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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
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己が宿命

あれから俺達は訓練場から教室まで戻り、ロイ先生が中庭で使い魔の召喚に必要になる魔法陣を設置している間は、四人で軽く談笑などしていた。


「――それでさ、俺が魔法の練習中に突然人が入ってきたワケで、その不運な人は俺の炎の魔法を受けて怪我こそなかったけど、モノの見事にハゲ頭になったんだぜ!?」


「マジでか。ははははははっ!!」


「もう、レオン君ったら人の不幸を笑うのはいけませんよ?」


「そうよ、例えそれがそのハゲ頭になった人の自業自得が招いた結果だとしてもね」


そんな感じで談笑していると教室にロイ先生が入ってきて、俺達は談笑をやめてロイ先生の方を見た。


ロイ先生は皆が静かになるのを待ってから、使い魔の召喚について話し出した。


「使い魔は魔法陣に魔力を流し込む事で召喚されるんだ。これは勿論知っているよな?」


それに皆が頷くと、ロイ先生は静かに続けた。


「魔法陣に魔力を流し込む事によって、その魔力が召喚される使い魔に送られて一種の転移魔法になるんだ。そして使い魔が魔法陣に召喚される」


「そして召喚された使い魔と相手側が定めた方法で契約するんだが――」


そこでロイ先生は渋い顔をして続けた。


「強大な力を持つ使い魔――まあ簡単に言えば最上級やら神級の使い魔が召喚された場合には、力を示せと言われて戦闘にもつれ込む場合があるんだな、これが」


皆はロイ先生のその言葉を真剣に聞いている。それは俺も真剣に聞いてはいるが、若干どうでもよさげな気持ちで聞いていた。どのみち俺には強大な力を持つ使い魔など召喚することは出来ないので。


「まあ、最上級やら神級の使い魔はそうそう召喚出来るモンじゃないが、もし召喚した場合には、敬意を払うことを忘れるな。わかったな?」


ロイ先生はそう言うと、今思い出したような顔をして言い足した。


「それと言い忘れていたが、召喚の時には魔法陣に魔力を流しながら『汝、我と契約を結び共に道を歩む者よ。今我が意に応え、姿を現せ』と詠唱するんだ。いいな」


そう言った途端、ロイ先生に『そんな重要な事を言い忘れるなよ!!』と言いたげな冷たい視線が集中した。


するとロイ先生は気まずそうに明後日の方角を向いて、


「じゃあそういうことで、一人づつ中庭に来るように。以上!」


と言って転移で中庭に移動していった。


それから俺達は自分の番が来るまではどんな使い魔だといいのかとか、そんな事を話していた。


そして遂にディアスの番が回ってきた。


「よし! じゃあ行ってくるぜ!」


「ああ、行ってこい。いい使い魔と契約してこい」


「おう! 任せとけ!」


俺は教室を出ていったディアスを見て、いったいどんな使い魔を召喚するのか楽しくなってきた。


気が付けば俺は頬を緩めており、それに気付いたユイも楽しげに聞いてきた。


「ディアス君がどんな使い魔と契約を結ぶのか、楽しみですね、レオン君?」


俺はそう聞かれて、思わず笑みを溢してしまう。


「まあ、な。ははっ、まあディアスならかなり高位の使い魔と契約を結んでくるだろうさ……」



―――――――――――


~ディアス~


俺はレオンに応じてから、中庭に向けて足を動かしていた。


使い魔の召喚。俺は魔武器の精製も楽しみにしていたが、それと同じくらいに使い魔の召喚も楽しみにしていた。


一体自分にはどんな使い魔が召喚されるのか。そう思うと楽しみで仕方がない。


俺は使い魔と共に戦うのに憧れていた。


確かに友達と組んで一緒に戦うのもいいのだが、使い魔――自分だけのパートナーと共闘するのを楽しみにしていたのだ。


俺はそう思いながら中庭への階段を降りて中庭へと出た。


中庭は校舎に囲まれるようにしてあるのだが、それでも学園自体が大きいため、かなり広い。その広い中庭の真ん中辺りに、今は魔法陣が描かれていた。


俺がその魔法陣の前まで移動すると、魔法陣の脇に立っている人……ロイ先生が一つ頷いた。


「次はディアスか。早速だが、魔法陣に魔力を流し込んでくれ。詠唱は覚えているよな?」


俺はそれに頷いて返すと、魔法陣に近寄って魔法陣に向けて水平に手を伸ばした。


伸ばした手に魔力を集めつつ、俺は呟くようにして詠唱した。


『汝、我と契約を結び共に道を歩む者よ。今我が意に応え、姿を現せ……』


俺がそう詠唱しながら集めた魔力を解き放つと、解き放たれた魔力は吸い込まれるようにして魔法陣に集中していった。


すると魔法陣が光を放ち、一際眩しく光った後、光は収まった。


光が収まり俺が目を開くと、魔法陣の真ん中の辺りに赤髪の女の子がちょこんと立っていた。


「女の子……?」


思わず俺がそう洩らすと、その女の子がニッコリと笑いながら走り寄ってきた。


「お兄ちゃんが私の契約者?」


俺はいきなりそう聞かれて驚いたものの、女の子に応じた。


「あっ、ああ。契約を結びたいんだけど……」


俺がそう言うと、その女の子は笑いながら頷いた。


「いいよ! じゃあちょっと魔力を貰うけどいいかな?」


女の子はそう言うと可愛らしく小首を傾げた。


その仕草には年相応の可愛らしさがあり、一瞬とは言えど俺はドキッとした。


しかし「自分より年下の女の子相手にときめいてどうする!!」と自分に言い聞かせると、俺は女の子に微笑み掛けながら頷いた。


「いいよ。それで俺はどうすればいいのかな?」


俺が微笑みながらそう言うと、その女の子は可愛い顔に輝くような笑顔を弾けさせた。前言撤回。年下の女の子相手でもときめいていいんじゃないか?


俺が若干危ない世界にトリップ仕掛けていると、その女の子が手を伸ばしてきた。


「じゃあ私と手を繋いでくれないかな? そうすれば後は私に任せてくれればいいから!!」


それを聞いて俺は現実の世界に引き戻され、慌てて手を差し出した。危ない危ない。危うくあっちの世界に飛ばされるところだったぜ。


女の子は俺の手を握ると、目を閉じてなにか呟き出した。


「我は汝と共に生き、汝と共に道を歩む者なり。今ここに炎の誓いを立て、共に戦う事を胸に刻まん……」


女の子がそう呟いた時、繋いだ手から魔力が吸い取られたのを感じた。


「っ……!!」


思っていたよりも多くの魔力が吸い取られたので、俺が少し身動ぎすると、女の子はちょっと目を開いて言った。


「今度は私の魔力をお兄ちゃんに渡すから、ちょっと痛いかもしれないけど、じっとしててね」


俺はそれに頷くと、苦痛に備えて身構えた。


女の子は俺が頷いたのを見ると再び目を瞑り、今度は魔力を流し込んできた。


その途端、体の深奥で苦痛が爆発し、俺は思わず声を洩らした。


魔力を人体に流し込むのは害がなさそうに見えて、結構危険な事なのである。


断続して体を苦痛が襲う、俺にとっての忌々しい数秒が過ぎると、女の子は俺の手を話して微笑んだ。


「契約完了したよ!私は火の属性神の子供の、フレイって言うんだ!」


俺はそれを聞いて驚いた。


まだ子供とはいえ、火の属性神の子供は最上級の使い魔なのだ。それに成長すれば間違いなく神級に達する力を持つ使い魔である。


それを知って俺が呆然としていると、目の前の女の子……もとい、フレイがちょっと頬を膨らませて、制服のズボンの裾をくいっと引っ張った。


「ねえねえ、私ってもう神界に戻らないといけないかな……?」


「えっ?」


俺はそれを聞いて、ズボンの裾を引っ張っている女の子に虚空を見つめていた視線を戻した。


俺がそんなすっ頓狂な声を洩らしてフレイを見返すと、フレイがちょっとだけ拗ねたように言った。


「私、神界に戻ってもやることがなくて退屈なの。だからまだ帰りたくないよ……」


俺はそれを聞いてちょっと悩んだが、やがてゆっくりと顔に微笑を広げた。


「じゃあ、俺と一緒に教室に来ないか? 紹介したい人もいるし、ちょうどいいと思うんだが」


俺がそう聞くと、フレイの可愛い顔にまるで大輪の華が咲いたように笑顔が戻った。


「えっ、いいの!?」


「ああ、別に俺は構わないよ。じゃあ行こうか!」


俺がそう言ってフレイの頭に手を乗せると、フレイが俺の手を握りながらとんでもないことをねだってきた。


「ねえねえお兄ちゃん、肩車してよ!」


俺はそれを聞いてこれまたちょっと悩んだが、目の前で期待に目を煌めかせているフレイを見て、苦笑をすると腰を屈めてあげた。


すると早速フレイが背中から俺の首に股がった。


八歳くらいの女の子が十五歳の男の首に股がる……端から見ればさぞかしシュールな光景だろう、と俺は思いつつも、フレイを乗せたままゆっくりと立ち上がった。


「わーー! 高いよーーー!」


フレイが喜んで肩の上で動き回るので、それを俺は指摘してから魔法陣の横に立ち尽くしているロイ先生の方に歩いていった。


ロイ先生の前までいくと、呆れたような苦笑いをロイ先生は浮かべていた。


「……なんですか?」


どこか温かみを帯びたその苦笑いの意味が非常に気になり、俺がそう聞いてみると、ロイ先生は苦笑いを引っ込めた。


「いや、使い魔と早速仲良くなっているのはなによりだが……一応最上級の使い魔なんだぞ?」


俺はそれを聞いて体内に氷柱が生じた気がした。


『もし召喚した場合には、敬意を払うことを忘れるな……』


ロイ先生がそう言っていたのにも関わらず、俺は召喚した当初から馴れ馴れしいと言うべきか、失礼ではないにせよ、なんともフレンドリーな態度で話を進めていたので。


俺がそれを思い出して若干冷や汗を流していると、それを察したのか、フレイが上から可笑しそうに笑いながら話し掛けてきた。


「ううん、私は別にそんな事は気にしないタイプだからいいんだよ!」


俺はそれを聞いてホッと息を吐いたが、フレイが「もっとも、いきなりフレンドリーな態度で対応してきた時はちょっと驚いたけどね~?」などと、まるで先ほどの俺の考えを読んだような事を言ったのを聞いて、ちょっとバツが悪そうに額に手を当てる事になっていたが。


「――とは言っても、流石ディアス。〝ヴァーナル〟の血筋に恥じない才能だよな」


ロイ先生は暫く俺をからかった後(次のヤツらの時間がなくなるぞ、オイ)、俺にそう言ってきた。


「――ははっ!ロイ先生にそう言って貰えるとちょっと嬉しいですね。……俺も将来は親父みたいな強い男になりますよ」


俺が軽く笑みを加えてそう言うと、ロイ先生もお前なら大丈夫だろ、と言って軽く笑い返してきた。


「ふああぁぁぁ~。お兄ちゃん、早く教室に行こうよー。私眠くなってきちゃった……」


そんな事を話していると、余程暇になっていたのか、フレイは欠伸をしながら俺の頭の上に頬をくっ付けて突っ伏し出した。


俺はそれを見て苦笑すると、ロイ先生に軽く片手を上げてから教室に向けて足を動かした。



―――――――――――


……暫くの間、ロイはその場から動かずに考え込んでいた。


属性神。まあウチのクラスの例の三人は召喚するだろうとは思っていたが、やはり召喚したか。


まああの三人はその家柄もあってか、眠れる才能があっても可笑しくないワケだが――。


「…………」


ロイは雲一つない青空を見上げて、息を吐いた。


そろそろ頃合いだろうか。


どの道、このままいってもあいつは間違いなく神級を呼び出してしまうだろう。


決定的なのは自覚はないにせよ、既に『覇者』の力が顕現してしまった事だ。


『覇者』が顕現する以前なら、まだどうにかしようもあったのだが――。


今更こんな事を考えていてももう遅い。


ロイは空の彼方を見上げて、呟きを洩らした。





「……機は熟した。これで向こうも本格的に動き出す事だろう……」


ロイはそう呟きを洩らした後、気配に従ってゆっくりと中庭の階段の方に視線を送った。



―――――――――――


「おっ、ディアスが帰ってきた……ぞ……?」


ユイとレイラと談笑していた俺は教室の扉が開く音を聞いて、教室の扉の方に振り返って頬を引きつらせた。


先ほどまでわいわい騒いでいたクラスメイト達も、ディアスの奇抜な登場の仕方に呆然としていた。


「……おいディアス、どこの女の子か知らないが、少女を肩車しながら教室に入ってくるとは、そりゃまた随分と斬新な登場の仕方だな、おい」


誰も何も言わないので、俺がディアスにそう指摘してやると、ディアスも自分の置かれた状況に気付いたのか、些か焦った様子で弁解してきた。


「なっ、これは違うんだレオン! これはこの子にせがまれてだな――」


「ディアス君、言い訳は良くないですよ……?」


「ディアス、言い訳は見苦しいと思うわよ?」


「なっ……違うんだァァァーーーー!」


「ふっ……憐れだなディア「レオン!お前からもなんか言ってくれ!このままじゃ俺があらぬ誤解を生むことにィィーーー!」


俺が決めのセリフを言おうとした時に、ディアスが泣きついてきた。俺に泣きつかれてもなぁ……。


「ディアス……俺に振るなよな……」


「そんな事言うなよ! ……あ、そうか。実はお前って女なんじゃないのか? その顔立ちだし、友が窮地にあるのに助けないなんて、男じゃないもんな?」


……は? オイオイ、ディアス。貴様は何を言ってんのかな?


「ユイ、レイラ。ディアスにも多分何か訳があるんじゃないか?」


あっさり意見を変える俺。それを見たディアスが「レオンって意外と扱いやすい」と言っているのが俺の耳に届いた。うん、ディアスは後でぜってーシバく。


ククク……。どうシバいてやろうか……楽しみだぜ。と俺が考えていると、俺の後方で「はっ!なにやら急に寒気が!!」などと敏感に反応しているヤツがいたが、無視だ無視。


俺がそんな事を考えて思わずニヤリとしていると、ユイが席を立っていた。


ん……ああ、そうか。次はユイの番だったな……しかし、なんで俺達は全員が最後の方の順番なんだ? 陰謀が働いているとしか思えない。


俺はそんな事を考えながら、ユイに「頑張れよ」と言って軽く片手を上げた。


「はい。分かっていますよ!」


するとユイは天使のような微笑を俺達に向けてから、教室を出ていった。

程なくして、階段を降りていく足音が聞こえた。


「おっ……そういや次はユイの番だったか。っはは、いったいどんな使い魔を召喚するんだろうな、ユイは」


ディアスが教室を出ていったユイを見送りつつそんな事を聞いてきたので、俺は軽く笑ってそれに対応する。


「多分属性神辺りを軽く召喚するんじゃないか?お前みたいに、な」


俺がそう言ってクラスメイト達にもみくちゃにされている、ディアスが肩車していた少女をチラッと見やると、ディアスが驚愕の表情で俺を見詰めた。


「レオン……フレイが属性神だってわかるのか?」


「そりゃ、わかるヤツにはわかるだろうさ。フレイとやらが纏っている魔力を見る限り、恐らく火の属性神だと俺は見るが?」


俺がそう言うと、ディアスはなにやら怪訝な表情で俺に聞いてきた。


「魔力を見る限りって……レオンお前、魔力を解放していない相手の魔力を感じる事が出来るのか? しかも使う属性まで見抜けるなんて……」


ディアスは驚嘆の籠った声音でそう聞いてきた。


俺はそれに淡々と応じる。


「まあな。強い魔法を放てない俺は、いつも最後には初級の魔法ごときの押し合いで負けていたんだ。だからこそ、俺は相手の〝動き〟や〝魔力〟を読むことを身に付けたんだ……」


俺は席から立ち上がり、ゆっくりと開きっぱなしの窓まで重い足取りで歩んでいくと、窓際に腰掛け、長い黒髪を纏めていた髪留めを解いて遥か遠くを見詰めながら、幼き頃の自分を思い出す………。



―――――――――――


「ははははは! おい出来損ない、もう諦めたらどうだ? どうせ、お前みたいな出来損ないには勝てやしないんだからよお!」


「ぐっ、くそっ……」


ここはとある魔法学校の訓練場。今そこでは二人の男子生徒が向き合っていた。


一人は目の前の男子生徒の腕を踏みつけており、もう一人の腕を踏みつけられている男子生徒は憎しみの籠った瞳で自身の腕を踏みつけている男子生徒を見上げていた。


「っははは! 無様だな出来損ない。いや、無様ではないか? なんたってお前はいつもそうやって這いつくばっているからな! ははははははは!」


するとそれに追従するように周囲で見物していた男子生徒達もクスクス笑い出す。


〝っははは、あいつの言う通りだぜ! またあいつ這いつくばっていやがる!〟


〝あいつ学校に来てる意味ないんじゃねえの?〟


〝そうだな!はははっ、さっさとくたばれ出来損ない!〟


その少年に周囲から様々な罵声が振り掛かる。


その少年は唇を噛み締めて悔しそうにその罵声を聞いている。


その瞳に宿る、全てを焼き尽くすような憎しみの炎は更に強まり、自分をけなす男子生徒を睥睨する目は鋭さを増した。


そのせいか、睨まれていることに気付いた男子生徒は、少年から放たれる負の情念に気圧され、踏みつけていた足を反射的に退けてしまった。


「でっ、出来損ないごときがそんな目で俺を睨むな!」


するとその男子生徒は足を後ろに引き、起き上がりかけていた少年の腹を思いっきり蹴飛ばした。


「ぐうっ……」


少年は蹴飛ばされた腹を押さえながらもゆっくりと立ち上がると、またその男子生徒を睥睨した。


「くっ、こいつまだそんな目で睨みやがって……これで終わりだ!【ファイアボール】!」


すると業を煮やした男子生徒が炎の初級魔法を使ったのを見て、少年もボロボロの体に鞭打って水の初級魔法を放った。


しかし少年の放った水の球体は男子生徒の放った炎の球体に魔力で押し負けて、結果少年は炎の球体の直撃を受けてしまい、少年は声にならない悲鳴を上げて床に伏した。


「はっ! 手間かけさせやがって……」


その男子生徒は床に唾を吐いてそう吐き捨てると、見物していたクラスメイト達と一緒に訓練場を出ていった。


後には、ボロボロになって床に伏している少年のみが残された。


……暫くして、その少年は苦痛に呻きながら床から起き上がった。


「……くそっ、何でだ……何で俺がこんな目に合わなければならないんだ?」


その少年は拳を床に打ち付けながら独白をする。


「魔力が少ない事の何が悪いんだよ。魔力が少ないというだけで何でこんな事をされなければいけないんだッ!」


その少年―――幼き頃の俺は、悔しそうに再度床に拳を打ち付けると、激しくも狂おしい何かをその瞳に宿らせた。


俺は!


俺は!


「俺は……必ず這い上がってきてやる……この絶望の深淵からなァ……!!」


幼き頃の俺はそう独白すると、重い体を引きずりながら、もはや自分以外誰もいない訓練場を出ていった……。



―――――――――――


「…………」


俺は懐かしい自身の記憶を思い起こしながら、遥か遠方の虚空を見詰めていた瞳をゆっくりと閉じた。


あの頃……何度復讐してやろうかと思った事か。……何度死のうかと思った事か。


だが……俺は復讐も死ぬ事も、絶対に実行に移さなかった。


復讐だなんて大それたコトをしても、哀しみしか生まないと言われた。だから俺は決して報復措置を取ろうとしなかった。


そして……死ぬ事もしなかった。何故なら、必ず何処かに。


何処かに、この壊れかけた俺の心の支えとなる人が、いるかもしれないと言ってくれた人がいたから。


……もっとも、その人も俺に取っての〝心の支え〟なのかもしれないが。


「ふぅ……」


俺は閉じていた瞳をうっすらと僅かに開眼させ、ため息を吐いた。


……っと。ちょっと物思いに耽りすぎたようだ。


俺がそう思いつつ、窓際に座ったまま視線を教室内に戻すと、何故か皆が俺の方を見て惚けていた。


「……?」


俺は自分の方を見て硬直しているクラスメイト達を見て、首を傾げた。


……何でこいつらは俺の方を見て固まってやがるんだ?


俺はそんな風に固まられるような事をした覚えはないのだが。


俺はそう思って、ディアスにクラスメイト達が固まっている事情を聞こうかと思ったが、何故かディアスまで俺の方を見て呆気にとられていた。


「……? おいディアス、お前まで一体何だって言うんだよ。俺がなんかやったってのか?」


俺が若干不機嫌さを声に滲ませてそう言うと、ディアスははっとしたような表情で言ってきた。


「いや……わからないのか? お前にしては些か反応が鈍いじゃないか」


俺にしては? はて……?


その言葉に俺が首を傾げん思いを噛み締めていると、ディアスが痺れを切らしたように言ってきた。


「だからっ。全員お前の姿に見とれてたんだよっ」


「……は?」


それに俺が気の抜けた声を出すと、ディアスは若干焦れったそうに言ってきた。


「いや、お前の容姿で窓際に座って遠い目などしていると、俺は兎も角として他の男子達には目の毒だと思うぜ?」


ディアスが呆れたようにそう言うと、途端に教室内の男子達が 我が意を得たり! と言うように首を縦に振った。


「は……なーる」


俺はクラスメイト達のその様子を見てゆっくりとその意味を咀嚼すると、クラスメイト達に笑顔を振り撒いた。


「なあ、皆。ちょっと聞いていいかな?」


俺はそう言いつつ、不気味なほど静かな足取りでクラスメイト達に迫っていく。


それを見たディアスの脳裏にある事が浮かんだ。


極限の怒りは、かえって笑顔に通じるモノがあるという。


その事を思い出したディアスはそっと俺の横顔を伺った。


しかし俺は相変わらず痺れるような微笑を顔に広げており、片時も笑顔を絶やさない。


それが、かえってディアスの予感を確信へと変えていった。


ディアスがもはやひしひしと感じる嫌な予感に頬をひきつらせていると、どうやらクラスメイト達もディアスと同じ答えに至った様だった。


それを見てディアスは足早に教室内の安全圏……女子達が固まっている場所に歩いていった。


「ひゃ……ディアス君?」


突然ディアスが女子の中に割って入ったのを見て、女子達が頬を赤らめてディアスを見詰めていると、ディアスがぽつりと言った。


「言うな、何も言うな。もうこの教室内にはここしか安全圏はないんだ」


ディアスが何かを悟ったような口調でそう言うと、女子達は「ああ、そうなんだ」と納得した様に頷いた。


――そして、女子達が一様に頷いた時に、コトは起きた。


俺の魅惑的な微笑が消えてなくなり、突如として無表情になった。


しかもそのまま右手を虚空に伸ばすと、自らの魔武器である漆黒の長剣“黒風”を召喚した。


そして再び顔に魅惑的な微笑を広げて、そればかりではなく今度は喉の奥で笑い出した。


「クックック……」


そんな俺の怪しい笑い声が響く中、一人の勇気あるクラスメイトが俺に声を掛けた。


「あ~~~……レオン? そんな物騒なモノ持ち出して、どうするんだ……?」


それに対して俺は笑いを納めると、ゆっくりと微笑んだ。


「ははは。いやね、ちょっと用事が出来たんだよ。やりたい事は山のようにあるんだけどさ――」


そう言いつつ、俺は召喚した黒風を腰に帯びると、体勢を低くして、言い放った。


「取り敢えず、お前らのその残念な思考回路、ちょっと俺が叩き治してやるよ! 感謝しなァァァーーーーー!!」


「「「「やっぱりかーーーー!」」」」


そんなクラスメイト達の声が聞こえた途端、ディアスは視線を落とした。


「終わったな、あいつら。来世でも達者にやれよ……」


ディアスはそう言うと、クラスメイト達の悲鳴を聞きながら席に戻り、暇潰しに俺の暴れっぷりを傍観していた。


『うわあああ! 何をするんだレオン!』


「何を? 何をってそりゃ見りゃ分かるだろ。制裁だよ制裁」


『いや、制裁ってレベルじゃないだろコレ! 剣圧で数人吹き飛んだのが視界に写った気がしたんだけど!』


「はっはっは。気のせいだよ。お前らが幻覚か何かを見てるだけさ。さあ、お前らも早く逝こうじゃないか、うん?」


『待てレオン!字が!字が違う!!』


「やかましいっ。潔く冥界へいけェェーーーー!」


『理不尽だァァァアーーー!!』


そんなクラスメイト達の悲痛な叫びが教室内に響き渡った。



―――――――――――


~ユイ~


レオンがコトを起こす少し前。


ユイは中庭へと歩を進めていた。


私が中庭への階段を降りると、来るのが分かっていたかのように、魔法陣の横にいたロイ先生がこちらを見ていた。


私が足早に魔法陣のところまで歩いて行くと、ロイ先生はじんわりと微笑んだ。


「今度はユイか。召喚に必要な詠唱は覚えているな?」


私はそれに頷くと、魔法陣に向けて手を伸ばした。


そして早速手に魔力を集めつつ、詠唱する。


『汝、我と契約を結び共に道を歩む者よ。今我が意に応え、姿を現せ……』


詠唱を終えた途端に魔力が放出され、魔法陣が眩しい光を輝き始めた。


余りの光に反射的に私は目を閉じて、光が収まると私はそっと目を開いた。


私が視線を魔法陣の中心に送ると、私と同じ緑髪の少女が立っていた。


私がその少女を見詰めていると、私の方をじっと見ていた少女が口を開いた。


「貴女がアタシの契約者なの?」


少女にそう声を掛けられて、それに対して私が頷くと、その少女は唇の端を吊り上げた。


「ふうん……」


その少女はそう言いつつ私を爪先から頭までジロジロ見やると、笑顔を広げる。


「なるほど……アタシを召喚するだけの事はあるわ。魔力もかなり高いし、質も良質。この年代にしてはとんでもない才能ね」


少女はそう言うと、一つ頷いた。


「うん、合格ね……いいわよ。アタシと契約を結びましょうか!」


その少女は勝ち気そうな笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。


私がその手を握り返すと、少女はそっと目を瞑り、呟くように何かを詠唱した。


私がそれを耳を澄ませて聞いて見ると、その少女がこう詠唱しているのが聞こえてきた。


「我は汝と共に生き、汝と共に道を歩む者なり。今ここに風の誓いを立て、共に戦う事を胸に刻まん……」


その詠唱が紡がれた途端、私の手から自分の意思とは関係なく魔力が洩れだしたのが分かった。


魔力にはまだまだ余裕があるが、それでもそれなりの量の魔力が洩れたのが分かる。


私がそれにちょっと驚くと、その事に気付いたのか、少女がちょっと苦笑いした。


「あ……ごめんね。アタシとしたことが、魔力を貰う事を言い忘れてたよ」


その少女は申し訳なさそうに後ろ髪を掻くと、はにかんだように笑った。


「それじゃ今度はアタシの魔力を貴女に送るから、ちょっと気張った方がいいよ。……多分凄い苦痛が全身を苛むと思うからさ!」


とんでもない事をサラッと言ってくれるが、何となくそれが可笑しくて私は思わず微笑んでしまう。


しかしそれでも、人体に魔力を流し込まれる事の危険性はよく分かっているので、私は苦痛に備えて身構える。


そして私が覚悟を決めたのを見た少女は、私の手から魔力を流し込み始めた。


「――っ!!」


手に温かみを感じ、その波動が全身に行き渡ったのを感じた途端。


私の全身に激痛が走った。


この痛みを何と表現すれば良いか。


強いて言えば体の内側を滅茶苦茶に引っ掻き回されているような――。


そんな痛みが断続的に私を襲う。


余りの激痛に地面を転げ回りたくなったが、何とかそれを抑える。


「はい、契約完了ぉ」


その声が聞こえたと同時に、先ほどまで全身を駆け巡っていた激痛が嘘のように消えてなくなる。


それに私がホッとして息を吐くと、その少女は私に向けて微笑んだ。


「さてと、紹介が遅れたね。アタシは風の属性神シルフィ。って言うワケで、これからよろしくねーー!」


……え、属性神?


意外な事実が発覚。


私が目を丸くしてシルフィと名乗った少女をポカンと眺める。


するとそんな私の様子を見たシルフィは、ふんわりとした緑髪を撫でつつ私に言った。


「……? 何をそんなに驚いているのさ。だから最初に〝アタシを召喚するだけの事はある〟って言ったじゃない。それに――」


シルフィはこれまたとんでもない事を言ってくれた。


「あなたの前の子だと思うけど……火の属性神のフレイを召喚したと思うわよ?」


私の前って……。


「もしかしてディアス君の事かな……」


私がぽつっとそう洩らすと、シルフィは楽しそうに笑う。


「多分その子だと思うけど……いや~、それにしてもあの人の慌てっぷりは見ていて笑えたよ」


私はそれを聞いて首を傾げた。


「……あの人とは?」


「ああ、フレイの父親の事よ。あの人はいつもは落ち着いた感じの男性って雰囲気を漂わせているのに、フレイの事になるとめっきり落ち着きに歯零れを生じさせるんだからさ!」


「子供思いの方なんですね!」


「子供思いの人なのはいいんだけど、あそこまでいくともう親バカと言ってもいいと思うんだけどね」


私はその言い様を聞いて、ちょっと苦笑いする。


何やら色々と楽しそうな人なので会ってみたい気がするけど、今は取り敢えず教室に戻らないと。


私はそう思い、ロイ先生の方に振り返った。


するとロイ先生は私に向かって一つ頷き、笑い掛けてきた。


「やっぱり属性神を召喚したか。先ほどのディアスを見ていていかにもお前ならやらかしそうだ、とは思っていたもののその歳で凄いな、ディアスとユイは。この調子なら間違いなくレイラも属性神を召喚しちまいそうだが」


ロイ先生はそう言って軽く笑った。


私もそれに微笑を浮かべながら頷いて返すと、ロイ先生に軽くお辞儀をしてから中庭を後にした。



―――――――――――


場所は変わり、教室では。


「……何やってんだよ、俺は……」


教室内でそうぼやいているのは、散々暴れまわっていた俺である。


先ほどやっと正気に戻ってみれば、辺りはクラスメイト達(男子だけ)が転がっているという光景が広がっていた。


なので、俺ってこんなキャラだったか? などと若干自己嫌悪に陥っていると、教室の扉が開き、ユイと顔の知らない少女が中に入ってきた。


教室に入ってきた当初は笑顔だったが、教室内の有り様を見てちょっと頬を引きつらせた。


「あの……何かあったんでしょうか、この有り様は」


ユイが何故か女子の固まっている方にいる(いち早く避難したとも言う)ディアスに事情を尋ねた。


するとディアスは苦笑いをしつつこうなった経緯をユイに話した。


「そうですか……」


ディアスから事情を聞いたユイが納得したように頷いて、俺の方を見て笑顔で一言。


「レオン君って、大人びているようで意外と子供っぽいところもあるんですね!」


その一言が俺にグッサリと突き刺さる。


「こ、子供っぽい……」


俺はそう洩らして肩を落とした。


それを見たディアスはぽんっと俺の肩を叩き、


「まあ、人間生きていれば色々とあるさ!」


と言って明るくにこやかに笑ってきた。それを聞いて更に俺が肩を落とすと、レイラまでもが「子供ね……」などと呆れた様な声音で言っているのが聞こえて、追加ダメージまで受けた。


「最悪だ……」


俺がそう言って天を仰ぐと、レイラが教室の扉の方へ歩いて行くのが視界に写った。


「ん、次はレイラか。頑張ってこいよ!」


「だな。行ってこい!」


「レイラさん、頑張って下さいね!」


俺達がレイラにそう言うと、レイラは軽く笑みを浮かべて教室を出て行った。


「ま、レイラなら確実に属性神を召喚するとアタシは思うけどね」


レイラが教室を出るのを見た俺達に、先ほどユイと一緒に入ってきた少女がそう言ってきた。


俺とディアスはそれに驚き、視線を交わし合うとディアスが聞いた。


……最も、俺はその少女の纏う魔力を見て、早々に正体に気付いていたのだか。


「そう言えば、君は誰だい?」


ディアスがそう聞くと、その少女は軽く笑いながら教えてくれた。


「アタシはユイの契約相手、風の属性神シルフィ。よろしく!」


「属性神!? ユイも属性神を召喚していたのか……それは兎も角、俺はディアス=ヴァーナルっていうんだ。此方こそよろしくたのむ!」


ディアスがシルフィとやらに自己紹介を済ませ、俺も名乗ろうとした時に、突然教室の扉が開いた。


驚いたクラスメイトと俺達は扉の方に注目すると、先ほど出て行ったはずのレイラが戻ってきていた。


それを俺達は首を傾げてレイラを見ていたが、見ているウチにレイラがこちらに歩いてきた。


「どうしたんだ?」


俺がレイラにそう聞くと、レイラは戸惑った様に言ってきた。


「さあ……何でか知らないけどロイ先生が貴方の事を呼んでるのよ」


それを聞いた俺は怪訝そうに眉をひそめた。


(ロイ先生が、俺を?]一体どんな用があるんだ……?)


俺はそう思いつつも、席を立ち教室を出て行ったレイラを追った。


後ろからディアス達の不思議そうな声が聞こえた気がしたが、今は構っていられない。


俺は教室を出て中庭に向かった。



―――――――――――


俺は中庭への階段を軽い足取りで降りていき、前方を見やった。


するとロイ先生と先に来ていたレイラが何やら話し込んでおり、何やら難しい顔をしていた。


俺はそれを見て一種の予感……と言えばいいのだろうか、兎に角何か嫌な予感がした。


俺は間近に迫ってきているような気がする、嫌な予感を感じ取りつつもロイ先生とレイラの近くに歩み寄った。


するとロイ先生とレイラは会話を中断し、ロイ先生が俺の方に近付いてきた。


「……何ですか?」


相変わらず嫌な予感は消えないものの、本気でロイ先生の意図を計りかねた俺は、ロイ先生にそう聞いてみた。


「お前に話しがあるのは確かだが、取り敢えずは先にレイラの使い魔の召喚を終えておく。話しはそれからだ」


ロイ先生はそう言いつつ俺からレイラに視線を移した。


「……?」


俺はそんなロイ先生の様子に首を傾げたが、レイラがどんな使い魔を召喚するのか気になったので、俺もレイラの方に目をやった。


レイラは魔法陣の前方に立つと、片手を突き出して詠唱する。


『汝、我と契約を結び共に道を歩む者よ。今我が意に応え、姿を現せ……』


レイラはそう詠唱しつつ、魔力を伸ばした手に集中していき、それを解放した。


俺はレイラから放たれる魔力の波動を感じて、思わず唸る。


レイラが放つ魔力は強い力の波動を放ち、更に質も上質。


俺はそのレイラの魔力を感じて、やはりディアスとユイもレイラと同等のの魔力を持っているんだろうな、と思った。


……それを考えると自らの無力さを思い知った気がしてならないが、俺は溜め息を吐きつつ、レイラの魔力を吸収して光り輝く魔法陣を見やる。


レイラが魔力を魔法陣に流し込んでいくウチに、みるみる魔法陣が輝きを増し、そして一際眩しく輝いた。


輝く事をいち早く察知していた俺は輝きが増したその瞬間に、軽く目を閉じる。目を閉じる前に、レイラも俺と同じく目を閉じているのが目に写った。


俺は光が治まるのを待ってから目を開くと、魔法陣の中心に一人の青年が佇んでいた。


「ほう……」


俺は魔法陣に佇む青年を繁々と見やり、目を細めた。


その青年は何処かの城にいそうな、落ち着いた貴公子然とした装いをしており、今も静かにレイラを見詰めているのだが……


その静かな見た目に反して、今感じているこの魔力の波動は凄まじい。


俺が感じ取った限り、ディアスとユイが契約を結んだ火と風の属性神、フレイやシルフィよりも少しばかり、体を圧迫するプレッシャーが大きいような気がする。


恐らく、俺の見立ては間違いないだろう……俺がそう思いつつ青年を見ていると、その青年が口を開いた。


「……私を喚んだのは、貴女ですか?」


どことなく圧迫感のある声音で、ゆっくりとその青年はレイラに問い掛ける。


しかし、レイラもその声音にも怯む事なく応じる。


「そうよ。それで、私と契約を結んでくれるかしら?」


そうレイラが青年に返すと、その青年は黙してレイラを見返した。


そしてその青年はレイラが腰に帯びているサーベルに目を止めると、こう申し渡した。


「いいでしょう……ただし、その前に――」


その青年は自らも氷のサーベルを手に顕現させると、それをレイラにすっと向けた。


「私を従えるだけの器か否か、少しばかり手合わせ願おう……」


その言葉にレイラは若干の緊張を窺わせつつも、気丈に応じた。


「別にいいわよ」


レイラがそう言ってサーベルを抜くと、青年はゆっくりと間合いを取った。


「さあ、何処からでも来るがいい……」


その青年はレイラにそう言うが、未だに悠然と構えており、戦闘を始めるような雰囲気ではない。


それが返って、実力の高さとその自信を表しているのかもしれない。


しかしレイラも黙ってはいられない。


「そう……なら、遠慮なく!」


そう言うなり、レイラは青年に斬りかかる。


レイラのサーベルが素早く半円を描き、青年の首筋を斬り裂かんとした時、寸前で青年が体を捌きそれを避ける。


しかしレイラは直ぐにサーベルの軌道を変えて、今度は左肩から胸にかけて斬撃を放つ。


しかしこれもまた青年が氷のサーベルで軽く受け止め、青年はバックステップで華麗に距離を取った。


「……ほう」


その青年はレイラを見やり、頷いた。


「なるほど、私を喚ぶだけの事はあるようだ。踏み込み、そして斬撃のスピード……確かに実力は備わっているようだな」


青年は言うなり、今度は自分からレイラに踏み込んだ。


「では、次は私が攻めさせて貰おう!」


その青年は守勢から一転、一気に攻勢に出る。


「くっ……」


レイラはそれを必死にいなし、避けているが目に見えて押されていった。


「…………」


戦況が良くないな……。


俺はレイラと青年の打ち合いを見てそう思った。


レイラも良く善戦しているとは思う。


青年の圧倒的とも評するに相応しい素早い剣撃に、上手く対応しているのが分かる。


しかし、どうしても守勢に回らなくてはいけなくなり、攻勢に出る事が出来ずに押されている。


「――っ!」


俺がそう考えていたその時、レイラが青年の懐に潜り込んだ。


防御が間に合わないと見て逆に懐に入り込み、斬撃を無効にしようとしたのだろう。


しかし、その斬撃の軌跡を見切った俺は警告の声を上げた。


「駄目だっ、引けレイラ!」


警告が遅かった。


レイラはそのまま青年に斬撃を繰り出そうとしており、もう回避が間に合わない。


そんなレイラの胸元に青年の手が伸び、軽々とレイラの体が浮いた。


「くうっ!」


レイラの体が浮いたと思った時、次の瞬間にはレイラは地面に叩き付けられ、喉元に氷のサーベルを突き付けられていた。


半瞬遅れてそれに気付いたレイラは荒い呼気の下、青年に何事か言っていた。


それに耳を澄ませてみると、レイラは青年にこう聞いていた。


「最後の斬撃……あれは、わざとね? 私を懐に入らせる為の……」


レイラがそう言ったのを聞いて、青年もそうだ、と頷いた。


「あそこで回避も防御も間に合わないような斬撃を繰り出せば、懐に入り込んで斬撃を無効にするしかない……懐に飛び込んだ時に相手の動きを良く見ていなかったのが、貴女の敗因だ」


しかし、と青年は続ける。


「私に敗れはしたが、貴女は確かに私を従えるに相応しい器である事が分かった……よって」


青年はレイラを助け起こし、その前に恭しく片膝を付いた。


「我は汝と共に生き、汝と共に道を歩む者なり。今ここに氷の誓いを立て、共に戦う事を胸に刻まん……」


青年はそう呟くとレイラの手を取り、手の甲にキスをした。


おお……何と言うか、凄いな。貴公子然とした容姿と相まって、普通ならキザっぽく見える事が中々様になっている。


そんなどうでもいい事を俺が考えていると、今度は青年がレイラに魔力を渡す事を話し、レイラに魔力を送っていた。


「……あれは、辛そうだな……」


俺は苦痛に顔を歪ませているレイラを見て、そう呟いた。


そのまま俺が契約を見守っていると、やがて契約が完了したのか、レイラと青年が此方に近付いてきた。


「ロイ先生、契約完了しました」


俺はそれを聞いて、この場にロイ先生もいた事を思い出した。契約に見入っていて存在を忘れていたのだ。ちょっと失礼かもしれないが。


「そうか。一時はどうしようかと思ったぞ。もう少しで俺が戦う事になるとこだった」


ロイ先生はそう言うと、気が抜けた様に息を吐いた。


その気持ちは俺にもあるのだが、ロイ先生が戦うのをいつかは見たいものだ。


俺がそんな事を考えていると、レイラが青年に戻るように言っていた。


「レイド、今は特に用はないから、神界に帰ってくれても構わないわ」


「承知しました。では、私は戻ります。何かあれば呼んで下さい」


すると青年――レイドは一礼すると霞むようにして消えていった。


……礼儀正しいヤツである。


俺がそう思ってレイドの消えた方を見ていると、ロイ先生が居住まいを正して俺の方に向き直った。


普段の気だるそうな雰囲気の消え去ったロイ先生の姿に、俺は再び嫌な予感がしてきた。


するとロイ先生は意を決した様に、口を開いた。


「レオン、お前に伝えなければならない事がある」


「…………」


俺はただならぬ雰囲気のロイ先生に、自分の感じている予感がもはや間違いない事を悟った。


そのせいか、自然と体が強張ったのが分かる。


俺が無言を保っていると、ロイ先生は言葉を紡いだ。


「単刀直入に言う――強くなりたいか?」


俺はそれを聞いてまじまじとロイ先生を見返した。


単刀直入すぎる。


ロイ先生の意図が掴めない。


俺がそう思ってロイ先生を見ていると、ロイ先生は静かに続けた。


「良く聞け、レオン。お前には強大な『力』が眠っている……それこそ、神をも凌駕する『力』がな」


流石にその言葉には俺も反応せざるを得なかった。


「馬鹿な。俺にそんな力があるワケがない。現に俺の魔力は少なすぎるじゃないか!」


「だが、事実だ。……証拠もあるしな」


証拠――俺はその単語を聞いて眉をひそめた。


「……証拠?」


俺がそう聞くと、ロイ先生はレイラを見やった。


するとレイラが話し出した。


「……レオン、貴方任務の時の記憶が曖昧になっていると言ってたでしょ?」


「確かにそうだが……」


俺はレイラの言葉に肯定の意を示しながらも、何故今それを聞くんだ、という疑問が浮かんだ。


しかし、その疑問は次のレイラの言葉で直ぐに消える事になる。


「レオン、貴方は致命傷を負いながらも倒れていなかったのよ。そして、あの時魔獣を殲滅したのもレオンなのよ……私達じゃないわ」


「何だと……」


俺はそれを聞いて戸惑いを隠せない。俺だけであの魔獣の群れを殲滅しただって?


いくらレイラの言葉であろうと今の俺の魔力を考えると、信じられない。


「……とてもじゃないが、信じられないな」


俺がそう返すと、ロイ先生は頷いた。


「そう言うだろうと思った。ならば現場を見れば信じるか?」


「それは――信じますが、一体どうやって?」


「その場面を見てきた本人の記憶に入ればいいんですよ」


俺の言葉に応えたのはロイ先生でもレイラでもなく、落ち着いた女性の声だった。


しかし、その声を聞いて俺はばっと声のした方に振り返った。


(馬鹿なっ! この俺が、寸前まで気配に気付かなかっただと!?)


俺が驚愕の視線を向けた先には、静かに中庭に入ってくる女性の姿があった。


灰色の長い髪を風に靡かせ、中庭に入ってきたその女性に俺は見覚えがあり、驚愕は深まるばかり。


「あの人は、確か――」


俺は颯爽と歩いてくるその女性を見て、言葉を紡いだ。


中庭に入ってきたその女性は。


「学園長……?」


このティーン魔法学園の学園長、クレア=リシュエルその人だった。



―――――――――――


俺は開いた口が閉じれない。


何で今学園長が出てくるんだ?


俺がそう思って学園長の方を眺めていると、学園長が口を開いた。


「久しぶり……かな? レオン君」


「入学式以来ですね。学園長」


俺がそれに応じると、学園長はさも可笑しそうに笑った。


「本当は今朝一度会っているんだけど、憶えているかな?」


「え? ……あっ」


俺はそれを聞いて思い出した。


そう言えば、今朝すれ違ったような気がした。


あの時は遅刻しそうで忘れていたが……


いや、今聞く事はそんな事じゃない。


「そんな事より、さっきの『その場面を見てきた本人の記憶に入ればいい』というのは、どういう事ですか?」


俺が話を戻すと、学園長も真剣な顔になって話し出した。


「今から貴方には魔法で任務の時に何があったのか、真実を知って貰います。そこの――」


学園長はそう言って、レイラを見た。


「任務の時に何があったのか、知っているレイラさんの記憶に入ってね」


俺はそれを聞いて驚きを禁じ得ない。


人の記憶に入り込む? そんな魔法、見た事も聞いた事もない。


「……そんな魔法があるんですか?」


俺がそれを指摘すると、ロイ先生が言った。


「あるんだな、それが。ほぼ古代魔法と言っても過言じゃないが」


ただ――と、ロイ先生は続ける。


「古代魔法に似てはいるが、本当の古代魔法ではないから、本人の意志で記憶に入らせて貰わないといけないんだがな……」


ロイ先生はそう言うと、レイラの方を見やった。


するとレイラはそっぽを向きながらも、


「……それくらいの事なら、別に構わないわよ」


と言って了承してくれた。


「……話は決まったな」


それを見たロイ先生は学園長の方を見た。


「学園長室を使わせて貰うが、構わないか?」


「勿論いいですよ。最初からそのつもりでしたしね……【トラベラー】」


学園長はそう言うと、先に転移で学園長室に跳んでいった。


それに続いてロイ先生も俺とレイラの腕を掴むと、転移で中庭から姿を消した。


一瞬の暗闇を経て、恐らく学園長室だと思われる部屋に俺達は跳んできた。


横長のテーブルの両サイドにはソファーが置かれており、ふかふかした絨毯は赤で彩られている。


壁には如何にも高そうなローブが掛けられており、棚には色々な本が綺麗に納まっている。


ここが学園長室か。思っていたよりも普通だな。


俺が学園長室を見回してそう思っていると、学園長が壁に魔法陣を展開させた。


何のつもりだ?


俺がそう思ってそれを見ていると、壁が奥に向けてズレていき、隣室への道が現れた。


「…………」


前言撤回。普通からは程遠い。


俺が呆然としてそれを見ていると、学園長は勿論、ロイ先生とレイラも何事もなかったかの様に平然とその中に入っていく。


……驚く方が馬鹿らしくなってきた。


俺は溜め息を吐いてそれに続いた。


隣室に入ると、先ず床に目がいった。


隣室の床には巨大な魔法陣が描かれており、しかも普通の魔法陣にはない複雑な術式まで見てとれる。


「レイラさんは、魔法陣の中心に立って下さい」


俺は床の魔法陣に気を取られていたが、学園長の声で現実に引き戻される。


するとレイラは既に魔法陣の中心辺りに立っており、それを囲むようにして学園長とロイ先生も立っていて、ロイ先生が俺に目配せしてきた。


これはアレだろうか。


さっさとお前も魔法陣の中に入れ、と言うことだろう。


俺はロイ先生に一つ頷くと、魔法陣に足を踏み入れた。


それと同時にロイ先生が詠唱を始めた。


「我求めるは追憶の螺旋、その者に刻まれし記憶に我を介入させよ……」


聞いた事のない詠唱だ……しかしこれはオリジナル魔法ではなさそうだな……?


コトが終わったら聞いてみようか。


俺がそんな事を考えていると、ロイ先生が魔法を完成させた。


「……【メモリーズ】」


その途端、俺の意識は暗転した。

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