結婚詐欺師の恋
庶民には縁遠い高級レストラン。
若い男と女が楽しそうに食事をしている。
だが実は、本当に食事を楽しんでいるのは女の方だけ。
男は女と食事を楽しむために来たのではない。
「美晴ちゃん、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「いいよ、秀介君の話なら、なんでも聞いちゃう。」
男はワインを一口飲み、話を続けた。
「それでね、美晴ちゃん。
実は話っていうのはね、僕の事業の話なんだ。
事業の投資で少々物入りでね。
君に協力してもらいたいんだ。」
「ああ、その話ね。
投資って先立つものが必要なんでしょ?
でもすぐに返ってくるなら、いいよ。
今度はいくら必要なの?」
この会話から勘の良い人は気が付いただろう。
男は女の金が目当て。
この男は、今は早坂秀介と名乗っている。
有り体に言えば結婚詐欺師である。
今日も秀介は食事の代金を全て女に払わせ、金も騙し取る約束をした。
女の背中を爽やかな笑顔で見送った後、背中を向けてニヤリと笑った。
「ククク、全く女なんかチョロいもんだぜ。
ちょっと優しくしておだててやれば、すぐに金を出す。
おまけに身体も頂いて、言う事なしだ。」
早坂秀介は日常的に結婚詐欺をしている結婚詐欺師だ。
甘いマスクにスラッとした長身。
おまけに口が上手いので、女を引っ掛けるのが得意。
今の女からも、この金を受け取ったが最後、姿をくらますつもりだ。
そうやって秀介は女を次から次へと乗り換え、
結婚話をチラつかせて、金を騙し取っていた。
もちろん、騙された女の方も黙ってはいない。
騙されたと気が付かず、あるいは気が付きたくなくて、
秀介を追いかけ回す女も一人や二人ではなかった。
「どうして!?あたしの何がいけなかったの?」
「あのね、そういうことじゃないんだよ。恵美ちゃん。」
だから秀介は誰にも絶対に自分の居場所を教えない。
今住んでいるのも、いつでも引っ越せるウィークリーマンションだ。
それでも居場所を突き止めて復縁を迫ってきた女もいたもので、
その時は秀介は女に熱湯を浴びせかけて追い返したものだった。
「悪いな、陽子。これでさよならだ。」
女を追い返した後、懲りもせず、秀介は思う。
「女は一旦騙すと、いつまでも騙され続けるからな。
金を返せ、というならまだ話になるんだが、
よりを戻したいと言われてもな。
こっちは元から結婚する気なんか無いんだって、
何回言えば分かるんだか。
金を騙し取られてなお、それに気が付かないんだからな。」
秀介は顔を引き締めると、次の女との約束の場所に向かうのだった。
こうして秀介は一日に何人もの女との約束をこなしていた。
その一人一人から少なくない金を騙し取るのだから、
総額では豪邸が建つほどの金額になっているだろう。
しかし悪銭身に付かずとはよく言ったもので、
秀介の手元にはいつも僅かな金しか残ってはいなかった。
理由は色々ある。
秀介がギャンブル好きの浪費家であるのも事実だし、
お高い女を騙すには、それなりの衣服やアクセサリーが必要になる。
「これも先行投資ってやつだ。
ちょっとお高いスーツやアクセサリーで着飾るだけで、
金持ちの女が振り向くようになる。
金持ちから取れる金は大きい。
先行投資が大きい分、実入りも大きいってわけさ。」
秀介はブランド店でスーツとアクセサリー一式を揃えると、
今日も複数の女達と多忙な一日を過ごすのだった。
秀介はそれなりの期間、結婚詐欺を続けているが、
今までに一度も警察沙汰になったことはない。
それは結婚詐欺師として有能であることを示している。
秀介は女を振ったことは一度もない。
女と縁を切る時は、必ずやむを得ない理由を持ち出すことにしている。
金、家柄、病気、などなど。
「そう・・・、それじゃあしかたがないね。」
その理由は殆どが嘘だが、女に愛想が尽きたと言ったことはない。
だから、秀介に騙され金を取られ捨てられた女達は、
自分が騙されたことに気が付かず、あるいは気が付きたくなくて、
秀介のことを警察に相談したりはしなかった。
それはあるいは女のプライドなのかも知れない。
秀介に捨てられた女達は、誰も秀介を恨んではいないようだった。
今日も秀介は女とデートをしていた。
明るく晴れたおしゃれな街を、女とおしゃべりをしながら歩く。
それだけで女は喜び、財布の紐も緩くなるというもの。
「今日はこの女とはランチまでで、その後はディナーは別の女とデートか。
結婚詐欺も中々ハードな仕事だぜ。」
秀介は内心、疲れた表情をしていた。
その時、秀介の視界の隅を、何かがチラッと横切った。
秀介はハッと視線を奪われた。
そこを横切ったのは、若い女だった。
後ろ姿だったが、何故かそれが分かった。
その女は美しいが何処か憂いを含んだ横顔をしていた。
真っ赤な口紅を引いた唇は、軽く微笑んでいたように思う。
渋い黒のワンピースの裾が翻ると、
ストッキング越しでも美しいのが分かるふくらはぎが目を惹いた。
帽子からヒールまで、全身が渋い黒で彩られていた。
一度見ただけでも忘れられない女だった。
美人だから?いや、顔は一瞬しか見えなかった。でも美しかった。
スタイルが良かったから?
ワンピース越しでもスタイルはいいとわかったがそれも違う。
その女の全てが完璧に秀介の好みにピッタリだったのだ。
「花ちゃん、ちょっとここで待っててくれるかな?」
「秀介君、どうしたの?」
「ちょっと用事ができた!すぐ戻る!」
秀介は目当ての女の後を追った。
渋い黒のワンピースの女。
秀介はその後を追ったが、どうしても追いつけず見失ってしまった。
「くそっ!あんないい女を逃すなんて、俺は馬鹿者だ。」
とぼとぼと待たせている女のところへ戻っていく。
その後デートを複数こなし、秀介の一日は終わった。
しかし、渋い黒のワンピースの女の印象は強く残った。
「逢いたい。逢って話をしたい。これは仕事抜きだ。」
秀介の想いは募っていった。
すると秀介の想いに答えるかのように、
例の女はデート中の秀介の前に姿を現した。
「おい、君!」
しかし秀介が声をかけようとすると、例の女は姿を消した。
女の足で、ヒールを履いているのに、まるで魔法のように、
秀介にはその女を捉えることができなかった。
「秀介君、どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
今の秀介の頭の中には、例の女のことしかなかった。
こうして今デートをしている女が鬱陶しく感じるほどに。
やがて秀介は、女との約束を入れない時間を作るようになった。
もちろん、それは、例の女を捕まえるため。
デートのために女を連れていると、
どうしても追いかける時に邪魔になるから、それを排除したのだ。
結婚詐欺師が一人で街を歩いているなど、無駄もいいところだ。
しかしそうまでしてでも、秀介には例の女が欲しかった。
キョロキョロ、ウロウロと街を徘徊する秀介は、
男には不審な目で見られたが、女にはそれだけで色っぽい眼差しを向けられた。
しかしいくら街を探しても、例の女は見つけられなかった。
秀介が例の女を探し始めてから、数カ月が過ぎた。
その間、秀介は結婚詐欺の仕事を休みがちだったので、収入も激減していた。
それでも秀介にはどうでもよかった。
あの女。例の女をどうしても手に入れたい。
いつも結婚詐欺で女を自由にしている分、
自由にできない女の存在が我慢ならなかった。
嘘の事件をでっち上げて、警察や興信所を頼ろうかと思ったほどだ。
もちろん、そんなことをすれば、
自分自身の結婚詐欺がバレてお縄になるので無理な話だ。
例の女は自分の力だけで探さなければならない。
「仕方がない。これも普段、女を粗末にしてきた俺への試練だ。」
そう言い聞かせて、秀介は例の女を探し続けた。
そして、そんな不純な努力でも、実を結ぶ時が来た。
例の女が、秀介の前に姿を現したのだった。
探し物は諦めると出てくる。
というわけではないが、その日、秀介は例の女探しを諦め、
キープしている女の一人とデートをしていた。
街を適当にブラブラと歩くいつもの光景。
そこに突然、異物が舞い込んできた。
例の女が、渋い黒のワンピースの女が、視界内に入ってきたのだ。
「うふふふふふ・・・」
例の女は笑い声を残して、路地裏に消えていった。
もちろん秀介はこの機会を逃してはならないと、全速力で後を追った。
もうデートだの結婚詐欺だのはどうでもよかった。
今連れている女を放り捨てて、例の女の後を追ったのだった。
例の女が逃げ込んだ、あるいは入り込んだ路地は袋小路。
秀介はそれを知っていたが、それでも全力で追いかけた。
そして追いついた。
袋小路の先に、その女は立っていた。
「秀介君、そんなに急がなくても、私はここにいるよ。」
秀介は全力疾走した汗を垂らしながら、膝に手をついて荒い息をしていた。
そうして息が整ってから、秀介は改まって口を開いた。
「もう逃さないよ。君、名前は?」
「秘密。」
「どこに住んでるの?」
「秘密。」
「それじゃ話にならないよ。」
「でもこれって秀介君も同じでしょ?だから同じにしたの。」
「そういえばそうか。じゃあ、なんて名前で呼べばいい?」
「・・・幸子。」
「幸子ちゃんか。古風な名前だね。
幸子ちゃん。僕と一緒に食事にでも行かないか?」
「食事?それだけでいいの?」
「それ以上のことも、付き合ってくれるのか?」
「秀介君がしてくれることなら。」
こうして幸子と名乗る女と秀介との交際が始まった。
幸子は探すのは難しく、付き合うのは簡単だったのだが、
付き合ってみると一筋縄ではいかない女だった。
幸子は秀介と同じことしかしないと宣言した通り、
住所や仕事は何をしているのか、一切教えてくれなかった。
だから家に迎えに行くこともできない。
ただ、携帯電話の電話番号だけは教えてくれたので、
連絡を取る時はいつも電話だった。
秀介に都合の良いことに、幸子はいつでも電話が繋がった。
好きな時に呼び出し、街を歩き、食事をする。
幸子はいつもあの渋い黒のワンピース姿で、
建物の中に入っても、食事中ですら、帽子を外そうとはしなかった。
そのせいで、顔がもうひとつよく見えない。
しかしそれがミステリアスな雰囲気を与え、秀介には気に入っていた。
「幸子ちゃん、今日はありがとう。」
「こちらこそ、こんな豪華な食事ばかりで気が引けるわ。」
「それじゃ次は、キスの一つでもしてもらおうかな。」
「ふふふ、お馬鹿さんね。」
ふわっと、幸子の顔が近付いたかと思うと、唇が秀介の頬をかすめた。
「それじゃ。」
去りゆく幸子の後ろ姿が見えなくなるまで、
秀介は中高生のように、唇が触れた頬を抑えて動くことができなかった。
それからも秀介と幸子の交際は続いていた。
秀介はもう結婚詐欺をする間もなく幸子と交際していた。
交際費は今までに結婚詐欺で溜め込んだ金。
それを食事代や時にプレゼントに替えて、幸子に与えていた。
幸子はプレゼントには薄い喜びしか示さなかった。
「私は秀介君と一緒にいられるだけで嬉しいの。」
そう言って幸子はプレゼントをあまり喜ばなかった。
「なんと金のかからない、いい女なのだろう。」
秀介はますます幸子にのめり込んでいった。
若い男と女が懇意になれば、自ずとその時がやってくる。
「なあ、幸子。今日、このホテルに予約してあるんだ。」
「いや、だめよそれは。」
秀介が幸子の身体を要求するようになったのだ。
しかし幸子はどうしてもそれだけは譲らなかった。
身持ちの固い女なのだろうが、それにしても頑固だ。
秀介も幸子を襲うわけにもいかず、幸子の言葉に従うしか無かった。
それから秀介と幸子の関係はギクシャクしていった。
秀介は幸子の愛情に疑問を持つようになっていった。
なぜなら、自分自身が結婚詐欺師なのだから。
頑なに身体の関係を拒否する女は怪しく見えた。
しかしそれならば、幸子は高額なプレゼントや金銭を要求してくるはず。
それがないのは、幸子が結婚詐欺ではないのを物語っている。
ではどうして身体を許してくれないのか?
再三の秀介の問いに、幸子はとうとう折れた。
「実は私、ちょっと理由があって、身体に火傷の跡があるの。
特に額には、自分でも醜いと思うほどの火傷があって。
それを見たらきっと秀介君は私の事を嫌いになると思う。
だから、身体を見せることができないの。」
もっともな話だが、愛に燃える秀介には大した理由ではなかった。
「火傷の跡だって?そんなの構うものか。
僕は君を愛してるんだ。一つになりたい。
今日こそ、夜を共にしてもらうよ。」
「・・・わかった。」
こうして秀介と幸子はとうとう結ばれることになった。
夜。高級ホテルの一室で、秀介と幸子は長いキスをしていた。
二人ともシャワーを浴びてバスローブだけの姿。
それでも幸子は長い前髪を顔に流し、顔をよく見えないようにしていた。
「幸子ちゃん!」
鼻腔をくすぐる幸子の体臭に魅了されて、秀介は幸子をベッドに押し倒した。
幸子の長い髪が、白いベッドシーツに散らばる。
その時にバスローブが脱げて、幸子の裸体が顕になった。
美しい白い肌に、まばらに散らばる火傷の跡。
確かに、美しい肌が台無しになる火傷の跡だった。
そんなもの、愛の前には関係ない・・・はずだった。
しかし秀介はその時、あることに気が付いた。
それは火傷の跡が発端だった。
「どうしたの、秀介君?」
「思い出したんだ。
そういえば以前、しつこく家まで押しかけてきた女がいたことを。
その女を追い返すのに、俺はその女に熱湯を引っ掛けた。
ちょうど、こんな風に飛び散るように熱湯がその女に掛かった。」
「・・・。」
「そして、もう一つ思い出したことがある。
幸子ちゃん、俺、君にいつ、俺の名前が秀介だと名乗った?」
「それは、あの路地裏の袋小路で・・・」
「いや、違う。
俺はあの時、息を整えるのに必死で、口も利けなかった。
そこに幸子ちゃんの方から、俺に秀介君と呼びかけてきたんだ。
どうして初対面なのに、俺の名前を知ってたんだ?」
すると、幸子はふっと笑みこぼして顔を横に向けた。
「そう、気が付いちゃったんだ。
うん。私と秀介くんは、あの路地裏が初対面じゃない。
町中でのすれ違いでもない。
もっともっと前に、私たちは付き合っていたの。
少なくとも私はそう思っていた。
私、秀介君に言ったよね?
秀介くんが教えてくれることしか教えられないって。
だから私、秀介くんに隠してることがあるの。」
「俺に隠してること?それって。」
「名前。秀介くんの名前は、本当は偽名なんでしょ。
それに倣って、私も幸子って偽名を名乗ることにしたの。
私の本当の名前は、陽子って言うの。」
陽子、陽子、陽子・・・。
そう聞かされて、秀介は一人の女のことを思い出した。
後をつけられて、家まで押しかけられて、復縁を迫られ、
追い返すために熱湯を掛けた女のことを。
「思い出した。お前、あの時の陽子だったのか。
でも、顔も何もかも違うじゃないか。」
「それはそうだよ。
私、秀介君に気に入られたくて、顔も身体も全部手術したから。
でも、火傷の跡だけは絶対に消さなかった。
なぜなら、これが私と秀介君の絆だから。
実はね、火傷の跡は身体だけじゃないの。
顔にね、顔の額に、最も醜く残った火傷の跡があるの。
あまりにも酷すぎて、お医者さんからも復元手術を勧められた。
でも、断ったの。だって、これも秀介君との絆だから。
これを見てもらいたくって、秀介君に気に入られるために、
私は立ち居振る舞いまで変えるように練習した。
そうして今日、やっと秀介君に見てもらえる。
秀介君が私に残した印を。
これを見たら、私たちもうずっと一緒だね。
今度は秀介君を、私と同じ姿にしてあげるからね。
同じ印を私が秀介くんにつけてあげれば、全て一緒になれるから。」
そうして幸子、いや陽子は、長い前髪を上げていく。
そこには・・・。
終わり。
結婚詐欺師も恋をすることがあるのだろうか。
もし恋をしたならば、結婚詐欺師が結婚詐欺に遭う可能性は?
そんな考えからこの物語を作ってみました。
因果応報。悪いことをすれば報いがある。
特に、法に反していれば法は守ってくれません。
一歩、法の外に出てしまえば、魔物たちが待っています。
結婚詐欺師の秀介も、そこへ行ってしまいました。
くわばらくわばら。
お読み頂きありがとうございました。




