【エッセイ】美容院 vs 全肯定な私
いつも美容院で困ることがある。
それは、会話だ。
だから私は、
店に入った瞬間、全肯定マシンと化す。
隣の席のマダムは、美容師さんと「昨日のドラマがさぁ!」と親友レベルで盛り上がっている。
一方、私と担当さんの間には、沈黙が流れている。
「ケープ、苦しくないですか?」
実際は、首元が食い込んでやや苦しい。
だが、私の口は勝手に動く。
「大丈夫です」
ヘアカラー中。
「染みたりしていませんか?」
頭皮が若干染みている気がする。
だが、美容師さんの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
「大丈夫です」
シャンプー台は、もはやマシンのフル稼働だ。
「お湯加減、いかがですか?」
熱かろうが冷たかろうが、私の答えは決まっている。
「大丈夫です」
「痒いところはありますか?」
本当は後頭部を洗ってほしいのだが、私は答える。
「……大丈夫です」
「洗い足りないところは――」
「大丈夫です」
――そう、私は生きる「大丈夫です」bot。
シャンプーのとき、顔にタオルがかかるまでの数秒間が気まずい。
そのタオルが振動でズレて、顔半分が出てしまったたときだけは機能停止する。
『大丈夫……じゃないです』
心の中で、「そこは早く気付いて」と連呼する。
さらに難関なのが、起き上がる瞬間だ。
美容師さんが後頭部を支えてくれるが、この頭をどこまで預けていいのか。
私の頭は重いだろう。
彼女の細い腕を折ってしまうのではないか。
むしろこちらから「大丈夫です?」と逆質問したい。
結局、腹筋に全神経を集中させる。
頭を1ミリ浮かせてセルフ支えを敢行するのだ。
◇
カット椅子に戻れば、マダムはまだヒーヒー笑っている。
私も負けじと、「最近、暑いですね……」と決死の覚悟で話題を放り込んでみる。
だが、私の声はドライヤーの爆音にかき消され、美容師さんには「えっ?」と聞き返される。
「……すみません、大丈夫です」
ハサミの音さえかき消す、隣の高笑い。
あちらが華やかなパーティー会場なら、こちらは静寂のメンテナンスモード。
結局、私はひたすらレシピ雑誌を見つめる。
おかげで、照り焼きの黄金比は完璧にマスターした――
◇
私だって美容師さんと楽しく話したい。
でも正直、そっとしておいてほしい自分もいる。
この矛盾を抱えたまま、私は今日も美容院の扉を開ける。
精一杯の微笑みを浮かべて「大丈夫です」と言うために。
終




