表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

結婚詐欺師の恋

作者: ウォーカー
掲載日:2026/06/07

 庶民には縁遠い高級レストラン。

若い男と女が楽しそうに食事をしている。

だが実は、本当に食事を楽しんでいるのは女の方だけ。

男は女と食事を楽しむために来たのではない。

「美晴ちゃん、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

「いいよ、秀介君の話なら、なんでも聞いちゃう。」

男はワインを一口飲み、話を続けた。

「それでね、美晴ちゃん。

 実は話っていうのはね、僕の事業の話なんだ。

 事業の投資で少々物入りでね。

 君に協力してもらいたいんだ。」

「ああ、その話ね。

 投資って先立つものが必要なんでしょ?

 でもすぐに返ってくるなら、いいよ。

 今度はいくら必要なの?」

この会話から勘の良い人は気が付いただろう。

男は女の金が目当て。

この男は、今は早坂はやさか秀介しゅうすけと名乗っている。

有り体に言えば結婚詐欺師である。


 今日も秀介は食事の代金を全て女に払わせ、金も騙し取る約束をした。

女の背中を爽やかな笑顔で見送った後、背中を向けてニヤリと笑った。

「ククク、全く女なんかチョロいもんだぜ。

 ちょっと優しくしておだててやれば、すぐに金を出す。

 おまけに身体も頂いて、言う事なしだ。」

早坂秀介は日常的に結婚詐欺をしている結婚詐欺師だ。

甘いマスクにスラッとした長身。

おまけに口が上手いので、女を引っ掛けるのが得意。

今の女からも、この金を受け取ったが最後、姿をくらますつもりだ。

そうやって秀介は女を次から次へと乗り換え、

結婚話をチラつかせて、金を騙し取っていた。

もちろん、騙された女の方も黙ってはいない。

騙されたと気が付かず、あるいは気が付きたくなくて、

秀介を追いかけ回す女も一人や二人ではなかった。

「どうして!?あたしの何がいけなかったの?」

「あのね、そういうことじゃないんだよ。恵美ちゃん。」

だから秀介は誰にも絶対に自分の居場所を教えない。

今住んでいるのも、いつでも引っ越せるウィークリーマンションだ。

それでも居場所を突き止めて復縁を迫ってきた女もいたもので、

その時は秀介は女に熱湯を浴びせかけて追い返したものだった。

「悪いな、陽子。これでさよならだ。」

女を追い返した後、懲りもせず、秀介は思う。

 「女は一旦騙すと、いつまでも騙され続けるからな。

 金を返せ、というならまだ話になるんだが、

 よりを戻したいと言われてもな。

 こっちは元から結婚する気なんか無いんだって、

 何回言えば分かるんだか。

 金を騙し取られてなお、それに気が付かないんだからな。」

秀介は顔を引き締めると、次の女との約束の場所に向かうのだった。


 こうして秀介は一日に何人もの女との約束をこなしていた。

その一人一人から少なくない金を騙し取るのだから、

総額では豪邸が建つほどの金額になっているだろう。

しかし悪銭身に付かずとはよく言ったもので、

秀介の手元にはいつも僅かな金しか残ってはいなかった。

理由は色々ある。

秀介がギャンブル好きの浪費家であるのも事実だし、

お高い女を騙すには、それなりの衣服やアクセサリーが必要になる。

「これも先行投資ってやつだ。

 ちょっとお高いスーツやアクセサリーで着飾るだけで、

 金持ちの女が振り向くようになる。

 金持ちから取れる金は大きい。

 先行投資が大きい分、実入りも大きいってわけさ。」

秀介はブランド店でスーツとアクセサリー一式を揃えると、

今日も複数の女達と多忙な一日を過ごすのだった。


 秀介はそれなりの期間、結婚詐欺を続けているが、

今までに一度も警察沙汰になったことはない。

それは結婚詐欺師として有能であることを示している。

秀介は女を振ったことは一度もない。

女と縁を切る時は、必ずやむを得ない理由を持ち出すことにしている。

金、家柄、病気、などなど。

「そう・・・、それじゃあしかたがないね。」

その理由は殆どが嘘だが、女に愛想が尽きたと言ったことはない。

だから、秀介に騙され金を取られ捨てられた女達は、

自分が騙されたことに気が付かず、あるいは気が付きたくなくて、

秀介のことを警察に相談したりはしなかった。

それはあるいは女のプライドなのかも知れない。

秀介に捨てられた女達は、誰も秀介を恨んではいないようだった。


 今日も秀介は女とデートをしていた。

明るく晴れたおしゃれな街を、女とおしゃべりをしながら歩く。

それだけで女は喜び、財布の紐も緩くなるというもの。

「今日はこの女とはランチまでで、その後はディナーは別の女とデートか。

 結婚詐欺も中々ハードな仕事だぜ。」

秀介は内心、疲れた表情をしていた。

その時、秀介の視界の隅を、何かがチラッと横切った。

秀介はハッと視線を奪われた。

そこを横切ったのは、若い女だった。

後ろ姿だったが、何故かそれが分かった。

その女は美しいが何処か憂いを含んだ横顔をしていた。

真っ赤な口紅を引いた唇は、軽く微笑んでいたように思う。

渋い黒のワンピースの裾が翻ると、

ストッキング越しでも美しいのが分かるふくらはぎが目を惹いた。

帽子からヒールまで、全身が渋い黒で彩られていた。

一度見ただけでも忘れられない女だった。

美人だから?いや、顔は一瞬しか見えなかった。でも美しかった。

スタイルが良かったから?

ワンピース越しでもスタイルはいいとわかったがそれも違う。

その女の全てが完璧に秀介の好みにピッタリだったのだ。

「花ちゃん、ちょっとここで待っててくれるかな?」

「秀介君、どうしたの?」

「ちょっと用事ができた!すぐ戻る!」

秀介は目当ての女の後を追った。


 渋い黒のワンピースの女。

秀介はその後を追ったが、どうしても追いつけず見失ってしまった。

「くそっ!あんないい女を逃すなんて、俺は馬鹿者だ。」

とぼとぼと待たせている女のところへ戻っていく。

その後デートを複数こなし、秀介の一日は終わった。

しかし、渋い黒のワンピースの女の印象は強く残った。

「逢いたい。逢って話をしたい。これは仕事抜きだ。」

秀介の想いは募っていった。

すると秀介の想いに答えるかのように、

例の女はデート中の秀介の前に姿を現した。

「おい、君!」

しかし秀介が声をかけようとすると、例の女は姿を消した。

女の足で、ヒールを履いているのに、まるで魔法のように、

秀介にはその女を捉えることができなかった。

「秀介君、どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

今の秀介の頭の中には、例の女のことしかなかった。

こうして今デートをしている女が鬱陶しく感じるほどに。


 やがて秀介は、女との約束を入れない時間を作るようになった。

もちろん、それは、例の女を捕まえるため。

デートのために女を連れていると、

どうしても追いかける時に邪魔になるから、それを排除したのだ。

結婚詐欺師が一人で街を歩いているなど、無駄もいいところだ。

しかしそうまでしてでも、秀介には例の女が欲しかった。

キョロキョロ、ウロウロと街を徘徊する秀介は、

男には不審な目で見られたが、女にはそれだけで色っぽい眼差しを向けられた。

しかしいくら街を探しても、例の女は見つけられなかった。


 秀介が例の女を探し始めてから、数カ月が過ぎた。

その間、秀介は結婚詐欺の仕事を休みがちだったので、収入も激減していた。

それでも秀介にはどうでもよかった。

あの女。例の女をどうしても手に入れたい。

いつも結婚詐欺で女を自由にしている分、

自由にできない女の存在が我慢ならなかった。

嘘の事件をでっち上げて、警察や興信所を頼ろうかと思ったほどだ。

もちろん、そんなことをすれば、

自分自身の結婚詐欺がバレてお縄になるので無理な話だ。

例の女は自分の力だけで探さなければならない。

「仕方がない。これも普段、女を粗末にしてきた俺への試練だ。」

そう言い聞かせて、秀介は例の女を探し続けた。

そして、そんな不純な努力でも、実を結ぶ時が来た。

例の女が、秀介の前に姿を現したのだった。


 探し物は諦めると出てくる。

というわけではないが、その日、秀介は例の女探しを諦め、

キープしている女の一人とデートをしていた。

街を適当にブラブラと歩くいつもの光景。

そこに突然、異物が舞い込んできた。

例の女が、渋い黒のワンピースの女が、視界内に入ってきたのだ。

「うふふふふふ・・・」

例の女は笑い声を残して、路地裏に消えていった。

もちろん秀介はこの機会を逃してはならないと、全速力で後を追った。

もうデートだの結婚詐欺だのはどうでもよかった。

今連れている女を放り捨てて、例の女の後を追ったのだった。


 例の女が逃げ込んだ、あるいは入り込んだ路地は袋小路。

秀介はそれを知っていたが、それでも全力で追いかけた。

そして追いついた。

袋小路の先に、その女は立っていた。

「秀介君、そんなに急がなくても、私はここにいるよ。」

秀介は全力疾走した汗を垂らしながら、膝に手をついて荒い息をしていた。

そうして息が整ってから、秀介は改まって口を開いた。

「もう逃さないよ。君、名前は?」

「秘密。」

「どこに住んでるの?」

「秘密。」

「それじゃ話にならないよ。」

「でもこれって秀介君も同じでしょ?だから同じにしたの。」

「そういえばそうか。じゃあ、なんて名前で呼べばいい?」

「・・・幸子。」

「幸子ちゃんか。古風な名前だね。

 幸子ちゃん。僕と一緒に食事にでも行かないか?」

「食事?それだけでいいの?」

「それ以上のことも、付き合ってくれるのか?」

「秀介君がしてくれることなら。」

こうして幸子と名乗る女と秀介との交際が始まった。


 幸子は探すのは難しく、付き合うのは簡単だったのだが、

付き合ってみると一筋縄ではいかない女だった。

幸子は秀介と同じことしかしないと宣言した通り、

住所や仕事は何をしているのか、一切教えてくれなかった。

だから家に迎えに行くこともできない。

ただ、携帯電話の電話番号だけは教えてくれたので、

連絡を取る時はいつも電話だった。

秀介に都合の良いことに、幸子はいつでも電話が繋がった。

好きな時に呼び出し、街を歩き、食事をする。

幸子はいつもあの渋い黒のワンピース姿で、

建物の中に入っても、食事中ですら、帽子を外そうとはしなかった。

そのせいで、顔がもうひとつよく見えない。

しかしそれがミステリアスな雰囲気を与え、秀介には気に入っていた。

「幸子ちゃん、今日はありがとう。」

「こちらこそ、こんな豪華な食事ばかりで気が引けるわ。」

「それじゃ次は、キスの一つでもしてもらおうかな。」

「ふふふ、お馬鹿さんね。」

ふわっと、幸子の顔が近付いたかと思うと、唇が秀介の頬をかすめた。

「それじゃ。」

去りゆく幸子の後ろ姿が見えなくなるまで、

秀介は中高生のように、唇が触れた頬を抑えて動くことができなかった。


 それからも秀介と幸子の交際は続いていた。

秀介はもう結婚詐欺をする間もなく幸子と交際していた。

交際費は今までに結婚詐欺で溜め込んだ金。

それを食事代や時にプレゼントに替えて、幸子に与えていた。

幸子はプレゼントには薄い喜びしか示さなかった。

「私は秀介君と一緒にいられるだけで嬉しいの。」

そう言って幸子はプレゼントをあまり喜ばなかった。

「なんと金のかからない、いい女なのだろう。」

秀介はますます幸子にのめり込んでいった。


 若い男と女が懇意になれば、自ずとその時がやってくる。

「なあ、幸子。今日、このホテルに予約してあるんだ。」

「いや、だめよそれは。」

秀介が幸子の身体を要求するようになったのだ。

しかし幸子はどうしてもそれだけは譲らなかった。

身持ちの固い女なのだろうが、それにしても頑固だ。

秀介も幸子を襲うわけにもいかず、幸子の言葉に従うしか無かった。

それから秀介と幸子の関係はギクシャクしていった。

秀介は幸子の愛情に疑問を持つようになっていった。

なぜなら、自分自身が結婚詐欺師なのだから。

頑なに身体の関係を拒否する女は怪しく見えた。

しかしそれならば、幸子は高額なプレゼントや金銭を要求してくるはず。

それがないのは、幸子が結婚詐欺ではないのを物語っている。

ではどうして身体を許してくれないのか?

再三の秀介の問いに、幸子はとうとう折れた。

「実は私、ちょっと理由があって、身体に火傷の跡があるの。

 特に額には、自分でも醜いと思うほどの火傷があって。

 それを見たらきっと秀介君は私の事を嫌いになると思う。

 だから、身体を見せることができないの。」

もっともな話だが、愛に燃える秀介には大した理由ではなかった。

「火傷の跡だって?そんなの構うものか。

 僕は君を愛してるんだ。一つになりたい。

 今日こそ、夜を共にしてもらうよ。」

「・・・わかった。」

こうして秀介と幸子はとうとう結ばれることになった。

夜。高級ホテルの一室で、秀介と幸子は長いキスをしていた。

二人ともシャワーを浴びてバスローブだけの姿。

それでも幸子は長い前髪を顔に流し、顔をよく見えないようにしていた。

「幸子ちゃん!」

鼻腔をくすぐる幸子の体臭に魅了されて、秀介は幸子をベッドに押し倒した。

幸子の長い髪が、白いベッドシーツに散らばる。

その時にバスローブが脱げて、幸子の裸体が顕になった。

美しい白い肌に、まばらに散らばる火傷の跡。

確かに、美しい肌が台無しになる火傷の跡だった。

そんなもの、愛の前には関係ない・・・はずだった。

しかし秀介はその時、あることに気が付いた。

それは火傷の跡が発端だった。

「どうしたの、秀介君?」

「思い出したんだ。

 そういえば以前、しつこく家まで押しかけてきた女がいたことを。

 その女を追い返すのに、俺はその女に熱湯を引っ掛けた。

 ちょうど、こんな風に飛び散るように熱湯がその女に掛かった。」

「・・・。」

「そして、もう一つ思い出したことがある。

 幸子ちゃん、俺、君にいつ、俺の名前が秀介だと名乗った?」

「それは、あの路地裏の袋小路で・・・」

「いや、違う。

 俺はあの時、息を整えるのに必死で、口も利けなかった。

 そこに幸子ちゃんの方から、俺に秀介君と呼びかけてきたんだ。

 どうして初対面なのに、俺の名前を知ってたんだ?」

すると、幸子はふっと笑みこぼして顔を横に向けた。

「そう、気が付いちゃったんだ。

 うん。私と秀介くんは、あの路地裏が初対面じゃない。

 町中でのすれ違いでもない。

 もっともっと前に、私たちは付き合っていたの。

 少なくとも私はそう思っていた。

 私、秀介君に言ったよね?

 秀介くんが教えてくれることしか教えられないって。

 だから私、秀介くんに隠してることがあるの。」

「俺に隠してること?それって。」

「名前。秀介くんの名前は、本当は偽名なんでしょ。

 それに倣って、私も幸子って偽名を名乗ることにしたの。

 私の本当の名前は、陽子って言うの。」

陽子、陽子、陽子・・・。

そう聞かされて、秀介は一人の女のことを思い出した。

後をつけられて、家まで押しかけられて、復縁を迫られ、

追い返すために熱湯を掛けた女のことを。

「思い出した。お前、あの時の陽子だったのか。

 でも、顔も何もかも違うじゃないか。」

「それはそうだよ。

 私、秀介君に気に入られたくて、顔も身体も全部手術したから。

 でも、火傷の跡だけは絶対に消さなかった。

 なぜなら、これが私と秀介君の絆だから。

 実はね、火傷の跡は身体だけじゃないの。

 顔にね、顔の額に、最も醜く残った火傷の跡があるの。

 あまりにも酷すぎて、お医者さんからも復元手術を勧められた。

 でも、断ったの。だって、これも秀介君との絆だから。

 これを見てもらいたくって、秀介君に気に入られるために、

 私は立ち居振る舞いまで変えるように練習した。

 そうして今日、やっと秀介君に見てもらえる。

 秀介君が私に残した印を。

 これを見たら、私たちもうずっと一緒だね。

 今度は秀介君を、私と同じ姿にしてあげるからね。

 同じ印を私が秀介くんにつけてあげれば、全て一緒になれるから。」

そうして幸子、いや陽子は、長い前髪を上げていく。

そこには・・・。



終わり。


 結婚詐欺師も恋をすることがあるのだろうか。

もし恋をしたならば、結婚詐欺師が結婚詐欺に遭う可能性は?

そんな考えからこの物語を作ってみました。


因果応報。悪いことをすれば報いがある。

特に、法に反していれば法は守ってくれません。

一歩、法の外に出てしまえば、魔物たちが待っています。

結婚詐欺師の秀介も、そこへ行ってしまいました。

くわばらくわばら。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ