Piece 17 「実直なる土の人、生き方を開示せよ」
冬枯れた大地に還っていく、収穫を終えた寂しさを漂わせる風景。やがてすべてが眠りにつく白い世界を迎える、支度。ここが、僕の生まれた土地。
昨年、秋の始まりの頃、祖父が亡くなった。真夜中に連絡を受けて、朝一番に向かったものの、その兆候すら知らされておらず、寝耳に水、だった。
偉丈夫、だったのだと、通夜に駆けつけた長老たちの昔語りの席では、そんな祖父の豪傑ぶりがちらほらと聞こえた。
ここしばらくはベッドにしぼんだまま小さくなってしまった祖父の体つきからは、易々と想像できなくなってはいたが。最期、焼かれて出来上がった骨の太さから、それらの話がようやく飲み込めて、骨を拾う旧知の長老たちは口々に「ほらみろ」と、その骨が黙したままでも物語る豪傑ぶりに、僕は「マジかよ」と舌を巻いた。
伝説。父もときどき語りはするが、祖父の超人的なエピソードの其の一。超大型台風がこの町を壊滅的にした時、町を縦断する川が氾濫し、橋脚が崩れ、川端の家が倒壊するという惨事のなか、流された人を救うために荒縄で身を結わえ、片方を群衆に託すと、濁流に身を投じては次々流された人を救助していったという。
ほかには、山中で、鉈一本で熊と格闘したとかしないとか(さすがに眉唾)。
そんな偉丈夫も、戦争という激動の時代をくぐりぬけ、奇跡的に生還したときには、さすがに骨と皮だけの骸骨みたいな男に変わり果てていたのだと、父は幼い頃にはじめて会った自分の父親の姿について、そう語る。
時代は、高度成長を経て、優しさにあふれた世代が、平和を謳歌する世の中に。この移り変わりを、祖父はどのように思い、静かに過ごしていったのだろうか。
劇的に、生活は豊かになってきたせいか、それとともに人間としても丸みを帯びて、そんな祖父の温厚な姿が僕の目には普通となっていた。普通に、農作業に従事する、ひたむきな姿。穏やかに、田圃の中に、畑の中に、自然とともに、ゆったりとした姿がとけ込んでいた。
晩秋。ミレーの絵画を彷彿とさせる。土の人。物言わぬ、農民。自然への感謝。
紅葉に染まる山肌とその空気に、僕は祖父の姿をとけ込ませる。重ねていけばいくほどに、自然と溶けていく。今は、「土の人」を背中で体現して、背中で寂しく語る祖父の姿が懐かしい。
実直に生きる、そのことしか、今の僕はまねできない。人は変わると言うけれど、このゆるやかな流れに乗じている現代では、自らが望まなければ、変わることはない。
それとも、僕が頑なに変わることを拒否しているだけなのか。
羊雲が、流れている。いや、流れているのは、僕を乗せたこの超特急のほうか。
目的地へ、まっしぐら。制約ある世界を生きる僕らは、少しでも流れる時間に抗おうとする。あの黄昏に紅く染まる雲のように、群なして留まっている余裕すらない。
僕は、息苦しいこの世の中への鬱憤と、真っ白になってしまった未来予想図を抱えて、一周忌を迎えた祖父のもとへ。聞きたいことは、本当はいっぱいあったんだ。どうして、今頃気がつくのだろうか。
あの雲の群の中に、祖父が跨ったかけらでも見つけられないものか。荒縄が手元にあったなら、今すぐにでも投じて、力一杯にたぐり寄せたい。そう、ようやく気がついて、向き合って語れるくらいに、こっちも齢だけは近づいていっているんだから。今さらながら、祖父には聞きたいことが、山ほどあるんだ。
土の人よ、僕に行き先を示してくれ。
<おしまい>