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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
35/56

エルフの里

――夏休みが終わるまで、残り一週間となったある日の早朝。


俺は、自室のベッドの上で目を覚ました。


ゆっくりと体を起こし、チラリと隣を見やる。そこには、一糸纏わぬノヴァが横たわっていた。


初めて交わった時にお互いに体力がありすぎるのが分かったので、今回はある程度交わったら眠る事にしたのだ。


しかし、それがいけなかった。正直、俺は自分が思っていたよりも性欲が強いらしい。はっきり言って、この程度では不完全燃焼だったのだ。


それでも、朝方までは交わっていたのだが。


俺は、隣で眠っているノヴァにシーツをかけてやった後、ベッドから降りて私服である黒衣を纏った。


続いて、洗面台まで行って顔を洗って歯を磨いた後、まだ眠っているノヴァを起こさないように静かに退室した。


廊下に出た俺は、取り敢えず食堂に行こうと階段に向かう。そして階段がある曲がり角に差し掛かった時、曲がり角からゆらりと銀髪紅眼の少女が姿を現した。


《吸血鬼の女王》リリスである。瞳の色からして、どうやら今はレーゼと交代しているようだ。


俺が足を止めると、リリスは無言で近寄ってきた。じっと俺の顔を見上げてくる。


それだけで俺に何を要求しているのかは分かるので、俺はため息を吐いて膝を曲げて身を屈めた。ちょうど、リリスの胸が俺の肩くらいの位置になるよう高さを調節する。


するとリリスは、俺の左肩にかかった長い黒髪を背中へと流し、俺のうなじの辺りを晒した。


そして、俺のうなじの辺りに唇を近づけてくる。


唇が首筋に触れた直後、鋭い痛みが俺の首筋を走った。続いて、何かを吸われるような感じがする。リリスが俺の血を吸っているのだ。


だが、吸血の時の痛みや感覚には慣れてきているので、その点に関しては問題ない。痛みは牙が突き刺さった直後にはすぐに消えるしな。


そのままの体勢で暫し動きを止めていると、やがてリリスが首筋から牙を引き抜いた。そして、唾液をたっぷりと乗せた舌で牙を刺した場所を舐めた。


首筋に走る艶かしい舌の感触に俺が身震いしていると、リリスは俺のうなじから顔を上げた。薄く開かれた唇から、スタイリッシュな小振りの牙が覗いている。


「ごちそうさま。相変わらず、血だけは最高ね」


「そう言うお前は相変わらず唐突に現れるな、リリス」


俺が苦笑いして返すと、リリスは醒めた目で俺を見返してきた。


無感情な声音で言う。


「唐突で悪かったわね。でも、そんなの知らないわ。私は《女王》なのだから。

それよりも、"魔界最強の一族にして血族"の《女王》たる私が、格下であるアンタを吸血してあげただけではなく、高い評価までしてあげたんだから、もっと感謝したらどう?

格下の癖に生意気だわ」


「はっはっは! 何か、そこまで堂々と言われると却って清々しくなってくるじゃねェか、うん?

ま、感謝してほしいなら感謝してやるよ。わー嬉しいなー《吸血鬼の女王》サマに吸血されちゃったよ、光栄だなー。

はい、感謝した。どーよ?」


「誠意が全く籠ってないわね。寧ろ、悪意すら感じるわ。死になさい、今すぐ。【ブラッドエッジ】」


「ちょっ、いきなり血の刃とか流石リリスさんマジ容赦が無ェッス」


そんな事を言いつつも、ノリノリで血の刃を躱す俺。それを見て、リリスの頬がピクリと引き攣る。


リリスは攻撃を避ける俺を追撃するふりをして、血の刃を途中で四散させて呟く。


「【ブラッドバースト】」


バシュッ


言下に、四散した血の刃の粒子が小規模な爆発を巻き起こし――


「――ッ! 目がッ、目がァァァァッ!」


飛び散った血が、勢い良く俺の目に直撃した。思わず叫び声を上げ、目を押さえて転げ回る俺。


そんな俺をゲシッと蹴りつけたリリスは、鼻で笑って瞑目。深層意識へと帰っていく。


すると当然、レーゼが表層意識に戻ってくるワケで――


「レオン……無様」


「ひ、ひでェ。最近レーゼがリリスに似てきてねェか?」


醒めた目で自分を見下ろすレーゼに、目を押さえながらぼやくのであった。



―――――――――――


その後、食堂で食事を摂った俺は、同じく食事を摂っていたレーゼと一緒に王都を歩いていた。


今日は特にギルドの任務を受けるつもりはなく、ただ単に遊びに来たのである。


もちろん、念の為に〝風の覇者〟のロングコートを粒子化させて指輪にした物を、左手の人指し指に装着しているが。


ちなみに、俺の服装は無地の黒衣に腰に黒刀を帯びていて、レーゼはいつもの黒いゴスロリ服だ。

夏なので暑いと思うかもしれないが、例によって保温魔法を永久化してある為にその心配はない。


保温魔法を創ったヤツは最高にイカしたヤツだったに違ェねェな。実用的だし。ま、その分難易度が高いから使えるヤツは限られてるが。


え、俺? 俺は元々魔力が少ない代わりに魔力コントロールが高いのは周知の事実だから、使い過ぎなきゃ問題ないだろう。


「レオン、あれ」


「うん?」


そんな事を考えていると、レーゼがクイッと俺の服の裾を引っ張った。


それに反応して視線を彷徨わせてみれば、なんとそこには"覇者"後継者の大人組が集合していた。


四人とも私服姿であり、"覇者"後継者としての装備は俺と同じく指輪になっている。


どうやら今日は四人で王都を回っているらしい。つーか、端から見りゃ完全にロイ先生のハーレム状態じゃねェか。ちょっと羨ましい。


と、眺めていたら向こうも俺とレーゼに気付いた。ロイ先生が片手を上げて近付いてくる。


「おう、レオン、それにレーゼ! お前らも王都に来てたのか。奇遇だな!」


「そういうロイ先生達こそ、奇遇ですね。それにしても、完全にハーレム状態じゃないですか。

羨ましいっス」


「見た目だけはな。ハーレムにありがちな展開なんて、残念ながら何一つ起こってないんだが。

にしても、レオンの方こそレーゼと二人っきりじゃないか。何だ、デートか? うん?」


ニヤニヤして言うロイ先生に、俺もニヤッと笑って返す。


「そうそう、俺達今デートしてるんですよ。ロイ先生はする相手が居ないんですか? 例えば、クレアさんとか」


「デ、デートなんてしてない……! 勝手なこと言わないで、レオンの馬鹿……!」


俺はレーゼを後ろから覆い被さるようにして抱き締める。レーゼが顔を真っ赤にして何か言ってるが、今は気にしない。


「クレア? あぁ~……無理だな。多分デートしようって言った瞬間に張り倒されるな、ありゃ」


「いやいや、案外イケるかもしれませんよ? だってクレアさん、ロイ先生のこと――」


「あら、レオン君じゃないですか。レオン君も王都に来てたのですね」


俺が小声で言いかけた時だった。ゆっくりと近付いていた後の三人の内、クレアさんが突如として歩む速度を上げ、口を挟んできたのだ。


普通に声をかけてきたように聞こえるが、実際には違う。クレアさんから言い知れないプレッシャーを感じるんですが!?


「レーゼちゃんも来てたのですね。おはようございます」


「おはよう……」


俺が思わず冷や汗を流して閉口していると、クレアさんとレーゼが挨拶を交わしている。お陰で、謎のプレッシャーから逃れられた。


そうこうしている内に、リンス先生とシリアさんも俺達の所にやって来た。


「あらあら、一週間ぶりねレオン君。うんうん、やっぱりいつ見ても美人ね」


「フォルニアの件ではご苦労様。今日は遊びに来たの?」


「いや、俺は男ですからねリンス先生。シリアさんは、あの件に関しては別に気にしなくてもいいですよ。むしろ、手回ししてくださって感謝してます。

あの件に関わって亡くなった――いや、俺が殺したギルド員達の遺族への対応……ギルドの規則上、ああいう状況での殺傷は仕方のないことと定められているとはいえ、相当手を焼いたんでしょう?

……まぁ、俺としても得たモノは大きかったですし。ちなみに、今日は〝風の覇者〟としてではなく、夏休み中の学生として自由に動こうと思って来た次第です。

基本暇ですね、今は」


長い黒髪を掻き分けつつ、リンス先生とシリアさんに言う。フォルニアの話が出てきた時点で空気の層を弄ってある為、話が"覇者"後継者以外の者に聞かれる心配はない。


すると、話を聞いていたクレアさんが思い出したような表情をした。


ロイ先生に何事か囁いている。続いて、ロイ先生も思案げな表情を浮かべた。首を傾げてそれを見ていたリンス先生とシリアさんを交え、少し離れた位置で何かを相談し合っている。


俺とレーゼが顔を見合わせていると、何かの話が纏まったらしく、クレアさんが近付いてきた。


「レオン君、ちょっといいですか?」


「なんです?」


「ここから先は一般の生徒には内密にしてほしいのですが……夏休み明けに、実力試験として学園の裏手に広がる森で、二人一組のペアを組んで三日間の間サバイバルをしてもらいます。

この件に関しては、生徒達の力量が夏休みの間に不足してないかを見るために、完全に抜き打ちで行う予定なんですよ。

ならば何故貴方に教えているのかというと、どうも不穏な動きが魔族側にありまして……」


ん?


サバイバルに魔族側の不穏な動き……だと?


はいフラグが立ったー! サバイバル中の魔族襲撃フラグですね分かります。


「先日リンスが倒した魔族の隊長格に当たる魔人が、サバイバルの最中に介入して来るような事が記された報告書のような物を所持していたんです。

だから、いざという時には生徒に被害が及ぶ前にレオン君が対処してくれませんか?

もちろん、私とリンス、ロイも何時でも動けるように警戒はします。ですが、私達の警戒網を掻い潜られる恐れもあるので」


ふーん。ま、クレアさんの頼みだしな。正直、サバイバルの日取りをズラせばいいと思わん事もねェけど。いや、日取りをズラしてもそこを狙ってくるのならどのみち襲撃されるか。


「分かりました。微力ながら手伝わせて貰いますよ」


俺が快く了承すると、クレアさんは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、レオン君。――そういえば、この件に関しては協力者が居ますから、何かあった時には協力してくださいね」


「協力者、ですか?」


俺が眉をひそめて訊き返すと、クレアさんは珍しく悪戯っぽく笑った。


「ええ、協力者です。それについては、夏休みが明ければ分かりますよ。フフフッ」


……なんだろう。


何か、また何らかのフラグが建築されたような気がするぜ。気の所為か?


俺が首を傾げていると、ロイ先生が訊いてきた。


「その話は終わりにして、だ。どうだレオン、折角だし今日は俺達と王都巡りでもしないか?」


「んー……いえ、遠慮しときます。今日は久しぶりにレーゼと二人きりですので」


「ふ、二人きりって……」


未だに腕の中で大人しくしていたレーゼが顔を赤くする。可愛いじゃねェか、おい。


俺が腕の中のレーゼを見下ろして頬を弛めていると、そんな俺達の様子を見ていたロイ先生がニヤッと笑った。


「そうか。なら、しっかり楽しんでこいよ。じゃあな」


「それではまた会いましょう」


「じゃあね~、レオン君にレーゼちゃん」


「また何かあったらよろしくね、レオン君。レーゼちゃんも、またね」


ロイ先生達はそれぞれ別れの言葉を言うと、背を向けて再び人混みの中に戻っていった。俺とレーゼは、軽く手を振ってロイ先生達を見送る。


ロイ先生達の姿が完全に消えると、俺はレーゼを腕の中から解放した。トコトコとレーゼは腕の中から出ていくと、怒ったような顔をして俺を振り返る。


「急に抱き締めないで……!」


「嫌だったか? その割りには大人しかったじゃねェか。ってか、急じゃなければいいって事だよな、それ」


「もうっ……」


レーゼはプイッと顔を背けてしまった。それを見て軽く笑う俺だったが、頭の中ではもっと別の事を考えていた。


うーん……サバイバルねぇ。多分、ある程度の持ち込みは許可されてるよなァ? だとしたら、魔法薬を調合しとかないとな。


めんどくせェし、素材は創造しちゃおっかな――そんな考えが脳裏を過ったが、慌てて首を振る。


駄目だ。創造に頼ってばかりいるようじゃ、いざとなった時に困るのは俺だ。素材くらい、自分の手で調達しに行こう。


幸い、少し遠いが多種多様な薬草が自生しているヤラインの森があることだしな。


「どうしたの」


いつの間にか、歩みを止めていた俺に気付いたレーゼが話しかけてくる。


俺は思案げな顔をそのままに言う。


「なぁレーゼ。悪ィけど、今日は王都を巡るのを止めないか?」


「……どうして?」


若干表情が暗くなるレーゼ。そんなレーゼを見て、俺は慌てて口を開いた。


「いや、別にお前と王都を巡るのが嫌なワケじゃねェんだ。ただ、どうもまた厄介ごとが夏休み明けに起こるみてェだから、魔法薬の素材を調達しに行こうかと思ってだな」


ホント、創造してもいいんだが……まぁ、ちょうど今日は息抜きしようと思ってた所だしなァ。鍛練に付き合ってくれてるファランは爆睡してるし。


俺がそう言うと、レーゼは少し考える素振りを見せた後、こう答えた。


「私もいく」



―――――――――――


……というわけで、ヤラインの森に来た俺達。ある程度王都から離れたら転移を使ったので、ここまで来るのに大して時間はかかっていない。


ちなみに、出来損ないとしての魔力量のままで転移を行使したので、一瞬にして魔力がすっからかんになった。ハハハハハ、出来損ないとしての俺弱ッ!


尤も、消費してしまった魔力は回復速度を一瞬だけ高めた事により、出来損ないとして万全の状態に戻っているが。


「レオン、これ使える……?」


「ん、そっちの緑色の葉の方は使えるぜ。もう一つは無理かな。毒性がある」


「分かった」


摘み取った薬草を見せてきたレーゼに、俺は薬草の種類を見極めて答える。レーゼは頷くと、使える方の薬草を空間系の魔法が掛かった袋に入れた。


まさか、レーゼも連れてくる事になるとはな。ちょっと予想外である。俺自身はここに来ることは多いが、レーゼを連れてきたのって初めてじゃね?


そんな事を考えつつも、俺も毒性がある薬草を摘み取っていく。レーゼが主に治癒や回復の為の薬草を集めていて、俺は毒を作る為の薬草を集めているのだ。


〝風の覇者〟の時の俺なら、必要とあらば毒属性を使えるので毒薬を作る必要はないのだが、サバイバルは出来損ないとして出なければならねェからな。毒属性なんて使えない。もしかしたら使うかもしれねェから、今の内に毒薬を用意しとかねェと。


それから約三十分ほど採集を続けた俺とレーゼは、ヤラインの森に流れる川の近くで休憩していた。俺もレーゼも、まだまだ全然体力に余裕はあるが、採集した薬草の量を確認したかったので。


俺は近場の岩に腰掛け、その岩の後方にあったさらに大きな岩を背凭れ代わりにしていた。レーゼは俺の膝の上に乗って俺が創造した飴を舐めている。


俺とレーゼは、袋の中に収めてある薬草の量を数える。


「六十八……六十九……七十。よし、毒草はこれくらいあればいいだろう。レーゼ、そっちはどのくらい集まってる?」


「百とちょっと。このくらいあれば足りるの……? それとも、まだ足りない?」


「いや、それだけありゃ十分だ。さーてと……残るはアレかな」


「アレ?」


不思議そうな表情で首を傾げるレーゼ。マジで可愛いんですけど。


そんな不純なことを考えつつも、俺は頷いた。


「ああ、アレっていうのはこの森の深部に咲いてる花のことでな、アディンって名前なんだ。

アディンはな、エルフが棲む森にしか存在しねェ花なんだ。何せ、土からの養分だけじゃなくエルフが放つ清いオーラを受けて育つっつー特異な性質を持ってるからな。

で、このヤラインの森には俺は未だに姿を見たことは無ェが、エルフの里がどっかにあるらしいんだ。

つまり、エルフが棲んでいるっつーワケ。だから、アディンの花がこの森にはあるんだよ。以前にも何回か採りに来てるし、アディンが咲いてる場所を俺は知っててな。

それを今から採りに行こうかと思ったんだよ」


「そう。なら、早くいこ……?」


俺の膝から退いて立ち上がるレーゼ。手に持っていた薬草が入った袋を腰に提げ、飴の入った容器を黒いゴスロリ服の胸の谷間に仕舞い込むと、俺の方をじっと見てくる。


いや、何故胸の谷間に仕舞い込む!? 何処でそんなことを教わったんだ!?


「……お姉ちゃんが教えてくれた」


お姉ちゃん――リリスのことか! リリスおまっ、レーゼに何教えてんだァァァァッ!


――何て心の叫びは届く筈もなく、レーゼは早く行きたそうに俺を見つめてくる。俺はため息を吐くと、岩から立ち上がってレーゼの隣まで移動した。


笑みを含んだ声音で言う。


「さーてと、んじゃいくとするか。アディンの花が咲いてる場所はこっちだ」



―――――――――――


場所は変わり、ヤラインの森の深部、隠されし精霊の泉の畔にて――。


「――あった。あれがアディンの花だ。綺麗だろう?」


「うん」


多少時間が掛かってしまったが、俺達はヤラインの森の深部にある隠された精霊の泉に到着した。


この泉は、森の深部に生えている巨木の内の一本の根元から転移して来ないと辿り着けない場所にある。


俺自身も、孤児院を飛び出して一年くらい経った頃に、たまたま巨木の根元にある穴に転がり込んで初めて気付いた場所である。


誰かが巨木の根元の穴に入ると、穴の中に刻まれている魔法陣が反応して入ってきた者をこの泉に転移させる仕組みだ。


しかもこの穴、幻術の類いでそこには穴なんて無いかのように巧妙に隠されており、本っ当にたまたま気付けたのだ。冗談ではなく、真面目にだ。


アディンの花は鮮やかな紅色で、その花弁には様々な用途がある。調合により効果は様々で、重傷であっても短時間で癒す魔法薬になることもあれば、非常に強い毒性を持つ毒薬になったり、はたまた強力な催淫効果を齎すこともある。その他にも効果は様々。


ある意味、万能な魔法薬の素材である。その為、俺もたまにこうして採りに来ているのだ。


レーゼがトコトコとアディンの花が咲いている一帯に歩いていき、しゃがみこんでそっ……と花弁に触れて微笑んでいる。


それを眺めて、俺が頬を弛めた時だった。


ヒュッ


「「――ッ!?」」


突如として、泉を囲む木々から矢が飛んできた。俺は、自分の方に向かってくる矢を迎撃しながらもレーゼを庇おうと前に出るが、俺に庇われるまでもなくレーゼは飛来する矢を見切り、片手で受け止めていた。


それを見て、俺は思わず苦笑する。そうだったな、忘れてたぜ。レーゼも卓越した戦士であることを。


俺達が矢を止めたのを見て、矢の雨の第二陣が飛来してきた。俺は飛んでくる矢を黒刀を抜いて迎撃し、レーゼは素手で矢を叩き落としていく。


俺達が矢を悉く迎撃せしめると、突然矢の雨がぱったりと止んだ。それでも、俺達は前方の木々を見据えたまま微動たにしない。


緊迫した空気が流れる。やがて、木々の隙間から一人の男が姿を現した。


外見は二十歳くらいだろうか。色白で端正な顔立ちをしており、艶やかな金髪が腰まで伸ばされている。瞳は鮮やかな緑色だ。そして、その手にはしなやかさを連想させる弓が握られている。


しかし、それ以上に目を引く部位が一つ。長く尖った耳が金髪を掻き分けて見えていたのだ。


それを見てもレーゼは首を傾げるだけだったが、俺は息を飲んで男を見つめた。


エルフ……初めて見たな。しかし、まさかこんな出会い方をするとは。何故俺達がエルフに襲われねェといけないんだ?


害を為したワケでもねェし、敵対の意思を見せた覚えもない。襲われる理由なんて無ェ筈だ。


俺が訝しげにエルフの男を観察していると、エルフの男が口を開いた。


「貴様ら、何故この泉に居る? どうやって結界に護られたこの泉まで入ってきたっ」


「結界? ……ああ、そういえば確かに張られてたな」


俺は周囲を見回して呟きを洩らした後、エルフの男の問いについて思考する。


この泉に入る流れを思いだし、簡潔に答えを述べた。


「俺達はヤラインの森の深部に生えている巨木の内の一本、その根元から転移して来た次第だ」


「何? しかし、その辺り一帯で我等が関知している転移魔法陣は、発動していなかったぞ。となると、我等がまだ関知していない転移魔法陣があるワケだ……」


眉をひそめて言うエルフの男。それを聞いて、俺はすぅっと目を細めた。


会話をしている間に、何かあってもいつでも対応出来るようにレーゼを慎重に抱き寄せつつ、俺は言う。


「さて、そちらの質問には答えたのだから、こっちの質問にも答えて貰うぜ。

何故俺達を襲う? それも穏健な性格をしているあんた等エルフが、だ。少なくとも、俺達はあんた等に襲われるような事ァしてねェ筈だが?」


「いいや、しているさ。此処が我等エルフの一族の里の一画だというのに、無断で侵入してきたではないか。

それも、人間がだ」


「……あァ、そういう事ね」


俺は得心がいった。知らなかったとはいえ、俺達が無断でエルフの里の一画に足を踏み入れてしまった為、エルフ達が襲い掛かってきたのだ。


多分理由はそれだけじゃねェな。レーゼはともかく、俺が人間だったっつーのも理由として挙げられるだろう。最近では無くなってきたとはいえ、今まで人間達がエルフ達に対して行ってきた事を思えば、まぁ無理は無いわな。


しかも――


「あんた達、俺達を殺すつもりで矢を射てきたワケじゃねェだろ? 急所は全て外れた位置を狙ってきてたし」


「ほう……貴様、なかなか鋭いな。よく見ている。確かに、我等は貴様等を殺すつもりは無かった。

我等としては、捕えた後に此処に来た事と、此処への行き方についての記憶を忘れさせればいいことだったのでな。

殺さずともよかろうと考えていたのだ」


エルフの男は先程よりも目つきを和らげながら言う。それに対し、俺も頷いて返した。自然と、唇の端が吊り上がる。


「やっぱりな。そうだろうと思ってたよ。第一、エルフは無闇矢鱈に他者の命を奪ったりしねェ。人間とは違ってな」


俺はため息を吐くと、言葉を重ねた。


「そんで、結局俺達の処遇はどうなんだよ。先に言っとくが、俺達には記憶操作系の魔法は一切効かねェぜ?」


「何?」


俺がそう言いきると、エルフの男は怪訝そうに眉をひそめた。


低い声で言う。


「それは事実か?」


「嘘だと思うんなら記憶操作してみりゃいいんじゃねェの。抵抗はしねェからさァ」


言うなり、俺は前に進み出て、黒刀を鞘に収めて真紅の瞳を閉じて腕を組んだ。レーゼの視線を背中に感じる。


すると、エルフの男が手を俺に向けて伸ばした気配がした。その後、エルフの男が魔力を解放したのが分かる。


数十秒ほどして魔力が消えるのを感じると、俺は目を開いた。エルフの男が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているのが視界に映った。


「よもや、本当に効かぬとは……! これは、処遇に困るぞ。皆、出てきてくれ! どのみち、この少女達は疾うに気配に気付いている」


ふっ、この程度なら当然――……ん? ちょっと待て、貴様今何と言った? 少女『達』? 隠れてる奴等を除けば、今この場には女はレーゼしかいねェだろォが! オカシイだろ、オイ!


俺が一歩前に出ようとすると、レーゼが後ろから黒衣を掴んで俺をその場に留めた。


思わず振り返ると、レーゼは言った。


「今は我慢して。そんなことを言ってる場合じゃない。……空気を読んで」


「そ、そんなこと……」


俺が女だと思われていることを、レーゼにそんなことで片付けられた俺は、がっくりと項垂れる。その一方で、木の上に隠れていた他のエルフ達と相談している未だに名の知れぬエルフの男。


仕方なくエルフ達が相談しているのを眺めていると、やがて先程のエルフの男が俺達の方に近寄ってきた。


俺は欠伸をしながら尋ねる。


「で、どーよ? 俺達の処遇は」


「……正直、結論はまだ出ておらぬのだ。すまないが、一応縛に付いてくれないか? 頼む」


「……はぁ」


俺は額に手を当ててため息を吐く。このままじゃ、解決する問題も解決しやしねェ。


そう思った俺は、周囲に視線を走らせて、悠然とコトの推移を見守っている風の精霊達が居るのを確認してから決断する。相手がエルフだし……知られても構わねェよなァ?


決断した俺の行動は早かった。即ち――


「そこの風の精霊よ、ちょっとエルフ達を説得するのを手伝って貰えねェか?」


周囲を漂っていた風の精霊達に協力を求めたのだ。風の精霊達は自分達の姿が俺に目視されていることを知ると、唖然とした。


エルフ達が驚愕して俺を見つめ、エルフの男が上擦ったような声音で訊いてくる。


「なっ……貴様、精霊達が見えるのか!? いや、その様子だと訊くまでもないか。何者だ、貴様は」


「それは後な。それよりも、俺達の処遇についてなんだが。この森のエルフの女王に決定を委ねりゃいいじゃん。

ってかそうしてくれ。そっちのが手っ取り早くていい」


「いや、しかし……」


エルフの男は顎に手を当てて悩んでいたが、突然くっと顔を上げた。首を傾げて他のエルフ達を見てみれば、一様に森の奥の方を見て信じられない事でも聞いたかのような表情をしている。


「ねぇ、レオン。あの人達……どうかしたの?」


「さァな。あの様子を見る限り、何かしらあったみたいだが」


俺達が不思議そうにエルフ達の様子を窺っていると、やがてエルフの男が俺の方を見て口を開いた。


「……女王様からのお達しだ。貴様等……いや、貴女方を客人として里に立ち入る事を許可しよう。

ただし、妙な真似はしてくれるなよ。その時は殺すつもりでいくからな」


「……なるほど。何があったのかは大体理解したぜ。肝に命じとく」


「……命じとく」


レーゼも俺の言葉を復唱した。それを見て、エルフの男は弓を背中のホルスターに戻した。他のエルフ達も、同じく弓を戻していく。


エルフ達は、俺達の周囲を取り囲むようにすると、先頭に俺と話していたエルフの男が立った。先程からそうだと思っていたが、こいつがリーダーらしい。


「行くぞ。我等が里に」


俺達はエルフ達に周囲を囲まれて、里があるらしい方へと歩いていく。手持ちぶさたになった俺は、暫く周囲の森の風景を眺めていたが、ふと思い出して口を開いた。


「そういや、あんたの名は? 俺はレオン。こっちはレーゼだ」


「レーゼです……」


レーゼが軽く頭を下げた。それに対し、先頭を歩いていたエルフの男は、首を捻って横顔をこちらに向けた。


「レオンにレーゼか。良い名だ。俺はバランと言う者だ。見ての通り、里の警備を任されている者達の長だ。

尤も、今回は貴女方に侵入を許してしまったワケだが」


そこで俺は片手を上げる。


「あ……それについてちょっと訊きてェ事があるんだが。実を言うと、俺は以前にも度々精霊の泉を訪れてるんだが、その時には何であんた……じゃない、バラン達は気付かなかったんだァ?

逆に言うと、何で今回は気付いたんだよ。その辺りの事はどーよ?」


バランは、驚く事無く落ち着いた声音で答える。


「ふむ。あの様子から察するに以前にも来たことがあるんじゃないかとは思っていたが、やはり精霊の泉に来ていたのか。

まぁ、それは措いておくとして……まず初めに言っておくが、この森には貴女方が通ってきた魔法陣以外にも、精霊の泉に通じている魔法陣は幾つか存在する。

これは遥か遠き祖先が設置した魔法陣で、その殆どは我々が見つけ出している。そして、誰かが使った時に、使ったのが分かるように魔法陣に感知の術式を上書きしてあるのだ。

なのに我等が気付けなかったのは、貴女方が我々がまだ在処を認知していない、感知の魔法が掛けられていない魔法陣から転移してきた所為だろう。

今回も、貴女方が魔法陣を通ってきたのに気付いたワケではなく、たまたま巡回に行った時に貴女方を発見しただけだ」


「は。なーる」


俺はさもありなんとばかりに頷いた。レーゼは理解はしているようだが、ぼ~っとした顔で首を傾げている。


「しかし、貴女は一体何者だ? 精霊の姿が見えるとは、少なくとも普通の人間ではないな。そちらの、銀髪の少女が人間ではないことは分かるが……貴女からは人間の気配しかしない。

もしや、貴女も人間ではないのか? 気配からは感じられないが、精霊かエルフとのハーフでは――」


「いや、俺は間違いなく人間だよ。ただ、ちょっと特殊な人間でな。それについては女王様とやらの処でも訊かれると思うから、そこで話すつもりだ」


「そうか。それならいいが。……着いたぞ、此処が我等の里の入り口だ」


「……? ただの森にしか見えないが」


バランが立ち止まった場所は、円形に十メートル程開けた場所だった。このような場所は、森を歩いていればいくらでも見かける。


試しに感知能力を少しだけ〝風の覇者〟のそれへと近づけてみても、この場にいるエルフ達以外の清いオーラは感じられない。


もう少しリミッターを解除してみれば何か分かりそうだが、それではつまらない。尤も、大体の予想はついているのだが――。


「暫し待たれよ。今、道を開く」


バランがすっと片腕を上げて、虚空に素早く何かの印を結んだ。途端、目の前の空間が派手に揺らぎ、洞窟の入り口のような穴が空いていた。穴の向こう側には、巨木をくり貫いてそのまま住居として使ったような家が建ち並ぶ里が覗いていた。


「結界か……」


コトの成り行きを静観していた俺は、落ち着きを払った声音で呟く。バランは頷いた。


「そうだ。里は常に結界に護られており、出入りする時はこうして結界に穴を空けるのだ。わかっているとは思うが、この事は他人には内密に願おう」


俺達が頷くと、バランは数歩下がった。里の入り口を見つめて言う。


「先に通られよ。我等は貴女方の後に通る。道を閉じなければならんのでな」


「オーライ。レーゼ、行くぞ」


「ん……」


レーゼは頷くと、里の入り口である穴に向かって歩いて行く。俺もその後に着いていくが、穴に入る前にバランを振り返った。


「どうされた?」


不思議そうな表情をしているバラン達に、俺は無表情で一言。


「――さっきから何度も言おうと思ってたんだけどさァ。俺、女じゃねェんだけど。声とか口調からしてわかるだろォが。

なのに何トチ狂った勘違いしてんだァ? テメー等はよォ」


「「「「「「…………」」」」」」


言葉を失うバラン達を尻目に、俺はさっさと里の中へと入っていく。


そこで、漸くバラン達が我を取り戻した。思わず、バランは呟きを洩らしてしまった。


「……あの容姿で男だと? それはない、何かの間違いだろう……」



―――――――――――


俺の性別について多少揉めた後、俺達はバランを先頭にエルフの里の中を歩いていた。バラン以外のエルフ達とは、一旦別れている。


エルフの里は思っていたよりも凄まじく広かった。里の風景も、人間の街ではまず見られないような見応えのあるものだった。なので、先刻までは里の風景に夢中になっていたのだが――


「人間だ……」


「人間よ」


「見てー、ママ。人間がいるよっ。僕初めて見た!」


「こらっ、指差しちゃいけません! 失礼でしょ!」


……。


何と言うか……ものっそい気まずいぜ。例えるならアレだ、低学年の時に高学年の人達の教室に行った時くらいに気まずい。


里に入った当初は、民家が遠くの方にあってまだ周囲にエルフ達が居なかったので、特に問題なかったのだが……エルフ達の民家が近くなってくると、当然の如く里に棲むエルフ達も居るわけで。


レーゼ共々、めっちゃ見られてます、はい。まぁ、気にしてるのは俺だけで、レーゼは相変わらずぼんやりした表情で俺の黒衣の端を摘んでいるが。


そんな感じで歩く事数十分。俺達は、一際巨大な大木でできた家の前に来ていた。他の民家もそうだが、やはり木をくり貫いたような構成で作られている。……待てよ? まさかエルフの里の民家とかって――


「エルフの民家も同じ構成だったが……もしかして、エルフの里の民家って木に空洞を空けて作ってるわけじゃないのか?」


「初見でよく気付いたな。その通りだ、この里の家は少し特殊な作り方でな。エルフ特有の属性『木属性』を用いて、木にどのような構成にするかを頼んで作られている。

つまり、木そのものが家になっているということだ。人間である貴方からしてみれば、奇異に思えるかもしれんが……」


目の前に立っている、エルフの女王が住んでいるらしい家を構成している巨大な大木の幹を、優しく気遣うように撫でるバラン。


へぇ、木属性か。確かに、その属性についてはファランから貰った知識の中にあるな。まさか、木そのものをそっくりそのまま住居にしてるなんて思いもしなかったが。


「この話はここまでにして。この奥に女王様がいらっしゃる。女王様は態度について五月蝿い方ではないが、くれぐれも粗相のないようにしてくれ。

いいな? 特に貴方は」


最後は俺の顔を見て告げるバラン。俺は驚いたような表情を浮かべた。


「おいおい、最後のは俺の事かよ」


「ああ。正直、貴方からは無礼を体現したかのような雰囲気を感じるのでな」


澄まし顔で言うバラン。くっ……事実だから反論できん!


俺が沈黙したのを見て、バランは扉を開いた。今思ったんだけど、バランとファランって名前が似てるよね。


そんなどうでもいい事を考えつつも、俺達はバランについていった。家の中は凄まじく広く、本当に木の中にいるのか疑いたくなるほどだ。


確かに直径百メートルはありそうな大きな木だったが、まさかここまで広いとは。内装も、赤い絨毯が素朴な雰囲気と良くマッチしていて、見ていて気分が良くなってくる。


「ここ、いい感じ……」


レーゼも、微笑みを浮かべて歩きながら辺りを見回している。どうやらこの家がお気に召したらしい。


俺がうっすらと笑みを浮かべて歩いていると、やがて控えめな金の装飾を成されたドアに辿り着いた。バランが姿勢を正し、そのドアをノックする。


「女王様、バランでございます。仰せの通り、客人を連れて参りました」


〝ありがとうございます。下がってもよろしいですよ〟


「はっ」


短く返事をすると、バランは俺達を一瞥してから元来た道を戻っていく。それを見て俺は首を傾げた。


ん。ん、んー……この先の部屋にいるのは間違いなくエルフの女王らしき人だけだ。あいつが行っちまったら護衛とかはどうすんだよ。会って間も無いのに信用でもされてんのかな、俺達って。


ま、考えていても仕方ねェか――そう考えた俺は、ノブに手を掛けてドアを開いた。


「失礼するぜ」


「失礼します……?」


この時点で、敬意を払う気が皆無な俺は既にアウトな口の利き方である。レーゼは礼儀はなっているが、なぜか疑問系になっている


しかし、部屋の右の方の椅子に座していたエルフの女王らしき女性は、気にもせずに微笑んだ。


「ようこそいらっしゃいました。お二人の事はバランから聞いていますよ。レオン様にレーゼ様……でしたね?」


そう訊いてきたのは、床に届きそうな程に長い金髪に深緑の瞳を持つ、長身の美女だった。もちろん、エルフ特有の尖った耳をしている。


「ああ、それであってる」


「はい……」


俺達はそれぞれ返事を返すと、部屋の中に入っていった。エルフの女王がいる部屋は多少広い程度で、特に目立った所のない質素な部屋だった。あるのは古そうな書物が並べられた本棚ぐらいのものだ。


少なくとも、女王が客人を迎えるような部屋じゃねェな。そう思った俺は、別にそんな事を気にするガラではないが、訊いてみる事にした。


「この家……いや、女王たる者の住居なら城と言うべきか。とにかく、謁見の間のような場所はないのか?

女王が客人を迎えるような部屋には見えないんだが……」


「謁見の間ではありませんが、大人数が集まるような場所はありますよ。しかし、そこは族長の集会に使われる部屋でして……このような場所で迎えた事を悪く思われたのなら、申し訳ありません」


本当に申し訳なさそうに言うエルフの女王に、俺は慌てて口を開いた。この里に入れてもらえただけではなく、城にまで招いてもらった身でありながら、ちょっと深く言い過ぎたか? 尤も、その点は"覇者"たる者の傲慢から、咎められたとしても何ら態度を変えるつもりはないが。


「あー、別に悪くは思ってねェよ。ただ、少し気になっただけだ。俺も訊き方が悪かったな、すまん」


「そうですか。安堵しました」


エルフの女王は表情を明るくさせると、胸の辺りに手を置いて続けた。


「私は、この大陸に於けるエルフの女王の位についている〝ラーシャ=ニア=エルヴィ〟と申します。

この度お二人をここに招いたのは、少し尋ねたい事があったからです」


「尋ねたい事……ねぇ。どんな事か、大体想像できるぜ」


意味深な笑みを返すと、ラーシャは「では」と話を切り出した。


「失礼ですが、お二人は何者ですか? そこにいらっしゃるレーゼ様は、人間ではないことはわかりますが、そうでなくともただならぬ『何か』を感じます。

そしてレオン様は……間違いなく人間であるのに、精霊の姿が見えている。私が精霊達から聞いた限り、この大陸に於いて人でありながら精霊の姿を目視できるのは、七人のみ。

その七人というのも、七人揃って大陸全土にその名を轟かせる程の強者と聞いています。……もしやレオン様は、その内の一人なのでは?」


探るような瞳で見つめてくるラーシャ。それに対し、俺は唇の端に不敵な笑みを刻んだ。


――まぁ、最初からバラすつもりで精霊が見えている事をひけらかしたんだしなァ。それに、相手はエルフだ。素性が広まる心配は無ェし、こいつに素性を明かすくらいなら問題ねェな。


俺の様子から何かを察したレーゼは、俺の服の袖を引っ張ってきた。


「言うの……?」


「ああ。ラーシャになら問題ねェさ」


安心させるように笑いかけると、俺は隠す事無く堂々と言い放った。


「ラーシャ、あんたの考えは正しい。――俺が現代『風の覇者』! 〝風の覇者〟レオンだァ!!」


「――っ。〝風の覇者〟……それに、"現代『風の覇者』"!? もしや……いえ、そんなことが……」


俺の名乗りを聞いて、ラーシャが唇を戦慄かせて立ち上がった。勢いよく引かれた椅子が騒音を立てて倒れる。先程までの落ち着きはそこにはなく、ラーシャはただただ驚愕の表情を浮かべていた。


……うん? "現代『風の覇者』"って言葉に戸惑ってるな。んー……何も知らないヤツが聞けば、大抵はこんな反応をするんだろうが……。


それにしても、何か反応がちょっとおかしくねェか?


妙な反応に眉をひそめた俺だったが、考える時間は与えられなかった。突然、ラーシャが机を迂回してズカズカと俺の方に近付いてきたのだ。


そのまま、精細を欠いた動きで俺の両肩をガッチリと掴んでくる。な、なんだなんだ!? えっ、もしかして俺、何か不快な事でも言ったか? そんな覚えはないんだが!?


俺が反応に困っていると、ラーシャが口早に訊いてきた。


「まさかとは思いますが……レオン様は〝ファラン〟様と言う名に覚えはありませんか!?

私の知り合いなんです! ファラン様も、『風の覇者』を名乗っていましたから」


「……」


ファアアアラァアアアアンッ! おまっ、肉体を失なう前にこいつを口説きでもしたんか!? めっちゃ恋する乙女の顔をしてんですけど!?


《ちょっ……ファランテメー! 何か初対面のエルフの女王がお前の事を知ってんだが、どゆこと? しかも、お前に惚れてるっぽいんだが!?》


《……あァ? いきなり何を言い出すかと思えば、エルフの女王ォ? 知るかそんなヤツ。覚えが――いや、待てよ。ソイツの名は?》


《ラーシャって名前だが……》


俺が返答の思念を送ると、得心がいったかのような思念が返ってきた。


《ほう……あの小娘、まだ生きていたのか。しかも女王になってやがったとはなァ。興が湧いた、今から行く》


それを皮切りに、念話が途切れる。俺は後ろ髪を荒々しく梳くと、突然黙り込んだのを不思議に思ったのか、首を傾げているラーシャに言う。


「あー……そのファランなんだがな。今から此方に来るみてェだぞ」


「えっ?」


眼前でラーシャが首を傾げた時。突如として心が満たされるような感覚を胸の内に感じた。それは、精神世界に運命共同体であるあいつが帰還した事を意味する。


『来たか、ファラン』


『あァ。早速だが、表層意識の支配権を借りるぜ』


言うなり、ファランが深層意識から浮上してきた。反対に、俺の意識は深層意識に沈んでいく。


完全に意識が交代する前に、ぼーっと本棚を眺めていたレーゼの頭を撫でる。銀髪を揺らしてレーゼがこちらを見上げると、俺は告げる。


「じゃ、俺はファランと交代するから、良い子にしてろよ?」


「私はレオンよりも歳上。子供扱いしないで……!」


ムッとした表情でゲシゲシと脛を蹴りつけてくるレーゼに苦笑いしながらも、俺の意識は完全に深層意識に沈んだ。


さーて、空いた時間は精神世界で超絶の鍛練でもしますか。そう、人間離れした体力を持つ俺だからこそできる、常軌を逸した鍛練を……!



―――――――――――


――レオンが精神世界に入った頃、表層意識に出てきたファランは無言で眼前の人物を見据えた。


美形が多いエルフの中でも、飛び抜けて美しいこの容姿。朧気ながら、確かにこの女には見覚えがある。


ラーシャ=ニア=エルヴィ。かつてまだ肉体があった頃、ルーレシア大陸とはまた別の大陸を旅していた時に、成り行きで助けてしまったエルフの女性である。


とは言っても、あの頃はまだ幼い少女だったのだが。ファランは目を細めると、口を開いた。


「久しぶりじゃねェか、ラーシャ。テメェとは二千年ぶりくらいだったかァ?」


「え、ええっ!?」


先程までは初対面の人として普通に話していたのに、突然古い知り合いのように話しかけたファランに、ラーシャは混乱する。


当然か。何せ、肉体はレオンの物なのだから。まさか全く別の存在と表層意識を交代したとは思うまい。大方、その辺りの事で驚いているのだろう。


ファランはそう当たりを付けると、頬を歪めて笑った。


「カカカ……この俺を忘れたかァ? テメェがこいつに俺の事を尋ねてくると言うから、こいつの肉体を借りて出てきてやったんだがなァ」


「その言い様。もしや、貴方様はファラン様ですか!?」


「そうだと言ってんだろォが。つーかよォ、テメェはいつまで掴んでやがるんだァ?」


両肩に置かれた手を、無情にも振り払うファラン。ラーシャが慌てて手を引っ込めるのを醒めた目で見ながら、言葉を重ねる。


「それにしても、まさかテメェがまだ生きていたとはな。それも、エルフの女王をやってるらしいじゃねェか。

泣きながら妹と抱き合い、縮こまってガタガタ震えてた餓鬼とは思えねェな」


「……そうですね。私も女王になった当初は、まさか自分がこんな大役を担う事になろうとは夢想だにしていませんでしたよ。

ですが、それもこれも全てはファラン様のお陰ですよ。あの時、ファラン様が私と妹を救ってくださったお陰で、今の私があるのです」


「知らんな。それに俺は、テメェ等姉妹を助けた覚えは無ェよ。結果としてテメェ等が生き残っただけだ」


静かに微笑むラーシャに、ファランはにべもなく言い捨てる。しかしラーシャは微笑みを絶やさない。


「例え救われたのが偶然の産物だったとしても、救われたのには変わりありません。そういえば、ファラン様とレオン様はどういったご関係で?

彼は"現代『風の覇者』"と名乗っていましたが……」


思案げな顔をするラーシャ。ファランは鼻で笑うと、近くにあったテーブルから木製の椅子を引っ張ってきて、無遠慮にドカッと腰かけて足を組んだ。


尊大な態度で答える。


「言葉通りの意味だよ。こいつは俺の後継者。『風の覇者』の権能を現代に受け継いだ継承者だ。

尤も、真に覇者たる俺からしてみれば、俺の足下にも及ばない未熟者だがなァ」


傲然と顎を上げて言い切るファラン。レオンに何の気遣いすらしない言葉にラーシャは困ったような笑みを浮かべつつも、気になっていた事を口に出す。


「今のファラン様はレオン様に宿っている状態なんですよね? だとすれば、お体の方はどちらに……」


「さァな。"覇者"は基本不老だ。だから、肉体が消滅する事はねェ。少なくとも、誰かに肉体を殺されたりしてなければな。

そして、今のところは俺の肉体は無事だろう。何処に在るかまではわからねェが、肉体に何かあれば自然とわかるからなァ。

他の"覇者"達の肉体も、消滅してはねェだろ。魂が肉体に戻りさえすれば、いつでも復活する事は可能だ」


冷静に言うファラン。喉が乾いたのか、ワインを創造してボトルから直接呷り始めた。明らかに間違ったアルコールの楽しみ方だが、ファランは気にしない。


そこでふと思い出したのか、今度はファランが問うた。


「さっきから気になってたんだが。何でテメェがこのルーレシア大陸にいる? テメェは此処より遥か北方のアルラキア大陸の出身だろォが。

それに、妹はどうした。あいつもこの里に居るのかァ?」


「……ファラン様が私達を助けてくださったあの後、アルラキア大陸のエルフ達は私達の氏族を残して殆んど全滅してしまったんです。

そして、戦乱の中で私達姉妹は引き離されてしまって……」


話を続けるにつれ、唇を噛み締めて俯くラーシャ。そこまで聞ければ十分だったのだろう。ファランは静かに立ち上がった。


残ったワインを全て飲み干し、手に持っていたボトルを破壊しながら言う。


「なるほどな。大体理解できた。……さて、話も終わったところで俺は引っ込まさせてもらうぜ。

――ああ、その前にひとつ。薄々わかってるとは思うが、時期に大戦争が再臨する。その時、テメェ等エルフの一族から魔法薬を覇主側、つまり俺達の側に回してもらいてェモンだな。

戦いには参加しなくていい。基本エルフは自分達に害が無ェ限り、他種族の戦争には無関心なのは知ってるからなァ。

……どうだァ? 魔法薬を回せるかァ?」


「そうですね……タダでとは言えませんが、可能ですよ。私達が魔法薬を出す代わりに、それ相応の物が頂ければ」


その辺りの事は譲れないのか、ファランを見つめてはっきりと言うラーシャ。当然だ。第一、タダで魔法薬を回しているようならば、それを作るエルフからいずれ不満が出ることは間違いないない。


何の見返りもなく動くほど、エルフも甘くはないのだ。ファランは腕を組むと、満足げに唇の端を吊り上げた。


「良かろう。こいつからシスティールの王に直談判させておく。話は追々伝えるから、こいつが転移でこの場に現れても良いようにしとくンだな」


「わかりました。……あっ、ちょっと待ってください。先程何もない所からワインを出していましたが、あれはどういった魔法で?」


精神世界に帰ろうと瞳を閉じたファランに、ラーシャが急いで訊いてきた。ファランは億劫げに薄く目を開く。


「そんなモンはこいつに訊きゃいいだろォが。俺がわざわざ答えなくちゃならねェ事じゃねェな」


素っ気なく言い返したファランは、再び意識を集中させ始めてしまった。それを見て焦るラーシャ。


パクパクと唇を閉じたり開いたりした後、思いきったように声を出した。


「あのっ。また、逢えますよね……?」


「あァ?」


何かを期待するようなラーシャの声音に、ファランはすっと真紅の瞳を開眼した。


そして、ラーシャの顔を見る。ラーシャの頬は仄かに朱に染まり、潤んだ深緑の瞳には霞がかかっていた。


そんなラーシャの様子を見たファランは、何かを察して唇の端を吊り上げてニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

どこぞの馬鹿な外見絶世の美女野郎とは違い、ファランは好意に鈍感ではないのだ。


ゆっくりとラーシャに歩み寄っていくファラン。ファランの纏う異様な雰囲気を感じ取ったのか、ファランが近づくに連れて後ずさっていくラーシャ。


しかし、当然の事ながら後ずさるにも限界があるわけで、すぐに本棚に背中が付いてしまう。追い詰められたラーシャは、背中に本棚が当たるとピタリと動きを止めてしまった。


動きを止めたラーシャの顔の横に、ダンッと音を立てて左手をつくファラン。その衝撃で、本棚に整列していた本が危うげにガタガタ揺れる。


「ファ、ファラン様……?」


戸惑ったように名を呼ぶラーシャに、ファランはぐっと顔を近づけて一言。


「テメェ。まさか俺に惚れてンのかァ?」


「は、はい!?」


笑みを含んだファランの言葉に、ラーシャは固まった。しかし、漸く言葉の意味を理解すると、チラチラとファランの顔を見ながら呟くように答えた。


「は、はい。助けて戴いたあの時から、ずっと貴方様をお慕いしておりました……」


「ほぉ……」


返答を聞いたファランは、視線を下にズラしていってラーシャの全身を至近から眺めた。やがて、納得したように頷くとゆっくりと微笑を広げた。


その微笑はどこまでも妖艶で、淫らな笑みであった。顔を真っ赤にしてラーシャが俯くと、その耳元に唇を寄せたファランが甘く囁く。


「なら……抱いてやろォか?」


「えっ。ええぇぇぇぇええぇぇ!」


「五月蝿ェな。この程度で叫ぶんじゃねェ」


ラーシャの声が頭に響き、顔をしかめるファラン。だが、ラーシャはそれどころではなかった。


「だ、抱くって……」


これ以上ないくらいに顔を赤くするラーシャ。満更でもなさそうなラーシャに、ファランは喉の奥で笑いながらラーシャの唇に自分の唇を近付けていくが――


「だ、駄目ぇぇぇぇっ」


「あァン!?」


部屋の隅っこでコトの成り行きを見守っていたレーゼが突然飛び出し、ファランの腹部に後ろから手を回すと、筋力にモノを言わせてラーシャからファランを引き剥がした。


大きく後方によろめいたファランは、体勢を立て直すなり射殺すような目でレーゼを睨み付ける。


「テメェ、死にてェのか……!」


「その体はレオンのでしょ……そういうことをするなら自分の体でやって! レオンの体でしないで……!」


涙目でファランを精一杯睨み付け、レーゼにしては大きな声で言い放つ。ファランは暫し眉根を寄せてレーゼを睥睨していたが、やがてため息を吐いた。


レーゼからラーシャへと視線を移すと、真顔で言う。


「――見ての通りだ。今回は抱けねェみてェだ、ラーシャ。だが、俺が肉体を取り戻した頃、まだテメェの気持ちが変わってなかったら、その時こそテメェを抱いてやるよ。

その場合は、絶対に俺以外の男に肢体を触れさせるな。俺はこいつと同じく独占欲が強くてなァ……テメェにそういう目的で近付いた男を一族郎党皆殺しにしちまうぜ。

刻んだかァ?」


「き、刻む? 刻むってどういう意味なのでしょうか」


「……。脳に刻んで記憶しろって事だ。それくらい察せ」


「は、はい! わかりました」


コクコクと頷くラーシャ。それを見たファランは満足げにひとつ頷くと、今度こそ精神世界に戻っていった。



―――――――――――


一方、精神世界に籠っていた俺はというと――。


「ぐっ……がぁああああ……」


精神世界に居る時に、ファランがいつも座している玉座がある神殿の前に、血溜まりができていた。その中心には、血塗れの俺が転がっている。


クソッ……流石に、亜光速の速度域に在り続けるのは無理があったか……。


俺は朦朧とした意識の中、そう考えていた。そうなのである。エキドナとの一戦で、俺は自分の弱さを思い知った。

故に、更なる高みに到達する為にファランに鍛練に付き合って貰っている内に、極僅かな時間だが亜光速の速度域に突入する事が可能になったのだ。


つまり俺は、"覇者"後継者の中でも最速を謳われるロイ先生の速度を遂に超える事ができたのである。


暇さえあれば鍛練として行っているファランとの戦いにより、自らが急激に成長を果たしたことを実感した俺は、正直とても嬉しかった。浮かれていた、と言ってもいいかもしれない。


そこで、亜光速の速度域に在り続けられる時間を少しでも伸ばそうと、限界が来てもギリギリまで亜光速の速度域に存在していた結果が――これだ。


身体中の筋繊維が悲鳴を上げ、骨格が軋むのは勿論、物理法則に支配されたままの状態で亜光速を出していた所為で、俺の肉体は内側も外側もボロボロになった。


「くっ。この程度のことで音を上げるような体じゃ……まだまだ俺は弱ェッ! 最低でも、長時間亜光速の速度域に存在することが可能で、亜光速の速度域に耐えられるレベルにならねェと……」


しきりに独白していると、後方にふわりと誰かが舞い降りる気配がした。振り返って見なくてもわかる。ファランだ。


俺は、地面に手をついてフラつきながら立ち上がった。何とか顔を上げると、いつもと変わらぬ醒めた目で俺を見つめているファランの姿が、ブレる視界に映った。


「亜光速の速度域に在り続けようとしたのか」


「ああ」


「ほぉ……成果は出たのかァ?」


「僅かだが、亜光速の速度域に存在できる時間が伸びた程度だ。それ以外は皆目」


「持続時間を伸ばしたか。テメェにしちゃあ上出来だな。……さっさと表層意識に戻れ。じゃねェとヴァンプクイーンが五月蝿ェからなァ」


そう言い捨てると、ファランは背を向けて神殿の中に消えていった。あのファランが俺を誉めるなんて……珍しいな、おい。


てっきり、『未だに亜光速しか出せねェのかァ? 純光速くらい出せってんだ三下ァ!』とか言われるかと思ったんだが。正直、ちょっとだけ……いやかなり嬉しいんだが。


内心で喜びつつも、【ゴッド・ブレス】で治癒した俺は、ファランの神殿を一瞥してから表層意識に戻っていくのであった。



―――――――――――


……表層意識に戻ってうっすらと開眼すると、何やら拗ねたような表情をしているレーゼの姿があった。視線を巡らせてみれば、壁にもたれ掛かってへたり込み、頬を朱に染めて虚空を見つめているラーシャの姿もある。


と、俺の意識が覚醒している事に気付いたレーゼが……険悪な雰囲気で睨み付けてきてるゥゥゥゥ!?


えっ、何このカオス。ファランよ、テメーは今度は一体何をしてくれやがったんですかァ!?


俺は記憶を閲覧しようとしたが――ファランのヤツ、しっかりブロックしてやがる! 俺が精神世界に行っている間に何があった?


俺が戸惑っていると、レーゼが俺の腕をガッチリと掴んで、


「もう行こ」


「あ、ああ?」


首を傾げる俺を引き摺るようにしてラーシャの部屋を後にした。後ろから「あっ、また来てくださいね~」なんて言うラーシャの暢気な声が聞こえてきたが、レーゼに引っ張られている俺はそれどころではない。


つーかレーゼさん、ちょっと手の力を弱めてくれませんかね? めっちゃ痛ェんですけど。もうね、腕の骨からミシミシ音が聞こえてくるんだが!?


「ってか、マジで痛ェッ! レーゼ、頼むから少し力を弱めてくれ! このままお前の握力で握られてると、腕の骨がイカれるっ」


忘れて貰っちゃあ困るが、今の俺は出来損ないとしての力しかねェんだ。当然、体の強度も出来損ないとしてのそれになってるんだって!


レーゼもそれを思い出したのか、「あっ」と声を洩らして腕を掴む力を弱めた。すぐに腕を引っ込めた俺は、掴まれていた部分を擦りながら言う。


「いきなりどうしたんだよ。もしかしてアレか、やっぱりファランが出てきている時に何かやったのか?」


「別に……」


膨れっ面でそっぽを向くレーゼ。流石に俺の頬がピクリと引き攣った。


「あのだなァ、何があったのかくらいは教えてくれたっていいだろ。第一、何があってこんな扱いになったのか――」


言いつつ、レーゼの肩に手を置いて振り向かせようとした瞬間。


「……んっ!」


「ぐおっ!?」


振り向き様に、レーゼの拳が俺の鳩尾に突き刺さった。ちょっ……ええー、そこまで気に入らないことがあったんか!? 俺が精神世界に行ってた間に!


「ふぉぉぉ……!」


思わず変な呻き声を洩らして踞る。そんな俺を見下ろして、レーゼが冷たく言い放った。


「……少しは反省して」


「はぁっ? だから俺は何も――ぅわおっ!?」


尚も不平を鳴らす俺目掛けて、レーゼが蹴り足が霞む勢いで蹴りを放ってきた。それを慌てて躱す俺。ただ、体勢が悪かった為か、仰向けに倒れる形になってしまったが。


俺が冷や汗を流していると、レーゼは鼻を鳴らして何処かへと立ち去っていった。今思ったんだが、何か最近リリスに似てきてねェか、レーゼのヤツ。


つーか、俺の扱いもだんだん酷くなってる気が――。そう考えていた時だった。


――ツンツン


「ん?」


背中を何か尖った物でつつかれたような感じがして、俺は後ろを振り返った。


するとそこには、十数人のエルフの子供達の姿があった。その内の一人が、その辺に落ちていそうな木の枝を持っている。


アレでつつかれたのか。おいおい、人をそんなものでつついちゃいけませんってママンに習わなかったのか――ちなみに俺はゼフィアに習ったのだがそれを守ってはいなかったので、人のことは言えなかったりする――等と思っていると、木の枝を持っている男の子が笑顔で口を開いた。


「お姉ちゃん、僕達と一緒に鬼ごっこしようよ!」


「いや、俺は男だからな。そこんとこ間違えないよーに」


覇気の無い声で言う。何か、一々否定すんのも面倒になってきたわ。


「お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんなの?」


「そうだ。で、鬼ごっこだって?」


胡座をかいて頬杖をついて訊き返すと、エルフの男の子は不思議そうな表情を一転、笑顔で頷いた。


エルフの男の子の後ろの方を見てみれば、そこに居たエルフの子供達も期待するような表情で俺を見ている。


俺は苦笑すると、さっと立ち上がって屈伸しながら答えた。


「時間はあるし、別にいいぜ」


「ホント!? じゃあ、お兄ちゃんが鬼ね! 逃げてもいい範囲はこの里の結界の中だけ。三十秒数えてから追いかけてね。

それじゃあ始めっ。皆、逃げるよ!」


途端、蜘蛛の子を散らしたように歓声を上げてエルフの子供達が走り去っていく。


自分の横を駆け抜けていく子供達を見た母親らしきエルフの女性達が、全てを察したように苦笑を浮かべて俺に頭を下げてきた。それに対し俺は、構わない、という意味を込めて片手を上げてみせる。


俺は、腕を組んで軽く目を瞑ると、カウントを始めた。


「さーてと。一、ニ、三、四……」


淡々とカウントを続ける。元々三十秒だけのカウントだったので、それもすぐに終わりがきた。


「二十九、三十。よし、いくぞコラ!」


組んでいた腕を下ろして、さっと走り出す俺。カウントを数えていた間にもしっかりとエルフの子供達の気配を追っていた為、足取りに迷いはない。


とはいえ、相手は子供である。いくら人間よりも優れた身体能力を持つエルフといえども、出来損ないとしての身体能力でも本気を出せばすぐに捕まえれてしまう。


子供達が楽しめるよう、程よく手加減しねェとな――そう俺は考えた。


ところが数十分後。


「ほらほら、こっちこっち!」


「お姉ちゃん……じゃなかった、お兄ちゃんも結構速いね!」


「エルフじゃないのに、凄い凄い!」


そう叫ぶのは、前方を木から木へと飛び移ったりして駆けていくエルフの子供達。


その後方で、同じく木から木へと飛び移ってエルフの子供達を追いかる俺。


「はっはっは、お前らも速いじゃねェか! ここまで速いとは、兄ちゃんちょっと予想外だったぞ!」


そう言い返しつつ、一旦木から飛び降りた俺は、木々の隙間を縫うようにして疾走する。


森の中を駆けるエルフの子供達は、俺が予想していた以上の速度で逃げ回っていた。十六人中二人しか捕まえれていない程だ。


自分で言うのも何だが、出来損ないとしての俺は魔力が極端に少ない反面、非常に優れた身体能力を兼ね備えている。特に敏捷性に於いては、本気を出せば残像が見える程の速度で動ける。


その俺が、かなり手加減しているとはいえ、まだ二人しか捕まえれていないのだ。それほどの速度でエルフの子供達は逃げ回っている。


正直、ちょっと予想外だ。森の中に居る時のエルフは、身体能力や魔力に補正が掛かるのは知っていたが、まさかここまでのものとは。


この世界には『森の中でエルフと競走するな』という格言があるが、正にその通りである。


「よっと! はい、捕まえたっ」


「ああ~、捕まっちゃった……」


加速しながら大きく前方に跳躍した俺は、ちょうど下に飛び降りてきたエルフの女の子の背中にタッチする。エルフの女の子は残念そうに呟きながらも、その顔には笑顔が広がっていた。


ちゃんと楽しめたみたいだな、と頷いた俺は、跳躍した勢いをそのままに木の上に飛び乗った。


そのまま、エルフの子供達を追いかけ回す事約三十分。


「はぁ、はぁ……お兄ちゃん、疲れないの?」


「フハハッ。この程度じゃ、息切れ一つもしないさっ」


あの後、少しだけギアを上げた俺は次々とエルフの子供達を捕まえていき、残ったのは最初に俺に話しかけてきたエルフの男の子のみになった。


いつの間にか森から居住区の方に戻ってきていた俺とエルフの男の子は、先に捕まったエルフの子供達の声援を浴びながら走っていた。


とはいっても、大体がエルフの男の子に向けられた声援だが。


「まだまだぁー!」


「おっ、頑張るじゃねェか。――だがっ」


追い付きそうになった俺に気付いたエルフの男の子は、最後の力を振り絞って速度を上げた。

それを見て称賛の言葉を投げかける俺だったが、そろそろ終わらせようかと思ったので――


「それっ」


「うわあっ!」


一気に速度を上げて、エルフの男の子の背中にタッチした。途端、減速して止まったエルフの男の子。


「はぁはぁ……お兄ちゃん、凄く足が速いんだね。それに、あれだけ走ったのに全然疲れてないみたい」


「まあな。これでも、体力と敏捷に関しては結構自信があるんだよ」


尤も、敏捷――つまりは速度については、ファランとかエキドナに一回自信をへし折られてるけどな。


そう思った俺だが、勿論口には出さない。


大きく伸びをして体を解していると、遠巻きに眺めていた母親らしきエルフの女性達が近付いてきた。


エルフの女性達は、それぞれ自分の子供の所まで来ると、子供達に「楽しかった?」とか「怪我はない?」とか訊いていた。


そんな光景を見て、俺はかつてまだ自分が純粋で、今の俺が見たら偽善者と言うような輩に対しても特に反感を抱くこともなかった、普通の子供だった頃のことを思い出していた。


ああ……思い出すな、まだディアナが生きていたあの頃のことを。あの頃は、俺も孤児院の子供達と一緒に遊んで、ゼフィアに同じようなことを訊かれてたっけな……。


俺が珍しく穏やかな笑みなど浮かべていると、最後に捕まえたエルフの男の子の母親が、エルフの男の子と手を繋いで俺の前に立った。


「この子達の遊びに付き合ってもらって、ごめんなさいね。疲れたでしょう?」


「くはっ、別に構わねェよ。特に疲れたわけでもないし。それに、懐かしいことを思い出させてくれたし、何より俺も楽しめたからな!」


ケラケラ笑って返すと、エルフの女性は首を傾げて俺を見てきた。何となく見返していると、暫くしてから小さい声で言った。


「何も見返りを要求しないのね、貴方。人間だし、てっきりお金になる物だとかそういう物を要求してくると思ってたんだけど」


「はっはっは! まぁそうだろうな。人間ってのは何処までも欲深い種族だから、その考えは正しいぜ。

ただ、例外ってのもあるだろ?俺も確かに欲深いが、自分が好きでやったことに見返りを求めはしないさ」


片手を腰に当てて言うと、エルフの女性は面白そうに問いかけてきた。


「なら、もし私が何かお礼がしたいと言った場合はどうするの?」


「そりゃ当然、余程の物じゃない限りは普通に受け取るけど?」


あっけからんと述べた俺に、エルフの女性は口許に手を当ててコロコロと笑った。


「貴方、変わってるわね。普通そこは受け取るのを遠慮する所でしょうに」


「知らんな。俺は貰える物は貰う主義なんだよ。俺に言わせてみればこれが普通。つまり、そういうことだ」


大真面目な顔で語ると、エルフの女性は肩を震わせつつ口を開いた。


「やっぱり変わってるわよ、貴方は。普通の人間とは考え方が違うみたいね」


「ふうん……そうか? って、レーゼじゃないか」


俺が視線を巡らせた先では、エルフの少女達と一緒に家から出てきたレーゼの姿があった。どうやら遊んでいたようだが、何か髪型がポニーテールになってんじゃん。


結構似合うなー、と思い眺めていると、レーゼもこちらに気付いた。エルフの少女達にお礼を言ってからトコトコとこちらに歩いてくる。


「そろそろ帰るの?」


「ん、まぁな。魔法薬の調合もしなきゃならねェし、もうじき帰るぞ」


「……そう」


レーゼは、遠くの方で手を振っているエルフの少女達に小さく手を振り返した。それを見て、俺もエルフの男の子に近付くと、しゃがんで目の高さを合わせて言った。


「じゃあな。俺達はそろそろ帰らなきゃ」


「もう帰っちゃうの?」


母親のエルフの女性の手をギュッと握り締めて残念そうに俺を見つめるエルフの男の子。俺は朗らかに笑った。


「大丈夫だって。また何処かで会えるさ。それじゃ、元気でな」


「……うん。またね!」


エルフの男の子の頭を撫でると、俺は立ち上がった。踵を返すと、里の出口の方に向かう。後ろからレーゼもついてきた。


「「「「またねー、お兄ちゃんとお姉ちゃん!」」」」


歩いていると、背中にエルフの子供達の言葉が投げかけられた。俺はふっと笑うと、前を向いたまま片手を上げて返す。

隣でレーゼも俺と同じように片手を上げていた。おいおい、俺の真似かよ。


内心苦笑しながらも、俺達は里の出口へと向かうのだった。



―――――――――――


「もう行くのか」


「まぁな。じゃ、早速だが頼めるか?」


エルフの里の出口まで来た俺達は、警護に立っていたバランに見送られて里を出ようとしていた。


俺の頼みに応じて、バランが虚空に印を結んだ。すると、まるで窓から外を見ているかのような――そんな感じに捕われる、入ってくる時にも目にした大きな穴が出現した。


そこからは、周囲の風景には当て嵌まらない景色が覗いている。里の外側と繋がっているのだ。


「サンキュー。じゃあな、バラン。縁が合ったらまた会おう」


「……じゃあね」


「ああ。道中気を付けろよ。達者でな」


短く別れを済ませると、俺とレーゼは穴を通って結界の外に出ていった。少しだけ歩いてからチラリと後方を見てみると、既にエルフの里に繋がっていた穴は無かった。


俺達が結界から出たのを確認したバランが、結界の穴を塞いだのだろう。何の変徹もない森の風景が広がっている。魔力の残滓すら残されていなかった。


魔力の残滓すら感じさせないとは、思ったより高度な術式を編まれた結界みてェだ。こりゃ、ただの結界と言うよりは一種の固有結界って感じだな。


そんなことを考えつつ、前を向いてもと来た道を戻り始めた。隣で、俺と同じく里があった方をぼんやりと眺めていたレーゼも、俺のすぐ後ろをちょこちょことついてきた。


それから少し経って、隠された精霊の泉まで戻ってきた俺達。そこで、後ろからレーゼに声をかけられた。


「ねぇ、そういえばここからはどうやって帰るの?」


「ん? ああ、それならほら……あそこに人一人が通れそうなくらいの間隔がある二本の木が立ってるだろ?」


言いつつ、俺は泉の右側の辺りを示した。そこには、周囲の木々に溶け込んでいてわかり難いが、一定の間隔を開けた二本の木が立っていた。


レーゼがその木を見つけたのがわかると、俺は話を続ける。


「あの二本の木の間を通って帰るんだ。あそこを通った瞬間、空間の座標が来る時に入った巨木の穴に変更される。

つまり、転移するってワケだな。ちなみに、それについてもこの泉来る方法と同じく、偶然知ったんだ。

帰れなくなって彷徨っていた時に、たまたまあの二本の木の間を通ったワケだ。ホント、悪運だけは良いよな、俺って」


遠い目をして言うと、レーゼは「ふうん……」と興味深げに二本の木を見つめた後、そちらに歩いていった。俺もその後に続く。


そして、レーゼ共々二本の木の間を通ると――目前の空間が歪み、気付いた時には二人揃ってあの巨木の根元にある穴に戻ってきていた。


俺は勿論、レーゼも特に驚くことなく穴の出口の方に移動していった。ま、今まで経験してきたことが違うしな。この程度じゃ驚かないか。


で、穴から出ようとしているワケだが――


「……」


レーゼが俺よりも先に穴から出ようとしてしまった所為で――何と言うか、その……若干下の方にいる俺には、レーゼの黒ゴスのスカートの中が丸見えだった。


おいレーゼ……スカートの中が見えてんぞ? 大人っぽい黒い下着が丸見えになってんぞ? いいのか!?


などと思う俺だが、口にはしない。いや、気付いた当初は言おうと思ったんだが……いざ言おうと思うと、何か勿体ない気がしてきた。


……うん! まぁ、アレだよな。男だし仕方無いよな! はっはっは!


「……どうしたの、レオン。もの凄く悪そうな顔になってる。悪女みたい」


穴から出て早々、レーゼが俺の顔を見て不思議そうな表情をしていた。歪んだ笑みを浮かべていたのは認めるが、悪女はないだろ、悪女は。


「ははっ、気にすんな。眼福だっただけだ」


「眼福?」

レーゼは首を傾げて暫し考え込み、やがて俺の言葉の意味を理解したのかわなわな震え始めた。


あらら、流石のレーゼも理解したか――そう思って、飛んでくるであろう蹴りに備えていると、予想とは違ってレーゼは手を出してこなかった。


「バカ……」


そう呟いて、顔を赤くしてそっぽを向くレーゼ。


かっ……可愛いじゃねェか、おいッ! 破壊力抜群だぞこれはッ!


つーか、お咎めなしですか? 珍しいこともあるもんだ。最近のレーゼ、リリスの影響を受けたのかバイオレンス気味だし。


などと、暢気に考えていると、レーゼは魔力を集中し始めた。足下に転移魔法陣が展開されている。エルフが治める領域を出たのを機に、どうやら転移して帰ろうとしているようだ。


雰囲気からして一人で転移していってしまいそうなので、俺は慌ててレーゼに駆け寄った。


「ちょっ、転移すんなら俺も頼む。今の俺は、一応出来損ないとしての魔力しかないからな」


この森に来る時にやってみせた通り、転移できないことはないが、魔力が尽きた時のあの気だるさを味わうのはもう御免だ。


「……【トラベラー】」


俺が魔法陣の中に入ったのを見計らって、レーゼが小声で詠唱した。途端、一瞬の暗闇を経て違う場所へと転移した。


周囲を見回してみると、此処が学園の門前であることがわかった。転移を使ったのはレーゼだし、出来損ないとしての俺がいてもおかしくない場所だ。気が利くじゃん、レーゼのヤツ。


それに、寮の自室に保管してある魔法薬の材料とかも取りに来たかったしな。


俺とレーゼは、一旦寮の自室に戻って魔法薬の材料を持ってくると、再び校門まで戻ってきて、少し離れた位置にある森からロレスの森の深部にある屋敷へと転移した。


「あ、レーゼ。その薬草はフラスコに入れてアルコールランプにかけといて」


「……ランプの燃料切らしてる」


「マジで? なら、手間がかかるようで悪いが、フラスコを浮游魔法で浮かせといて、その下に小さい火の玉でも出しといてくれると有り難いんだが。

頼めるか?」


「わかった」


……今現在、俺はレーゼに手伝ってもらって魔法薬を調合していた。大体は作り終えたのだが、途中でアルコールランプの燃料が切れてしまった。


創造で創ろうかと考えたが、あと数個で魔法薬を全て作り終わるので、思い直してレーゼにそう頼んだ。


レーゼは頷くと、俺の言ったようにフラスコを熱し始めた。それを横目に、俺は学園でのサバイバルに使う魔法薬を選び、種別に分けていく。


ベルトのホルスターに差しておけるのは、クリスタルカットの瓶二十本まで。その内の八本を回復薬、残りの十二本は毒薬にしておく予定だ。


毒薬の比率が高いのは、俺の場合、戦闘中に使うことになるのが回復薬よりも毒薬の方が多くなるからだ。


因みに毒薬は、速効性と遅延性の麻痺毒類と即効性の睡眠薬だ。流石に、死に至る毒はサバイバルには持っていけないからな。


とはいえ――と、俺は今日採取してきた薬草などを入れていた袋の中を覗き込む。


見事に空っぽだ。何か、こうやって完璧に使いきれると無性に嬉しくなってくる。


「お、そろそろ頃合いか」


袋を机の上に置くと、俺は目の前にあるアルコールランプの火を消して、上に置かれたフラスコを手に取る。

先程レーゼに頼んでいたのは、こちらに手が放せなかったからである。


氷属性の魔法で中の薄緑色の液体を冷ますと、フラスコからクリスタルカットの瓶の中に移し変える。


「これで、あとはレーゼの所にあるそれが完成すれば最後だな」


十九本目の魔法薬を専用の棚に差し込んでおくと、俺は椅子の背もたれに背を預け、大きく伸びをした。

ずっと座って作り続けていた所為か、関節の辺りからパキパキと小気味のいい音が鳴る。


「レオン、できた」


「おっ。サンキュー」


それから数分程経って、最後の魔法薬が完成した。俺はそれが入ったフラスコをレーゼから受け取ると、さっきと同じように中身をクリスタルカットの瓶に移した。

これで全部完成したな。


やっぱり創造で創るよりも、自分の手で作る方が性に合ってるな。自作した魔法薬を眺めてそう思っていると、


――コンコン。


「主、私だ。入っても良いか?」


「構わねェ。入ってくれ」


そう答えると、ドアが開いてノヴァが入室してきた。ノヴァはチラリと魔法薬の方を見た後、言った。


「そろそろ夕食を作るのに厨房を回すそうだが、今日は厨房に立たなくて良いのか?」


「――っ。やべっ、もうそんな時間だったか」


言われて時計を見てみれば、もう六時半を過ぎていた。仕込みをするには遅すぎる時間である。俺は慌てて立ち上がった。


「教えてくれてありがとな。二人とも、何か食いてェモンでもあるか? 注文があれば先に聞いとくが」


「む、では私は蕎麦という料理を頼もうか。一度食べてみたかったんだ」


「私はしょうが焼きが食べたい。量多めでお願い……」


ほうほう。ノヴァは蕎麦か。異世界の料理だが、以前作ったことがあるので、まぁ問題ないだろう。むしろ、金髪碧眼のノヴァが蕎麦を食べる姿の方が気になる。

レーゼはしょうが焼きか……正直、女の子が頼むような料理じゃない気もするが、レーゼらしいっちゃあレーゼらしいな。


ふんふんと頷くと、俺は言う。


「じゃ、すぐに作るから食堂で待っててくれや。さァて、厨房厨房っと……」


俺は二人よりも先に下に降りていって、食堂の扉を開けると厨房に小走りに駆け込んでいく。すると、先に食材の仕込みをしていた女性魔人が近付いてきた。


「遅いですよ、レオンさん。もうじき皆食堂に来ますから、急いで準備を!」


「オーライ」


俺は急いでエプロンとバンダナを着て、近くの水道で手を洗う。ついさっきまで魔法薬を弄ってたから、念入りに洗わなくちゃな。


一応この屋敷の主である俺が、使用人である女性魔人に叱咤されるのは変に思えるかもしれないが、厨房ではそれが当たり前だと思っている。

仕込みに遅れるなんて料理人失格である。怒られて当然だ。


そうこうしている内に、食堂にこの屋敷の住人達が現れだした。各地の情報収集から帰ってきたサイス達の姿もある。

きっと腹を空かせていることだろう。美味い物食わせてやらなきゃな。


……あっ、レイも今入ってきた。ゴーストやらレイスやらと楽しげに会話しながら。流石は魔族と言うべきか、あの手の類いには驚かないか。

聞いた話によると、魔界じゃ害さえなければゴーストとかレイスとかと普通に暮らしてるっていうし。中には、学園の売店で働いているゴーストまでいるそうだ。


「レオンさん、天ぷら定食とカツ丼をそれぞれ一つずつ!」


「わかったぜ。すぐ作る!」


家の屋敷に住み着いて(というか憑いて)いるゴーストやらレイスやらを思い浮かべ、死んだ後もフリーダムな奴等だな、と思っていると、早速注文が入った。


俺は返事をすると、素早く料理に取り掛かった。天ぷら定食にカツ丼だな。


さーてと、お仕事お仕事っと……。



―――――――――――


あの後、一通り料理を作り終えた俺は、自分も夕食を摂って仲間達と酒を飲み交わして騒いでから、自分の部屋に戻ってきた。


で、ここ最近ずっとそうしているように、ノヴァが夜を共にしようとベッドに座っているワケだが――


「ん……」


――穏やかに微笑むノヴァの後ろで、レーゼが丸くなって眠っていた。


俺は苦笑すると、後ろ手にドアを閉じる。ベッドに近寄ると、レーゼの寝顔を覗き込んだ。


「ったく、人のベッドで気持ち良さそうに眠りやがって……こりゃ、残念だが今宵はお預けだな」


「ふふ、そのようだな」


ノヴァはくすっと笑うと、レーゼの向こう側に寝そべった。そして、ポンポンとレーゼの横を手で軽く叩いている。


……三人で寝ようってか。


俺はふっと笑って頷くと、レーゼを挟む形で横になり、真紅の瞳を閉じた。

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