Piece 9 「深夜徘徊、チャージするは己の欲望」
「ダテくん、次、いくぞ。こんなシケた飲み方じゃ、朝までもたねぇ」
今宵のヤタベさんは、強烈なリーダーシップを発揮している。
かつて硬派なヤンキーだったらしいヤタベ先輩は、仕事中は温厚で礼儀正しいが、その酒豪の度合いを超えて飲み費やすと、たちどころにやんちゃだったころのフラッシュバックが起こるらしい。にしても、たち悪く暴れるわけではなく、貫禄が増すというか、腰と目と胆と、至るところどっしりとすわるというか。いや、いっしょに酔いながらも、そのせいでカッコいいと思わせる、夜の帝王の風格を帯びる。
おれも、そこそこ酒は強いほうなので、よくつきあうものの、なかなかヤタベさんのこんな姿には遭遇しない。
袖引きがいまだに横行する、ダサい歓楽街が良く似合うおれたち二人だが、ヤクザで危険な香りすら漂うこの一角にあっても、なんら恐れる気持ちがないのは、単に酔っ払っているばかりではなくて、ヤタベさんという頼もしいアニキの傍にいるからだ。ソフトリーゼントの髪が、夜風を受けて男気を増す。
二次会の後に、完全に宴はお開きかと思い、終電間際の駅に歩を進めていた矢先、名残惜しい声でもってまだ飲み足りないと電話がかかってきた。ヤタベ先輩の願いならと、おれは踵を返して歓楽街に戻る。消えないネオンに向かって、朝まで奮い立つよう気力を充填しなおし、明けるのかわからない夜空を仰いだ。
「いきますかー、ヤタベさん。夜は、まだ長いっすね。明日なんか、くそくらえッスよー」
おれは、何度か経験しているが、ヤタベさんはこうやって会社でのストレスをたまにどかんと発散する。一晩中遊ぶのが、どうやらウチの夜王の流儀みたいだ。
決して愚痴と人の悪口は言わない。それもあって、後輩はこぞってヤタベさんを慕ってくるが、その分のフォローもして面倒もちゃんとみる。
売上については針の筵。営業3課は吊るし上げられ、課長のヤタベさんは本当に苦しい。なのに、大事な愛娘が病を克服できるよう父親として尽力している。
すぐ横の席のおれは、それだけにヤタベさんの力になりたいと、日頃からうずうずしている。課全体の成績を好転させるような奇跡はすぐには起こせないが、小さな奇跡くらい起こして、何かしら気持ちをハッピーにしたいじゃない。
であるなら、何もかも忘れて遊んじゃうのもありでしょう。解放して、ひとときのトリップ、庶民が出来うる最大限の贅沢。無駄遣い。今日のような姿、なかなかみるもんじゃないし。付き合いますよ!
さっそく、勢い勇んでキャバクラに乗り込んだ。それから、どうしましょうか。騒音の中、ギャルを抱っこしたまま剥き出しの乳房を吸ってやる。もはや、硬派がやることとは思えません! おれたちには酒が足りないんだ。閉店なんかでおれたちを終わらせないでくれ。
それから、路頭に迷うおれたちを救ってくれた、愛子ママは朝までヤタベさんとチークを踊るのかい。熟女の魅力におれも思わず口づけ。まるで上海の夜会。
そうして、最終的にチャイナパブで落ち着いて、週の折り返しともいえる夜をようやっと越していく。おれたちふたりは、もはや仕事のことなんて口にしない。例え朝が現実を突き付けようと、その扉をノックしても、時間いっぱいまでしらを切って踊っているんだ。飲んでいるんだ。
ようやくヤタベさんが、くわえるタバコの隙間から本当の笑顔を見せた。
上海まで、遠かったよ。愛子ママのマジック、上海のバンドネオン。
「ダテくん。おまえも踊れよ。それから、もっと飲めよ。まだ、夜が明けてないんだぜ、きっと」
そう言って、ヤタベさんはロックの焼酎をあおると、愛子ママとまたイイ感じに。
どこまで底なしなんだろう。そろそろおれ、限界です……
<おしまい>