冬桜と春の魔法
もう一人の自分を心の中に抱いて。
中学3年になった春。私は桜が舞い散る通学路を数人の同級生と歩いていた。始業式から入学式へと続く長い式典の後、教室で「受験生」という言葉を繰り返し使う先生のおかげもあって当然の流れのように始まる悩み相談。制服の可愛さ。校則の緩さ。希望の部活。夢や理想。なりたい自分になるためにみんなは悩んで考えている。私はそんなみんなの話を聞いて笑顔で励ます。そう、それが私の日常。
だけど––––––––––––不意に足を止めた。そのたった一歩。振り向くみんなの姿がずっと遠くに感じた。
それから、桜が散り、茹だるような暑い夏が過ぎ、強く吹き荒ぶ秋の木枯らしはやがて凍えるほど寒い冬を連れてきた。
通学路の商店街の前で同級生に笑顔で手を振り別れた帰り道。空に浮かぶ灰色の雲が私の心模様みたいでフーッと息を吐いてみた。こんなことをしても雲間から青空が見えるはずもなくて。私の心が晴れることもない。
「あなたは誰……?」溜息をつきながら視線を正面に戻すと通りを一つ越えた山の中伏に咲く冬桜の木が見えて、気になった私はその場所へ歩き出した。
山の麓から曲がりくねった木製の階段を上がって行くと遠くから見えていた冬桜の木が灰色の空を覆い隠すように佇んでいた。
「すごい……」満開に咲いた冬桜が白く輝きあたり一帯をほんのり明るくしていて、まるで違う世界に来たみたい。私はその光景に見惚れ静けさの中で草木が風にそよぐ音に耳を澄ませた。余計なことを考えずに過ぎる時間は激しく脈打つ心臓の鼓動を少しずつ穏やかにしてくれた。このままこの時間が続けば良いのに。そう思ったのも束の間、カサッ––––と枯葉を踏む音がして木陰に目を向けると同じ中学の制服を着ている少女が一人こちらに歩いてきた。
一歩、また一歩と近づいてくるその少女は茶色のローファーにポニーテール、髪色と同じ黒い瞳の——————目の前にきた少女は立ちすくむ私の両手をとると「春花、大丈夫だよ」と優しい笑顔を向けた。その姿、言葉、表情は紛れもなく笑顔で励ます私だ。驚きの中で徐々に湧き上がる嫌悪感に耐えきれず私は少女の手を振り払った。
「大丈夫。って……なにが……?」
みんなを遠くに感じたあの日。だからってどうすることもできなくて、漠然とした不安はいつも周りの賑やかさに消えていった。ただ一つ違うのは一人でいるときに虚無感に襲われること。誰かと一緒にいる時の自分と一人でいる時の自分に距離を感じた。日に日にどちらも自分じゃない気がして怖くなるのに、それでも誰かのことは笑顔で励まし続ける。まるでピエロ……。ううん。ピエロにもなれない。だって何もかも分からないんだから。それなのに–––––––
「……ねぇ。どうして? あなたはそんなに笑顔でいられるの…………」
俯く背中に微かに温もりを感じて顔を上げると、少女が微笑み右手を冬桜へ翳した。
「一緒に探そう。春花」
探す……? 少女が翳した手の先。見上げた冬桜に幼い頃の姿が映画のワンシーンみたいに流れ始めた。
そこに映る私は大きなショッピングセンターの噴水広場でショーを見ていた。入れ替わり立ち替わり行われる様々な演目。湧き上がる歓声と拍手。そして何より楽しそうに笑っている人たちを見て自分も笑顔になっていた。
––––––笑顔ってすごいね。幸せの魔法みたい––––––
「あっ……。そっか」
私は笑顔にしたかったんだ。笑顔を見ると自分も幸せな気持ちになれるから。みんなにも幸せになってほしくて。だから「周りを笑顔にできる」そんな人になりたくて……ずっとずっと追いかけていた。それが「私」なんだ。
「そう。春花はあの時から、みんなのことも自分のことも幸せにできる魔法を知っていた。そして春花の周りには沢山の笑顔が溢れている。それが答え」
少女は両手を大きく広げて「仲直りしよう」と私を抱きしめた。
「春花は春花だよ。これから先もそのままでいい」
「そのまま……」
「うん。これからはどんな方法でどれくらい沢山の人を笑顔にしたいか。選択肢はいくつもある。何度悩んで迷ってもいい。 その度にまた一緒に探すから」
そう言い残し少女は眩い光を放ちながら私の中へと吸い込まれるように消えていった。
春––––––––もう一人の自分と出会った冬桜の木は満開の桜を咲かせていた。
きっと、また分からなくなって、迷って、悩んで。それでも私は私がなりたかった自分でいられるように歩いていく。きっと幾つになっても変わらず笑顔の魔法で誰かを照らせるように。
幾つになっても、なりたい自分でいられるように。




