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Piece22 「ジャストコミュニケーション、信頼のスタイリスト」

 コミュニケーションをいくつも図らなくては、社会で円滑に生きてはいけない。

 巧みな、タイトロープ。道化でいられる瞬間が、実は肩の力が抜けて、絶妙だったりする。

「で、奥さまは何て言ってるんですか?」

「そっちの方が、むいているんじゃないかって。確かに、その通りなんですよ。だってね、人を騙すってわけじゃないけど、ギリギリの交渉術が必要な場面って、結構あるわけじゃないですか。そのあたりがうまく立ち回れないから、すごく苦労するし、何より心がついていかない。押して押して、グイグイ行く世界は、やっぱりダメらしいし。ほら、根っからの草食系なわけですよ」

「そうですね。フジイさん、ガツガツしてる姿、わたしには想像できないですし。笑っちゃいますね、こう、熱くなって、身を乗り出して檻から飛び出しそうな? 噛みつきそうな? フジイさんって」

「でしょう? だいたい、イメージが誰と向き合ってもそうなんですよ。第一印象からそれだから、戦闘意欲もないというか。仕方ないから、こっちはすぐ微笑み返しですよ。おかげで愛想笑いが板について。スマイリーとか言われた時期もあった」

「いんじゃないですかぁ。フジイさんとお話する度に思いますけど、和むわぁって。ぜんぜんトゲ出さないじゃないですか。だから、奥さまも、そのあたりをきちんとわかってらして」

「だと、いんですけど。何かほかにも含みがありそう」

「ほら、また。たまには斜から物事を考えないようにしなくちゃ」

「えー、つまり、また、尻に敷かれていろと?」

 うふふ、という柔らかい笑いを浮かべて、次なる七つ道具の一つにチェンジするべく、それを取りに向かうオオシタさん。鏡には、毛を刈られかけているヒツジが一匹。自由を奪われた格好でイスに収まり、彼女が戻ってくるのを鏡越しに目で追う。

 もう、この美容室に2年もオオシタさん指名一本で、このちんちくりんのクセ毛を面倒みてもらっている。彼女の腕もさることながら、このリラックスできる時間を買っている、というカンジ。お互い年齢が近いせいもあり、僕としては気が許せる数少ない女性。美人だ。

 オオシタさんは戻ってくるなり、豪快に僕のショートに向かいつつある髪の毛全体を、隈無く梳いていく。この作業が、けっこう心地よい。みるみるヒツジの毛刈が完成していく。鮮やか。爽快。

「いつから、新しい会社にいくんですか?」

「6月から、ですかねぇ。まだ、社長に話してはいないんだけど。蹴り殺されるかな。あ、でも、そんなに今は必要とされていないか」

「やめてくださいよー。そんなことないですって。フジイさん、よく後輩さんたちの面倒みてらしたって、仰ってたじゃないですか。みなさん、きっと悔やむと思うんですよね。そういう、なんていうんだろ、緩衝材的なひとって、組織に必要じゃないですか。居なくなって、初めて知ることなんでしょうけど」

「達観。オオシタさん、さすがキャリアあるから、違うね。でも、緩衝材、かぁ…。あの、プチプチみたいなやつのことでしょう?」

「違いますって」

 また、今度は幾分声を弾ませて笑う彼女。ハサミが止まる。ウケた、かな。

 OL、ネイリストとしてもキャリアを積んできた猛者の慰めの言葉には、確かな安心感が宿る。

「オオシタさん、今度、飲みに行きましょうよ。うまく転職した暁には、お祝いをしてくださいませんか」

「奥さまに了解とってくださいね」

 安っぽくはない、笑顔。と、同時に着実に仕上げていく真剣な雰囲気。これは、どっちだ。

 いつになく、客がいない空間だけに、不思議な土曜の午前。まだ、傾斜がついた真冬の眩しい太陽に、ブラインドが透けそうだ。

 ボサノバが、悪くない気分の、静かな二人の間合いを計る。

「はい、ご確認ください。長さ、だいじょうぶですか? この時期に、思い切りましたよね」

「そう、未練は、こうやって断ち切るのです!」

 あははっと、豪快な笑い声。これも、ウケた。

 気取ってつくっていた、イケメン風(なのか不明)ロングを、ベリーショトに削り込み、少年の頃に戻る。

 いいじゃない、想像以上に若返った。

 くるりんぱっと、手品のようにはがされと、ふわふわに刈り取られた大量の毛が舞った。軽くなった。これでいい具合に脱力できれば、次のステージではもっと別の自分が演じられるだろう。

 彼女は僕をそう仕立ててくれる、スタイリストだと信じている。

 ほとんど、鏡越しの小一時間内の会話を積み重ねて、こんなコミュニケーションが育んでくれた、変化へのきっかけと後押し。

 そんなささやかなことを、微風を帆に受けながら、泰平の世の中、いや大海原を僕は航海していく。

 はいはい。オトコって、そんなもんですよ。





<おしまい>

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