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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
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加速する運命 前編II

ここからは毎日少しずつ更新していきます。※小説置換で更新するので、更新日が変わっていない可能性があります。更新はしっかりされているので、良かったら見てやってください。

「ちょっとレオン君? ボタンが外れてるわよ」


「ああ……」


「あ、あとウィッグなんだけど……必要無さそうね、レオン君なら。今の時点で十分女らしいわ」


「ああ……」


「お姫様は最初と最後の方だけで意外と少ないから安心して。レオン君なら出来るわ!」


「ああ……」


ただ今絶賛女装中のレオンこと俺です。


あの忌まわしき禁断の対人(俺限定)宝具(写真)により出なくてもいいはずの演劇に駆り出され、本番前にお姫様役をこなす為に女装しているところだ。


もうね、何と言うか……今すぐ持てる全ての力を解放して大陸ごと周囲の全てを跡形もなく吹っ飛ばしたい。


つうか今こそ魔族に襲撃されてェわ。でもってこの話は無かったことにしたい。


しかしそう上手くはいかないのがこの世の常。何でこういう時には襲撃して来ねェンだと声を大にして叫びたい。


これでもしレイなんかに見られたら……羞恥心で死ねるとしたら俺は余裕で死ねる自信がある。


どう考えても俺にとっては先行きの暗い演劇についてはこれ以上考えるのをやめ、気をまぎらわす為に俺は思考を分割して数時間後に迫った〝闇主側〟との戦争に於ける双方の戦力、それによる被害の規模、正体を明かした後の――主に俺が〝風の覇者〟だと未だ知らぬディアスとユイの扱いに当たって最も成長の効率が良い指向性や方法など、複数の案件について並行して高速演算を始めるのだった。


あん、お姫様役としての練習はしなくていいのかって? 台本自体が存在してねェから、別にする必要は無いんじゃねェかな。現に練習してる人なんて少数だし、問題はないだろう。


――それから一時間後。


遂に演劇の開幕時間が来た。


舞台裏からこっそりと客席を覗いてみると、用意された席は満員状態。意外と盛況のようだ。


客席の大半が子供連れの親達だが、決して少数とは言えない数の俺達と年が近そうな少年少女や年寄りの姿もある。


心底意外なんだが。子供やその親達が観に来るであろうことは予想していたが、こうも様々な年代が観に来るとはな。


年寄り達は物見遊山感覚で最近の若者の見聞に、少年少女達はプロット無しという風変わりなキャッチコピーに惹かれてきた……大方、そんなところだろう。


そう当たりを付けていると、観客席の照明が落ちた。昨日まで従者喫茶を開いていた一年D組の教室は一夜の内にすっかり劇場と化していた。


ご丁寧に喫茶店用の広さから劇場用の広さまで空間の拡張を済ませて、だ。全く、学生ながらよくやるもんだぜ。


いや、正確には学生ではなくこのティーン魔法学園の総合的な力が凄いんだが。そんなことを考えている内にもナレーション役のクラスメートとメインの役を担うクラスメート達が話を進めていく。


「ん……出番か……」


演劇の進行具合を見て呟く。


激しく鬱。


今すぐこの場から立ち去りたいんだが。亜光速の速度域に突入してでも立ち去りたいんだが。


しかし、そんなことが出来るはずもなく。


「――では、王女様よりこの勇士に出立のお言葉を!」


「分かりました」


神官の一声を受けて俺は渋々舞台に出る。


観客席がざわめいた。


「あれがお姫様役……というか王女様役の娘?」


クッソ不本意ながらなァ。


「綺麗だねー」


そこの子、称賛は一応受け取っとくが、出来ればちゃんと男の姿をしている時にその言葉が欲しかった。


「マジか、レベル高えなおい」


まあな。ノヴァ達曰く、どうも男としての容姿は正直大したことがないみてェだが、女としての容姿の方は良いらしいからな、俺は。


……自分で言ってて虚しくなってきた。


「……世界ってのはいつも理不尽なんだねぇ……いや、でも胸は私の方が……」


胸はどうでもいいが、世界がいつも理不尽なことについては同意見だ。そうじゃなけりゃ、俺は女装なんかしちゃいねェ。


「婆さんや、最近の娘っ子は随分とキラキラした衣装を纏うのだのぅ」


いや、俺は娘っ子ちゃうから。


「そうですねぇ、じいさんや」


婆さんも同意すんなや。


しかし、勇士に掛ける言葉か。俺は舞台の上でふと思い付く。


……確かこれは台本がないから、自由に言葉を選んじまっても良いんだよな。ならば俺からはこの台詞を送らせて貰おう。


決断した俺の行動は早かった。


片膝をついて恭しく頭を垂れている勇者役のクラスメートに歩み寄り、出来うる限りの優しげな微笑を浮かべて一言。


「勇者よ、最初の町でどうのつるぎだけは買ってはなりませんよ。すぐに被ることになりますので。良いですか、どうのつるぎだけは購入せぬようにお気を付けて、必ずや魔王を討ってください」


『えっ』


……この発言をした時の観客席の反応たるや、正にこんな感じであった。


皆一様にポカーンとした表情をしている。動揺していないのは前以て様々なシナリオや台詞の変化に慣れていたクラスメート達だけだ。


「御助言、痛み入ります。では、僕は仲間達のもとへ行こうと思いますので、これで」


勇者役の男子はそれが普通であるかのようにそう述べると、自然な動作で一礼して舞台の端へと歩いていった。


勇者役の男子が舞台裏へ消えると、舞台の背景が王城の謁見の間から王都の街並みに様変わりした。


その時になって漸く動揺から立ち直り始めた観客達は、台本が無いというのはこういうことかと頷いていた。


しかし、動揺から立ち直りつつあった観客達はすぐにまたもやポカーンとすることになる。


何故か? それは勇者役の男子が仲間の騎士と合流してからの行動にある。


この演劇では、事前に仕込まれていた地属性の魔法により背景の一部は本当に風景として再現されており、それにより当然の如く何件かの家は実際に出たり入ったりすることが出来るようになっている。


その内の一件に近づいた勇者役の男子が、ノックもせずに無断で家の中に入ったのだ。


不法侵入である。


思いっきり、不法侵入である。


それだけならまだ「ノックは忘れてしまっていただけで、ただ単に道の聞き込みにでもしに行ったんだろう」と無理矢理納得できたかもしれなかったのだが、勇者役の男子は無断で家に入っただけでは済まさなかった。


なんと、住民役のクラスメートを後回しに家の中の物を家探しし始めたのだ。


タンスを勝手に開き、袋の中には手を突っ込む。挙げ句の果てには壁際に置いてあった壺や樽を床に叩きつけて割ったりと、やりたい放題だ。


勝手に本棚の本を読み漁り、戸棚の向こう側に宝箱があれば開けて中の物を自分の魔法の袋の中に仕舞い込む。


そこまでやってから漸く住民役の女子に話し掛けるという暴挙。少なくとも、伝承に語られるような勇者のやることではない。


しかし住民役の女子は何事もなかったかのように話に応じ、勇者役の男子に道についての情報を与える。


もう、色々と凄かった。


まず、白昼堂々と他人の家に不法侵入を果たしていることからしておかしい。


更には家主の目の前で家探しし、有用な物があれば私物化して、その後素知らぬ顔で住民に話し掛け、会話を成立させる――。


……なんか、もう……うん、凄いとしか言いようがない。観客席の反応もそれに相応しい唖然とした反応だ。


でも悲しいけどこれ、現実なのよね。


その後も、時折勇者とは思えぬ行動に走る勇者役の男子生徒。


これが意外と観客受けが良く、観客席は良い具合に盛り上がっていた。


観客席で上がる歓声の数々は主に「斬新だ(笑)!」やら「勇者なのに外道すぎる(笑)」やら、そんなのが大体だった。


子供達も何気に大笑いしており、唯一子供の教育上を案じてか難色を示している親達も密かに肩を震わせている。言うまでもなく、軽く笑っているのだ。


なにこれ、面白い。


つうか、演劇だから良いものの現実にこんな勇者が居たらヤバいよな。


まあ、ファランに閲覧を許されている記憶領域を探ってみた限り――





ファランがかつて旅した、とある異世界の勇者。


『勇者勇者って、うるせえな。結局のところ、勇者本人の人格は関係ねえんだよ。城の宝を盗む! 人の家のタンスを漁る! 壺や樽を割りまくる!

勇国の連中は、それでも勇者に妄想してやがる。勇者がやればどんな些細なことでも称賛しやがる。世界の危機は去ったのだ、と叫びやがる!

くくく、勇者、勇者……勇者は何をしたって正義になるんだ……だって、善の体現者たる存在が賜り、名乗る称号だからなぁ……』


夜も更けた深夜のことだ。


件の勇者は王都の武器屋に裏口から侵入を果たし、そこにあった宝箱を勝手に開けながら満面の笑顔で言い切った。


『だから勇者は、やめられねえ』


…………。





――などという、勇者さまさまだぜヒャッハーな勇者が実在しているようだが。


ちなみにこの勇者、ファランの友人だ。


神の加護だか何だかで不老不死らしい。何もなければ今でも元気に外道勇者をやってるだろう。


こんな神託勇者で大丈夫か?


……大丈夫だったらしい。一応、この勇者は世界を平和に導いている。――魔王を口説き堕とすという手段で。


何でも、魔王城に辿り着いたかと思えば肝心の魔王がストライクゾーンど真ん中の美女だったらしく、即断即決、果断即行に口説いたところ、物の見事に結ばれたようだ。


魔王の方も元々は神の座に居た存在のようで、不老不死らしい。多分こうしている今もその世界でイチャコラしてんだろうなァ、この二人。


な に し て ン だ(笑)。


「くっ、くくくっ……」


何気なく閲覧を許されている記憶領域を探って出てきた事柄に、思わず笑ってしまった。


俺も大概だが、ファランも大概だな。友好関係にある奴等の中にまともなヤツが一人も居ねェよ。


俺はチラリと舞台裏から演劇の進行具合を見やる。今は……ああ、勇者が拳士(ちなみに拳士役はカイルが務めている)を仲間にしたところか。


ふむ、俺の出番はまだまだ遠そうだな。


それを確認してから、暇潰しに俺は記憶領域をつぶさに解析する。


他にファランと仲が良かったヤツらは……なに、天空神ゼウスだと!?


何があってもファランとは仲良くはなれそうにねェヤツがどうして――って、ああ……ファランもゼウスも好色だったな。そりゃそれなりの友好関係なら築けるか……。


次は……ヴァナディース? ああ、こいつも地球系列世界の女神だったな。なるほど、ファランとは肉体関係も持ったことがあると。


他には……ネメシス、あの復讐の女神か。まあ、実際には神の義憤を司る神格なんだが、人間側の認識の間違いにより専ら復讐の女神として有名になっちまってるな。


そしてこいつもファランと肉体関係を結んだことがあると。


銀狼神ジュラ、蛇女神ティアマト、太陽神天照、天ノ羅刹、九尾の狐玉藻、愉快神ファルシア――ets、ets……。


「なん……だと?」


今まで目を向けてなかった方向性に記憶領域を閲覧して我が記憶を疑う。


分かってはいた。分かってはいたが、まさかここまでの規模のハレムを運営していようとは……!


「十五万、十六万、十七万……駄目だ、まだまだ数値が上昇していくぞ!?」


戦闘力を測るかの如くファランのハーレム度数を推し量って呻き声を洩らす。


その結果、最終的には俺の頭脳を以てしても把握しきれないほどの女性と関係を持ったことがあると判明。


もうハレムがどうのとかそういうレベルじゃねェや。俺もかなり好色であると自覚しているが、俺如きは木っ端に見えるぜ。


種族問わず世界問わず、気に入った女を見つければ口説いてやがる。


でもって、見事に口説き堕としてやがる。


流石ファラン、俺に出来ねェことを平然とやってのけるッ。そこにシビれる憧れるけどちょっと待てや!


これ、口説いた相手が神格だった場合、ファランの行動で幾つか神話が書き換えられちまってンだが?


特に酷いのはティアマトなどの本来なら別の神格と番って当たり前の女神だ。本来番うべき男神が他の女神と番っていたり、酷い場合だと討滅されてるんだが?


……討滅されている場合、一体誰が討滅したのかは明白である。ちなみに俺はファから始まってンで終わる名前の人物の仕業だと考えている。


「…………」


俺は無言で、記憶の大海から思考を引き戻した。


これ以上この記憶について解析してもロクでもない事実が浮上するのみだと当たりを付けたからだ。


が、思考が完全に切り替わる前に俺は聴いてしまった。


『アレはかつての俺の姿だが、テメェの将来の姿でもある』……という、記憶領域に残されたファランの声を。


大方、いつか俺がこの記憶領域を探ることを予測していたのだろう。そしてこの言葉を記憶領域に記したと。


思考が切り替わるなり、俺は額に手を当てて暫時考え込む。


その内、俺もファランのような行動を取るようになるだって? ……そんなの、そんなの――





――分かりきったことじゃないか。


……はい、実は、既にファランと同じような思考回路になりつつあります。


無論ノヴァ達も大切にするが、自分の美的感覚に沿う女を見つけたら口説くのも悪くないとか、ふとした拍子に脳裏をちらつくことがあります。


つまり何が言いたいのかというと、俺も相当なたらしになりつつあるということで――。


……うわぁお、常識と照らし合わせてみたら俗に言う「男の風上にも置けないクズ」ってヤツじゃねェか、俺。


尤も、俺にとっての常識からしてみたら複数の女と愛を語らうってのは寧ろ男としての在り方を現す粋なこと、っつう認識なワケだが。


基本的に欲望を押し隠そうとはしない男だからな、俺は。


ハレムを運営することは男の夢、浪漫と言っても良い。それを体現することの何が悪ィってンだ。双方合意の上でなら、別に良いじゃん。


この国の法律では一夫多妻は寛容とされているしな。なに、もし寛容とされていなかったらどうするかって?


そんなの決まってる、一夫多妻が法律で認められている国まで行って結ばれるまでだ。もし一夫多妻が寛容とされている国がこの世界に存在していないのなら、どっかその辺の国を滅ぼして俺が王となり、一夫多妻を法として認めるまでだ。


いざとなったら俺は躊躇わないぜ。幸い、政治的にも軍事的にも一国を成り立たせられるほどの人材は居ることだし。


と、そんな風に考えていると。


「レオン君、準備は良い? もうすぐ魔王の刺客がお姫様を拐いに来る場面に入るんだけど」


「もう、か? 予測よりも進行が早いな、分かったぜ」


舞台から戻ってきた村人役の女子に声を掛けられ、俺は軽く身嗜みを整える……女装なのが癪だが。


そして、『勇者が次の町を目指している時、それは起こった……』というナレーションの直後、舞台の背景が襲撃される王城の風景に変わったところで俺は舞台に出た。


「きゃああああ~」


「誰か助けてくれ~」


芝居がかった――まあ、実際に芝居なわけだが――声音で叫ぶ王都の住民役のクラスメート達。


そして混乱した王都を駆け抜ける魔族役のクラスメート達。


何か実際に未来に見ることになりそうな風景だよなァ、などと考えていると、またもや舞台の背景が移り変わり、いよいよ王城の内部の風景へと変わった。


王城の謁見の間の扉――無論地属性の魔法で造られた物だ――をぶち破り、魔族役のクラスメートが一人突入してきた。


「俺は魔王軍四天王が一人、大狼のウル! 王女は貰ってくぜ!」


声高に名乗りを上げた魔族役――魔王軍四天王役の男子はすぐさま俺に駆け寄ると、俺を肩に担ぎ上げた。


その時、俺の意識を刈り取ろうと首筋に手刀を打ち込んで――無論打ち込むふりをしただけで、本当に打ち込んだわけじゃない――俺を無力化していた。


「なっ、待て貴様!」


「誰が待つかっ。フハハハハハ!」


取り敢えずタイミングを合わせて気絶したふりをしていると、四天王役の男子は俺を担ぎ上げたままそれを阻もうとした騎士役のクラスメート達を片手で追い払い、謁見の間から逃走した。


四天王役の男子が舞台から消えると、襲撃される王城が背景になっている舞台から魔族役のクラスメート達が姿を消した。


視点は襲撃後の王城へと変わり、それから暫くして『一方、王女誘拐を果たした魔族軍四天王ウルは魔の森を北上し、一路魔王城に帰還を果たそうとしていた』というナレーションの入った辺りで、俺はふと思い付いた。


魔が差した、と言っても良い。


いや、さ。


このまま物語が進行しても、何だかんだでお姫様役、この演劇の場合王女が拐われてそれだけだろ?


でもって最終戦の時に人質に取られるとか、王女を賭けて勝負だーとか……。


それだと何かテンプレ過ぎてつまんねェよなァ……。


――ここらでまた想定外の動きをさせてもらうか。そう考えた俺はほくそ笑んだ。いやホント、この演劇がノープロットで行われているもので良かったぜ。


多少ぶっ飛んだ設定が入っても、進行の妨げにはならねェからなっ。ははははははっ。


「――魔王様から褒美を貰ったら何に使おうか……」


「――その心配は要りませんよ」


「! なにっ」


こういう場面に有りがちな台詞を呟いた四天王役の男子の耳元で、俺は囁いた。


四天王役の男子が驚愕の表情――とは言っても、クラスメート達は各自自分がどういう場面でどういった行動をする可能性があるかについて事前に話し合っている為、この表情も勿論作り物だ――を浮かべ、ばっと俺から距離を取った。


四天王役の男子は警戒しながら短く叫ぶ。


「貴様、何者だ? 我が手刀を受けてこれほど早く意識を取り戻すとは……」


「意識を取り戻す? 何を馬鹿な……初めから私は意識を失ったりなどしてません」


「なん……だと?」


目を見開く四天王役の男子。そんな彼に俺は不敵に笑い掛けてやった。


「さぁ、構えてくださいな。それとも、「何が起きたのか分からない」というような顔をして死にたいんですか?」


「――っ。舐めるなよ、小娘風情がぁ――っ!」


四天王役の男子は怒りに表情を染め上げて襲い掛かってくる。


それに対し俺は上段に振り上げられた爪を腕部分を裏拳で弾いていなし、鳩尾に拳を叩き込んだ。勿論本当に叩き込まずに寸止めの状態だ。


「なっ……ば、馬鹿な。四天王であるこの俺が――」


ガクリと膝をつく四天王役の男子を見下ろして俺は決めの台詞を言い放った。


「地獄で懺悔しなさい、悪党」


「ぐふっ、魔王様ああああ!」


ノリノリで断末魔の悲鳴を上げた四天王役の男子は、爆発して消えた。無論、本当に爆発したのではなく【マジックビジョン】を用いた演出だ。


つうか、何故に爆発して消えたし。爆発する要素なかったじゃん。


様式美ってヤツか? などと考えつつも俺は用意しておいた台詞を述べた。


「さて、ここで王城に戻ってまた襲撃されても困りますし、ここは一つ勇者様のパーティーと合流しましょうか」


言うなり、俺は舞台裏へと戻っていく。


これで「実は王女は強かった」的な設定と「今後は勇者パーティーと合流する」という設定がが加わったので、勇者のパーティーの方でも好き放題出来るわけだ。


ちなみに、観客席の反応はまたしても「えっ」というような感じだった。


まあ、その後の反応からして好評だったみたいなので良しとしよう。


さて、次はどんなことをしてやろうか。


女装についてはもう開き直るしかないと悟った俺は、こうなったらとことんやってやると暗い笑みを浮かべるのだった。


それから暫し経ち、場面はいよいよ残った三人の四天王との戦いにまで進んでいた。


「ふっ、貴様らが倒したウルは四天王の中では最弱よ。次はこのグルスが相手になろう」


いや、倒したのは俺の独力っつう設定だったと思うんだが。ってか、四天王なのに何故に全員でかかって来ないし。四天王にした意味がねェ(笑)。


「な、なんだと……!」


勇者パーティーも何マジ反応してんだ。


あの後、途中で適当な理由を付けて勇者パーティーに加わった俺は、特に変わった行動は起こさずにいたのだが……。


うん。所々テンプレから外れてはいたけど、大切な所は変わらんのだな。


……ちなみに今から戦うこの四天王、ディアスがその役を務めている。


「しかし、使い走りに過ぎなかったとはいえ四天王の一角を倒した者達だ、精々楽しませてもらおうか!」


「くっ、いくぞ、皆! うおおおお!」


そう叫んだ勇者役の男子は、背中に手を回して伝説の武器を背中に背負った帯から抜き放った。


それは削って形を整えられた五十センチほどの木の棒。持ち手の部分に滑り止めの布を巻いた、あの伝説の武器だ。


その名も――「ひのきのぼう」。


攻撃力を数値化するとしたら4くらいの、とても扱いやすい素晴らしい武器だ。


ど う の つ る ぎ ど こ ろ じゃ ねェ(笑)


観客席から笑いが起こる。おい、ちょっと待て。アレで良いのか。流石にアレはないだろうと思うんだが。


そう思いはしたものの、取り敢えず俺も戦闘を補助する役を果たす。両者互角の戦いを演じていた時、それは起こった。


「ぬっ!」


「今だ、勇者!」


ディアス演じる四天王グルスが拳士役のカイルと神官役の女子に体勢を崩されていた。この好機を見逃さず、勇者役の男子が踏み込んだ。


「光のもとに!」


瞬く間に四天王役のディアスの前に現れた勇者役の男子が、伝説の武器「ひのきのぼう」を振り上げて声を張り上げた。


「輝け! ひのき・ザ・スティックアターック!」


「えっ」


今のもしかして技名!?


これは酷い――そう思い見ていると、「ひのきのぼう」が黄金に輝き――これも【マジックビジョン】の応用によるものだ――延長するようにして生じた黄金の光刃が四天王役のディアスを切り裂いた。


「ば、馬鹿なあああ!?」


「…………」


四天王役のディアスと交差した勇者役の男子が「ひのきのぼう」を振り切った体勢で停止する。


その構えを解くのと同時に、勇者役の男子の後方で四天王役を演じていたディアスが爆発した。


だから何で爆発する要素はなかったのに爆発したし。悪役が退場する時は爆発しなきゃならんとかいう理でもあるのか?


つうかそれ以前に、どういう理屈で爆発してるんだろうな、アレ。この演劇では【マジックビジョン】を応用して爆発とかの演出をしてるんだが……。


ん? それはあくまでテレビの内容、つまりは非現実だから、だって?


いやな、実は結構在ったりするんだよ、その手の世界が。俗にいう正義機関と悪の組織が存在している世界ってヤツがな。


その手の世界でさぁ、悪の組織の構成員とか幹部とかが正義機関の構成員にやられたりすると必ずと言って良いほどの確率で爆発して死ぬんだよね。


爆発する要素なんてないのに、だ。アレって何でなんだ? 何故に死に方に爆発をチョイスしちまったし。


アレか、悪の組織に属する者にとって死に際の爆発はステータスなのか。


しかもわざわざ正義機関に属する者が今の勇者役の男子みたいに構えを解いた直後に爆発するとか、普通有り得なくね?


その点、真剣に思考する俺。


……あっ、念の為言っとくとちゃんと分割した思考の一端で演劇の役はこなしてるからな。


こういう時、"覇者"後継者としての思考速度と思考分割技巧は便利だ。絶賛能力の無駄遣い中に思えてしまうが、それは気の所為だと考えることにしよう。


――そんな調子で、残り二人となった四天王(その内の一人はユイが演じていた)を倒した勇者パーティー。


舞台の背景は遂に魔王城のそれへと変わっている。


今は、魔王城に仕掛けられた様々なトラップを勇者パーティーが潜り抜けている場面だ。


「皆、気を付けてくれ! この辺りには『ガコンッ』そう……こんな感じの罠が仕掛けられているからね!」


「そういうお前が真っ先に引っ掛かってんじゃねえかっ!」


「勇者様、ご無事ですか?」


「貴方の方こそもう少しお気を付けになった方がよろしいのでは、勇者様」


ちなみに、口を開いた順に勇者役の男子、拳士役を演じるカイル、神官役の女子、お姫様役、というか王女役を――大変不本意ながら――演じる俺といった感じだ。


そんなやり取りがあった直後、またトラップが発動した。カチリという音が勇者役の男子の足元からしたと思えば、勇者役の男子の後方に居た拳士役のカイルの頭上にタライが落ちてきたのだ。


さっと身を翻してそれを避けるカイル。しかし、彼の不幸は終わらない。


避けた先に足を下ろしたところでまたまたトラップに引っ掛かり、それを避けた先でまたトラップに引っ掛かる――その無限ループだ。


そして、カイルに降り掛かる火の粉の元は全て勇者役の男子が引き起こしたことだ。


「勇者てめえ!」


「す、すまない。今助けるから――」


そう言ってカイルの方に足を踏み出し、またトラップを作動させる。


作動した岩のトラップを死に物狂いでカイルは躱した。


「またトラップ!? くっ、待っててくれ。すぐにでも助けるから――」


「勇者、お前はもうその場から一歩も動くな! ……動くな……動くなよ……動かないでください……ちょっ、動くなって言ってんじゃねえか!」


『――ガコンッ』


ヒュンッ!


「うわっ」


「うおっ」


ビシャッ


「「あっ」」


「…………」


勇者が作動させたトラップは放射状に放たれる水流のトラップであり、慌てて勇者役の男子とカイルがそれを避けてしまった為にそれを俺が受けることになってしまった。


避けれなかったのかって? フフ、そりゃ避けれたに決まってんじゃん。ただしそれはこの状況じゃなければの話だ。


率直に言おう。レイが来た。


ちょうど勇者役の男子がトラップを作動させた辺りで、フラッと劇場と化している教室に入ってきたのだ。


でもって、王女役の俺を二度見して凝視した。


折角無数に分割していた思考が教室に入ってきたレイに集中した挙げ句乱され、知覚できていたのに避けれずに水流を受けてしまったのだ。


もしこの水流が俺に直接的な害を為す、もしくは後に動きを阻害するといった間接的な害を為すようなものだったのなら、リミッターを解除していない今の俺でも容易く避けれたことだろう。


例えそれが知覚外、つまり認識の外から迫って来ていたものだとしても、とある一定のラインを越えた力を有する戦士ならば対応可能だ。


しかし、それも前述の通り自らに害を為すような場合のみ。


特に、俺のような、とことん戦闘方面のみに感覚を追求した時にこの現象は起こりやすい。


ん、何故害を為すような場合にしか対応出来ねェのかって? そんなの簡単だろ、余計なことに一々対応してたら面倒だからだ。


これは戦闘中に集中力を高める為にも必要なことだぜ? 視野の広さは確かに大切だが、本当に必要な情報だけを拾えるのが真の戦闘者ってもんだからな。


え、つまり何か、お前は女の姿でも戦闘には支障は出ないって認識してるのかって? まあ、そうだな。正直、女装していようが女体化していようが、いざ戦闘になればそっちに夢中になってンなこと一切問題にはならねェンだわ。


というか、そうでなくては俺の力じゃあやっていられない。


俺はあらゆる属性の権能を有しているが、その権能を使いこなせなきゃ結局は意味はないんだよ、これが。


例えば、俺の隠された神格の中に『月姫』っつう神格があるのが最近分かったんだが、それに列なる権能を『月姫』としての神格を意識して行使しようとすると、何と俺の意思は関係無しに女体化しちまうんだよな、これが。


俺の見解を述べると、この現象は恐らく『月姫』としての神格を寸分の狂いもなく的確に顕そうとする為に起こることだと思われる。


ほら、男が女の権能を揮うなんておかしいだろ?


そういう意味で最適化しちまった結果、女体化するんじゃないかというのが俺の見解だ。


……ちなみに、『女体化している時に男神の神格を意識してその権能を揮えば男に戻れるんじゃないか?』という考えに到った方も居るだろう。


だから先に言っておく。


それはどうやら無理のようだったと。


……いや、実は以前女体化してる時に試したことがあったんだよね。


が、権能は正常に発動したのに男には戻れずに落胆するという結果に終わった。


多分、本質が男だったからだと思う。ってか、ぶっちゃけこれ正解だわ。


女神に列なる神格の権能を揮おうとした時に女体化するのは俺の本質が男だからであって、その本質が揺らがない限りは女体化中に男神の神格に列なる権能を揮っても男に戻れたりはしないのだろう。


本質が男だと識別されていることを喜べばいいのか、男に戻れなかったことを悲しめばいいのか、微妙なところである。


と、まあこんな感じである。


女装していようが女体化していようが戦闘に支障は来さないってのは、こういう事情があってのことだ。


決して俺が女としての自分に屈したわけじゃない。寧ろ男としての意識が強まったくらいだ。


閑話休題。


さて……と、俺は自分の体を見下ろした。


完全に濡れ鼠状態であり、衣装がずっしりと重く感じられた。


王女役の衣装なだけに、余計にだ。衣装が肌に張り付く不快感もある。


眉をひそめて身動ぎをしてみれば、水の滴るスカートが脚にべったりと付着して不快感を更に際立たせる。


『おおっ』


観客席――主に男性陣――からどよめきの声が上がった。その視線は俺の脚に集中している。


おおっじゃねェ。俺は男だぞ。それとも何か、お前らは一人残らずガチホモなんですか、あァン?


そんな暴言が脳裏に浮上するも、俺は無言で火属性の下位魔法で衣装から水気を蒸発させる。


それが済むと何事も無かったかのように勇者役の男子に言う。


「先へ進みましょう」


「は、はいっ!」


勇者役の男子は強張った表情で何度も頷くと、物語を進行させるべくいそいそと動き始める。


「カハハハハッ、こいつァ良い見せ物だ」


レイが手を叩いて大笑いしているのは見なかったことにしよう。


そうでもしないと、俺のピュアでナイーブな硝子のハートが破砕する。


……おい。なんだその目は。実はこれ、硝子のハートってトコ以外は事実なんだぜ?


俺の心は純粋無垢なまでの独裁的な考え、早い話が自分勝手な思考で動いてるし、そもそも繊細と言うか感受性豊かな心の持ち主じゃなけりゃ想力だなんてマジキチな力は使えない。


な? そう考えると、概念上俺はピュアでナイーブなハートの持ち主ってことで通るだろ?


まあ、それはあくまで概念上の話であって、世間一般のモラルに則って考えればピュアでナイーブなハートの持ち主にはカテゴライズされないけどな。


そんなことを考えている内に、勇者パーティーは魔王の間の前に辿り着いていた。


「皆、準備は良いかい?」


勇者役の男子が緊張した表情を作って仲間に問うた。


それに対して、パーティーのメンバーを演じている俺を含む三人が頷いて返すと、勇者役の男子も一つ頷いて魔王の間の扉に手を掛け――。





――カチャ。


――シュバアアアア!


――「なん……だと!?」


――ドサッ。


――ガコンッ。


…………。





『勇者 は 死んでしまった !!』


『えっ』


観客席から呆けたような声が上がる。


今何があったのかって? ああ、まあ簡単に説明するとこうだ。


――カチャ。(勇者役の男子が装着している勇者の鎧の籠手の部分が魔王の間の扉に触れた音)


――シュバアアアア! (勇者役の男子が魔王の間の扉に触れた瞬間、扉の取手の部分から黒い霧が噴出した音)


――「なん……だと!?」(勇者役の男子の死に際――無論、やられたフリをしているだけで本当に死んだわけじゃない――の言葉、遺言)


――ドサッ。(勇者役の男子が倒れた音)


――ガコンッ。(死んでしまった勇者役の男子が下から出てきた棺桶に入る音)


…………。(刹那の間の沈黙)


『勇者 は 死んでしまった !!』(平然としたナレーションの音声)


『えっ』(観客の反応)


どうだ? とっても分かりやすかっただろう?


呆然とする観客を余所に、拳士を演じるカイルが深刻そうな表情で呟く。


「即死トラップか……面倒なものを!」


いやそっち? そっち気にしちゃう?


確かにそれも深刻な問題ではあるが、この場面では普通死んでしまった勇者のことを気にするもんじゃないのか?


「勇者様!」


名を呼びながら勇者役の男子イン棺桶に取りすがる神官役の女子。うん、それが正解の反応なんだが、取りすがってるのが棺桶だから悲壮感よりもコミカルな雰囲気の方が伝わってくるんだが。


――まあ、仕方ない。


ならば俺も、この場に相応しいあの伝説の台詞を言わねば。


「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」


コミカルな雰囲気が増大した。


『――ッ!!』


自失状態から立ち直った観客席の笑いが強まった。


駄目だ、悲壮感を出すどころかその逆の感情を引き出してしまった。


馬鹿な、俺の台詞はこの場に相応しい最良で最高の完璧の言葉だったはず。一体何がいけなかったんだ?


「いや、エアリアルのその台詞が一番拙かったんじゃねェの?」


俺の表情から考えていることに当たりを付けたのか、観客席に居るレイからそんな突っ込みがあった気がしたが、それは気の所為だろう。


「勇者様、今復活の呪文を――!」


勇者役の男子が入っている棺桶に向けてブツブツと何かを唱えるフリをする神官役の女子。


思うんだが、実際にこんな「復活の呪文」なんてあったら相当ヤバいよな。まあ、実を言うと「蘇生魔法」っつう系列にカテゴライズされる魔法ってのは実在していたりするけどな。


ただ、実在していても蘇生魔法を行使する世界の『世界の理』によっては発動しないこともあるみたいだが。


ん、俺は行使出来ないのかって? そうだな、出来ることには出来ると答えておこう。


ただ、俺の場合は「死して間もない死者」「死んでから時間は経ってはいるが、肉体から魂の昇華が行われず魂の殆どが死体に残っている死者」や、「何らかの要因により輪廻転生の環から外れた特殊個体な死者」に限られる。


つまり、本当の意味での「蘇生魔法」は行使出来ねェってわけだな。


つうか、そんなもん使えたら俺はディアナを甦らせているよ……。


本当の意味での「蘇生魔法」ってのは、輪廻転生の環に加わってしまった存在ですら転生先の個体には何ら影響を及ぼすことなく、尚且つ死した存在と全く同一の個体としてこの世に呼び戻す蘇生魔法のことを差す。


ちなみに、本来の力を発揮できるようになったファランならば、余裕でこの「蘇生魔法」を行使できるらしい。最早神。


――って、ファランは事実神だったか。


そうこうしている内に勇者の蘇生が済んだ――演劇なので元から死んでいないが――らしく、一行は今度こそ魔王の間へ。


「ククク、よく来たな勇者よ」


魔王の間に入るなり先制攻撃! だなんてことを期待していたのだが、勇者パーティーを迎えたのは魔王役の男子のありきたりな一声だった。


え、もし先制攻撃されてたらどうしてたか、だって? 先刻勇者役の男子が入ってた棺桶で防御してやろうかと思ってたよ。


自分だけな!


しかし、魔王との決戦ではどう動いてやろうか? そう考えていて気付いた。


――アレ? そういや、レイラのヤツは何の役をやってるんだ? と。


カレンは神託を下す存在、つまりは女神としての役に収まってたみたいだが、あいつだけまだ知らないな。


もしかしてこの場に居たりして……と思い探してみるが、この場には居ない。しかし、俺の戦士としての直感はこの場にレイラが居ることを察知していた。


であれば――。


と、俺は知覚領域を上昇させてみた。するとより明確に感じる、レイラの気配。


レイラが何処のどの位置に居るかを知覚した俺は微妙な表情になる。


これは――、魔王がこの場面で仕掛けるにしちゃあちょっと斬新過ぎないか? と。


ふと視線をカイルに向けてみれば、カイルもレイラの存在に気付いているのか、同じく微妙な表情をしていた。


そりゃ微妙な表情にもなるだろう。


何せ、恐らくは魔王の補佐官的な役を演じているだろうレイラが、今まさに姿隠しの魔法を用いて勇者に不意打ち、いや不意討ちを掛けようとしているのだから。


いや、戦術的には別に何の問題もない、寧ろ合理的な戦法だと思うんだけどさ。会話して気を引いている内に不意討ちを掛けるって、魔王が勇者に仕掛けることじゃなくね?


迷宮、つまりはダンジョンが発展した世界で言う「魔王」ならともかく、この演劇での「魔王」はそういうダンジョンマスター的な概念を持つ「魔王」とは違うからなぁ……。


なんて考えている内に、魔王と戦前の会話をしていた勇者が不意討ちされた。


生き返ってから約三分ほどで勇者は再び棺桶になってしまった。


「勇者様っ! 今復活の――ああっ、魔力が……!」


どうやら魔力が尽きたという設定になったらしい。勇者は棺桶のままだ。


「フハハハハハッ、死んでしまうとは情けないものよ。勇者と言えどもこの程度か。よくやった、オール」


「いえ……」


軽く首を振ってみせるレイラ。


そういうキャラ設定なのか、ぼそぼそとした声で続ける。


「それよりも、今が好機かと。この機を逃さず、残りの者共を片付けましょう」


「へっ。そう簡単に死ぬかよ!」


「勇者様の仇!」


で、戦い始める魔王側と勇者パーティー。拳士を演じるカイルが魔王を、神官役の女子が魔王の腹心を演じるレイラを相手取っている。


勇者パーティーを組んでいるのに、肝心の勇者が不在のまま魔王との決戦が始まるとはこれ如何に。


斬新っつうかもう勇者が居る意味無くねェか、これ。


っつうか、俺だけ戦う相手が居なくて手持ち無沙汰なんだが?


「王女さん、補助を頼む!」


「――分かりました」


どうやら俺は補助要員的な立ち位置らしい。


ならばと魔王役の男子と激戦を演じているカイルの援護に走る。


カイルが攻めて、俺は回復と援護の役を果たす。それをひたすら続けて、こちらがやや劣勢を演じていた時のことだ。


突如として、舞台の照明が落ちた。


しかし舞台の上でそれぞれ自分の役を演じていた俺達は驚くことなく、ただ時が止まったかのようにピタリと演じていたままの体勢で動きを止めた。


最初から「魔王との戦いの最中に照明が落ちた時は動きを止める」と決まっていたからだ。


そして、こういう場面で『時が止まる』ということは、アレしか無いだろう?


『――立ちなさい、勇者よ』


勇者が葬られている棺桶にスポットライトが当てられ、天から声が聞こえてきた。


カレンの声だ。そう、勇者の十八番である『ピンチになったら都合良く覚醒』のシーンが到来したのだ。


それにより、『奇跡』という意味不明な謎の力により復活を果たした勇者役の男子は黄金のオーラを纏っていた。


「さぁ、勝負だ魔王!」


「死の淵より甦ったか、勇者――!」


そして始まる勇者と魔王の戦い。漸くまともな戦いになってきたところで言わせてもらうが。


勇者の装備は未だに「ひのきのぼう」だ。「ひのきのぼう」で、魔王の魔剣と打ち合っている。


魔王の魔剣どんだけ弱いんだ、と思うことなかれ。実はこれ、勇者が揮う「ひのきのぼう」の方がおかしいっつう設定になってんだよ。


種明かしすると、勇者の「ひのきのぼう」は俗に言う『十拳剣』、または『十束剣』とも呼ばれる刀剣と同じタイプの武具……という設定になっている。


酷く抽象的な表現になるが、間違ってはいないはず。


あの「ひのきのぼう」、実はひのきで作られた棒じゃないんだな、これが。


じゃあ何なのかと言うと、世界樹で作られた棒だから「ひのきのぼう」ならぬ「せかいじゅのぼう」ってヤツになるな。


だから魔王の魔剣と打ち合えている――っていう設定だ。


実際に、世界樹から削り出した棒なら魔王の魔剣とも対等に打ち合えると思うぞ。


無論補強は必要不可欠だが、仮にも世界を司る樹から削り出した棒だとしたらそれ相応の魔力と霊力を宿していても不思議じゃない。


分かりやすく言うと、世界樹から削り出した棒は現実的に魔剣と同等のスペックがあってもおかしくねェってワケだ。


まあ、これは演劇だからあれはただの「ひのきのぼう」だし、魔王の魔剣もただ光ってるだけの剣のレプリカだけどな。


「これで終わりだ!」


「ぐあああああっ!」


勇者の「ひのきのぼう」改め「せかいじゅのぼう」から生じた光の刃が魔王を魔剣ごと切り捨てる。


この光景を見ててふと思う。


アレ? 何気にこの「せかいじゅのぼう」って『戦禍起こせし裏切りの焔杖剣(レーヴァテイン)』に似てねェか? と。


『戦禍起こせし裏切りの焔杖剣(レーヴァテイン)』は、一見ただのねじくれた杖にしか見えないんだよ。長さ五十センチほどの、小さな杖だ。


が、いざ戦いが始まるとその真価を見せ、血のような赤黒い真紅の焔を刃のように生じさせる。焔杖剣の名に恥じぬ力を発揮するのだ。


そういう機能面でも酷似しているし、双方ともに多かれ少なかれ世界樹に関与しているし……。


そういう意味では、本当に「せかいじゅのぼう」ってのがあってもおかしくないよな。


――生憎このルーレシア世界には世界樹なる樹は存在していないが……いつか異世界を旅して回るその時が来たら、実際に「せかいじゅのぼう」ってのを精製してみるのもいいな。


いっそのこと、『武具世界巡り:蒐収の旅』でもしてしまおうか。


『強者世界巡り:闘争の旅』は決定事項だったが、そういう趣向で異世界を旅するというのもなかなか良いんじゃないか?


――なんて考えつつ、俺はチラリとレイラ演じる魔王の腹心役の方を一瞥する。


こっちはこれで決着みたいだが、果たしてそちらはどうかな? と思ったからだ。


黒いローブを纏っているレイラは倒れていた。近くには、同じく倒れている拳士役のカイルと神官役の女子の姿が。


どうやら相討ちになったという設定らしい。釈然としない設定である。


というか、戦いの後半は俺何もしてないんですけど。ただ観戦してた――とはいっても、思考の殆どは別のことに回されていた――だけなんですけど。


もしかしなくても、俺、要らなくね?


要らないよね?


やるせなくなった俺は、倒れているカイル達の方に向かい――。


「……へぇ」


倒れている三人の近くに書かれていた伝言を見て、バタリとその場に倒れた。


観客席から疑問の声が上がる。


そりゃ唐突に倒れればそうなるよな。「まさか本当に病でも――!」なんて可能性もあるんだし。


だが、勇者役の男子は慌てなかった。何故なら、彼にも俺が見た伝言が見えていたからだ。


舞台の下側に位置する観客席からは位置的な問題でその伝言を見ることは出来ない。


まあ、そういった物理的な条件など問題なく知覚出来ることなら全て〝視〟通すことの出来る〝眼〟を持つ存在が観客席に居るが、その若干一名を除けば観客達は伝言を見ることが出来ないのだ。


故に、この案を実行出来るわけだが。


「大丈夫ですか、王女様! 皆!」


慌てた表情を作った勇者役の男子が小走りに倒れている俺達に近づいてきた。


傍らに屈んだ勇者役の男子が体を揺さぶってくるが、俺はそれに応えなかった。そうじゃなきゃ、この後の結末が伝言通りにならないので。


ああ、先に言っておこう。この演劇はダークな感じで締められることになったから。


勘の良い御方はもうお気付きだろう。魔王を倒した後の勇者の末路で、ダークな感じで締められると言ったら……アレしかないだろう?


俺の次に拳士役のカイルを揺さぶる勇者役の男子だったが、カイルも反応せず。


最後に神官役を演じる女子を揺さぶったところで、漸く反応があった。


「う……、勇者様……?」


「ああ、僕だよ。大丈夫かい?」


そう言ってほっとした様子で勇者役の男子が緊張を解いた瞬間――


「隙を見せたな馬鹿があっ」


ドゴッ。


「ぐばあっ」


なんと神官役の女子が勇者役の男子に杖で攻撃したのだ。


神官役の女子はそれっきり動かなくなった。予定していた役割を終えたのだ。


そう、全ては先刻の伝言の通りにコトが進んでいる。これも予定の内なのだ。


まあ、観客達がこの展開についてこれているかは別として。


「…………」


で、件の杖で攻撃された勇者だが――無言で俯いていた。


無論、これも演技である。実際にダメージを負ったわけではないので心配は要らない。


やがて、観客達が衝撃から立ち直った頃、勇者役の男子はふと顔を上げた。


そこにあるのは、満面の笑み。勇者役の男子はすっくと立ち上がると、大きく口を開いてこれ見よがしに哄笑し始めた。


「フハハハハハッ! 手に入れたぞ、勇者の力を! これで私こそが次代の魔王に――!」


声高に叫ばれたその台詞により、漸く観客達は得心がいったのか頻りに頷いている。


「魔王の腹心だったあの女が神官役の女子の身体を乗っ取っていて、先程隙を見て勇者を杖で攻撃した時に勇者の身体に乗り移ったのか」、と。


事実、そういう設定になっている。


そう来たら、やはりここは勇者の意識が魔王の腹心の支配に打ち勝ち、今度こそ戦いに勝利する場面が来る――そんな風に観客達は予想していた。


だがしかし。





「隙を見せましたね愚か者っ」


ドスッ。


「なん……だと……ッ!?」


勇者役の男子の胸から光の剣が突き出ていた。背中から突き刺されたのだ。


そして、魔王の腹心に身体を乗っ取られた勇者の背後に勇者を貫いた光の剣を手に立っているのは王女、つまり俺だ。


ちなみにこの光の剣はただの見かけ倒しの物なので、実際に斬ろうが刺そうが全くもって問題ない。


「ぐっ……、ば、馬鹿な。き、貴様、何故――!?」


苦しげな表情を作って振り返る勇者役の男子に、俺はこうなると予定が決まった時に前以て考えておいた台詞を口にする。


「助かりましたよ、貴女が勇者様のお身体を乗っ取って頂けて。これで我等は魔王無き世界に於ける最大の危険人物を纏めて討滅することが出来たのですから」


「なっ、よもや貴様……っ、初めからそのつもりで――!!」


「そうですよ。まあ、今更気付いたところで結果は変わりませんが」


まあ、現実に魔王を倒した勇者が居たとしたら、その勇者が俺が認めるに値する人格と価値観の持ち主だったら普通に勇士として誉めて遣わしてやっても良いと思ってるけどな。


ん、何気に上から目線じゃねェかって? そりゃあまあ、所詮運命の輪に囚われた存在に過ぎない《勇者》如きに、運命の輪から完全に隔絶した覇者たるこの俺が遅れを取るはずがねェしなァ。


そもそも、〝概念操作〟を単一のものではなく万能のものとして扱えるようなヤツ――つまり、俺やファランのことだ――は、その気になれば運命・因果律にすら干渉が可能だし。


なに、運命の輪から完全に隔絶してるのに運命・因果律に干渉出来るのはおかしいって? そうだよな、そうだろうよ。


そう考えた方が居たとしたら、貴方は正しいと言わせてもらおう。通常、運命の輪から外れたりしたらそれ以降は運命に干渉出来なくなるのがこの世の常だ。


だが、何事にも例外はある――とは、言い切れないが、例外というのは確かに在るのだ。この俺やファランといった例外、本来ならば有り得てはならない存在がな。


更に付け加えると、多分エキドナ辺りも常軌を逸した領域に足を踏み入れてるんじゃないか?


運命の輪から完全に隔絶しても尚、運命に干渉することが出来る領域に。


それは謂わば、普段は物語を傍観し、興が乗った時に好きに物語に介入出来ることに他ならない。


介入した上で、自分の好きに物語を作り変えることに他ならない。


そうだな。例えるとすると俺やファラン、エキドナといった存在は物語を創るクリエイター、分かりやすく言えば小説家という存在に近いな。


ある程度物語の起承転結を想定しておいて、物語を執筆している途中にふとした閃きがあれば、それを物語に新たに組み込み、予め想定していた起承転結に添うように物語を執筆していく――そんな感じだ。


少し抽象的、と言うか遠回りな表現の気がしてならないが、これ以外に言葉で表すとなると長くなる。


まあ、今はそれは措いとくとして――と、俺は分割している思考の一つを演劇に回した。


「それでは、さようなら。来世ではもう少し賢いやり方をするといいですよ」


「ぐあああああ――!!」


光の剣をずしゃっと勇者役の男子から引き抜くと、勇者役の男子は断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏した。


観客達は唖然としている。あんぐりと口を開け、まさかの結末に見入っている。


というか、子供の夢をぶち壊しにするような結末なのに案外子供の方がちょっと驚いた程度で平気そうな顔をしているとはこれ如何に。


なんて考えつつも、気絶していた生き残った仲間達に「勇者様は卑劣なる不意討ちを掛けてきた魔王の腹心の意識と相討ちに――」的なお涙頂戴なことを話しておき、国に帰ってからも国民への発表はそれで通した。


『こうして、一つの時代に終止符が打たれ、世界は新たな時代の日の出を迎えるのでした――』



―――――――――――


「おい、ホントにアレで良かったのか?」


「いや、それ以前に勇者の武器が木の棒って……」


「良いじゃん、斬新で」


「斬新って言ったら技名も新しかったよね」


「いや、アレは新しいって言うよりもダサ――」


「言うな! それを大声で叫んだ僕がみじめになってくるじゃないか!」


「俺お前のこと『斬新勇者』って呼ぶことにするわ」


「あ、私も」


「ちょっ」


学園祭二日目の今日、三回行う予定の演劇の初めの一回を終えた、一年D組。


その劇場と化した教室の、舞台裏で。


クラスメート達は思い思いに合間の時間を過ごしていた。


ある者は先刻終えた演劇について思うことを友人と喋ったり、またある者は次の演劇ではどんなイカれたシナリオにしてやろうかとニヤニヤしていたり。


そんなクラスメート達を尻目に、俺は〝黒風〟を手元に召喚していた。


無論、既に普段の青を基調とした制服姿に戻っている。


「これで良し……と」


手元に召喚した鞘入りの黒刀をベルトにパチンと音を立てて取り付け、帯刀を済ませた俺は確認するように小さく呟いた。


「おうレオン、演劇ご苦労さん。んで、思いっきり暴れてこいよ?」


そんな俺に声を掛けるのはディアスである。その手には、先程の演劇の時に着ていた魔王軍四天王の衣装がある。


「はんっ」


俺は鼻で笑い飛ばすと、左手で黒刀の鞘を撫でながら返す。


「誰に言ってンだ? 言われなくともそうするつもりさ」


「レオン君、油断大敵ですよ?」


俺の傲慢な台詞に、ムムッと表情を曇らせたユイが苦言を呈した。


それを聞いたレイラがクスリと笑う。


「安心なさいな。この人はこと戦闘に関しては不必要な手抜きはしないわよ」


「つまり、それ以外のことでは不必要なまでに手を抜きまくるっつうことだけどな!」


レイラの俺を支持する言葉にカイルの要らぬ補足が続く。


「カイルテメー、そいつァ余計だろ!」


「余計だけど、貴方の場合はそれで正解なんじゃないの?」


「微妙に否定できねェ……!」


首を傾げて述べるカレンに、俺は頬を引き攣らせる。


本ッ当に、ものすごーく微妙に否定できないトコを衝かれた。はっきりと否定できないトコを衝かれるよりも困るパターンである。


言い返しようが無くなった俺はわしゃわしゃと荒々しく黒髪を掻き乱すと、


「したら、俺ァもう行くからよ。レーゼのことは頼んだぜ」


俺は近くにある椅子に目を閉じて俯き加減に座っているレーゼを見て言う。


あの後、レーゼは事情を知らない者達には休眠と称して集中状態に入っている。


魔界で何が起こるか分からないので、リリスと相談しつつ念には念を入れて保険を掛けているらしい。


俺もレーゼとリリスの二人にはとある保険を掛けてあるが、その保険も発動しないなら発動しないに越したことはないので。


――まあ、恐らく発動しないということはないのだろうが。


「レーゼのことなら私に任せなさい。だからアンタは安心して戦うといいわ」


淡々と言いながらも、しかしレイラは温かい目でレーゼを一瞥する。


「レイラと一緒に私もレーゼの面倒を見てるから、心配しなくても大丈夫」


そう言ったのはカレンだ。こちらもまた、レイラと同様にレーゼを見やった。


「……んー?」


「何と言うのでしょうか……レオン君は勿論、レイラさんとカレンさんもレーゼさんのことを特に大切にしているようですね」


友人の使い魔の面倒を見るだけにしては、非常に強い慈愛の想いの籠った目でレーゼを見る二人に、事情を知らぬディアスとユイが目をぱちくりとさせている。


無論、ディアスとユイもレーゼのことを大切には思っている。だが、この二人から感じられる慈愛はその比ではなかった。


そして、レイラとカレンは何か、仲間でも見るような目でレーゼを見ていた。同族を見るような、そんな目だ。


ある種の連帯感のようなものがあったと言っても良い。レーゼとレイラとカレン……この三人の間には、妙な共感覚があるらしい。


だとしたら、それに関わっているのは――レオンと見て間違いないだろう。


その事実にディアスとユイが首を傾げているのを尻目に、俺は教室を出て第2訓練場へと向かうのだった。





それから数十分後。


一年と二年の代表選手が使用することになっている第2訓練場に来た俺は、如何にも何処で鍛練をしようか悩んでいるかのような素振りでさっと訓練場内を見渡した。


正確には、この訓練場に集まった各クラスの代表選手を、だ。


あくまで俺は学生としてのレオンとして出場するのだ。〝風の覇者〟としてではない。


故に、油断は出来ない。


はっきり言って、この武闘会で優勝するのはこの俺に他ならぬというのは最早不変の事実だと言っても良い。


魔力さえ関係無ければ、出来損ないでも――いや、出来損ないだからこそそれだけの実力を俺は持っている。


しかし、油断すれば戦闘に支障が出るかもしれない。最終的に勝つことは出来ても、油断さえしてなければ楽に勝てたかもしれない相手に手こずる恐れがあるのだ。


その可能性がある限り、この俺に油断はない。


――訓練場内に居るのは、俺を含めて二十人。


――その中で、強者は俺を含めてたったの五人だけか……。


それ以外の十五人は、クラスの代表選手に選ばれるだけあって魔力の運用アリの戦闘では確かになかなかのようだが、魔力ナシでの戦いでは大分戦闘能力が下がっているな。


ちなみに、一年が二人に二年が三人。これが俺が強者だと断定した学年ごとの人数だ。


無論、一年の二人強者の内一人はこの俺だ。もう一人は、Cクラスの金髪の男子生徒だ。


俺はツイッと視線を五人の強者達にほんの一瞬だけ向ける。


二年の三人は……ハルバートを武器とする男子、複数のダガーを装備した女子、巨大な銃を背負った男子といった者達だ。


ハルバートを武器とする男子は、見た目の豪快さを裏切り敏捷性と柔軟性もあるな。今のところそんな素振りは見せてないが、俺の眼は誤魔化せない。


複数のダガーを装備した女子は……トリッキーな動きで相手の足並みを乱すタイプの戦士だな。こいつは見た目通り。


で、最後の一人だが……ハルバートやらダガーやらはともかく、身の丈ほどありそうな銃を武器にするとはな。


一度にチーム全体がぶつかる集団戦ならともかく、これは個人戦だぞ?


しかも時折見せる身体の動かし方からして、巨大な銃を撃つだけではなく鈍器としても扱う珍しいタイプの戦士だと見た。


さて、後は一年の強者一人だが――。


そう思い、Cクラスの金髪の男子生徒の方に視線を向けようとして……止めた。


件の金髪の男子生徒が、こちらをじっと見つめていたからだ。


なんだ? まさか、強者の戦闘能力を推し量っているのを気取られたか? そんな馬鹿な、俺の隠密技巧がたかが学生如きに気取られるはずは――


そんなことを考えている内に、金髪の男子生徒が俺に歩み寄ってきた。


「やあ! 君も代表選手に選出されてたんだね!」


「ん? ああ、まあな」


あたかも今接近してきたことに気付いたかのように返答する俺。しかし、内心ではちょっと首を傾げていた。


んー……? 「君も」だって?


なんだその、俺が知人であるかのような物言いは。俺はお前なんて知らねェぞ?


「今回の武闘会は魔力禁止の戦いになるからね。君が来るんじゃないかと思っていたよ」


「みたいだな。しかしお前、誰だ? 俺の顔見知りにお前の顔は無かったと思うんだけどなァ」


俺がそう述べると、金髪の男子生徒の顔が盛大に引き攣った。


「えっと……。覚えてないかな?」


「覚えてないな」


「ラースって言えば分かるよね?」


「分からん。ってか知らね」


誰だこいつ。やけに馴れ馴れしいが……俺が覚えてないっつうか知らねェってことは、俺にとって重要な存在ってワケでもなさそうだな。


俺は自分が重要視してるような存在なら、絶対に忘れたりはしないし。


「ほら、合同試合の時に戦ったじゃないか。思い出してくれたかい?」


「合同試合? いつの合同試合のことだ、それ」


少なくとも最近の合同試合の授業ではこいつと当たった覚えはない。


いい加減めんどくさくなってきた俺の会話意欲が消極的になってきたところで、それを察したのかラース某は焦って口走る。


ん……? ラース某? なんか覚えのあるようなないような響きだな。気の所為か?


「だから、ほら……五月頃にあった合同試合だよ。魔武器を用いた戦いの試験でもあった、あの合同試合!」


「なに?」


それを聞いて俺はちょっと思案げな表情になった。


五月頃の合同試合って言やあ……アレのことか。


でもって、ラース某だと? いや……待てよ……おお、確かに覚えがある!


やっとラース某のことを思い出した俺は、気安く肩をバシバシ叩きながら言う。


「あの時の傲慢雑魚貴族馬鹿・ザ・ゴミクソンじゃねェか! 久しぶりだなオイ!」


「前よりパワーアップ……いや格落ちしてるからパワーダウンってことになるのか!? というか、ゴミクソン!?」


「ゴミクソン? ああ、「塵」と「糞」という罵声を掛け合わせた結果生まれてきた罵声だよ、たった今な」


俺は肩を叩いた勢いをそのままに、笑顔で一言。


「それだけ、俺にとってお前が弱く感じられたってことさ」


「…………」


――ガクリ。


ラースはその場で膝から崩れ落ちた。


「どうせ僕なんて……」などと呟いている。


そんなラース某を見下ろし、しかし俺はほうっ? と口元を獰猛に歪めた。


「――しかし、俺に負けてから何もしてなかったわけじゃなさそうだなァ。あの時と比べると、その身に纏う力の波動が全然違うじゃねェか」


俺がぼそりとそう呟いた瞬間、ラース某がばっと顔を上げた。


「本当かい?」


そのまま、俺にすがり付こうとしてくる。


「うわっ。やめろ、ばっちいだろうがっ!」


それを寸でのところで躱し、俺はすかさず怒鳴る。


男なんぞに取りすがられてもキモくてきもくてキモイだけだ。そんなり取りすがりたかったら余所を当たれ、余所を!


「ったく……」


俺は深々とため息を吐くと、黒刀の鞘に左手を添えて右手を柄に置いてやや腰を落として構えた。


「此処で会ったのも何かの縁だ。鍛練に付き合ってくれねェか?」


これを聞いて、ラースの表情に鋭いものがチラつく。


「勿論さ。鍛練の相手が君なら、寧ろ喜んで付き合わさせてもらうよ」


ラースはすっくと立ち上がると、腰に帯びたレイピアを抜き放ちヒュンッと笛の音のような風切り音を立てて刃先をこちらに向けた。


それを見た俺は眉をひそめる。


「レイピアだと? お前の魔武器は長剣じゃなかったか?」


「元々は長剣だったよ。だけど使っている内に自分の剣術の特性がちょっと変わっちゃってね。それに連れて、〝豪雷〟の形状が段々変わってきて、最終的に落ち着いたのがこの形さ」


ラースはそう述べて軽くレイピアの刃先を揺らした。


ラースの長剣に起きたらしい現象について俺は首を傾げて思考する。


その現象は、恐らく……。


「適正化したと見て間違いねェよ、そりゃあ」


「適正化?」


俺の言葉を復唱するラースに、俺は頷いて返してやった。


「そうだ。先刻お前は『剣術の特性が変わった~』とか何とか言ってただろう。まさにそれが原因だ」


俺はそこですっと構えを解く。今は戦いの時間ではない。一人の戦士に知識を授ける時間だ。


「お前がその魔武器を手にするまで修めていた剣術は『重きを以て剣を振るう』、つまりは『叩き斬る』タイプの剣術だったんじゃねェか?」


「そうだよ。そもそも、長剣とはそう振るう武具だ」


「では」


ラースが肯定したのを確認して、俺は話を続ける。


「そこでお前が先刻述べたことが重要になってくるワケだ。お前は恐らく、『重きを重点に叩き斬る』タイプの剣士から『重きを利用して突き穿ち、斬り裂く』タイプの剣士に変質したんだろうな」


ラースは訝しげな表情を浮かべた。


「『重きを利用して突き穿ち、斬り裂く』だって? 普通に考えて『速度を肝要とし、敵の動きを乱す』タイプの剣士になったんじゃないのかな、僕は」


「はんっ」


至極尤もな、ラースの意見。しかし俺はそれを鼻で笑い飛ばす。


「その考え方が悪ィンだよ。いいか、よく考えろ。これはお前自身の固有の問題だぞ? それなのに世間一般の既存の常識を宛にしてどうする?

別に、まるっきり宛にするなとは言わねェが、そこは世間一般の常識などに囚われず自己の思考のみで判断するべきだ。そうじゃなけりゃ、更なる『可能性』は――」


――開花しねェぜ? と、続けようとした瞬間だった。


『――――ッ!?』


俺の全身を、かつてないインスピレーションが駆け抜けた。


莫大な情報が脳内を越えて全身にまで行き渡り、俺ともあろう者がたったそれだけのことで立ち眩みを起こしてしまう。


「うわっ、大丈夫かい!?」


ラースの動揺しきった声が聞こえるが、構っていられない。


俺の内側を迸る強烈なインスピレーションは更にその深みを増していく。


『絶対なる存在』。


『頂に座す者』。


『頂を降す者』。


『理を敷く者』。


『偉大なる者』。


『至高なる者』。


『無敵』。


『民衆を導く者』。


『王道の謳い手』。


『覇道の謳い手』。


『天道に導かれし者』。


『戦乱の担い手』。


『時代の支配者』。


『生ける伝説』。


『不滅不朽の神話を紡ぐ者』。


『種族の特殊個体にして究極体』。


『運命を超えた覇者』。


『異なる次元を生きる者』。


『大いなる意思』。


『強壮なる戦士達を束ねる者』。


『この世で最も欲深き者』――……。


「……! …………! ………………ッ!!」


内なる世界で無数の情報が交差し、混淆し――やがて一つと成った存在概念が遡及されていく。


荒い息のもと、俺はゆっくりと瞑目した。


〝概念遡及〟――。


俺の脳裏に、そんな言葉が過った。


間違いない。俺の内なる世界で起きているこの現象は〝概念遡及〟。概念そのものを操る〝概念操作〟とは大きくその理を逸する、俺の新たな力――いや!


これは、俺の可能性の一端か――!?


遡及の果てに、俺の内なる世界に一つの概念が確立されていく――。


――それが、工程の途中で止んだ。


「――っはぁ」


途端、俺は大きく息を吐き出した。あわやそのまま座り込みそうになるのをなんとか堪え、常態に復帰する。


慌てているラースを手で制し、俺は口を開いた。


「――それで、お前の魔武器の変化についてだが」


「え?」


素っ頓狂な声を出したラースを俺はしんねりと睨んだ。


「え? じゃねェっての。俺のことは気にするな、ただの立ち眩みだ。最近寝不足だったし、その所為だろ」


本当は寝不足なんかじゃないし、そもそも俺はもう睡眠を必要とする肉体じゃなくなってるんだけどな。


しかしそんなことを知らないラースは俺の言を鵜呑みにし、「そうなのかい? 体調管理はしっかりするといいよ」と言うのみだった。


余計なお世話だ、と俺は内心で呟く。


「さて、話を戻すが。お前の魔武器の本来の形は端から長剣の形態じゃあなく、レイピアの形態だったんだろうよ」


「……つまり、僕が自分に合った自己的な剣術を修め始めたことによって、元々所有者の素質に合った形を取っていた〝豪雷〟も偽りの形態を捨てて本来の形態に戻ったっていうことかい?」


ラースの考えを聞いた俺はニヤッと笑う。


まあ分かりやすく言うと、ラースが自分が振るう剣術の本来の在り方に気付いたから魔武器の方も本来の形態に戻ったっつうことだが――。


「そうだ。なかなか察しが良いじゃねェか、お前。ちょっと見直したぞ」


「見直したついでに、今度こそ僕の名前を覚えてくれると嬉しいな」


苦笑いするラース。


それに対して俺は鷹揚に頷いた。


「ああ。今度こそ忘れはしないさ、ラース=キストアーレ。その名、確と記憶領域に留めさせてもらおう」


「記憶領域って……何だか表現が大仰過ぎる気もするけど」


「いや、俺の場合はこれで正しい」


俺の記憶は最早漠然としたものではなくなり、意識して記憶領域内で区分されてるからな。


まあ、そんなことは正直どうでもいい。今は――


「悪ィなラース。俺ァちょっと仮眠した方がいいみたいだ。だから鍛練の話は無かったことにしてくれ」


「残念、分かったよ。また機会があれば、その時こそお願いするから」


「その機会、直に来るといいな」


俺はお得意の底冷えするような不敵な笑みを浮かべた。


俺の言葉の意味を理解したのか、ラースも好戦的な笑顔を見せる。


「そうだね。僕もそう思う」


それを皮切りに、ラースはこの場を去った。


去り行くラースの背中を見送った俺は、訓練場の隅の方に移動して座り込み、背中を壁に預けた。


片足を抱え、片足を伸ばす。その体勢で軽く瞑目した。


そして、探る。自らの内なる世界を解析し尽くす。先刻感じたインスピレーションの根源を探して、徹底的に調べ尽くす。


しかし――俺が求めたる根源は見つからず。普段と変わらぬ世界が在るだけだ。


あれほど凄絶なまでの閃きが、まるで初めから何も無かったかのようにその痕跡を残さず消えていた。


しかし俺は困惑することなく持ち得る全ての情報を整理していく。今までが今までだ、消えてしまったものは仕方ないと割り切っていたからだ。


それに、僅かながら概念の知識だけは残っている。


俺はその概念の知識を余さず解析し尽くし、やがて一つの存在概念に辿り着いた。


――〝王〟。


〝王〟――〝王〟だと!? 思わずカッと目を見開いて驚愕する。


俺は先刻、この存在概念に到ろうとしていたのか!? 概念上、〝覇者〟の存在概念すら遥かに超越した、至高の存在概念に!!


期待と疑心から何度も概念を融合させ、新たな力である〝概念遡及〟を以て解析してみても、辿り着く可能性は〝王〟という存在概念のみ。


中でも、『絶対なる存在』『頂に座す者』『頂を降す者』『理を敷く者』『民衆を導く者』『王道の謳い手』『覇道の謳い手』『戦乱の担い手』『時代の支配者』『種族の特殊個体にして究極体』『強壮なる戦士達を束ねる者』『この世で最も欲深き者』という概念の存在が拙かった。


いや、事実上無数の概念全てが拙かったわけだが、少なくとも俺が知覚しきれた中ではこれらの概念が特段拙い。


聞いていて分かると思うが、正しく〝王〟を顕す概念であるからだ。


これは……、と俺は隠しきれぬ歓喜を表情に出す。


ここまで来れば、最早明確なものと断じて良いだろう。近い将来、俺はファランと同等に近い領域に足を踏み入れることになる事実が。


そして、その『近い将来』とやらも目前まで迫ってきている気がする。これは恐らく気の所為ではないだろう。


――何の〝王〟に成るのかは知らない。


だが、自らの存在格が明確に高みに到ろうとしているのを予感し、俺は密かに拳を握り締めるのであった。



―――――――――――


新たにラースの名を胸の内に刻み、力への渇望に心を歓喜に打ち震わせてから時間は流れ。


時刻は午後一時を刻んだ頃。


俺は、学園に在る建造物にしては極めて大規模な闘技場の控え室に待機していた。


この闘技場は、クレアさんの手によって一月ほど前から――というのは建前で、実際には一瞬にして造り上げられたものだが――術式を練り、造形された建造物だ。


少なくとも、"覇者"関係者以外の者からしたらそうなっている。


武闘会の開会式は十分ほど前に既に終わっている。今は、控え室で対戦相手の抽選をしている最中だ。


抽選には1から48までの番号が書かれた札の入った箱が用意され、学年の若い順から一人ずつ札を引いていく案が採られている。


その為、一年である俺は大して待つことなく順番が回ってきた。


「次、一年D組の代表選手の生徒!」


「…………」


指名を受け、俺は無言でベンチから立ち上がる。返事は必要とされていないので、無言で立ち上がっても批判を受けることはない。


各クラスの代表選手は皆、静かに抽選の時を過ごしていた。集中しているのか、或いは緊張に騒ぐ余裕も無いのか。


そんなことには一切構うことなく前に進み出ると、俺は抽選箱に片手を突き入れ一枚札を掴み躊躇無く腕を引き抜いた。


札に書かれている番号を一瞥し、札を目の前に居る生徒会の役員に渡した。


俺が引いた番号は11。ならば俺の初戦の相手は12の番号を引いた者となる。


ベンチに戻った俺はドカッと腰を降ろすと、膝に肘をついて抽選が終わるのを待つ。


さぁ、どいつが俺の対戦相手になるかな?





十数分が経過した。


どうやら抽選が終わったらしく、控え室に【マジックビジョン】の映像で抽選の結果が映し出された。


武闘会はトーナメント方式で、A~Fブロックに別れて行われる。番号からして分かると思うが、俺はBブロックに出場することになっている。


学年は問わず番号で振り分けられている為、上級生の中に一年が一人か二人しか居なかったりと、そんなブロックもある。


ちなみにそのブロック、俺が出場することになるBブロックのことだ。


一年が俺だけしか居ねェ。他は全員三年以上の先輩方だ。


周りからは「うわっ、アイツ運が悪いなぁ」的な目で見られている。


唯一俺の勝利を疑っていないのはラースただ一人だ。


無言で【マジックビジョン】の映像を眺めていると、俺の耳がこんな声を捉えた。


「おい、俺の対戦相手見ろよ。一年の女子だぜ?」


「あ~、可哀想に。こりゃお前の勝ちで決まりかなぁ」


「しかし、何で男子の制服着てるんだろうな、あの一年」


ああ?


ンだテメーら?


やんのか?


おお!?


ああ~?


俺がヤクザ顔負けのメンチを切っていると。


ふと、俺のことを女子と勘違いしていた上級生の一人と目が合った。


すかさず俺は今までで最大級のメンチを切る。


――メンチビームッ!!


「うお!?」


「どうしたよ」


「いや、あの一年が今もの凄まじい目で睨んできたような……」


三人の上級生達が確認するように俺の方をチラ見してきたが、その時には既に俺はそちらを見ておらず、素知らぬ顔で【マジックビジョン】の映像を眺めていた。

「……なんだ、トーナメント表を見てるだけでこっちを見てすらいないじゃないか。お前の気の所為じゃないのか?」


いや、バッチリ視線が合ってたぜ。


「そ、そうかぁ? 確かに目が合ったと思ったんだが……」


その認識に間違いはねェよ。


「ププッ、自意識過剰でやんの!」


それはどうかは知らん。


――しかし、あの男子が俺の初戦の相手か。俺はガックリと肩を落とす。


あんな弱卒が相手じゃ、ウォーミングアップにもならん。正直、ガッカリだ。


――そう思い、ため息を吐いていると。


「……ほら見ろ、肩落としちゃったじゃないか」


「まあ、せめて手加減くらいはしてやれよ?」


「いっそ負けてやれば……」


――っがああああァァァッ! ムカツク腹立つ苛立つ早く来い試合の時間んんんっ!


弱卒風情が、誰の赦しを得て覇者たる俺の格を見誤っている!? 終いには亜光速の速度域に突入して知覚不能の世界で解してやろォか、コラッ!


――なんて、内心で叫んでいても待機時間が変わることはなく。


結局、試合の時になるまでこの不愉快な時間は続くのであった。



―――――――――――


トーナメント表の発表から待つこと数分。


待ちに待った試合開始の時が来て、俺を含む各クラスの代表選手達はそれぞれブロックごとに結界で仕切られたフィールドの中に居た。


一つのブロックのフィールドがそこから更に四つに分割され、現在この闘技場のフィールドには合計二十四ものバトルフィールドが出来上がっていた。


長方形のフィールドは観客席に囲われるようにして存在しており、見上げれば正に満席といった風の観客席が目に入る。


さて、皆は何処に座ってんだろうなァ。なんて考えた俺が気配に従って観客席を見渡していると、闘技場にアナウンスが響き渡った。


『さぁ、今年もやって来ましたこの時がっ! 当校の学園祭の名物にして一大イベント、封印指定武闘会! 司会はこの私、生徒会副会長の〝リェル=バル〟が務めさせて貰います』


声高らかに宣言するのは、鮮やかなオレンジ色の長髪が特徴的な四年の女子生徒である。口上にあったように、彼女がティーン魔法学園の生徒会副会長だ。


続いて、恐らく解説を務める者であろう男が生徒会副会長の隣に現れて――会場がどよめいた。


俺もほうっと声を洩らす。


男は闘技場内の反応を見て苦笑を浮かべた後、徐に語り始めた。


『あー、知ってる人も居るかもしれねえが、俺はギルド本部から招聘された〝ブラン=ダーシェラ〟って者だ。二つ名は〝土鬼〟。この武闘会じゃ解説を務めさせて貰うんで、そこんトコよろしく……っと、こんな感じですかィ?』


『いえ、私に訊かれましても……』


ざわざわしている闘技場内の者達に構わず、俺は司会者席に居るブランに視線を注いだ。


なるほど……ブランの姓はダーシェラっつうのか。今初めて知ったな。覚えておこう。


それに、と俺はすっと目を細めた。


どうやら鍛練は怠っていないみたいだな。その身に纏う力の波動で分かる。以前より僅かだが上昇しているな?


――なかなか見所のある戦士じゃねェか。俺は俄然目つきを鋭くする。


そうだな、場合によっては我が臣として迎えてやっても――などと、傲慢なことこの上無い方向に思考が逸れかけて、俺は眉をひそめた。


傲慢なのは元からだが、最近の俺は妙な方向に思考が逸れることが多い。


強壮なる戦士を見れば、『勇士よ、我が臣として仕えるつもりはないか』と口を衝いて言いそうになる。


そして、ただでさえ独裁的な考え方に磨きがかかった。と言うのも、時が経つにつれて俺の思考が『我こそが法。故に俺が何をしようと勝手だ』という、暴君染みた指向性を持ち始めたからだ。


自己中どころの騒ぎではない。人としてはそれよりももっと最低であり最高であり最悪の傲慢だ。


謂うなれば、人としての真の在り方を寸分の狂いもなく解放した傲慢と言うべきか。


人間って生き物の本質はな、例えどれだけ綺麗事で装飾過多に飾り付けようとも、最終的な結論としては違うことなく〝悪〟なんだよ。


例を挙げるとしたら、そうだな……家畜ってのが居るだろう。


ああ、普段俺達人間の食卓に並ぶ肉料理とかの元になってる哀れな奴等よ。


で、そこでひとつ提案なんだが。もし立場が逆だったら……と、そう考えてみてくれないか?


俺達人間の方が家畜の立場で、良いように利用された挙げ句殺されて食糧にされる。そう考えてみてくれ。


さぁ……、何て思った?


巫山戯るな、とでも思ったか?


それとも、自分達もやって来たことだから仕方ないとでも思ったか?


いや、後者は有り得ないな。どれだけ悔い改めようとも、人間がこういったことで真に反省することはない。


寧ろ、心の奥底ではこう叫んでいることだろう。『巫山戯るなよ、劣等種共め!』……とな。


つまり、自分達がやる分には良いが、自分達がやられるのは御免だってのが人間なんだよなァ。


事実、少しでも良いように扱われた後は食用にされる家畜のことを考え、せめて自分だけでも肉を食べたりしないようにする人間なんて居るか?


居ないだろ? 俺も今数百もの異世界の知識を検索してみたが、そんなヤツは一人として居なかった。


まあ、仮に居たところで俺はそいつを偽善者と蔑むだろうが。


如何にご立派な意思を持とうとも、現状を変えることが出来なければ無価値でしかないんだよ。


とまあ、こんな感じだ。人間という種族を善悪で判断するとしたら、確実に悪だ。


それこそ、『七つの大罪』なんてモノが在るほどにな? そういったことも踏まえて考えると、俺の持ち得る全ての悪性は人間の本質であると言えるわけだ。


誰よりも人間らしい人間。俺はそれに当て嵌まる人間ってことだな。


ん、ん。んー……、だからなのか? 俺の悪性がどんどん真に迫ってきているのは。


『――では、選手の皆さん、戦いの準備は良いですか? 良ければ配置に付いてください!』


なんて、うんうん唸りながら考えているうちに、司会の生徒会副会長の声が選手達に配置に付くように叫んだ。


――戦いの準備ねェ……俺にはそんなモン必要ねェな、うん。


これに関しては一切悩むことなく、俺はさっさと配置に付いた。


と言っても、俺の場合は最初この闘技場のフィールドに来た時から指定の位置から微動だにしていなかったので、体の向きを変えただけだが。


十メートルほど先には、俺の対戦相手である上級生の男子生徒の姿がある。


そして、各クラスの代表選手達が皆戦う態勢になったのを見計らって――。


『それでは――一回戦、試合開始っ!』



―――――――――――


生徒会副会長の凛とした声が開戦を告げた直後だった。


「それっ」


――ゴキリッ


闘技場内に、気の抜けるような掛け声と鈍い音が響いた。


「……え?」


刹那の間の静寂。それを破ったのは、とある上級生の男子生徒だった。


盛大に地面に仰向けに倒れている彼は己の利き腕である右腕の肩を見、中空を舞う黒髪の一年の生徒を見……そしてまた、己の肩を見た。


「あっ……あああああああああぁぁぁぁっ!」


再び訪れた刹那の静寂の後、上級生の男子生徒の口から溢れ出る、悲鳴。


いや、苦鳴というべきか――。





――闘技場の観客席のとある一角。


そこには、この世のものとは思えぬほどの美貌を誇る金髪と紫髪の美女が二人と、これまた輝くような白皙の美貌を誇る銀髪の美青年が座していた。


言わずもがな、破創神ことノヴァと創造神・ケツァルコアトルことコアの二人と、《先代王》ことレイの三人である。


「いきなり決め技を極めにいったか? このような場合、いつもの主なら適当に遊んでから相手を打ち倒して、「弱すぎるぞっ」と吐き捨てるところだと思ったのだが……」


「申し上げます。レオン様は何かに怒り狂っているものと思われます」


「うむ。私もそう思った」


黒髪の一年の生徒――レオンの動きをしっかり捉えていたノヴァとコアは、驚くことなく冷静に評価を下していた。


レオンは一体どのような動きを見せたのか? それを言葉で表すとしたら、単純明快にして神速閃電の一言に尽きる。


どういうことか? つまりこういうことだ。


生徒会副会長の声が開戦を告げた直後、一気にトップスピード――とはいっても、無論出来損ないとしての速度域で、それでもまだ全力ではないので実際にはトップスピードとは言えない――に乗ったレオンが、己の対戦相手である男子生徒の右肩目掛けて飛び蹴りを放ち、相手を蹴りつけた反動で中空を舞い、回転しながら華麗に着地――といったところだ。


殆どの観客達にはコマ落としのようにしか見えなかっただろうが、それをノヴァとコア、レイの三人は正確に捕捉していた。


「ほぉ……何だよ何だよ、出来損ないとか呼ばれてる割には素の身体能力だけでもなかなかの速度じゃねェか。……魔力は塵以下だけどなァ、カハハハハハッ!」


無遠慮に「魔力は塵以下」と言い切るレイに、ノヴァが苦笑いする。


「だからこそのあの技巧と身体能力だ。主は魔力抜きでの戦いならば、ほぼ無敵と言っても良いだろうよ」


事実、レオンの体術や刀術、その他の技巧など、魔力に関すること以外なら専門の軍人すら軽く凌駕している。


何故か? それは偏にレオンの鍛練と力に対する理解に他ならない。


――先天的に才能がある者が何かを為す場合、彼ら彼女らは口を揃えてこう言う。


『見て覚えた』


『気が付いたら体が動いていた』


『なんとなく直感でやったらできた』


――などと。


それは別に悪いことじゃない。自分が生まれ持った特性、ポテンシャルを上手く活用しているだけだ。


だが、それが悪く働いた場合は話は別だ。


才能を使いこなすのではなく、才能に振り回されているだけではいずれ必ず行き詰まる。


要は、才能がある者の多くが才能だけでどうにかなってしまった為に、表面的な基本はともかく内面的な基本を真に理解出来ていないのだ。


簡単に言うと、技巧面の話だ。


それも、ただの『特定の動作を行う為の技術』ではない。そんなものは才能の中に含まれている。


では何のことか? それは『特定の動作を行う為の技術を如何に効率良く用いるか』といった技巧のことに他ならない。


何の才能も無い、まさに無能と呼ぶに相応しかったレオンがここまで強くなったのにはそういう種がある。


自分が想像した通りの動きを再現したいのに、できない。何故できない? 才能が無いから。才能が無いのを理由に、そこで終わって良いとでも? 否。


ならばどうする。自分でも可能なレベルの動きから技と呼べるレベルまで昇華させる。どうやって? 自分の体の駆動域と駆動限界を見極め、自己の最短で最良の動作を導き出す……。


そういった気の遠くなるような鍛練の果てに、今のレオンがある。


才能が無いからこそ、見えてくるものがある。才能が無いからこそ、ただ単純な技巧のみならず身体面の技巧までをも視野に入れ、己を高みへと押し上げる――。


レオンという男は、その極致に到って己を鍛えてきた存在だ。それこそ、『才能無き才能』とでも呼ぶに相応しい。


「こりゃあ、この武闘会はエアリアルの優勝で決まりだな。魔力使用可の戦いだったらどうだかは知らねェが、少なくとも魔力使用不可のこの戦いじゃエアリアルに勝る戦士は居ねェぞ?」


膝に頬杖をついて述べるレイ。その真紅の瞳はつまらなさそうな色を浮かべている。


「まあ、仕方あるまいよ。そもそも、普通程度のポテンシャルがあって普通に育ってきた一介の学生にそこまで求める方が間違っておる」


ノヴァはそう言いつつ、足元に置いてある手提げからお茶を取り出そうと前傾姿勢になった。


すかさずレイは視線をノヴァの豊満な胸に向ける。


前傾姿勢になったお蔭で、ノヴァの豊かな胸が更に強調されていた。生憎とノヴァは色気の皆無な白いローブ姿なので谷間までは拝めないが、それが却ってレイの情欲を駆り立てていた。


(カハハハハハッ! 良いぞ、堪んねェ、最高だ。エアリアルのヤツはこんな佳い女をモノにしてやがるのか!)


そうじゃなけりゃ、俺が口説いていたものを――と、レイは歯噛みする。


レイとて、レオンのもとへ来てから女を抱いていないわけじゃない。


というか、魔界ではかつての大戦争で死んだことにはなっていても、一部のレイの生存を知る者達が指名手配しており、レオンのもとへ来て漸く堂々と世の中を歩いていけるようになったのだ。


当然、魔界では千年ほど禁欲している状態だったわけで。


なんというか、もう、レオン陣営に来てからは色々とはっちゃけていた。


レオン陣営の情報を詮索しようと、再三にも及ぶ警告を無視して送られてきた隠密部隊の中に容姿の良い女が居れば、その女のみを残してあとは全員殺し、その後唯一の生存者である女を――なんてことはザラだった。


お蔭で、今でもたまに送られてくる隠密部隊から女性隊員の姿が消えたほどだ。


その所為でまたもや禁欲せざるを得なくなり、かといって自家発電など《先代王》としてのプライドが赦さないので、最近のレイはファランほどではないが性欲を持て余していた。


そこに来て、ノヴァやコアといった規格外の美貌を誇る美女の存在だ。目に毒なんてレベルじゃない。


付け加えて、ノヴァはすぐ隣の席に座っている為にやたら良い香りがしたりと、そんなおまけ付きだ。


しかも既に男が居り、手を出せないという設定付き。生殺しとはまさにこの事だと思う瞬間である。


(いや、だが――ちょっと触るくらいならイケるか?)


レイはそう邪推した。


例えば、そう、何かをノヴァが座っている席の下辺りに落として、腕を伸ばしてそれを拾う時に――。


(イケる……イケるぜッ)


レイの頭の中が欲望に染まりきった瞬間だった。


そうと決まれば善は――まあ、この場合善ではなく悪だが――急げとばかりに、レイは腰に手を伸ばした。


レイの腰のベルトには、酒特有のアルコールの臭いがしない珍しい酒の入ったボトルが固定してあった。


それをカチリと取り外し、ボトルの口部分に詰められた栓を抜こうとするレイ。


しかし、栓を抜いたは良いものの、その栓がレイの指から転げ落ちてしまった。


正確には、転げ落とした。


この時、レイは指先を器用に操って栓の落下地点を望む場所に変えていた。栓の落下速度と床への入射角・及び反射角を計算し、狙った場所に落とすのだ。


絶賛能力の無駄遣いにしか思えないが、レオンやファラン、レイといった己が気の向くまま心の赴くままを行動理念とする者からしたら、決して無駄遣いなどではない。


真剣で有効な能力の使い方だ。


狙うは、ノヴァの右足の向こう側辺り――。


果たして、栓はレイの狙い通りの場所に転がっていった。


それに内心ほくそ笑みつつ、レイは慌てたフリをする。


「む、私が――」


「おっと!」


レイの手から栓が落ちたのを見て、気を利かせたノヴァが栓を拾おうとするが、すかさずレイが割り込んで手を伸ばした。


ノヴァの膝の上に腕が位置するように手を伸ばして、転げ落とした栓を摘まむ。さぁ、後は腕を引いた時にノヴァの豊かな胸を肘でつつくだけ――!


完璧じゃねェか。レイの端正な顔がいやらしく歪む。これなら、端から見れば腕を引く時に偶然肘が当たってしまっただけにしか見えない。


レイは全神経を右腕の肘に集中させ、自然な動作で腕を引いて――。

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