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第一話:謎めいた社会からの奇妙な質問

晩春の夕暮れ。

校舎へと続く道の両脇には、桜の大樹が立ち並ぶ。柔らかな光が満開の花びらに降り注ぎ、きらめく七色の輝きを放っている。


木々の間を渡る風がサラサラと音を立て、視界は桜の花吹雪に包まれた。


「ハクション…」


多崎司たざき・つかさはくしゃみを続けながら、見た目は美しいが、実際には鼻がむずむずするこの道を通り過ぎた。


彼の心中には、わずかながらも不快な影が差していた。だからこそ、何人もの先輩姉御たちが投げかけたウインクにも、お構いなしに既読無視を決め込み、セーラー服姿の姉御たちを落胆させたのである。


人の心が、理由もなく曇ることはない。それは、女の子が理由もなく好意を寄せることなどありえないのと同じ道理だ。


一時間前のホームルームで、多崎司は担任教師に公然と盾突いたのだ。


その時、担任の星野花見ほしの・はなみが教壇に立ち、落ち着いた中にも威厳を帯びた口調で問いただした。「多崎司君、入学してからもう二十日が経ったというのに、なぜ君はまだ一つも部活に入っていないのか?」


この世界に来てからわずか十日の新参者である多崎司は、この強制的なやり方に理解が及ばなかった。それゆえ、彼はその場で異議を唱えたのである。


「日本は自由で民主的な国だと謳っているのではありませんか? 生徒に部活動への参加を強制するなど、この校則は極めて不合理です。民主主義の真価がまったく見えず、生徒の個人の意思を尊重しているとも思えません。私は、理事会がこの校則を改めるよう強く訴えます!」


そして……。


彼はすぐに、教師に会議室へ引きずり込まれ、マンツーマンの「指導」を受ける羽目となった。


両者は一時間にも及ぶ長い時間、深く語り合い、意見を存分に交換した。お互いの本音をぶつけ合った末、ついに一つの結論で合意に至った——今日中にどこかの部活に入るか、明日、保護者を呼び出すか、その二択である。


「あの女教師め……」多崎は腰をさすった。長い間座らされていたため、未だに鈍い痛みが残っている。


「いつかきっと、お前を……まあいい、胸の大きさでは敵わないからな。勝手にすればいいさ」


リア充たちで賑わう中庭を抜け、多崎は部活動棟の前に立った。新入部員募集の告知で埋め尽くされた掲示板の前で足を止める。


ざっと目を通した募集情報は、多種多様な部活が結局「文」と「武」の二大カテゴリーに分けられる。前者には書道部、吹奏楽部、美術部などが、後者には弓道部、陸上部、テコンドー部などが名を連ねていた。


中には、一目で女子が多いとわかる部活もあった。例えば華道部、あるいは応援おうえん……いや、応援部などだ。


また、募集要項を見ただけでその雰囲気がかなり熾烈しれつであることが窺える部活も存在した。剣道部がそれである。


おとこならば、剣を交えよ——剣道部】


多崎司はこういった類には興味がなかった。彼が求めていたのは、手を抜ける場所。できれば「異常人類研究センター」などという、名前を聞いただけでどうせやることはないとわかるような部活が理想だった。


ざっと何枚か目を通し、彼の視線は最後に【ゲーム部】の募集ポスターの上で静止した。


エナジードリンクをすすりながら、学校でゲームに興じる以上に快いことが、この世に存在するだろうか?


絶対にない!


多崎司は二の句も告げずに目を背け、次の募集要項へと視線を移した。


【責任感と契約精神を有する男子一名求む――ATF部】


ATF……何の略だ?

よろしい、お前は見事に本美少年びしょうねんの興味を惹きつけたな。


多崎は募集ポスターに記された階数を一瞥し、くるりと身を翻して部活動棟へ足を踏み入れた。


「おや、多崎?」


三階の廊下の角で、多崎司は村上水色むらかみ・みずいろという同級生に出くわした。


「やっと部活を探しに来たのか?」

「ああ。入らなきゃ、先生を家に連れ帰る羽目になるからな」

「先生を家に!?」村上水色は一瞬呆然とし、やがて驚愕と畏敬いけいの入り混じった表情を浮かべた。「おいおいマジか……まさか星野先生をまで……」

「先生が保護者面談を要求するなら、わざわざ両親を掘り起こすわけにもいくまい。考え抜いた末の結論だよ。先生を家に連れ帰り、位牌いはいの前で叱ってもらうのが最善だろう」と多崎司は淡々と答えた。

「……」村上水色は困惑しながらも礼儀を失わない笑みを浮かべ、「そ、それじゃ……頑張れ……俺は先に行く……」

「ああ」。


多崎司は五階へと足を運び、タイル張りの廊下を進みながら一つ一つの教室を見て回った。そして、最も奥まった教室の扉に、【ATF】のプレートを見つけた。


彼はドアを軽く叩き、「どうぞ」という声を聞いてから、静かに扉を押し開け、室内へと足を踏み入れた。


「恐れ入りますが、こちらは……」多崎は疑わしげにまたたいた。視界に飛び込んできたのは、部屋の中央に据えられたL字型の大きなソファと大理石のテーブル。その上には、様々な果物やスナック菓子が所狭しと並べられている。


左手の壁際には、背の高い書棚がずらりと立ち、多種多様な書籍で埋め尽くされていた。


右手には、なんと冷蔵庫、コーヒーマシン、オーブン、電子レンジまでが備え付けられていた……。


これが……日本の高校の部活動施設というものなのか?


窓辺には、二つの机が並び、一人の少女が書物に没頭している。


白いブラウスの上にカーキ色のカーディガンを羽織り、襟元のリボンはきちんと整えられている。プリーツスカートの下には端正な黒のハイソックス、足元は学校指定の白いローファーだ。


多崎が特に目を留めたのは、彼女の髪だった。肩にかかる程度の長さでありながら、腰のあたりまで伸びた一本のポニーテールが、背中を滑るように流れていた。その意外なほどの美しさに、思わず見入ってしまう。


おそらく足音を察知したのだろう。少女は本をそっと閉じ、かすかに顔をこちらへと向けた。流れるような長いポニーテールがふわりと揺れる。


【案内】

栗山桜良くりやま・さくら株 新規上場】

【発行価格:10】

【発行数量:1000株】


多崎司は、騒ぎ立てるシステムに構うのも面倒くさいとばかり、栗山桜良と名乗る少女を見据えた。「ATF部か?」

「ええ」

「早退は可能か?」

「構わないわ」

「俺はどうだ?」

「第一印象は、いささか軽薄そうね」

多崎は一瞬ためらい、「では、辞退します」

「せっかくのご縁ですから、申込書に記入なさい」

少女は机の引き出しから一枚の書類を抜き取り、多崎へと差し出した。「記載事項に沿って記入すれば結構よ」

「承知した」


多崎司は申込書を受け取り、静かに氏名・身長・体重などを記入していった。


ガラス越しに差し込む陽光が少年の肩の上できらめき跳ね、ペン先が紙を撫でるさらさらという音に合わせて、彼は微かに眉をひそめた。「なぜ設問がこれほど奇を衒っているのか?」


「どこが?」

多崎は『理想の配偶者像をお答えください』『性的嗜好についてご記入ください』の二項目を指さし、「これが風俗店の顧客アンケートなら、確かに違和感はない」と述べた。


栗山桜良は再び顔を上げ、彼を改めて見据えた。


端正でありながら柔らかな輪郭、少々乱れた前髪。どこか醒めた眼差しに漂う文芸的な気配が相俟って、全体として驚くほどの美貌を形作っている。十点満点でいえば、八点を叩き出す水準だ。


「上々の出来ね」と彼女はうなずき、口元にかすかな笑みを浮かべた。「これらの設問に異議を唱えた者は、君が初めてよ」

多崎は思考を一瞬整理し、「応募者は僕だけか?」

「君で三十六人目だ」

「この学園に、それほどのお人好しが?」

「皆、私目当てに来ているのです」と彼女は涼やかに言い放った。「設問など、どうでもよいのでしょう」


多崎司は『私目当て』という言葉の含意を幾度か反芻し、改めて彼女の容貌を仔細に見つめた。


精緻な造形の五官、透き通るように澄んだ瞳。清らかで白磁のような小さな顔は、健全なる精神を持つ少年なら誰もが顔を赤らめるに足る美しさで、あたかも幻想のアニメーションから飛び出してきた美少女が、現実の世界に降り立ったかのようだった。


十点満点で評価すれば九点。減点の一は、胸元の未熟さが年相応である点にあった。


「成る程……」多崎は得心の笑みを浮かべ、「連中が応募に来るのは、皆が君の肉体に妄執を抱いているからだな? だからこそ、君の設問など誰も疑わないわけだ」

栗山桜良は細めに目を瞑り、冷ややかなため息を一つ漏らした。「用紙を記入したら、速やかに退出願います」


春の名残り風がカーテンを揺らせば、机上の紙片もそよそよと踊る。

筆記具の軸が握りしめた掌に熱を帯びる中、多崎は最後の二問へと答えを記した。


【理想の配偶者像をお答えください】

答:優しく知的な年上女性。


【性的嗜好についてご記入ください】

答:ストッキングに制服、そして長き美脚。

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