Piece23 「スターティングオーバー、後ろ向きから、前へ倣え」
ひさびさにタクロウにあったら、昭和の機関車みたいだったやつが、すっぱりタバコを止めていた。
かわりに目の前がモクモクしているのは、タクロウが好きなホルモンを、炭火でじゃんじゃん目の前で焼いているから。ロースターも無い、昭和の香りの染み着いた座敷で、二人で差し向かっている。
なんでも、二世帯同居の義父さんが肺ガンでタバコ止めたのにつきあって、いっしょに止めたんだとか。タクロウは、そうやって誰かのために、自分を変えていけるやつなんだ。すごいことだ。
「キョウジ、おまえまた浮気したの? そりゃぁ、フユミちゃん怒るって。何回目だよ。二、三…六回目か! 女の子が多い会社だからって、調子のりすぎてるんじゃないの?」
「今度ばかりは、マジで怒ってて、金沢に帰っちゃったの」
「今度って、おまえ、毎回怒らせてるんだろ。四回目の、あのコ、なんたっけ、ネネ? そこまでは覚えてるけど、今はあの時と違ってムスコいるだろ? 少しは親としての振る舞いをしろよ」
「ねー、タクロウはさー、リツコさん以外には興味ないわけ? 子育て中にさー、ほったらかされて、つまんないなーとか」
「おまえはな、育児参加しなさすぎなんだよ。嫁さんといっしょに子供の世話してたら、それ以外気になることなんかない。子どもといっしょの時間って楽しいだろ。おまえのムスコ、パパと遊びたいっていわないのか?」
「あいつ、ママが好きだからなー。女好きなのかもなー」
「バカ。ちゃんと考えろよ、フユちゃんだってなー、どんなに子どもの世話ばかりだっていったって、おまえの世話もちゃんとしてくれてただろ」
「言われてみれば。こうして母親の居ない生活がどんなに苦労することか。自分一人ならまだしも、ムスコの世話まで考えたら、ほんと手に負えない。そうか、我が家はコドモが二人になっただけだったのか! おれ、なんて、バカだったんだ。ほんと、コドモのままだ」
「それがわかって反省したら、あとはどうするんだ?」
じゅうじゅうと脂がアミの上で香ばしくなって、思考の沈黙の間に焦げていく。
「よし、明日、金沢に行って、謝ってくる。連れ戻すぞ」
タクロウはニヤっとして、シロコロを僕の方に何個か転がし、自分もつまんで、満足そうだ。
いやだな、ほんとにこいつのしたり顔は何度見せられるのだろうか。人生をうまく歩む理想的な姿を当てつける。これで、お互いがお互い嫌気がささないのが妙な友人関係。
翌朝、僕は姉貴のところに寝ぼけたままのキョウヘイを預けて、金沢に飛んだ。
義父さんにはなんて顔向けしようかと、考えている暇もなく、出たとこ勝負。
フユミ、ごめんなさい。フユミさま、僕が間違っていました。何度心の中で問答しても、たいして起死回生できうる言葉は浮かばない。
しかし、このまま突撃する!
戦場を、がむしゃらに突き抜けた感がある。今は、紅く染まった夕暮れが、静かに暗闇に溶け込む境を目指しながらとぼとぼ歩いている。
くたくたになったものの、帰りに姉貴の家によって、昼寝してるままのキョウヘイをおんぶして帰宅する。
「とおチャン、空にいっぱいあるな」
いきなり目を覚ましたかと思ったら、耳をひっぱりながら頭上を見ろとコントロールしているつもりらしい。キョウヘイに言われるまま見上げると、遠くまで連なったひつじ雲が空を行進していた。
「おまえ、好きだったもんな、ママのへんてこな歌」
「もーくもくずんずん、くーもくーもぶんぶん」
「いっしょに、歌いたくなったか?」
「うん。今まで、がまんしてたんだ、えれーだろ、えれーだろー」
「二回も言わない。……よし、ママと仲直りしてきたから、いっしょに歌うか、バカみたいだけど」
「とおちゃん、もともとバカじゃんかー」
「親に向かって、バカと言わない。ほら、おまえ、起きたなら歩けよー」
「ママ、いつ帰ってくるんだ?」
「うー、そうだなー、こうして、キョンと二人で楽しそうに遊んでたら、仲間に入りたくなって、そのうち帰ってくるかもな」
「早くー、帰ってこないかなー。カレーばっかり、カレー王子になるー」
「いいだろ、おまえカレー好きなんだから」
僕らは暇つぶしもいいことに、誰がつくった歌なのかもわからない(おそらく妻のデタラメ)歌をちぐはぐに口ずさみ、ひつじ雲を数えながら帰った。
全部数え終わる頃には、きっとあいつも僕を許してくれるだろう。そう願いながら、土手の上の親子鷹、新たなスタートをきって走り出した。
雲は限りなく続いて見えていたけれど、その先をゴールと定めて、歩調を合わせる。
きっと、たどり着ける。
だから、もう一度、僕らを迎えてくれよ。
<おしまい>