Piece 15 「甲子園、熱戦の蜃気楼に浮かんだもの」
真夏の高校野球、甲子園での熱闘が始まった。
蜃気楼に揺れる、マウンド。揺れる、エースの送球。高ぶるアルプススタンド。吠えるナイン。
バットから、快音。打球を吸い込む、青空。かちわりの氷。白熱。少女の、まっすぐな、想い。仲間からの、エール。
魔物が、白球を、手ぐすね引いて、待ちかまえる。
気温、36度超。体感温度はさらに上昇。熱病に、冒される。舞い上がる、砂塵。
刹那、駆け抜ける、躍動と、歓声。轟きと、うねり。ヒートアップ。
なんだろう。十代の、熱い想いを、ストレートにぶつけられて、溜まった夏休みの宿題を忘れているっちゅう、夢中だった時間を何度もこの時期に、思い出させられる。
別に、高校球児だったわけではないのに。彼らの、実直な、純粋な目が、しなびた大人のハートを射て、毒素を吸い出していく。盛夏の、デトックス。成果、出とるッス。
いま、ビールを片手にテレビを眺めている。大人のしどけない姿。
この夏の高校球児は、特に輝いている。なんといっても、僕の出身校がトーナメントをはい上がってくるキセキ。休日と重なったこの準決勝ですら、気持ちがハイになっては、ハラハラドキドキがおさまらない。
それで、昼間から観戦しながらついつい。文句なしに、掛け値なしにハツラツとしているナイン。いや、ベンチもスタンドも。さらに遙か故郷でテレビを囲む観衆でさえも。みんなが一体となった、まさに燃え盛る太陽。一喜一憂しながら声を中空に放つ。
あの頃のように、僕も。気がつけば、缶ビールを握りつぶしそうな勢いで、その場に立ち上がって、青春の渦に呑み込まれていた。「いけ!」とか「よっしゃ!」なんて、クール気取ってる僕が、ガラにもなく呟いて。
僕にだって、もはや過ぎ去ってしまったが、舞台に立っていた時期があったんだ。高校時代。その舞台は、甲子園のように砂塵が舞う、クレーコート。ペアで競う、ソフトテニス。
結構な名門校で、確かに当時野球は強くはなかったが、ソフトテニスと陸上が際だっていた。僕はそのソフトテニス部で、不思議と呼吸の合う相方と巡り会い、引退前には県でもナンバー3に入るまでになった。相方。そんな呼び方が、思い出してみるとしっくりくる。
彼は、いまどうしているだろうか。僕のパートナーで前衛をつとめていた、飄々としていた彼。「ラッキーだぁ!」と言っては試合中自分を鼓舞する彼。背が高くて華奢な彼。見たカンジは理系男子だったよな。
部活以外では付き合うこともなかったけど。野球のバッテリーほどの関係なのかは、端から見てわからないのだろうけれど、僕らの間にも阿云の呼吸は確かに存在した。放課後の数時間だけで、それは培われるのだ、確かに。と、考えてみれば、部活以外での彼の姿、横顔は、あまり知らない。
でも、確実に、あのちっちゃな栄光の瞬間を分かち合った二人である事実に変わりはない。そうだな、どうしているんだろうか、彼は。
カキーンと、乾いた金属音がテレビから聞こえた。
守りに入っていた我が母校が、どデカい砲弾を浴びた。走者一掃、満塁のホームラン。 相手校、歓喜に沸くチアリーダーの、泣きそうな笑顔。僕も、それに対比する、割れんばかりの悲痛なる絶叫をあげる。それから試合は流れがついて、僕の母校は、その日のうちに甲子園の砂をかき集めて田舎に引き返す運命に。
わかる、その気持ち。最高の舞台まで届かず、雌雄を決するまでに至らない、悔しさよ。嗚呼、かつての我が相方よ、今頃この事件をどこかで分かちあえているのか。
急速に、彼に会いたくなった。自然と疎遠になっただけで、別段喧嘩別れだったわけじゃないしな。
青春パワーに煽られて、かつての清涼なる漲る力を、再びこの身に宿したい。あれから、僕らはどう変わったのか。忘れた気持ちを、再び語り合ってみたくなった。十年も経って、僕たちはどう変わったのか。まっすぐ、仲間を信じていられた、あの純粋な時間は。
青空に一旦高くあがり、スタンドに吸い込まれた白球をカメラの目線で追いながら、僕の前に立つ、あの時のネット前の相方の背中が重なって浮かんでいた。
恐ろしく大きな気持ちを呑み込んだ、あのたった一個の白球が、様々なドラマの幕開けや、踏み出す一歩、渇望、思い出なんかを虚空に運んでいった。
ありがとう。さわやかナインの残してくれた感動が、僕が興奮とともに空けていった缶ビールの残骸を、さっさと片付けるよう促す。
大丈夫、腐った気持ちのままじゃないんだ。
サンキュー、サンキュー!
まだ、熱くなれる少年ハートが、残っていた。
<おしまい>