第37話 英語の先生がツンデレじゃないか
帰り道、多崎司は青痣ができた腕や太腿に軟膏を塗りながら、ある問いを考えていた。
今の自分は、先生に**“逆攻略”**されたと言えるのではないか?
ただでさえ道場で体を鍛えさせてくれる上に、月収10万円という好条件の仕事まで与え、物質的な買収だけでも十分なのに、精神的にも自分を籠絡しようとしている。なんて狡猾な女性だ。ほんの少し鯉のぼりを見ただけで、そこから自分の心の動きを察知するなんて!この一連のコンビネーションブローは、明らかに自分の弱点を突いている。本当にたちが悪い。
このままでは、もう……拒否できないじゃないか!
寝る前、パジャマ姿の多崎司は窓辺に立ち、灯りのともった西新宿の高層ビル群を眺めていた。窓から吹き込む涼しい風が心地よい。
もし本気で先生を攻略しようとすれば、きっと良い結果が待っているだろう。昼間は彼女から学び、夜は彼女と共に人として成長する、そんな日々は、一人で孤独に過ごすよりもずっと楽しいに違いない。
多崎司は輝く東京の夜空を見上げ、心の中で静かに決意を固めた——先生というこの大きな車、必ず乗りこなしてみせる!
5月10日、月曜日。すがすがしい朝だ。
空は驚くほど青く、白い雲はまばらで、電線にはスズメがたくさん止まっている。校門をくぐる際、多崎司は人格スイッチを押した。
ポジティブで熱血な少年 X
クールで寡黙なイケメン ✓
「おはよう、多崎くん」
「おはよう」
「朝ごはん食べた?一つ余ってるんだけど」
「食べた」
「多崎くん、手に持ってる本は何?貸してくれる?」
「貸せない」
登校中、時折、度胸のある女子生徒が話しかけてくる。仕方ない。月次テストの結果が出て以来、北川学園の思春期の少女たちは、新大陸を発見したかのように、無数のきらめく目で多崎司に注目している。
イケメンかどうかは重要ではなく、成績が良いのはおまけに過ぎない。ただ「多崎」という姓が好きらしい。
リボンをつけ、プリーツスカートをはいた女子生徒に声をかけられるたび、多崎司は冷静に応対するが、すぐに彼女たちの顔を忘れてしまう。図々しくLINEのIDを聞いてくる女子生徒には、頷いて教えてやるが、その後彼女たちから送られてくるメッセージはすべて既読スルーだ。
下駄箱で靴を履き替える際、多崎司は心の中で呟いた。恋愛のことばかり考えている女子高生は恐ろしい。やはりクールなキャラクターを維持するのは非常に重要だ。
こうすることで、話しかけられる時間を大幅に節約できるだけでなく、地球環境保全にもわずかながら貢献できる。なぜなら……地球温暖化の責任の大部分は、あの「優しさ」を振りまく**「イケメン」**にあるからだ。
教室に戻り、授業が始まる前に、多崎司は日本史の復習を続けた。一時間目は英語の授業で、若いが美人ではない英語教師が、退屈な英文法を教えている。
「過去未来形とは、過去のある時点から見て、将来起こる行動や状態を指します」
「肯定文の文法は、主語+be going to+動詞の原型+その他、です」
多崎司の英語力はとっくにTOEIC600点を超えており、高校の授業に真剣になる必要はない。黒板を見つめながらも、彼の頭の中は明治維新が日本史に与えた重大な意義について考えていた。
英語教師が彼の方を見ると、彼はうつむき、ノートを取るふりをして、英語の教科書に意味不明な単語を二つ書き込んだ。
授業の途中で、英語教師は教壇を離れ、クラス中を回りながら文章を朗読した。
多崎司の席を通り過ぎた時、彼女は月次テストで満点を取った彼の教科書をこっそり覗き見、彼が書いた授業のメモを目にした。
そして、この京都大学を卒業した優秀な教師は、一日中ある一つの問題について考え続けることになった。
午前最後の授業は、週に一度の家庭科。今週の課題はピザ作りで、F組とD組の合同授業だ。
多崎司と村上水色は、隊列の最後尾を歩きながら、渡り廊下で言葉を交わしていた。
「多崎、ツンデレな子、誰か知らない?何人か紹介してくれよ」
「どうして急にそんなことを?」
「最近、遠坂凛に夢中なんだ。彼女みたいな性格の彼女が欲しいんだよ」
「英語の先生がツンデレじゃないか」
「え?なんで知ってるんだ?星野先生以外にも、彼女ともできてるのか?」
「馬鹿なこと言うな」多崎司は村上を軽く蹴って説明した。「自分で考えてみろよ。英語の先生はいつも『あんたたちのために教えてるんじゃない、自分のためでしょ』とか、『心配してるんじゃない、ただ進学率が気になるだけだから』とか言ってるだろ?あれこそ、ツンデレのお手本じゃないか」
村上水色は頭を掻いた。「確かに、すごく納得だ」
多崎司は彼の肩を叩いた。「ハゲの数学の先生も同じツンデレだぞ。考えてみないか?」
「数学の先生がどうして?」
「『お前らガキどもが点数を取ろうが取るまいが、俺の給料は変わらない。なんでお前らのために毎日悩まなきゃいけないんだ?』って言うんだぞ。こんなことを言えるのは、ツンデレ以外に何がある?」
「なんか……ツンデレという言葉が、俺の中でマイナスな意味に変わってきた気がする」
「白髪の地理の先生も、よく言ってたな……」
「やめろ、兄貴。頼むからもうやめてくれ。俺の頭の中に映像が浮かんでくるから」
二人は話しながら調理室に入っていった。
彼らの後ろをついてきた二宮詩織は、口を尖らせて少し不満そうだった。
あの人ったら、親友にはいくらでも気の利いたことを言うくせに、可愛い女の子には気の利いた言葉一つも言えないんだから。
広々とした調理室は人でいっぱいだ。生徒たちは四人一組になり、先生から与えられた課題を協力してこなしている。
多崎司、村上水色、そして他の男子生徒二人が同じグループになった。
「まず、強力粉と薄力粉を混ぜて、ドライイーストを入れ、ぬるま湯を少しずつ加えながら混ぜて……」
家庭科の先生の声が聞こえ始めた途端、「ガチャン」という音が響いた。
ステンレス製のボウルが床に落ちた音だ。耳障りな音で、教室全体が静まり返り、全員の視線が音のした方向へ向いた。
「ごめんごめん……」村上水色ボウルを拾いながら謝った。「これ、難しすぎるよ。このままだと大惨事になりそうだから、先生、料理の上手な女子を二人、俺たちのグループに助っ人としてくれませんか?」
多崎司は黙って村上水色を横目で見た。彼にははっきり分かった。村上水色はわざとボウルを落としたのだ。
「仕方ないわね」家庭科の先生は顎に手をやり、教室中を見渡した。「どのグループが手伝ってくれる?」
「私たちがやりましょう」
その声に続いて、別の声も聞こえた。
すると、春日香苗に引きずられる形で、二宮詩織が渋々、多崎司のグループへと向かっていった。




