超越している為に、普通の人間程度の体躯の俺では一撃で与えられる損傷に限りがある。


ただ巨大なだけなら大した問題にはならないのだ。一撃で、いや一撃放たずとも存在格の圧のみで粉砕してみせる。だが、格落ちした状態ではそういった手段が通じる相手ではないので、肉体の損傷具合という一点に於いて明確な差が出てしまう。


今の場合、俺の方が損傷具合的には不利ってワケだ。尤も、体躯が小さいなら小さいで当たり判定的な利があるものだが――。


もう少しでフリードの背骨に刃が届きそうになったところで、俺は遅れ馳せながら違和感を覚える。


あのフリードが、ここまで敵の攻勢を許すものか、と。


疑念を抱いてしまえば後は早かった。早々に突きの連打を打ち切った俺は、自分の直感に従って翡翠の長槍の柄を間に幅を開けて両手で握り、胸の前に水平に構えて防御態勢を整えた。


直後、俺は自分の意思とは別に光速の数百兆倍の速度で斜め上方に弾き飛ばされていた。猛烈な勢いで首をもたげたフリードの角による一撃を受けたのだ。


そう、フリードがあそこまで深く斬り込まれたのは、頭の角度を調節して俺に狙いを定めていたからだった。


「うぉおおおおおおおっ!?」


直ぐ様王気を以て急制動を掛けようとした俺だったが、間に合わずに何処かの星に向かって一直線に飛来し、どうやらその星には重力があり大気も存在していたらしく、瞬く間に大気圏突入を果たして地表に向けて墜落した。


……うん? アレは――。


その途中、地表に都がある事に気付いた俺はそちらを見やった。かなり規模の大きい都だな。人間……ではないが、ワケの分からん触角が二本生えている所以外は普通の人間に見える。


そんな知的生命体の住む都や村がぽつぽつとだが数多く点在しているのが分かった。今まで破壊してきた星々の中にも知的生命体が住む星はあったんだろうが、こうして見るのは初めてだ。


宇宙人に会えるというのもなかなかテンションの上がる事柄だったが、生憎俺は宇宙人とファーストコンタクトを取っている場合ではなく。


轟音を立てて地表に叩きつけられ、宇宙人とファーストコンタクトどころか宇宙人が住んでいる星にファーストインパクトしてしまった。それだけでもこの星とそこに住む人々からしたら迷惑極まりないというのに、事態はそれだけでは終わらない。


地表に叩きつけられた俺は、急制動が完全に効ききらずに地表に着弾しても尚有り余るパワーに押されて、そのまま地表を穿って地中へとガリガリ沈んでいく。


やがて妙な空洞に到り、そこに浮いていたブラックホールに似た何かにぶち当たってそれを破壊したところで、漸く止まった。幸い、派手に弾き飛ばされはしたが俺自身にはダメージは無い。フリードとの戦いの場に戻る為、俺はすぐに移動を開始しようとしたが。


「……あァン?」


この空洞に到ってから、より正確にはブラックホールに似た何かを破壊してからどうも様子がおかしい。星のエネルギーが急激に高まっているような……いや、ちょっと待て。嫌な予感がするぞ、まさか俺が衝突して壊したのは――。


そこまで考えが及んだ時には時既に遅く。


――強烈な轟音と閃光を伴って、俺が叩きつけられた星が爆発した。


どうも、この星は先程俺がぶち当たって破壊してしまったブラックホールに似た何かを支点に構成されていたらしい。早い話が星の生命、核の役割をしていたってだな。


この星は無形のエネルギーから質量を生じさせて生まれた星で、俺が壊しちまった核こそが無形のエネルギーを質量へと変換させているものだったワケだ。


そんなものを破壊したんだ、そりゃ星も爆発するわ。得心のいく話だが、星の爆発に巻き込まれた俺としては堪ったものではない。


いや、星の爆発自体は問題じゃないんだ。確かに凄まじいエネルギーだが、この程度で傷付く俺じゃない。慢心の鎧を纏わずとも、元々肉体に備わっている素の耐久力だけで十分だ。


では何が堪ったものではないのか? それは――。


「――ッ、ぬゥおおおおおおォォォォッ!」


星の爆発に便乗して、フリードが極風のブレスを放っていたのだ。


見慣れた蒼銀の魔風が凝縮され、レーザーのようになって星の爆発が生んだエネルギーを貫通して俺すらも貫かんと迫り来る。それに対し俺は、両手に慢心の鎧を集中させて前方に構えた翡翠の長槍を風車のように高速で回転させて、蒼銀の魔風の光線を片っ端から掻き消して防御する。


更に、宇宙空間を蹴りつけフリードのブレスを防ぎながら流れに逆行するようにして前進し、星の爆発の爆心地から脱出して戦線に復帰する。


しかし、星の爆発が生んだ力場から抜けてからはブレスを押し返す速度が目に見えて遅くなった。あの星を構成していたエネルギーの中には魔力を拡散させる類いのエネルギーもあったらしく、爆心地でブレスを受けていた時には、ブレスは星の爆発が生んだ様々なエネルギーの力場を突破する際に威力を殺がれていたようだな。今のフリードのブレスの威力を僅かとはいえ殺いでみせるとは、あの星は意外と凄いのかもしれない。俺が格を壊しちまったけどな。


何はさておき、流石フリードと言うべきか……先の大戦以降、〝種天神域最強の竜王〟と神界で囁かれているだけあって、セレスとはブレスの威力が違う。


桁外れの破壊力。そして、その破壊力の源である蒼銀の魔風が光線になる程のブレスの集束力。なるほど〝最強の竜王〟の名に相応しい戦闘能力だ。


――だがっ。


「それでもこの俺に勝利する事は出来ねェぜ、フリード!」


俺は、自らの内に広がる世界からとある王権を選出し、その名を唱える。


「王権顕現、冠するその名は『殺生王』! 見るがいい、絶対殺戮権というヤツをっ」


王権顕現を宣言した直後、ブレスを掻き消す為に回転させていた翡翠の長槍から伝わってくる手応えが急激に軽くなった。それを確認した俺は、翡翠の長槍の回転を止めて防御態勢を解き、回転を止めた時の勢いのまま翡翠の長槍を半身になって構え、右脚の踏み込みと同時に突きを繰り出しつつ疾走を開始した。


そう、防御態勢を解いたのだ。これには蒼銀の暴虐の向こう側でフリードも目を見張り、それでもブレスを吐き続けたが、蒼銀の暴虐をそれを上回る理不尽極まりない力を行使して物ともせずに宇宙空間を駆ける俺を〝視〟て、何かに勘づいたフリードは最後に巨大な球体状のブレスを放って顎を閉じ、俺の動向に集中する。


俺は、ブレスの波を全身に浴びつつも翡翠の長槍をやや仰け反って右肩の上に引いて構え、一際強大な魔力が籠められた球体状の蒼銀のブレスに向かって――いや、正確にはその向こう側に居るフリード目掛けて、翡翠の長槍を投擲した。


「行けえっ、『夢想破砕す現世の槍』ッ!」


真名を解放し、俺の強肩ライフルアームから放たれた翡翠の長槍は宇宙空間に円形に広がる翡翠の衝撃波を描きながら瞬く間に球体状のブレスに到達、これを薄紙でも貫くようにして易々と貫通すると、その向こう側に居たフリードの胸元へ飛来する。


『馬鹿なっ。我が吐息がこうも易々と――』


驚嘆の声を洩らしつつも、二対の大翼を折り畳んでもたげていた首を下向け下方の宙域へと逃れようとしたフリードだが。


「悪ィな、此処はもう先約が入ってンだ――!」


『ぬっ』


それを予測していた俺が先んじて進行方向の宙域を塞いでいた為、フリードは已む無しとばかりに突進して強引に突破しようとするが、この場合それは間違いだ。


「ふんっ!」


全身の筋肉を総動員し、たわめた膝を一気に伸ばして爆発的な跳躍を見せた俺は、身体が伸び切ると同時に勢いの付いた拳をフリードの頭部へと振るった。


『そんな攻撃――っ、グゥオオッ!?』


余裕の表情を見せてそのまま俺に向かって来たフリードは、しかし寸前でその異質さに気付き今更ながら全身に障壁を纏わせたが、もう遅い。


いや、それ以前に――


「砕け散れェェェェッ!」


『グゴガッ!?』


――『殺生王』の王権を顕現させている時は、対象となる相手の攻撃も防御も無駄になる。少なくとも、存在格的に格上でなければ。


俺の拳は易々とフリードの鱗を打ち砕き、更には堅牢な頭蓋にまで損傷を負わせた。不死性を超越した攻撃による傷は不死性を無にするが、今のフリードの場合も当然致命傷である。


血泉を上げて上方の宙域へと弾き返されたフリードは、その時になってちょうど飛来した真名解放状態の翡翠の長槍に胸を撃ち抜かれ、宝具の能力の影響を受けて暴走した魔力により蒼銀の大爆発を引き起こした。





「決まったな」


拳を振り抜いた残心の構えを解いた俺は、大きく一息吐いて翡翠の長槍を爆心地より呼び戻した。


〝概念殺し(コンセプト・スレイヤー)〟。それこそが王権『殺生王』の真価。対象となる相手の存在格に刻まれている存在概念に対応する絶対殺戮権を獲得する王権である。


今回の場合は勿論〝竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)〟系列でも更に有効となる対象を限定した〝竜殺し〟の〝概念殺し〟を行使した。それ故に、本来ならば十分に耐え切れる攻撃でフリードは沈む事になってしまったのだ。


手応えはあった、殺したとまではいかずとも戦闘不能にまでは追い込んでいるはずだが――。


「この感じ……戦意を失ってねェな。今のが決まってまだ立つのか、フリード」


爆発によりフリードが居た宙域一帯を覆った暴走した魔力のベールの向こう側――フリードの戦意の高まりが伝わってくる。今にも消えてしまいそうな生命の灯火を燃焼させ、俺を亡き者にせんと意思力を総動員している。


やがて、爆心地から傷だらけの巨体が姿を現した。胸部には割れた硝子のような罅割れが生じており、向こうの宇宙空間が見えてしまう程の大きな風穴が空いている。『夢想破砕す現世の槍』が貫通した部位だろう。


それ以外の部位もとにかく損傷が激しく、二対の大翼に至ってはそもそも半ばからへし折れて消滅している。ここまで損傷が激しければ〝視〟なくとも分かるが、外傷だけではなく内傷も酷い。内なる魔力が暴走したのだから当然とも言えるが。


知っての通り、俺が与えるダメージは不死性を越えて対象を死に追いやる。そこに〝竜殺し〟という要素まで加わっているのだ、可能性に目覚めていようがいまいがどちらも等しく戦闘不能と見なして普通だ。


だがフリードは――。


『まだだ……ッ、まだ俺は戦えるッ……! 我が肉体よ、この程度の傷で動きを止めるとは何事だ……!?』


自らの意思に反して動かぬ肉体に鞭打ち、総身を震わせながらも前へ前へと傷だらけの巨体を押し進める。そうして、フリードは再度俺と対峙した。


「俺の『夢想破砕す現世の槍』を耐えたか。俺の全知に間違いが無ければ、フリードの能力を数値に換算した場合のステータス的に戦闘不能に陥っていてもおかしくねェはずだったんだがなァ。

これぞ正に、数値では計り知れない力ってヤツか」


『我らに数値なぞ意味が無かろう……数値上の問題など、幾らでも超越出来るのだからな』


俺は口角を吊り上げて笑った。


「そうだな。しかし、俺の全知が弾き出した答えによると、先程のアレで十分お前を戦闘不能に追い込めていた計算だった事は事実だ。

誇っていいぞ、お前は俺の計算を越えたのだ。その苛烈にして強靭なる意思力によってなァ」


――俺の言っている事は紛れもない事実だ。先程のあの攻勢でフリードは戦闘不能に陥っているはずだった。全知を以てフリードの戦闘能力――体力・魔力・気力・筋力・耐久・敏捷・知性・精神・思考・眼・感覚などといった能力を数値的に捉え、俺の攻勢に耐え切れるかどうかを演算すれば答えは『耐久不可』の一択。しかし、俺の全知を以てしても計り知れないものもある。その内の一つが『意思力』だ。想念の力である想力もこれに含まれる。


いや、この認識では誤りがあるな。そこらの木っ端共の意思力ならば容易に計れる。問題なのは、とある一定の境界線を越えた存在の意思力。かくいう俺もこれに含まれていたりするのだが、とにかくデタラメで、全知など宛にならない。実際の経験だけが物を言う。


『ふん……勝てなくては意味があるまい』


「意外と負けず嫌いじゃねェか。もっとこう、クールな言葉が返ってくると思ってたんだが」


『負けず嫌いか。レオンには言われたくないセリフであるな。そもそも、竜族とは元より戦いに敗れる事を何よりも嫌う戦闘種族である事を忘れたかっ!』


「それを踏まえた上でだ。〝王〟たる俺が称賛の言葉を送ってンだ、素直に受け取れよっ!」


それを皮切りに、深傷を負った巨竜と翡翠を携えた黒影が最後の激突を迎えた。


『グゥオオオオオオオオオォォォォッ!!』


瀕死のフリードが採った攻撃方法は、拳を固めて振り抜く事だった。先程の攻撃でブレスを吐く為に重要な気管である肺の機能を破壊されているのだ。後は肉弾戦か魔法戦、咆哮による衝撃波を放つしかない。


しかし、ブレスが通用しなかった今、魔法戦や咆哮といった攻撃方法を採る事が誤りだと悟ったのだろう。故にフリードは、最後の最後で肉弾戦を選んだのだ。


少なくとも、魔法戦より肉弾戦の方が有効なのは事実だ。『殺生王』には〝魔力殺し〟の力もある、魔法は悉く掻き消されて終わりだからな。咆哮もそれを発したのがフリードならば、〝竜殺し〟が効いてしまう。


「だがフリード、お前はまだ『殺生王』の真髄を理解出来てねェ……今から見せてやる、究極無比の理不尽をっ」


振るわれた拳に対し俺も左の拳を振るう事で応じる。何の変鉄もない対応だ。しかし、その何でもない対応が叩き出した結果は常軌を逸していた。


俺が存在格を格落ちさせている今、俺とフリードの肉体に備わっている性能自体はほぼ同等と考えて間違いない。故に、拳をぶつけ合えば拮抗した状態になるのが正解だ。だが、今の俺は『殺生王』という王権を顕現させていて、尚且つこの王権は――。


『ゴガッ!?』


――ゴギュッ。


俺の拳とフリードの拳が接触した瞬間、フリードの拳が一方的にひしゃげた。目を見開いて己の拳を凝視するフリードに、俺は翡翠の長槍を構えつつ『殺生王』の力を語る。


「『殺生王』の〝概念殺し〟は対応する対象に対する絶対殺戮権を得る。その絶対殺戮権ってのは、ただ単に対象を殺害し易くなるだけの権利じゃねェ。

始点が対象である限り、如何なる攻撃も無効化する。お前のブレスがああも易々と突破されたり、今のように拳の打ち合いで不自然なまでに一方的に押し負けちまったりしたのはこれが原因だ。

――理解したか、己の圧倒的不利を」


『……一つ訊かせて貰おう。それは、存在格次第ではどうにかなるものではないか?』


静かに問うフリード。俺は「そうだ」と一つ頷き。


「――これで、終いだ」


――光速の数千兆倍の速度で突き出された翡翠の長槍が、フリードの頭部を貫いた。





神界 〜種天神域・決戦の地〜


「あ、クソッ。派手に殺られたなぁ、幻痛がしやがる」


「お前は全身バラバラに引き裂かれてたもんな。俺は胸への一突きだけで良かったぜ」


「結果的に死んでちゃ意味なくね?」


――場所は変わり、種天神域の中央部に位置する決戦の地。俺と種天神域の軍勢が衝突したその地は、今では争いの卦は消えて和気藹々としており、少し前に戦争があったなどとは思えない。


ただ、そこらを飛び交う言葉の中に「殺られた」だの「甦った」だの、そういった単語が含まれている事だけは普通ではなかったが。


そんな光景を尻目に、俺が一人次なる戦場――心天神域の事に考えを巡らせていると、レミエルが歩み寄ってきた。


「やはり、貴方の勝利で終わってしまったか」


「当然だ。しかし己を卑下する事は無ェぜ、俺は最強だからなァ。それに、お前達はこの俺を相手に善く戦った。俺自身、まさか傷を負わせられたばかりか宝具を破壊されるとは思っていなかったからな」


アレは本当に予想外だった。傷はともかく、今の俺が執る宝具を壊されたあの時は我が目を疑ったものだ。


俺もまだまだだな、そう考えて染々としていると、


「しかしフリード殿はなかなか目を覚まさないな。我らが〝王〟よ、まさか完全に殺してはいまいな?」


「当たり前だ。フリードは俺との戦闘で少々傷を負いすぎただけだ、眠っているのも傷付いた存在格を癒しているだけの事。そうだな、あと一時間もすれば目覚めるんじゃねェの?

俺の〝眼〟から〝視〟てもかなり再生が早ェしな。もしかしたらもっと早く目覚めるかもしれねェ」


そう言う俺の視線の先には、見慣れた銀髪の美男子の姿に戻ったフリードの姿がある。今はレストに膝枕されている状態だ。その回りを囲んでいるのはヴァンとシエル。家族団欒としている。


家族間の仲が良いのは善い事だ、しかし膝枕か。帰ったら俺もノヴァ辺りにやって貰おうそうしよう。


「……何かどうでもいい事を考えてないか?」


「どうでもいいだと? そんなワケあるか、重要な事だ」


聞き捨てならぬレミエルの一言にすかさず言い返し、俺は地に突き刺して立てておいた翡翠の長槍の柄に手を掛けて引き抜き、トンと肩に担いだ。


種天神域の面々に背を向けて歩き去る前にもう一度だけフリード達の方を見やった後、レミエルに言った。


「――次の戦場が呼んでいる。俺ァそろそろ心天神域へ向かう事にするぜ。フリードによろしく伝えておいてくれ」


「いいだろう。では、この戦争が終結したらまた会おう」


レミエルに了承の意を籠めて片手を上げてみせる。こうして、俺は次なる戦いの地――心天神域へと旅立ったのであった。





神界 〜心天神域〜


心天神域の強者と言えば、とある二名の人物が脳裏に浮かび上がる。大天使ミカエルと氷の女帝ルディアだ。


ミカエルはカレン、ルディアはシリアとそれぞれ使い魔の契約を交わしている。二人とも可能性は開花済みであり、俺としてもそれ相応の激戦を覚悟していたのだが……。


「……何だって? もう一度言ってくれねェか」


「だから、心天神域は女帝ルディアを除いて全面的に降伏すると……」


「降伏ゥ? おいおい、信仰神系列のヤツらが簡単に降伏なんてしちまっていいのかァ!?」


「貴方と戦って負けた方の損失が大きすぎる。ただでさえ貴方の覚醒後からは信仰が薄れているというか……妙な事になってるんだ、分かったらルディアと話を付けてくれ」


心天神域の入り口とも言える、神域に侵入してすぐの領域で俺はミカエルと鉢合わせた。


すわ迎撃のつもりかと身構えた俺に対して、ミカエルの口から出たのは降伏の宣言。ルディア以外の心天神域に住む者達は俺を頂点と認めるそうだ。


これには俺も拍子抜けした。目の前に立つ長い金髪に碧眼の、目線の高さがほぼ俺と同じ事から、女性にしては長身な事が窺える容姿が特徴的な大天使――二対の白翼は顕現させていないらしく、今は普通の人間と変わらない姿形だ――を凝視する。……それとなく苦労人の雰囲気を感じた。


「……まあ、降伏するってンならそれはそれで良いとするか。確かに、今の心天神域の情勢を考えれば正しい判断だと言えるしなァ。

些か、征服しがいが無ェような気がするが」


「私達とて好きで降伏しているワケでは……とにかく、ルディアの治める領域は心天神域の最北端――此処からまっすぐに北に行った所にある。

取り敢えずそちらに向かってくれ」


「オーライ。統治の話についてはまた後程伝えに来るからそこんトコよろしく頼むぜ」


普通程度の胸の下で腕を組んで言うミカエルにそう伝え、俺は一路北を目指して移動を開始した。





――心天神域の最北端。心天神域に在る大陸の北部に明確な境界線を隔てて女帝ルディアの治める領域は存在した。


その境界線と言うのも、大陸の最北端から半径一万キロ圏内が物の見事に氷で構成されているのだ。比喩ではなく、大地も草木も建造物も凍りついている。気温もかなり低く、余裕で氷点下二百度はいっている。凄まじい冷気だ、常人というか大抵の生命が生き絶える地である。


尤も、当然の如く俺には何の意味も成さないが。そもそも宇宙空間の方が冷え込むしな、今更って感じだ。


氷の都を悠々と進む俺。道には誰一人として出歩いている者は居ない。しかし、建ち並ぶ家々の内部には確かに気配を感じる。ゴーストタウンというワケではない。となるとこれは、単純に俺が歓迎されていないという事だろう。


「当然か。向こうからしてみりゃ、俺はにっくき侵略者ってヤツなんだからなァ」


無人の道を歩きつつ、俺はそう独りごちた。どうやらルディアは統治者としては優秀かつ好かれているみたいだな。家々の内部から感じる気配に確かな敵意が宿っているのを感じ、俺はルディアの女帝としての有り様を考えた。


今までが異常だったのだ。起源なる属性神達やフリード達も良い統治者だったんだろうが、八天神域の住人は格を、種天神域の住人は力を重んじる傾向にあったからな。その点、彼ら彼女らは寛容だったのだ。


だが心天神域の住人までそうとは限らない。主観の違いというヤツだ。


ルディアが治める領域の住人は、ルディアこそが自分達の上位者であり何者の下にも付いてほしくないと願っているのだ。それこそ、ある種の信仰にも近い感じだな。しかも、それは臣下達だけの想いではなく、ルディア自身も頂点に立つ女帝として誰かの下に付く事を嫌っている事もあり、その傾向は強固なものだ。話し合いでの解決はまず不可能だと考えて間違いない。


戦いに勝利したとしても、それで全て丸く収まるかは怪しい所だ。余計に話が拗れてあらぬ方角に被害が及びかねない。だとすれば、俺が採るべき手法はただ一つ。


「徹底的に蹂躙し尽くし、俺個人への悪感情を定着化させる事だ」


絶対的な力の差を見せつけ、尚且つ不満の矛先を俺に向ける。何の不満も無く終わればそれに越した事はないが、今回はそうはいくまい。俺が存在格を元の階梯に戻して全知全能能力を奮えば、民衆の心を塗り潰す程度はどうという事もないが……俺は基本的には全知全能能力で心を塗り潰すっつう行為は好かんしな。まあ、時と場合によっては気が向けばいつかはやるかもしれんが。


今回の場合は、むしろある程度の不満とその矛先を残した方が良さそうだ。その方が問題点や対処法が分かり易くていい。無理に丸く収める必要は無い。


ルディアが治める都の様子を見終わったところで、俺は加速して目的地との距離を一気に無にした。到着したのは、これまた氷で構成された蒼き巨城。


何から何まで氷尽くしである。流石に食べ物まで氷ではないが、ルディアが氷の女帝で、その臣下達が氷の民でなくてはとてもじゃないが住めない環境である。俺は十分住めるけどな。


蒼氷の城門を潜り、来客の為に閂を抜いてあった正面の大扉から城内に入った俺は、勝手知ったる様子でズカズカ進んでいく。やがて、一風変わった奇妙な空間に出た。


「城の中に宮殿だと? まあ空間魔法があるしやれるっちゃあやれるが……随分とまた変わった真似をするモンだ」


「――来たか」


辺りを見回してそんな感想を洩らしていると、上の方から来訪を認識する言葉が聞こえてきた。ついっと視線を上向けてみれば、城内に建つ蒼氷の宮殿のバルコニーに一人の美女の姿があった。


肌も蒼ければ、目の色も澄んだ蒼。スリムだが女性らしい豊満な肢体に纏う服飾も蒼を基調としていて、唯一長い髪の色だけが水色という、一度見ればそう忘れる事のない特徴的な容姿。彼女こそこの巨城の主、女帝ルディアだ。


こちらに背を向けてバルコニーの手摺にもたれ掛かっていたルディアは、手摺から離れてこちらを振り返った。


「さて、妾の治める領域を奪わんとする侵略者殿に一応訊いておこうか。――侵攻をやめる気にはならぬか?」


「侵攻をやめるだと? ならばこちらも一応訊かせて貰おうか。ここで侵攻をやめて、俺に一体どんなメリットがあるンだ?」


「そうじゃな……まず妾の臣民達に恨まれる事は無かろう。余計な禍根は残さぬ。話の進め方次第では友好な関係を築く事も可能じゃ」


「ほう」


簡潔な筋の通った解答に、俺は少々感心した。既に侵略者として名乗り出てしまっている状況から、禍根を残さず事態を丸く収めると。


しかも、場合によっては友好な関係を築く事も出来ると言うのだ。確かに、普通ならなかなか出来ない事だ。上位者本人の意思とは別に、臣民の方が暴走する虞があるのだから。


「あとは、妾からの印象も良くなるかもしれぬぞ。お主は女好きなのだろう? ならばこれは無視できぬ要素ではないか?」


「ほほう……」


平然と応じようとして失敗し、強い反応を示してしまった。どうにも俺は、女関係になると欲望を隠すのが苦手なようだ。それが美女であればある程に、な。


「さて、どうする我らが〝王〟よ。妾も不本意ながら間接的に臣下であるのだ、それだけで満足できぬかや?」


脈があると見たのか、このまま話を付けてしまおうと薄ら笑いを浮かべたルディアが追い討ちを掛けるように畳み掛けてくる。


言われてみれば、俺と使い魔の契約を結んでいるフリードは別として、種天神域の決戦以前のセレス達と同じでルディアも間接的に俺の臣下だったな。それを理由に侵攻をやめても、歴史を振り返れば幾らでも前例はあるワケで妙な話ではない。


だが、だ。


「ここまで来たんだ、侵攻はさせて貰うぞ。お前からの印象は悪化するだろうが――その場合、倒した後に躯に刻み込んでやればいいしなァ」


頬を歪めて笑う俺。対照的に、ルディアは薄ら笑いを消して無表情になっていた。


「交渉決裂じゃな。……ふん、やはりこうなったか。妾に楯突いた事を後悔させてやるわ。一敗地にまみれる覚悟はあるかや?」


「ハッ。上等だ、ならばこちらも〝王〟に刃向かった事を後悔させてやろうじゃねェか。無様に敗北し、敗北者の陵辱を受ける覚悟はあるかァ?」


ゴガッと騒々しい音を立てて、翡翠の長槍の石突きを蒼氷の床に突き立てた。衝撃で舞い上がった微小な蒼氷の粒のベールが、光を受けてキラキラと煌めく。


「よかろう。であれば早速――凍てつけっ」


それが開戦の狼煙となった。バルコニーからこちらを見下ろしていたルディアが鋭く叫ぶと、大広間一帯を途轍もない冷気が襲った。


ここまでくると、もはや物体の運動が停止するだとかそういったレベルの冷却ではなく、力が及ぶ限りあらゆる存在概念を凍結させる事が出来るレベルの力である。


現に、〝空間〟という存在概念がルディアの放つ冷気に侵食され、瞬時に〝氷〟の存在概念へと塗り替えられた。現象としてだけの空間凍結ではなく、現象と概念を併せ持つ完全凍結パーフェクトフリーズ。〝空間〟の存在概念に干渉する攻撃の為、これは通常の障壁で防げるようなモノではない事を〝識〟った俺は、その場から動かずに力ある言霊を発した。


「――『砕けろ』」


存在格の圧が籠められたその言霊により、俺から半径一メートル、高さ二メートル以内の〝空間〟の存在概念が虚無へと還った。その直後、視界が蒼氷に埋め尽くされる。〝空間〟の存在概念が〝氷〟の存在概念へと書き換えられたのだ。唯一、俺が滞在する虚無領域を除いて。俺が自分の滞在する位置の〝空間〟の存在概念を虚無へと還したのはこの為だ。


シリアも凄まじいが、ルディアも勝るとも劣らぬ力の持ち主だな。そう思いつつ、俺は翡翠の長槍を床と垂直に構え、蒼氷を蹴り跳躍した。


翡翠の穂先が上方にあった氷を穿ち、そのまま城の天井を破壊して俺は城の上空へと出た。さっと下方に目を向けると、ちょうどルディアがバルコニーの床を蹴って跳躍したところだった。


フリードの時とは違って、今回は地上一万メートル程度の空域に浮遊している。すぐに俺と同じ空域まで上昇してきたルディアは、俺から三キロ程離れた位置で静止した。


「なるほど、〝統べし霜天の氷帝〟の異名に恥じぬ冷却魔法だったが……あの程度の攻撃では俺は殺せねェぜ?」


「何を勘違いしておる、アレは単なる小手調べじゃ……むしろ、あの程度の攻撃で死んでしまっては妾としても面白みが無い」


「はァン。そいつを聞いて安心したぜ。アレで限界なら闘争の愉悦もへったくれも無ェからな。存分に励めよ女帝ルディアよ。小手調べの段階で終わらぬようになァ!」


「ほざけっ」


怒声と共に解放される莫大な魔力。フリードの時と同様、『殺生王』の王権を顕現させれば一瞬でカタが付くが――それではつまらない。


「蒼氷よ、全てを閉ざす蒼氷よ。今こそ顕れ我に仇なす愚者を永遠なる死の棺へと誘え。【エデルキア・ゾキウ・ヘル】ッ!」


「むっ」


先程と同じく、真っ先に〝空間〟の存在概念を破壊しようとした俺だったが、不吉な何かを感じ反射的に【瞬転】を行使。四千メートル程下にあった巨城の天辺の屋根に転移した俺の頭上の空間が、蒼氷に埋め尽くされた。


今のは〝空間〟だけではなく、〝虚無〟の存在概念まで干渉が及んでいた。もしも先程と同じように攻撃を防ごうとしていたら、空もろとも氷付けにされていたところだ。


「虚無すら凍てつかせるか。やはり、単一世界全知全能まで至った戦士は戦法が違う。ルディアならば、始原の炎で虚無を焼いて宇宙空間を創らず、蒼氷で虚無を凍てつかせて宇宙空間を創ってしまいそうだなァ」


そんな事を言いつつも、ルディアが虚無すら凍てつかせて生じさせた蒼氷を砕いて、蒼氷の破片の弾幕を降らせてきたので、片っ端から襲い来る蒼氷の弾丸を躱す。


凍空に映る万華鏡のような蒼氷の破片の弾幕の向こう側、中心部に居るルディアと最短の距離の軌道を見切り、光速の十数兆倍の速度でルディアへと昇り詰める。


ルディアは接近する俺に対して蒼氷の壁を無数に展開しながら素早く後退し、突きの連打でその壁を打ち破って突き進んだ俺に向けて、放射状に束ねた冷気を放ってきた。


壁の役割を果たしていた砕け散った蒼氷の煌めきのベールの向こう、鮮烈な蒼き輝きが集中し閃光が閃く。躱すか、と考えた俺は、しかし既に蒼氷の弾幕に逃げ道を塞がれている事に気付き、迎撃する覚悟を決めると翡翠の長槍を両手で保持する。そして、その場で翡翠の長槍を全方位をカバーするように激しく回転させた。


ガガガガガガッと岩でも削っているような騒音を立てて、俺を取り囲んでいた蒼氷の弾幕を悉く斬り砕いていく。それと同時にルディアが放った冷気の奔流も掻き消しているのだが、このままではいずれ直撃を食らう。


いざとなれば慢心の鎧があるが、そればかりに頼っていては面白くない。そこで俺は、戦闘技巧のギアを少々高める事にした。


俺の槍術の技巧の冴えが増し、効率が飛躍的に上昇した為に迎撃するだけに留まっていた状態が反撃可能な状態にまで好転。それを好機と見た俺は、止む事の無い攻撃の中にある極僅かなタイムラグを読み、上方へと穂先が旋回した所で翡翠の長槍の回転を停止。それにより生じた上方への力を余す事なく利用する形で、大気の壁を蹴りつけ空中で再度跳躍する。


弾かれたように上昇した俺は、風を切る矢の如くルディアが放つ冷気の奔流を斬り裂いていき、完全に蒼氷の包囲網を突破した。


「――次は俺の番だな」


舌打ちして接近戦に備えるルディアへと踏み込んだ俺は、先程の攻勢の仕返しとばかりに翡翠の長槍を巧みに扱い刺突や薙ぎ払いの猛攻を浴びせかけた。


翡翠の穂先の軌道を見切り、俺の槍技を躱していくルディア。ルディアは基本的に魔法主体の戦い方をするが、その実近接戦闘も得意なオールラウンダーだ。魔法ばかり使っていたからといって油断は出来ない。


今も、俺が繰り出す攻撃を半身になって見事に躱してみせた。下乳に掠り、冷や汗を流してはいたが。


だが――。


「近接戦闘では勝ち目は無さそうだなァ、ええっ?」


「五月蝿いっ。今に見ておれ、すぐに――ッ」


何事か続けようとしたところで、俺は翡翠の長槍をルディアの細首目掛けて突き出した。さっと横にズレてそれを避けたルディアは、停滞する事なく身を屈めつつ後退する。俺が、突き出した翡翠の長槍を引かずにそのまま横に薙いだからだ。


「おのれっ」


怒りに顔を歪めたルディアは、薙ぐ事によって引いた翡翠の長槍を直ぐ様突き出した俺を見て、ばっと両手を前方に突き出し魔力を解放。翡翠の長槍の穂先を巻き込む形で強固な蒼氷の壁を作り出した。


「ぬっ」


がっちりと蒼氷の壁の中心部に捕らえられた翡翠の長槍を、腕を小刻みに揺らして振動を加える事で蒼氷を内部から崩壊させて取り戻そうとした俺だが、ルディアの行動の方が早かった。


「これならどうじゃ!」


「――!」


ぐんっと翡翠の長槍が左方向へ持っていかれる。ルディアが凍りつかせた空間の座標を左方向へとズラしたのだ。それにより、僅かだが俺の体勢が崩れる。


すかさずそれを衝いたルディアが俺の懐に入り込み、固めた拳を俺の鳩尾目掛けて打ち込んできた。咄嗟に翡翠の長槍の柄から右手を離し、鳩尾の前に持ってきてルディアのボディブローを掌で受け止めた。


「まだっ」


ドォンとパンチを受け止めただけとは思えない轟音の直後、ルディアの拳から冷気が放たれ、爆発的な拡がりを見せ俺を襲う。拳がそのまま冷気の爆弾の起爆剤になっているようなものだった。完全に零距離からの一撃を受け、さしもの俺も後退する。


拳打を受け止めた右手の慢心の鎧も突破され、素の肉体強度が優れている為に重傷を負わされる事は無かったものの、凍傷を負いはした。右手を一振りして一瞬で傷を癒した俺は、薄く笑みを浮かべてこちらを見据えているルディアを睨んだ。


「ふん。無様に敗北し、敗北者の陵辱を受ける覚悟はありやなどと吠えておったが、意外と大した事がないようじゃな」


「…………」


ルディアとしては、戦闘時の駆け引きとしての要素もあっての言葉だったのだろう。俺の見立てでは、ルディアの言動には敵に対する挑発と自己を鼓舞する意味合いがあったように思える。なるほど、卓越した戦士としてこういった駆け引きには慣れているようだ。


――だが、この場合その駆け引きは間違いだ。


「――貴様如き劣等存在格風情が、俺を嘲るか。いいだろう、遊びは終わりだ。これよりは蹂躙の時間だ」


存在格は相変わらず格落ちさせたままだ。が、素人でも分かる程明確に纏う力の質が変わる。俺は今、戦闘技巧の冴えと王権『七つの大罪』の傲慢と憤怒を最大限に解放していた。それを感じ取ったルディアの笑みが凍りつき、蒼いうなじに冷や汗が流れた。


ゆっくりと空中を歩き、ルディアの拳を受け止めた時の衝撃で後退した分だけ前進した俺は、突如として加速。ルディアが冷気の力場を生じさせて迎撃しようとしているのも構わず、そのままルディアへと突っ込んだ。


そんな事をすれば、普通は冷気の力場に阻まれて凍りついて死ぬ。だが俺は、独自の歩法でルディアの力が及ぶ存在領域から外れた存在領域へと身を置く事で、その結果を免れていた。


「これはっ」


目を見開いて眼前の光景を凝視するルディアに、俺はニヤッと不敵に笑い掛けた。


「言ったはずだぞ? これよりは蹂躙の時間だ、と。貴様の攻撃はもはやこの俺には通らねェ。後はただ、蹂躙されて終わりだ」


「……!」


凍りついていたルディアの笑みが引き攣り、次の瞬間には脱兎の如く撤退を開始していた。そう、「逃避」ではなく「撤退」である。ルディアはまだ戦意を失ってはいなかった。地の利のある居城まで戻り、戦術を凝らそうとしているのだ。


どのような状況になろうとも戦い抜こうという確固たる意思の表れ。戦闘能力で俺の方が大幅に優れているというのに、ルディアはまだ勝負を捨ててはいない。そんな彼女の在り様を目にして、先程の嘲りの言葉を受けて大きく下降していた俺の機嫌は急速に上昇した。


我ながら現金なものだ、とは思う。それと同時に、己が戦いに愉悦を見出だす者である事も。敵であれ味方であれ、戦士として見事な在り方を見せつけられると血が騒ぐ。


「これだから戦いはやめられねェ……!」


――本当は、言葉通り戦闘を制した暁にはルディアを陵辱しようと考えていたが、やめだ。あの女帝は一時の怒りのままに汚すには惜しい。時間を掛けて、じっくりと堕としてやる。


口角を吊り上げて邪悪に笑う。さて、この戦いに終止符を打つとしよう。


ゆらりと翡翠の長槍を保持する右手を肩の上まで持ち上げて投擲の構えをした俺は、己が執る翡翠の長槍の真名を謳う。


「『夢想破砕す現世の槍』ッ!」


翡翠の閃光が弾け、凍空を一条の翡翠の矢が走る。その先に在るのは、撤退していくルディアの背中。


「くっ」


迫り来る『夢想破砕す現世の槍』の輝きを目にしたルディアは、逃げ切れぬと悟ったのか急遽迎撃の態勢を整える。しかし、翡翠の煌めきはルディアが張り巡らせた幾重もの蒼氷の障壁を悉く貫き、ルディアの胸に蒼い花を咲かせた。


「かッ――」


蒼き女帝はその麗しい唇から声にならない苦鳴を洩らし、失速して自らの居城へと墜ちていく。俺もルディアを抱き止める為に急降下した。こうして、心天神域での戦いは終結したのだった。





「ぐぬぅ、この妾が敗北したばかりか敵に抱き止められるなどっ」


「おい、暴れるな! 持ち難いだろうが」


余程悔しかったのか、腕の中でジタバタ暴れるルディアを宥めつつ、俺は蒼氷の巨城の屋根へと降り立った。


蒼氷の屋根はひんやりと冷たく、ルディアを降ろして屋根の斜面に腰掛けた俺は尻に感じる冷たさに眉をひそめた。別にどうという事はないが、やはりまだ慣れないな。


「まだ力が戻らぬとは……お主の槍は一体どうなっておる」


屋根の斜面に身を横たえたままルディアはぼやく。その胸に翡翠の長槍が貫いた時の傷跡は見られない。抱き止めた時に俺が再生したからだ。しかし、『夢想破砕す現世の槍』の呪いで失った力が戻るまでには今暫く時間が掛かる。


顔の前まで持ってきた手を見つめているルディアに、俺は問い掛けた。


「――これでこの地は俺の領地として見なしていいな?」


「……勝手にせい。妾も覚悟は出来ている……煮るなり焼くなり好きにするがよいわ」


そう言って顔を背けるルディア。俺はゆらりと身体を傾けると、ルディアの股に右脚を入れて両手を頭の横につき、覆い被さるような姿勢になった。


すらりとした顎に手を掛け背けていた顔をこちらに向かせる。そして、艶やかな蒼い唇に己の唇を重ねた。舌で唇を割り開くと、諦めたように瞑目していたルディアはぐっと拳を握り締めた。


小さく水音を響かせて女帝の唇を蹂躙し尽くした俺は、女性らしい肢体の上を滑らせるようにして右手をルディアの下半身へと伸ばした。和装のような前で閉じるようにして重なっている衣を左右に掻き分ける。


「――!」



柔らかい感触が俺の指先に伝わる。ルディアはビクッと肢体を震わせた。


いよいよか、とばかりに身を固くしたルディアを余所に、俺はあっさりとルディアから離れて立ち上がった。様子がおかしい事に気付いたルディアが閉じていた目を開く。


「……何故抱かぬ。今更になって怖じ気づいたか」


「いやなに、お前は時間を掛けてじっくりと味わった方が良さそうだと思っただけだ。

だから今は抱かねェ」


指先に付着したルディアのそれを舐めつつ、厭らしい笑みを浮かべてみせた。


「……思い通りになるとは思わぬことじゃ。この恥辱はいずれ晴らす……覚悟しておれ」


「それこそ願ったり叶ったりだ。俺としては愉しければそれでいいからなァ、寝首を掻きたければ好きにするがいい。待っているぞ――ん?」


恨みがましくこちらを見上げるルディアにそう言い残し、心天神域を後にしようとした俺は、図ったようなタイミングで遠方から向けられた戦意に気付き、首を巡らせて視線を南の方角の空に彷徨わせた。


その戦意は彼方から。心天神域の最北端とは対極の地より、鮮烈な意思の槍となりて俺に交戦の意を告げている。


ルディアも急激に高まる戦意に気付いたのか、緩慢な動作で南の方角に視線をやった。


「この気配は……あやつか。戦わぬと言っておったのだがな」


「気でも変わったんだろ。どちらにせよ、俺にとってはどうでもいい……戦意があるのならば、それに応えてやるのも〝王〟の務めだ」


しゃがんで屋根に横たえてあった翡翠の長槍を右手に握り、蒼氷の屋根を蹴って宙を舞う。極寒の凍空を駆けて、俺は渡り鳥の如く南を目指した。





心天神域の最南端には、他の神域へと赴く際に通る事になる次元の壁が希薄な領域が存在する。


俺が心天神域に侵入した当初、ミカエルと鉢合わせた場所がそうだ。他の神域にもこれと同様の領域は存在し、神域間の往来の為にこの領域は使われている。


そんな領域で、俺とミカエルは対峙していた。


「なかなかいい力の波動を放ってくれる。流石は我が妃の契約者といったところか」


「マスターと使い魔の契約を結ぶ者としては、このくらいの力は有していて当然。流石という程もないはずだ」


落ち着いた風にそう返してきたミカエルは、右手に見覚えの無い双刃剣を保持していた。四十センチ程の柄を中心に左右へと約百センチの刀身が伸びた、優に二メートルを越す双刃剣だ。


俺の記憶が正しければ、今までミカエルがあんな武器を装備して戦場に来た事はない。ミカエルはノヴァと同様、光剣や光弓などの武器を生じさせて戦うタイプの戦士だったからな。


……というか、そもそもあの双刃剣はミカエルの物ではないはずだ。担い手なら担い手で、双刃剣との存在格のリンクがあるものなのだが、ミカエルと双刃剣の間にそのような繋がりは感じられない。故に、ミカエルが双刃剣など装備している理由が思い当たらず、俺は首を傾げてミカエルに問うた。


「……その剣はどうした? 〝視〟たところ、お前の宝具というワケではなさそうだが」


ミカエルは双刃剣を軽く持ち上げながら答える。


「この剣? 悪いがこの剣については私もよく知らないな。かの〝羅刹王〟との戦いの後、私が自分の神殿に帰還して、仕事の都合で神殿の宝物庫に行ったらいつの間にか宝物の中に紛れ込んでいた物だ。

見覚えの無い武具だからとその場で全知を開いて調べてみても、出所がさっぱり分からなかった。ただ、試し斬りしてみた限りでは剣としては見事な性能を備えていたから、これを機会に私専用の武具にしようと思ってこの場に持ってきた次第だ」


「なに?」


ミカエルの全知が届かなかった? となるとそれは――。


一旦、存在格を元の階梯に戻した俺は、全知をミカエルの持つ双刃剣に傾けた。視界に映る双刃剣の外観から解析を進めていき――とんでもない事が分かった。


「材質は時空連続結晶体……ルーレシア世界が生み出した界造宝具だと!? こいつァ凄ェ!」

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