Piece 11 「魂の浄化、心奪う音楽の虜」
ライオンキングにも心奮わされることない僕が、“春の演奏会”なんて席に紛れている。
音の高低、旋律の緩慢なんかで、果たして僕は心動かされるのだろうか。
妙な縁で、僕は音大生のカノジョが出来た。
ドデカい野外ライブ、ロックバンドが競合するサマーフェスで知り合ったものの、当時カノジョは友達に拿捕されてきたようなもので、当の僕らとは気合の入れようが異なっていた。
社会人になった今も連綿と続く夏の恒例儀式。仲間とテント背負って湖のほとりの会場まで遠征して、焼けるような昼夜、いやいや連夜寝る間も惜しんで発狂する。学生のうちから通っているものの、はじめはオトコ3人の所帯も、社会人となると、急にカネ回りが良くなったのか、同伴で来てみたり、数は微妙に増減するものの、5~7人、男女入り混じってのフォーメーションが定着してきていた。
その年は、車に収容できるMAX、男女7人恋物語の夏だったのだ。物静かな僕も、年に一度このときばかりは祭りを担ぐ。まあ、酒が入ればテンションあがるだけなんだけど。行きの車中で、初対面のカンジョと静かなる者同士寄り沿いながら、会場でも微妙に気を使いながら、スロースターターな二人は、最終日にしてようやく手を振り上げていた。「合わせてくれて、ありがとう」と、それからカノジョのペースに合わせながら、付き合いが始まった。
今宵、カノジョの通う音大の室内楽演奏会。
フルート奏者で登壇するカノジョは、アンサンブルでモーツァルトの交響曲を演奏するらしい。大人しいカノジョはすっかり皆の中に埋もれて、でも、いつになくテランテランの上品な衣装が美しい。そして、鳥がさえずるようにして、気持ちよさそうにメロディにのっている。
“奏でる”ってこういうことかぁと、ズンドコ心を砕くような爆音や、尖った刃で突き刺すような鋭利で攻撃的な音とは別に、心底安らげる心地よさに包まれていく。カノジョはこの姿を僕に見せたかったのかな。そして、好きになってもらいたい、カノジョの世界観とともに。合わせてもらっている、それだけではなくて、見守ってもらいたいっていう強い意志。応えてあげたい、そう確かに思わせる、不覚にも心動かされた場面。
素晴らしいと思った。
最後に女神が降臨してしまうまでは。
そう、音楽は魔性。
トリを飾る美しいピアニストが奏でる、この世のものとは思えない、セイレーンの嘆き。鍵盤に触れる指先が、僕の心の琴線を直接弾くように届く。ピアニストが切なく見つめる宙空には、まるで捕らわれた僕の魂が浮かんでいるような。
そうして、旋律に絡めとられた僕は、動けないままに喝采を浴びてステージを去る魔性のピアニストに完全に心奪われた。
どうやって、この後、カノジョに話をしようか。僕が落としたままの視界には、プログラム最後に記された、美人ピアニストの名前と、ベートヴェンのピアノソナタのナンバーが、この後翻弄される運命のタイトルのように刻まれていた。
音楽って、すごい!
<おしまい>