第七話(Nitrogen):光を灯す者
柚紀は、今後の科学の発展とそのための研究には、本格的な研究を行うラボが必要だと痛感していた。そのためには、安定した資金源を確保する必要がある。彼は、現代の技術を応用した製品を開発し、ライセンス販売することで稼ぎを得ようと考えた。
「……まずは、電球と電池だ。この世界の夜は、暗すぎる。明かりがあれば、人々の生活は大きく改善されるはずだ。」
柚紀は、ヒューストンの工房に籠り、電球のフィラメントについて考えていた。理想はタングステンのフィラメントだが、この世界ではタングステン鉱石の鉱脈情報がほとんどない。そこで、彼はエジソンの手法に近い備長炭のフィラメントに着目した。
「……備長炭なら、高温にも耐えられる。ヒューストンの技術があれば、細いフィラメントを作れるはずだ。」
柚紀は、ヒューストンに備長炭のフィラメントの製作を依頼し、ヒューストンはガラス細工と金属加工の技術を用いて電球を完成させた。
次に、柚紀は電池の製作に取り掛かった。この世界で入手しやすい鉱石を調べた結果、赤銅鉱と錫石が利用できることがわかった。
「……赤銅鉱は銅の原料、錫石は錫の原料になる。これらの鉱石を還元すれば、電池の電極を作れる。」
柚紀は、砕いた赤銅鉱と錫石をヒューストンの工房にある炉で木炭と共に加熱し、還元させた。
赤銅鉱(Cu2O)と錫石(SnO2)の還元反応
Cu2O + C → 2Cu + CO
SnO2 + 2C → Sn + 2CO
こうして、銅と錫の板を手に入れた柚紀は、錬金術師のスカーレットに頼んでいた硫酸を用いて、ボルタ電池を製作した。スカーレットに頼んだのは、錬金術師にとってこの時代でも硫酸は馴染み深いものであるからだ。
ボルタ電池の原理
銅と錫を電極とし、硫酸を電解液とする。錫が酸化し、銅が還元されることで電流が発生する。
※ただし、現代では水素が発生することで電気の流れを阻害してしまうため使われていない
Sn → Sn2+ + 2e-
2H+ + 2e- → H2
銅と錫を選んだのは、融点が比較的低く、加工が容易であるためだ。
「……これで、電球と電池が完成した。あとは、商会に提案し、ライセンス販売の契約を結ぶだけだ。」
柚紀は、完成した電球と電池を持って、エルムヴィレッジの商会へと向かった。商会の主人は、柚紀の提案に興味を示し、製品の性能を確かめた。
「……これは、素晴らしい!夜でも明るい明かりがあれば、商品の取引や夜間の作業が格段に楽になる。ぜひ、ライセンス販売させてほしい。」
商会の主人は、柚紀の製品を高く評価し、ライセンス販売の契約を結ぶことを約束した。こうして、柚紀は安定した収入源を確保することに成功した。
その夜、ヒューストンの工房では、一筋の光が暗闇を照らしていた。柚紀が製作した電球の光だ。その光は、柚紀の科学知識が異世界にもたらす希望の光のように、静かに輝いていた。