三. ヒト攫い 囁く声は虚しく
暗い空の奥の方からかすかな光が差し込み始める早朝。集落の民族達も一斉に目を覚まし始めます。
日が昇ると共に働きはじめる彼らの間では今日も囁くようなひそひそ声があちらこちらから聞こえだしました。
一見きくと、その声はただ風が草木を通りすぎたときのざわめき程度にしか思えないくらいの(実際に耳にすれば本当にそう思ってしまうでしょう)些細なものなのです。
その囁きはどうやら、主に集落に生い茂る緑の中から聞こえてくるようです。
皆、かの存在がやってくる今の時間帯に怯えておりました。それでも今からは朝日をたくさん浴びて働かなければいけないのでもとより逃げることはできないのです。
それが彼らの宿命でもあるのですから。
「来るよ、来るよ、あいつが」
「ああ、地響きがする……」
「次は誰がやられるだろう、拐われるだろう……」
……ブチンッ
「キャァアアアアー!」
「き、来たぁあああー!」
「やめてぇええー!」
ブチンッ……
民族達のいる土地に地響きを伝わせながら入ってきた巨体。その手には朝日が当たり鈍く光る大きなハサミをキシマせ、巨体の口からは鈍く低い息の音が漏れ聞こえていました。
民族達の、ある者は葉の上から、またある者は茎にぶら下がった状態で、そしてある者は土の中から。巨体の耳にはとうてい聞こえないくらいの小さな絶叫をするのでした。
ブチンッ……
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20✕✕年 八月下旬。
この年の現在は、夏から秋にかけて育つ夏秋野菜の収穫が最盛期を誇っていた。
早朝。本日もこの畑で作物を育てている農家のおじさんは長靴姿の慣れた足取りで敷地へと入って行く。
ザ、ザ、ザ、と草をかき分け進んで行く。
そして畑に実るつやつやしたナスやトマトなどの野菜を、長年愛用している少々錆びついたハサミで、ばちんと収穫するのだった。
朝露がちかちか光る畑の中、おじさんはぼんやりとこう思うのであった。
(そろそろハサミ、買い換えようかなあ)
(完)
野菜が怖くなったらごめんなさい。
ありがとうございました。




