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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
32/56

蠢動 前編

「ん。ん、んー……」


夏休みに入ってから一週間が過ぎた頃。


ジュウウウウウ……


俺は今、厨房に立っていた。


普通なら料理人……俺の屋敷で言うなら料理の上手いアウレア辺りがやるべきなんだろうが、俺に取って料理とは最早ライフワークと化しているので、何となく体が動いてしまう。


最初のウチは、厨房で料理を作っていた女性魔人やアウレアが慌てて止めに来たモンだが、今では慣れたのか料理を作るのを手伝ってくれている。


お陰で、かなり料理が捗っている。


いやぁ、手伝ってくれる人が居ると助かるぜ、ホントに。


「あ、ソースを切らしてたんだな……アウレア! ちょっと食料庫から胡椒を持ってきてくれないか?」


「はい、分かりました!」


肉を焼く手を止めずに、テーブルの上に食器を並べていたアウレアにそう頼むと、続いて麺を茹でている女性魔人に叫ぶ。


「あー、麺は茹ですぎないように! 芯が少し残るくらいにしてくれ!」


「はい!」


「よし……よっと」


女性魔人が火を止めたのを見届けると、俺はジュージューと音を立てる肉を、風の魔法で皿へと飛ばす。


すると、手の空いていた女性魔人の一人が、ステーキの乗った皿に野菜を盛り付けていく。


そこに、食料庫から戻ってきたアウレアが、俺が作った特製のソースを掛けて、料理を完成させる。


それを見て一つ頷くと、俺は続いての注文に目を通す。


「さて、次は……お好み焼き……だと!?」


確かに、大体の料理は作れると言ったが……何故そこでお好み焼きをチョイスした!?


ここは、異世界で日本と呼ばれる国ではないぞ!?


まあ作りますけどね。


俺はため息を吐くと、食料庫から材料を取りに行った。



―――――――――――


「ふっ……燃え尽きたぜ」


「そこまで疲れていないように見えるが?」


「体力的な問題じゃねェ、精神的な問題だ」


あれから三十分後、高速で料理を作り上げた俺は、屋敷の住人達が集う昼の食堂で、テーブルに突っ伏している最中である。


同席しているのは、ユリウスである。


「何故にどいつもこいつも異世界の料理を注文しやがる?

こちらの世界の料理を頼むヤツの方が珍しい食堂なんて、この世界ではここだけじゃねェのか?」


唸るように言葉を紡ぐ俺に、ユリウスは苦笑して言う。


「仕方あるまい。この屋敷に居るのは全員が高位の魔族なのだからな。

高位の魔族は、異世界の存在について識っているからな……皆、試したい事も多いのだろう。

この私のように、な」


そう言いつつ、ユリウスは手元に置かれたお好み焼きの皿に触れる。


そう、先刻の注文にあったお好み焼きとは、何を隠そうユリウスからの注文であったのだ。


正直に言おう。まさかお前がその注文をするとは思ってなかった。


完全に想定外だったぜ。


俺は深々とため息を吐くと、体を起こして両手を高く突き出し、大きく伸びをする。


途端、体からパキパキと音が鳴り、タイミング良く後ろを通りすがったグリアとルンが噴き出す。


「レオン、お前体全体が凝ってるんじゃないか? 凄い音がしてたぞ」


「レオンさん、自覚が無いだけで疲れが溜まっているんじゃないですか?」


「んー、どうだろうな。基本的に肉体的な疲れは感じてないんだけどさ」


首を傾げて言うと、グリアはそうか、と腕を組み、ルンは呆れたような目をして言う。


「あれだけ各地を動き回っていて、よく体力が持ちますね?

聞きましたよ。死霊の谷で封印されていた魔獣を滅ぼしたそうですね」


「ああ……もう噂が広まってんの? まだ三日しか経ってないのに……」


そうなのである。


今から三日前、いつも通りにギルドで荒稼ぎしていた俺は、死霊の谷から這い上がってくるアンデッドの類いを討滅する任務を受けていた。


当然、俺は死霊の谷へと赴き、谷底へと続く道でアンデッド達を倒していたのだが、その最中に谷底から死に物狂いで駆け上がってくる旅人の男女と出会ったのだ。


その男女は俺を見るなりいきなり逃亡を促してきて、ただ事ではないことを悟った俺は、魔法で一気にアンデッド達を倒した後、取り敢えずその男女と行動を共にした。


そして、死霊の谷を出て話を聞いてみると、この男女はヘマしちまったみたいなんだよな。


この旅人の男女は夫婦で旅をしているらしく、俺から見てもSランクの中でもそれなりに実力があったと思う。


それ故に、俺と同じくギルドで稼いで旅をしているらしく、今回も採集の任務を受け、谷底へと続く道の丁度中間の辺りで、依頼された薬草を採集していたらしい。


まぁ、妥当だよな。


例えSランクと言えども、完全に谷底まで降りちまうと生存率は大きく下がる。


谷底に出現する魔獣は、普通の魔獣とは一線を画する魔獣ばかりだからな。


それに加えて、死霊の谷の谷底は兎に角毒素が強すぎる。


かつてこの死霊の谷の谷底で、数珠首令と戦ったヨーレンや俺のように、毒に対する絶対的な耐性が無い限りは、常に解毒の魔法を纏っていなければ、三十秒と保たずに命を落とすだろう。


だからこそ、旅人の夫婦は細心の注意を払い、採集を続けていたようだが……。


本来なら谷底に在るべき封印石が、何故か旅人の夫婦が採集をしていた地点に在ったのだ。


それも、採集している夫婦の丁度真下……つまりは地中に。


そんな場所にあるから、それに気付けなかった夫婦は意図せずして封印を解いてしまい、谷底から強い力を持つ『何か』が這い上がってくるのを感じ、慌てて上に上がって来たのだ。


コトの経緯を聞いた俺は、封印を解いてしまった事を別とすれば、この夫婦に非は無いことを知ると、今回は出血大サービスで助けてやることにした。


これでもし夫婦に何らかの非があれば見捨てていた所だが、な。


何より、封印されていたモノの正体に俺自身興味があった。


封印しなければならない程の存在なんだ。さぞかし、化け物染みた力を持っているだろうからな。


その後、俺は旅人の夫婦の制止を振り切って死霊の谷の谷底へと降りていった。


障気の漂う谷底へと。


……谷底に居たのは、手と目玉の塊だった。


そうとしか表現のしようがない。土の気色の無数の手が内側から外に突き出すように集まっており、その隙間にはこれまた無数の目が見開かれ、こちらを見ている。


大きさはおよそ十メートル……これ以上ないくらいに気持ち悪い姿だったが、俺はそいつを見た瞬間にまず初めにこう思った。


――こいつ、新手のウニか?


いや、俺は生まれてこの方未だにウニなる生物を見た事はないが、知識としては知っているから。


……今度、港町の方の任務を受けようかな?


それは兎も角、俺は今目の前に在る存在について、一つだけ心当たりがあった。


百目百手――


恐らく、こいつは百目百手と呼ばれる存在で間違いないはずだ。


普通ならばその存在を知り得るはずもないだろうが、ファランの記憶を受け継いだ俺には分かる。


失われし超古代の文献、その内容を知り理解しているが為に、百目百手と言う怪物、その化け物染みた力について――な。


こいつの正体は、この世界に溢れるあらゆる怨念が集合し、具現化した怨念の集合体だ。


一つ一つの怨念が持つ力なぞ微弱なモノだが、無数の怨念が融合した力は計りし得ない。


塵も積もれば山になるとは、まさにこの事だろう。


勿論、俺は百目百手と戦う事になる。


封印の所為でまだ鈍っているうちに叩けば、そのおぞましい体に内包された莫大な魔力を使いこなせないだろうからな。


……しかし、戦いは熾烈を窮めた。


百目百手の圧倒的な手数に、刀一振りで戦う俺は思わぬ苦戦を強いられる事になる。


元より、体の構造が違い過ぎるのだ。俺が両手で持つ黒刀に対し、百目百手はその名に相応しい無数の腕で攻撃して来るのだから。


だからと言って、魔法で攻撃する事も出来ない。


何故なら、百目百手は魔力を吸収する力を持っていたのだから。


いや、吸収する力にも限界があるのは、最初に投射した魔力が吸収された時点で分かっていたので、やろうと思えば強引に突破する事も出来たのだが、それをやると吸収仕切れなかった魔力が、大規模な爆発を引き起こすのが目に見えていた為、それを決行するわけにはいかなかった。


ここに来ていきなりの強敵である。思わず、百目百手に対して罵詈雑言を叩きつけた程だ。


しかも、一撃一撃の威力が半端じゃない。その威力は、俺の障壁が一撃で突破される程だ。


更に、戦っているうちに鈍っていた体が慣れてきたのか、身体中にある目から膨大な魔力の籠った光線まで放ち出す始末。


勘弁してくれと言いたい。


それから更に数時間粘る事により、百目百手の動きに僅かな乱れが出た瞬間に、怨念の核たるコアを刺突で貫き、どうにか勝利を納めたが……もう二度と出てくんじゃねェぞコラァ!


……などと、その件に関する旨を眼前のユリウスに述べると、ユリウスは苦笑いした。


「よくそんな怪物を倒せたな。恐らく、戦えないことはないだろうが……私では倒すことまでは叶わないだろうな」


「まぁ、お前なら実際戦えるだろうな。倒せるかどうかと訊かれれば……正直、倒せないと思うけどさ」


俺は、食料庫から持ち出してきたウイスキーのボトルを片手に、言葉を重ねる。


「大体なんだよ、魔力吸収って。マジで有り得ねェ、チート過ぎるとは思わないか?

つか、俺にもその力を寄越せや!」


「はははは。愚痴っても何も始まらないぞ。それはそうと……」


と、ユリウスは若干声を低くして続けた。


「最近、サイス達の部隊が遠方……特に、この国の東西南北を駆け巡っているようだが。

どうかしたのか? 何か仕掛けでもしているのか?」


へぇ……いい勘してんじゃん。


俺は唇の端に笑みを刻むと、答える。


「半分正解で半分間違ってる。確かに仕掛けはしているが、しているのは俺達の陣営じゃない」


「……? どういうことだ?」


訝しげにこちらを見つめてくるユリウスに、俺は態度を変えずに口を開いた。





「〝闇主側〟が動き出したみてェだから、その後の経過を聞いて手を打っただけだ」


「――! なにっ」


――今日の晩飯がシチューだから、その材料を買ってただけだ。


そう言っているのと何ら変わりない口調で言ったが、ユリウスは重大に反応した。


「いつのことだ……!?」


「サイス達がそれに気付けたのが、二日前のことだ。動き自体はもっと前からあったんだろうよ。

俺も、まさか既にあそこまでコトが進んでいるとは思ってなかったからな」


ウイスキーのボトルを手で弄びつつ、俺は軽く嘆息した。


ユリウスは浮かせかけていた腰を降ろすと、固い声音で言葉を紡いだ。


「して、〝闇主側〟は一体何の仕掛けをしていたのだ?

仕掛けをしていたと言うことは、レオン達"覇者"後継者の関知せぬ所で、〝闇主側〟の手の者がこちらの世界に入り込んでいると言うことになるが」


「あぁ、そのことか? それなんだがな……」


俺は一拍間を置くと、先程と同じく口調を変えずに言葉を重ねた。





「この国の東西南北に、次元転移の魔法陣が描かれていたんだよ」


「なんだと!?」


今度こそ腰を浮かせたユリウスは、周囲の視線が集中している事に気付くと、ゆっくりと腰を降ろした。


「敵が打って出る……つまり、そういうことなのか?」


「あー、ちょっと待て」


低い声音で問い質してくるユリウスを、俺は片手を上げて押し止める。


「それについては、今はまだ大丈夫だ。何の為にサイスの部隊を派遣したと思っている?」


「そう言われてみれば、そうだな」


ユリウスは落ち着きを取り戻すと、酒の入ったグラスに口を付けて一息吐いてから口を開いた。


「それで、レオンが打った手とは?」


「今俺が話した次元転移の魔法陣ってあるだろ? その魔法陣なんだが、もう発動を止めるのは無理そうだ。

全ては遅きに徹していたんだよ。精々、魔法陣の発動を遅らせることしか出来んな」


「なるほど。つまり、サイスの部隊は魔法陣の発動を遅らせる為に派遣されていたのか……」


俺の言葉に得心がいったのか、ユリウスは一つ頷くが、思い出したかのように訊いてきた。


「魔法陣の発動を遅らせたのはいいとして、一体どのくらい遅らせたんだ?

発動するとしたら、それは何時のことになるんだ?」


「そうだな……、大体三ヶ月後くらいには発動しちまうだろォな。

しっかし、三ヶ月後ねぇ。これも因果なのか?」


自分の予測した時期を呟き、難しい顔をした俺を見て、ユリウスは首を傾げる。


「なんだ? 確かに三ヶ月しか保たないのはあまり良い現状とは思えないが……それ以外に何か思い悩む事でもあるのか?」


「ああ、あるね。大いにあるね。思い悩むべき事項が」


「ふむ……今後の為に訊いておくが、その事項とはどんなものだ?」


表情を引き締めて問い掛けるユリウスに、同じく俺も真剣な表情をして口を開いた。


俺が懸念していること。それは――


「……時期だよ」


「なに?」


不思議そうに首を捻るユリウスに、俺は重ねて言う。


「俺が懸念しているのは、魔法陣が発動する時期だ。

もしもこのまま事態が進行していくのなら、俺も覚悟を決めねェといけない」


「覚悟を……? それは何故だ?」


怪訝そうな顔をするユリウスに、俺はチラリと厨房の方に見えるカレンダーを一瞥した。


「ユリウス。今日が何月何日かは分かっているよな?」


「今日? 今日は七月二十八日だが……それがどうかしたのか?」


妙なことを訊く、とユリウスは眉をひそめるが、構わず続ける。


「ならば問おう。今から三ヶ月後、何があるか分かるよな?」


「三ヶ月後……三ヶ月後に何があるか、か……」


ユリウスは腕を組んで考え始めたが、暫くして渋い顔をして首を振った。


「悪いが、もう少し何かヒントのようなものを出してくれないか。

私が知る限りでは、三ヶ月後は特に予定は無かったはずだが?」


ヒント……ヒントねぇ。


確認するように言うユリウスに、俺はちょっと考えた後、言葉を紡ぐ。


「ユリウス、魔界にも魔族が通う学園があるよな?」


「ああ、あるさ。かつては私も通ってきた道だからな」


「そうか。なら、魔界の学園では年に一度、何かイベントのようなものを催すことはないか?

学園全体が総じて参加するようなイベントが、な」


俺がそう問うと、ユリウスは数秒考えた後、すぐに頷いた。


「学園全体が総じて参加するイベント、その条件に当てはまるイベントには心当たりがある。

学園祭という催しでな、二日続けて行われる行事で、一日目は各々のクラスが出し物をして、二日目はクラスから選出された生徒が試合をする行事だ。

この行事ならば、全く同じことをするというわけではないが、この世界の学園にもあると聞くが……それがどうかしたのか?」


「いや、まさにそれが俺の懸念事項なんだよ。お前の話からもう予想はついてはいるが、念の為訊いておこう。

ユリウス、魔界の学園では学園祭をどのくらいの時期に行った?」


その問い掛けに、ユリウスは今度は悩む事なくすぐに答える。


「魔界では九月二十七日だが……それがどうかしたのか?」


「いやね、魔界とは違って俺達は十月二十五日にあるんだよ。

そこで、先程俺が言った魔法陣の発動時期と、俺が通う学園の学園祭の時期を重ねてみてくれ。

……どうだ? 偶然と言うにはあまりにも必然的すぎる問題が浮上しただろ?」


俺が件の魔法陣について知り、手を打ったのが二日前――つまりは七月二十六日。


そして、魔法陣の発動を抑えていられる期間は約三ヶ月。


そして、俺の通うティーン魔法学園で学園祭が行われるのは、十月二十五、二十六日の二日間。


これらの事項から、考えられる懸念事項とは――。


「これは……」


「気付いたか。このまま事態が進行すると、一体どんな現状が待ち受けているのか」


思考の果てに目を見開いたユリウスに、俺は静かに告げる。


「このままいくと、魔法陣が発動するその時に、俺は〝風の覇者〟として動けなくなる」


「いや……しかし」


俺の言葉に、ユリウスはなおも難しい表情を浮かべて言う。


「そうは言っても、魔法陣がちょうど三ヶ月後に発動するとは限らないだろう?

もしかしたら、時期がズレる事だって有り得るんだ」


「ところがどっこい……今回ばかりは、そう楽観出来ねェんだよ」


「なに?」


俺が苦々しげな表情をして言うと、ユリウスは眉をひそめた。


「警戒を怠らないのは確かに良いことだが、それは何故だ?」


「ファランだからだ」


俺は、手で弄んでいたウイスキーのボトルをぞんざいにテーブルの上に置くと、じっとユリウスを見た。


「ファランなんだよ、魔法陣の発動時期を予測したのが。

俺が予測したのなら、まだ楽観のしようもあった。だが――」


俺は俄然目付きを鋭くし、言葉を重ねる。


「魔法陣が刻まれた地へと赴いたあの時、魔法陣を見て予測したのはファランだ。

数千年という永きに渡り、次元をも越えあらゆる世界で戦い抜いてきたあのファランが予測したんだ。

しかも、時期がズレる事はほぼないと断言したからな。

最早、魔法陣は予測された時期に発動すると考えた方がいいんだよ。

……刻んだか?」


静かに言い終えると、ユリウスは納得したように頷き、続いてふっと柔らかな微笑を浮かべた。


さぞかし多くの女性を魅了しているだろう、と思う瞬間である。


元より、ユリウスは世の女性達が上下の別無く熱を上げる優しい顔立ちなのだ。


それに加えて人格者とくれば……並みの女性でなくとも一発で落ちる。


「レオン、お前とファランは随分と深く信頼し合っているようだな。

私も、サイスとの信頼関係は深いものだと思っているが……お前達のそれは、私達とはまた次元が違うようだ」



―――――――――――


「レオン、お前とファランは随分と深く信頼し合っているようだな。

私も、サイスとの信頼関係は深いものだと思っているが……お前達のそれは、私達とはまた次元が違うようだ」


「……」


ユリウスがそう言うと、レオンは何故か寂しそうに微笑んだ。


その笑みの意図を計りかねて、ユリウスは内心首を傾げる。


「どうした。何かあるのか?」


「そうか……お前には、俺とファランが信頼し合っているように見えるのか」


試しにと訊いてみると、感傷深くレオンはそう呟いた。


ユリウスは怪訝な表情をすると、更に踏み込んでみる事にした。


「それはどういう事だ? よもや、ファランとの仲が上手くいってないのか?

私にはそうは見えんが……」


「いや、仲が上手くいってないワケじゃねェ。それなりに上手くいっていると思ってるさ。

だが――」


レオンは目を伏せて続ける。


「信頼し合っているかと言えば――信頼し合っているとは言えねェな。

どっちかって言うと、俺の方が一方的に信頼を寄せているだけだ」


そう言うと、レオンは寂しそうな笑みを深めて言葉を紡いだ。


「信頼を得るのは難しいな」


目を閉じて独白するレオンを見て、ユリウスは思わず何かを言いかけるが、寸前で思い止まった。


例えここで慰めの言葉を掛けたとしても、どうにもならないだろうから。


これは、レオンとファランの問題だ。私が踏み入るべきではないのかもしれない。


ユリウスがそう割りきったその時、食堂の扉が開いた。



―――――――――――


「ん?」


扉の開く音が響き、そちらに視線を移すと、ノヴァとレーゼが入ってくる所だった。


遅れて、フリードとレストさんも入ってくるのを見て、俺はちょっと目を見開く。


レストさん、来ていたのか。最近姿を見てないから、久しぶりになるな。


……ヴァンとは無駄に遭遇したが。


あいつ、未だに俺の事を女だと信じて疑わないからなァ……いっそのこと、ヤられる前に殺っとく?


まぁ、流石に本当に殺ったりはしないけどな。


俺がそんなことを考えていると、ノヴァとレーゼ、フリードにレストさんがこちらに近付いてきた。


「今日はまだ任務に行ってなかったのか、主。最近は落ち着いて顔を合わせてなかったから嬉しいぞ」


「……おはよう、レオン」


「確かにそうだな。それとレーゼ! 今はもうおはようの時間じゃねェぞ!

もう少し早く起きような。ってかレーゼ、お前アホ毛が出てるぞ?」


笑いながら言うと、レーゼはムッとした表情で跳ねている髪を押さえる。


それを見て笑っていると、続いてフリードとレストさんが口を開いた。


「元気そうだな、主よ。部屋の件は感謝している」


「久しぶりね、レオン君。暫く見ないウチに一段と女らしくなったんじゃない?」


「まあ、元気っちゃあ元気だな。部屋の事については気にすんなって。

レストさんは久しぶりですね。それと、俺は男ですから。間違っても女じゃないですから」


付け加えるように言うと、レストさんは「分かってるわよ」と言ってコロコロ笑う。


ちなみに、フリードとレストさんは同室だ。とは言っても、普段はフリードしか居ないが。


たまにヴァンのヤツが紛れ込んでいるなんて事は俺は知らない、知りたくもない。


……今度来たら気絶させてそっち系の人が集まる店にブチ込もうかな?


などと、不穏な事を考えていると、「隣に座らせてもらうぞ」と断ってから、ノヴァが俺の隣に腰を降ろした。


すると、俺とノヴァの間にレーゼがちょこんと座り、俺はなんとなくレーゼの頭を撫でてやった。


途端、レーゼは身動ぎして顔を俯かせ縮こまる。


ん……、やっぱりいきなりは嫌だったか?


そう思い手を引っ込めると、今度は引っ込めた手を視線で追っている。


うーん……。


最近、ずっとこんな感じだよなぁ。


何か、そわそわしていると言うか……。


内心首を傾げる思いで、少し低い位置にあるレーゼの顔を横目で窺っていると、いつの間にかフリードと一緒に近くのテーブル席にいたレストさんが悪戯っぽく言う。


「女心は複雑ねぇ……」


レストさんがそう言うと、それを聞いていたユリウスも一つ頷いて口を開いた。


「レオンは、何と女性に縁のできやすいことか」


それをお前が言うか、ユリウスっ。


そう言ってやりたくなった俺だが、言っても無駄なのは分かっているので特に何も言わずに聞き流す。


それにしても、女心ねぇ。そんなモン、一生分かりそうにねェな……。


結局、レーゼが俺をどう思っているかは明確に分かってないし。


さてどーしたもんかね、と考え込んでいると、レーゼに黒衣の端を引っ張られた。


「なんだ?」


「ごはん作って」


「いや、注文すればいいじゃん。それとも何か、そんなに俺が作った料理を食べたいのか?」


「……むぅ」


俺がからかい気味に言い返すと、レーゼは唇を尖らせて食堂の奥にある厨房の方を見た。


ちなみに、俺の屋敷の食堂では金は取ってない。つまりは無料。


と言うか、普通は個人の屋敷にある食堂ってのは無料なんだぜ?


知ってたか?


基本的に個人の屋敷にある食堂ってのは、そこに住んでいる使用人とかしか使用しないし。


まぁ、中にはしっかり俸給から引いているケチなヤツもいるけどな。


「まぁいいや。いいぜ、作ってやる。料理は嫌いじゃないしな」


むしろ、料理は好きだ。


仕方なさそうに厨房の方に行こうとしたレーゼにそう言ってやると、レーゼが振り返った。


「いいの?」


小首を傾げて訊いてくるレーゼに、俺は頷いた。


ちくしょう、可愛いじゃねェか。


「ああ、構わん。ほら、何が食べたいんだ?」


「じゃあ……」


レーゼは少し考えた後、


「たこ焼き――」


「たこ焼き? タコは流石に食料庫に無ェんだが……何かで代用するか。

あー、また異世界の料理か……」


「――百二十個」


「……もう慣れた。レーゼの胃はきっと何処かの異次元空間にでも繋がっているのさ……」


……それから暫く経って、たこ焼き――ただし中にタコは入ってない――を作り上げた俺は、それをレーゼに出した後食堂を出て、オムライスの乗った皿を片手にファランの部屋の前まで来ていた。


片手を拳の形に固め、軽くノックする。


〝入れ〟


すぐに返ってきた返事に応じて中に入ると、ファランはベッドの上に座っていた。


片足を片手で抱えて壁に背を預け軽く瞑目しており、伸ばされている方の足の膝には、読みかけの本が置いてある。


俺はその本の題名を見て、すっと目を細める。


またか、と思ったからだ。


その本には『古の書』と金文字が刻まれており、古代遺跡に関する事柄が記載されている。


ここ最近と言うもの、ファランは古代遺跡について書かれている本を要求しては、それを読んでいる。


何故だ? 元より、ファランは数千年前の古代遺跡が古代遺跡ではない時代を見てきたんだから、調べても無駄でしかないはず。


だが、ファランは無駄なことはしないはずだ。何か深い意味があるのだろうが……。


「――おい」


俺が眉根を寄せて考えていると、当の本人であるファランが声を発した。


いつの間にかその瞳は開かれており、俺と同じ真紅の瞳が俺に向けられていた。


「なんだ?」


「なんだじゃねェ。それァ俺に作って持ってきたモンじゃねェのか?

だとしたらさっさと寄越せ。それにしても……ふん、作ったのはオムライスか。ガキかテメェは?」


「確かにお前に作ってきたモンだが、オムライスナメんなよコラァ!

子供から大人まで大人気だぞコラァ!」


そう怒鳴りつつも、俺はサイドテーブルにオムライスを乗せた皿を置く。


すると、ファランは皿に添えてあったスプーンを取り、オムライスを食べ始めた。


余談だが、ファランは基本食事は食堂で食べるか部屋で食べるかのどちらかだが、料理が出来ないワケではない。


むしろ、料理はかなり上手い。以前、しかめっ面で自分で料っているのを見た事があるからな。


……ファランでも料理するんだな、と思ったのは言わずもがな。


それから数分後。


「さて……」


ファランは食べ終わった皿をサイドテーブルに置くと、こちらに向き直った。


「テメェは気付いているかァ? 敵の本当の動きに」


「ああ。まだ不確定な情報だったから、ユリウス達には話してないけどな」


俺がそう答えると、ファランは満足げに目を細めた。


「それなら話は早ェな。そこで一つ朗報……いや、その意味だけで言えば最悪な情報があるぜェ。

敵がこのルーレシア世界に入り込んでいるだけならまだマシだったんだがなァ。

いいか、良く聞け……敵はただ単に殺しているだけじゃねェ。

奴等は殺した相手の魂を奪ってやがるんだよ」


「はぁっ!? オイオイ、ちょっと待ってくれ。そりゃ完全に『絶対禁忌』の領域じゃねェのかァ!?」


殺した相手の魔力を奪うなら兎も角、魂を奪うとなりゃ話が違うぞおいッ!


思わずファランに詰め寄ってしまったが、ファランは動じた風もなく続ける。


「――ッククククク。連中、中々面白ェことやってんだろ。

果たして、その魂を何に使うかは知らねェが……厄介なコトになってきてるには違いねェな」


「おいおい……勘弁してくれよ。ただでさえこっちは問題だらけなんだ。

ロイ先生達の魔力の増大……いや、快復と言うべきか。

兎に角、俺以外の"覇者"後継者達の魔力も、以前とは比べ物にならないくらいに上昇しているから、その問題はもういいとして。

それでも、まだ重大な問題が片付いてないって時に、またデカイ問題が転がり込んでくる。

これじゃあ何時まで経っても問題なんて解決しねェっての」


なんなんだ、この悪循環は。


俺がそう毒づくと、ファランは鼻で笑った。


「さァな。ンな事ァ敵に言え。俺が知ったことか」


「だよなぁ。……ったく、先が思いやられるぜ。こりゃ、もう一つの問題についても最悪の事態を予測しておいた方がいいかな」


額に手を当ててため息を吐く。


もう一つの問題。もしかしたら、これこそが最も重要な事なのかもしれないな。


何せ、場合によっては俺の命が危ないし……ね。


再度ため息が口から零れたその時、ファランが思い出したかのように言う。


「もしまた古代の文献を見つけたら、手に入れ次第全てこの俺に渡せ。

中でも、書かれた年代がこの時代の物をな」


「分かってるさ。しっかし、何でそう古代の文献……それも、書かれた時代がまだ大して昔ではない時代の物を読むんだ?

そもそも、お前は既に古代遺跡がどういう物なのかは知ってるだろ?

何せ、古代遺跡がまだ古代遺跡ではない、繁栄していた時代を生きてた者なんだからさ」


そう言いつつジト目でファランを見ると、ファランは蔑んだような目で俺を見返してきた。


「テメェは馬鹿か? 確かに俺ァ古代遺跡がどんな所だったか、どんな仕掛けを施していたかは見てきた。

だが、後にその古代遺跡がどう変わったかまでは知らねェからな。

それを調べる事の何がおかしい?」


「あー……そういうことか。把握した」


確かにそれなら得心がいく。言われてみりゃそうだからな。


いや、でもちょっと待てよ?


「――それなら、何でそんなことを調べてんだ? 俺の身体を使って古代遺跡にでも行くつもりか?」


俺がそう訊くと、ファランは首を横に振った。


ゆっくりとベッドに横たわりつつ、言葉を紡ぐ。


「いや、今のところはそんなつもりはねェよ。今のところは、な」


「そーかい、そりゃ重畳。この頃、敵が裏でやたらと蠢動していて困る。

人知れずとして、各地で不可解な出来事が起きてるからなぁ」


しみじみと言葉にすると、ファランが低い声で返してきた。


「確かにな。……テメェは薄々勘づいているだろォが、テメェが戦った百目百手も、敵がけしかけてきたモンだぜ」


「あー、やっぱり? 噛ませ犬ですね分かります」


まあ、噛ませ犬にしてはやたらと強かったけどな。


魔力吸収とか……チート過ぎるだろ。


俺にもくれ。


百目百手との戦いを思い出して軽く鬱になっていると、ファランから寝息が聞こえ始めた。


ベッドに目をやって見れば、ファランは横になったまま足を組んで、腕を枕にして眠っていた。


まったく……本当に自由なヤツだな、ファランは。


そういうトコ……尊敬してるぜ。俺が尊敬する一部の例外の一人として。


自分の心に従い、自分の思うままに生きていく……ファランは、そういうヤツだ。


俺は軽く苦笑すると、開かれたままだった窓に手を伸ばし、それを閉めた後、カーテンを閉じる。


外からの光が入らなくなり、やや薄暗くなった室内を移動すると、俺はファランを振り返り、囁く。


「……おやすみ」


昼寝をしているファランには聞こえようはずもないが、それでも……な。


ふっと微笑を浮かべると、俺はファランの部屋から静かに出ていった。


「……ああ」


静寂な空間に、そっと返された言葉を残して。



―――――――――――


「さーてと……」


俺はいつもの〝風の覇者〟の姿になると、食堂に戻る。


そしてノヴァの姿を探すが、どうやら食堂には居ないらしい。


そこで気配を探ってみたところ、ノヴァは自分の部屋に戻っているようだ。


それを感知した俺は踵を返し、ノヴァの部屋に向かう。


「ノヴァ、ちょっといいか?」


〝ああ、今出る〟


俺がそう呼び掛けると、ドアの向こうからすぐに返事が返ってきた。


言葉通り、すぐにドアを開けたノヴァは、俺の格好を見ると理解したように頷き、


「少し待っていてくれ」


そう言い残し、再び室内に戻っていった。


何も言わなくても用を察してくれるのは、俺としても助かる。


ノヴァは本当にいい女だと、常々思う。


まったく、俺のどこに惚れたのやら。女が惚れる要素ゼロなんだぞ?


アレか、悪役っぷりに惚れたのか? だとしたらかなりヤバいぞ、それは。


まあ、今更手放す気はないけどな。


――ガチャッ。


「待たせたな、主」


そう考え込んでいるウチに、支度を済ませたノヴァが部屋から出てきた。


黄金の髪は今は染色魔法で漆黒に染まっており、幻視の術でやや顔立ちを変えている。


それでも、相変わらずの美貌であるが。


そんな、すっかり変装を済ませたノヴァを見て、俺は一つ頷いた。


「よし、じゃあ行くとするか。俺に触れててくれ」


「うむ」


ノヴァが腕に触れたのを確認すると、俺は魔力を集中して呟く。


「【トラベラー】」


言下に、俺とノヴァは屋敷の廊下から姿を消した。



―――――――――――


場所は変わり、ギルド本部では――。


「【天使】、ちょっといいかしら?」


「何ですか、マスター」


ギルド本部の本部長室で、〝絶対零度の氷姫〟シリアと〝光明の天使〟カレンが言葉を交わしていた。


二人共、手元の書類に次々と目を通しているが、話が出来る程度には余裕があるらしい。


その書類には、任務先での魔獣の生態系について書かれており、二人はそれを地域別に分けているようだ。


「貴方と【覇者】に頼みたい事があるの。引き受けてくれるかしら?」


「私は別に構いませんけど、【覇者】がどうするか……」


「そうね。もちろん、【覇者】にも訊くわよ。無理に引き受けてくれる必要はないからね」


カレンが悩むように答えると、シリアは笑みを浮かべてそう返した。


カレンは、手元の書類をトントンと音を立てて整理すると、シリアの方を見て問うた。


「それで、頼みと言うのは一体どんな事なんですか?」


「その事なんだけどね」


シリアは近くの引き出しから地図を取り出すと、テーブルに広げてある一角を指して続けた。


「最近、〝港町フォルニア〟からの依頼を受けて、任務に赴いたギルド員達が次々に消息を絶っているの。

そこで、貴方と【覇者】にフォルニアに向かって貰って、原因を突き止めてほしいの。

どう? 引き受けてくれるかしら?」


確認するように訊いてくるシリアに、カレンは頷いて返した。


「分かりました。【覇者】も引き受けてくれるといいんですけど……」


カレンは不安げに呟く。


何せ、相手はあのレオンだ。本気で頼めば引き受けてくれるのだろうが、如何せん普段は自分に利益があることにしか興味を持たない。


多分引き受けてくれるだろうと思いつつも、普段の様子からして不安を覚えずにはいられない。


「【覇者】、引き受けてくれるかな?」


「引き受けてくれたら有り難いわねぇ」


「失礼する……む? 何だこの微妙な空気は」


カレンとシリアがため息を吐いたその時、話題の男が本部長室に入ってきた。



―――――――――――


「失礼する……む? 何だこの微妙な空気は」


本部長室に入って早々、何やら微妙な空気に辟易して独白する。


え……なに? 何なの? 二人して俺を見て、何故にため息を吐く。


俺が何かしたか? 気付かないウチに何かやっちゃったのか?


俺が腕を組んで考え込んでいると、シリアさんが口を開いた。


「ほら。取り敢えず今は入って頂戴。ドアが開きっぱなしなのは望ましくないからね」


「ああ。失礼する」


「失礼するぞ」


俺が部屋の中に進んで行くと、ノヴァも続いて入ってきた。


途端、カレンが不機嫌そうな雰囲気を漂わせる。


いや……何故に? 仲が悪いワケじゃないだろ、ノヴァとカレンって。


むしろ、偶々行き逢った時とか、任務中の様子を見る限り仲は良かったような。


つまり、ノヴァじゃなくて俺に問題があるってワケか?


その場に立ったまま悶々と考え込んでいると、ノヴァが苦笑して背中を撫でてきた。


「主。棒立ちになってないで、取り敢えず先に座らないか?」


「む……そうだな」


ノヴァに言われて漸く考えるのを辞めた俺は、空いている二人掛けのソファーに座る。


その隣に、ノヴァが腰を降ろした。


それを待っていたかのように、シリアさんが視線でテーブルの上に敷かれた地図を指で示した。


「【覇者】、ちょっといいかしら」


「なんだ」


俺がそう訊くと、シリアさんは指である一角を指した。


あそこは……システィールの北端にある、港町フォルニアじゃないか。


バトラ山脈を西に迂回しないと行けない場所にあるが、フォルニア自体は国内有数の港町として有名である。


俺達"覇者"後継者やランスさん達実力者、帝国の属性王とかはバトラ山脈を越えて行けるだろうが。


フォルニアには俺はまだ一度も行った事がないな。


と言うか、港町とか海とか行ったことないし。


【覇者】としての口調がめんどくさくなった俺は、ここならば安心して素顔を曝せるため、フードを下ろしていつもの口調に戻って訊く。


「そこは港町フォルニアですけど……フォルニアに何かあるんですか?」


「ええ、ちょっと頼みたい事があるんだけど……いいかしら?」


じっとこちらを見てくるシリアさんに、俺は笑みを浮かべた。


むしろ、これは渡りに船じゃないか!


「喜んで引き受けましょう。どんな用件ですか?」


「あら……、意外とすんなり受けてくれるのね。まぁ、それに越した事はないけど……」


言葉通り、意外そうに目をしばたたかせるシリアさんに、俺は苦笑いを浮かべた。


「あの……俺、そんなに頼み事とか聞かないタイプに見えます?」


「正直な意見を言うと、ちょっとだけそう思ってたわ。カレンちゃん、貴女はどう?」


シリアさんは自分の意見を述べた後、向き合うように座っていたカレンに話を振る。


シリアさんもカレンも、いつの間にかフードを下ろして素顔を曝しており、俺は引き攣った笑顔でカレンの方を見た。


カレンはチラッと俺の方を見ると、さして悩む様子を見せることなく、平然と答えた。


「そうですね。私もそう思ってました。普段の様子を見ている限り、どうにも人の頼み事を引き受けるような殊勝な人には見えないから……」


「ちょっ、そりゃ誤解だ誤解! 確かに見ず知らずの他人の頼み事なんてのは知らんが、親しい人の頼み事なら別だっての!

自分に実現可能な頼み事なら、普通に聞くって!」


俺がそう言うと、カレンは信じられないモノを見たかのような顔をした。


……なに、マジでそう思ってたワケか?


冗談ではなく、ガチで?


少なくとも、親しい人からの頼み事は大体引き受けてましたけど。


はっはっは! ……どうやら俺は、普段の行いが悪すぎたらしい。


少し自重した方がいいのか、これは?


俺が密かに……いや、額に手を当てて思いっきり落ち込んでいると、シリアさんはため息を吐いた。


「兎に角、話を続けるわね。カレンちゃんとレオン君には、今からフォルニアに向かってほしいの」


「ん……フォルニアで何かあったんですか?」


すぐに立ち直った俺は、シリアさんに問うた。


するとシリアさんは地図を綺麗に折り畳みつつ、真剣な表情をして言う。


「その事なんだけどね。カレンちゃんにはもう話したけど、最近フォルニアに向かったギルド員達が戻らないのよ。

立て続けに消息を絶ったわ。生死不明なのが現状だけど……恐らく、もう……」


「分かりました。この件、俺達に任せてください」


首を振って言葉を紡ぐシリアさんを、俺は途中で割り込んで制す。


そこまで聞けば、コトの深刻さが理解できたからな。


そう、十分すぎる程に……な。


もしかすると、これはシリアさんが聞き及んでいる情報よりも更に質の悪い事かも知れんな。


俺は一つ頷いて再びフードを下ろすと、テーブルを凝視したまま動かないカレンに呼び掛ける。


「行くぞ、カレン」


「あっ……ええ。分かってるわ」


カレンは慌てて立ち上がると、フードを下ろした。


そんなカレンに、俺は念の為訊いてみる。


「カレン、お前ってフォルニアに行った事はあるか? 悪ィが、俺は行った事がないんだよな。

だから、転移を使う事が出来ないんだ」


俺は今言った通りフォルニアに言った事がないし、ノヴァは言わずもがな。


転移したくても、一度も行った事がなければ転移できない。


正直望み薄だったが、暫く考え込んでいたカレンは思い出したような表情をすると、口を開いた。


「私は一度、家族でフォルニアに行った事があるわ。まだ父さんが生きていた頃の事だけど」


「……そうか。転移できそうか?」


カレンの言葉を聞いても、俺は特に何も言わずに話を続けた。


カレンの父親〝シュレン=ルナティーク〟さんについては、以前カレンの口から聞いていたからな。


Sランクのギルド員だったそうだが……任務中、イレギュラーな事態に見舞われ、その命を落としてしまったそうだ……。


今は、母親と二人で暮らしているらしい。


……余談だが、カレンの母親〝カーシャ=ルナティーク〟さんはカレンが〝光明の天使〟であることを知っている。


周囲は騙せても、母親であるカーシャさんは騙せなかったらしい。すぐにカレンはその事についてカーシャさんに問われ、打ち明けた。


もちろん、カーシャさんはカレンにそんな危険な事は辞めるように言ってきた。


まぁ、母親として自分の子供が心配なんだろう。当然の事だが、それでもカーシャさんみたいな人の事を母親の鏡と言うんだろう。


そこで、俺も一緒にカーシャさんを説得しに掛かって、何とか話を収められたが……いやはや、あの時の説得だけで俺の黒歴史は一気に増えたね。


何せ、本人の目の前で『カレンの事は俺がこの命に代えても守ります! だから、許してください!』なんて言っちゃったんだからな。


その際、俺がカレンのパートナーの〝風の覇者〟であることを打ち明けなければならなかったがな。


だが、躊躇ったり恥ずかしがるワケにはいかなかった。ここで躊躇い、恥じるようならば、守れるはずがないと思われてしまうから。


羞恥心に耐えてそう言い切ると、驚いたようにカーシャさんが俺を見つめて、暫く経ってからカレンが〝光明の天使〟として動くことを許してくれた。


その時の、『何より、自分の娘が確固たる意思を以て決めた事なら、娘の背中を押してやるのも親の務めよ』というカーシャさんのセリフには、さしもの俺も深い感銘を受けた。


その時、俺はカーシャさんには死んでも勝てそうにないと思ったね。


思想、理念、そして器の大きさ……他にもまだたくさんあるが、数え出したらキリがない。


あの時のカーシャさんの言葉から、学ぶことは多かったな。


しかし……俺に取っては、立ち去る間際に、カレンが小さく『ありがとう』と言ってくれたのが一番の収穫だったのかもしれない。


いや、お礼くらい任務中に言われた事はいくらでもあるのだが、あの時のは格段に……な。


心が満たされたと言うか……何と言うか。


しっかし……あの時、カーシャさんが『娘をお願いね?』と言ってきたので思わず頷いてしまったが、何だったのだろうか、あれは。


『カレンのことをしっかり守ってね?』という意味だと思ったのだが、何か違う気もする。


今更ながらに疑問に思い首を傾げていると、隣に佇むノヴァが不思議そうに訊いてきた。


「? 行かないのか、主」


「ん? いや、もう行くさ」


俺はそう答えるが、カレンが言い難そうに告げた。


「その……行ったのがまだ小さい頃だったから、明確に景色を憶えてないの。

だから、悪いけど私には転移できないわ」


「そうか……シリアさんは?」


俺が視線をシリアさんに移すと、シリアさんは笑みを浮かべた。


身を乗り出しつつ、言う。


「私は転移できるけど、私が転移して連れていくのはあまりお勧め出来ないわね。

別に連れていく程度なら問題ないけど……折角だし、この機会に自分の足で向かって北部地方で転移できる場所を増やす事をお勧めするわ」


「なるほど……確かにそうですね。ノヴァは問題ないだろうが……カレン、お前も自分の足で行くか?」


あんな遠い場所まで徒歩で行くって当然のように話してんだから……端から聞けば、めちゃくちゃ変な言葉に聞こえるに違いない。


そう思い苦笑混じりに訊くと、カレンは頷いてくれた。


「そうね。この機会に、転移できる場所を増やすのもいいかもしれないわね。

私も自分の足で向かうのに賛成よ」


「話は決まりだ!」


カレンが賛同したので、俺はフードに手を掛けつつシリアさんに言う。


「じゃ、俺達はこれで。連絡手段は念話かマジックビジョンで良いですよね?」


「ええ。念話が出来ない時はマジックビジョンで良いわよ。

媒介は常時所持してるからね。それと、これが今回の任務の情報が書かれた書類よ」


シリアさんは書類を受け渡しつつ、朗らかに笑う。


念話のように魔力を飛ばす事が出来ない時は、マジックビジョンのような――系列で言えば転移系――の魔法を使うしかないからな。


尤も、魔法自体を封じられれば元も子もないが。


俺は一つ頷いて返すと、書類を受け取りフードを下ろしてカレンを振り返った。


「んんっ……よし。では行こうか」


「相変わらず唐突に口調を変えるわね」


「そう言ってくれるな。俺とて、精神的に負担がないワケではないのだからな」


俺が満面の渋面を浮かべて言うと、カレンも苦笑いしてフードを下ろした。


それを機に、俺はカレンとノヴァの腕に触れ、呟いた。


「……【トラベラー】」



―――――――――――


一瞬の暗闇と浮遊感。それを経て、俺達は転移を果たした。


場所はバトラ山脈より手前にある街道。ここから西にバトラ山脈を迂回し、港町フォルニアに向かうのだ。


この時間帯は街と街の間を移動する人が多く、馬車に乗って荷物を運ぶ行商人の姿も多数ある。


そんな中に俺達も紛れ込み、もう少し歩いて人が少なくなったら走り出すつもりだ。


俺は遠方に見えるバトラ山脈を眺めつつ、懐に手を入れて財布の中身を指で探る。


下手すりゃ、今日中には帰れないかもしれないからな。


向こうで宿を取ることも視野に入れておかなければ。


俺が指で紙幣の枚数を数えていると、ノヴァが声を掛けてきた。


「主。現地に到着した後、どうするかは決めてあるのか?」


「……ああ。今回の任務は、消息を絶ったギルド員達の捜索及び原因の解明だからな。

ギルド員達が行っていた任務は、フォルニアに出現した魔獣の討伐だったようだからな……この書類を見る限り――」


と、そこで、俺はシリアさんから受け取った書類に目を通しながら続ける。


「どうやら、引き受けた任務自体は達成しているようだ。問題はその後……任務をこなしたギルド員が帰還してない事だ。

その捜索に、今回の俺達のように幾つかのチームが向かったようだが……誰も戻って来ない。

ただ一つの例外もなく、な」


俺が静かに言い終えると、カレンは身を震わせた。


「……その話、何だか少しだけ怖いわね。特に、原因が分からない事が」


「私も少し怖くなってきたな……何故ギルド員達が戻って来ないのだろうか」


不安そうに俺を見てくる二人に、俺は鼻で笑って応える。


「くだらんな。確かに原因が分からない事は恐ろしい事かもしれんが、この俺が居るのだぞ?

余程の事でもない限り、問題はないはずだ。それに――」


俄然目付きを鋭くすると、俺は言葉を重ねた。


「既に俺は、大体の見当は付いている。恐らく、今回の件は――」


『こ、今回の件は?』


二人して訊き返してくるのに対し、俺はふっと笑って先を紡いだ。


「――さて、何だろうな」


俺がそう言うと、カレンとノヴァは一瞬ポカンとした後、雰囲気を変えて怒り出した。


「ちょっと! そこまで言ったなら全部教えなさいよ!」


「主……有力な情報は伝えておくべきではないのか? それが定石というモノだろうに!」


「ふっ……定石? そんなモノは知らんな。それに、それを言うなら『敵を欺くにはまず味方から』という格言もあるぞ?」


そう言い返すと、カレンは今まで共に行動していたから流石にもう慣れているのか、ぷりぷりと怒ったまま「もうっ」と言って俺を睨むのみで、特に何も言おうとしない。


そして、ノヴァはというと――


「……主の事は好きだが、今の主は嫌いだッ」


そうぼそりと呟いて、そっぽを向いてしまった。


えっ!?


今、俺ノヴァに思いっきり嫌われた!?


《あの……ノヴァさ~ん?》


《……》


《マジですんません……だから何か反応して――》


《……》


無反応。


こりゃ完璧に嫌われたな、鬱だ死のう。


まぁ、冗談だが。


……鬱になったのは本当だが。


俺は深いため息を吐くと、どうやってノヴァの機嫌を直すか思考しつつ、歩を進めた。



―――――――――――


「ふん……そろそろか」


独白しつつ、俺は周囲を見回す。


街道には今はちらほらと人が居るだけで、その他の人達は先程の二又の別れ道の内の片方を行った。


お陰で、漸く周囲の目を気にせず走れる。


いや、正確には俺は別に人目など気にしていないのだが、カレンは気にするらしい。


『なるべく人目に付きたくない』だとか。


いや、〝光明の天使〟やってる時点で、人目にはもう付いてるだろ。


どのみち、周囲の人々に疾走している姿を見られるんだがなぁ……。


「行くぞ。カレン、ノヴァ」


「分かったわ」


「ああ、分かっているさ」


言下に、カレンとノヴァは魔力強化を施し、次いで周囲への被害を無くした直後、残像を残して疾走を開始する。


ノヴァの機嫌を直すのに少々アダルティーな約束をしてしまったが、今は忘れよう。


俺はふっと鋭い息を吐くと、カレンとノヴァ同様に周囲の地形に被害を及ぼさないようにした後、力強く地を蹴り、音速を超えた。


音速を超えると、最早見慣れた光景が目に入る。


世界の全てがスローに見え、景色が次々と後ろへ流れていく。


ある意味、別世界に居ると言っても過言じゃない。


この世界に入り込む前と後では、世界の見え方が全く違うのだから。


そんな速度の世界にも、例外はある。


例えば、自分に近い、もしくはそれ以上の速度で駆け抜ける者。


今の俺で言えば、カレンとノヴァだ。


俺とほぼ同等の速度で疾走するカレンとノヴァは、世界の全てがスローに見える世界でも、いつもと何ら変わらぬスピードに見える。


この領域に踏み込めるか踏み込めないかで、速度の世界に入れるかは変わる。


例えこの世界に入り込めたとしても、目が追い付いていなければ意味はないし、その逆もまた然りだ。


前方を走るカレンとノヴァの背中を眺めつつ、俺は更に速度を上げる。


そして、カレンとノヴァの隣に並び、並走する。


二人はチラリと俺を見るのみで、驚く事なく走り続ける。


俺は走りながらも、景色を眺めては先程見た地図を思い出し、現在の位置を照らし合わせる。


(今は……バトラ山脈が北東の方角に見えている限り、レージ湖の近くの辺りか?)


――そろそろ、北上を始めた方がいいな。


俺はそう判断すると、空気の振動を操作して、音速を超えた状態でも会話を可能にすると、カレンとノヴァに声を掛けた。


「【天使】、ノヴァ! そろそろ北に進路を変更するぞ。バトラ山脈は既に避けたはずだ」


俺がそう告げると、カレンとノヴァはこちらに視線を移した。


「もうそこまで来てたの? じゃあ、今はレージ湖の近くの辺り?」


周囲を見回して言うカレンに、俺は頷いて返した。


「そうだ。後は北に向かって進んで、それからまた西に走って行けば、フォルニアに着くだろう」


そう言いつつ、俺は左足を踏ん張り、ザザザザザッと地を滑って速度を殺すと、右に方向転換して右足を踏み込んだ。


カレンとノヴァも俺を追うように着いてきて、俺は先程とは違い少しだけ先行する形になる。


ここからは、地図を覚えている俺が先導しなければならないからな。


変な方へ行って全く見当違いの場所に行くのは御免だ。


俺は、周囲の景色とバトラ山脈の位置を確認して、現在地を把握していく。


それを常時行いつつ、途中小休憩を挟みながら先へと進み、数時間後――。


「さて……」


先行する俺は走る速度を緩め、音速の世界から抜け出した。


突然速度を緩めた俺に、カレンとノヴァは目を見開き、驚いて速度を緩めた。


二人はちゃんと止まれた事にほっと息を吐くと、二人揃って捲し立てる。


「ちょっと【覇者】! 急に止まらないでよ。置いていきそうになったじゃない!」


「主、止まるのなら先に言ってくれ! この辺りの地形は地図を見た主が把握しているのだからな」


怒ったように言う二人に、俺は喉の奥で笑いつつ答える。


「クックック、それは悪かったな。だが、意味もなく足を止めたワケではない。

もうすぐフォルニアに着くから、それを見越して走るのを止めただけだ」


歩きながらそう答えると、二人は不思議そうに首を傾げた。


周囲を見渡してから、怪訝そうに訊いてくる。


「しかし……それにしては、未だに海が見えてこないのだが?」


ノヴァが疑問を口にすると、カレンが同意するように言葉を重ねた。


「そうよ。それに、海の波が立てる音も聞こえないし、潮風もないわね」


方や腕を組み、方や腰に手を当ててそう言った。


そんな二人に、俺は軽くため息を吐いて視線を左へと移し、低い声で言葉を紡ぐ。


「……ここから少し左に道を逸れていけば、海が見えるぞ。

そうすれば、何故海の音や潮風がないのか分かるだろう」


俺は静かに口にすると、二人の方を見て尋ねてみた。


「……行きたいのか?」


それを聞いたカレンは、すぐに首を横に振った。


「ううん、私は別にいいわ。そこまでして確認したいわけじゃないからね」


「そうか。ノヴァはどうだ?」


俺がノヴァに視線を移すと、ノヴァは少し迷った後、同じく首を横に振った。


「――いや。私もそこまでする必要はないな。早く海を見てみたい気がないわけでもないが、本当にフォルニアの近くまで来ているのかは、フォルニアに着くか着かないかですぐに分かるからな」


冷静に言うノヴァに、俺も歩を進めつつ頷いた。


「それもそうだな。ならば、先を急ぐぞ。出発した時刻が遅かったからか、任務の活動をするにはもう遅い。

今日はもう、宿を取った方がいいだろう」


この時間帯なら、まだ空いている宿もあるだろう。


俺はそう当たりを付けると、歩く速度を少し上げる。


そのあとを、二人も追う形でついてきた。


今俺達が居たのは、海沿い――とは言っても、ここからでは海は見えないが――にある森だった。


そこを抜けると、後ろを歩いていた二人が息を呑むのが分かった。


「うそ、海じゃない! 本当に近くまで来てたのね!」


「おお、あれが海か! 書物に書いてあった通り、果てが見えぬな!

ふむ、これが水平線と言うヤツか……!」


二人はそれぞれ感想を述べ、思い思いの景色を見ている。


かくいう俺も、初めて見る海に視線が釘付けだった。


すっげえ……これが海か! ノヴァもそうだが、俺の人間離れした視力を以てしても果てが見えねェぞ!?


知ってはいたが、実際にこの目で見ると、海ってのがどれだけ広大なモノなのかが直に伝わってくるぜ!


やっべ、何か無駄にテンションが上がってきたっ。


などと、初めて見る海にテンションアゲアゲの状態になったのもつかの間、俺はハッとして首を振る。


――ハッ。何をしているんだ、俺は。今の俺は〝風の覇者〟としてここに居るんだぞ。


それが海を見てはしゃいでいれば、〝風の覇者〟としてのイメージが崩れるじゃないかっ。


俺は鋭く息を吐き出して一転、気を引き締めた。


そして、遠くの方に見えるフォルニアに向けて足を踏み出し――。


「ちょっ……ちょっと【覇者】! 貴方、何してるのよ――ッ!」


「……ん?」


突然声を掛けてきたカレンに、俺は首を傾げてそちらを見る。


一体何だと言うのだ。俺は今、フォルニアに向かって足を踏み出したところじゃないか――。


「あ、主? その、流石にそれはないと思うのだが」


「なにを言って――」


そこまで言い掛けて、俺ははたと気付き、目の前まで両手を持ち上げる。


するとそこには、右手にはトランクスタイプの黒い水着とゴーグル、左手には水色の浮き輪が握られていた。


「なん……だと」


馬鹿な! この短時間の間に、こんなモノを持たせただと!? 一体誰が――!


「それは貴方が創造したのよ!

そんな所で信じられないモノを見たような雰囲気を醸し出してないで、真面目にしてよ!」


「ふっ、何を言う。俺はいつも真面目じゃないか」


そう言いつつ、俺はフォルニアに行くと見せかけて海へとダッシュ――


「【ホーリーレイ】」


「ぐおっ」


しようとした所で、俺の背中に純白の光線が直撃した。


馬鹿な、一体何故……!?


「不意打ちとは……やるな【天使】!」


「……ねぇ、真面目にするか、このまま巫山戯続けて私に討滅されるか……どっちがいい?」


「……」


どうやら巫山戯すぎたようだ。


カレンの総身から純白のオーラが立ち上っている。


怖……


無言で創造したモノを破壊すると、カレンは魔力の放出を止めた。


「全く、他の人が居なかったから良かったけど……これでもし他人に見られてたら……」


そう呟き、ドス黒いプレッシャーを放つカレン。


……もう二度と巫山戯ないようにしよう。


そう決意する俺。しかし、同様の決意はもう何度もしているのだが、歴史は何故か繰り返すのである。


……そんな事があったが、俺達はフォルニアの門まで辿り着いた。


俺達がフォルニアに入ろうとすると、脇に控えていた門番が制止してきた。


「君達、身分を証明できる物を持っているかい? 持っているなら提示してくれ」


門番はそう言って俺達を見るが、俺の横に立っているノヴァを見ると、頬を赤く染めた。


オイコラ、気持ちは分かるがノヴァは俺のだ。あんまジロジロ見てっと魔法で女顔にすっぞコラァ!


俺は、内心そうメンチを切るものの、態度には出さない。


ノヴァはもう慣れたのか、苦笑している。


そう、この門番に限らず、道行く男共(少数だが女も)はノヴァを見るなり、視線を釘付けにして頬を赤くするのだ。


俺は思わず深いため息を吐きたくなったが、懐に手を入れるとギルドカードを取り出し、門番に渡す。


「……これで構わないか?」


「――あっ、はい。ギルドカードですね? えーっと――か、かかかかっ……〝風の……覇者〟?」


ノヴァを見て惚けていた門番は、慌ててギルドカードを受け取り、凍りついた。


そして俺を見て、またギルドカードを見て……最後にまた俺を見た。


「貴方が、あの〝風の覇者〟……?」


「そうだが。……それがどうかしたのか?」


俺がそう訊き返すと、門番は目に見えて青ざめ、無意識にか微妙に足が後退していた。


いや、あの……地味に傷付くんですけど。特に、足が微妙に退いてるトコが。


俺ってそこまで畏れられてんの? いやマジで。


表面的には動揺せず、内面的に凄まじく動揺していると、カレンが苦笑して門番にギルドカードを渡した。


「あの、私のギルドカードは確認しなくてもいいんですか?」


「あ……、す、すぐに確認させて戴きます!」


ハッとして門番がギルドカードを受け取ると、何故か門番が安心したような表情をした。


「貴方があの〝光明の天使〟でしたか。それで、そちらの方は……」


「私は【覇者】の使い魔だ」


――おい、何だこの対応の差は。何故、カレンだと安心したような表情を見せる?


俺がそう言いたくなるのを堪えている傍ら、ノヴァは自分の素性を答える。


「そうでしたか。分かりました、どうぞお通りください」


許可が下り、俺達はフォルニアへと足を踏み入れた。


流石は港町と言うべきか、魚介類を売る店や、海の幸を用いる料理店が多く、魚を焼く良い匂いも漂ってくる。


しかし、それよりもまず先に、俺はぼそっとカレンに訊いてみた。


「……おい、一体何なんだと言うのだ、先刻の対応の差は」


「あぁ、それはね? 私が一緒に居る時は、【覇者】が一人で居る時と比べて大人しいっていう噂が流れててね……知らなかったの?」


首を傾げて言うカレンに、俺は低い声で返す。


「知らなかったな……なんだその噂は。心当たりもないぞ」


俺はそう返したが、内心ではどういう事なのか理解できていた。


――嘘だ。


そんな噂は知らなかったのは事実だが、本当はそれがどういう意味なのか分かっている。


早い話が、噂については知らないが、心当たりはあると言うことだ。


まさか、何の気なしに訊いたことから、そんなことが分かるとはな。


「……? 急に黙ったかと思えば、雰囲気が暗いわね。どうかしたの?」


「いや……」


俺は首を横に振ると、カレンの方を向いていつも通りの【覇者】の声音で返した。


「なんでもないさ。少し、考え事をしてただけだ」


「ふぅーん……そう」


俺の言葉に、カレンは少し怪しむように見つめてきたが、特に何も言わずに前を向く。


そんなカレンを眺めていると、ノヴァが耳元に唇を寄せて囁いてきた。


「主……先程の噂とやらは、もしや……」


「ああ。俺もそうだと思う……」


低く囁き返した俺は、フードの下で表情を歪ませる。


カレンは気付いていないようだが……先程の噂には、かなりの闇が含まれている。


それは、俺が受ける任務を知る者ならばすぐに理解できるだろう。


俺は、カレンと行動を共にする時には、危険度Sクラスに定められている地域での採集や、魔獣討伐などの任務しか受けていない。


いや、それでも危険度からして十分すぎるのだが、肝心なのは危険度だけではなく、任務の内容もだ。


俺は、自分一人、もしくはノヴァを含めた二人だけの時には、先に挙げた類いの任務だけではなく、とある任務を受ける事がある。


ギルドならば、別にあってもおかしくはない任務。だが、覚悟無き者は無意識のウチに目を逸らしている、その任務とは。





――『人を殺める任務』。


一言で言うならば、まさにこの一言に尽きる。


いや、人を殺めるとは言っても、これは悪い意味ではない。


むしろ、世間からは感謝させるだろう。


何せ、殺す相手が盗賊などの指名手配されるべき者達なのだから。


……まぁ、そういう俺も数々の罪(非合法による調合や売買など)を犯した犯罪者だから、これに含まれてしまっていたりするのだが、今は置いておくとして。


早い話が、『盗賊の討伐』や『指名手配犯の討伐』などの任務である。


別に、討伐に限らず捕縛という形でも良いのだが、そういう行動を取った試しがない。


と言うか、より正確には『そうしようとして止めた』と言った方が正しい。


何故かって、やってる事があまりにも外道すぎたからだ。


どのくらいかと言うと、俺以上の外道って言えばその外道っぷりが分かるか?


俺は、確かに外道な振る舞いをするが、理由なしに外道な振る舞いをするワケじゃない。


戦いの時にだって、ただ単に殺しているように思われがちだが、その裏には『逆恨みして復讐に来ないため』という理由がある。


舞踏会の時の、刺客の男がいい例だな。


それと、よく俺が『他人の事なんざ知らん』と言っているのも、余裕がない時、もしくは何かしら理由がある時だけで、普通に余裕がある時くらいは助けてやるさ。


これについては、イースなんかがいい例なのかな。

あいつは、完全に自業自得だったという理由があったし。


まぁ助けるにしても、流石にその後の面倒まで見る気はないが……。


分かりやすく言うと、一度助けたからって、次も助けるとは限らないってワケだ。


何も知らぬ偽善者なんかは、例えそれが赤の他人でも、事あるごとに助けてるが……ありゃ、助けたヤツを堕落させているだけにしか思えんね。


そんな毎回助けてたら、成長するモンも成長しねェんだよ。


ま、例外はあるわな。その例外ってのが、『もう二度と助けられないといけないような状況には陥らないように努力する』ってタイプのヤツだな。


話を戻すとして、兎に角俺だって考えもなしに外道な振る舞いをしているワケじゃないのだ。


そして、戦いの時などの一部の例外を除けば、外道な行為もせずに普通に暮らしている。


まぁ、外道な行いをしてそれを楽しんでいるのは認めるが、考えなしにやるワケじゃないって事だ。


それに比べて、件の盗賊達なんだがな。あのクソ共、どっかから女を拐ってきたらしくてな?


俺が突入した時、下衆なコトに及ぶ一歩手前だったんだよね。


それを見て、捕縛するつもりが失せたワケだ。


取り敢えず、これ以上トラウマにならないように女性方を眠らせた後、その場でクソ共を皆殺しにして終わらせた次第だ。


そんな事が、その手の任務を受ける度に続いているから、そんな噂が流れるんだ。


結論を言えば、『カレンと一緒に任務を受けた時には人死にが無く、一人、もしくはノヴァと共に任務を受けた時には人死にが出る』という事だな。


「――ねぇ」


「ふん?」


「さっきから考え事をしてたみたいだけど、私の話聞いてた?」


――話? やっべ、何も聞いてなかったぜ。


「すまん、もう一度言ってくれないか?」


「要は、話を聞いてなかったワケね……」


カレンはため息を吐いて、視線でとある建物を指した。


「今日はもう、宿を取るんでしょ? なら、あの宿なんてどうかしら」


「ほう、あの宿か。そうだな……あの宿を取ろう」


そう答える俺の視線の先には、先程カレンが示した宿〝海鳥〟があった。


その宿は木造で、三階建てだった。窓から中の様子を見てみると、どうやら一階は食堂で、二階と三階が部屋になっているようだった。


「よし、話は決まりだ。ならば行こうか【天使】、ノヴァ。宿代は俺が持とう」


「そう? なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」


「いつもすまないな、主よ」


「ふっ、気にするな」


そうと決まれば、さっさと宿の名簿に書き込んどくか。


俺は宿の扉に手を掛けると、扉を引いた。


「あら、いらっしゃい」


宿の中に入ると、受付から気の良さそうな中年の女性が顔を覗かせ、話し掛けてきた。


「何名泊まるんだい? 見たところ三名いるようだけど、このあと誰か来る予定があるかい?」


「いや、ない。三名だ」


俺がそう答えると、宿屋のおばさんは「そうかい」といって宿帳を渡してきた。


「なら、ここに名前を書いてくれるかい? 貴方達、見たところギルド員だろ?

二つ名があるなら、二つ名でもいいんだけどねぇ。流石にそれはないかい?」


「いや、二つ名ならある。それでも良ければ、二つ名で勘弁してもらおう」


俺がそう返すと、宿屋のおばさんは目を丸くしてこちらを見返してきた。


「まぁ! 驚いたわね、その様子だとまだ若いんでしょうに。

もしかして、そちらの白いローブの子も二つ名持ちなの?」


「ええ、そうですよ」


突然話を振られたカレンは驚いたものの、肯定した。


すると宿屋のおばさんは感心したように頷き、染々と言う。


「凄いわねぇ。その様子だと、そこの黒髪の人も凄いんだろう?

全く、ウチの亭主も見習ってほしいもんだよ。

それで……名前は書けたかい?」


宿屋のおばさんはカレンとノヴァから視線を戻すと、こちらを見てきた。


俺は頷き、宿帳を返す。


宿帳を受け取り、そこに書かれた文字を見た途端、宿屋のおばさんは先程以上に目を丸くした。


次いで、俺達を眺め回し、驚嘆の声音を出した。


「これは驚いたわ……貴方達が、噂のSSランクとSSSランクだったなんて!」


「……! 俺達の事を知りながら、その程度の反応で済ますとはな」


俺が、逆に驚いておばさんを見返すと、宿屋のおばさんはおかしそうに笑った。


「まぁね。職業柄、今まで色んな人を見てきたからね。貴方達……特に〝風の覇者〟が、噂に聞くほどの悪人じゃないことは分かってるんだよ。

その証拠に、どんな依頼の時でも、一般人には決して被害が及ばないように気を配っているだろう?」


「……ふっ、まさかそう言ってくれる人が居たとはな。だが、それは偶々だろう。

他人に被害が出ないようにすることなど、俺には身に覚えがないな」


俺は否定的に言い返したが、それに対して宿屋のおばさんはより大きく頷いた。


「その答え、私からしたらもう間違いようもないよ。以前、夫婦の旅人にも同じようなことを言ったことがあるんじゃないかい?」


「……」


今度こそ、俺は黙り込んでしまう。


おいおい……あの時の夫婦、もしかしてここに居んのか!?


しかし、有り得ない事じゃない。あそこからこのフォルニアまで、常人ならば大体三日ほど掛かる。


あの夫婦は常人よりも少し上の水準を行く力を持っているから、もう少し早く着くかも知れないが……時間的に、あの夫婦がこの宿に居る可能性は、十分有り得る。


俺が沈黙していると、宿屋のおばさんは何事もなかったかのように話を進める。


「――それよりも、何部屋必要かしら? 男女で分かれるなら、二部屋でいいかしら?」


「――、ああ。二部屋頼む」


俺は驚きから立ち直ると、宿屋のおばさんにそう答えた。


宿屋のおばさんは戸棚から俺達の部屋の鍵であろう、二つの鍵を取り出しながら、


「何泊泊まるの? まだ決まってないのなら、後払いでもいいわよ」


「そうだな……では、取り敢えず三泊としよう。いくらだ?」


「一部屋千五百セルが三泊だから……、占めて九千セルよ」


九千セルか。まぁ、妥当なところだな。


「ふむ。では、これで」


俺は財布から一万セル紙幣を取り出し、カウンターに置いた。


「一万セルね。はい、お釣りと鍵よ。部屋は鍵に書いてある通り、309号室と310号室を使ってね」


「――分かった。では、俺達はこれで。……行くぞ。【天使】、ノヴァ」


「分かったわ」


「了解した」


二人が頷いたのを見て、俺は奥へと進んでいく。


受付から少し進むと、食堂があった。時間が時間な為か、ちらほらと人が居るだけで、まだ賑わってはいない。


それを横目に、俺は階段を見つけて上の階に上がっていく。


後ろから、二人もついてきた。


俺は自分達の部屋の前まで来ると、二つある鍵の内の一つをカレンに渡した。


「俺が309号室を使う。【天使】とノヴァは310号室を使ってくれ」


「分かったわ。じゃあ、後で貴方の部屋に行くわよ。任務の事について話し合った方がいいでしょ?」


んー……それは確かに。今回の任務は、ちょっと特殊だからな。


俺は唇を湿らせると、口を開いた。


「それはいいが、まずは情報を集めた方がいいだろう。取り敢えず、今日は情報を集めるだけにするぞ。

先刻も言った通り、任務の活動をするにはもう遅いからな」


俺がそう言うと、カレンはチラリと時計に目をやった。


時刻はもう、五時を過ぎていた。


「……もうこんな時間になってたんだ。分かったわよ。じゃあ、夕食までには切り上げる事にしない?

そうね、大体……七時くらいに食堂に戻って来るってのでどうかしら?」


「ああ、いいぞ。ならばそうしよう。では、今からは各自自由に動くぞ」


俺がそう言うと、傍らに控えていたノヴァが早速動きを見せた。


「では、私は周辺の酒場を当たってみよう。鍵は【天使】が持っていてくれて構わないぞ。

もし私の方が早く帰ってきても、食堂で待っていればいいのだからな」


「そう? なら、鍵は私が持ってるわ」


カレンが鍵をポケットに仕舞うと、


「うむ。では、私はもう行こうと思う。お先に失礼させて貰う」


ノヴァはこちらに背を向けると、階段を降りて姿を消した。


俺は軽く息を吐くと、自分の部屋の鍵穴に鍵を差して鍵を開けた。


それを見て、カレンが小首を傾げる。


「貴方はまだ行かないの?」


「ああ。俺は少し、準備をしなければな」


「準備?」


「そう、準備だ」


俺はドアを開くと、カレンの方を向いてふっと笑って見せた。


「案ずるな。今回ばかりは、さして危険な事ではない。いや、完全に危険が無いワケではないが……Aランク以上の者なら問題ないレベルだ」


人目が無いのをいいことに、いつも通りに手をぷらぷらさせる俺に、カレンは軽く笑ってくれた。


「それは良かったわ。貴方は、私の知らない所で危険な事ばかりしているみたいだから、これ以上そんな事をするようなら、一度ビンタしてやろうかと思ってたのよ?」


「それは嫌だな。勘弁願いたい」


俺が苦笑混じりに言うと、カレンはクスクスと笑って言葉を重ねた。


「なら、もう二度とそういうことはしないことね。……パートナーに隠し事をされると、すっごく哀しいのよ?」


寂しそうに項垂れるカレンに、俺も真面目に返した。


そこまで心配してくれていたとはな……。これは、俺も以後の活動を考えた方が良さそうだ。


「……善処する。次からは、お前にも知らせよう……【天使】」


真摯な態度で言葉を紡ぐと、カレンは顔を上げた。


フードから僅かに覗く口元は少しだけ弛んでおり、俺に背を向けると、階段を降りていく。


どうやら、ノヴァと同じくすぐに動くつもりらしい。


俺がじっと遠ざかる背中を眺めていると、階段を降りる足を止めたカレンは、こちらを振り返った。


そして、囁くように言った。


「……約束よ?」


「ああ」


頷いて返すと、カレンは再び階段を降り始め、姿を消した。


それを見送った俺は、暫時そのままカレンが去っていった方を見つめ、やがてそっと息を吐いた。


どうやら……カレンは、本気で俺のことを心配してくれているらしい。


俺の命なんて、銅貨一枚の価値も無いのに。


「……いや」


そこまで考えて、俺は首を振った。


カレンが心配してくれた命を、そんなに軽く扱うのは失礼かもしれないな。


案外、俺も捨てたモノじゃないらしい。


無意識の内に、ふっと微笑みを浮かべつつ、俺は『準備』をするために部屋の中へと入っていった。



―――――――――――


微かな潮風が吹き渡る夕方の港町にて。


夕陽に照らされた道を、背中半ばまで伸ばされた黒髪の女性が歩いていた。


元々は艶やかな金髪だったのだが、緒事情により今は黒髪に変えている。


出る所は出て、締まる所は締まっている――そんな、完璧なプロポーションを持つ女性は、潮風に靡く黒髪を軽く押さえた。


たったそれだけの仕草で、道行く人々は男女問わず目を奪われる。


いや、その仕草がなくとも、人々の視線は黒髪の女性に釘付けだった。


白磁の肌に端正な顔立ち、美しいグラデーションの碧眼、艶やかな長めの黒髪。


極めつけは、女性として理想的な曲線を描く、プロポーション抜群の肢体。


その壮麗な容姿、まさに絶世の美女と呼ぶに相応しい。


そんな、とても人目を引く美女――ノヴァは、建ち並ぶ店を眺めながら道を歩いていた。


しかし、彼女が探す場所は見当たらない。


港町なのだから見つけるのは容易いだろうと踏んでいたノヴァだったが、この辺りは彼女が目的とする店は少なく、土産物屋や八百屋、宿屋や飲食店などの方が多いようだった。


思わず、ため息を漏らすノヴァ。


(むぅ……、港町なのだからもっとあるものだと思っていたのだが。

考えが甘かったか……?)


「あのっ!」


「……む?」


ノヴァが腕を組んで考え込んでいると、誰かが声を掛けてきた。


声がした方を見てみれば、優しげな顔立ちをした白い鎧を着た金髪の美青年と、黒いタンクトップを着た精悍な顔立ちの茶髪の青年に、何処かの神殿の神官服を着た青い髪の綺麗な女性と、黒いローブ姿の赤髪の美少女がいた。


当然の事ながら、ノヴァは初めて見る面々である。


つまるところ、全くもって見知らぬ人達という事だ。


……いや、例え知らなくても、レオン辺りがこの四人を見たのなら、間違いなく何らかの反応を示していたのだろうが。


そんな事は知らないノヴァは、首を傾げて声を掛けてみた。


「なんだ?」


「あっ、いえ……お困りのようでしたので、声を掛けた次第で……」


白鎧の青年は、緊張したように言葉を紡ぐと、慌ただしく視線を泳がす。


そんな青年の様子に、ノヴァは不思議そうな顔をするも、肯定の意を返した。


「ああ、確かに少し困ってはいるな」


それを聞いた途端、白鎧の青年は思いきったように口を開いた。


「その、僕で良ければお手伝いしましょうか?」


「なに?」


ノヴァはちょっと目を見開き、白鎧の青年の申し出について考える。


(別に、私一人でも酒場くらい十分に探せるだろうが……、人手は多い方が良いか?)


少しだけ考えた後、ノヴァは頷いて返した。


「その申し出、有り難く受けさせて貰おう。構わないか?」


「もちろん! そのつもりで言いましたから!」


そう言って、爽やかな笑みを浮かべる白鎧の青年。


その輝くような笑顔を見て、頬を仄かに赤くして俯く――何て事はなく、ノヴァは普通に礼を言った。


「そうか。すまないな、礼を言う」


「――なっ!?」


すると、それを見ていた茶髪の青年が、驚きの声を発した。


突然の事に、驚いてノヴァがそちらを見てみれば、茶髪の青年だけではなく、青髪の女性と赤髪の美少女までもが驚きの表情を見せていた。


続けて、茶髪の青年がボソッと呟いた。


「こいつのキラースマイルに全く動じないなんて……そんな女性は初めて見た」


「キラースマイル……?」


意味が分からずに、ノヴァが怪訝そうな表情をすると、茶髪の青年は慌てたように両手を前に出した。


「いやいや、何でもねぇよ。ちょっと驚いただけだ」


……だから、何に驚いたと言うのだ。


ノヴァはそう思いはしたもの、口には出さない。


それよりも、まずは名前を訊くべきだろう。


ノヴァは白鎧の青年の方に向き直ると、


「私の名はノヴァと言う。君達の名は?」


「そう言えばまだ名乗ってませんでしたね。僕は〝カルス=ウィリアム〟って言います。

それで、こっちの人が仲間のギル、ライラ、ミリアです」


「おう。俺は〝ギル=ジハード〟ってんだ。よろしくな、ノヴァさん!」


茶髪の青年が片手を挙げて言うと、


「私が〝ライラ=アイシャス〟です。よろしくお願いします」


青髪の女性がそれに続き、


「……私が〝ミリア=セイドス〟。よろしく……」


最後に赤髪の少女が名乗った。


「カルスとギル、ライラにミリアか。分かった」


ノヴァは四人の顔を見ながら言うと、続いて本題に入った。


「では、双方名乗り終えたところで話を戻すが。困っていた事と言うのはだな、酒場の場所が分からずに困っていたのだ。

この辺りに何処か、大きな酒場はないか? なるべく、人が沢山集まる方が良いのだが」


ノヴァがそう切り出すと、カルスは少し意外そうな顔を見せた。


「酒場……ですか?」


「そうだが……、それがどうかしたのか?」


ノヴァが不思議そうに問い返すと、カルスは慌てて首を振った。


「いえいえっ。あの……少し、意外だなーっと思って……」


「そうか? いやしかし、言われてみればそうかもしれんな」


ノヴァは目を閉じて一瞬考えるも、何事も無かったかのように続ける。


「それは兎も角、誰か知っている者は居らぬか? もし居るのなら、教えてほしいのだが」


ノヴァが訊くと、ギルとミリアが顔を見合わせ、ギルの方が口を開いた。


「それって、少し遠くなってもいいのか?」


「ああ、一向に構わないが……」


「何処かアテでもあるのか?」とノヴァが問うと、ミリアがポツリと言う。


「ここから少し行った所に、私のお父さんの古い知り合いが切り盛りしている酒場がある……」


「「えっ?」」


それを聞いて、カルスとライラは驚いたようにミリアを見る。


「そうなのかい、ミリア?」


「それなら、言ってくれれば良かったのに……」


カルスとライラがそう言うと、ギルが笑って言う。


「いや、後で酒場まで行って、そこで話して驚かせようと思ってたんだ。

俺も昔、あの人には随分と世話になったからな。そうだよな、ミリア!」


ギルがミリアに話を振ると、ミリアは無言でコクリと頷く。


「そうだったのかぁ」とカルスは頷くが、じっと四人のやり取りを見ていたノヴァに気付くと、申し訳なさそうに頬を掻いた。


「すいません、話に熱中してしまって……」


「――いや。そのくらい、別に構わないさ」


ノヴァがふっと笑みを溢すと、カルスは頬を赤くしてその笑みに見とれた。


「あ……」


「どうした?」


それに気付いたノヴァが訊くと、カルスは更に顔を真っ赤に染めて話を逸らした。


「い、いえ、何でもありません。それよりも、早く行きましょうか。

ほら、ギルとミリアも案内を頼むよ!」


「あ、ああ。それはいいんだけどよ……」


ギルは何かを言いかけ、口をつぐむ。


ノヴァが怪訝そうにギルを見ると、彼はある一点を見つめて目を逸らさない。


その視線を追ってみれば、何故か無表情でカルスを見つめ、ボソッと呟くライラの姿が。


「……カルスは渡さない」


「……」


この一言を聞いて、ノヴァはこめかみの辺りを押さえた。


何故なら、今のライラの呟きと、先程のカルスの様子から、全てを悟ったからだ。


ノヴァは、どこぞの女顔(と言うか、女顔を通り越して完全に女の顔)の現代の覇者ほど、自分が関わる恋愛について鈍い方ではない。


早い話が、点と線が繋がったワケだ。


ノヴァをチラチラと盗み見ては、頬を赤くするカルスと、そんなカルスを見つめて目を離さないライラに、コトの次第に気付き冷や汗を流すギル。


そんな有り様を見たミリアは、深々とため息を吐くと、


「……行こ、ノヴァさん。こっちだから」



―――――――――――


……目的地を知っている気のいい青年が居るのにも関わらず、その青年ではなく如何にも内気そうな少女が一行の先頭に立って案内するという、ある種異様な空気が流れる事約二十分。


ノヴァ達は、一軒の酒場の前まで来ていた。


その酒場は二階建てで、王都の酒場と比べてもさほど遜色がないほど大きな酒場で、多くの人々が酒盛りをしていた。


これなら、上手く情報が集まりそうだ――ノヴァがそう考えていると、ギルとミリアが先に酒場に入っていった。


そして、カウンターでグラスを拭いていた中年の男性を見ると、ギルが片手を挙げて何事か声を掛けた。


それに反応して中年の男性がギルとミリアの方に視線を向けた途端、驚いたような表情をして何事か言っている。


ギルとミリアを等分に見て話していると、中年の男性がこちらを見た。


続いて、ギルがこちらを見て笑っている。


その意味を理解したノヴァは、先程からチラチラと自分を盗み見ているカルスに声を掛けた。


「カルス、ギルが私達を呼んでいるようだが。行かなくてもいいのか?」


「あっ、そ、そうですね。早く行かないと……」


そう言いつつ、カルスが入って行くと、次にまたもや無表情で何事か呟いているライラが続き、最後に苦笑いを浮かべたノヴァが酒場へと入っていく。


ノヴァが酒場に入ると、酒場独特の熱気が彼女を迎えた。


ノヴァはそれに対しては特に反応を示さなかったが、続いて不躾な視線が集まると、眉をひそめた。


レオンと共にギルドに行っているお陰で、酒場の熱気には慣れているが、この手の視線に関してはいつまで経っても慣れる気がしない。


即ち、情欲に満ちた視線だ。


中には、ノヴァの肢体をねっとりと舐め回すように眺めつつ、ひそひそと下品な話をしている男共も居る。


(……聞こえておるぞ、愚か者共。そういう話は本人の居ない場所でするんだな)


尤も、本人がいなければしても良いというワケでもないだろうが。


ノヴァは、気をまぎらわすように黒色へと変わった髪を梳くと、ギルとミリアの方へと歩いていった。


途中、ノヴァの尻を撫でようとした男がいたが、ノヴァが障壁でそれを弾いてやったのは言うまでもない。


好きでもない男にそういう所を触られるのは、御免こうむる。


ノヴァがギルとミリアのもとへ行くと、先を歩いていたカルスが心配そうに訊いてきた。


「大丈夫でしたか? 良からぬ事をしようとした男が居ましたが……」


「ああ、大丈夫だ。そんな事はさせるつもりなどないのでな。

心配するな」


ノヴァが軽く笑いながら言うと、カルスはノヴァの笑みを見てまた頬を赤くする。


――ここまでくると、もう間違いようもないか。


カルスが自分にどんな感情を向けているか、明確に気付いたノヴァは、内心嘆息する。


――これは、少し厄介な事になりそうだ。この手のタイプは意外と諦めが悪い。


今この場に、レオンが居なくて良かった。レオンが居たら、問答無用でカルスを破壊してしまいそうだから。


「おいおい、ギル。ライラっつー美人の他に、こんな美人まで仲間に居んのか。

なぁ、そこの美人さん! 名前は何て言うんだ?」


「うん?」


そこで、先程ギルとミリアが先に話していた、中年の男性が話し掛けてきた。


この男性が、ミリアの父親の友人であるという人物だろう。


「ああ、私の名はノヴァと言う。それと、私はこの者達の仲間ではない。

先程会って、ここに案内してもらった次第だ。それより、貴方は?」


はっきりと「仲間ではない」と告げると、視界の隅に四人が何とも言えない視線を送ってくるのが入ったが、撤回はしない。


仲間じゃないのは確かな事だから、回りくどい言い方はせずにはっきり言った方がいいだろう――そう思ったからだ。


中年の男性は、ノヴァの否定の言葉に少し驚いたが、次の瞬間には精悍な顔に笑みを広げた。


「ノヴァさんかい。俺は〝ジャズ=ギリアム〟ってんだ。

見ての通り、この酒場を切り盛りさせてもらってるぜ。此処じゃ〝ジャズ〟とか〝オッチャン〟とか呼ばれてるから、好きなように呼んでくれ!

それと、あんたを案内した四人の中でギルとミリアって子がいただろ? まぁ、俺はその二人の知り合いってトコだな」


「話には聞いている。早速目的を果たしたい所だが……」


その前に、とノヴァは四人の方を向いた。


「四人とも、案内してくれて有り難う。これで私も目的を果たせる」


ノヴァが軽く頭を下げると、四人は……中でもカルスが頬を真っ赤にし、早口で言う。


「そんな、構いませんよ! 僕達は今から少し用事があるから一緒には居られませんけど……また、会えますよね?」


「縁が合えば、自然とまた会えるだろう。元気でな」


――流石に、そこまでの縁があるようには思えないが。


ノヴァは内心、苦笑気味にそう呟く。


そんな事を知らない四人は、明るく笑って別れを言う。


「またいつか会いましょう、ノヴァさん!」


「じゃ、ノヴァさん。俺達はこれで」


「見掛けたら是非声を掛けて下さいね!」


「……またね」


「ああ。縁が合ったらまた会おう」


それぞれ別れの言葉を言う四人に、ノヴァも頷いて返した。


立ち去る四人の背中を見送ったノヴァは、すっと視線をカウンターに向けると、カウンター席に座った。


すると、カウンターの中に戻ったジャズが、ノヴァに声を掛ける。


「それで、あんたは何か飲むかい? 大体の酒は取り扱ってるぜ」


「そうか。ならば……」


ノヴァは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「フラウ・ダスクを一杯頼む」


「おっ……中々奥が深いのを頼むんだな。意外だぜ」


ジャズはそんな事を言いつつ、棚からグラスを取り出し、それに蜂蜜色の液体を注いで、ノヴァの方にグラスを滑らせてきた。


「ありがとう」


ノヴァは小さく礼を述べると、グラスに口を付ける。


程よい酸味がもたらす豊潤な風味を味わった後、ノヴァは本題に入る。


「ジャズ。最近、この辺りで妙な事が起こったりしなかったか?

些細な事でもいいから、もし何か知っていたら教えてくれ」


「妙な事? 急に妙な事っつってもなぁ……」


ジャズは何かを考えるように顎を撫でるが、少ししてから何かを思い出したかのような表情をした。


「いや……待てよ? 妙な事だったら何でもいいのかい、ノヴァさん」


「ああ」


ノヴァが頷いて返すと、ジャズは視線で少し離れた位置にあるテーブルを示し、話を続ける。


「だったら、あそこにいる男達に話を聞いてみろ。俺も詳しくは知らないが、あいつらの内の一人がギルドの任務中に、突然消息を断ったって聞いたことがある」


ジャズの話を聞いて、ノヴァの瞳が一瞬だけ光を宿す。


(これは、いきなり有力な情報が得られそうだな。そうと決まれば――)


「ジャズ」


「ん? どうかしたか?」


「適当な酒を一本売ってくれないか?」


「いいぜ。占めて七千セルになるが、それでもいいか?」


すぐにノヴァの考えに気付いたジャズは、棚から一本の酒を取り出しつつノヴァに訊いた。


ノヴァは頷くと、財布からぴったり七千セルを取り出して、カウンターに置いた。


「確かに受け取ったぜ。ほら、持ってきな」


「ふむ、ありがとう」


ジャズから酒を受け取ると、ノヴァはグラスの中身を飲み干して早速その男達の方へ行こうとするが、それをジャズが呼び止めた。


「ちょっと待ちな」


「……?」


ノヴァが不思議そうに振り返ると、ジャズは悪戯っぽい表情をして口を開いた。


「ノヴァさん、あんたはカルスの事をどう思ってる?」


「カルス? ああ……」


ノヴァは苦笑いすると、再びカウンター席に座り、酒をカウンターに置いて、言葉を重ねた。


「私も鈍感ではない。あの者の想いには気付いているさ。

だが、生憎私には既に恋人が居てな。その恋人とも相思相愛で、上手くいっている。

だから、あやつの気持ちには応えてやれぬよ」


苦笑混じりに言うと、ジャズは口笛を吹いた。


「ほう! こりゃたまげた。あんたみたいな美人を虜にした男が居るのかい!

くぅ~、同じ男として羨ましい限りだ。さぞかし名の高い男だろうな。

これは好奇心で訊くが……あんたが夢中になってる男ってのはどんなヤツだ?」


ま、無理して答えてくれなくてもいいけどな――そう続けたジャズに、ノヴァは妖艶な笑みを浮かべた。


「いや、それくらい答えても構わない。既に、その事を知る者は多いからな。

私が愛する男は、世間ではこう呼ばれている――」


ノヴァはそこで一拍間を空けると、先程買い取った酒を持って、席から立ち上がりつつ言う。





「〝風の覇者〟――と」


「――ッ! っはははははは……そりゃ、マジでたまげたモンだね……」


ジャズは、驚愕に染まった表情で目の前に立つ美女の顔を見た。


そこには、輝かしく誇らしげな笑顔があり、その青き瞳は、自らの愛した男に対する愛情を、ただひたすらに宿していた。


そんなノヴァの横顔を見て、ジャズは諦めたように笑った。


(――ああ)


ジャズは、昔自分が鍛えてやっていた少年と少女、ギルとミリアの親友であるカルスの顔を思い浮かべると、その精悍な顔に苦笑をいっぱいに広げた。


(出来ることなら、ギルとミリアの親友であるお前の恋を応援してやりたかったが――)


目の前に立つ、この美しい女性の瞳には見覚えがある。


かつて、自分が恋した女性も、あんな瞳をしていたから。


あの瞳は、本気の瞳だ。


本気で、一人の男を愛している女の瞳だ。


そして、その瞳が映すのは、悪名が天下に轟いているあの〝風の覇者〟。


〝風の覇者〟の何処かに、この女性は惹かれたのだろう。


カルスとは、正反対の男に――。


(こりゃ、相手が悪すぎるぜ――)


「……」


ノヴァは、何事か考えているジャズに背中を向けると、今度こそ件の男達の方へ向かっていった。


その歩みを止める者はおらず、ノヴァが真っ直ぐ自分達のテーブルの方に来ている事に気付くと、男達は話を止めてノヴァの方を見た。


そして遂に、ノヴァは男達のテーブルの前まで来ると、手に持っていた酒を丁寧にテーブルに置いて、口を開いた。


「すまない、少し尋ねたい事があるのだが。構わないか?」


ノヴァがそう言うなり、男達は目配せしてからそれに応えた。


「いいぜ。何が聞きたいんだ?」


リーダーらしき男は、ノヴァが置いた酒を手に取り、早速グラスに注ぎつつ言う。


ノヴァはそれを見て、微笑みながら問うた。


「ありがとう。では、単刀直入に訊かせてもらおう。貴方達が組んでいたチームの中で、一人消息不明になった件について聞かせてくれ」


「……念の為訊いとくわ。あんた、ギルド員か?」


ノヴァの問いを聞いて、リーダーらしき男の表情が変わった。


先程までは、ノヴァの肢体を眺めてにやついていたが、その話を切り出した途端、若干表情が強張った。


「いや、私自身はギルドに所属してない。所属してるのは私の主だ」


「と、なると……あんたはそのギルド員の使い魔ってトコか」


リーダーらしき男は納得したように頷くと、低い声で言う。


「先に言っといてやるよ。余程の自信がない限り、この件からは手を退いた方がいいぜ。

この忠告を聞いた上で、それでも話を聞こうってんなら止めねーけどよ」


「構わん。話を訊かせてくれ」


動じることなく頷くと、リーダーらしき男はため息を吐いた。


酒を呷ってから、続ける。


「そうか。それなら仕方ねぇ、もう止めねーよ。あれは二日前の事だ――」



―――――――――――


一方その頃、〝光明の天使〟ことカレンはと言うと――。


「……思ったより情報って集めるの難しいのね」


やや薄暗くなった道を、とぼとぼと歩いていた。


カレンは、先程までは北支部のギルドで情報を集めようとしていたのだが、実際に北支部のギルドまで足を運んでそこでの情報収集を断念した。


何故なら、北支部で手に入る情報は、ギルド本部でシリアから受け取った書類に記載されていたからだ。


そもそも、今回の任務は北支部のギルドでは手に負えなかったからこそ、ギルド本部に依頼が来たのであって、手に負えないと分かっていて、北支部が更にこの件について深追いするのを期待するのは間違いだ。


現に、二日前に北支部のギルド員達が四人でチームを組んでこの件について調査した所、また更に一人の行方不明者を出してしまったという。


これでは、北支部のギルド員が慎重な動きになるのも分かると言うもの。


それでも情報を得たいのなら、行方不明者を出してしまったという件のギルド員達に話を聞くしかないが、そのギルド員達は今は北支部にはいないと言う。


現地まで来ればもっと深い情報が得られるものだと思っていたが、そんなカレンの目論みは物の見事に外れたのだった。


……よく考えれば、最初からその事くらい分かるのだろうが。


兎も角、無駄足になってしまったカレンは、一度問題となった場所の近くまで行ってみる事にした。


その場所とは、フォールン海岸と呼ばれる場所だ。


(そこで何か分かればいいんだけど……)


港町を出たカレンは、北に見える海を目指して疾走を開始し、それから間もなく、目的地に到着した。


限りなく白に近い砂浜に、澄んだ青い海という美しい景色。


しかし、出現する魔獣がB~Aランクの所為で、観光地からは外れている地。


それが、フォールン海岸だ。


カレンは、目の前に広がる美しい景色を眺めつつも、斜め後方から感じる気配に従って魔力を解放。


瞬間、夕陽に照らされ赤く染まった海岸を、純白の光条が走り抜けた。


その途端、背後から迫っていた魔獣が純白の光条に撃ち抜かれ、絶命する。


カレンは気配が消えるのを感じると、気配がした方向に向けていた手を下ろし、自分が倒した魔獣を見た。


しかし、そこに倒れていた魔獣を見るなり、カレンは眉をひそめる。


カレンが倒したのは、『ザシュアム』と呼ばれる魔獣で、四本足を持つ小型の水獣だ。


そこまでは良かったのだが、このザシュアムは通常の個体に比べると、余りにも大きすぎる。


通常は約三メートルなのに対し、このザシュアムは間違いなく七メートルはある。


「変ね。亜種かしら」


そう独白するも、その手の事にカレンは詳しくないため、首を傾げるも先に進み始めた。


カレンは砂浜を歩きつつ、何か分かることがないか周囲を見回したが、遠くの方に水棲魔獣の姿が見えるのみで、これと言った異変は見られない。


それでも諦めずに手掛かりを探し回っていると、遥か遠くの方に人影が見えた。


(こんな所に人? おかしいわね、今は北支部のギルド員達もこの海岸には来てないはずだけど……)


そこまで考えて、カレンはハッとした。


(となると、もしかして一般人? もしくは、何も知らずにこの海岸に入ってきた旅人……だとしたら危ないわね)


もしそうなら、早くここから立ち去るように促さないと!


カレンは、遥か遠方に見える人影の所へと急いだ。



―――――――――――


あれから少しして、カレンは人影の姿形まで完全に目視できる所まで来て、足を止めた。


とはいえ、あくまでも"覇者"後継者特有の圧倒的身体能力を持つカレンの話で、常人ではまず目視出来ないほど距離がある。


しかし、先述の通りカレンにはしっかりと目視できている。だからこそ、カレンは足を止めたのだ。


カレンは、そこにいた者を凝視した。


どこかで見たことがあるような気がしたからだ。


フード付きの黒いロングコートに、腰に帯びた黒い刀。


そして、極めつけは左手に纏われた蒼銀の風――。


(……あれ?)


カレンは腕を組んで考える。


(おかしいわね、もの凄く身近によく似ている人がいるんだけど……)


そう思い、訝しげに黒衣の男を眺めていると、件の黒衣の男がカレンに気付き、こちらを向いた。


そして、左手に纏わせていた蒼銀の風を消して、気安く片手など上げて挨拶してきた。


よく見てみれば、その足元には怪しい液体の入った容器が散乱して――。


「……」


見なかったことにした。


どうやら、ただの他人の空似だったらしい。少なくとも、カレンの知り合いには海岸で怪しい液体で何事かする人物はいない。


よって、アレはただの不審者だという結論に至る。


そう結論を出すと、カレンは物も言わずにクルリと方向転換して――


「――おい。流石に無視することはないのではないか?」



―――――――――――


「む?」


カレンとノヴァが去ってから数分後、準備を整えた俺は、使用する予定の魔法薬が入ったクリスタルカットの瓶を持ってフォールン海岸に来ていた。


シリアさんから渡されたあの書類――資料と言うのが正しい――に書かれていた内容では、行方不明者は揃ってこの辺りを調査した後、消息を断っている。


この辺りを調査していたのは、最初の行方不明者――つまり、元々この海岸での魔獣討伐の任務を受け、行方不明になったギルド員が、丁度この辺りで消息を断ったからであろう。


だから、この辺りを調査したのは別に変でも何でもない。

むしろ、それがセオリーだからな。


だが、その後に一体何があったかが問題だ。


それ以前に、今回シリアさんから頼まれたこの任務には、所々に奇妙な点がある。


その点を踏まえて調べるため、その手の魔法薬を使って痕跡を探していたのだが、暫くして身に覚えのある気配を感じ、気配のした方に目をやった。


すると、遠くに見慣れた白いローブを来たカレンの姿が見えて、俺は作業を一旦中止して、挨拶代わりに片手を上げてみせる。


カレンなら、これでも十分に見えると思ったからだ。


すると、カレンは少しこちらを凝視した後、何事もなかったかのように踵を返し――ってオイ。


俺は、慌てて砂浜を蹴り音速を超えると、一瞬にしてカレンとの距離を縮めた。


「――おい。流石に無視することはないのではないか?」


カレンの背中に責めるように言葉を投げ掛けると、カレンは呆れたようにため息を吐いて俺を振り返った。


「あのねぇ。調べるのはいいけど、あそこまで大胆に、隠すことなく海岸で怪しげな魔法薬を使って何かしてるのって、端から見れば不審者にしか見えないわよ。

はっきり言って、声が掛け難いのよ」


「声が掛け難いとは言え――ヤベッ、この口調で喋るのマジでタルい。

この辺りに俺達以外の人なんていないし、こっからは素で喋るわ。二つ名もナシの方向で」


「はぁ……それなら最初からそんな風に喋らなきゃいいのに」


「いや、この口調を使い出した当初はコレでイケるって思ってたから――じゃなくてっ」


俺が逸れかかって話を戻すと、カレンを見やった。


「なあカレン、ここに来る途中に変な魔獣を見なかったか?

何かこう、通常の個体と比べると、異様に感じる魔獣とか」


俺がそう言うと、カレンはちょっと目を見開いた。


「それなら見たわよ。一体だけだったけど、異様に体躯の大きいザシュアムが襲ってきたわ」


「体躯の大きい……? 妙だな、異常性に統一性がない。俺の見た変異魔獣とは違う異常性があるな」


俺がそう返すと、カレンは不思議そうに訊いてきた。


「ちょっと待って。貴方も亜種みたいな魔獣に遭遇してたの?

それってどんな魔獣だった?」


「そうだな……確か――」


カレンの問い掛けに、俺は今居る場所まで来た時の事を思い出す。


俺が道中遭遇した異質な魔獣は、全部で二十六体……その全ては、個体としての戦闘力が、通常の個体と比べると特化していただけで、外見的特徴は特に変化はなかったはずだ。


それだけなら、まだどうにでもなる問題だ。俺がその手の魔法薬でこの辺りの砂浜を検査した所、どうやらこの近くにゴウショクの希少種が生息している事が判明したからな。


ちなみにゴウショクとは、通常の個体は血を吸うだけだが、その中でも希少種であるゴウショクは、水棲魔獣に限り、血を吸う代わりに血を吸った水棲魔獣の筋繊維を強化するという、特殊な液体を分泌する風変わりな水棲魔獣だ。


どんなヤツかと言えば、外見はでっかいヒルです。としか言いようがないようなヤツだ。


まぁ、ゴウショクは人族に対して直接的な害は及ぼさないから、基本的に討伐対象になることはない。


間接的な害……つまり、水棲魔獣を強化してしまうという害はあるけどな。


それと、なぜ水棲魔獣だけに限って筋繊維が強化されるのかはまだ分かってないが、俺的には水棲魔獣独自の身体構造辺りが関わってると思う……って、ンな事ァ今は置いといて。


余計な思考を振り払うと、俺は答えた。


「外見は通常の個体と大して変わらない。ただ、戦闘力が通常よりも高かった程度で、その理由は既に分かってるからいいんだが――ッ」


そこまで言って、俺は気付いた。


ちょっと待て……俺が斬り殺した魔獣の死体の話が出てこないのはどういうことだ?


ここまで来るのに、カレンは俺が通ってきた道と同じ道を通ったはずだ。


ならば、魔獣の死体を見ていて、カレンならその事について真っ先に尋ねてきていてもおかしくはない。


既に魔獣の死体が別の魔獣に捕食されているというのも、まず有り得ない話だ。


俺が魔獣を殺してから、他の魔獣が死体を捕食しに来るほどの時間はまだ経っていないのだから。


それに、想定外の早さで他の魔獣が死体を捕食していたとしても、俺が斬り殺した際に噴き出た血痕なり何なり、何かしら痕跡が残っているはずだ。


なのに、その事を訊かないのは何故だ――?


「急に黙ったと思えば、今度は考え事? どうかしたの?」


「カレン、ここに来る途中に俺が倒した魔獣の死体とか見なかったか?」


「魔獣の死体? そんなモノここまで来る時には見なかったわよ。

私がここに来る途中で襲ってくる魔獣が少なかったのも、先に行ってたレオンが魔法で一掃してくれてたからでしょ?」


首を傾げて言うカレンに、俺は首を横に振った。


唇を湿らせて、口を開く。


「いや、違ェ! 確かに俺は、道中で襲い掛かってきた魔獣を一掃してはいるが、それは全てこの刀で斬って殺したんだ!

魔法なんて使っちゃいねェんだよ!」


「えっ……」


カレンは小さく声を洩らすと、戸惑ったような声音で返してきた。


「でも、それらしき痕跡なんて無かったわよ!? 斬ったなら血痕くらいは残るものでしょう!」


「だから変なんだよ! なにか、なにか様子がおかしいっ。嫌な予感がする……!」


そう告げた時、それは起こった。


突然視界がぼやけたかと思うと、急速に視界が薄れ始めたのだ。


目の前にいるカレンの姿が、みるみるウチに薄れていく。


「――なにっ」


「レオンッ!!」


さっと周囲に視線を走らせた俺は、ある勘違いをしていた事に気付く。


確かにカレンとその周囲の光景はぼやけて見えるが、俺の体だけは明確に見えている――。


つまり、今この空間で異常なのはむしろ、周囲の光景から浮いている俺の方だ!





――これは、カレンが消えつつあるんじゃない。


逆に、俺が消えようとしているんだ!?





「ちっ……流石に想定外だぞこいつァ!」


さしもの俺も、いつものように余裕ぶってはいられない。


まさか、この俺が消される側になろうとはっ。


「いや……いやよ。レオンッ!」


俺の方に手を伸ばしてくるカレンに、俺は叫んだ。


「心配はいらん! 俺に構わず、お前は今すぐ戻ってノヴァと合流しろっ」


「――――――ッ!!」


俺が言葉を言い切る前に、空間ごとカレンの姿が薄れていき――。


恐らく俺の名前を叫んだであろうカレンの泣き顔を最後に、俺は完全に消え去った。



―――――――――――


それは、突然起こった。


急に周囲の景色がぼやけたと思うと、レオンの姿が急速に薄れ始めたのだ。


「――なにっ」


レオンもすぐにそれに気付き、周囲を見回した。


「レオンッ!!」


思わず、カレンが名前を呼ぶと、レオンは舌打ちした。


「ちっ……流石に想定外だぞこいつァ!」


そう毒づくレオンの顔にいつもの余裕は感じられず、カレンはレオンに向けて手を伸ばした。


しかし、そこで気付いた。


レオンに向けて伸ばした自分の腕も、周囲の景色と同じく薄れていることに。


しかし、レオンの先程の様子から察するに、消えつつあるのが自分ではなくレオン自身だということが分かった。


「いや……いやよ。レオンッ!」


レオンが消えるのが怖くて、手を伸ばしてみてもレオンに触れることは叶わない。


そうこうしている間に魔法で下がらないようにしていたフードが下がり、素顔が出てしまったが、気にしている場合じゃない。


そこで、レオンがカレンを見つめて叫ぶ。


「心配はいらん! 俺に構わず、お前は今すぐ戻ってノヴァと合りゅ」


――レオンの語尾が消えた。


何故なら、薄れていたレオンの姿が完全に見えなくなり、消え去ってしまったからだ。


「レオォォォンッ!!」


それと同時に空間の歪みが収まり、漸くレオンが居た場所に手が届くようになる。


しかし、当然の如くそこにはもうレオンの姿はない。


カレンは本気で気配を探ったが、見つからない。少なくとも、この海岸にレオンの気配は感じられなかった。


カレンは呆然とするが、レオンが途中まで言い残した言葉を思い出し、俯いた。


――こんな所で立ち止まっていても、事態が好転するわけじゃない。


本当に事態を好転させたいのなら、例え辛くとも今は動くしかないのよ!


カレンは、くっと顔を上げると、下がっていたフードを被ってすぐに魔力を集中した。


――レオンなら大丈夫。何事もなかったかのように帰ってきて、いつも通りに不敵な笑みを浮かべるのよ。


だから、今は動く時よ! カレン!


自分に言い聞かせるように、胸の内で自らを叱咤すると、カレンは呟くように詠唱した。


「【トラベラー】」


言下に、足元に転移の魔法陣が展開され、カレンの姿は霞むようにしてその場から消えた。



―――――――――――


一方、酒場に足を運んでいたノヴァはというと――。


夏なので、七時に近い時間帯になっても少し薄暗くなった程度の道を歩いていた。


転移しても良かったのだが、酒場から宿まで歩けば、丁度良い時間に宿に着くと考えたノヴァは、酒場を出たらそのまま歩いて帰ってきていたのだ。


そんなノヴァの思惑通り、七時に近い現在、既にノヴァは宿のすぐ近くまで帰って来ていた。


――丁度良い時間に帰って来れたな。


少し先に見える宿を眺めたノヴァは、そう考えつつ足を速めた。


宿から二人の気配を感じられないのを見るに、二人はまだ帰ってきてないだろうから、食堂の席を取っておかねば。


そう思い宿の扉を開くと、奥の食堂から喧騒と食欲をそそる料理の匂いが漂ってきた。


その匂いに少し頬を緩めつつ、誰も居ない受付を通り過ぎると、食堂に足を踏み入れた。


途端、視線(特に男の)がノヴァに集まるが、ノヴァはそれに構わず食堂を見渡す。


この時間帯になると、この宿に泊まっている人達が下りてきて食事を取る為、やはり人が多く、中々席が見つからない。


しかし、丁度食事を終えた人達が上の階に戻っていったので、四人座れるテーブル席が一つ空いた。


それを見て、ノヴァは軽く笑みを浮かべた。


(フフッ、丁度良い。運が良かったな)


ノヴァは、テーブルの上が片付けられるのを待つと、そのテーブル席についた。


すると、厨房の方からこの宿のボーイらしき青年が小走りに近づいてきた。


「お、お客様。御注文はお決まりでしょうか?」


ボーイは、ノヴァの美貌を見て緊張したのか、ガチガチに固まって訊いてくる。


そんなボーイの様子に内心苦笑するも、ノヴァは落ち着いて答えた。


「――いや。まだ二人ほど来る予定なのでな。今は注文はないんだ」


「か、畏まりました。御注文の際はお呼びください」


ぎこちない動きで一礼すると、ボーイは厨房の方へと戻っていく。


しかし、右手と右足を同時に動かしているので、ギクシャクした動きになっている。


それを見たノヴァは苦笑いするが、強い力を内包した存在が瞬時に宿の前に出現したのを感知し、ピクリと反応する。


(この聖なる光の力を感じさせる清らかな気配は……カレンだな)


ノヴァは、すぐにその気配の主が誰か分かったが、宿の扉を空けて入ってきたカレンの姿を見て、形の良い眉をひそめた。


(なんだ? 少し落ち着きがないように見えるが)


後ろ手に扉を閉めたカレンは、足早に食堂に入ってくると、食堂を見渡し始めた。


やはり、少し落ち着きを失っているな――そう思いつつ、ノヴァはカレンに向けて軽く片手を上げた。


その手に気付いたカレンは、ノヴァが取っていたテーブル席までいくと、ノヴァの正面に腰掛けた。


そんな、精彩を欠いたカレンの様子を見かねたノヴァは、首を傾げて訊いてみた。


「もしかして何かあったのか? 今の【天使】は何かこう、少し落ち着きがないように思えるのだが……」

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