表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
46/56

加速する運命 後編I

バチバチバチッ!


「はふぉんっ!?」


――ノヴァの胸に肘が当たる寸前で謎の力場に弾かれ、レイは変な悲鳴を洩らす。


周囲の席の観客達は何事かとこちらを見てくるが、レイは構っていられなかった。


(肘がッ、肘がァァァァァッ!)


肘を押さえて上体を前に倒し、小さく唸る。


今、レイは肘をぶつけた時に感じるあの気持ち悪い妙な麻痺感と純粋な苦痛に苛まれていた。


しかもこの感じからして、これは長続きするタイプの感覚だと理解したレイは、瞬時に悟った。


――間違いねェ。こりゃエアリアルの仕業だ。あいつ、加護でも施してたのか!?


動揺しているレイに、ノヴァが訝しげに問うた。


「今、主の加護の力が働いたようだが。おぬしまさか邪な考えを抱いて私に触れようとしなかったか……?」


「へっ、何のことだか……」


ノヴァの疑惑に満ちた視線を避けるように闘技場の方を向いたレイは――見てしまった。


真っ先に戦いを終わらせ、控え室に戻ろうとしていたレオンが、足を止めてじっとこちらを見上げていることに。


レオンの真紅の瞳に光は無く、茫洋としている。俗に言うアレだ、レイプ眼というヤツだ。


そんな眼をしたレオンが、ただひたすらにこちらを――正確にはレイを見つめている……。


ちょっとコレはシャレになんねェと冷や汗を流すレイ。


どうやら、己が施した加護の力が発動したのを知覚して、ノヴァの疑惑に満ちた視線を受けているレイという構図を見て、何があったのかを悟ったらしい。


……と、その時、レオンの唇が動いた。


"覇者"後継者クラスの視力の持ち主しか気付けないほど僅かに唇を動かし、言葉を紡いでいる。


読唇術の心得があるレイは、反射的にレオンの唇の動きを読んで――読んだことを後悔した。


レオンはこう言っていた。『お前後で捕食決定』……と。


この場合、性的な意味で捕食しようとしているのではなく、物理的な意味で捕食しようとしているのは明白だった。


正確には捕食ではなく吸血の間違いだが。


(読むのは間違いだったかァ……!?)


どうやってレオンを説得しようかと、悩みに悩むレイであった。



―――――――――――


レイの野郎……後で覚えてろよ? 俺の女に邪な考えで以て触れようとした罪は重いぞ……ククククク。


不逞の輩の良からぬ行動を知覚した俺は、後でどう料理してくれようかと考えつつ、結界と結界の間に作られた道を通って控え室に向かう。


俺的にはそのままフィールドに残って次の試合に備えていても良かったくらいだが、一戦した後控え室に戻るのは決まりなので、こればっかりはどうしようもない。


まだ続いている他の選手達の試合を横目に、俺は東側にあるゲートの中へと消えた。





……それにしても。


控え室に戻ってきた俺は、ベンチにドカッと無遠慮に腰を降ろして先の試合を思い出す。


代表選手の全員がそうというわけではないにしろ、大半が先刻の雑魚と同レベルか? 正直、退屈しのぎにもならねェンだが。


俺は真紅の瞳を閉じる。


見たかよ、俺が攻撃を済ませた時のあの呆気に取られた顔。あの顔は俺の動きを全く捉えられていなかった証だ。


あの程度の速度なら、眼さえ鍛えておけば十分対応可能な速度だったじゃねェか、と俺は舌打ちする。事実、ラース辺りなら俺の動きを捕捉できたはずだ。


それなのにこの有様。


全く、もう少し骨のあるヤツと戦いたいぜ……などと思っていると。


扉の軋む音を立て、誰かが控え室に戻ってきた。


片目をうっすらと開けて相手を確認した俺は、ほう? と内心感心した。


どうやら、雑魚ばかりではないらしい。


控え室に戻ってきたのは、群青色の髪をポニーテールにして纏めた女子生徒だった。


まず間違いなく同学年ではない。これほどの実力者ならば、流石の俺も同学年だったら忘れはしない。


俺と同等……とはいかねェが、俺に迫るものを感じる。そのくらいの力の持ち主だった。


俺を十とすると、四捨五入で七はあるかな? といったところだ。


普通の教師くらいなら軽くあしらえるだろう。


これはまた、意外なまでの強者が居たものだ。


しかも美女。いいねェいいねェ、これなら俺もこの武闘会に出場した甲斐があるってもんよ。


「…………」


「…………」


……お?


そんなことを考えていると、件の女子生徒と目が合った。


いや、目が合ったっつうか――、


「…………」


――めっちゃ凝視されてる。


目が合ったなんてもんじゃない、凝視されてるんだ。今も絶賛俺を凝視している真っ最中。


え、何これ。どういう状況? もしかして、マジで顔見知りなわけ? っかしーな、あんな女子と顔を合わせてたら間違いなく記憶してると思うんだが。


そうでなくとも、体が覚えているはず。学生としては飛び抜けた力の波動を放つ存在を俺が覚えていないはずはない。


その程度には記憶力に自信はある。なら、これはどういうことだ? この視線、どう考えても向こうは俺のことを知っている。少なくとも俺はそう感じた。


あ、もしかして出来損ないとして知られてんのかな? 最近はあんまり出来損ないなんて呼ばれてなかったからその可能性を考慮するのを忘れてたわ。


それなら全て納得がいく。興味本意……って風には見えなかったが、それ以外に思い当たることなんてないし。


そんな考えで自己完結したその時、控え室の扉が開いた。


誰だかは見ずとも分かる。この気配はラースで間違いない。


なので、俺は片目を群青色のポニーテール女子に向けたままにしていたのだが……向こうも扉の方を一瞥すらせずにじっと俺をガン見。


なんとなく、目を逸らせ難い空気になってしまった。


ちょっ、いい加減俺から目を離せって。なんか、こう……目を逸らしたら負けみたいな感じになってきちまったじゃねェか。


……と、視界の端の方に金髪の男子――つまりラースが侵入してきた。


ラースは俺と謎の女子生徒を見比べた後、すすすっと俺の方に寄ってきて――。


「見つめ合ってるところ悪いけど……あの人と知り合いだったのかい?」


「ンなわけねェだろォがッ! だがよくぞこの空気を打ち破ってくれた」


ラースが話し掛けてきたのを機に、変な女子生徒から視線を外す俺。


ラースの方を見やった俺は、すぐに問い詰めた。


「おい、あの女は誰だ? やたら俺を見つめてくるんだが」


「えっ、知り合いじゃなかったの? うわぁ、初めて見た……」


初めて見た? どういうことだ、それは?


俺は訝しげに言う。


「ちょっと待て、話が見えてこないんだが。つまりどういう意味なんだ?」


「どうって……ああ、そもそもゾラさんの噂すら知らないんだね、君は」


「噂?」


噂になるようなヤツなのか、あの女。


そう思い首を傾げて復唱する俺に対し、ラースは説明を続ける。


「そう、噂だよ。彼女、ゾラさんはね、戦いの場でしか喋らないんだ」


「は?」


戦いの場でしか喋らない……だって?


そりゃあまあ、噂になるか?


「だとすると、普段はどうやってコミュニケーション取ってんだ?」


素朴な疑問を口にする。


「ボードに書いて言いたいことを伝えているみたいだよ。達筆らしい」


最後の情報は要らねェな。


しかしボードに書いて、ね。見たところ、今はそのボードとやらは持ってきてねェみたいだな。つまり、特に誰かと喋るつもりはないと。


「そりゃまた、徹底してるこって……」


ただ単に無口なだけなのか、そういう性格なのか……はたまた、話すのがめんどくさいだけのか。


何にせよ、確かに噂のネタには困らなさそうな女である。


なかなか面白そうな女じゃねェか、だけど何でこうも凝視されてるわけなんだ、まあ美女の注目を受けるのは悪い気はしねェが――なんて首を傾げていると、視界の隅でゾラとやらが漸く俺から視線を外したのが見えた。


なんとなく肩の力が抜けた気がして、でっかいため息を吐く俺。


「ところで、試合をしてみてどう思った? 大体想像は付くけど……ちなみに、僕の方は棒使いだったんだけど、正直あんまり強くなかったかなぁ」


「俺の対戦相手? 上級生の男子だったんだが、実力の方は雑魚の二文字だったなァ。倒した気すらしねェや」


蟻を踏み潰したのと同じことだ。それほど、あの男子には俺とヤり合う実力がなかったってわけだな、うん。


「普段から魔力に頼りきりになってるからそうなるんだ、仮にも戦士ならばいざって時の為に魔力を用いない戦闘技能を伸ばしておかずしてどうする」


よくもまあ、そんなヤツが代表選手なんぞに選ばれたものだ。


「うーん……まあ、仕方ないんじゃないかな? あくまでも彼らは学生だし……」


後頭部を掻きながら述べるラース。


学生だし? 甘い、甘過ぎる。そんな考えのヤツが居るからあんな弱卒が代表選手なんかに選ばれるんだ。いくらなんでも、あの弱さはない。


現に、例え目で追えなかったとしても戦士としての勘さえ培っていれば、先の戦いでの俺の開幕攻撃くらいは凌げたはず。


そのことを指摘して、ラースが腕を組んで考え込み始めた時。


『――しかしブランさん。選手達の大半が動きにいつものキレが無いのは、やはり魔力が使用不可なことが関わっているのでしょうか?』


控え室の【マジックビジョン】で投影されたモニターから、司会である生徒会副会長の声が聞こえてきた。


見れば、モニターには司会者席が映されていた。


司会者席に居るのは、司会の生徒会副会長と〝土鬼〟ブランの二人だ。


『あー、関わっているっつうかまんまその通りですかねィ。普段は武器を振るのにも魔力強化とか使ってるから、素の身体能力で武器を扱う場合にはやっぱり勝手が違うんでしょう。

ほら、武器を振る速度、重心の移動、連続攻撃への派生の仕方とか。よくある例はこの三つですかねィ。ま、あまりにも初歩的過ぎる問題点も含めれば四つになるんだが……』


うんうん……流石はブラン、良く分かってるじゃねェか。伊達に二つ名持ちのSランクやってないね。


あ、ちなみにブランが今言ってた「あまりにも初歩的過ぎる問題点」ってのは武器の重さのことだ。


ほら、普段は魔力強化して武器を使ってたから良かったものの、いざ魔力ナシでの戦いになった途端武器を持ち上げられなくてそのままあの世逝き、もしくは唯一無二の大切な人を喪ってしまうとか、よくある話だろ?


あの手の話を聞く度に思うんだが、ホンッと情けねェよな、そういうヤツ。


戦う手段を持たなかったのならまだ分かるが、魔力を使い果たして戦えなくなるとか……マジねェっすわ。


馬鹿ですか? 魔力が底を尽いた時の対策を考えてねェとか、馬鹿ですか? ってか馬鹿ですよね。


普通は対策の一つや二つ考えとくもんだろ。こんなの常識だぜ? 俺が常識を語っちまうほど常識なんだぜ?


それをお前、対策を立ててなかったが為にハイ終了とか……ププッ、ないわー(笑)。


ま、大切な人を守れなかったのは俺も同じだし、俺が言えた義理じゃねェのかもしれねェけど。


ディアナのことは……俺の弱さが招いたことだしなァ……クハハッ、本当にどうしようもないのは俺ってか?


しかし、それでも言わせて貰おうか。これはない、と。


『ま、最終的な結論としては魔力ナシでの戦いはもう慣れるしかないんだな、これが。魔力が無いなら無いなりの手段が無いわけでもないしねェ』


『そうですかー。しかし、根っからのウィザードタイプの人が魔力使用不可のこの武闘会に臨むとしたら、そんな手段があるんですかね?』


おっ、良い着眼点じゃねェか、生徒会副会長。


それにブランも、要点を分かりやすく簡潔に説明してやがる。ブランが解説として招聘された理由も分かるってもんだ。


なんて称賛を送っていると、ブランが対策について話し始めた。


『なぁに、簡単さね。単刀直入に言うと……っと、その前に。学園長さん、多分俺が言うであろうことは色々拙い気がするんだが、その辺りはどうすれば良いのかねィ。

要望があれば聞きますぜ』


と、モニターに映るブランが【マジックビジョン】の触媒に向かって問い掛けた。


それに応じたクレアさんの音声がモニターを通して聞こえてくる。


『ええ、構いませんよ。常道から外れない程度になら、ご自由になさってください』


『了解。なら話を戻すが。根っからのウィザードタイプだったとしても、この武闘会のルールに則って戦えば十分に勝てるものなんだな、実は』


ブランが「勝てる」と言い切ると、観客席がざわめいたのがモニターの音声を通して分かった。


俺はというと、ブランの『ルールに則って』という発言を聞いて、腕を組んで何度も頷いていた。


そうだよな、例え完全なウィザードタイプだとしても『ルールに則って』戦えば十分に勝算はあるよな。


ブランはやっぱり気付いてたか。ま、Sランクまで上り詰めた者なら気付いて当然なのだろうが。


『ズバリその方法とは何なのですか?』


『なに、簡単なことだよ。この武闘会では魔力が使用禁止になってるみたいだが、要は魔力さえ使わなければ良いってだけだしねェ』


激しく同意。俺も自分が完全なウィザードタイプの戦士だったらそうするし、この武闘会に於いて相手側がその手段を使ってくることを警戒しているからな。


『魔力さえ使わなければ……まさか!』


生徒会副会長はハッとした表情になった。どうやら分かったみたいだな。


ブランもそれが分かっているらしく、機嫌良さげに笑いつつ口を開いた。


『多分副会長さんが今考えていることは正解だよ。魔力が駄目なら魔具を使えばいいって考えてたんじゃないかィ?』


魔力が駄目なら魔具を使えばいい――それを聞いた生徒会副会長の表情がぱっと明るくなった。


『そうです! いやはや、確かにそれならルールに則って戦えばいいという言葉にも納得がいきますね』


『だろ? まあつまり、そういうこった』


――魔具。


それは文字通り魔力を籠めて作られた物で、魔具自体に魔力を流して使うタイプと、事前に魔具の中に魔力を溜めておいて必要になった時に魔力を一切使わずに使えるタイプ、大きく分けてこの二つのタイプがある。


無論、今話題に出てきた魔具というのは後者のタイプの物で、実際にルール上何の問題もないだろう。


何故かって? そりゃ、魔武器の使用は禁止されてないからだよ。


魔武器ってのはある意味魔具と同じような物だろう? 能力を使う時には多少魔力を必要とするが、ただ単に武器として扱うだけなら魔力は必要ないしな。


そう考えると、ほら……魔武器と魔具って、性能的にはどっちもどっちだろ?


魔武器は魔力を使わないと能力は使えないが、能力を使おうとしない限りは使用は認められている。


魔具も、事前に魔力を溜めておいた物なら、魔力を使っていることにはならないので禁止されていない。少なくとも、ルールにはそんなことは一言も書かれていなかったはずだ。


『文字通り、ルールの穴ってヤツだねィ。こういった大会での決まりには意外と穴が多いってのはよく聞くことだが、これでまたひとつ証明されたわけさね』


ブランの飄々とした声が響く。実に大会という行事のなんたるかを理解できている男である。やっぱ経験ってヤツか?


まあ、経験なら俺も負けちゃあいねェが。


モニターに意識を向けていた俺は、ふと周囲に視線を走らせた。先程から試合を終えた代表選手達が戻ってきつつあったので、どのくらいの人数が戻ってきたのか確認したのだ。


それにより、まだ試合をしている代表選手達が数組居ることが分かった。


やれやれ、戦況が膠着するのは強者同士での戦いだけにしてほしいモンだ。


弱い奴等がいくら争ったところで所詮は弱卒に過ぎん。俺が学ぶべき所は正直言って全く無い。


これは俺お得意の傲慢ではない。ただの事実だ。


モニターの映像は司会者席からバトルフィールドへと変わっていた。


「うーん……あの人達、皆決め手に欠けてるなぁ……」


俺の隣でモニターを眺めていたラースはそう嘯いた。


「全くだ。お蔭で無駄な時間が長くなる。さっさと決めちまえば良いものを、画竜点睛を欠くとはこのことかァ?」


忌々しげに言い捨てる。どいつもこいつも、早く決め技に頼れば良いものを。この膠着した戦況では、先に決め技に頼った方の勝ちだぜ?


何故かって? そりゃ決め技に対する対処法をこの程度の戦いで膠着するような奴等が瞬時に考え、行動できるとは思えないからさ。


よく『先に動いた方が負ける』とか何とかいう状況があるが、それは確実ではない考え方だ。


先に動いても相手の対応に応じた変幻自在な動作が可能なら相手に見切られる心配はないし、後手に回ろうが相手の動きさえ確り見ていれば問題なく対処可能だ。


実質、本当に膠着するのは強者同士での戦いであり、逆に一瞬にして勝負が着くのも強者同士での戦いであるのは、肉体的なスペックだけではなくそういった駆け引きの面も関係している。


が、それはあくまで強者同士の戦いの話だ。


彼らのような戦士として未熟も未熟、はっきり言って雑魚な場合は駆け引きも糞もない。そもそも、駆け引きのなんたるかも理解できていまい。


タイミングだけ見て適当に決め技を繰り出せば、それで終わりなのだ。


しかし彼らはそれを理解できていない。いや、理解できていないからこそ今もこうして試合時間を無駄に引き伸ばしているのだったか……。


とにかく!


俺の考えとしてはこうだ。


もう、さっさと試合を終わらせてほしい。――これに尽きる。


「早く終わらないかなぁ……」


どうやらラースも同じ考えのようだ。


しかし、そんな俺とラースの願いも虚しく。


結局、一回戦が終わるのにそれから数分程の時間が掛かるのであった。



―――――――――――


『さぁー、二回戦を始めます! 代表選手の生徒はバトルフィールドに入場してください!』


……やっとか。


つまらん戦いを見せられてげんなりしていた俺は、司会の生徒会副会長の次の試合を告げる声を聞いて安堵したようにため息を吐いた。


一回戦の試合の間、どれほど退屈だったことか。


次々と控え室から出ていく一回戦を勝ち上がった代表選手達に倣いつつ、俺は次の対戦相手のことを考える。


俺が次に戦うのは、抽選で10番を引いた男子生徒だ。確か武器は剣だったはず。


……ただ、これまた愉しめそうにない相手なんだよなァ……と、俺は苦々しい表情を浮かべた。


一回戦で戦った……というか一方的に蹂躙したあの上級生男子よりは強い。強いんだが、それも毛が生えた程度でしかない。


詰まる所、また俺が退屈してしまう試合になるのだ。


どうしよう、今度は適当に遊んでやってから倒そうかなァ。それとも、また一瞬にして終わらせてやろうか……。


俺の気分としては、後者の案を取りたいところだ。弱卒と戯れたところで何も愉しくはないし、無駄に体力を消費する――尤も、俺に体力だなんて概念は喪われつつあるが――だけなので。


しかし、一回戦の時のように瞬時に片を付けてしまうと、再びあの退屈な時間を過ごすこととなる……。


ある種のジレンマだな、と俺は舌打ちしそうになる。


全く、何でこんな弱卒共が代表選手なんかに選ばれてンだ!?


アレか、人材不足なのか!?


なんて考えつつも、俺は再びバトルフィールドへ。


バトルフィールドの結界の区切りが二十四から十二に減っていた。


当然か。一回戦で二十四人脱落してるんだからな。しかし、それにしても仕事が早い。流石クレアさんだ。


『代表選手の皆さん、準備はよろしいでしょうか? よろしければ定位置に移動してください!』


一回戦の時と同じく、特に準備などする必要のない俺は、迷いのない足取りで試合開始時の定位置へ。


……ん?


斜め下へと向けていた視界に誰かの足が入った。ふと視線を床から上げてみれば、対面に二回戦の対戦相手が佇んでいた。


ほう、こいつも迷いなく戦いに臨むつもりか――などとちょっと見直していると、対面に立つ男子生徒がぎこちなく笑い掛けてきた。


「ははは……。お、お手柔らかにー……」


「…………」


――迷いなく戦いに臨むつもりではいるらしいが、その動機は自分の敗北を薄々予期していたかららしい。


彼我の実力の差が分かるのは良いことだが……やれやれ、俺の対戦相手は弱卒か腰抜けだけしか居ねェのか? と、俺はため息を吐く。


まあ、そこは彼我の実力差を理解できていることに免じてやるか。少なくとも、一回戦のヤツよりはマシな方だろ……。


『――準備が出来たようなので……二回戦、試合開始っ!!』


俺がゆるりと肩を慣らしたその直後、二回戦の開始が宣言された。


瞬間、瞬発力に物を言わせてトップスピードに乗った俺は、残像を立ち位置に残して瞬く間に対戦相手である男子生徒の間合いに踏み込む。


そのまま、一回戦を再現するかのように飛び蹴りを放とうとしたが、男子生徒が上段に防御体勢を取っているのを見て蹴り脚の軌道を変えた。


跳躍する為にくの字にたわめていた左脚を更に深くたわめ、腰を低くして身体を左方向に傾け、重心を利用して右脚を後方へ旋回させたのだ。


かなり無理のある体勢から放たれた下段後ろ回し蹴りは、男子生徒の右の脹ら脛を斜め後ろから刈り取った。


右脚を豪快に払われた男子生徒の体が大きく後方へよろめいた。その表情は驚愕に染まっており、何が起こったのか全ては理解できていない様子だった。


それに構わず、俺は旋回させていた右脚でフィールドを蹴り、その反動で男子生徒の懐に飛び込んだ。


その勢いを殺さぬまま、男子生徒の鳩尾に右の拳を叩き込む。無論、ある程度の手加減はしてのことだが。


「う゛っ」


低い呻き声を漏らしてフィールドに叩きつけられる男子生徒。叩きつけられた衝撃で首と足が跳ね上がったが、もう彼に意識は無かった。


誰が見ても戦闘不能だろう。


「ふぅ……」


軽く手を叩きながらゆらりと直立の体勢に戻ると、観客席がどっと湧いた。


司会の生徒会副会長が大声で叫ぶ。


『おーーっとぉー!? Bブロックの一年D組の代表選手が、一回戦に続き、二回戦までも一瞬にして勝負を決めてしまったぁっ! 彼女は一体何者なんだぁー!?』


彼女!?


ちょっと待て、オカシイだろテメー!


クソッ、毎度のことながら何故俺を女だと勘違いしやがるんだ!?


ちゃんと男子用の制服着てるじゃねェか!


口調も自称もまるっきり男のそれだろォが!


「俺はッ、おと『ワアアアアアアアア!!』……」


男だァァァ! とシャウトしようとしたその時、まるで謀ったかのようなタイミングで観客席から歓声が上がった。


何事かと頬を引き攣らせていると、俺の疑問に答えるように生徒会副会長が再び叫ぶ。


『一年D組の代表選手に続いて、一年C組の代表選手も勝負を決めたぁぁぁ!』


『見たところ、C組の彼は武器の相性で勝っていたみたいですねェ。しかもそのアドバンテージを上手く利用しているようで。

見事な勝利だと言えるでしょう』


ブランの冷静な解説も続いた。


ふむ、どうもラースが妙なタイミングで勝負を決めてしまったらしいな? この俺の、言葉を遮るというタイミングで。


……そりゃないぜ、ラース……。


最早怒る気も失せてしまった俺は、情けない表情で控え室に戻っていくのであった。


途中、対戦相手の攻撃を悉く弾き返しながら俺のことをガン見してきた群青無口女が居たが、反応するのもめんどくさいのでスルーした。



―――――――――――


ディアスとユイとレイラの三人は西側の観客席に座していた。


武闘会に出場しているレオンは別として、そこにカイルとカレンを加えたいつもの五人で居ないのには理由がある。


無論、それをディアスとユイは知る由もないが、レオンとロイを除く"覇者"後継者はそれぞれ魔族の襲撃時に対応しやすい位置に居るのだ。


カイルは姉であるリンスと観客席の南側へ。


カレンはレーゼと共に観客席の東側へ。ちなみに、カレンとレーゼが居る位置から少し離れた辺りには、ノヴァとレイとコアの絶対強者三人衆が居る。


そして、"覇者"後継者の指揮を執るシリアは観客席の北側に身を潜めている。


ティーン魔法学園の学園長であるクレアは学園長室から闘技場をモニターを通じて見ている為、動いてはいない。


が、何もしていないのではなく、『地の覇者』としての権能を駆使し学園を覆うように展開されている結界の強度を"覇者"後継者クラスでなくては知覚出来ないほど密かに上昇させつつある。


こういった常時展開系の結界の強度をいきなり上昇させてしまうと、外界との隔絶度が一気に上昇してしまい、逆に脆くなってしまったり内側の魔力の濃度が危険域になってしまったりと、様々な弊害があるからだ。


尤も、クレアならば例え一気に強度を引き上げたとしても弊害など出さずに済ませることも出来るのだが、手間を惜しんで力を無駄に消費するわけにもいくまい。


あと数時間もすれば戦争の始まりなのだ。少しの力も無駄には出来ない。


ティーン魔法学園はある意味、戦時に最も安全な場所と言えるだろう。


確かに狙われやすいかもしれないが、その分防御が凄まじい。


レオンが無理にでもディアスやユイといった面々を逃がしたりしないのには、そういう考えもあってのことだ。


まあ、戦争に安全も何もあったものではないだろうが。


とは言うものの、レオンはディアスとユイの扱いに関してはレイラに正体を明かしたその時にはほぼ決定していたのだが。


どのような決定を下したのかは、いずれ分かる。


「ああ、毎度の如く女扱いされてるなぁ、レオンのヤツ」


「まあ、容姿が容姿ですし……仕方ないことなのかもしれませんね。レオン君にとってはいい迷惑でしょうが」


勿論、"覇者"後継者関連のことなど露ほども知らぬディアスとユイは、眼下のバトルフィールドで憮然とした表情をしているレオンを眺めながらそんな言葉を交わしていた。


そんな二人を横目に、しかしレイラは無言で手元にあったフルーツジュースのストローを加えるのみだった。


そんなレイラにディアスの冷やかし混じりの言葉が投げ掛けられる。


「恋人のレイラから見たらどうなんだ、レオンの評価って」


「レオンの評価?」


レイラはストローから口を離して、チラリと控え室に戻ろうとしているレオンの背中を見やると、


「そうね……まず、容姿に関してははっきり言って男としてはかなりレベルが低い方ね。レオンには悪いけど、これはどうしようもないわ。

中性的な顔立ちだったのならともかく、レオンは完全な女顔だし、付け加えて筋肉もしなやかすぎてほぼ隆起が見られないから、外見は胸の発育が乏しいスレンダーな美女にしか見えないわ」


率直に言って、外見だけを見れば男らしさは皆無、寧ろマイナスね――と、レイラは言う。


「お、おお?」


予想以上に深く語り始めたレイラに、ディアスはパチパチと目を瞬かせている。


「だけど」


と、不意にレイラの青い瞳に異様な光が宿った。


「その分、中身は最高よ。まさに男って感じで、本当、ゾクゾクするわ……」


今まさに控え室に戻ろうとゲートの薄闇に溶けて消えようとしているレオンの背中にじっとりとした熱い視線を投げ掛け、レイラは囁くように言葉を紡ぐ。


「貪欲なまでに力を渇望する所も、戦いに狂い闘争を求める所も、欲望の赴くままに美女を蹂躙する所も、異常を通り越して超常の域にまで達しつつある独占欲の強さも、己が力のみならず悪性すらも誇りと掲げ覇道を謳う様も――」


そこでレイラは一旦言葉を切り、


「全てが……愛しい」


「「…………」」


ディアスとユイは顔を見合わせ、引き攣った笑みを交わした。


これは、なんというか――病んでいる。レオンに対して、絶対的に。


事実、レオンの全てが愛しいと言うレイラの表情は普段のクールな彼女からは想像も付かないほど恍惚としたそれであり、陶然とした声音が危ない。


「フフフフフフ……」


艶っぽい響きの笑い声も色々な意味で危なかった。


しかし、「覇道を謳う」というのはどういうことだろうか。


ディアスとユイが対処に困っていると、レイラがふと今思い出したかのように呟いた。


「ああ、まだ男らしい所があったわね。レオンって、顔に似合わず結構大き――」


「ちょっ」


ここに来て流石にディアスがレイラの言葉を遮った。なんとも言えない雰囲気になるのを防ぐ為にも、ただ単純に気になったからでもある。


ユイがおずおずと口を開く。


「その……レイラさん?」


「何かしら」


「レオン君とは……そっ、そのっ――シちゃったんですか!?」


ユイは小声で、思いきったようにレイラに問うた。


その顔は真っ赤であり、こんな問いを投げることを恥ずかしがっているのは明白だった。


しかし問いを投げ掛けられた方であるレイラは平然とした風で答える。


「夜伽ならもう済ませたわ。……初めての時は途中で失神しちゃったけど」


アレは不覚だったわ、などと普通に語るレイラ。ディアスとユイは苦笑いしつつも、あのレオンがそこまで性急にコトに及んだことに意外性を覚える。


尤も、それはディアスとユイの前ではレオンが過激な行動を控えて――それでも十分過激だが――いるからで、レオンの実態を知る者は全く意外性を抱かないだろう。


寧ろ「ああ、やっぱり」的な反応をすること間違いなしだ。


無論それを知らないディアスとユイは、この話題からは離れようと話を逸らす。


「あの調子を見る限り、Bブロックはもうレオンが勝ち残るものと見て間違いないだろうけど、他のブロックでは誰が勝ち残るんだろうな。

二人はどう思う?」


「他のブロック……ですか。そうですね――……」


ディアスの言葉に応じてバトルフィールドを見下ろしたユイは、Bブロックを除いて全体的に戦況を観察し、困ったような表情になる。


特に、とあるブロックに視線を向けて呟いた。


「これは……私ではちょっと判断が難しいです」


「――あのブロックの選手達、ほぼ実力が拮抗してるわね。身体能力も技巧も殆ど同等。誰が勝ち残ってもおかしくないわ」


ユイに釣られるようにして視線を件のブロック――Dブロックに向けたレイラは、ざっと選手達を眺めてそう嘯いた。


「あれはまあ……うん、確かに」


じーっとDブロックの試合を見ていたディアスも、気付けば二人の意見を肯定していた。


なんというか、こう……Dブロックの選手達は平均的な戦いをしているのだ。


悪く言えば、特に見るべき所のない試合をしているというのが正しいだろうか。


言い方を変えれば、華が無いとも言う。


Aブロックでは、一年C組の代表選手であるラースがその高い戦闘能力で以て見事な戦いを見せている。


Bブロックでは我らが鬼神、レオンが魔力使用禁止であるのを良いことに無双の戦闘能力を発揮して、二回戦連続で一瞬にして勝負を決めている。


Cブロックでは、二人の代表選手がCブロックの他の代表選手達よりも頭一つ分ほど強く、上手い具合に拮抗するような戦いぶりを見せている。


Eブロックでは、群青色の長髪が特徴的な女子の代表選手が飛び抜けた強さを示している。


Fブロックでは、ウォーハンマーを獲物とする身長二メートルはありそうな巨躯を誇る最上級生男子がズバ抜けた戦闘能力を振るっている。


そんな中、Dブロックだけは目立つ強者がいない。力を隠しているとかそんなものではなく、アレで全力なのだろう。


はっきり言って、かなりショボい。


他のブロックでは実に見応えのある戦闘が繰り広げられているのに対し、Dブロックだけは平々凡々、実に平和的だ。


別にDブロックの選手達が弱いわけじゃない。いや、レオンなどの魔力抜きでも無双の力を発揮出来る者からしたら弱いのかもしれないが、代表選手としては普通程度の力は持っている。


今回は偶々普通程度の力の持ち主が一つのブロックに集まってしまっただけだ。彼らに罪は無い。


「――でも、見応えがないことに変わりはないわね。本当、迫力に欠ける戦いだわ……」


Dブロックの戦闘を見やり、酷評を述べるレイラ。はぁ……と、でっかいため息まで吐いている。


「レイラさん、もう少しオブラートに包んだ言い方をしてあげてください!」


「ユイ、お前のその発言もかなり失礼だと思うぞ」


フォローのつもりなのか、頬を膨らませて言うユイに、ディアスは冷静に突っ込む。

そのまま軽く話し込むディアスとユイを眺めていたレイラは、ふと天を仰ぐ。


――少なくとも、ディアスとユイとこの関係のままでいられるのはあと僅か……ね。


そう思うと、ティーン魔法学園に来て初めてまともに言葉を交わした時のことを思い出す。


瞳を閉じれば、目蓋の裏で再生される穏やかな日々。


あの頃は、レオンもまだ常人であり、今ほど本性を露にしていなかったか……。


思えば、いつからだろう? レオンの様子が明確に変わり始めたのは。


過去を想起したのを機に、レイラは思考の翼を広げる。


最初、レオンはあそこまで荒々しい口調や思考ではなかったはずだ。少なくとも、口調の方はそうだった。


しかし、『風の覇者』との契約により力を手に入れて少し経った辺りだろうか、レオンの様子が明確に変革したのは。


口調は場合によっては喧嘩腰とも取れるような荒々しいそれになり、思考はより好戦的に。世間一般でいう常識は完全に内から消え去った。


まあ、常識云々に関しては妙なことではない。力を持つ者が社会から外れた存在になりやすいというのは自然なことだから。


力に染まり傲慢になりゆくというのはよくある話だが、レオンの場合はそれを地でいってないだろうか?


「……確実に地でいってるわね」


慢心してこその覇者であろうが! などと叫んでいた為、間違いない。


それはともかく――


「今は、この時を楽しむのが大切ね」


レイラは小さく吐息を漏らすと、バトルフィールドを眺めるのであった。



―――――――――――


先程のように控え室で二回戦が終わるのを待ち、司会が三回戦を始めることを告げたのを機に、俺はゆっくりとベンチから立ち上がった。


この三回戦で、各ブロックの勝者が決まる。そう思うと、本来ならば身が引き締まるような感覚になるんだろうが。


――相手がアレじゃあな。


俺は自分の対戦相手を見やり、落胆のため息を吐く。


まず間違いなく一瞬でカタが着くだろう。相手の力量はそんなところだ。お蔭で、全く以て緊張感が湧いてこねェや。


ま、俺は緊張感っつう言葉とは無縁な男だが――と、胸の内で嘯く。


しかし……と、俺は次々と控え室を後にする各クラスの代表選手達を見やり、目を細めた。


流石に、ここまで来るとそれなりの実力者しか残っていないな。尤も、俺の相手を出来そうなのは三人くらいしかいないが。


ちなみに、その三人というのはラース、ゾラ、Fブロックの大男の三人だ。


それ以外は駄目だな。話しにもならん。腕を磨いて出直してこいと言いたい。


そんなことを考えつつも、俺も他の代表選手に倣い控え室を後にした。





『ワアアアアアアアアアッ!!』


ゲートを潜り、バトルフィールドに出てきた代表選手達を迎えたのは、割れんばかりの歓声だった。


おいおい、まだ決勝には早いぜ? と考えたところで、これが各ブロックでの勝者を決める試合であることを思い出し、ある意味決勝ではあるのかと思い直す。


ま、その決勝の内の一つの試合は一瞬にして決着が着くだろうが。


無論それは俺が戦う試合で、俺の勝利という形でだ。


『さぁ、三回戦にして各ブロックの勝者を決める戦いがやって来ました! 同じブロックに残っているのは二人の代表選手! 果たして、どちらが勝ち残るのでしょうか!?』


司会者席で生徒会副会長が手元のマイクに向かって良く通る声で叫んだ。それを聞き、観客達はさらに歓声を大きくする。


『代表選手の皆さんも出揃ったところで、早速三回戦を開始したいと思います。準備が出来た方から、バトルフィールドとなる結界の中に進んでください!』


生徒会副会長が指示を出すなり、俺はやはり迷うことなくすぐに結界に入ってバトルフィールドに立った。


結界によって区切られて作られたバトルフィールドも、残すところ六つだけになった。この広大なフィールドを区切るにしては、とても少数だ。


一回戦当初の二十四という区切りでも一つのバトルフィールドが広く感じられたのだ。少数に感じないはずがない。


これには、これまでの二戦を勝ち抜いた強者が思う存分戦うことができるようにと、そんな配慮もある。


つまり、勝ち残れば勝ち残るほど、次の戦いで使用するバトルフィールドの広さは増すということだ。


バトルフィールドの広さは戦いの要素としてはかなり重要なことである。


例を挙げるとすれば、カイルのような一定以上の力量を有する拳士には遠当てという遠距離攻撃の手法があるように、強者であれば強者であるほど、戦技の幅は広いからだ。


接近戦が専門のように見せて、相手が距離を取った瞬間遠距離から一気に叩く。そういった戦術面にも関わってくる。


……なに、遠当てってのがどんな技術なのか分からないって? 遠当てってのはな、文字通り遠距離から拳打を叩き込む技巧のことだよ。


実際には拳打によって弾き出された空気の塊……分かりやすく例えると空気砲ってヤツかな? それを相手にぶつけてダメージを負わせる拳術だな。


これを実現させるには、それなりの筋力と拳を打ち込んだことによりどの程度大気が前に押し出されるのかを理解できてなきゃ駄目だ。


そうだな……拳を打ち出した後、肘にまだ駆動の余地がある状態の時と、拳を打ち出した後、肘を完全に伸ばしきった状態の時。この場合、どちらが遠当てに相応しい動作を出来ていると思う?


正解は後者だ。パンチってのはだな、肘を完全に伸ばしきったその時が最も最大の威力を発揮している瞬間なんだよ。


要は、拳を打ち込んで肘を伸ばしきった時とインパクトの瞬間が重なれば最良ってことだな。


それを体で覚えて初めて遠当てなどを始めとした拳術を体得できるのだ。


……あ、それと俺は拳士じゃないが遠当ては使える。が、剣士である俺の場合の遠距離攻撃は〝風凪〟なので、正直使い所はあまりない技巧だ。


閑話休題。


周囲を見回してみれば、勝ち残った全ての代表選手達はそれぞれ試合開始時の位置に付いていた。


代表選手達は皆大して悩む素振りもなく、悠々とした様子だった。


このような場面で悠々としていられるのも、紛れもなく強者の証だろう。


いざって時に冷静じゃなけりゃまともな判断なんて出来やしないからな。


例え実際には心乱されていたとしても、それを相手に悟らせてはいけない。こんなのは基本中の基本だが、戦いのなんたるかを理解できていない奴等はこれが全く出来ていない。


駆け引きとは、交渉などの面だけではなく戦闘の面に於いても、それほど重要なことなのだ。


それをこいつらは直感で理解してやがる。いいね、なかなか分かってるじゃねェか。


俺がニヤッと唇の端に不敵な笑みを刻んだ時、生徒会副会長が一声を下す。


『三回戦――試合開始!!』


直後、今までの二戦と同じく立ち位置に残像のみを残して俺は対戦相手である男子生徒に突貫した。


瞬く間に間合いを詰めた俺は、男子生徒の鳩尾目掛けて右の拳を叩き込む。


しかし、なんとか俺の動きに対応した男子生徒が寸前で片足を後ろに下げて胴体をズラした為、俺の拳は虚しく宙を突いた。


その腕を、男子生徒はガシッと掴んできた。


どうやら俺が拳を戻す前に一気に畳み掛けようという考えらしい。良い判断だ。だがっ!


――グン!


「――っ!」


筋肉の僅かな動きからそれを読んでいた俺は、掴まれた腕を振り払おうとはせずに右腕をやや下方に向けて体ごと後退しつつ、即座に体勢を低くした。


それにより、男子生徒は俺の腕を掴んだままだった為に連動するかのように前のめりに体勢を崩した。


俺の腕を掴んだ直後には左手の短剣で攻撃しようとしていただけに、自分自身の勢いも相まって前方向に体勢が崩れやすい状態だったのだ。男子生徒の目が大きく見開かれる。


途端、俺は掴まれていた右腕を巻き込むように左に半回転し、逆に男子生徒の腕を固定仕返した。


突然立ち位置が変わった所為で男子生徒の短剣は何もない空を切り、俺が半回転した勢いで背中からフィールドに叩き付けられた。


遠心力を利用した、サイドからの投げ技だ。


そして、俺は男子生徒の体が叩き付けられた衝撃で未だバウンドしている内に、男子生徒の手を振り払って解放された右の拳を鳩尾目掛けて振り下ろす。


「があっ」


直後、鈍い打撃音が鳴った。


男子生徒は悶絶した後、白目を剥いて気絶した。


この間、僅か四秒ほど。先程の二戦に比べれば時間は掛かったとはいえ、学生の戦闘としては恐ろしく短い戦闘時間だ。


『これはああああ!? なんと三回戦まで瞬く間に相手を倒してしまったぁっ! 彼女に勝る戦士はもういないのでしょうか!?』


『学生とは思えない見事な手並み……いやはや、末恐ろしい娘っ子が居たもんだねェ、こりゃ』


司会者席で生徒会副会長が盛大に騒ぎ立て、ブランは目を丸くして顎を撫でている。


観客席もざわめいており、所々から「凄い」だの「魔力強化しなきゃ目で追えなかった」だの、賛辞が呟かれている。


賛辞を贈られるのは悪い気はしねェが――何故、どいつもこいつも俺を女だと認識しているのか!


折角の良い気分が台無しだ……!


憤懣やる方ない気分になりつつも、俺は勝敗が決したことによって結界に出来た穴から自分のバトルフィールドを出て、それぞれのバトルフィールドの間にある安全地帯を歩いてさっさと控え室の方に移動していく。


「……?」


いざゲートを潜ってバトルフィールドから完全に姿を消そうとしたその時、覚えのある気配を感じて足を止める。


気配に従ってゆっくりと司会者席の方を見ると、ちょうどロイ先生が司会者席を訪れたところだった。


司会者席の近くに居たスケジュール係に何か頼まれているようだが。


さて、と俺はすぅっと目を細めた。


ここで"覇者"後継者としての聴覚を解放して話の内容を聞いても良い。


だが、俺としては何かあるなら聞かない方が楽しめそうだと思っているし、何より今は聴覚を解放してまで話を盗み聞きしたくなるような気分じゃない。


――あの様子を見る限り、悪い話ってワケでもないだろうし……この件に関しては放置して良いだろう。


そう判断すると、今度こそ俺はゲートを潜って薄闇の中に姿を消した。



―――――――――――


「……レオン、相変わらず良い動きしてる」


「〝風の覇者〟になって無尽蔵と言っても過言じゃないほどの魔力が自由に使えるようになって、事実魔法を使いまくってるんだから、少しくらいは鈍ってもおかしくないはずなんだけど……全く衰えが見られないわ。

寧ろ以前より更に洗練された動きになってる気が……」


観客席の東側。


バトルフィールドをすぐ下に見下ろす、前列付近で。


隣り合わせに席に腰掛けていたレーゼとカレンは、変わらぬ戦いぶりを見せるレオンを見下ろしてそんな会話をしていた。


レオンの対戦相手だった男子生徒が転移によってバトルフィールドから退場させられていくのを眺めつつ、レーゼはぼそりと呟く。


「……『闇の覇者』との戦いも、今みたいな感じで終われば良いのに……」


耳聡くそれを聞いていたカレンは、苦笑混じりにこう返した。


「まあ、ね……。でも、そう上手くはいかないのが現実なの」


「分かってる」


レーゼは重々しく頷いた。


そもそも、『闇の覇者』は力量自体が不明なのだ。以前レオンとファランが話していた内容を横で聞いていた時、『闇の覇者』はファランと同格の〝王〟だとかなんとか、レーゼには理解の及ばない単語ばかり出てきたからだ。


リリスに訊いてみたこともあったが、深層意識から返ってきたのは『私でも全ては理解出来なかった』という言葉だった。


そもそも、レオンやファランの間でまことしやかに囁かれている〝王〟とは、一体何のことだろうか。


いや、概念は理解出来る。リリスと全く同一の存在たるレーゼは、王道と共に覇道をも解しているのだから。


しかし、それでも、何かが引っ掛かる。


〝王〟は〝王〟でも、世間一般で知られる名君・暗君・暴君といった類いの〝王〟とは一線を画する何かを感じる。


レオンは前述した三つのタイプの中では暴君にカテゴライズされるということは間違いないが……と、レーゼは薄桃色の唇を引き結んだ。


(やっぱり……変)


この件について考え出すと、要所要所で必ず何かが引っ掛かってくる。


「レーゼ?」


「ん……」


怪訝そうなカレンの声に、レーゼは思考の海から意識を浮上させた。見れば、不思議そうな顔をしたカレンがレーゼの顔を覗き込んでいた。


「どうしたの? 何か考え事をしていた風に見えたけど……私で良ければ相談に乗ろうか?」


カレンの申し出に、レーゼはちょっと考え込む。しかし、カレンはレオンが気に入っている女性であることを思い出すと、もしかしたら何か分かるかもしれないと思い、話してみることにした。


「……レオンのことなんだけど。実は――」





「〝王〟……? うーん……それは確かに私も聞き覚えがある、かな?」


レーゼの話を聞き終えたカレンの口から出てきたのは肯定的な言葉だった。


カレン自身、今レーゼが語ったことには色々と聞き覚えのあることが多い。


珍しくレオンがカレンの屋敷を訪れた時もそうだった。


あの時はファランはレオンの精神世界に一時的に戻っており、対面のソファーに座っていたレオンが酒瓶片手にぶつぶつと呟いていた内容が思い出される。


『なあファラン。『外なる図書館(アウターライブラリ)』を漁ってて妙な異名を見つけたんだが。……ああ、【乱世王】とかいう王名のことだ。

これってもしかしなくともお前のことなんじゃねェの? お前って戦神の〝王〟たる神格でもあるんだし。……なに? また余計な詮索をしたのかって?

オイオイ、そりゃ誤解ってもんだぜ。これに関しちゃあ本当に偶々〝識〟ったことだしなァ』


あの時は、確かそう言っていたと思う。問題はこの次だ。


『ああ……それなんだがな、お前が本当に『風の覇者』なのか悩んでンだ。いや、『風の覇者』の神格でもあるのは分かるが、ファランが持ちうる神格の中で最も強い神格はこの【乱世王】ってのじゃ――おい。

おい、ファラン? 聞いているのか? おーい……クソ、これも今俺が知るべきじゃないってか? もしくは人に聞いて知るのではなく、自分の力で答えを出すべきことなのか。

どちらにせよ面倒だが……そもそも、ファランの本来の力の属性や特性って一体何なんだ? 【乱世王】……乱世を統べる〝王〟であることはまず間違いないだろうが……』


――生憎、あの場ではレオンはこれ以上この件について独白することはなかったが。


恐らく、レオンの思考は続いていたはずだ。


カレンの考えが正しければ、『何を司る〝王〟なのか』……多分、レオンはそう考えていたのではないか?


乱世を統べる〝王〟というのは神格を分類しただけで、明確に何を司っているか……ぶっちゃけ、能力がさっぱり伝わってこない。


例を挙げると、コアは創造神としての神格が最も顕著で、神名からして万物を創造する能力を有するということが分かる。


そして、竜蛇の神性を併せ持つという特性を持っているのが分かる。


このことから、コアは創造の力を有する蛇の女神と、神格としてのパーソナリティが完結するのだ。


破創神ノヴァの神格情報が混淆している為、コアは破壊の力をも自在に使いこなすことが出来るが、これは大して神格に影響することはない。


何故なら、万物を創造する力を持つということは同時に万物を破壊する力を持つということになるからだ。


地球系列世界の破壊神シヴァ何かが良い例だな。ヤツは世界を破壊した後、世界を創造し直すと言われているだろう?


分かりやすい神格を挙げれば、生と死を司る神格もこれに当たる。


生を司るということは同時に、死を司るということでもある……良く言うだろう?


認識の仕方としてはまさにそれだ。


無論、神格によってはまた微妙に違ったりするのだが。


ここで話を戻すとして。


規模までは不明だが、全知全能能力すら手中にしていたファランが己と同格の〝王〟と称した『闇の覇者』だが、弱体化しているとはいえ本当に勝てるのだろうか?


"覇者"後継者が全員で纏めて掛かっても、レオン曰く「真の力の一割すら発揮していない」状態のファランに傷一つ負わせられないような有様で。


答えは否。普通に考えなくともそんな絶対者相手に勝てるはずがない。


しかし、過去の大戦争の当事者である"覇者"達は戦いを避けるようには言ってこない……。


「あっ……?」


「あれ……?」


レーゼとカレンは同時に疑問の声を洩らし、顔を見合わせた。


青と紫の瞳が交差し、『貴女も気付いたの?』と声無き問答をした。やがて、お互いにゆっくりと頷き合う。


明らかにこれは、おかしい。


何故今まで気付かなかったのだろう。


そもそも、あのファランが同格と認めるほどの相手を何故封印など出来たのだろうか。


正直な話、ファラン以外の"覇者"などいてもいなくても同じような存在だったはず。例外はファランと魂の繋がりが在るノーレくらいだ。


そんな状況で封印が出来た? ……いや、封印が出来たこと自体は問題ではない。


真に問題なのは、ファランとノーレ以外の"覇者"の力が封印の役に立ってしまっていることだ。


言っちゃ悪いが、ファランとノーレ以外の力なんて神器を使っていたとしても程度が知れている。


そんなチャチな力は、決してファランクラスの絶対者には通用したりしない。ファランクラスの戦士を倒しうるのは、同等の力を持つ戦士だけだ。


塵も積もれば山となる……なんて諺も、ファランや『闇の覇者』といった真なる強者には全くもって意味を為さない。


塵は所詮塵に過ぎない。至高なる肉体に届きうるのは同格の強者の一撃のみ。


――だってのに、何故『闇の覇者』に対してはファラン以外の"覇者"達の封印の力まで作用している?


明らかにおかしいではないか。


――まさか、当時の『闇の覇者』は弱体化していたというのか? 弱体化した状態から更に弱体化した状態が、現状であると?


しかし、それでは弱体化して同格ではなくなった『闇の覇者』をファランが封印しきれなかったことがおかしい……。


まさか……、とレーゼとカレンはまたも同時にその考えに辿り着いた。


『闇の覇者』と同じく、ファランも何らかの事情により弱体化していた? 付け加えて、これもまた『闇の覇者』と同じくそこから更に弱体化した状態が現状ということ?


現にファランは、レオンやノーレとの会話の最中、今の自分の力は本来の力とは程遠いようなことを言っていた。


だからこそ他の"覇者"達の封印も『闇の覇者』の身に届いて――そして、ファランとノーレ以外の"覇者"達は、当時のあの力ですら『闇の覇者』が弱体化していた状態だと知らなかった?


知らなかったが故に、今でもどうにかなると思っている――ファランとノーレ以外の"覇者"達は。


だから、戦いを避けるように言ってこない――?


――全てに辻褄が合うのだ……これが事実だとすれば。


レーゼは拗ねたように呟く。


「……また、分かんないことが増えた」


カレンもこめかみの辺りを押さえながら――頭が痛くなってきたのだ――レーゼに同意する。


「そうね……。本当、どうなってるのかしら。この世界も、ファランさんも、『闇の覇者』も――」



―――――――――――


――ガチャッ。


「…………」


戦い終わり、控え室に戻ってきていた各ブロックの勝者たる代表選手達の視線が、開かれた控え室の扉に向く。


既に五人の代表選手が控え室に戻ってきており、次に控え室の扉を開いた者で最後だったからだ。


果たして、控え室の扉を開いたのはCブロックでもう一人いた強者と勝敗を競っていた男子生徒だった。


精悍な顔には僅かに疲労が滲み、よく見れば肩で息をしているのが分かる。それほど激戦だったのだろう。


誰が勝者なのかを確認した俺は、腕を組んで目を瞑り背を壁に預けて楽な姿勢になる。


――次に俺と当たるのは……ラースか。


そう思うと、歓喜の笑みを隠しきれない。やっとだ。やっとまともな戦いが出来る。ラースはこれまでの相手とは決定的に力量が違う。


かつて戦った時のように、一瞬で勝負を決めることは出来まい。


最低でも三分――いや二分。それくらいは時間が掛かるかもしれない。


あの時と比べてよく成長したもんだ。ま、俺としては初めからこのくらいの実力はあってほしかったものだがなァ。


でなけゃあの時も一瞬で勝負が決まったりせず、それなりに楽しめたと思うんだが。


――まあ、過ぎたことを嘆いても仕方あるまい。


早々に武闘会に回している思考の雑念を消す。重要なのは過去じゃない、現在だ。現在の戦いが楽しめそうなら、それでいいじゃねェか。


それから、休憩時間も挟んで暫し経ち。


『――準決勝を開始します。代表選手の皆さんはフィールドに出てきてください』


――来たか。


生徒会副会長のその一声が下されるなり、俺はすっくと立ち上がった。衣擦れの音に反応して周囲を見やれば、各ブロックの勝者たる五人の代表選手も同様に立ち上がっていた。


その表情は淡々としており、緊張は窺えない。リラックスしているようにも思える。


流石にここまで勝ち抜いただけのことはある。戦いのなんたるかを良く理解できてるじゃねェか。


そう思う一方、これが準決勝となると決勝では三人でのバトルロイヤルになるのか? と、予想する。


現時点で六人の代表選手が勝ち残ってんだ。


当然、この準決勝が終われば三人になる。しかしそれだと一人ハブられることになる。だとしたら考えられる可能性はそれしかないだろう。


そんなことを考えつつも、俺は粛々と控え室を退室しつつある他の代表選手達の後を追ってバトルフィールドへ。





『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


ゲートを潜って代表選手達がフィールドに姿を現した途端、先程を再現するかのように、しかし先程を上回る大喝采が代表選手達を出迎えた。


ふと気配に違和感を感じて観客席を見上げれば、ただでさえ満席だった観客席に更に観客が増えていた。


とんでもない混雑具合である。人がゴミのようだ。


司会者席で生徒会副会長がマイク片手に叫び散らす。


『さぁっ! 一ブロックの勝者達が、今ぶつかり合います! まずは勝ち抜いた代表選手の紹介をさせてもらいましょう!』


代表選手の紹介? 人の性別を間違えるヤツがすることじゃねェよなァ、オイ。


なんて反射的に思ってしまったのは仕方ないだろう。寧ろ当然だ。


勿論それを知る由もない生徒会副会長は、代表選手の紹介に取り掛かった。


『まずはAブロックの勝者たる一年C組代表・〝ラース=キストアーレ〟選手! 華麗な足捌きと流麗な剣戟で対戦相手を追い詰めた、細剣の貴公子だあぁぁぁ!』


「貴公子って……」


自分の紹介を聞いたラースは苦笑いしていた。それでも、声援を送る観客達に応えるように片手を上げている。


『続いてBブロックの勝者たる一年D組代表・〝レオン〟選手! これまでの三戦を試合開始早々、眼にも留まらぬ早業で対戦相手を戦闘不能に追いやった美しき謎の夜叉女。その圧倒的な強さたるや、まさに鬼神!』


「おいっ。テメーまた間違えて――」


生徒会副会長がまたも性別を間違えた途端、すかさず声を張り上げる俺だったが。


『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


観客席からの歓声に呑まれて周囲にそれが伝わることはなかった。


わぁーじゃねェッ! 何勝手に盛り上がってやがンだッ!?


一度ならず二度までも……ッ!!


怒りのあまり拳を震わせる俺だったが、事ここに至ってはもう仕方ない。


肩を落としたくなるのを堪え、ため息混じりに軽く片手を上げる。途端、どっと観客が湧いた。


讃えられているはずなのに何だ、この虚しさは。


額に手を当てて天を仰ぐ俺を余所に、選手紹介は続く。


『続く代表選手は三年H組代表・〝ニルス=リクスル〟選手! Cブロックでは手に汗を握る一進一退の攻防を見せてくれた、緑刃の騎士!』


言われて、緑の装飾が成された剣と盾を装備した男子生徒が軽く頭を下げた。


観客席から彼に声援が贈られる。中には女性のものと思われる黄色い悲鳴もあった。女受けしそうな顔立ちなので、女性からの人気が高いようだ。


観客達がある程度静かになるのを待って、生徒会副会長が口を開く。


『次に、Dブロックの勝者たる二年B組代表・〝ラルフ=ケイネス〟選手! 実力の拮抗した者達が犇めくDブロックを制した、槍術を修めし防戦のプロ!』


生徒会副会長が言い終えると同時に、観客席から声援が贈られる。


正直、彼は勝ち抜いた代表選手の中では最も弱いのだが、意外と声援は多かった。彼は照れ臭そうに苦笑いしつつも、声援に応えて槍を掲げて見せる。


『続いての代表選手は、Eブロックの勝者である四年G組代表・〝ゾラ=エステル〟選手! Eブロックでは、穏やかな川の流れを連想させる動作からは予測できぬ高速の踏み込みと技の冴えを我々に魅せつけた、美貌の剣客!』


生徒会副会長の紹介の口上が終わると、その場で深く礼をする群青無口女……もとい、ゾラ。


無口なのはどうかと思うが、意外と礼儀正しい性格のようだ。もっと素っ気ないヤツだと思ってたんだが。人は見かけによらないってのはこのことだな。


『最後に、Fブロックの勝者である五年E組代表・〝バルトル=ラーゼルハーグ〟選手! その巨体からは想像できない敏捷性と柔軟性を誇り、手に持つウォーハンマーの一撃はフィールドを易々と割り砕く!

パワーとスピード、そしてテクニックの三種を兼ね備えた今大会の優勝候補ナンバーワンの戦士です!!』


生徒会副会長が声高に告げると、観客席が今日一番の盛り上がりを見せた。


歓声が湧き、闘技場内をひっきりなしに声援が飛び交う。ふむ、声援の内容を聞く限り、どうやらバルトル某は実力だけではなく人望もあるみたいだな。


そしてそれは、他の四人に対しても言えることで。


いいねェ、と俺は唇の端を獰猛に歪めた。


何だよ何だよ、居るじゃねェか楽しめそうな奴等が。その中でも三人、出来損ないとしての俺が戦う分には楽しめそうな奴等が居る。


至極残念ながらその内のどちらか一人はトーナメントの組み合わせ上、戦えそうにねェが……今までの弱卒共とは大違いだ。


『以上、この六人の代表選手達が武を競って戦うことになります。試合の組み合わせはこれまでどおり、Aブロック制覇者VSBブロック制覇者といったように順番どおりに行います』


生徒会副会長が組み合わせについて説明している。


やっぱりそうだよな。これで前述したように、三人の強者の内一人は戦えないことが確定した。


いや、下手すりゃ二人戦えなくなるかもしれねェな。引き分けか何かになる可能性もあるわけだし。


――だが。


「レオン君」


左の方から掛けられた、爽やかな声が俺の耳朶を打った。


声の発された方に視線をやってみれば、楽しげに笑うラースの姿がある。


爽快さを感じさせる人当たりの良い笑顔とは裏腹に、隠しきれない戦意がはっきりと伝わってきた。


この時点でラースが何を言いたいのか俺は理解していた。が、敢えてそれには触れずにこう問い掛けた。


「どうした? そんな良い笑顔浮かべちゃって。何か良いことでもあったのか、ラース」


「とぼけないでよ。本当は分かってるんだろう? 僕の言いたいことなんてさ」


ラースは爛々と瞳を輝かせながら言う。そんなラースの視線を真っ向から受け止めた俺は、苦笑混じりに言ってやる。


「おいおい、ンな眼で俺を見つめるなって。子供か、お前は」


「子供だよ。人間誰しも自分が楽しいと思えることの前では子供だからね。それに、君にそれを言われたくないかな?」


「ハハハッ、至極尤もな意見だ!」


俺は軽く笑い飛ばした。


ラースも自然と笑みを浮かべている。


互いに一頻り肩を揺らして笑い合うと、俺はすぅっと目を細めて言った。


「――さて、あの時の合同試合から約五ヶ月ほどの時が経過してるわけだが。果たしてお前はどこまで強くなってンだろうなァ、ラース。

そこそこ力は付いているとはいえ、あの時のような呆気ない幕切れは御免だぜ」


「ああ、安心してよ。その心配はないからさ。寧ろ、君の方こそ足を掬われないよう気を付けた方が良いかもね」


「ほぉ……」


俺はしげしげとラースを眺め、やがて僅かに唇の端を吊り上げた。


「言うようになったじゃねェか。口だけが達者になってねェことを祈る」


「それこそ杞憂さ」


『それでは、代表選手の皆さんは準備が出来次第指定の位置に付いてください!』


司会の生徒会副会長の声が頭上から降り注いだ。


それを機に、俺達は会話を切り上げて即座に指定された位置に付く。


「出番だ、〝黒風〟」


黒い光の粒子が収束し、瞬時に1.7メートルはあろう一口の黒い長刀を型どる。


学生としての俺が使用する〝黒風〟だ。


〝風の覇者〟の時に使用している〝黒風〟とは違い鍔があり、やや短くなっている。……それでも十分長大と言ってもいい長さがあるが。


地面に引きずらない角度で黒刀をベルトにパチンと固定した俺は、左手を鞘に添えて右手を柄に置き、腰を低くして開戦の時を待つ。


ラースはゆっくりと細剣を中段に構えて動きを止めた。


互いの視線が交差する。そこに通じ合うのは戦意。


張り詰めた雰囲気と研ぎ澄まされた気配で分かる。この場に出揃った代表選手全員が臨戦態勢になったのを。


その瞬間、開幕の一声が下される。


『準決勝――試合開始!』





――直後、俺は瞬発力に物を言わせて一気に彼我の距離を詰め、ラースを己の間合いに捉えていた。


あの時は確か、お前の方から距離を詰めさせたからな――!


今回は俺が先手を取らせて貰おうかッ。


背後に残像を従えて疾走する俺は、ラースを間合いに捉える直前に抜刀を開始。


そして、ラースを己が間合いに捉えた瞬間、目をカッと見開いて居合いを放った。


「〝時雨〟ェッ!」


疾走した勢いも上乗せされ、驚異的な速度で抜き放たれた黒刃がラースに襲い掛かる。


あわやそのまま斬り捨ててしまうかと思われた瞬間にはもうラースは動いていた。


自らを斬り裂かんと襲い掛かる黒刀の軌道を捉え、その先の軌道を断つように細剣を持ち上げたのだ。


果たして、けたたましい金属音を立てて俺の黒刀はラースの細剣に受け止められていた。


俺は、自分の開幕攻撃が受け止められたという事実を知覚したと同時に、細剣にぶち当たって弾かれた勢いをそのままにさっと黒刀を今まで通ってきた軌道を辿るように反転させ、黒刀を引いた。


それにより空間的に余裕が出来た途端、黒刀の角度を右方向に変えると、最短の振りでラースに二撃目を叩き込む。


ラースの視点で言えば、右から居合いによる初撃を放たれたのにも関わらず、大した間を置かずして今度は左方向から横凪ぎの斬撃が繰り出されるという、とてもじゃないが並みの戦士では対応出来ない出来事だったはずだ。


しかし、ラースも細剣の角度を変えて上手くそれを凌ぎ、あまつさえ蹴りを打ち込んできた。


筋肉の僅かな動きから事前に蹴りを予測していた俺も、即座に左脚を持ち上げてこれを迎え撃つ。


ガシッと互いに蹴り脚を叩きつけ合ったところで、ラースが素早く後退した。


反射的に追撃を掛けようとした俺は、ラースの細剣を持つ腕の動きから、それが次の攻撃に繋げる為の後退だと見破る。


――これは、追撃したら拙いッ。


追撃の為に前傾姿勢になったところで、袈裟懸けの一撃が来る可能性が高い。


それで敗北したりはしないが、袈裟懸けの一撃に対応している間は下段の守りがががら空きになる恐れがある。


追撃を掛けたことによるラースの動きと危険性を予測した俺は、タンッと軽くフィールドを蹴って後方に跳躍した。


それにより、俺とラースの間に十メートルほどの距離が開いた。


ラースが口を開く。


「仕切り直しかな?」


飄々とした口調で述べるラースに、俺も軽口を叩き返す。


「まずは、俺の〝時雨〟を凌いだことは誉めてやろう。――だが、遅ェな遅すぎる。その程度の速度じゃ、すぐに斬り伏せちまうぜ?」


「随分上から言ってくれるねっ」


「ねっ」の部分を置き去りに、ラースがフィールドを蹴った。


そんなラースに対し、俺は傲然と顎を上げて言い放つ。


「当たり前だっ。事実、俺の方が圧倒的に強いからなァッ!!」


叱声を叩きつけ、今度は俺が迎撃の態勢を取った。


「はぁっ!」


数瞬の内に俺を間合いに捉えたラースは、裂帛の気合いの声と共に細剣を俺の心臓目掛けて突き出してきた。


対して俺は、下段に下げていた黒刀を跳ねるようにして持ち上げ、細剣を弾こうとする。


しかし、ラースは上段に跳ね上がろうとする細剣を両手で持ち、弾かれるのをグッと堪えた。


それを見た俺は、すぐに刃を滑らせて細剣の切っ先を俺から空へと変えて、鍔迫り合いに移行する。


ぶつかり合う刃の向こう側で、ラースが俺を鋭い眼で見ていた。


俺も、戦士としての暗い喜悦を露にニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


直後、開幕する刃の舞踏。


俺が地を這うような姿勢から上段に黒刀を振るえば、ラースは細剣の刃を黒刀の刀身の側面に添えて刃を滑らせ、同時に上体を反らして黒刃を避ける。


ラースが喉元目掛けて細剣を突き出して来たら、俺は流れるような足捌きで体ごとすっとラースの側面に移動して躱し、ラースの胴体目掛けて黒刀を振るう。


互いに相手の急所、剣戟の間のあるかなきかのウィークポイントを狙って斬撃を送り込む。


ぶつかり合う刃が高らかに剣戟を奏で、虚空に火花を散らす。


暫時、戦況が膠着した。一進一退どころか互いに一歩も退かずに激しく打ち合い、斬り結ぶ。


数十合程度ならともかく、百合以上それが続いた。これは長期戦になるかと観客達が身構えた時、それは起こった。


「――っ!」


ラースと打ち合いを演じていた俺が砂で片足を滑らせ、大きく後方によろめいたのだ。


「貰ったっ」


その隙を見逃さず、ラースが俺の胸目掛けてこれまでで最高速度の刺突を繰り出してきた。今の俺の体勢では、これは回避が間に合わない。


ラースの、この状況では最適な選択の一つだと断じることの攻撃を前に、しかし俺は唇の端に不敵な笑みを刻んだ。


それを瞳に映したラースの端正な顔に危機感が色付いた。


どうやら、俺が足を滑らせたのが布石だったことに気付いたらしい。突き出した細剣を引こうとしているのが筋肉の動きから読めた。


――だが、もう遅いっ!


足を滑らせた演技を止めて自ら後方に背を投げ出した俺は、片手に刀を保持したままフィールドに両手をついて両足に力を籠め、一気に上方に跳ね上げた。


ラースは回避しようとギリギリまで顎を反らしたが、間に合わずに顎の先に俺のサマーソルトが浅く入った。


「くっ……」


脳を揺さぶられたラースが小さく呻く。脳震盪を起こしそうになっても尚、彼にはまだ確かに意識があった。


刹那の世界にて、俺は素早く口を動かし厳かに告げる。


「その気力、見事なものだ。――だがっ」


サマーソルトを決めて四つん這いの体勢に移行しようとしていた俺は、半回転してフィールドに足がつくのを待たずにフィールドから両手を離し。


「この戦いの勝者は俺だッ!!」


言下に、その時になって半回転を終えた足でダイレクトにフィールドを蹴りつけ、ラースを袈裟懸けに斬り裂いた。


「がああぁぁぁっ」


ラースの左肩から右の脇腹まで赤い筋が走り、次いで血泉が上がった。


無論、死に至らない程度に加減して浅く斬った。戦闘も続行できると言えばできるが、審判役の教師が許さないだろう。


これ以上戦うと出血多量で最悪の事態を迎える恐れがあるからだ。


事実、司会者席から全体の戦闘を見守っていた生徒会副会長が、観客席のすぐ前方にある審判席から俺とラースの試合を監視していた教師から念話の魔石で何事か伝えられ、マイクに向かって叫ぶ。


『ラース選手、戦闘不能! よって、準決勝一人目の勝者はレオン選手です!』


生徒会副会長のその言葉に観客達が様々な反応をするも、俺はそちらには一切気を回さなかった。


「――俺の勝ちだな、ラース」


転移の魔法陣により、今にも転移されようとしているラースに俺は話し掛けた。


フィールドに大の字で仰向けに倒れていたラースは、苦笑いしながら言う。


「そうだね……また負けたのか、僕は」


ラースは固く目を瞑り、


「悔しいな……」


黙したまま見下ろしていると、ラースはぽつりとそう呟いた。その声音には、隠しようのない生の感情が籠っていた。


そんなラースに、しかし俺は励ましの言葉を掛けることなく淡々と言った。


「お前にその気があるならば、また幾度となく挑むがいい。俺はいつでも待っている」


ラースの傷付いた体が震えた。声もなく笑っているのだ。


「はは……。それはいいね――……」


その言葉を最後に、ラースはバトルフィールドから転移していった。行き先は勿論医務室だ。


静かにそれを見守っていた俺は、ふと首を巡らせて未だ続いている二つの戦闘を見やった。


じっと戦闘の様子を眺めた俺は、ぼそりと呟きを洩らした。


「果たして、決勝で俺と刃を交えるのは誰だろうなァ」


その台詞を皮切りに、俺は視線を戦闘から外してゲートの方へと戻っていった。



―――――――――――


王都システィーナの東区域。


その一角にある、孤児院にて。


(現在の時刻は二時三十分ほど……レイの見立てが正しければ、襲撃はあと一時間後か……)


サイス率いる工作部隊とユリウス率いる守護部隊の混合部隊は、孤児院のグラウンドの中空に【レビテーション】を行使して空中で静止し、そこから更に姿隠しの魔法で姿と気配を断って待機していた。


無論、この孤児院とそれに属する者達に、戦争による被害を及ぼさない為だ。


(気を引き締めて守護の任に当たらなければ)


ユリウスは眼下で走り回る子供達を眺め、そう思う。


鬼事でもしているのだろうか。子供達は元気に外を走り回り、笑い声を上げている。


その中に、蒼がかった銀髪の少年と緑髪の少年の姿があった。


レオンが会話の途中で「今はまだ未熟だが、なかなか見所のある戦士」と評していた子供達だろう。確か名前はカイとイルトと言っただろうか。


ユリウスはじっと二人を観察してみる。身のこなし、魔力の総量、体を駆動させる時の癖など、くまなく観察する。


(なるほど……レオンが高い評価を下した意味が良く分かる。歳の頃は十二ほどと聞いていたが、その歳にしてはかなり高いポテンシャルを秘めているようだな)


ユリウスは冷静に二人の戦闘能力を計り終えると、次に孤児院の施設の入り口の方に視線を向けた。


孤児院の扉の丁度手前辺りに、長い黒髪の女性が佇んでいる。


女性にしては長身で、出る所は出て、締まる所は締まっているメリハリの利いた肢体を黒衣で包んでいる。


彼女がレオンの育ての親であるという、ゼフィア=クロイツ……レオンはゼフィアと呼んでいる女性だ。


驚くべきことは、天上天下唯我独尊にして信じられないほど破綻した精神と歪んだ心の持ち主たるあのレオンが、唯一母親だと認めている女性であるということだ。


レオンは彼女の話をする時、恥ずかしそうに、しかしその事実を隠すことなく誇らしげに語っていた。


ゼフィアこそが俺の唯一人の母親であり、大恩ある人でもある――と。


正直、レオンの口からそんな言葉が出てくるとは露ほどにも思っていなかったユリウスは、話を聞いた当初は唖然としそうになったものだ。


(あの女性がレオンの母親か……)


聞いた話によると、今でこそ我流の刀術を振るっているレオンだが、それ以前の剣術・戦闘技能を鍛えたのは彼女で、レオンに戦いのなんたるかを教え込んだのも彼女とか。


興味が湧いたユリウスは、ゼフィアに意識を集中してその戦闘能力を推し量ってみた。


そして、驚嘆する。


ゼフィアの戦闘能力を一言で評すると、「素晴らしい」という言葉に尽きる。


それこそ、一対一ならば上位魔族ですら打倒し得るだろうポテンシャルの高さ。身のこなしからして、単純な力だけではなく技巧も優れていると思われる。


ユリウスですら、ゼフィアと戦って勝てるかどうかは微妙なところだ。


人間としては最高クラスの戦士だと言えよう。何故これほどの人物がこんなところで埋もれているのか、不思議である。


(これは、想像以上の戦士だったようだ)


ユリウスは内心舌を巻いていた。例え同格の上位魔族だったとしても勝てる自信があるというのに、それを彼女は軽く越えてくるか。


今この場に居る者達の中でも、ユリウスとまともに戦えるのはサイスとミスティ、あとはアウレアくらいのものだ。


或いは、だからこそレオンが認めたのかもしれない。


ユリウスが漠然とそんなことを考えていると、ゼフィアが子供達に何事か声を掛けた。


どうやらそろそろ施設の中に戻るように言ったらしい。現に、子供達は次々に施設の中に戻っていく。


ユリウス達はそれを微笑みながら見下ろし――首を傾げる。


子供達は全員施設の中に戻ったというのに、ゼフィアだけが施設の入り口で佇んだままだったからだ。


暫く様子を見ていても、ゼフィアは施設の中に戻る素振りを見せない。前方を見つめたまま、そよ風に吹かれている。


いよいよ不安になってきたユリウスが、傍らに浮遊していたサイスと顔を見合わせた時だった。


すっ、と。


軽い足取りでゼフィアがグラウンドに向けて歩んだ。


そして、ユリウス達が浮遊している付近まで歩を進めると、ピタリと動きを止める。


(……?)


何だ? まさか、私達の存在を気取られたか? ユリウスは真っ先にその可能性を疑ったものの、首を振ってその考えを打ち消す。


いや、それは有り得ない。正確には、有り得てはならない。


こちらは姿隠しの魔法だけではなく、レオンが創造した自作宝具『生気断絶す影の宝珠(ライフキャンセラー)』すら使って生体反応を断ち、気配を消しているのだ。


無論、『気配を消しているが為に周囲の空間だけ妙に存在感が薄れ、気配に穴が空いたように感じられる』などという、未熟極まりない真似はしていない。


これが只人に見つかるなど有り得てはならない理由だ。最低でもレオンクラスの力の持ち主でなければ、気付けようはずもない。


故に、気付かれたという可能性を真っ先に否定したユリウスだったが――。


「……そこに大勢で隠れているのは、誰かな? 初めて〝視〟る力だけど……」


ゼフィアは不思議そうな声音でそう述べた。……ユリウス達を真っ直ぐに眺めながら。


それに驚愕したのはユリウス達である。


(なにっ)


まさかの人物に声を掛けられ、動揺を露にする護衛部隊の魔族達。


唯一取り乱すことのなかったユリウスとサイスも、平静そうな表情に反して内心では予想だにしていなかった事態に困惑していた。


即座にユリウスはサイスと念話を繋ぐ。


《念の為に確認しておきたいことがある。サイス……私達の気配隠匿は完璧だったはずだな?》


《それは確かだ。……しかし、ゼフィア殿が我々に気付い――》


気付いたのもまた事実、とサイスが続けようとした時だった。


トンッ、と。


今思い付いたかのように、自然で軽い動作でゼフィアが地を蹴り宙を舞う。


そして――


斬。


『――!』


ユリウスとサイスは弾かれたようにゼフィアを見る。ゼフィアはいつの間にか長刀を抜刀しており、ユリウスとサイスの間に刃を振り下ろした体勢になっていた。


端から見れば、ゼフィアは二人の間の虚空を斬ったようにしか見えない。


が、確かにゼフィアは斬っていた。――二人の間で繋がっていた、念話の魔力を。


すたっと地面に降り立ったゼフィアは、念話を断ち斬られて驚いている二人にむっとしたような表情で言う。


「内緒話なんてしてないで、とにかく姿を現してほしいかな。力だけなら〝眼〟で〝視〟えてるからともかく、姿までは見えないのだけど?」


「…………」


ゼフィアの言葉に、ユリウスは迷う。


果たして、ここで姿を見せても良いのだろうかと。そもそも、ゼフィアというこの女性が言っている意味が分からない。


いや、漠然となら分かる。分かるからこそ、「そんなことが有り得るのか?」と思えてしまうのだ。


例えば……そう、こんな話を聞いたことがないだろうか。盲目の者には周囲の人間が妙な感覚で感じられるとか。


視覚が全く認知していないのに、不思議と相手の姿が分かる……こんな話が。


ゼフィアの言っていることはそれに近いだろうとユリウスは予想している。事実、沈黙を保ったままのユリウスにゼフィアはこう言った。


「私の〝眼〟は特別製でね。気配を消そうが力を隠そうが、そこに在る限り確実に見抜けるの。だから出てきて? 端から見たら私が変な人に見えちゃうじゃない」


『…………』


ユリウスはまずサイスに目配せをし、次いで仲間達に視線を向けた。


悩んでいるのだ。どうやら、言葉ほどにはゼフィアからは無理にこちらの姿を暴こうとする意図は感じられないので、このままシラを切り通すという手もあるのだ。


しかし、それをするといざという時にゼフィアが思わぬ行動をする危険性がある。安易には決められないことだった。


ユリウスはそちらに気を取られるあまり、重要なことに気付けなかった。


先程、ゼフィアは「気配を消そうが力を隠そうが、そこに在る限り確実に見抜ける」と言っていた。


それを踏まえた上で、考えてみてほしい。レオンは、力を手に入れてから孤児院には幾度も訪れている。その時に当然ゼフィアとも顔を合わせているわけで――。


……これはユリウスやサイスはおろか、レオンですら関知せぬ話だが、真実ゼフィアはレオンの力を正確に見抜いていた。これを知っているのは彼の使い魔のみで、更にゼフィアから口止めされていたりするのだが。


いち早くその事実に気付いたのはサイスだった。


今ある全ての情報を踏まえた上での僅かな間の逡巡、決断。


そこからのサイスの行動は早かった。


ゼフィアがレオンの力について見抜いていると理解した瞬間、レオンの自作宝具『生気断絶す影の宝珠(ライフキャンセラー)』の効果を消し、姿隠しの魔法も解いてグラウンドに降り立ったのだ。


(――っ。サイス……!)


ただ一人姿を現したサイスに、ユリウスも悩むのを止めてサイスと同様にグラウンドに降り立った。この際、なるようになれという考えもある。


それでも、念の為仲間達は姿を現さないように指示をするのを忘れない。


二人だけで姿を現したユリウスとサイスに対して、ゼフィアは二人の後方の中空を眺めた後、


「あとの人達は……まあいいかな。それはさておき、まずははじめまして。私はこの孤児院の院長をしているゼフィア=クロイツ。貴方達は?」


友好的な声音で名乗り、またこちらの名を問うてきた。


ユリウスとサイスも、相手が相手なだけに友好的で無難に名を名乗る。


「私はユリウスと言う者だ。勝手に敷地内に入ってしまったようで、すまなかった」


「私はサイスと言う者です。少し事情が有りまして、この辺りに居た次第です」


「へぇ……そうなんだ」


ゼフィアは、友好的には変わりないが何処か気のない反応をすると、孤児院の方を見やって一つ頷く。


「良ければ、ちょっとあそこで私とお喋りでもどう? コーヒーくらいなら出せるんだけど……」


「――是非ともご一緒させていただきたい」


この時、漸く平静を取り戻すことに成功したユリウスは、遅れ馳せながらサイスと同じ答えに辿り着いていた。


故に、迷うことなくゼフィアの誘いを受けた。恐らく、それが最善だと思われる判断だからだ。





「コーヒーはブラックで良いかな? 必要ならクリープとかも用意するけど」


「いや、それには及ばない。完全にブラックで構わないさ」


「私もそのままで構いませんな」


ユリウスが控えめに頷くと、サイスもそれに便乗するように言った。


現在、ユリウスとサイスは孤児院の中の一室に居る。小綺麗な感じのする部屋だが、恐らく客間なのだろう。


他の仲間達は、姿を消してまだ潜伏している。尤も、ゼフィアには正確な人数までバレているだろうが。


「はい。どうぞ」


考えている内に、ゼフィアがカップを乗せた盆を持って戻ってきた。


自分の前にカップが置かれると、ユリウスとサイスは軽く頭を下げた。


ゼフィアは自分の分のカップをテーブルに置いたところで、対面のソファーに腰をおろした。


そして、ソファーに身を沈めるや否や、彼女はいきなり真実に触れる形で口火を切った。


「先刻貴方達の力を〝視〟たところ、レオの力も視えたんだけど……貴方達はレオとどういう関係なのかな?」


単刀直入、という言葉に相応しい発言だった。しかし、これを予想していたユリウスは慌てることなく、かつ真実を話す。


もう取り繕う意味が無いことを悟っていたからだ。


「私達はレオンの臣下だ。とある事情により、私達はこの孤児院とそれに属する者達を護れと言われている」


「右に同じく」


サイスもユリウスの言葉を肯定した。


それを聞いたゼフィアはちょっと首を傾げ、確認するように問うてくる。


「臣下? というと、やっぱりレオは立場的に上に位置するって認識で良いのかな?」


「ああ。それと同時に、戦友でもある」


「…………」


ゼフィアは腕を組んで何事か考え始めた。が、すぐに思考を打ち切るように首を振ると、問いの内容を変えた。


「……そう。じゃあもう一つ質問。ギルド本部所属のSSSランク保持者、〝風の覇者〟とレオは同一人物だよね?」


――やはりそう来たか。


この質問を予め予測していたユリウスは、隠すことなく首肯した。もとよりゼフィアの〝眼〟の存在が、この件に於いて真実を隠すことの無意味さを何よりも雄弁に物語っている。


ユリウスの反応を見たゼフィアの黒瞳がすっと細まる。


小さな声で続けた。


「……やっぱり。あの子の行動パターンと思考の方向性が似ているわけね。力まで全く同一の物だったし」


ゼフィアはそこでカップに口を付けると、次いでこう訊いてきた。


「それで、貴方達が此処を護ることになったとある事情っていうのは何? 出来れば教えて貰いたいところなんだけど……」


「それは……」


ここでユリウスは少し迷う。


これまで、レオンが〝風の覇者〟だと知っている者には例外なく現代に再臨するであろう大戦争について伝えてきた。それに則って考えれば、ゼフィアにも話すべきだ。


しかし、それにしてもゼフィアは余りに異例すぎる。間違いなく只人であるのにも関わらず、例外的過ぎる〝眼〟によって〝風の覇者〟がレオンであることを見抜いたのだ。


イレギュラー中のイレギュラー、どころの話ではない。ゼフィア=クロイツとは一体何者なのだろうか。


正直、ユリウスの手には余る問題である。


いや、本来ならばユリウスにはどのような判断を下せば良いのか勝手に決めることの出来ない事柄である。


忘れてはいけないが、これはユリウスの問題ではなくレオンの問題であるが故に、正確な判断を下すとすればレオン本人がどうにかするしかないのだ。


だが、レオンにこのことを伝えることは出来ない。つい先程、この部屋に案内される時にレオンには黙っているよう釘を刺されたからだ。


この場合、ユリウスが教えずともレオンがゼフィアの〝眼〟について気付いてくれることが最善だが、生憎レオンが気付いていた様子は無かった。


気付いていれば、ゼフィアの前では気配を隠匿することの無意味さを理解していたはずだ。故に、潜伏しろなどという命令はそもそも出していなかっただろう。


なので、レオンに判断を仰ぐことは出来ない。


どうする、と眉根を寄せて考え込むユリウス。深く考えたりせずに判断するとしたら、少なくともゼフィアは敵ではないので話してしまうのが一番だ。


ゼフィアにあと一時間もすれば大戦争が再臨することを告げれば、想定外の行動をされる確率は下がる。


この期に及んで何も告げずに想定外の行動をされて、その身を危険に曝されるよりは遥かにマシな選択だ。


ユリウスは深く息を吐き出した。


仕方ない。この場合、想定外だが已むを得ないことだ。レオンには悪いがこれは伝えておくべきだとユリウスは判断した。


「――今から一時間ほど後に、古の大戦争が現代に甦る。そして、ここまでの状況からしてもう御察ししていることかもしれないが、大戦争にはレオンも参戦する」


「大戦争か……当然、レオは最前線に立つことになるんだよね? ただ単に関わっているだけじゃなくて、最低でも進んで戦わないといけないくらいの深さでその大戦争に関与している?」


「それは無論のこと」


確認するように問うゼフィアに、ユリウスは淡々と返した。


ゼフィアは腕を組んで考え込んでいる。大方、時が来たらどう動くべきか考えているものと思われる。


ユリウスはそれを若干ハラハラしながら待っていた。


場合によっては無理にでも無謀な真似をさせないようにしなければならない。出来れば手荒いことはしたくないのだが。


そんなわけで、冷や冷やしながらゼフィアの答えを待っていたユリウスだったが、その心配は杞憂に終わる。


「ふぅん……、まあ何が目的で此処に潜伏していたのか分かっただけで良しとしよっか。余計なことはせず、私は大人しく護られていることにするよ」


「分かってくれたか!」


思わず声音に喜色を滲ませるユリウスだったが、すぐに気を引き締めて念を押す。


「ならば、戦いが始まった以後はなるべくこの孤児院に列なる者達と一塊になっていてもらいたい。贅沢を言うと、その者達が軽率な行動をしないよう見ていてくれれば、こちらとしても嬉しいのだが……」


引き受けてくれるだろうか、と真摯に頼み込むユリウス。


それを快く引き受けたゼフィアは、再び潜伏の為孤児院のグラウンドの方へ向かったユリウスとサイスの背を眺め、ぽつりと呟く。


「あのレオが、〝風の覇者〟ね……」



―――――――――――


ティーン魔法学園の敷地内。


その一角にある、闘技場のバトルフィールドで。


三人の戦士が向かい合っていた。


一人は二年B組代表・ラルフ=ケイネス。腰を低くして赤い槍を構えており、真剣な面持ちで他の二者に目をやっている。


もう一人は四年G組代表・ゾラ=エステル。蒼の装飾が美しい刀をだらりと下段に下げており、静かに佇むその姿からは緊張は窺えない。


最後に俺。俺は黒刀を肩に担ぎ、片手を腰に当てて悠々とゾラを観察していた。


なに、ラルフの方は観察しなくてもいいのかって?


いいんだよありゃ。アレを観察したところで俺が得る者は何一つとしてありはしないからなァ。はっきり言って雑魚過ぎる。戦闘技法もありきたりなそれだし。


俺が「価値有り」と見なすのは、万能タイプの戦士は勿論のこと、一芸に秀でている戦士や変わった技巧を戦闘に用いている戦士、または自分自身のスペックが低くともそれを智慧と不屈の精神で補うタイプの戦士など、その辺りだ。


ちなみに、俺は今挙げた全てのタイプの戦士に当て嵌まる。


それが戦闘である限り、どのような戦場でも通用する戦闘技巧。


体術と刀術に傾倒し、その過程で速度に特化している戦闘スタイル。


この世この理すら超越した、理外の技巧の数々。


出来損ないというレッテルの付いた、魔力に関しては最低レベルのスペックで如何に戦うか考察の末に編み出した、俺独自の戦法や体の動かし方など。


とまぁ、こんな感じでな。だからこそ前述したタイプの戦士こそを「価値有り」と見なすのだが。


残念ながら、ラルフ某からは俺が得られるものは何もない。彼が身に付けている技巧の全ては既に俺も体得しているものしかなく、更に言うなら技巧の完成度も圧倒的に俺が上だ。


これで何を得られると言うのか。


――まあ、ラルフ某に罪があるわけじゃない。


事実、俺から見た場合は雑魚だが、世間一般から見た場合は彼の戦闘能力はなかなかのものだしな。


そんじょそこらのヤツには負けない程度の実力はある。……俺が得るものは何もないが。


反面、このゾラとかいう女は良い。こいつの振るう刀術を見ていると、俺の我流の刀術にはない何かを感じる。


謂うなれば――そう、歴史というものだろうか?


歴史っつっても、型が旧い刀術というわけではない。


俺の刀術は俺が一代で築き上げた世間一般の刀術とは完全に乖離した独自のものだが、彼女の刀術からは何代にも及び積み重ねられてきた、ある種の洗練されたものを感じるのだ。


そこを勘違いしてはいけない。歴史を感じると言っても、色々あるのだ。


ゾラは何らかの流派を修めているのか? 恐らくそうなのだろうが――などと考えていると。


『さぁっ! 激動の四戦を経て、いよいよ決勝戦が開幕します! ここまで来たら問答無用で決勝戦を開始したいところですが、その前に再度決勝戦で勝敗を競う代表選手の紹介をしたいと思います!』


最早お馴染みとなった、司会の生徒会副会長の声が闘技場内に響き渡った。


『まずは一人目! Aブロックの制覇者たるラース選手を打倒した、一年D組代表・〝黒刃鬼神姫〟レオン選手です! ラース選手との戦いで、この武闘会が始まって初めて刀を抜いたぁっ!

その繊手が執る黒刀による斬撃は正確無比にして変幻自在!』


「は?」


〝黒刃鬼神姫〟?


何それ怖い。


いや、それよりも――


「えっ……俺? 俺のこと?」


思わず俺は自分の顔を指差してラルフとゾラに問うてしまった。


二人は「当然だろ?」的な視線を返してきた。寧ろ、何故わざわざ確認してきたのかと訝しげな表情をしている。


ちょっ……どうやら新しい二つ名を付けられたらしいことは理解できたが、最後の一文字は要らねェだろ! 〝黒刃鬼神〟で良いじゃねェか!


何で〝姫〟を付けた? まさかとは思うが、未だに女だと思ってるわけか? 決勝にまで来て。決勝にまで来て! 大事なことだから二回言わせてもらった。


耳を澄ませて闘技場内の話し声を一つ一つ丁寧に拾っていった結果、『レオン=男みたいな名前をした女』だと思われていることが判明。


っつうかテメー(クラスメート)ァァァッ! 何『レオン? ああ、女だぜ。制服は男物だし、名前は男みたいだけどよ』なんて言ってやがんだァァァァ!


否定しろよ! そこは否定しろよ! えっ、俺このまま女扱い? 〝風の覇者〟だと正体を明かす学園生活最後の日に、女扱いされて終わるわけか!?


未だかつて、正体を明かすその時に性別を間違えて捉えられるヤツがいただろうか? いるわけが――……いや、案外いるかも。凄く身近に。


俺が絶賛似たような体験をしている真っ最中な所為だろうか。


ファランから受け継いだ記憶の中から、まだファランが『風の覇者』ではなく、一人の人間として傭兵をしていた時の記憶が浮上してきた。


その時のファランはどうやらルーレシア大陸より遥か北方に位置するアルラキア大陸と呼ばれる地を旅しており、その途中どこぞの皇国の皇女を護衛する依頼を受けていたらしい。


それと同時に、皇女を襲う刺客を殲滅する依頼も請け負っていた。


そこでファランは、自分自身が皇女に変装することによって依頼の成功確率の上昇を図ったそうだ。


皇女自体、それなりの戦闘能力があったからこそ出来た芸当だ。っつうかファラン、皇女よりも遥かに長身だったみたいだが……どうやって皇女に変装したんだろうな。やっぱ幻術の類いか?


……っと、それはともかく。


それにより、見事両方の依頼を完遂。しかし、その際パーティーに出ていた皇女はファランが変装していた姿だと一部の者達が気付き、その一部の者達は唖然としたそうだ。


ちなみにファラン自体は「仕事は仕事だ」と完全に割り切っており(大人の対応だ)、女装しようがその状況を受け入れて、寧ろそれはそれで楽しんでいたようだ。


あ、それとこれはファランの名誉の為に言っておくが。


別にファランに女装趣味があるとか、そういったコミカルな要素は一切ないからな。そこんとこ、勘違いしないように。


「はぁ……」


俺は深々とため息を吐いた。何かもう……うん、どうでもいいや。勘違いさせておけばいい。俺が男であるという事実は変わらねェしな……。


『〝黒刃鬼神姫〟ですかィ? 〝土鬼〟の二つ名を持つ俺としちゃあ親近感を覚えるねィ』


ブラン、お前はこれ以上この話題を掘り起こすな。


『二人目はCブロック制覇者であるニルス選手を倒した、二年B組代表・〝乱槍防壁〟ラルフ=ケイネス選手! 予想に反する善戦っぷりを見せつけ、最後にはニルス選手を見事打ち倒した槍使いだぁ!』


予想に反する、か。まあそうだろうな、などと俺は考えた。


ニルスとやらとラルフの実力は、勝敗を予想するに於いては十分な開きがあったからな。


この二人を比べるとすれば、ニルスが十だとするとラルフは七くらいだ。割合だけを見れば、俺とゾラを比べた時と変わりはない。


が、この三割劣るという事実は一対一での戦闘に於いては勝敗にかなり影響するのは確かだ。


それでも勝利できたところを鑑みるに、駆け引きに於いてはニルスよりもラルフの方が一枚上手だったのだろう。


ちなみに、俺とニルスで比べるとすると、俺が十だと考えるとニルスは四くらいだ。付け加えると、ラルフは三くらいだな。


しかし、と俺は首を傾げた。


そうなると、気になるのはゾラがどのようにしてFブロック制覇者のバルトルとやらに勝利したかだな。


俺の見立てでは二人の戦闘能力は完全に拮抗していた。ならば長期戦になって然るべきだが、試合時間は大して掛かっていなかった。


少なくとも、長期戦と呼べるほどの時間ではなかったはずだ。


もう一つ思うところがあるとしたら、戦闘終了時の両者の状態だ。


ゾラとバルトルは互いに実力者だった。前述した通り戦闘能力は完全に拮抗していて、しかし戦闘自体は長期戦になることなくゾラの勝利という形で決着がついている。


つまり、ゾラは何らかの決め技に頼ったはずなのだ。今大会優勝候補ナンバーワンとまで言われたバルトルが一撃でマットに沈むほどの。


だったら、バルトルは重傷を負っての戦闘不能で敗北していて普通だ。


が、実際にはバルトルは気絶したことによりゾラに敗北。司会である生徒会副会長がそれを叫んだ時、バルトルは完全に無傷の状態で気絶していた。


つまり、重傷を負っての意識喪失ではなかったと言うことだ。


さて、これはどういうことだ……? 俺は黒刀の峰の部分でトントンと肩を叩きながら思考する。


実力者同士の戦いで、どちらかが決め技に頼って勝負を決めた場合、まず確実に決め技を受けた方は重傷を負っている。


ゾラとバルトルの組み合わせなら余計にだ。あのバルトルを一撃で倒すとしたら、それ相応の威力を秘めた攻撃をしなければならない。


そんな攻撃を受けて無傷で済むか? 無理だろ普通。


だが、真実こうしてバルトルは無傷の状態で気絶して敗北している。


無傷の状態で相手を気絶させるなんてのは、片方のレベルが圧倒的に高くなけりゃ無理なことだ。


いや、運が良ければそれが出来てしまうこともあるが、あくまでもそれは偶然であって狙って為したことではない。


となると、種があるとすればゾラの技巧か……?


なんて考えている内に、ゾラの名が挙げられる。


『最後に、今大会優勝候補ナンバーワンとまで称されていたバルトル選手を降した四年G組代表・〝蒼刃藍姫〟ゾラ=エステル選手!

その蒼き刃が一度閃けば、対戦相手は地に伏せるっ!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ