二. 不穏な噂
その日は夏の火傷しそうな強い日差しがだいぶ和らいで、涼やかな風が時折吹くようになりはじめた八月末頃。暦ではもう秋に入っている頃です。
そんな落ち着いた気候のある日、のんびりと様々な民族が暮らすその集落では、どこか不穏な空気が見え隠れしていました。太陽がさんさんとして青空の広がる日中にもかかわらず、住民達は若い者も高齢の者もどの顔も皆暗く沈んでいるようにうかがえます。
ここ最近、住民の間ではひそひそと、あちらこちらでとある噂ばかりが囁かれているのです。
それは、なんだか分からない、得たいの知れない、危険で、不気味で、恐ろしい存在について。
集落のどこでもかしこでも、同じ民族の内でも、お隣さんの別の民族とでも、子供でも大人でも皆、日々その存在についての話を共有しているのです。
皆が集落中でこんなにも不穏に囁くその存在。
それはなにを隠そう「ヒト攫い」と呼ばれるものについてでした。
この集落では、夜中すやすや眠っていて朝になって、よし仕事だ働くぞっ、と目を覚ましてみればお隣さんが消えていることがそう珍しくないことになってきました。
そのヒト攫いというのはどうやら、民族に関係なく拐ってゆくようです。そして特に多いのは、成長した若者であり赤子は拐わないようなのです。
「……ねえ、昨日またいなくなったらしいよ。きっと、私もすぐ……」
「やめなさいってば。きっと大丈夫よ……」
集落に住む様々な民族が、不可思議なことに日が出るか出ないかの早朝、次々といなくなってゆくのです。
そう、その得たいの知れないヒト攫いは、昼間でも夜中でもなく早朝に現れるようなのです。
残念ながら集落の者達にはその早朝現れては消えるヒト攫いをどうこうする方法を持ち合わせていないのです。ただただ、情報共有することしか。
「ねえ、知ってる?例のヒト攫いが、向こうのキクさんの子供を拐ってったんだそうよ。夕方に」
「そうなの。可哀想に……」
そのヒト攫いというのは時に、暮れ方にも出没するとみえて住民達をいっそう震撼させるのでした。
「噂だと、オレたちよりもずっと大きいんだとさ。そいつがな、これまた大きなハサミを持ってやって来るらしい」
「怖いねえ。話しだと、そのハサミで体を切ってから拐ってしまうんだってきくよ」
「ああ、ひでえよな。なすのじいさんなんて、根本からザックリとやられてたようだから……」
皆口々に話して一段落するといつでも、なんとも暗い淀んだ空気を漂わせて、顔色を悪くするのでした。それでもなお、現状を把握していない方が恐ろしいという気持ちが勝るため今日も不穏な噂は途絶えることなく集落中で囁かれ続けるのでした。




