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海の家

作者: 雷田矛平
掲載日:2012/11/11

 季節は夏。

 場所はとある海岸にある海の家。


 少女はそこに客としてではなく、訪ねる人がいたので入って行った。

「こんにちは」

「いらっしゃい! あっ、お嬢ちゃんじゃないか!」

 真っ先に出迎えてくれたのは、この海の家の店主であるおじさん。

 日焼けが似合っている豪快なおじさんである。

「あいつを訪ねに来たんだろう?」

「はい」

「ちょっと待ってな。ちょいと仕事を任したんだが……」

 そのとき、店の奥の厨房から声が聞こえてきた。

「店長! カキ氷用の氷運び終わりました!」

「やっと終わったか! ……それとおまえに客が来ているぞ!」

「え? 誰ですか?」


 答える声が近づいてきて、厨房から出てきたのは人のよさそうな青年であった。


「あっ!?」

 青年は少女の顔を見るなり驚いた声を出す。

「えへへ、来ちゃった」

 少女が相好を崩しながら、嬉しそうな声で言った。




「ほら、ラムネだ」

「ありがとう」

 休憩に入った青年は少女と一緒に海の家を出て砂浜を歩き出す。

 横を歩く少女は手馴れた手つきでラムネからビーダマを取り出してビンをあおる。

「やっぱりこれを飲むと夏って感じがするね」

「まあ、俺なんて毎日飲んでいるけどな」

 海の家でバイトしている青年は売り物から一本拝借してラムネを飲むのが日課となっている。

 青年は隣を歩く少女に質問した。

「それよりいつ帰ってきたんだ?」

「昨日。夜遅くだったから挨拶にもこれなかったけど」

「そうか。で、おばさんたちは元気?」

「いつも通りよ」

 その後も取るに足らない話を続ける二人。



 少女は今年の春からこの片田舎から離れた都会に住んでいた。

 対して、青年は今までと同じようにここに住んでいて、夏になってからは海の家でバイトをしている。

 引っ越す前までは、少女の家は青年の家の隣にあった。二人は年の差があるけれども、昔から一緒に過ごしている幼なじみであった。



 二人は歩くのを止めて、そこにあったちょうどいい岩に座った。

「それで、都会の生活はどうだい?」

「そうね。……良くも悪くもこことは違うわね」

 少女は足元の砂を蹴り上げた。

「だってさ、ここは毎月一回市民が総出で町の掃除をするじゃない」

「地域ごとのグループに分かれてするよな」

「都会にはもうそんな地域的つながりだとか、いつも自分たちが使っている場所を掃除しようなんてことが全く無いの」

「世知辛いな」

「それにね。私ここに歩いてくるまでに近所のおばちゃんや、散歩をする時によく会っていた人、お父さんの知り合い、とかいろんな人と久しぶりに会って話をしながらここの海まで歩いてきたけどさ。私今マンションに住んでいるんだけど、隣に住んでいる人さえ会釈を交わすくらいで話した事も無いんだよ」

「……冷たい場所だな」

 青年は都会がそのような場所だとは話に聞いていたが、やはり実体験した本人から聞くとやっぱり違う。

 生まれてから今までずっとこの田舎に住んでいる青年には想像もできない世界だった。


「けど、やっぱり都会だから何でもあってね。私の登下校する道にはコンビニが何件もあって、カラオケは四、五件、それにボーリング場とかもあるし。……この町とは本当に大違いだね」

「すごいな、それは」

 この町にはコンビニなんて二、三件しか無いし、カラオケは町の中心部に一件。ボーリングをしたいなら隣町まで行こう、という状況である。

「それなら学校の帰りにどこでも遊びに行けるな」

「まあ遊んだことはあるけど、でも私は二人で石ころを蹴りながら帰ったり、ふらっと森の中を探検してみたりとか好きだったよ」

「石蹴ってたら溝に落ちたり、森の中で迷子になったり色々あったな」

「うん、懐かしいね」

「……そうだな。そんなことしていた時期もあったな」


 でも、と青年は言葉を続ける。

「おまえはやっぱり都会に行って正解だったよ」

「何で?」

「やっぱりこの町は何にも無いし、これからも廃れていく一方だろ。こんな町に残っていてもしょうがないって」

「………………」

 少女は顔を歪めて何か思うところがあるようだが無言だ。

 それに気づかない青年は腕時計を見た。

「おおっと。そろそろ休憩も終了だ。俺はこのまま夕方まで働くけどおまえはどうする?」

「何もする事もないし、バイトが終わるまで待つよ。そして一緒に帰ろ」

「OK。じゃあまた後で」

 青年は去っていく。


 その背中に少女は言葉をぶつけた。

「……でも。都会にはあなたがいないじゃない」

 それは潮騒に紛れて消えていった。




 夕方。

 夕日により世界が赤く染められる時間帯。

 昼と同じ場所に座っていた少女に青年は歩み寄った。

「ごめん、ごめん。待たせたね」

「遅いよー」

「だからごめんって。……じゃあ帰ろうか」

「……ねえ」

 青年が手を差し伸べるが少女は掴まない。

「あなたも座って。ちょっと話をしよう」

「? ……まあいいけど」

 青年は少女の隣に座る。

 そこに座ると正面には水平線に沈んでいく夕日がよく見えた。


「それで話って?」

「……さっきさ。この町は廃れていく一方だって言ったよね」

 少女はポツリと語りだす。

「ああ言ったな」

「こんな町に残っていてもしょうがないって言ってたよね」

「それも言った」


「なら、なんであなたはこの街に残っているの?」


 青年は夕日に向けていた視線を隣に移す。

 少女は青年のことをじっと見上げていた。

「そうだな」

 ……理由、ね。

「なんでなの?」

 少女が重ねて質問してくる。


 しょうがないな。

 青年は諦めて、その気恥ずかしい理由を告げ始めた。

「この町を少しでも守りたいと思ったからだよ」

「……守る?」

「ああ。確かにこんな田舎は廃れていく一方だけど、それでも、……俺みたいな若者でも、少しずつなら守っていけるんじゃないかと思ってな」

「………………」

「何も無いようだけど、やっぱりこの町には何でもある。俺はそう思っている。豊かな緑、温かな町、雄大な海。そういうのを広めていけば。もっと多くの人にこの町を知ってもらって訪れてもらえば…………」

「観光による町の再生ってこと?」

「そういうこと。……よくそんな難しい言葉を知っているな」

 隣の少女の頭をなでる青年。

「こ、子ども扱いしないでよ!」

「ははっ。ごめんごめん」

 青年は少女の頭から手を離した。

「あっ……」

 少女が名残惜しそうな声を上げる。

「どうした?」

「な、な、何でもない! ……………………それで上手く行っているの?」

 少女は顔を赤くしてあわてたが、落ち着いてから青年に聞いた。

「今度雑誌でこの町について取り上げてもらうことになったそうだ」

「あなたのおかげなの?」

「いや、俺は何もしてないよ。色んな人を頼っただけ。……あの海の家のおじさんな。結構顔が広くて、そういう関係の人の知り合いがいるみたいでさ」

「そう。…………それでもあなたが行動を起こさなかったら何も変わらなかったんだと思うよ」

「ありがとな。そんな事を言ってくれて」

 青年はポンポンと少女の頭に優しく手を載せる。


「さて、話はこれで終わりか? なら帰ろうぜ」

「ちょっと待って」

「何だ?」

「……あの夕日が沈むまでこのままでいようよ」

 少女が正面を見つめたまま言った。つられて青年も正面を向く。

 随分と話していたからだろうか。夕日は下半分が水平線の下に消えていた。

「確かにきれいだもんな」

 そんな夕日を見ていると、人間の本能なのだろうか? 寂しいやら感動やら、ない交ぜな感情が沸き起こってくる。

「うん」

 少女が隣でうなずく。



 そうして二人は夕日の最後の一片が沈みきるまで言葉も交わさず、静かに水平線を見つめていた。






「…………で、夕日が沈んだという事は」

「当然だけど暗いね」

 少女と青年は帰り道をを二人で歩いていた。

 田舎なので街灯などが無い帰り道はすっかり暗くなっている。

 ちなみに少女が現在泊まっている場所はここにいたときに住んでいた家、つまり青年の隣の家だ。少女の家族はこの町を出て行くときにその家を壊したり、売ったりなどしていなかった。

「すまんな。こんな時間に帰ることになって」

「ううん。私が話をしようと言ったのが悪いんだし」

 少しの罪悪感を覚える青年を安心させるように少女は笑顔を見せてみる。


「………………」

 そうだよな。

 青年は少女の笑顔を見て、ある一つの感情を再認識する。

 少女に話したこの町に残っている理由。

 それは、この町を守るため。


 では何故この町を守りたいのか?


 それは。

「二人で過ごした思い出がいっぱい詰まっているこの町が好きだから……だな」

 つまりは俺の気持ちはそういうことで。

 今隣りに歩いている少女の事が…………。


「何か言った?」

「……何でもないよ」

 青年はすっとぼける。

「? まあいいや。早く帰ろうよ」

 少女は青年の手を引く。


 今は伝えなくても良いよな。

 こいつは学生で都会に住んでいるし、俺は海の家でバイトしている身だ。


 こいつが学校を卒業して、大人になって。

 俺もきちんと稼げるようになって。


「それからでも良いよな」


 あと何年かかるか分からないけど。

 今までも長年待っていた青年からすれば、ほんの少しの事だ。




 ……と、考えながら歩いていたからだろうか。

「あっ!」

 暗くてよく視界が確保できていないのも手伝って、青年は足元の段差でつまずいてしまった。

「えっ」

 転びそうになった青年はとっさに体勢を立て直そうと握っていたもの、少女の手を引っ張ってしまう。

 あまりに力強く引っ張ったせいで少女も同様に体勢を崩し。



 いくつもの偶然が重なって。

「「っ………………!!!」」

 気づけば青年が少女を抱き寄せるような格好で、二人の唇が重なっていた。



「……きゃあああああ!!」

「うおっ!!」

 少女はいきなりのことに青年を突き飛ばしてしまう。

 地面を転がる青年。

「っ痛てて……」

「い、いきなりなんなの!!」

 暗くて青年には見えなかったのだが、少女の顔は真っ赤だ。

 少女はどうやた青年が自分の意思でキスしたのだと思っているようだ。

「そ、その嬉しくないわけじゃないんだけど…………こういうのには段階があって、その、いきなりは――」

「ご、ごめん! 今転びそうになって――」

 少女が身をくねらせるのと、青年が謝ったのはほとんど同時だった。

 それを聞いた両者が固まる。

「……段階?」

「そ、そ、それはその……」

「それってまさか――」

 青年が核心を突く前に少女が大声を上げる。

「そっちこそ! 転びそうになって、てことは……今のは偶然なの?」

「だからすまんって」

「………………」

 はやとちりして余計な事を口走った少女が羞恥によって顔を赤く染める。


 青年はふと気になって口を開いた。

「……ファーストキスだったよな?」

「!! ……お、女の子にそんなこと聞かないでよ!」

「ご、ごめん」

 まずい事を聞いたと青年がいたたまれなさから体を小さくする。



 二人の間に沈黙が流れる。

 い、今なら言ってもいいよね。うん。今しかない。だって……キ、キスしたんだもんね。うん。

 ぐるぐると頭の中で言葉を回した少女は。

「……………………でもね」

「何?」

 決心して青年をまっすぐに見詰める。


「……初めてがあなたでよかった」


「……………………え?」

 今度は青年が固まる番だった。

 それって…………さっき段階を踏んで、て言ってたし…………まさか。


「私はあなたのことが――」


 ちょうどそのときだった。

「おーい。そこで何しているのかしら」

 後ろから声がかかってきた。

 二人が振り向くと、車のフロントライトのまぶしさが目をつく。

 それは少女の母親の車だった。

 母は車を二人の横までつけて声をかける。

「あら、久しぶり」

「ひ、久しぶりです」

 青年は少女の途切れたセリフによってまだどきどきしている。

「それよりまだこんなところに居たの。もう暗いんだから二人とも乗って」

「………………」

 一世一代の決意をしたところに、実の母親が登場して呆然としたままな少女。



 車に乗る前に少女は言った。

「そ、そのさっきのはノーカンね! ノーカン!」

 場が流れたせいで頭が冷えてしまった少女は、一転さっきの出来事を無かった事にする。

「そ、そうだな」

 青年もそれに応じる事にする。

「それじゃ車に乗りましょ」

 少女は車はすぐそこにあるというのに、青年に手を差し出してきた。

「……ああそうだな」

 何故かそれを指摘する気になれない青年は少女の手を握り返した。




 車の後部座席に座る少女はほんの少し前の出来事を思い出していた。

「……あの場でお母さんが来てよかった」

 だって。

 さっきみたいに勢いじゃなくて。

 やっぱりちゃんとした場でこの気持ちを伝えたい。


「…………さっきのじゃ長年の恋にはふさわしくないもんね」


「? 何か言ったか?」

「何にも」

 隣りに座る青年が笑顔で言い返してくる少女に疑問符を浮かべた。




 都会に住む少女と田舎に住む青年。

 二人が結ばれるのはもっともっと先の。

 けれど確定した未来の話。




 久しぶりに書いてみた恋愛短編。

 気に入った方は、作者の他の短編も読んでみてください。どれも幼なじみの二人が恋をする話です。


 感想をもらえると嬉しいです

 雷田矛平でした。

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