魔獣と心を交わす者
それから約二時間後、俺は目覚めて学園の裏手の森に向かった。
そして、森に入って十分ほど歩いた俺は両手を上げて大きく伸びをする。
「ん。ん、んー。夜風が気持ち良いー!」
そう言いながら俺は早速腰に帯びていた剣を抜く。
「よし、やるか」
そう言うが否や、俺はまず素振りを始めた。
それからだいぶ時間が経った頃、俺は素振りを終えた。
「ふう……次は腹筋だな」
俺は自分を叱咤するように言うと、すぐに腹筋を始めた。
俺の修行は主に素振りや腹筋、腕立て、スクワット、後は剣撃のスピードアップの為の剣舞を舞う事である。
「さて……と」
俺は筋トレを終えて剣舞を舞い始めた。
剣舞には剣撃のスピードアップだけではなく、それに続く剣撃の流れを鍛えられると言う長所がある。
俺は下段から上段、上段から中段へと剣を振り抜き、更に中段から横一文字に凪ぎ払った。
そして剣技の修行を終えた俺は、魔法の修行に取り掛かる。
まず俺は左手に魔力を集めて八個の光の玉を作り出した。
八個の光の玉はそれぞれの属性の色をしており、その魔力の玉は出現させているだけで俺に取ってはかなりの魔力を消費する。
俺はその光の玉をなるべく長い時間、この場に留めておく事を修行の一つにしている。
全く……なんで魔力が少ないのに全属性行使出来るのやら。そこんとこ、神様に良く訊いてみたいモンだよ、ホント。
宝の持ち腐れもいいトコだ。
「ふう……まあ、こんなところかな」
暫く魔力の玉を出現させ続けていた俺はそう呟いて、額の汗を拭った。その時。
『ガサガサガサッ!』
近くの草むらからそんな音が聞こえてきた。
俺はその草むらから素早く飛びすさり、腰の剣に手を当てる。
しかし草むらから出て来た魔獣を見て俺はほっとした。
『グゴォーン』
そう鳴きながら草むらから出て来たのは、主に「ファイアドレイク」と呼ばれるまだ子供の火竜だったからだ。
……いや、子供とはいえ、火竜だなんて普通の者なら出会った途端逃げ出すような魔獣だが、俺は違う。
「おう、ファイアドレイクじゃないか。なんだ、お前も一人ってクチか、ん?」
そんな事を言いながら俺は平気でファイアドレイクに近づく。
そしてファイアドレイクの目の前まで来ると、その頭を撫でた。
普通の者ならそんな事出来る訳がないのだが、先ほど言ったとおり、俺は普通の者ではない。
「グルルルル……」
頭を撫でられてファイアドレイクは気持ち良さそうに唸った。
そう、俺は昔から何故かこのような「ドラゴン」、つまり竜の種族の魔獣とだけは心が通じるのである。
頭を撫でられたファイアドレイクは、自分の体から一枚の赤い鱗を剥がすと、その鱗を俺の手にのせた。
「ん?俺にくれるのか?」
俺がそう聞くとファイアドレイクは頷くように首を上下させた。
それを見て俺も笑いながら、
「おう、サンキューな。大切にするよ。」
すっと手を伸ばし、また頭を撫でた。
するとファイアドレイクは満足したように一つ唸ると、俺に背を向け暗がりに消えていった。
「これは良い物を貰ったな」
俺はそう言って赤い鱗を皮袋にしまい、勢い良く立ち上がった。
「修行も終えて良い物を貰った事だし、そろそろ寮に戻るか!」
俺がそう言って森から出たところで。
「「ああーー!?」」
ディアスとユイ、それにレイラの三人と俺は鉢合わせした。
―――――――――――
四人が鉢合わせする数時間前。
「おーい、いるかー?」
ディアスは外からのレオンの声に慌てて応じた。
「うわっやべっ! 悪い、今ちょっと無理!」
それに対して、部屋の外からレオンが声を掛けてくる。
「分かった、後で時間が空いた時にまた来る」
その言葉の後、レオンの足音が遠ざかって行った。
「ふぅ……。ヤバかったな」
ディアスはそう言って荷物の整頓を始めた。
今頃になって、整頓を始めたのだ。
何故ならディアスは部屋に入って荷物を見るなり、
「ま、後で整頓すればいいか! うん、それがいい!」
などと言ってベットに横になり、いっそ清々しい程の勢いで爆睡していたのである。
なので、当然の如く部屋の中の荷物は全く片付いてない。
だからレオンを部屋の中に入れたくても、入れれないのである。
「あーあ、やっぱり寝なければ良かったぜ」
そんな事をぼやきながらディアスが荷物の整頓を終えたのは、それから三十分後の事だった。
「やっと終わったな……」
ディアスはそう言ってベッドに寝そべったが、どうにも眠くならなかった。どうやら先ほど寝たので、そのせいで眠気が余りないらしい。
「暇だな………こんな時は誰か誘って買い物にでも行くか」
ポケットにある財布を確認しつつ、ディアスはベッドから起き上がった。
ディアスは自分の部屋を出て隣のユイの部屋のドアをノックした。
「ユイ、今いるか?」
すると中から、
「はい、今出ます」
そう聞こえてきて、程なくして中からユイが出て来た。
早速ディアスは、
「なあ、今時間空いてる?暇だったら買い物でも行かないか?」
と、ユイを誘ってみた。
すると、ユイは目を輝かせた。
「いいですね! 時間なら空いていますし、ちょうど私も暇していたところなんです。行きましょう!」
「そっか。そりゃちょうど良かったな」
それを聞いて気を良くしたディアスは、
「よし、レオン達も誘ってみるか! ユイはレイラに時間が空いてるか聞いて来てくれ。俺はレオンに聞きに行くからさ」
ディアスはレオンの部屋に、ユイはレイラの部屋に行った。
「おーい、ちょっといいかレオン?」
ディアスはそう言ってノックしたがレオンからの返事はなかった。
当然である。ディアスの部屋に行ってからレオンは既に爆睡しており、だからその程度ではレオンは起きなかったのである。
しかしそんな事を知らないディアスは、
「……? いないのか?」
そう洩らして首を傾げる。
その時、ユイとレイラがディアスに近づいて来た。
「レオン君はいましたか?」
「レオンはどうなの?」
ユイとレイラにそう聞かれてディアスは首を傾げながら答えた。
「それがな、どうも部屋にはいないらしいんだ。仕方ない、俺達三人だけで行くか」
「そうですか……残念ですね」
「間の悪い男ね」
それに対してユイは残念そうに、レイラは無表情にそれぞれ言った。
その後、三人は学園内にある市場に来ていた。
この学園は夜でも店が開いており、もう六時近いこの時間でもかなりの賑わいを見せていた。
「なあ、俺は薙刀とか槍を見に行きたいんだが、構わないか?」
そうディアスが提案すると、ユイも、
「いいですよ。私も双銃と手袋を見たいですし」
などと言い、レイラも、
「ちょうどいいわね。私もサーベルのスペアを切らしているから、構わないわ」
そのように言い首肯する。
その後三人は意見の一致から、市場にある大規模な武具専門店に来ていた。
「じゃ、それぞれ買い物が終わったら、今いるこの入口付近に集合な!」
と、ディアスが言い、他の二人が頷いたのを見て早速槍や薙刀のコーナーに消えて行った。
その後にユイとレイラも
「それでは、行きますか!」
「サーベルのコーナーは……こっちね」
口々に言い、それぞれ銃のコーナー、サーベルのコーナーへと向かって行った。
……それから一時間後、三人は両手に荷物を抱えて入口付近に集まった。
「久しぶりにこんなに買い物をしました!」
荷物を片手にユイが笑うと、ディアスもそれに続いた。
「ああ、ここまで品揃えが良いとは流石に思ってなかったけどな!」
そう言ってディアスは荷物を持ち直す。
それにレイラも同意した。
「確かにね。ここまで品揃えが良いなんて、私も思ってなかったわ」
言いつつ、自分の買ったサーベルを見やる。
そこでディアスは溜め息を吐いた。
「はあ、レオンにも見せてやりたかったな、この品揃え」
それに対してユイとレイラも思うところがあったらしく、
「そうですね……」
「確かに」
などと、それぞれ反応を示す。
そんな事を話しながら他の店を巡り終えた時には、もう二時間以上たっていた。
その頃、ディアス達三人は学園の森の付近の道を歩いていた。
ディアスは夜の森を見ながらニヤリと笑う。
「流石に夜の森ってかなり雰囲気があるな。これで後は謎の人影でもあれば……」
ディアスは幽霊の類いが大の苦手のユイをからかうように言う。
「わ、私は幽霊なんて怖くありませんからね!」
ディアスにからかわれたユイが、やけに強くそう主張した時だった。
「―――! 待って!」
森の方を見ていたレイラが、突然そう言ってディアスとユイの服の袖を引っ張って、何やら森の入口の辺りをじっと見つめた。
そのまま目を細めて呟く。
「……誰か、いる」
その言葉にディアスとユイの二人も若干緊張したように構えかけたが―
上機嫌で森から出て来た人影に、二人は構えを解いて首を捻った。
「…ちょっと待てよ。あの人影、何処かで見た事があるような」
そうディアスが言った時、暗がりからその人影の姿が見えてきた。
「「ああーー!?」」
その途端、三人はその人影に指まで差して驚いた。
暗がりから出て来た人影が、なんとレオンだったからだ。
―――――――――――
「「ああーー!?」」
ディアスとユイ、それにレイラの三人と俺は鉢合わせしてしまった。
一通り驚き終わった後、四人の間に重苦しい雰囲気が流れた。
やがてディアスが口を開いた。
「……何してたんだ?まあ、聞くまでもないと思うが」
それに対して俺は黙したまま、何も答えない。
何故なら今の俺は腰に剣を帯びており、それに加え、修練を終えたところなので、俺の制服は目に見えて汗で湿っていた。
沈黙した俺に変わり、ディアスが言った。
「修練だな? 部屋にいないと思ったら、隠れて修練していたのか」
「部屋にいない」と言う辺り、お互いの意見に若干の食い違いがあるが、そんな事を知らない俺は、自分が修練に行った後にディアスが来たものと勘違いをし、ディアスは元から俺は部屋にいなかったと勘違いしているが、これはさして問題にはならない。
俺は先ほどのディアスの問い掛けに、遂に俺は折れた。
「ああ、そうだよ。修練してたんだよ。黙って修練してて、悪かったよ」
俺のその答えに「強くなりたい」と言う生の感情がこもっているのを感じて、ディアスも慌てて謝る。
「あ、いや、責めているわけではないんだ。ただちょっとその、部屋にいなかったから」
と、ディアスははにかんだように笑った。
それにつられて俺も笑った。
重苦しい雰囲気が消えて、いつもの調子を取り戻した四人は談笑を始めた。
因みにこの件を知ったディアス達三人はこの夜、衝動的に朝日が昇るまで修練をしていたらしく、翌朝学園に遅れそうになっていた。