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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
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覇者の屋敷と使用人 後編

大気を蹴りつけ急速に加速した俺は、魔族達が潜む森に真っ向から突っ込んだ。


当然の如くそれを阻もうと闇の球体や光線が飛来するもの、それらの悉くを蒼銀のオーラを纏った黒刀を一振りして消し飛ばすと、遂に魔族が潜伏している森の内部に斬り込んだ。


すると最も近くにいたバトルドレスを着た魔族の女が銀髪を振り乱し、鋭く叫ぶ。


「貴様、何者だ!?」


「そうだな……」


誰何の声に俺は黒刀を下段に構え――


「――お前達の敵とだけ言っておこうか」


その場に残像のみを残し、名も知らぬ魔族の女を左下から右上へと切り裂いた。


そしてそのまま女の後方へと駆け抜ける。


「なっ――」


結果、呆然としていた魔族の女の肢体が斜めにズレ、ほっそりとした右膝から豊かな左胸より上がボトリと地に落ち、残された斜めに切り裂かれた身体から血飛沫が吹き出る。


「――」


周囲にいた他の魔族達は突然の、それでいてあまりにも無慈悲な仲間の死に呆然としたのも束の間――。


「――ッ敵だ! 殺せぇぇぇぇッ!」


瞬時に抑えていた魔力を解放し、各々の武器を構えて襲い掛かってきた。


その速度は音速に近い速度に到達しており、瞬く間に俺に攻撃が迫るが――。


「――ッククククク! 【瞬転】!」


全ての攻撃が悉く空を斬り、魔族達は気配に従いバッと上空を見上げ、空中に浮いている俺に殺意の籠った視線を送ってきた。


俺はそんな魔族達に構わず、無表情で先程斬り殺した魔人の女の血が滴る黒刀の刃を見やり――唇の端を吊り上げた。


肉と骨を断つ手応え、そして断ち切った肉体に見えていた血肉と内臓。


全て覚えている。魔族と言っても、人であることに間違いはないのだ。


――遂に俺は直接人を殺してしまったか。


だが――


「悪くない……」


『久しぶりだァ……この、人の命を断ち切る感覚はァッ!』


「存外、悪くないぞ! ックハハハハハハハハァッ!」


俺は空中で感情の高揚に耐えきれず高笑いすると、黒刀を構えて大気を蹴りつけ、殺気立つ魔族達に再度急降下していった。


音速を超えた速度で墜ちる俺は、巨大な戦斧を担いでいた魔人の男の首筋に黒刀を横殴りに叩き付ける。


魔人の男は音速を超えた俺の攻撃に僅かに応じるような動きを見せたものの、恐らく身体の方が着いていけてなかったのだろう。

何も出来ずに、血飛沫と共に首が宙を舞う。


俺が引き裂けそうな壮絶な笑みを浮かべた時、良く通る高い声が辺りに響いた。


「――囲めッ! 後衛はアンチマジックの魔法陣を展開、前衛は一人で当たろうとせず複数で当たれ!

敵は単体だ、魔法を使わせず手数で押すのだ!」


――ほう?


どうやら、腕の良い司令塔が居るようじゃないか。


そう思い俺が目だけで声のした方を見やると、銀髪を靡かせて此方を睥睨する女が一人。


ふと思い直して他の魔族達を見てみれば、男女問わず全員が銀髪だった。


と、なると、此処にいる全員がそれなりに年月を経た強者だと言うことになるな。


魔族の特徴として、歳を重ねれば重ねる程銀髪になるというのがあるからな。


俺が戦闘中なのにも関わらずよそ事を考えていると、辺り一体に青白く輝く魔法陣が展開された。


俺がそれを一瞥して目を細めると、先程の魔族の女が細腰に片手を当てて言う。


「呆けていていいのか、人間。それはアンチマジックの魔法陣……これで貴様はもう魔法が使えない。

最早貴様に勝ち目は無い。武器を捨て、降伏するがいい。命だけは助けてやる」


「……ククク」


俺は女の申し出に、思わず笑ってしまった。


降伏、降伏しろだってさ。アホらし。馬鹿なんじゃないのか?


ヤバいな、あの魔人の女。あいつだけ情報源として、生きたまま拘束して持ち帰ろ。


「……何がおかしいっ」


俺がこの状況に置かれて笑い声を洩らしたのが不服なのか、魔人の女が声を低くして訊いてくる。


それに応じ、俺も答えてやる。


「何がおかしいか、だと? 決まっているだろう。一つは、この程度の魔法陣でこの俺を抑えられると思っていること。

そして、もう一つは――」


言葉を紡ぎつつ、俺は体内で魔力を高め――





「お前達が自らの勝利を疑っていないことが哀れすぎてな。

これが笑わずにいられようか――いや……笑わずにいられるかってんだァ、格下ァッ!」


俺が態度を豹変させてそう怒鳴ると、魔人の女はただでさえ乏しい表情を消して、呟いた。


「交渉決裂だな。――殺れ」


言下に。


周囲で武器を構えていた魔人達が、音速に近い速度で俺に迫り――





『茶番は終わったかァ、あァン? さァ、内にたぎりし殺意を解き放てェッ!

精々、俺を失望させるなよォ!?』


「壊せ壊せ壊せこの世の理をも破壊せし森羅にして万刹の風よォ! 【ファルオール・ディスティア・エアリアル】!」


――俺の声が響き渡った瞬間。


バトラ山脈山頂から遥か彼方上空を、無数の螺旋を描く蒼銀の魔光が塗り潰した。



―――――――――――


「まァ、ざっとこんなモンかァ?」


あまりにも強大な力だった所為か、その余波を受けて僅かに蒼銀に色付いた風に黒衣をはためかせ、呟く者が一人。


もちろん、それは俺である。


と、そこで、俺は自分の魔法が炸裂したこの辺り一帯を見回す。


あれ程の力が直撃したのだ、当然のごとく酷い有り様になっている――ハズなのだが、実際には多少地面が抉れ、数本の木々が折れただけで、その他には全く被害は見られない。


それを見て取って、俺は満足げに一つ頷いた。


〝攻撃対象の選択〟……シリアさん程ではないにせよ、多少コントロールが出来るようになってきたな。


最も、俺が手に入れた新たな力の方は、まだ全然その手のコントロールは出来そうにないけどな。


さーてと……んじゃ一丁、"分岐点"内部の異次元空間の破壊といこうじゃねェかァ!?


実質的には、その為に生かしておいたんだからよォ……!


俺の計算が正しいのなら、恐らく"分岐点"を管理しているヤツは一人しかいない。


空間把握能力に優れ、それでいて部隊の中で命令を下す立場にある者。


「く……ぅ……」


俺は呻き声のした方に首を巡らせると、唇の端に笑みを刻んでそちらに歩み寄った。


俺が歩む先には、先程魔人達に指示を出していた女の魔人。


「うぅ……き、貴様……」


俺が地に伏している魔人の女の前まで来ると、魔人の女が恨めしそうに俺を見上げた。


俺はそんな女を尻目に、新たな力の内の一つを行使する為、体内で魔力を高め、高まりきった魔力を解放した。


さぁ、見るがいい。

遥か遠き異世界で神をも喰らったとされる魔狼を封じた鎖を。


「神話再現――『魔狼縛りし無限の連鎖(グレイプニル)』」


「――ッ!? グレイプニルだと!? ぐうっ……!」


言下に、魔人の女のちょうど真上に位置する場所から突然鎖が現れ、地に伏したままもがこうとする魔人の女の動きを封じ、捕縛した。神話再現――これが、俺の手に入れた新たな力の内の一つ。


もちろん、オリジナルであるグレイプニルには遠く及ばないが、能力はオリジナルであるグレイプニルと全く同一である。


この力は、俺がファランから渡された〝異世界の知識〟と〝創造〟の魔法を掛け合わせた結果、つい先日遂に実用できるまでに完成してきた力だ。


もっとも、能力はあくまでも創造の力で再現しているだけなので、先程も言った通りあらゆる面においてオリジナルであるグレイプニルには遠く及ばない。


俺は魔人の女を捕縛した後、周囲一帯にあの"分岐点"がないか見渡したが、それらしきモノは無かった。


やはりな……となるとあの"分岐点"、結界を張るのと同じ要領で展開したり消したりしていたのか?


『恐らくそうだろォなァ。攻撃が来る度に干渉を繋いで"分岐点"を出現させてたんだろ。

その女に展開させたらどうだァ? その後にその女と"分岐点"のリンクを断ち切ってやりゃあいいんだからよォ』


『そうだな。そうすることにするさ』


俺は深層意識から声を響かせてくるファランにそう返すと、眼前に転がる魔人の女を見やった。


「で? お前の仲間はお前を残して全滅しちまったが……まだやるか?」


「……」


俺がそう言うと、魔人の女は唇を噛み締めて暴れるのをやめた。


俺は念の為女が持っていた剣……ん? これ魔剣じゃね? 魔剣を回収すると、魔人の女の首筋に黒刀の刃を添えて口を開いた。


「お前が使っていた"分岐点"を展開しろ。さもなくば……アレだ、なんかするぞ」


「……それが貴様の素か」


魔人の女はそう呟くと、


「……開け。虚世を繋ぐ無明の扉よ。【虚世の(ロスト・スレイス)】」


魔人の女の呟きに呼応するように、魔人の女のすぐ隣の空間が派手に揺らぎ、黒い裂け目が現れた。


俺は、魔人の女が素直に従ったのを見て、意外そうに魔人の女に目を向ける。


すると、魔人の女はその端正な顔をいやらしく歪めて口を開く。


「ふふ……私が素直に従ったのが随分と不思議そうだな……」


「そりゃまあ、不思議なんだけどな。でも、その理由を訊いたところでお前が真実を語ってくれるとは限らないだろ?

だからあえて何も訊かない。何なら拷問してもいいんだが……お楽しみは後に取っとくモンだろ?

まァ、お楽しみだからこそ全力で楽しめる最初のウチにやっとくって考えがないワケでもないけどな。

取り敢えず今は、真っ直ぐ進むだけだ。おっと、俺が姿を消している間に逃げようなんて思うなよ?

さっきは俺が許可したから転移以外の魔法が使えただけであって、許可がない今では魔力を死ぬギリギリまで根こそぎ吸われるから。

何せその鎖、あの有名なグレイプニルの再現だからなァ」


俺が自慢たらしく笑ってやると、魔人の女が表情を驚愕に染め上げて叫ぶようにして言う。


「やはりただのまぐれで言っていたわけではないのか! 何故この世界の人間が遥か遠き異世界の事を知っている!?

何処で知った? どうやって知った? よもや、貴様は次元の壁を越えて世界を渡ったとでも言うのか!?」


「あ~、はいはい。分かったから、少し大人しくしてろ。お互い、積もる話しは後にしよーぜ。

大丈夫だ、多分すぐに終わるからさァ」


俺が気だるげにヒラヒラと手を動かして言うと、魔人の女は嘲笑うように小さく言った。


「まるで、自分が必ず勝ってこちらの世界に帰って来れるような言い様だな……」


「まぁね。アテがないわけでもねェし……確率が零でない限り、やってみるだけだ」


俺は淡々とそう返すと、開かれた"分岐点"に向かって足を進めた。


「……」


試しに目前の"分岐点"の中に手を入れてみると、"分岐点"の中に入った手首から先に、粘液に手を突っ込んでいるような極僅かな抵抗が生じた。


俺は念の為にと呼吸を止めて、『風の覇者』としての力を使い体内で自立して酸素を作れる状態になると、無呼吸で"分岐点"内部へと入っていった。


しかし途中で入るのを止めると、振り返らぬままに地面に転がっている魔人の女の周囲に結界を張った。


もちろん、逃げられない為と、何者かに襲われた時の為だ。


大切な情報源だからな。それに俺自身、この女に訊きたい事がある。


俺は結界を張り終えると、ぼそっと呟くようにして言う。


「世界は一つじゃない……その秘密を知り得たのは、何も魔族だけではない。

……俺だって、なかなか刺激的な人生を送ってるんだぜ?」


そう言い残すと、今度こそ俺は"分岐点"の中に入っていった。



―――――――――――


――黒。


空も大地も――全てが黒一色に染まった世界に、地の底から響くような怒号と剣撃の音、魔法の詠唱が響き渡る。


ガインッ!


ガキッ、ガカカッ!


「闇よ、我に仇なす者を蹂躙する津波となれ。【ダークネスウェーブ】!」


この漆黒の荒野で、今も戦いを繰り広げているのは、二つの勢力。


一つは〝闇主側〟。魔王である『闇の覇者』を支持する軍勢、今ここにいるだけでもその数は六千にも及ぶ。


対するもう一つの勢力は〝反戦側〟。人間達との戦争を拒む、反戦主義者達が集まった勢力だが、その数は今や四十人程度しか生き残っておらず、全滅は時間の問題となっていた。


今こうして四十人だけでも生き残れているのは、少数であるが為に機動力が高いからである。


しかし、このままでは自分も仲間達も皆殺しにされてしまう。


〝反戦側〟を率いる魔人ユリウスは、一時的に撤退すると、漆黒の荒野の所々に点在している森の中に潜伏するように仲間に伝え、唇を噛み締めて今の戦況を再確認した。


本当ならば、戦いになるハズではなかった。


反戦主義とは言えど、同じ魔族。戦いをやめるように呼び掛けるだけならば、戦いには発展しないハズだった。


実際、今までも戦いをやめるように呼び掛けるだけならば煙たがられる程度で、戦いに発展した事はなかったのだから。


しかし今回は今までとは赴きが異なり、何時ものように戦いをやめるように呼び掛けると、次第に雲行きが怪しくなり、はっとした時には攻撃されていたのだ。


何故、と問い掛けても、「お前達が邪魔になったからだ」としか答えは返ってこない。


確かに、反戦を唱える自分達は、〝闇主側〟である彼等彼女等に取っては邪魔になるのかもしれない。


だがしかし、それだとすると辻褄は合っても納得出来ない点がある。


それは、自分達が邪魔だったのならば何故今までは殲滅しようとしてこなかったのか、ということである。


明らかに彼等の上層部達が趣向を変えたのが見て取れる。


つまり、いつまでも戦争を拒否し続ける〝反戦側〟の排除を始めたのだ。


ユリウスが自分の銀髪をくしゃり、と苛立たしげにかき揚げた時、


「ユリウス様」


「なんだい?」


側にいた薄い褐色の肌に白い髪を持つ、ダークエルフの女性が、気遣わしげに果実酒の入ったボトルを渡してきた。


「ああ、すまない。ありがとう」


魔人は酒を幾ら飲もうとも酔う事はない。なので、ユリウスは礼を言いつつそれを受け取ると、果実酒を少しだけ口に含み、これからの事を考える。


このまま戦いを継続するか、否か。


だが、この思考には最早意味などないのかもしれない。


〝闇主側〟が本格的に〝反戦側〟を排除し始めたのなら、魔界に戻ったとしても、もうそこには安穏の地などないだろう。


そして、自分に着いてきてくれた仲間達も、それを覚悟しているのだろう。


なのに、何の不平の一つも鳴らさずに仲間達は着いてきてくれている。


それを見ると、申し訳ないという気持ちと共に、こんな自分に着いてきてくれたのが言葉に出来ない程に嬉しかった。


自分に着いてきてくれる人なんて、昔からの親友であるサイスくらいのものだと思っていたから。


そんなことを考えていると、サイスその人がユリウスとは違う果実酒の入ったボトルを片手に保持して、こちらに歩み寄ってきた。


サイスはユリウスと同じく魔人で、もう五百年近い付き合いになる。


肩にかかる程度まで銀髪を伸ばしているユリウスとは違い、サイスは少しだけ長い程度の長さの銀髪で、何時も冷静な態度を崩さない。


そして今も、この戦況に陥っても尚、クールな表情を崩さない。そんな友の何時もと変わらぬ様子に、ユリウスは少しだけ苦笑する。


「……どうした。私の顔を見て苦笑いなどして。何か付いているのか?」


「いや、なんでもない。ただ、この戦況でもお前は変わらないな、と思っただけさ」


ユリウスはそう返すと、ボトルを片手に辺りを見回し、手頃な木を見つけると、その場で地を蹴り木の枝に飛び乗り、そこに腰掛けて下からこちらを見上げているサイスの方を見た。


すぐにその意図を察したサイスは軽く頷いて返すと、地を蹴って同じく木の枝に着地し、ユリウスの隣に腰掛けた。


ユリウスとサイスは、暫時黙したままそれぞれボトルの中身を呷ると、やがてサイスの方が沈黙を破った。


「……彼女はやはり向こう側に付いているのか」


「彼女……ああ、ミスティの事か」


ユリウスはもう一度果実酒を呷ると、小さく頷いて返した。


サイスは「そうか」と一つ頷くと、紅い瞳を伏せて問う。


「……いいのか、ユリウス? お前は、彼女の事が――」


「いいんだ!」


みなまで言わせず、ユリウスは口を開いた。


ユリウスは深緑の瞳を閉じると、囁くようにして続けた。


「……いいんだ。それが、ミスティの選んだ道なら。私がその邪魔をする資格は……ないさ」


「……そうか」


ユリウスの言葉に、サイスはそうとだけ返した。


彼女は……ミスティは、先行部隊を統率していた。


恐らく、既に向こうの世界に進出し、何処かに潜伏しているのだろう。


ユリウスが小さくため息を吐こうとした時、誰かが急ぎ足で森に入ってきた気配を感じ取り、ユリウスはさっと枝の上に立ち上がった。


すぐに動き出そうとするが、傍らで同じく立ち上がったサイスが手で制した。


「待て。この気配は……私が放っておいた物見だ」


「間違いないな?」


「ああ」


「そうか。ならいいのだが――」


ユリウスがそう言い、気配を感じた方を見やると、黒髪の青年がこちらに走ってくるところだった。


髪が黒い事から、まだ彼が百年も生きていない事が分かる。


ユリウスは青年の姿を見てそんな事を考えていたが、青年の端正な顔にありありとした焦りと恐怖が浮かんでいるのを見て、さっと表情を変えた。


物見の青年は木々を縫うようにして走り、仲間達が休息を摂っている開けた場所に来ると、周囲を見渡してから近くにいた魔人にすぐさま問う。


「すみません、サイス様とユリウス様は何処にいるか分かりませんか!?」


「ん? サイス様とユリウス様なら――」


魔人の男性がそれに答えかけたその時、サイスとユリウスは木から飛び降りてそちらに向かう。


そして青年の前まで来ると、サイスが切り出した。


「どうした。何かあったのか?」


「はい。しかしこの戦況で、これが果たして吉報になるか凶報になるかは定かではありませんが……」


「構わないさ。落ち着いて話してくれ」


口ごもった青年の気を楽にするようにユリウスがそう声をかけると、青年は深く息を吸ってから話し始めた。


「ご報告します。





〝闇主側〟約六千の軍勢が何者かに襲撃を受けているようです。


既に、部隊長が数名犠牲になったようで……戦場は今、総じて混乱に陥っています」


「……そうか」


「襲撃か……」


ユリウスとサイスは内心驚愕を露にするが、顔には出さずに互いに顔を見合わせる。


物見の青年に労いの言葉をかけると、直ぐ様全員に戦闘準備の号令を掛け、ユリウスとサイスはこの戦況に現れたイレギュラーについて言葉を交わす。


「どういうことだ……? "虚世の空間"に介入できる存在など魔族だけのハズ……〝闇主側〟の間で仲間割れでもあったのか?

……いや、待てよ」


まさか……いや、そんな事は――。


ユリウスが懸念している事をサイスも考えていたのか、サイスが後を引き取った。


「……先行部隊が全滅、突破されたのか?」


サイスの呟きに、ユリウスは深緑の瞳を見開く。


確かに……それなら、辻褄が合う。先行部隊が全滅し、"虚世の扉"を管理していた、先行部隊の隊長が敗れているのなら――。


「ミスティ……」


そんな馬鹿な……彼女が……ミスティが、負けた?


私とサイスと同等の力を有していた、彼女が?


もし本当に敗れているのなら……彼女の命は、もう――。


「くっ……」


ユリウスは熱くなってくる目頭を押さえて、なんとか零れ落ちそうになる雫を治めると、仲間達を見渡して戦闘準備が整っているか確認する。


それに対し、仲間達が〝何時でもいける〟と頷いて返したのを機に、ユリウスは号令を発した。


「全軍、進軍せよ! 目標は〝闇主側〟と何者かが戦闘を繰り広げている"虚世の空間"ポイント12地点!

事は一刻を争う、行軍スピードのみを重視せよ!進軍、開始!」



―――――――――――


同時刻、"虚世の空間"ポイント12地点。


「『あーっはははははははははははひゃはははははははははぎゃはははははははははァッ!

オイオイ、そんだけ群れといてテメェ等の力はそんなモンかァ!?

だとしたら期待はずれだなァ!

マシなのは数だけでーすーかァーッ!? あァン!?』」


「うわぁああああああ! ひぎぃっ、嫌だ! 助けてくれぇぇ! ――ぎっ」


ファランと精神を統一した俺は、逃げようとこちらに背を向けた魔人の男を、黒刀で頭から股間まで真っ二つに断ち切った。


俺が戦いを始めたのはつい十五分程前の事だが――つまんねェなァ。


開始十五分でもうこのザマだ。


"分岐点"……いや、魔族からしたら"虚世の扉"とか呼称されてるヤツを抜けたら、そこには空も大地も一様に黒い空間があった。


いや、空も大地もしっかりあるのだが、本当に黒いのだ。


こりゃアレだな、異世界の神秘だな……あっ、本当に世界を渡ったワケじゃないから、異世界ではないのか。などと考えていたところ、強大な力の波動を放つ大規模な集団を感知して来てみれば、この軍勢だ。


なんか偉そうな魔族の「六千の~」とか何とか長ったらしい前口上からして、六千の軍勢なんだろうが。


六千もいるんなら多少は楽しめそうだと戦いを挑んでみれば、開戦早々にこれだ。


終いには逃げ出す奴がちらほら出る始末。


まァ、逃がしはしないがなァ!


《全軍に通達! 右翼と左翼の陣を動かして奴を埋伏の陣に飛び込ませろ!》


「『ハッハァッ!』 ……ん~?」


何だァ、この軍勢の動きは……何か妙な策でも練ったのかァ、あァン?


クハハッ、だとしても叩き潰してやるよ、雑魚共!


「喰ら――」


「『遅いッ!』」


俺は地を這うような位置から黒刀を斜め上に一閃すると、一瞬にして別の対象に斬り掛かる。


その時になって漸く先程斬り捨てた魔人の男の身体に赤い線が走り、上半身と下半身が泣き別れする。


『クカカカカカッ! 弱ェ、弱すぎるんだよテメェ等はよォ!』


「ッハハハハハ! 同意見だな、弱すぎるぞ貴様等ァッ!」


俺は残像を背後に従えつつ、音速を超えた速度で空を大地をと縦横無尽に駆け抜けながら、体内で魔力を高め、高まりきった魔力を解き放つ。


それに呼応して身体に纏った蒼銀のオーラが膨張し、更なる力の波動を放つ。


――舞え、山桜。


「『【桜吹雪】』ッ!」


風属性覇級魔法【桜吹雪】。


これはファランの手を借りず、俺が独自に編み出した魔法だ。


偶々〝異世界の知識〟を閲覧していた時に見た、とある異世界での光景を元に術式を組んだ、この魔法。


春の山に咲き誇り、そよ風に舞い落ちる桜の花。


その"儚さ"に見惚れた俺が、"儚さ"とは相反する"破壊"の術式に組み込んだ結果、完成したこの魔法。


「――っ!? なんだ!? これは……桜のは……な……?」


戦いの途中、急に吹いたそよ風に乗って流されてきた桜色の花弁が魔人の男に触れた瞬間――


――ザンッ!


「……え?」


桜の花に触れた箇所が切り裂かれ、それを他の魔族達が認識した頃には魔族の軍勢の一角が桜吹雪に包まれ――


「――――――――――っ!?」


声にならない悲鳴と共に、儚く舞う桜吹雪に血煙が混じった。


【桜吹雪】。


それは、儚くも絶大な破壊力を内包した、俺が編み出した四季魔法の一角、[春]を司る破壊魔法――。


「『今ので、五百くらいはブッ壊したかァ? ……あァ!?』」


俺は血の海を踏み締めて周囲を見渡すが、四方八方逃げ場のない、まさに四面楚歌となった自分の状態に気付き、唇の端に笑みを刻む。


なるほど……埋伏の陣、俺はそこに身を置いているのか。


となると、先程の妙な軍勢の動き方はコレに俺を突っ込ませる為の布石だったワケだ。


「『――だがっ』」


「今だ、放てっ! 【ダークレイン】!」


俺は魔族達の集中砲火を視界に捉えつつ、遥かな高みに跳躍した。


それを見て、魔族達は意味が分からずに唖然とする。


なぜなら、降り注ぐ闇の閃光に自分から突っ込んでいるからだ。


しかし、俺は降り注ぐ漆黒の光の柱、その僅かな隙間を縫うようにして上空に駆け昇ると、眼下に広がる魔族の軍勢を見据え、更なる力を解放する。


「見せてやるよ……俺が手に入れた、新たな属性の力を!」


――属性封印解除。


目覚めろ、破創の果てより風理頂点なる蒼銀の力を伝いて! 天外魔境の銀月!





解放概念――『月属性』


「クハハハハハッ! 刮目せよ……。

夜の帳が降りし深淵の闇にて輝きを放つ孤高の光が一つ。

それは宵に閉ざされた世界を照らす白銀の月。さぁ、今こそその姿を顕し魅せろ月夜の静けさを。

月満つの夜――【十六夜月夜】」


――言下に。


"虚世の空間"の遥かな高みに、その月光で黒漆の空と大地を照らす、銀色の月が顕現した。


次いで、低く静かな声音が新たな詠唱を紡いだ。





「――【闇夜を照らす一条の月光】」



―――――――――――


「ユリウス様、あれを!」


「どうした? ――っ!? 何だ、あれは……!」


「"虚世の空間"に月だと……?」


魔力強化を施し、高速で漆黒の大地を駆け抜けていたユリウスとサイスは、部下の声を受けてさっと視線を走らせた。


そして、走らせた視線の先に漆黒の空に浮かぶ銀色の月が視界に入り、二人のみならず仲間達も呆気に取られる。


「あそこで一体何が起きているんだ……?」


ユリウスは思わずそう呟き足を止め、その隣ではサイスも月を見上げたまま動きを止めていた。


しかし、すぐに持ち直すと同じく足を止めてざわめいていた仲間達に声をかける。


「どうやら戦場で何かが起きているみたいだ。

信じ難いが、あの月自体が何らかの術式なのだろう。

恐らく、話しに聞いた〝闇主側〟と交戦していた何者かの仕業だろう。

総員、急ぐぞ!」


それに対して仲間達も強く頷いて返すと、ユリウスとサイスは仲間を率いて再び駆け出した。


『あァン? この気配……何かこっちに来てやがるなァ、オイ』


『それは俺も気付いているさ。だが、場合によっては戦いにはならないだろ。

こっちに近づいて来ているその気配ってのは、俺が感知した力の波動が間違ってなけりゃ、多分――』


『いや、テメェの考えは間違っちゃねェよ。この気配は間違いなく二つの気配の内の一つだ。

まァ、デカい規模の方は今俺達が相手取っている奴等だろォから……当然の如く、こっちに向かって来てンのは小規模な力の波動の方だろ』


「死ねっ!」


「『死ぬのはテメェだ、三下ァ!』」


「――がっ」


俺は精神下でファランと言葉を交わしつつ、背後から斬りかかってきた獣人の男を振り向き様に一閃すると、黒刀を右手のみで保持し、左手を突き出して鋭く叫ぶ。


「『消し飛べ! 【エアリアル・クロムディンクション】!』天に連なれ銀月の軌跡、【クレセント・コキューリア】!」


俺の詠唱に呼応して渦巻く蒼銀の風が巻き起こり、更に上空に浮かぶ月が光を放ち、空に銀色の軌跡を残して魔族達に月光の剣が降り注ぐ。


途端、魔族達の悲鳴がそこかしこから巻き起こり、自分の周囲の敵を一掃した俺は左翼の陣に目を向けると、引き裂けそうな笑みを浮かべて更に魔力を高め、解放。


「【闇夜を照らす一条の月光】」


俺が紡いだ言霊に共鳴して、天に浮かぶ銀月が輝きを増し――


リィイイイイイィィン!


耳に響く高い音を幽かに鳴り、魔族の軍勢の左翼に先程の月属性魔法【クレセント・コキューリア】が霞んで見える程の、白銀の月光が降り注いだ。


先刻も、この一撃で魔族の軍勢の右翼を消し去った。


防ごうとしたのか、大規模な障壁が展開されるも、まるで最初から何もなかったかのように月光が障壁を貫通し、右翼の陣にいた魔族達を消し去る。


あぁ……。


やはり、戦いはいい!

これだけの数を相手にしていればなおさらだ……! これ程の大軍を圧倒的力を以てして叩きのめし、蹂躙するのが堪らない!


沸き上がる悲鳴、助けを求める声、大地を汚す血飛沫……全てが最ッ高に心地よい!


『ほォ? テメェも大概染まってきたじゃねェか。まァ、初めてテメェと殺り合ったあの時から薄々分かっちゃいたが……。

元々、テメェには戦闘狂の気があったのかもなァ』


『クククッ、否定はしねェよ』


「……おっと?」


ガインッ!


「ひっ!」


俺は魔族達の攻撃を黒刀や蒼銀の風、月光を駆使して全て無効化しつつ、偶々目についた魔人の女の剣を、下段から上段へと黒刀を振り抜いて空に弾くと、首に左手を回して抱え込む体勢になり――口を大きく開き、魔人の女の白いうなじに牙を突き立てた。


いきなり何してるのかって? 吸血だよ、吸血。


いや~、俺もつい最近になって気が付いたんだけどさ……レーゼとの契約によって、吸血も出来るようになってたみたいなんだよな、俺。


あ、でも俺の吸血には吸血した相手をヴァンパイアにするほどの力は無いからな。


出来るといえば、吸血によって力を回復する事と、吸血している相手に快楽を与える事だけだから。


だから、ヴァンパイアとしては当然のように出来る「吸血した相手を支配下に置く」ってのも出来やしない。


ただ単純に、俺の吸血は力の回復にしか使えないワケだ。

ちなみに、吸った血は胃に入る前に体内で溶けて、そのまま魔力やら生命力やらに変換されてるみたいだ。


……ま、それでも充分だけどな。


俺は魔人の女を口にくわえたまま音速を超えた速度で黒刀を振るい、その時に生じた衝撃波による遠隔攻撃で戦い、魔人の女から血を完全に吸い取ると、それを丁重に火葬した。


流石に、糧になってもらった奴を放置するつもりはねェよ。


ま、実際にはただ単に気が向いただけってのもあるがな。


さて、話しの通じるかもしれない奴等が近くに来ている事だし……惜しいが、そろそろ終わらせようか、この戦いを!


『ファラン! 大多数を削ったからこっからは剣技だけで戦うが、別にいいよな!?』


『はっ。勝手にしろ』


俺はファランとの精神統一を解除すると、黒刀を両手に握り直して地を蹴った。


途端、俺の身体は音速を超え、瞬く間に敵陣に至ると、俺は下段から上段、上段から中段へと縦横無尽に黒刀を振るう。


途中、〝時雨〟や〝風凪〟を始めとする、学園でも普段使い慣れた剣技を使ったが、問題ないだろう。


どうせ倒す敵だしな。


「〝天墜〟!」


それから更に数分後、大気を蹴りつけて地上に向けて逆さまに急降下した俺は、最後の獣人の男の横を素通りするように斬り裂き、スザザザッと地面を滑って停止した。


「敵はっ……今ので最後かっ」


俺はビシュッと黒刀を振り捌き、刀身に付着した血糊を落とすと、キンッと黒刀を鞘に納めた。


そして、自分から見て東の方角に暫く遠い目を向けていると、その一団は訪れた。


遠目からでも見て取れる、艶やかな銀髪の男が二人、先行する形で集団を率いて疾走しており、立ち尽くしてそちらの様子を窺っている俺に気付いたのか、やや失速して近づいてくる。


流石は魔人、と言うべきか。まだ三キロ以上は確実に離れているのにも関わらず、この距離からでも魔力強化無しで俺の姿を目視できるらしい。


ま、今の俺はリミッターを外せば、魔力強化無しでも五キロくらいは余裕で目視できるんだけどね。


……俺の視力って今幾つだろ? ファランから力を受け継ぐ前は両目ともに6.0だったんだが。


俺がそんなことを真剣に考え込んでいると、先程の一団が俺から十メートル程離れた位置で足を止め、俺と対峙した。


双方、重い沈黙が流れるが――正直、さっさと終わらせたかった俺は、適当に切り出すことにした。


「俺は【覇者】と呼ばれている者だが……アンタ達は何の用で、この――」


と、そこで辺り一帯に倒れている死体を見回し、


「――魔族達の戦いの跡地に赴いたんだ?」


俺が平淡な声音でそう問うと、先程先行していた二人が顔を見合わせ、その内の一人が前に進み出た。


「私は〝反戦側〟を束ねる〝ユリウス=ログウェル〟と言う者です。

ここへは、〝闇主側〟を説得する為に来ていたのですが、少しそれが滞ってしまってね。

それで、一旦撤退していたのだが……これは、君が?」


この場合の「これ」とは、この凄惨な有り様の事を言っているのだろう。


俺は理解すると、頷いて返した。


「如何にも。これをやったのは俺だ」


俺が何の迷いもなく返すと、ユリウスと名乗った魔人は暫し瞑目した後、微妙な表情を浮かべて口を開いた。


「……取り敢えず、礼を言いたい。我等は〝闇主側〟の戦士達から狙われていたのだ。

そこに貴女が現れ、〝闇主側〟を殲滅してくれた……やり方は少し荒いようだが」


「フ……気にするな。大体、倒す相手だったしな。それに、此度の戦で得たモノは大きかったからな……クククッ」


俺が低く笑って見せると、ユリウスの側に立っていた魔人が言う。


「……暫し待て。貴女は如何なる手段を用いてこの"虚世の空間"に入って来られた。

その気配からして、信じ難いが貴女は人間のようだ……本来、人間が"虚世の空間"に入って来ることはないはず。

再度問おう、如何なる手段を用いて入って来られた」


「……アンタは?」


俺が名前を訊こうとそう返すと、魔人の男は


「私の名はサイスだ」


とだけ告げ、じっとこちらを見つめてくる。


十中八九、早く話せ、ということだろう。


俺は小さく息を吐き出すと、事の成り行きを語った。


「その事なら簡単だ。向こうの世界に干渉してきた部隊を壊滅させ、その部隊を仕切っていた女に"分岐点"……いや、"虚世の扉"だったか?

それを開かせて、この空間に入ってきたのだ」


「……やはりそうだったか」


サイスと名乗った男は一つ頷くと、紅い瞳をユリウスに向けた。


するとユリウスは、僅かに何かを期待するような表情を見せると、


「その、向こうの世界に干渉してきた魔族の部隊の事なのだが。

その部隊を壊滅させた後に、部隊を仕切っていた女に"虚世の扉"を開かせた……と、貴女は言っていたが。

それならば、先行部隊に生き残りはいるのか?」


「……ほう?」


ふーん……なるほどね。そういうことか。


ユリウスの言葉に目を細めると、俺は単刀直入に思った事を口にした。


「先行していた部隊に誰か、大切な人でもいたのか……? それならばすまなかったな、残念ながら生き残りはたった一人しかいない。

先行部隊を統率していた魔人の女しか、な」


「――! それは真か?」


ユリウスの言葉に俺が頷いて返すと、ユリウスは深緑の瞳を閉じて軽く息を吐き出した。


その傍らでは、冷静そうな雰囲気を漂わせていたサイスでさえも、表情にこそ出さないもの、極僅かに身動ぎをしたことから、内心では安堵している事が分かる。


だが、そこで俺はその安堵を一気に打ち砕く。


「――もっとも、捕虜として生かしているだけだがな?」


俺の言葉に、弛緩しかけていた空気が再び堅くなり、ユリウスが首を振って口を開く。


「無理だとは分かってはいるが……その捕虜を私達で管理する事は――」


「断る! こちらとて、折角手に入れた情報源なのでな。

魔界の情勢について全く知らないワケではないが、手に入れる情報はやはり生の方がいい。

その条件を満たしているあの女を解放するなど有り得ぬ。

ましてや、敵に渡すなど――愚の極みな事この上ない」


クククッと低く笑い、俺は後ろ髪を払う。


……ん?


何で俺はフードを被っているハズなのに、何時も通り後ろ髪を払えるんだ?


と、そこで俺は手を首の辺りまで持っていき、今更になって自分の肩に下ろされているモノに気付く。


うん……ものの見事にフードを下ろして素顔を見せてたな、俺。


多分、戦いの最中にあまりに激しく動きすぎた所為で、魔法を掛けて固定させていたフードが外れてしまったのだろう。


あれ……顔を見せてもよかったのか、これ。


……よし、素顔を見せてしまったからには、取り敢えず今は素顔で押し通そう。


今更フードを被っていたら余計に不審がられるからな……。


などと、俺が考えていると、ユリウスはユリウスで酷く思い詰めたような表情で何事か考えていたが、やがて諦めたかのように首を振った。


「……そうか。いや、何でもないんだ。……此度の戦、最初に引き起こしたのは私達魔族だ。

〝闇主側〟の同胞達に変わり、謝罪させて貰いたい。すまなかったな」


「クックック……それはあんたが謝る事ではあるまい? それに、結果として俺には何の被害もない――むしろ、楽しませて貰ったからな」


俺はそう返しつつも、「それよりも、だ」と話しを変えた。


「先程、ユリウスは『我等は〝闇主側〟の戦士達から狙われていた~』と言っていたが。

……本来ならば疑うべきなのだろうが……その言葉は、俺から見ても嘘には聞こえなかった。

ただ、だとすると気になる事があるのだが……言わせて貰っても構わないか……?」


「構わないが……」


俺が確認するように問うと、ユリウスはサイスと視線を交差させてから頷いて見せた。


それを見て俺も目を真紅の瞳を細めると、問題点を口にした。


「では、失礼を承知の上で訊きたいのだが。……ユリウス達は、魔界に戻ったら安息の地はあるのか?

正直、先程の話しと此度の戦からして、言い方が悪いが邪魔だと認識された〝反戦側〟であるユリウス達は、〝闇主側〟から狙われる存在になってしまったのだろう……?

……その辺りの事は……どうなんだ?」


「それは……」


ユリウスはやや躊躇うように言葉を切ったが、やがて渋々といった感じで頷く。


「……ああ、恐らく貴女の考えている通りだ。〝闇主側〟が〝反戦側〟の根絶に動き始めたのなら、最早私達に安息の地などないのだろうな」


ユリウスはそう呟くと、ゆっくりと背後を振り返って、静かに話しを聞いていた〝反戦側〟の仲間達に頭を下げた。


「みんな、すまない……! 聞いての通りだ……恐らく、魔界にもう安息の地は……無い。

私の力不足で、君達の人生をねじ曲げてしまった……。

君達にも友人はいただろう、家族はいただろう……なのに、私が誘いをかけたばかりに、君達の人生を損ねてしまった……」


「――何を言っているんですか?」


ユリウスが口にした謝罪の言葉に、〝反戦側〟として彼の後ろについてきた仲間の内、薄い褐色の肌に白髪の女性が前に進み出た。


それにユリウスが頭を上げると、白髪の女性は続けた。


「元より、私達は何処までもユリウス様についていく事を心に決めて、ここにいるんです。

その覚悟が出来ていない者など、始めからこの場にはいませんよ」


そうでしょう?と言いたげに〝反戦側〟の仲間達を振り返ると、全員が揃いも揃って不敵な笑みを浮かべて力強く頷き、それを見たユリウスは思わず隣に立つ親友に目を向ける。


するとサイスはふっと極僅かに口元を綻ばせ、


「……私がどう考えているかなど、今更言葉にする必要はあるまい。

……そうだろう、ユリウス」


「……ああ、そうだな」


サイスの言葉にユリウスは微笑を浮かべると、蚊帳の外と化し、コトの成り行きを静観していた俺を振り返り、確固たる口調で告げた。


「確かに、私達は安息の地を失ったかもしれないが。

それでも、どうにかやりくりして生き延びて見せるさ。

だから、心配は無用だ」


「……そうか」


俺はじっとユリウス達を眺めつつ――


「―――――――か」


「……?」





「――俺のもとへ来ないか」


――ゆっくりと、左手を差し伸べた。



―――――――――――


「――俺のもとへ来ないか」


――なに?


ユリウスは目の前の少女が口にした言葉に、耳を疑う。


彼女は先程、私達の事を「敵」だと言った。


確かに、私達は反戦を呼び掛けているだけで、決して彼女達の味方をしているわけではない。


ただ単にこの戦いをやめさせたいだけで、むしろどちらかと言えば敵に近いのかもしれない。


あながち、彼女の言い様は正しかったりするのだ。


それなのに――俺のもとへ来ないか、だと?


ユリウスが呆然としていると、その代わりとばかりにサイスが口を開いた。


「……それはどういうことだ? 私達に貴女の側に付けと? 魔族である私達に?」


「そうだ」


黒髪の少女は肯定すると、艶っぽく笑って続けた。


「なに、俺とて理由もなくこんなことを言っているワケじゃない。

実は今、少しばかり人手が欲しくてな……そこに現れたのがユリウス達だっただけだ。

もちろん、俸給は払うし衣食住は約束しよう。……どうだ?

悪くはあるまい?」


「……」


ユリウスはすっ、と再び差し伸べられた黒髪の少女の繊手を見つめ、口を開く。


「……それは、私達に魔族側から寝返れと言っているのかい?」


低く問い掛けると、少女はあっさり首肯した。


「そうだ。と言っても、魔族自体を寝返れというワケではない。

あくまで、〝闇主側〟を裏切って……いや、この場合は見限ってか? そうして欲しいだけだ。

〝反戦側〟との繋がりまで切れとは言わないさ。むしろ、大いによろしい。

いくらでも〝反戦側〟と繋がってくれて構わない。それに、同族との戦いが嫌ならば戦いには参加してくれなくてもいい。

俺が求めているのは、そうだな……使用人、とでも言っておこうか。

とにかく、何かを手伝ったり管理してくれるような人材を求めている。

……どうだ、考えは決まったか?」


「……暫し待て」



―――――――――――


ユリウスは何やら考え込むような表情を見せた後、サイスと共に仲間のもとに戻り、俺から離れた所で仲間達と何事か話し合っている。


俺はそれを尻目に、今回の戦いで使っていなかった力について思考する。


『音属性』、『幻属性』、『毒属性』、『鏡属性』、『智属性』に、『想力』に『神力』、『絶対概念』……ねぇ。


音属性と幻属性はいい。

今回使わなかったのはただ単に使う機会がなかっただけで、使い勝手の良い属性だからな。


智属性もまぁ、いいだろう。智属性は発動に様々な条件があり使い勝手はあまり良くないが、元より戦いには向いてない属性なので。


想力は、確かに一時的に力を何倍にも跳ね上げるが、使いすぎるとその後肉体にかかる負担がハンパないので、現状では何とも言えないな。


真に問題なのは、毒属性に鏡属性、神力に絶対概念だ。


毒属性は、まだ慣れていない俺ではミスったら自分にも相応のダメージが返ってくるし、鏡属性に至っては使いようによってはもしかしたら最強の能力かもしれないが、行使する魔法ごとに、その魔法を発動させるのに干渉する境界について、それぞれある程度の知識がないと使えない。


というか、下手すりゃ自分自身の身体が崩壊して無くなる。怖すぎるわ。


で、神力なんだが……使えない事はないが、どうやらコレは俺には使いこなせないらしい。


いや、違うな……より正確に言うならば、〝人に許された力ではない〟と、言ったところか。


ファランは完全に使いこなせるらしいが。


で、最後に〝絶対概念〟だが……ヤバいんだよ、これが。


いや、使うだけなら何の問題もないし、いくらでも使い放題だ。


だが、使うにはまずその〝絶対概念〟が組み込まれた術式を編み出さないといけないワケで……編み出すってのが有り得ないほどに困難かつ危険なんだよ、〝絶対概念付与〟の魔法は。


以前、精神世界でファランの手を借りて『切断』の〝絶対概念〟を組み込んだ術式を構築しようとしたところ、構築途中に術式がブレてしまい、その反動で血溜まりに沈むことになったのは記憶に新しい。


……でも、『殺し』の〝絶対概念〟とか、『勝利』の〝絶対概念〟――『必殺』とか『必勝』とか……欲しいんだよなぁ。


特に『必勝』。これさえあれば、『闇の覇者』なんてイチコロ――じゃなかったな。


……これは俺の直感だが――『闇の覇者』は恐らく〝絶対概念〟を潰せる。


『闇の覇者』は魔王と呼称されているそうだが、もしかしたらそれ以上の存在かもしれないな。


ファランが大戦争だけではなく、『闇の覇者』との戦いの記憶も閲覧させてくれればいいんだけどな、などと考えていると、話しが纏まったのかユリウスとサイスが仲間を引き連れてこちらに近寄ってきた。


「先程の貴女の申し出だが、有り難く承諾させて貰いたいと思う」


「ほお? 意外だな……同胞を裏切るわけにはいかぬ、と言うかと思っていたのだが」


「ふ……確かにそうだが」


ユリウスは緩く首を振ると、寂しそうに微笑して言葉を紡いだ。


「だが、綺麗事だけでは仲間を護ってはいけまいさ。私は、仲間を死なせたくはないのでな。

まず第一に、仲間の命を優先してよく話し合った結果、出した結論だ。

みんな、状況を理解した上で満場一致したからな。問題はないさ」


「……そうか」


俺はふっと柔らかな笑みを浮かべると、左手をすっと差し伸べた。


もちろん、握手をする為である。


ユリウスもそれに応じて笑顔で俺の手を握り返し――今ここに、魔族の中の穏健派と人間の間に、確かな繋がりが出来たのだった。


そして、握手した手を放そうとした時――





「――! 躱せ、ユリウス!」


「――むっ!?」


突如として放たれた殺気に、俺は咄嗟に空いていた右手でユリウスの肩をドンッとサイスの方に突き飛ばす。


その瞬間――





バシュウッ!


「――ぐっ」


ユリウスを突き飛ばした俺の右腕の肘から先が、オレンジ色の光線によって真っ黒に炭化し、粉々に砕けた。


俺は僅かに呻き声を洩らすものの、すぐさま残っていた左手で〝黒風〟を逆手に抜刀すると、俺の右手を粉々にした光線の発生源に目を向ける。


すると遥か遠き地平線に、一撃離脱をするつもりなのか、背を向けて逃げ出す魔人の女が視界に映った。


「……いい度胸じゃねェか、だがな! この! 俺が! やられっぱなしで逃がすと思うなよ!

【瞬転】ッ!」


俺は一瞬にして数キロ先の魔人の女に追い付くと、応戦しようとした魔人の女の剣を掻い潜って腹を軽く殴り、くの字に身体を折り曲げたところで魔人の女の後ろ髪を掴むと、手加減して魔人の女の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。


油断していたとはいえ、この女は俺に傷を負わせられるだけの力は備えてんだ。


それだけの力の持ち主なら、多少の情報は持ってんだろ。持ち帰って拷問確定だな、こいつァ……!


「~~ッ!」


「オラァッ!」


ガツッ!


「! ……」


俺は鼻血を流して苦悶する女の端正な顔に更に一発膝蹴りを喰らわせると、魔力を集中。


「神話再現――『魔狼縛りし無限の連鎖(グレイプニル)』」


言下に、何もない虚空から鈍く光る鎖が顕現し、気絶した魔人の女を拘束した。


俺は拘束した魔人の女を肩に背負うと、炭化した右手をチラリと見やる。


すると――


――ビチャッ、グチュッ。ブチュ、ブチ、ゴポポッ。


「ん……くっ……あァ……」


右手の炭化した部分が更に崩れ、炭化していない白い骨と薄気味悪いピンクの肉、神経を覗かせたかと思うと、骨、筋、神経、筋肉、皮膚が再生し、元通りの右手になった。


高速再生――こりゃ、いよいよ俺も化け物染みてきたな。


俺が再生した右手を開いたり握ったりして調子を確かめていると、ユリウスが血相を変えてこちらに近づいてきた。


「無事か!?」


「ああ……大丈夫だ。見れば分かるだろう……?」


俺は再生した右手をプラプラさせながら言う。


それに、腕が消えてなくなるなんて日常茶飯事だしな。


主に、精神世界でファランと喧嘩(殺し合い)した時とかに。


いやぁ、上半身と下半身を斬り飛ばされた時には死ぬかと思ったね、いやマジで。


……やべえ。よく生きてたな、俺。


俺が遠い目をしてそんなことを考えていると、ユリウスはほっと胸を撫で下ろした。


「――そうか。なら、いいのだが……すまない。私の回避が遅れた所為で、貴女に怪我を負わせてしまった……」


「別にこれくらい、どうでも――」


「どうでもいいなんて言うんじゃない!」


「ん……?」


いきなり叱声を叩き付けられて俺が首を傾げると、ユリウスは続けた。


「いいか、君が戦いの渦中に身を置く戦士と言えども、君は〝女の子〟なんだ。

今のように、いくら治癒魔法で傷を治せると言っても、死んでしまっては元も子もないだろう。

だから、君はもう少し自分の身を気遣うという事を知った方がいい。

年長者からの助言だ」


真剣な顔をして言い切るユリウス。


「……」


それに対して、ユリウスの言った言葉の意味を理解し、沈黙する俺。


いや、さっきのは治癒魔法で再生したんじゃなくて、元々の身体のスペックなんだが。


……つーか





「俺はァッ! 男だァァァァッ!」


「……なんだって?」


俺がそう絶叫すると、ユリウスが奇異の視線を俺に向けた。


そして、上から下までさっと視線を走らせ、最後に俺の顔を見ると、確認するように問いかけてきた。


「……その、容姿で?」


「あァそうだよコノヤロー。くそっ、まさか元敵兼現仲間にまで女だと思われていたとはっ」


俺が黒髪を苛立たしげに梳くと、ユリウスが咳払いをして謝ってきた。


俺はそれにテキトーに応じるが、ユリウスが難しい表情を浮かべているのを見て、首を傾げる。


「……どうした? 何かあるのか?」


「いや……貴方は、それが素なのか、と思ってな」


「ああ、そのことか。ユリウスの言う通り、こっちが素なんだよ。

少しばかりワケ有りでね、この姿の時は正体を隠してんだよ。まァ、早い話がテンプレだな。

その辺りの事は後で説明するからいいとして、俺が向こうの世界で捕えた魔人の――ッ!?」


――ゾクッ!


魔人の女の扱いについてだが、と言いかけたところで、俺は口を閉じる。


何故なら、遥か遠方より一度感じたら忘れられない、あの力の波動を感じたからだ。


しかも――この力の波動は、以前のそれの更にその上をいく、強大な力の波動だ。


殺意が凝ったような冷たい感覚に加えて、まるで深淵を覗き込んでいるのではないかと錯覚する、純粋な闇の波動。


突如として現れた、力を増した俺をも遥かに凌駕するこの圧倒的なプレッシャーに、ユリウスとサイスが声もなく膝をつき、他の仲間達に至っては倒れ伏してしまった。


俺もその例外ではなく、本能的な恐怖に膝が小刻みに震え、今にも逃げ出したくなるのを歯を食い縛って耐える。


「ぐ……クソッたれがァ……!」


この……圧倒的な力の波動!


一体、今の俺の何倍の力を持ってやがるんだ。


「『闇の……覇者』ァ……」


あれから更に力を底上げした俺の魔力は、今となっては三千億にまで跳ね上がっている。


俺の力も馬鹿げて……というか、分かりやすく言うなら……確かチートっつったか、あの世界では。

俺の力もチート染みてきたと思っていたら、『闇の覇者』の力はそれ以上かよ。


正直、冗談キツいぜ……。


『あァン!? この力の波動は……『闇の覇者』か!? どういう事だァ?

あのヤローはまだここまでの力は発揮できない筈……』


『ぐっ……ファラン、か』


俺は胸の内に響くファランの声に、少し安堵する。


何だかんだ言って、いざって時にファラン程頼れる人はいないから。


『ファラン、『闇の覇者』の力の波動を感じるのはまだいいとして、『闇の覇者』本人はこの空間に来ているのか?』


『テメェか……以前とは違い、俺と言葉が交わせる程度には精神的余裕があるようだな。

そいつァ重畳……おい、今のテメェならまともに動けるよなァ』


『? ……そりゃ、まあ……動けることには動けるが。何をするつもりだ?』


『いいか、『闇の覇者』はこの場には来てねェ。ならば何故『闇の覇者』の力の波動を感じるのか?

答えは簡単――恐らく、今この"虚世の空間"の何処かに魔界に通じる道が開かれている。

だが、魔界に渡る事はできん。今のテメェじゃ空間を切り裂く事は出来ても、次元の壁を切り裂く事は出来ねェからな。

だがしかし、俺は今の『闇の覇者』がどの程度まで力を取り戻しているのか知る必要がある。

その為には、こっちから何らかのアクションを取らなきゃいけねェ。

……ここまで言えば、俺の性格上、何をするつもりなのか分かるよなァ?』


ふむ、ファランの性格上……ねぇ。


言われて思考していると、だんだんファランの言わんとする事が分かってきて、俺は知らず知らずの内に頬を引き攣せる。


『ファラン……。お前、まさか……』


俺が精神下にそう言葉を響かせると、ファランは俺の懸念する事を肯定するように返した。


『その、まさかだ……。





『闇の覇者』に向けて一撃。派手なのをぶっぱなしてやろうじゃねェか、あァン?』


『……! おいおい、随分と過激な事を平然と口にしてくれるな』


『だが、嫌いじゃないだろ? 過激な事はよ』


心の底を見透かすように言ってくるファランに、俺も一つ頷いて笑みを含んだ声音を返した。


『――ハン! いいぜ、やってやろうじゃねェか!? ファラン! 力量の計測はお前に任せるぜ!』


『クックック……いいだろう。テメェも手ェ抜くんじゃねェぜ、あァン?』


『そう言うそっちこそな!』


俺は即座に身体の震えを抑えると、真紅の双眸を閉じ心を鎮めて集中した。


雑念を払え……戦いに必要の無いものは全て思考から殺ぎ落とせ……。


途端、意識せずとも身体の震えが無くなり、心は凪いだ水面のように鎮まり返る。


「……【脈絡探知】」


やがて、俺はすっと真紅の瞳を見開くと、俺は魔力をソナーのように放出し、反響してくる魔力により、遥か遠方より感じる力の波動の正確な出所を探る。


十……二十……五十……百……やはりと言うべきか、遠いな。


俺はすぐにそれを察すると、いきなり魔力を放出する範囲を広めた。


……二百……三百……四百――


「――! 捉えたっ」


九時の方向、およそ四六七キロの地点に莫大な魔力が満ちた異空間を捕捉!


間違いねェ! この力の波動の出所はここだっ。


「――いくぞっ」


俺は感知するなり、即座に地を蹴り一瞬にして音速を超える。


【瞬転】は長距離移動には向かないからな――!


音速を超えた俺の身体はソニックブームを巻き起こし、大地を抉りながら直進する。ここは"虚世の空間"。この程度の被害が出てもどうという事はない。


いつしか、俺の足は地面から浮き上がり、音速を超えた低空飛行でただひたすらに目的の場所を目指す。


結果、俺は程なくして目的地に至り――そこに広がる光景に目を見開いた。


そこにあったのは、一面に広がるこの空間とは似ても似つかない、広い荒野を覗かせる裂け目。


例えるならば、窓に例えれば分かりやすいだろう。


だが、俺の視線は荒野ではなく、その更に奥に存在しているものに釘付けにされた。


装飾は少ないが頑丈さが見て分かる城壁に囲まれた、一見普通に見えるが纏う気配は禍々しい、巨大な城。


その事から割り出されるのは、その裂け目の向こう側に広がっているのが魔界だと言うこと。

そして――。


最早間違いようもない――あそこに、『闇の覇者』が――!


それを理解した瞬間、俺は黒刀を抜刀して体内で魔力を高め、高まりきったそれを解放して吠えた。


「神器再現――魔剣<ディスヘルスラスト>ォォ!」


言下に、黒刀が纏う蒼銀のオーラが更なる輝きを放ち、"虚世の空間"を蒼銀の閃光が照らし出す。


そして、瞬く間に黒一色だった黒刀に装飾が追加されていき、刀という形はそのままに、黒刀は魔剣<ディスヘルスラスト>と化した。


『おい! 精神を統一するぞ!』


『分かってる!』


次いで、俺はファランと精神を統一すると、更なる力を解放していく。


「遥か遠き境界――即ち天外。魔なる力満たされし境界――即ち魔境。

それは、表裏の理にして天地の理を顕し、聖魔の理を顕す境界なり。

レオンの名の下に命ずる、我が力に呼応し、ここに具現せよ!

夢幻の境界――【天外魔境】」


言下に、"虚世の空間"の空と大地に異変が起こる。


ただひたすらに漆黒に染まっていた"虚世の空間"。


しかし今では、俺が立っている辺り一帯の空が通常の空と変わらなくなり、神々しく光り輝き流動する雲が、何もない虚空から溢れ出すように顕現する。


反対に、漆黒の大地には更にその不吉な雰囲気を強めるかのように、突如として凄まじい魔なる気が空と同じく何処かから溢れ出すようにして顕現し、大地を漂い始める。


鏡属性魔法【天外魔境】。それがこれだけで終わるような、見かけ倒しの魔法だと思うことなかれ。


空の〝天外〟と大地の〝魔境〟。


聖と魔の境界が全く同じ場所に同時に具現化する。それが意味することは、聖と魔の魔力の反発。


その現象が生み出す力は計り知れない。


聖と魔の魔力の反発によって生み出された力により、周囲のあらゆるモノがそれに触発されるようにしてその力に取り込まれ、吸収されていく。


唯一の例外は術者であるこの俺と、精神下にいるファランのみ。


それが、鏡属性魔法【天外魔境】。未だ未完成ではあるが、俺が編み出した聖と魔の境界を操る鏡属性最強の魔法だ。


【天外魔境】が生み出した力は全て俺に吸収され、俺の力が急激に増大する。


しかし、まだ足りない。


今の俺ならば、更なる高みに到達することが可能なはず!


『解放される力に押し潰されンじゃねェぞ!』


『分かっている!』


精神下にて言葉が交わされた直後、身体の深奥からより純度の高い魔力が沸き上がってくる。


「『神力精製――解放』」


その純度の高さたるや、最早魔力と言えるモノではなく、本来神だけが持ち得る力――即ち、神力へと変換されていく。


「――ぐっ……ゴホッ……!」


本来ならば人の身に許された力ではない神力を纏った俺は、全身に激痛が走り口元に鮮血が散るのも構わず、最後の力を解放する。


強き想いを力に換える力――想力を。


「我が想いを究極の力と成し、この世の全てを凌駕せよ。

限界無き想いの連鎖――【世凌想外(ルアナシア)】」


――紡がれた詠唱の直後、俺の力が数倍にまで跳ね上がり、ミシミシと肉体に亀裂が走るような負担がかかる。


しかし俺はそれを歯を食い縛って耐えると、小規模な太陽のように輝く蒼銀の魔剣をゆらりと下段に構えると、魔界を覗かせる裂け目に向けて疾走する。


高速で地を蹴り真っ直ぐに飛び出した俺の身体は、音速を更に超えていき、亜光速にはまだ程遠いが、それに迫る速度へと到達する。


「『おおおおおおおおおおらああああああああああぁぁぁぁ!』」


見せてやるよ……かつて数多の世界を渡り、あらゆる次元を駆けた一撃を!


解放しろ……力を!


「『次元斬殺!』」


究極の魔力により極限へと到達した一撃は、次元の壁をも斬り伏せる!


「『覇者降臨【ディメンション・ディスペル・コキューリア】ァッ!』」


俺が叱声と共に魔剣を振り抜いた瞬間。





"虚世の空間"が蒼銀の魔光に満たされた。



―――――――――――


――ただひたすらに沈黙の広がる空間にて。


「……」


一人の男が玉座に身を預け、足を組んで静かに瞑目していた。


片目を隠す程にまで伸ばされた長い銀髪に、見る者を震え上がらせるような冷たい美貌。


そんな、何処か人間離れした美貌を持つ男は、僅かに身動ぎすると、次元の壁の向こう側から感じる莫大な力の波動に、唇を笑みの形に歪めてその双眸を開いた。


その瞳の色は、まるで血のような真紅。


そのまま、流れるような動作で座したまま右手で軽く印を結ぶと、玉座に座す男の前に、自分が拠点としている城の前に広がる光景が映像となって顕れた。


魔法映写……【マジックビジョン】と呼ばれる魔法である。


それを男は行使し、そこに映る光景を一瞥すると、組んでいた足を解いてゆっくりと玉座から立ち上がった。


そのまま転移で霞むようにして姿を消した男が現れたのは、男が拠点に定めた居城の門だった。


男は門に着くなり、血のような真紅の瞳で居城の真っ正面に広がる"虚世の空間"に通じる裂け目を睥睨した。


そして、裂け目の向こう側に黒衣を纏った黒髪の少女の姿を認めると、その黒髪の少女の妖しい輝きを宿した真紅の瞳と、男の血のような真紅の瞳が交差した。


目が合った。


そう認識した直後――





〝覇者降臨【ディメンション・ディスペル・コキューリア】ァッ!〟


城の前に広がる荒野に黒髪の少女の激しい叱声が響き渡り、それと同時に禍々しい蒼銀の魔光が横一文字に広がる斬撃と化して"虚世の空間"から飛び出してきた。


斬撃の衝撃に靡く銀髪の前髪をかき揚げると、己を切り裂かんと音速を遥かに超えた速度で迫る一撃を見やり――


――何もせず、ただひたすらにじっとそれを見ていた。


〝――!?〟


黒髪の少女が目を見開いてそれを見たのもつかの間――次の瞬間、放たれた蒼銀の斬撃が、銀髪の男に直撃した。



―――――――――――


――ッガァァアアアァアアアン!


"虚世の空間"にこの世の終わりを告げるかのような爆音が響き渡り、次の瞬間、開かれていた魔界への裂け目……扉が、消滅をし始めた。


しかし、消え往く裂け目の中に広がる光景を見ていた俺はそれどころではなかった。


「――!? 馬鹿なっ」


『風の覇者』の奥義を放つ瞬間、俺は銀髪の男――恐らく、いや間違いなく『闇の覇者』であろう人物と視線を交差させた。


その男は、俺が放った【ディメンション・ディスペル・コキューリア】を真っ正面から受けた。


これはもう、間違いはない。ファランが俺の放った一撃を逆算して『闇の覇者』の力量の推定にかかっているからな。


だが――


「今の一撃を障壁も張らずに受けて……無傷、だと……!?」


そう、俺が放った【ディメンション・ディスペル・コキューリア】は――『闇の覇者』に掠り傷一つですら付けていなかったのだ。


そんな馬鹿な……俺が今持てる力全てを解放した、全力全開の一撃を放ったんだぞ?


最近になって異常な上昇を遂げた三千億の魔力を、【天外魔境】により生み出された魔力で七千億まで上昇させ、更に使いこなせていないとはいえ、神力により一兆にまで俺は魔力を跳ね上げていた。


最後に、【世凌想外】により一時的に五兆にまで高まりきっていた魔力を籠めた一撃を放ったのに……防御すらされずに、無傷……?


「嘘……だろ……?」


いくら魔力を籠めたと思っている? 五兆だぞ? 他の"覇者"後継者達が束になっても届かない程の力を籠めたのに……無傷……。


異常だ。


俺自身、最近の自分の力の急上昇は素直に嬉しい。けど、その一方でここまで力が跳ね上がるなんて、異常だとは思っていたが――。


『闇の覇者』の異常性は、俺なんかとはまるで格が違った。


俺が〝化け物〟なら、『闇の覇者』は〝怪物〟だ。


「勝てない……」


『――大体の力量は把握した。ボサッとしてないで帰るぞ』


俺が呆然としていると、深層意識からファランが何事も無かったかのようにそう語りかけてきた。


『闇の覇者』が無傷だった事に、動じた様子は全くない。


まるで、最初から無傷で済むことが分かりきっていたようだ。


俺がそんな事を考えていると、精神下でファランは鼻で笑いながらそれを肯定する。


『はっ。間違ってねェよ。最初から奴が無傷で済むことくらい分かりきっていたからなァ』


『ファラン! お前、全力の――五兆だなんて馬鹿げた魔力で攻撃して無傷だったんだぞ!?

何でそんなに落ち着いていられるんだよ!』


俺が精神下に荒々しい声を響かせると、ファランは心底鬱陶しそうな声音で返してきた。


『はァ? なにトチ狂った勘違いしてんだ、テメェ? ……まァ、いいだろう。

コトが済んだら精神世界に来い。『闇の覇者』の現在の力量の事も含めて、話しがあるからなァ』


『……でも――』


『でも、じゃねェ。異論は認めねェんだよ。話しがあるなら後にしろっつってんだ』


『……分かった』


俺はファランにそう返すと、ユリウス達の所へ帰ろうと足に力を籠めるが――


ドクンッ


「ぐ……がっ」


バシャッ……


「う゛っ……ゴホッ……」


全力を出した反動により、身体がバラバラにされたような激痛が全身に走り、激しく咳き込み血を吐いてその場に踞る。


【天外魔境】による聖と魔の魔力の反発に、神力の精製に解放。


そして最後に、想力【世凌想外】による限界を越えた力の倍増。


それにより、俺は身体に尋常ではないダメージを負っていた。


それに、全力を出した所為で、俺の体内には生命を維持させる上で最低限の魔力しか残っていない。


もっとも、こうしている今にも魔力が凄い速度で回復しているので、魔力については問題ないが。


しかし、やはりまともに動くには最低後十分程の時間を有する。


「ぐぁああああ……あああ、ああ……!」


苦痛に気が狂いそうになるが、以前と比べればかなりマシな方だ。


「……!」


そのまま俺は少しの間硬く瞳を閉じ、じっとして回復に専念し、ある程度回復すると軽く息を吐きつつ立ち上がる。


「さて……と。あんまり待たせると悪いしな。戻るとするか……」


転移は……無理だな。黒い荒野に黒い空と、あまりにも特徴が無さすぎる所為で、イメージが固まらないから"虚世の空間"内ではまともに跳べやしない。


唯一出来るのは視界に入った場所に瞬間的に転移する【瞬転】だけだが、【瞬転】は長距離移動には向かないから、普通に走った方がまだマシだ。


「まぁ、仕方ないよな」


俺は後ろ髪を梳きつつそう判断すると、地を蹴り音速を超え、ユリウス達のもとへと戻り始めた。



―――――――――――


「――おーい!」


「――! あの子か!?」


俺は、遠くの方にユリウス達の姿を見つけると、大きく手を振りながら声を掛ける。


するとユリウスはすぐに反応して俺を視界に入れると、仲間達とこちらに向かって歩み寄ってきた。


俺はユリウス達の眼前まで来ると、ズザザザザッと漆黒の大地を滑って急制動を掛けた。


「よっ……と。無事だったか、お前ら!」


気軽に片手を上げてそう問うと、ユリウスが怒ったように口を開いた。


「無事だったかはこちらの台詞だ。一時はどうなったかと思ったぞ。

突然、君の力の波動が跳ね上がったかと思えば、いきなり視界が蒼銀に染まったのだからな」


「いやぁ、悪ィ悪ィ。相手が相手だったからちいっとばかし派手にやり過ぎてな。

心配を掛けたのなら謝るよ」


後ろ髪を梳きつつそう言うと、ユリウスの隣で黙していたサイスが目を細めて言う。


「……その相手とは」


「ま、お前の予想通りだと思うぞ? 今回は大した用は無かったようだが」


俺が何て事なさそうにそう答えると、サイスは「そうか」とだけ返して瞳を閉じた。


見れば、ユリウスはもちろん、他の仲間達も先刻の途方もない力の波動を放っていた人物が『闇の覇者』……魔王だと勘づいているのか、顔色がいまいち冴えない。


そんな様子を見て俺は咳払いすると、意識して明るい声を出す。


「んな事よりも、さっさと帰るぞ! ユリウス達には俺の拠点まで来てほしいからな」


俺がそう言うと、やや間を置いてからユリウスがそうだな、と頷いた。


が、すぐに難しい表情をして述べる。


「しかし、どうやって向こうの世界に出るのだ?

先行部隊の者達は以前から手順を踏んでいたからこそ向こうの世界に渡れたのだが……今からでは相当な時間を有するぞ」


ユリウスの言葉に、仲間達が思い出したかのように頷いている。


俺はそれを見てニヤッと笑うと、


「大丈夫だ。俺は世界を渡れないから向こうの世界から魔界に行ったりしたら戻れやしないが、"虚世の空間"とかいうこの異空間なら、戻るだけならどうにかなる」


「……そうか? それならいいのだが……」


俺が自信満々にそう言い切ると、サイスを除く全員が猜疑心にまみれた視線を送ってきた。


それに対し、俺は些かむっとなり唇を尖らせる。


「おい、なんだその『こいつホントに出来んのかよ』的な目は。

心配すんなって。次元の壁を完全に切り裂く事は出来なくても、空間の壁なら斬れるんだよ。

……あっ、そうだ。ユリウス、俺とお前はもう味方……仲間って事だよな?」


「……? そうだが?」


急に話題を変えた俺にユリウスは首を傾げたが、すぐに頷いた。


それを見て、俺は笑みを深めて言う。


「じゃ、今回の戦いで捕らえた二人の捕虜に関しては、ユリウスに一任するぜ。

仲間なら安心して信頼できるしな。俺が不利にならない程度の範囲なら、好きなようにしてくれて構わない。

なるべく情報を聞き出してほしいが、まぁ無理強いはしねェよ。

……任せてもいいか?」


「――っ! ああ、任せてくれ」


「そうかい。そりゃ重畳」


そう言いつつ、俺はユリウスに片目を瞑って見せる。


先刻の、ユリウスが先行部隊について生き残りがいるか訊いてきた際、俺が先行部隊を統率していた者を生かしていると言った時のあの喜びようからして、恐らく間違いない。


――今回の戦いで捕らえた二人の捕虜の内、一人はお前の大切な人なんだろう?


そういう意味を籠めて片目を瞑って見せたのだ。


もちろんユリウスもその意図を察し、軽く頷いて返してきた。


それに対し俺はふっと微笑むと一転、不敵な笑みに変えて黒刀の鞘に左手を、柄に右手を添え、やや腰を落として足を軽く開く。


俺が最も得意とする、居合いの構えだ。


しかし、今回俺が斬るのは、実体のあるモノではない。


実体が無いと言えば真っ先に浮かぶのはゴーストやレイスの類いだが、霊体くらいなら俺はもちろん、"覇者"後継者ならば全員切り裂けるので、問題はないのだが――。


俺が斬ろうとしているモノは〝空間〟なので、実体が無いどころの問題ではない。


文字通り、本当に実体が無いものをあると見立てて斬ろうとしているのだ。


これは"覇者"後継者でも俺以外は誰も出来ないし、そもそもその"覇者"の中でさえ、空間を切り裂けるのは『風の覇者』であるファランだけだ。


俺がコトを成す為に集中し始めたのを察したのか、ざわついていた仲間達が静かになった。


サイスは先程からずっと俺を静観していたようだが。


俺は真紅の瞳を閉じて静かに規則的な呼吸を繰り返すと、全身から力を抜いて脱力する。


見出だせ……空間を切り裂くのに、最も最適で、最良の軌跡を――!


その瞬間、俺の脳裏に確かな軌跡が浮かび上がった。


今だ!


「〝断空〟ッ!」


その刹那、叱声と共に抜刀された蒼銀に輝く刃は何もない虚空を切り裂き、衝撃波が走る。


後方で見ていた仲間達はその衝撃波に若干驚いた様子を見せたが、何も起きなかった事に落胆の表情を浮かべた――が。


一拍遅れて空間そのものが蒼銀の残光に沿ってズレたのを目にし、再びその表情を驚愕に染め上げる。


漆黒の荒野の光景に重なるようにして、そのズレた裂け目の向こうに、バトラ山脈の山頂に広がる森林の木々が広がっている。


「凄いな……」


ユリウスが呆気に取られて俺を見つめるのを余所に、黒刀を振り抜いた姿勢のまま静止していた俺は、手の中で刀身を華麗に一回転させた後、キンッと音を立てて完全に鞘に収めた。


そしてユリウス達の方を振り返ると、唇の端に不敵な笑みを刻んで言ってやる。


「言っただろう? 心配すんなってさ。空間を切り裂く事くらい、俺には容易いのさ。

……尤も、始めの頃は出来たり出来なかったりしたけどな」


その度にファランにどやされたのを思い出し、少しだけ苦笑する。


「さて……と。ファランならともかく、俺の亜空切断は長くは保たない。

積もる話しはあるだろうが、取り敢えず今は急いで向こうの世界に渡ってくれ。

話しはそれからだ」


俺がそう言うと、ユリウスを先頭に仲間達が次々と向こうの世界に渡っていく。


俺はそれを見つつ、殿を努めるつもりなのか仲間達が入っていくのを見ているサイスに近づき、真剣な声音で問い掛ける。


「……それにしても、この結果は俺としては悪くない……むしろかなり上手くコトが運んだが。

正直、意外なんだよな。致し方なかったとはいえ、仮にも俺はお前達の同胞を殺戮した、お前達に取っては忌々しい男のハズだよな?」


「……本来ならそうなのだろうな」


俺の言葉にサイスは物憂げにそう返した。


俺は、サイスのそんな様子に疑問を抱きつつも、更に続けた。


「ならなんでだ? 何故こうも簡単に同盟が成った。単刀直入に言うが、俺はこの同盟は最初から決裂するか、平行線を辿った上に渋々同盟を結ばざるを得ない事になると思っていた。

だが結果は、すんなりと同盟が成っている。これはどういう事なんだ?

俺としては、「ここまで同胞を殺害されては同盟など結べたものではない」と言われるのを予想してたんだが。

俺はユリウス達の同胞を殺戮してしまったのにも関わらず、ユリウス達とこうも簡単に同盟が成った事がおかしく思えてならん」


俺は目を細めてサイスを見やると、囁くようにして問うた。


「無理してまで答えてくれなくてもいいから、一つだけ訊かせてくれ。

……なぁ、何故同盟を結ぶ気になったんだ? これは以前から気にかかってはいたんだが、数千年前から一体魔界に何が起こっているんだ……?」


「……」


俺の言葉にユリウスは何事か思考するような表情を見せた後、口を開いた。


「……正確には、〝魔界に〟ではない。〝魔族という種族〟全体に、だ」


「〝魔族という種族〟全体に……だって?」


どういうことだ……?


俺は眉をひそめてサイスを見つめるが、サイスの方もよく分かってはいないようで、無表情は変わらないが、その紅い瞳が疑念に揺らめいていた。


サイスは無表情をそのままに、更に言葉を重ねる。


「……我が同胞……その大多数の様子が、何かおかしい。

ユリウス率いる私達〝反戦側〟は、〝同胞の様子がおかしい〟と認識できる、謂わば魔族の大多数から取り残された少数の魔族だ。

〝反戦側〟はユリウスのような複数の先導者によって成り立っているが……今や〝反戦側〟全ての魔族が、魔族の大多数である〝闇主側〟の様子がおかしいと認識している。

だから同盟が成ったのだ」


「……そうか」


要領を得ないサイスの返答に少し考え込むが、俺はそうとだけ返してサイスを促した。


「ほら、話してる間に他の奴等は行っちまったぞ。サイスで最後だ」


「……そうか。すまないな」


視線を地面に落としていたサイスは俺を一瞥した後、低い声でそう言って裂け目から向こうの世界に渡っていった。


俺はそれを見届けると、自分も裂け目の中を通り、元の世界へと帰還した……。



―――――――――――


「ん……」


俺は、行きにも感じた僅かな抵抗を抜けると、そよ風に靡く黒髪を梳きつつ辺りを見回した。


視界に入るのはバトラ山脈の山頂に繁栄した、高所に自生する木々で構成された森林の木々に、全身を鎖で縛られて地面に転がっている魔人の女と、その姿を凝視している〝反戦派〟の魔族一同。


「み、ミスティ? 一つ訊きたいのだが、その鎖は一体……」


「――っ!? その声は……ユリウス!? 馬鹿な、何故お前までこちらの世界に……」


ユリウスが声を掛けるなり、地に伏してぐったりしていた魔人の女……ミスティががばっと顔を上げ、ユリウスの姿を目視するなり唖然とする。


そのまま呆然とユリウスと〝反戦派〟の魔族達、最後に出てきたサイスへと視線を彷徨わせ、たった今空間の裂け目を通って"虚世の空間"から元の世界に帰還してきた俺を目にするなり、端正な顔を憤怒に染め上げる。


「貴様っ! どうやって"虚世の空間"から帰ってきた……! そして、この鎖を解け!」


「あーはいはい、分かった分かった。取り敢えず落ち着け。グレイプニルなら解いてやっから」


「だから鎖を解けと――はっ?」


手をヒラヒラさせてテキトーにそう返した俺に、ミスティが呆気に取られた表情をする。


大方、本当にグレイプニルを解除するとは思っていなかったんだろう。


つーか何そのアホ面。美人なだけにマジウケるんですけど。


そんなことを考えつつも、俺はグレイプニルを解除してミスティを開放した。


途端、ミスティはざざっと後退り戦闘体勢を取るが、俺はユリウスを見やり一つ頷くと、言う。


「んじゃユリウス、こっちは頼んだ。俺は中腹にいる仲間に今回の同盟の事を伝えとくからさ。

じゃあな!」


「なにっ、同盟だと!? ユリウス、お前まさか――」


「ミスティ、その事は今から順を追って説明するから落ち着いてくれ。

サイス、こっちは私に任せてお前はレオンに着いていってくれ。

その方が恐らく話が早くて済むだろう」


「……分かった」


「待て! サイス、まさかお前まで――」


後方でそんなやり取りが聞こえた後、サイスが中腹に向けて岩から岩へと軽やかに降りていく俺に追い付いてきて、俺とサイスは一瞬顔を見合わせた後、特に会話も無く中腹へと降りていく。


無論、降りる途中でフードを被るのも忘れない。


ミスティという魔人の女にはどうせ後々顔をバラす事になるので、山頂ではフードを被ってはいなかったが。


「よし。確か待ち合わせの場所はこの辺りのハズだ」


「……ここにいるのか」


俺とサイスは中腹付近の岩に着地すると、近くにある森へと歩を進める。


すると程無くして、僅かに魔力が放出されているのを感知した。


風に訊いてみれば、どうやらロイ先生が待っている間に、魔法の修練の為に紫電の球体を顕現させているようだ。


俺はちょっと苦笑すると、同じく左手に蒼銀の風の球体を顕現させ、解放された魔力で俺が元の世界に帰還した事を伝える。


念話なりなんなり使えばよかったんだが、気分的に――な。


反応は瞬く間だった。


少し離れた位置でロイ先生が紫電を閃かせ、周囲の木々に被害が出ないよう、木々の隙間を縫うようにして疾走してくるのを風が教えてくれる。


その後を追うようにしてクレアさんも動き、すぐにお互いの姿が目視できる位置に現れた。


「【覇者】! よかった、無事だったか……」


「安堵しました。……そちらの方は?」


「ふむ……。その事なんだが、詳しい話しは後にしてもらうぞ。今言えるのは、ここにいるサイスを含んだ者達が俺の仲間であるという事実だけだ。

サイス以外はじきに来る。暫し待て」


「……? それは分かったが……」


ロイ先生が怪訝そうにサイスを見やるが、サイスは相変わらずの無表情でニコリともしない。


それはいいのだが、先程からサイスはロイ先生とクレアさんには目もくれずに俺をガン見している。


いや……なに? 何か付いてる?


そんなことを考えていると、上の方から気配が接近してきた。


数は四一。もちろん、ユリウス達とミスティとかいう魔人の女+α(捕虜にしたもう一人の魔人)である。


ん……なんだって? 何かヤケにミスティとやらは落ち着いてんじゃねェか。


つーか、若干気に入らなさそうな表情を浮かべているが、極普通に〝反戦側〟の魔族達に溶け込んでる。


説得に成功したのか? おかしいな、〝闇主側〟の魔族全体がおかしくなってんじゃねェのか?


風からそんなことを聞いていると、ユリウス達が俺の後方に次々と着地した。


「すまない、遅れたな。だが、ミスティの方はなんとか説得に応じてくれた」


着地するなり、そう言いつつ歩み寄ってきたユリウスに俺は一つ頷くと、状況が読めずに困惑しているロイ先生とクレアさんに向き直った。


「この者達が俺の仲間になった。種族は……ふむ、魔人、獣人に……むっ……まさか、ダークエルフか?

……簡単に言えば、魔族で構成されているが、敵ではない。俺が召し抱える事になった使用人だ。

……何か反対の言の葉はあるか?」


「なにっ……魔族だと?」


「そうだが……それがどうした?」


「どうしたじゃなくてだな――」


俺が淡々とそう返すと、ロイ先生は何かを言いかけたが、それよりも早くクレアさんが言葉を紡ぐ。


「……そうですか。詳しい事情は後で話してもらうとして。

その方々は魔族ではありますが、私達に敵対の意はなく、"覇者"後継者である【覇者】の仲間なんですね?」


「そうだ。そして、俺の拠点に使用人として雇い入れたいのだが……俺の拠点の規模は大きいのだろうな?」


あれだけの金額を注ぎ込んどいて……まさか、小さいだなんて事はないよなぁ、うん?


俺がそんな意も含めてフードの下でひそかにジト目などしていると、クレアさんは苦笑して頷いた。


「ええ、それはもう。そうですね、七十人くらい住む程度ならまだ余裕がある程の大きさの屋敷ですよ。

〝大地の女神〟として、土地には拘りましたので……屋敷が建てられた場所が郊外になってしまいましたが」


やや申し訳なさそうに言うクレアさんに、俺はふっと微笑んだ。


「いや、それならいいのだ。むしろ、郊外の方が都合が良かったのでな。

だから、俺に取っては有り難いくらいだ。……おっと、紹介が遅れたな……」


俺はそう返しつつ、ユリウスを指して述べる。


「〝反戦側〟を率いる魔人、ユリウスだ。そして、俺と一緒に来た方がサイス」


「紹介に与ったユリウスだ。この方の友人のお二方も、よろしく頼む」


「……サイスだ。よろしく頼む」


ユリウスは笑顔で、サイスは無表情でそれぞれ言うと、他の魔族達も口々に名乗っていく。


中でも特に強い力を持っていたのは、魔人の男性とダークエルフの女性と獣人の少女で、魔人の男性はグリア、ダークエルフの女性はアウレア、獣人の少女はルンという名前だ。


ちなみにその間、俺はミスティにずっと睨まれていた。


ああ!?


やんのかコラ!


まだ不完全だけど、『戦禍起こせし裏切りの焔杖剣(レーヴァテイン)』とか、『領せし不敗の光明剣(クラウ・ソラス)』とか、『殲滅せし報復の不治剣(フラガラッハ)』とか使うぞゴラァ!


ああ~!?


などと、平然としたフリをしつつ内心ではメンチを切りまくっていると、ロイ先生がこちらに歩み寄ってきた。


その顔には、多少の呆れが見え隠れしている。


「なるほど、連中確かに敵意はないみたいだな。話しも通じるし、人格者揃いだ。

しかし、驚いたぞ?

まさか、魔族を連れてくるとはな」


「それも、使用人として――か?」


俺が笑みを含んだ声音でそう言うと、ロイ先生は苦笑混じりに「違いない」と述べた。


ロイ先生はそのまま数歩歩いて俺を追い越すと、俺を振り返って言う。


「んじゃ、約束通りお前の拠点となる屋敷に案内する。だから……【女神】」


「分かっていますよ。皆さんは【紫電】と【覇者】に付いていってください。

私は此度の戦の報告の為に、一旦ギルドに帰還しますので」


そう言い残すなり、クレアさんは転移して霞んで消えた。


ロイ先生はそれを見送ると、こちらに近づいてきたユリウス達に言う。


「さて……と。俺達も行くぞ。屋敷の場所は、王都の北側の近郊にある村の近くの森だ。

王都近郊だから恐らく【覇者】も一度は足を運んでいるだろうが……まぁ、今回の戦いはほとんど【覇者】が戦っていたようなもんだからな。

今回は俺が全員纏めて転移させよう。近くに集まってくれ」


言われてロイ先生を中心に集まると、ロイ先生は一つ頷いた。


「よし。全員転移の範囲内に入ってるな……【トラベラー】」


その後、俺達は霞むようにしてその場から姿を消した……。



―――――――――――


一瞬の暗闇を経て、俺達はロイ先生が話していたらしい森の入り口付近に転移した。


ん……見て思い出したが、確かこの森ロレスっていう名前じゃなかったか?


三年前に一度、魔法薬の調合の為に、この森に自生しているプリマって花を詰みに来て以来だが……。


あれ……ちょっと待て。……何か忘れているような……。


「おい、【覇者】。お前の事なんだから、お前が聞いてなくてどうするんだよ」


「む……すまない、少し考え事を……な」


俺が首を捻って考え込んでいると、そんな俺の様子を見たロイ先生が呆れたようにそう言い、俺は軽く謝る。


ロイ先生はため息を吐くと、「こっちだ」と言って森を進んでいく。


俺とユリウス達もそれに続いて歩いていくと、門が見え始めた。


屋敷は森の中の開けた場所に建てられているらしく、俺はそれを見た当初、暗い雰囲気をイメージしたが――


「……あれ? 何かここ凄いな……」


「……む」


――暗くなどなかった。


いや、むしろ明るい――というか、〝賑やか〟すぎだろ!?


えっ、何で賑わっているかって? はっはっは、それはな――。


『そこの人はその花壇を管理してね。あっ、貴方は木々の管理をお願いね!』


『うん、任せて!』


『分かったよ~!』


『じゃ、僕は風で花粉を運ぼうかな!』


――精霊やら妖精やらで賑わい捲ってるんだよ。


何コレ? どうなってんの?


「何で雷の精霊やら妖精やらが……」


「何故風の精霊、妖精が……」


ほとんど同時に独白し、俺とロイ先生はハッと顔を見合わせる。


「【覇者】……もしかして風の精霊とかもいるのか?」


「そういう【紫電】こそ……」


言いつつ、俺は一旦目を瞑り、一秒程して再び目を開いた。


以前なら不可能だったのだろうが、今の俺は違う。


見ようと思えば、全ての精霊、妖精や、普通なら目に見えないものまで目視可能だ。


で、目を開いてみれば、俺の屋敷はそこらじゅうに精霊やら妖精やらゴーストやらレイスやら……って、ちょっと待て!


前半はいいとして、後半はオカシイだろ!


何? 何なの?


俺の屋敷は幽霊屋敷ならぬ人外屋敷か何かですかァ!?


つーかヤベーって! ゴーストやらレイスやらは限りなくヤベーって!


どーすんのこの屋敷!? ……あっ、今あそこで喋ってた男女のゴーストとレイスと目が合った!


ゴーストとレイスは顔を見合わせて……。


……ほくそ笑みやがったァ! 死ね! ってもう死んでるか。


「……【覇者】? どうした?」


「いや……」


「如何なされましたか、【覇者】様」


いや、急に畏まったりして、お前の方がどうしたんだ、サイスよ。


……ああ、もしかしてアレか……だとしたら勘が良いな、サイスは。


それはともかく、ゴーストとレイスはどっかに行け……というか、逝けとまではいかないから、頼むから俺とその仲間達に害を為してくれるなよ!?


え、何でどっかに逝けとまでは言わないかって?


そんなもん決まってる。後からこの土地に来たのは俺の方だからな。


邪魔だからと言って、先に住んでた奴等を追い出したりするのはちいっとばかし理不尽すぎるだろ。


ま、今更理不尽だとか言えたような立場じゃないけどな、俺。


俺が心中で大騒ぎしていると、精神下でファランが反応した。


『何だァ? さっきからギャーギャーうるせえんだよテメェはよォ……あァン?

何か変だよなァ……地脈がおかしい……』


『あ、ファランか? ちょっと俺の屋敷を見てくれ、アレを見てどう思う?』


『何とも思わねェな。高々ゴースト、レイスじゃねェか。どうって事ァねェだろ。

ンな事よりも、地脈だ。地脈の流れがおかしい。……こいつァまさか……クククッ!

間違いねェ、竜脈か! テメェ、最ッ高の場所を拠点にしてんじゃねェか!』


はい、竜脈?


竜脈ってあの、力が集中して放出されてる例のアレだよな?


『あァ、そうだが……ちょっと待ってろ。竜脈があるここなら具現化だけなら簡単に出来そうだな』


「まぁ……仕方ないか。【覇者】、どうする? 周囲の精霊達に退いてもらうか?」


ロイ先生が屋敷を眺めてそう言うが、それに対して俺は首を横に振る。


「いや、害さえ無ければ別に構わん。このままこの拠点を使う事にする」


まぁ、屋敷自体はかなりいいしな。


派手すぎず、地味すぎず……普通の屋敷と同じだしな。何か色々と憑いている事を除けば。


「……そうか? ならいいんだが。じゃ、俺はギルドに帰るからな。

何かあれば、ギルドまで来てくれ。【トラベラー】」


ロイ先生はそう言い置くと、転移して霞むように消えていった。


それを見送っていると、俺とロイ先生のやり取りを静観していたユリウスが困惑したように聞いてきた。


「先程から何を話していらっしゃるんですか? 私達には理解が及ばないのですが……」


「ん、まぁ精霊とかに関してちょっとな。それより、敬語は使わなくていいぞ。

さて……と。何処かの戦闘狂が具現化する前に、取り敢えず屋敷の中を見てみるか」


そう言うなり、俺はさっさと門を開いて敷地内に入っていく。


ユリウス達も、先程の会話が自分達には目視出来ない精霊に類するものであったと理解すると、すぐにその後に続くのだった。



―――――――――――


「ほう……凄いな、これは」


屋敷の中に入っていの一番に出た言葉は、味気ないそんな言葉だった。


というか、ここまでのものだとは想像だにしていなかったので、それ以外の言葉が出てこなかったのだ。


上品な赤いカーペットが敷かれた床に、頑丈な黒い大理石で構成されている壁。


当然の如く、天井には燦然と光を放つ、如何にも高級そうなシャンデリアが。


入って最初に足を踏み入れる広間でここまでの高級さである。


ちなみに、この屋敷は三階建てだ。


俺は呆然としたのも束の間、後方で同じく呆然と辺りを見回しているユリウス達を振り返って言う。


「……部屋は好きに使ってくれて構わない。一階は主に書斎や食堂に使いたいからな……二階と三階の部屋から自分の部屋を選んでくれ」


「あ、ああ……しかし、まさかこれ程の屋敷だったとはな……」


ユリウスはハッとしたようにそう返すと、俺に礼を述べてから早速広間の中央にある横幅の広い階段を昇っていく。


遅れて他の魔族達も反応すると、軽く俺に頭を下げてから同じく階段を昇っていく。


最後にその場に残ったのは、サイスと俺だけとなった。


さて……と。


俺はサイスを見やると、すぐに話を切り出した。


「サイス。お前に頼みたい事があるんだが、いいか?」


「……なんなりと」


サイスはこちらを向いて一言だけそう言った。


俺はそれに頷くと、話を続ける。


「頼みたい事というのはだな。今回、仲間になった魔族の……そうだな、大体三十人くらいだろうか。

その三十人で俺直属の部隊を創立したいんだ。この屋敷の使用人に十人残してな。

だが、例え魔族の皆が創立に賛同してくれても、部隊の隊長がいなければ部隊は機能しないだろう。

だから、サイス。お前にその部隊の隊長を務めてもらいたいのだが……どうだ?」


嫌だったら、遠慮無く断ってくれて構わないぞ――俺がそう続けると、サイスは迷う事なくすぐに答えを出した。


「その役、この私が承りましょう」


「そうか! それは助かる。そして、人選についてなのだが、それはサイスに一任する。

ある程度の力量は分かるが、それについては付き合いの長いであろうサイスが選んだ方がいいだろう?

それと、本人に部隊に入るかの是非を問い、承諾を得られなければそれは別に構わない。

無理に部隊に入れとは言わないからな」


と、まぁこのくらいか? いや、ちょっと待てよ……


俺はそこで言い忘れていた事を思い出すと、サイスに告げる。


「――注文が多いようですまないが、もう一つだけある。ユリウスとグリア、アウレアとルンの四人には屋敷に残ってもらいたい。

だから、この四人は候補から外しておいてくれ。……いいな?」


「委細承知」


サイスは簡潔にそうと返すと、早速行動に移すつもりなのか、すっと音もなく階段を昇っていく。


俺はそれを見届けると、ゆっくりと後ろを振り返り、独白する。


「さて……と。もう具現化する為に力は高め終えてるんだろ? 出てこいよ、ファラン……」


『――ハン! テメェに言われずとも出てくる予定だ。急かすんじゃねェよ……』


俺の独白にそんな言葉が返ってきた直後、広間に見慣れた蒼銀の風が吹き荒れ、やがて収束して球体となる。


その風の球体が周囲に広がるようにして弾けた後に姿を現したのは、俺と瓜二つ、いや全く同じ容姿をした、黒衣の男。


かつて、世に悪名を轟かせた至上最悪の風神『風の覇者』ファラン。


俺がじっとファランを見つめていると、ファランは広間を見回して頬を歪める。


「ほォ……テメェの屋敷にしては中々いい屋敷じゃねェか」


「そーかい。んで、何でお前は具現化する気になったんだ? それに、竜脈についてもよく聞いてないんだが?」


俺がテキトーにファランにそう訊くと、ファランは笑みを含んだ声音で答える。


「あァ、それについてだが。テメェ、屋敷が建ってるこの敷地全体に、今から俺の言う通りに術式を構成して永久化させろ。

いいな?」


「……? あ、ああ……」


俺がそれを承諾すると、ファランは「いい返事だ」と言って薄く笑う。


ファランは俺に近づくと、すぐにその術式の構成について話し始めた。


「いいか? まずは――」



―――――――――――


「おいおい……こんな大掛かりな術式、効果は一体何なんだよ?」


【メモリーズ】に【リバース】、【リジェクター・サークル】に【脈絡探知】を始め、更には〝異世界の知識〟やら【エゴイスト・ゾーン】だなんて古代の禁術まで入り乱れ、そのままあらゆる術式を組み込んだ結果、最終的には【神臨地】とかいう、俺も知らない意味不明な魔法が構成されたぞ?


いや、自分で創っといてなんだが……何ですかコレ?


しかもコレ……ホントに永久化なんて出来るのかよ?


明らかに無理だろ。こんなモン永久化出来ねェよ、ファラン。


俺は顔を引き攣らせてファランを振り返ると、


「なぁ、ファラン。……悪いんだけど、この術式を永久化するのは無理だ。

明らかに俺じゃ力が足りねェ。だから、何かしたいなら別の方法で――」


「いや、出来る。この敷地内だけなら、この術式の永久化が可能なハズだ。

それとも何だァ? 術式の構成に関して、魔法に精通したこの俺の言葉が信じられねェのか、あァン?」


真紅の瞳を細めて傲然と顎を上げ、苛立たしげに俺を睨むファラン。


それに対して俺は後ろ髪を梳いて「分かったよ」とだけ述べると、右手の親指の腹を噛みきった。


痺れるような痛みが走り、俺はやや顔をしかめるが、血が溢れ出した親指で空中をなぞった。


すると、空中に血で線が描かれ、それに対して俺は特に驚く事もなく、そのまま空中に【神臨地】の術式を魔法陣と成して描いていく。


禁忌『禁血魔法陣』。


使い魔の契約などに於いて自らの血を使うのはよくある話だし、血で魔法陣を描くのもまた然りだが……今俺が描いているこの『禁血魔法陣』は、通常の魔法陣とは違う太古の昔に使用禁止とされていた魔法陣だ。


今この時代で使えるのは、この世界だけならば間違いなく俺とファランのみだ。


『絶対禁忌』と呼ばれた魔法だけは、他の"覇者"後継者……いや、"覇者"本人ですら行使不能だ。


それ以前に、下手をすればファランを除いた"覇者"ですら、知ってすらいないかも知れない程太古の昔に使用を禁止された魔法陣だ。


何故、そこまでこの魔法陣が危険視されたのか? それは、この魔法陣が持つ性質の所為だった。


今俺が描いている魔法陣は、ある程度の限界は当然あるが、〝この世の理と関係なく、ありとあらゆる事象を顕現させる〟という、禁断の魔法陣なのだ。


それ故に、この魔法陣は知識としてですら公に出る事はなく、魔法陣を創った者が一度行使したきり……つまり、本当に世界で一度だけしか行使されずに使用を禁止されたのだが……。


何故か、ファランはこの魔法陣を知っていた。どうやって知ったのかは分からないが、とにかくこの魔法陣は危険である。


――行使者に取っても、な。


この魔法陣を行使する時、もし途中で構成を間違ったりすれば、致死量の反動が行使者に跳ね返る。


あまりにも効果が大きく、危険性が高い為にこの魔法陣は禁止になったのだ。


それは俺にしても同じ事だが、俺は大体の禁術を禁術としてではなく、普通の魔法として行使出来る。


禁術は何故禁じられているのか? それは危険性だけではなく、その術式を発動するのに代償が必要になるから、その手の術は禁術に指定されてるんだろ?


だが、こう考えてみてくれ。何故代償が必要になるんだ?


それは、その術式を発動するのに魔力が足りねェから、それを補う為に代償が必要になるんだろ?


ここまで言えばもう分かっているとは思うが、禁術ってのは要は魔力さえ足りれば代償なんて必要ないから、莫大な魔力を持つ俺は、禁術を行使するのに魔力だけで十全だから、禁術を禁術としてではなく、普通の魔法と何ら変わりなく行使出来るのだ。


しかし、今回ファランが出した要求ははっきり言ってヤバい。


確かに、『禁血魔法陣』なら大体の事は出来る。だが、先程も言った通り、限界ってモンがあってだな――。


つまり何を言いたいのかと言うと……ファランお前これ、今の俺が可能な範囲越えてるんですけど。


術式を構成するだけなら余裕だけど、どう考えてもこの術式を発動させんの無理だから。


より正確には、発動はしても制御出来ずに、反動がモロに返ってくるのが目に見えてるから。


などと、そんなコトを考えているウチに魔法陣が完成してしまった。


俺は再度ファランを振り返ると、暗い声音で尋ねる。


「なぁ、ファラン。マジでこれ発動させんの? 正直、俺じゃ力不足なんだが?」


「発動させるに決まってんだろ? そォら、分かったらさっさとやれ」


「……はいはい。分かりましたよーっと」


やりゃあいいんだろ、やりゃあ!


平然と実行するように言ってきたファランに半ばヤケクソ気味にそう言うと、俺は体内で魔力を高め、高まりきったそれを解放して詠唱を紡ぐ。





「『神格降臨セシ幻想ノ領域【神臨地】』」


言下に。


展開されていた魔法陣が敷地内全てを覆い隠すように膨張した。


「――は?」


その光景を見て、思わず気の抜けた声を出した俺。


――馬鹿な。


「上手くいった、だと……?」


制御出来てないんだぞ? なのに……一体これはどういう風の吹き回しだ!?


「おい、ファラ――」


俺がファランに声を掛けようと振り返った時――





「クハハハハハハハハッ! 遂に兼ね備えたぞ……この敷地内だけという制限があるとはいえ、具現化した姿にも戦う力をなァッ!」


「……え?」


――振り向いた先に、現実の世界に具現化して出てきているのにも関わらず、精神世界にいる時のように〝莫大な力を内包した〟ファランの姿を見て、俺は言葉を失った。


「あァ……ファラン? お前、何でこっちの世界に具現化して出てきているのに、そんな力が――」


「……あァン?」


ファランは笑いを収めて真紅の瞳で俺を射るように見やると、前髪をかき揚げつつ顎で俺をしゃくった。


「テメェの行使した【神臨地】。そいつァな、具現化した俺の身体に精神世界での力を定着させる為の魔法だ。

確かにテメェは術式を制御出来ちゃいなかったが……」


と、ファランはそこでトントンと床を足踏みすると、


「――この屋敷の丁度真下に存在している竜脈が、術式の制御の手助けをしたんだよ……理解できたか?」


「……あァ、なるほどな。大部分は理解できた。だが、竜脈ってのはこうも局所的に恩恵をもたらすモンなのか?」


俺が広間を飛び交う精霊達を眺めてやや呆れたようにそう訊くと、ファランは鼻で笑って返した。


「ククク……竜脈ってのは大体がそんなモンだ。まァ、ここまで局所的な竜脈は珍しいがな

……それよりも、だ」


ファランは床を一瞥すると、真紅の瞳に妖しい光を宿して唇の端に笑みを刻んだ。


そのまま俺に背を向けて広間の中央辺りまで歩いていくと、そこで足を止めてじっと床を見つめる。


「……? 何してんだ、ファラン」


それを見て俺が首を傾げていると、ファランが突然低く笑いだし独白した。


「なるほど……。今世代の『雷の覇者』は気が利くじゃねェか。

ジオのヤローとは大違いだぜ。クックック……」


「おーいそこの悪性覇者。一人で納得してないで俺にも説明してほしいんだが?」


「あァン? テメェ、今すぐこの床の下探ってみろ。地下におもしれェモンがあるぜェ?」


は? 地下ですと?


俺はすぐに【脈絡探知】で魔力をソナーのように飛ばして地下を探ってみると、この屋敷の地下に補強された形跡が感じ取れる空洞があるのが分かった。


つまり、地下室があるワケだ、俺の屋敷は。


……ヤベッ、なんか無駄にテンションが上がってきた。


アレか、復讐系主人公の物語りによく出てくる屋敷みたいに、牢獄か? もしくは拷問部屋か?


「いや、地下室なら武器庫とかも捨てがたい……クククッ」


などと、かなり不穏な思考などしていると、広間を彷徨いていたファラン中央にある階段の左側面を眺め、低く呟いた。


「ここだな。……この魔力残滓には覚えがある。術式を組んだのはクラウス……いや、その後継者か」


言下に、ファランは階段の左側面に軽く触れて魔力を流した。


すると、つい先程まで壁だったはずの場所に下に降りる階段が現れ、ファランがこちらを見て言う。


「オラ、何ボサッとしてやがんだァ、テメェ? テメェの屋敷だ、テメェが把握しておかなくてどうする?」


「分かってる。ちょっと考え事をしてただけだ」


俺は黒髪を梳きながら答えると、ファランが見つけた地下への階段を前屈みになって覗き込む。


「んー……灯りを点けるには……おっ」


俺が更に身を乗り出した途端パッと電気が点いて、俺は魔石の取り付けられた通路の壁を見やる。


へぇ……何かしら通れば自動で雷晶石に魔力が送られるのか。


「ふーん……うおっ」


これなら明かりは要らないな、などと頷いていると、ドンッと強く背中を押され、不安定な体勢だった俺は階段に倒れ込む。


「なにすんだ!」


俺は後ろから押してきたファランに向かってそう怒鳴るが、ファランは煩わしそうにため息を吐いた。


「うるせェなァ。テメェが一つしかない通路の前で止まってたのが悪ィ。

オラ、さっさと降りるぞ」


言うなり、ファランは俺の襟を右手でがっちりと掴んで猫のように持ち上げ、階段を降りていく。


「おまっ、襟を掴むんじゃねェ! 俺は猫かよ、ってか首が締まって――」


「じゃあ髪にしてやろォか?」


「……」


ははははは……。


あんま調子に乗ってんじゃねェぞ、ファラン!


どうせアレだろ、具現化していられるのにも制限時間があるんだろ?


「いや、この敷地内だけなら俺の具現化に制限は無ェ。【神臨地】も永久化されてるからなァ。

ックククククク……残念だったな、三下ァ。この敷地内に於いて、俺は自由に具現化できる。

つまり、テメェの俺に対するアドバンテージはもう無ェよ」


「オイオイ、マジかよ……」


ファランには気を付けた方がよさそうだ。


この敷地内だけという制限があっても、こんな絶対悪の風神様を好きにさせといたら俺の屋敷が無くなるわ。


俺はげんなりとしてチラリとファランの様子を窺うが、自分と全く同じその顔はやはりというか無表情。


つーか、俺の襟から手を放す気はないのかよ。


自分と全く同じ容姿をした男に猫のように持ち運ばれる……敢えて言うが、シュール以外の何物でもない。


「はぁ……まったく、やってられないな……」


どうやらこの持ち方をやめる気がないのを見て取ると、俺はため息を吐いてそのまま運ばれるのであった。



―――――――――――


「ほう……中々のモンだ。及第点をくれてやる」


「ちょっと採点が厳しすぎやしないか? これなら及第点以上だろ」


「――ッカ。テメェはまだ甘ェなァ。この程度じゃ及第点がいいところなンだよ。

むしろ、数多の異世界をこの目で見てきた俺にしては甘い採点だぜェ?」


などと、互いの観点から地下にあったものを評するファランと俺。


地下に広がっていたのは、縦に三十、横に五十メートル程の広間で、特別頑丈に造られている事からここが訓練場である事が伺える。


尤も、俺とファランが使うとしたら、訓練をする場ではなく殺し合いの場……つまりは戦場になるのだが。


自分の屋敷の地下が戦場。なんとも笑えない冗談だ。


俺は取り敢えず念話でファランとこの屋敷にかけた術式、地下に訓練場がある事をユリウスとサイスに伝えておくと、その場で訓練場をぐるりと見回して、とある場所に目を留める。


先程俺とファランが降りてきた階段から少し左の場所に、訓練場とはまた別に部屋があるようだからだ。


俺は、何事か思案するように顎を撫でているファランを余所にその扉の前まで移動すると、迷う事なくその扉を開け放った。


そこには、弾や矢を保存しておく為の棚と、剣や槍を立て掛けるようなモノが壁に整然と並んでおり、俺はすぐにここが武器庫だと理解すると、すぐに行動に移った。


もちろん、武器の創造である。


剣や刀、槍を始め、ナイフ、矛、爪、杖、斧、ハンマー、グローブ、銃、弓、棒、扇、防具はレザーメイルからプレートメイル、はたまたただの動きやすい服などを創造した。


今までとは更に格が違う、膨大な魔力を持っているからこそ出来ることである。


ちなみに、創造した武器の中には手榴弾やらRPGー7やら、かの化け物銃デザートイーグルを始め、向こうの世界では既に使用禁止になってたりするダムダム弾まであったりする。


ちなみにダムダム弾ってのは尖端部に特殊な加工が施されていてな?


撃たれれば直径十センチ以上の射出孔が空く程の代物でな。


胸なんかを撃たれればまず助からない。あまりにも残虐過ぎるために、国際法で使用を禁止されたそうだ。


ま、俺好みのデストロイではあるがな。


途中、手榴弾とは別にニュートロン爆弾……所謂中性子爆弾ってのも創ろうか迷ったが、流石に爆弾を保管しておくのは怖いものがあるので、手榴弾以外の爆弾は創らなかった。


「ん。ん、んー……まあ、このぐらいでいいかな?」


必要なら、また創ればいいし。


などと、一人でうむ、うむっと頷いていると、ファランが武器庫に入ってきた。


ファランは武器庫をぐるりと見回して目を細めると、


「あァン? こりゃ向こうの世界のヤツじゃねェか。テメェが創ったのか?」


「ん、まぁな」


俺がそう答えると、ファランはこの世界の武器とは異質な異世界の武器を再度一瞥した後、弾丸にこちらの世界の弾丸に手を加えたものを選び、デザートイーグルを二丁パクって訓練場に消えていった。


それを見て俺も少し考えると、創造で新たに一丁の銃を創り出した。


これは異世界の知識を元に創った、完全にオリジナルの銃で、名前はない。


色は黒と銀を基準としており、装弾数は6発。


回転式弾倉を変えればそれなりの弾は撃てるし、もちろんダブルアクション+螺旋徨魔(こちらの世界の集中突破系銃型古代兵器の能力の一つ)だ。


俺はセミオートマチックとかよりも、回転式拳銃のが使いやすい。


本分が剣士である俺は強い弾丸は撃てなくてもいいんだが、セミオートマチックはメンテが面倒だし、弾頭に金属コーティングされてない弾丸は銃の内部に傷が付くため、使用不可だ。


しかも、不発弾があるとジャムる。はっきり言って面倒なんだよな、色々と。……まぁ、俺が極稀に使用するガンブレードが回転式の所為でもあるが。


「ふぁ……ねみ」


俺はアクビなど洩らして弾丸を弾層に入れると、訓練場に戻る。


するとそこには、必死に逃げ回るゴースト娘目掛けて魔力を籠めた弾丸をぶっぱなしているファランの姿が。


「オラオラオラ、どうしたァ? 畏れ多くもこの俺に手を出したんだ、楽しませてくれよ、なァッ!」


『きゃああああ! 何あれ、魔法銃じゃないの!?』


「……何してんだ、あれ」


俺はそれを見た当初は驚いたものの、話の内容からしてどうやらゴースト娘がファランにちょっかいを掛けたらしい事を理解すると、心底呆れ返った。


暇潰しにクルクルと拳銃を手で回しながら傍観していると、躱し損ねた弾に当たってゴースト娘が悲鳴を挙げて消滅した。


ワオ……流石ファラン。相変わらず容赦がねェなァ。


俺がニヤニヤしてそれを見ていると、不意にファランが俺の方を向き、発砲した。


そう来ると分かっていた俺は超音速で迫る弾丸を右手で握り潰すと、お返しとばかりにファランの心臓目掛けて発砲した。


しかしファランもデザートイーグルを棄てて迫る弾丸を右手で握り潰すと、鼻で笑って言う。


「ハン……やっぱ駄目だな。銃ってのも悪くはねェが、やはり俺ァ剣の方がいい。

刃と刃で斬り結んだ時の、生と死の狭間での感覚がねェと落ち着かねェ。

テメェはどうだ?」


「同意見だな。銃は好きだが、俺も剣の方がいい」


そう答えつつ、俺はファランが投げ棄てたデザートイーグルを回収すると、俺の銃と纏めて武器庫に戻す。


と、そこでファランがふと天井に視線を向け、唇の端に笑みを刻む。


「ん……どうやらあいつらは一通り部屋を選び終えたみてェだな?

おい、俺も一室使わせて貰うぜ。テメェも早いトコ自分の部屋を決めとくんだな……」


「分かってるっての。俺は取り敢えず食堂を見てからだな、部屋決めんのは」


俺が広間に戻るファランの後に続いて階段を昇りつつ言うと、ファランはピタリと階段を昇る足を止めて言う。


「なら、ドリアだ」


「……は?」


いきなり何言ってんだコイツ?的な目で見ると、ファランはこちらを振り返って続けた。


「カレー風味のドリアを作って俺の部屋に持ってこい。俺ァ……そうだな、三階の一番右の部屋が空いてるからそこを使う。

だからさっさと作って持ってこい」


「ちょっと待てコラ。何フツーに命令してんだ。しかもお前、腹は減らないんじゃなかったのか」


「馬鹿が。具現化してる間は腹が減るんだよ。そのくらい察せ、三下ァ。

それに、テメェを鍛えてやったのは誰だァ? 他ならぬこの俺だろォが。テメェに拒否権はねェ」


「くっ……」


反論できん!


俺が押し黙ったのに満足したのか、ファランは「早くしろよ」といって一足先に広間に出ていってしまう。


俺は黒髪を荒々しく梳いた後、ため息を吐いて広間に上がっていくのであった。



―――――――――――


「はぁ……」


あの後、食堂を見て回り、厨房の食物庫に食材を創って保管してきた俺は、その時に作ったドリアと創造で創ったウイスキーを手に、ファランが指定した部屋の前へと来ていた。


なに、結局作ったのかよだって? そりゃ作ったさ。ファランに切り刻まれて粉微塵になるのはごめんだからな。


断じて、普段世話になってるからそのお礼に……だなんて思ってない。


ましてや、美味いと言ってくれたら嬉しいだなんて思ってない。思ってないったら思ってないのだ。


「はぁ……」


俺は再度ため息を吐くと、ファランの部屋のドアをボトルを持っている方の拳を固めてノックする。


「ファラン、入っていいか?」


〝好きにしろ〟


「はいはい、好きにさせてもらいますよー……って」


ファランの言葉を受けて俺がドアを開けてファランの部屋に入ると、そこにはこの世界では有り得ない光景が広がっていた。


いや、部屋自体は別に何ともない、必要最低限の物しかない普通の部屋なんだ。


……だが、必要最低限の中に例外なモノが二つある。


それこそが、この部屋で唯一異彩を放っていた。


魔力で動いているだけで、内部構造は明らかに向こうの世界のモノであろうオーディオ。


とどめに、オーディオと同じく魔力で動いているだけで、内部構造は明らかに向こうの世界のモノであろうテレビ。


それが今、この部屋に存在していた。


「……」


俺が目を見開いてそれらを見ていると、こちらに背を向けていたファランが半身を捻って振り返り、ニヤリと笑う。


「……ふん、見た目は悪くねェな。問題は味だが」


「いや、まずそこに話が飛ぶのか!? ファラン、お前の後ろにあるのって――」


「あァン? あァ、コレの事か……消し飛べ、【エアリアル・プレッシャー】」


ファランは思い出したかのように異彩を放つオーディオとテレビに向き直ると、大気圧を変動させて蒼銀の力場を生み出し、それらを消し飛ばしてしまった。


「ああっ! 勿体ねェ、何してんだお前!」


「あ? ありゃ試しにと気まぐれで創っただけだ。テメェから創造の力を転写してたからなァ」


「だからってお前……ああ、もうっ」


俺は盛大にため息を吐くと、手に持っていたドリアをサイドテーブルに置いた。


ファランにあれこれ言ってもどうにもならんからな。


ファランはそんな俺の様子を見て低く笑うと、ドカリとベッドに腰掛けてスプーンを手に取ると、ドリアを一口食べて一言。


「まあまあだな」


「うわっ、なんて微妙な評価なんだ」


「知るか。っつかよォ、その酒もさっさと寄越せよ。元より、その為に持ってきてんだろ?」


「……ん」


手に持っていたボトルをファランに投げて寄越すと、ファランは片手でそれを受け取り、ボトルの口部分で指先をザシュッと横に薙ぐ。


一陣の風が吹いた。


すると、ボトルの口部分がファランの指先の軌道に沿って音もなくズレ、コトリと床に落ちる。


俺はそれを眺め、嘆息する。


「ボトルの口部分を切断すんのやめれ。掃除するのも大変なんだから。

にしても……やっぱ、お前の方が切れ味が上だな。〝刃無くしてモノを斬る〟……剣士としての高みの技だが」


俺が切断されたボトルの口部分を拾い上げ、切断面を目を細めて見ながら言うと、ファランはおかしそうに笑った。


「当たり前だ。俺が誰だと思ってんだァ? 伊達に数千年もの間戦ってきたワケじゃねェよ。

このくらいの技巧があって当然だ」


ファランは酒をボトルから直接呷ると、ドンッとぞんざいにサイドテーブルに置いてベッドに寝転がり、膝を立てて寝ながら足を組む。


その体勢のまま、ファランは今思い出したかのように視線を横向けて俺を見据えると、口を開いた。


「あァ……そういえばテメェに『闇の覇者』の今現在の力量を教えてなかったな」


「――! 正確な力量は割り出せたか?」


ファランの寝そべるベッドに近づいて問うと、ファランは目を細めてそれに答えた。


「正確な数値までは分からねェ……だがな、『闇の覇者』は――





無限の魔力の内、最低でもおよそ三十兆までは力が回復してるぜ」


「さっ……三十兆!?」


俺は目を見開いてファランを見返すと、震える声音で問う。


「ちょっと待て……三十兆!? 俺が力を究極まで高めきった時の六倍じゃねェか!

それに、最低でもって事は実際にはもっと高い可能性もあるって事だよな?

そんな化け物に勝てんのか? しかも、五兆の魔力を籠めた一撃で無傷……勝敗なんて火を見るより明らかだ……!」


「……はぁ」


俺が矢継ぎ早に言うと、ファランは鬱陶しそうにため息を吐いた。


「……テメェはアホか?」


ファランはそう呟くと、ゆっくりと身体を起こして言う。


決定的な事を。


「じゃあ逆に訊くがよ……





俺達"覇者"は、かつてどうやって『闇の覇者』とやりあったと思ってんだ?

俺とノーレはともかく、大差をつけて力で劣るその他の"覇者"が何故まともに『闇の覇者』とやりあえた?」


「……」


そうだ……。


そう言われてみれば、確かにおかしい……。


かつての『闇の覇者』が、果たして全力を出していたのかは分からない。


だけど、魔力に関して"覇者"達は劣っていただろう事は最早間違いない。


だとすれば、一体何が――。


「ヒントは力を手に入れる前のテメェの戦いだ」


「えっ?」


突然ファランがそう述べ、俺はファランに目を移すが、ファランは目を瞑ってそれ以上は何も語らない。


これ以上は言わないという事だろう。


俺はファランと同じく真紅の瞳を閉じると、思考の海に潜る。


ファランはどうだか知らないが、他の"覇者"達は魔力で到底敵わない『闇の覇者』……。


ヒントは、力を手にする前の俺?


力を手にする前の俺は、どんな戦いをしていた?


魔力で劣る俺は魔力を全て魔力強化に回し、剣技のみで自分よりも格上の魔力を持つ相手を――。


「――!」


そこまで考えが至った時、俺の中で何かが繋がった。


ちょっと待て。


『自分よりも格上の魔力を持つ相手を』――だと?


俺は、力を手中にする際にファランに戦いを挑んだ時の自分と、"覇者"達の立場を重ね合わせる。


あの時のファランは、俺との戦いで力の一割ですら発揮していなかった。


もちろん、身体能力についてもだ。


それでも、俺を殺すことなど赤子の手を捻るより簡単だったはずだ。


ならば何故俺が今こうして力を手中にして生き長らえているのか?


それはあの戦いでファランが力を発揮せずに、しかも力の一割ですら発揮していなかったその状態から更に手加減していたからだ。


しかし、それだけでは例え手加減されていても、ファラン相手にではどう考えても生き残れない。


だから俺は、上段から振り降ろされた剣を受けつつ、身体ごと剣を横に滑らしたりなど……戦い方を工夫していた。


なら……ならばだ。それと同じで、戦い方を工夫するか何かしたら、『闇の覇者』とも充分やりあえるんじゃないか?


そう、何かしら……『闇の覇者』とやりあえる手段、もしくはモノが――。


そこまで考えて、俺はハッとした。


そうか……モノだ。『闇の覇者』が圧倒的に力で勝っていても、"覇者"達には唯一同等のモノがある!


そう、神器だ。


それに加え、今までの俺の戦いから割り出されるのは、『魔力だけが勝敗を決めるわけじゃない』という、学園での俺が出した結果そのものだ。


つまり、魔力で劣っていても、『闇の覇者』と戦える力……そう、神器があれば――!


「その様子から察するに……気付いたみてェだな?」


閉じていた目を開き、頬を歪めて笑うファランに、俺も唇の端に笑みを刻んで返す。


「ああ。そういう事か。再現とは言えど、俺達"覇者"後継者が振るうのは神器。

力が回復しきってない『闇の覇者』ならば、神器再現状態で戦えばまだ戦える……そうだよな?」


俺が確認するように問うと、ファランは満足げに頷いた。


「正解だ。それと、テメェはあの時勘違いしていたようだが、テメェの一撃は五兆もの魔力を維持したまま『闇の覇者』に直撃したワケじゃねェ。

"虚世の空間"を越えるのに殆どの魔力を消費している。

実際には五千億くらいのモンだろ、『闇の覇者』に届いた魔力は」


「は? マジで?

つまり、"虚世の空間"から魔界までの境界で既に四兆五千億もの魔力が……?」


俺が呆気に取られて問い返すと、ファランは真紅の瞳を瞬いて頷いた。


俺がその事実にそれならまだ戦いようがある、と内心安堵していると、この部屋に接近してくる気配を感知し、俺はピクリと反応する。


この気配は……。


俺が目を細めてドアの方を見ると、間もなくノックの音が響いた。


俺はチラリとファランの方を見て、ファランが頷いたのを確認してから入るように促した。


「入っていいぞ」


「失礼します」


慇懃な言葉の後、サイスがドアを開いて入室し、俺と全く同じ容姿のファランの姿を見て驚愕に目を見開くが、俺がファランを一度見てから首を振ると、サイスはすぐに警戒を解いた。


そして、何事もなかったかのように話し出す。


「レオン様、命じられていた部隊の編成が決定しました。

私を主格にした以下三十名の魔人、獣人の混合部隊です。

この編成でよろしいでしょうか」


「ああ、いいぞ。

お前達にはギルドに所属して貰いたい。そして、任務を果たす途中で魔族の進出によるこの世界の異変に関して有力な情報が入ったりした時には、報告を頼む。

それと、場合によっては工作を頼むかもしれない。それ以外の時には、好きにしていてくれて構わない。

ギルドでは、そうだな……六人くらいに別れてパーティーを組むといい。

いざという時に情報の伝達が遅れたんじゃ意味がないからな」


「委細承知」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


簡潔に述べて退室しようとするサイスを俺は呼び止め、サイスがこちらに振り向くと俺はファランを指して言う。


「この人はファランって言ってな……言葉には表し難いが、簡単に言えば俺と運命を共にするヤツみたいな人だ。

だから敵じゃないから、敷地内で見かける事があっても警戒はしなくていいぞ」


「承知しました。他の者達には私から伝えておきましょう」


「助かる。じゃあ、また後でな」


俺が頷いて返すと、サイスは一礼してから今度こそ退室していった。


俺がそれを見送ったちょうどその時、念話の魔力が届いた。


俺は再び料理を平らげ始めたファランを横目に、念話を繋ぐ。


《念話を繋いだ〝風の覇者〟ことレオンですどーぞ》


《あ~、たった今シリアに凍り漬けにされた〝紫電の雷帝〟ことロイですどーぞ》


《またあの断崖絶壁な胸の事に口を出したんですかどーぞ》


《いや、口と言うか成り行きで顔を出したんですどーぞ》


《成り行きってどんな成り行きなんですかどーぞ》


《いや、クレアの胸を後ろから鷲掴みにしたところにクレアの愛の籠った裏拳を喰らい、吹っ飛んだ先にシリアの断崖絶壁があっただけですどーぞ》


《自業自得だコノヤローと思っている『風の覇者』後継者ですどーぞ》


《仕方ねェだろ、クレアの胸が柔らかそうだったモンだからどーぞ……で、本題なんだがな》


この流れで本題に入るのか、オイ。


俺は自分のことを棚に上げてそう思うが、特に何も言わずにロイ先生に答える。


《その本題とは?》


《レオン、お前って特に何も任務は受けてないよな?》


《受けてませんが……それがどうかしましたか?》


何かあるのか?


そう思い、俺がそう返すと、ややあって返事が返ってきた。


《だったら、今夜は任務を受けたりせずに空けておいてくれ。

もし先に受けておきたい任務があるなら、陽が沈む前に終わらせとけ。

いいな?》


《オーライ。それじゃ、また後で》


《ああ。じゃあな》


「ふぅ……」


俺は念話が切れるのを確認してから自分も念話を切り、時間を確認しようと時計を探すが、ベッドやテーブルの類いは始めから用意されていたが、流石に時計の類いまでは用意されていない。


そう言われてみれば、他の仲間達も家具は必要になるだろう。


俺はふむ、と一つ頷くと、そろりと酒を飲んでいるファランを見てから、とある物を創造しようとするが――。


「オイ。まさか貴金属の類いを創造して荒稼ぎしようだなんて考えてねェだろォな」


「な、なななな何言ってんだファラン。そ、そんな事をするワケがないだろ、うん?」


何故バレた!?


俺は盛大に顔を引き攣らせつ、少しだけ創造されていた宝石を後ろ手に隠す――が。


スパンッと。


「――あ?」


目の前のファランの姿がブレたかと思えば、突如として両手の手首から先の感覚がなくなり、遅れてビチャビチャと血が滴り落ち、俺は声を洩らす。


「痛ェ! てめっ、ファラン! 事あるごとに手とか切り落とすのやめろや!

痛ェんだよ! ――ったく……」


俺は不平を鳴らすが、ファランは気にも止めずに切り落とした俺の手から宝石を奪い、自分のポケットにねじ込む。


俺はそれを見て苦虫を噛み潰したような表情をするが、取り敢えず今は先に、あの時と同じくすぐに再生した腕を握ったり開いたりして調子を確かめる。


と言うか、身体の一部が欠損するだなんて事は日常茶飯事になっているのが、我ながら恐ろしく、由々しき事態である。


いや実際、あんまり居ないと思うぞ? 身体の欠損が日常茶飯事だとか。


それとファラン。切り落とした俺の手が要らないのは分かるが、それを毎度のように消し飛ばすのはやめてくれ。


見ていて精神的に泣けてくるから、いやマジで。


「……はぁ。ファランにそんなことを言っても無駄か。

あー、俺は今からデカい任務があれば受けて陽が沈む前には終わらせてくるが……ファランはどーするよ?」


「俺ァここに残る。久しぶりに肉体が在る状態なんだ……色々と楽しませて貰うぜ」


唇の端を歪めて笑うファランに、俺はそうかと返す。


そして転移先であるギルドの本部長室を思い描きつつ、効果はないだろうが一応言っておく。


「まぁ好きにすればいいが、限度は守れよ? それと、客が来たり他国の隠密の馬鹿共が来たら素性は明かさないでくれよ。

じゃあな。【トラベラー】」


そう言い残すと、俺の姿はファランの前から霞んで消えた。


ファランはそれを見送り、新たに酒を創造しつつ、瞑目する。


(〝ガルシア〟のヤツ……あの調子だとどうも、力だけじゃなく神器も万全じゃねェみてェだな……)

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