Piece18 「残影、粉雪すら降らない、凍える師走心」
夜の帳が、冷気を一層強めた。
漆黒のカプセルは、地上を隈なくその蓋で瞬く間に閉じていき、水平線に侵食していく。
斜陽が目の前のビルを神々しく射抜いていたかと思ったら、次に遠く窓の外を見上げると、ブラインドの隙間はすぐそこに迫った闇に塞がれていた。
今日も退屈な「僕」を演じるマチネが終わると、あっという間に閉幕となるんだ。むしろ予定時間より早く下ろされたのか。カーテンコールは、無い。
いそいそと忘年会の宴席に足を運ぶ。これより、夜の公演のほうが、熱い。この年が暮れるまで、幾度懺悔のように忘年するのか。実際は、そこで省みられる時間はわずかであり、忘我に等しく誰彼と杯を酌み交わしては、ほぼ平素と違わず刹那を謳歌する。有象無象にあがる遠慮ない声が木霊する空間は、まさに阿鼻叫喚。
違う。僕が立ちたい舞台は、こんな所ではない。宴席は、ここまでどろどろと仕上がっては、勝手に盛り上がって散々に終息する。場に沈着する前に、ひっそりと抜け出そう。
冬の星座が、イルミネーションの延長にうっすら昇り始めた。街の人の波、掻き分けながらも、去年の暮れとは違う寂寥感に突如襲われ、ボルテージ高まったその人並みに押しやられる。去年なら、クリスマスだって、ロマンスナイトだったよな。
交差点、信号待ちで、一人劇。回顧することこそ、年忘れ。煩悩の数を焼き払うがごとく、大晦日までには思い出の一つ一つをつぶさに焼却処分する。いつまでも、心捕らわれていちゃあ、いけない。
しかし、なんで、突然に、ヨーコはいなくなったんだ。その答えが無いことには、前に進めないこと、わかっているけど。無理やりに、今は忘れようと努める。信号機、コンディショングリーンに。
一人劇が、始まる。
シーンⅠ、MIXのフットサルチームの中で、ヘタなりに一生懸命で、美人で光っていたヨーコ。差し入れるデカいランチボックスが皆に大好評のムードメイカー。
シーンⅡ、やがてそれが僕のランチ専用のドカ弁となっていく。公園でデートしても、いつもの大量料理。
シーンⅢ、よく、バナナを食べながら部屋を歩き回っては、気まぐれに皮を置き去りにする。部屋が彼女のもので占拠され始め、ゴミ屋敷の様相に。
シーンⅣ、フットサルで僕が足を折ったとき、甲斐甲斐しくも身の回りの世話をしてくれたヨーコ。
シーンⅤ、去年のクリスマス、真っ白なサンタガールのコスプレで、いやいつだって楽しませてくれる姿。チキンの衣を「脂っこいから」と全部剥がして食べる。お決まりのリングをプレゼントしても、すごく嬉しそうにしてくれる。
シーンⅥ、クルマから並んで眺めたシールド越しの海岸線。ときどき、海外に行きたいって話を漏らしてた、エキゾチックな横顔。好き。
シーンⅦ、少しずつ、僕の部屋からヨーコのモノが消え始める。生活も、すれ違うことが多くなっていた。結局は、彼女の心を正確には掴めていないんだ。
シーンⅧ、ヨーコが英語のパンフを読んでいることが多くなる。いつ、この手を離されるのか、気が気ではいられなくなる。
シーンⅨ、僕が、嘘をついた。火遊びをしたのに。しかも、嘘が嫌いなヨーコに対して、見え透いた嘘で。
シーンⅩ、僕だけの部屋に戻り、空虚な跡が春の日差しにぼやけている。後から、僕がプレゼントした、蝶々の形を模した髪留めが転がり出てくる。スローモーションから、しばらくの回想。ヨーコは、もういない。
隙間風って、こんなに身に応えるものだったろうか。芯から凍えるという、そんな女々しい気持ちをかつては一蹴していたけれど、遠く雄雄しいオリオンの残影でも眺めていないと、静かにこの頬を流星が滑りそうだ。
この物語は、これでアーカイブ。もう二度と演じられることはない。
葬り去る記念に、オリオン座に新たな名前を記して、墓標にすることにした。天空の「砂時計」。形が似ていると思った。未来から現在を経て、過去に流れ落ちる、限りある分量・時間をひとは生きるのだ。あ、誰かが言っていたよね、そんなこと。
冬の星座が見えなくなる頃、きっと緩やかに次のステージに移行している、なんてハピネスを描いてる乙メン・サーティーズ。
聖夜もはしゃいで駆け抜けて、行く年も来る年もあるがままに、僕はそれでも、奇跡なんて待たない。
だって、こんなに冷え込む夜なのに、粉雪すら舞い降りないんだから。
<おしまい>